魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第27話「女王兼新妻兼母親(予定)」

Side アリア

 

旧世界ではまだですが、魔法世界では年が改まって1月1日。

日本や英国とはまた少し違う形で、ウェスペルタティアの民も新年を祝っています。

と言うか、基本的にお祭りです。

 

 

「本年が国民の皆様にとり、少しでも良い年となるよう願っております」

 

 

私がそう声をかけると、宰相府で最も大きい中庭に集められた市民が歓声で応えてくれます。

中庭には抽選で選ばれた700人の市民の方々がが訪れており、そして宰相府の外には1万人以上の方々が集まってきているそうです。

 

 

ここ2ヵ月ほどエヴァさん達と侍医団の攻勢ですっかり包囲されていた私ですが、新年の民への挨拶は君主として王族として必要な公務、国事行為です。

つまり久しぶりのお仕事です、ああ・・・癒されます・・・。

午前10時からの30分間、宰相府の2階から階下の人々に対して挨拶をし、手を振ります。

 

 

「年頭に当たり、世界の平和と人々の幸せを祈っています」

 

 

王室としての行事なので、私の隣にはフェイトがいます。

さらに言えばお母様とお父様もおりますし、民からは見えない廊下の向こう側には茶々丸さん達がおります。

ついでに言えば、本当はこれ、あと6回はしなければならないのですが・・・私の体調のことがあるので、午前と午後の2回きりです。

 

 

体調・・・つまり、私のお腹の赤ちゃんのことですね。

予定日は1月の後半、侍医団によるともういつ産まれてもおかしく無いらしいですけど・・・。

あと数週間後には、この手に抱けているかもしれません。

・・・・・・ああ、かなり辛かったですね、妊娠生活。

 

 

「女王陛下万歳!」

「新年が王国のさらなる飛躍の年に!」

「ウェスペルタティア王国万歳!」

「どうか元気なお世継ぎを―――!」

「女王陛下、お身体にお気を付けて―――!」

 

 

民の方々も、赤ちゃんの誕生を心待ちにしてくれているようです。

その声に、少しだけお腹を撫でて微笑んで見せます。

すると、ガラス張りの壁の向こう側で民がさらに歓声を上げてくれます。

 

 

それに手を振り続けて・・・予定より3分前に、私は奥に下がらせて貰いました。

私が立っているのに疲れてしまったのと、後、腰と太腿が痛くなってしまって・・・。

・・・これは、お腹の赤ちゃんも疲れてしまったと言うことでしょうか?

 

 

「お、おい、大丈夫か・・・?」

 

 

そのまま部屋まで歩かずに廊下に用意された椅子で休む私に、エヴァさんが不安そうに声をかけて来ます。

私はそれに、小さく笑って。

 

 

「大丈夫ですよ、むしろ久しぶりにお仕事ができて、気分が良いんです」

「ほ、本当か・・・? さよみたいに車椅子とか、いるか?」

「いえ、自分で歩きたいので・・・」

 

 

エヴァさんは、本当に心配性ですね。

ここの所、私から離れてくれません。

それにどの道、フェイトやお母様達が戻ってくるまではここにいるつもりですし・・・。

 

 

「疲れたって言うよりも、少し動きにくいと言うか・・・」

「・・・お腹のお世継ぎが、下がって来たのでしょう」

 

 

傍に控えていた侍医の中から、ダフネ先生がそう意見を述べます。

ダフネ先生によると、赤ちゃんは自分が生まれやすい体勢を探して下へ下へと下がるのだとそうです。

そして母親の骨盤に頭を固定したら、後は本当に産まれるだけで・・・。

 

 

「そんな大事な時に、本当に行くのか・・・?」

 

 

ダフネ先生の話を聞いたエヴァさんが、ますます心配そうな顔になりました。

 

 

「・・・エリジウムに」

 

 

・・・エヴァさんだけでは無くて、その場にいる人間全てがおそらくは反対。

それに私は、また小さく笑いかけました。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

・・・アリアが、エリジウムの新グラニクスへ行幸する。

それ自体は別に、不思議なことでは無い。

君主が自国の信託統治領を訪れ、人心を慰撫するのは立派な公務じゃ。

 

 

じゃがこの場合、問題なのは行為では無く時期じゃ。

臨月にあるアリアが本国を遠く離れた地へ赴くなど、普通はあり得ぬ。

例え信託統治領の総督が招聘状を出したとしても、出産を理由に断るなり延期するなりしても良かろうに。

おそらく、今回ばかりは誰も責めぬ。

 

 

「・・・私が産休の間に、何でここまで状況が悪くなってるんですか・・・」

 

 

民への新年の挨拶を終わらせた後、アリアが廊下の椅子に腰かけたままそう言うのが聞こえる。

歩を早めること無く、あえてゆったりとした足取りでそちらへ向かう。

 

 

「・・・申し訳ありません」

 

 

その前に傅いておるのは、クルトじゃ。

状況の悪化とは、王国本国政府とエリジウム総督府の関係の悪化のことを指しておる。

アリアも報告で知ってはいたじゃろうが、ここ2ヵ月は体調が優れなかったのもあって、基本的には対処を宰相府と総督府の折衝に任せておったのじゃが・・・。

 

 

ただ、一方の本国政府は選挙の時期にあって柔軟な手を打てず、片や総督府はエリジウム大陸域内で頻発する小規模なデモや暴動の鎮定に奔走されておった。

おまけに、拡大する一方の「リュケスティス総督に不穏の気配あり」と言う噂が、双方の職員の間に見えない疑心暗鬼の網をかけてしまった。

 

 

「現地の民の間ではすでに、アリア様の行幸が既成事実の物となっております」

「公式発表前に、何でそんなに広がるんですか?」

「不明です。しかし、ただの噂にしては広がり方と定着の度合いが異常であることは確かです」

 

 

元々、アリアの新グラニクス視察は宮内省の予定に入っておった。

現地の治安を回復する上でも、ウェスペルタティア女王の訪問は効果があると思われるからじゃ。

何しろ、将来はアリアを共同元首と戴くやもしれぬ土地じゃし・・・。

 

 

それは別にしても、クルトの言うように噂の広がりが異常じゃ。

まるで、何らかの力が働いているかのような・・・。

 

 

「・・・出産の後では、遅いのですね?」

 

 

そして、さしものアリアにも迷いはあるようじゃった。

それは当然じゃろう、何しろ初めての出産じゃし・・・まぁ、私も一度しか経験が無いが。

 

 

「・・・御意でございます、アリア様」

「何故だ!? もう1ヵ月遅らせれば済むことだろ!?」

「先走ったらしい現地のいくつかの都市が、すでに歓迎の用意をしているとのことで・・・ここで断ると、噂がどんな方向に行くかわかりません。あるいは、噂通りの方向へ誘導されるやも・・・」

 

 

・・・聞く所によれば、女王アリアの行幸の報を受けたエリジウムでは、暴動の発生率が下がり始めているらしい。

アリアは、そのあたりの効果を考えているのやも・・・。

 

 

「我々侍医団は、反対です。今は女王陛下にとってもお世継ぎにとっても、重要な時期です」

「私達も反対だ。政治的イメージがどうだか知らんが、今はアリアの身体が第一だろ」

 

 

マクダウェル殿と侍医団が、揃って反対する。

クルトは立場上、少し苦しいし・・・かと言って、私やナギが口を挟むわけにはいかぬし・・・。

・・・私は、出産に関して無茶するなと叱る資格が無いから。

 

 

そして、一同の視線はある1点で固定された。

すなわち、アリアの夫君・・・婿殿、フェイト殿を見つめる。

突発的で非公式な話し合いでもあるし、場所も場所ではあるが。

・・・現時点で、非公式に最もアリアに影響力を持つ殿方じゃ。

ある意味で、婿殿の言葉でアリアは動くと言っても過言では無いが・・・。

 

 

「行けば良いんじゃないかな」

 

 

・・・なので、婿殿が賛成するとは思わなんだ。

いや、まぁ、今さらと言えば今さらじゃが・・・。

 

 

「移動中はともかく、万が一の際には向こうの病院で・・・と言う手段もある。今は戦時だし、一刻も早く不要な噂を取り除いた方が良いと思う」

 

 

そして婿殿のその言葉に、アリアはにっこりと笑みを浮かべる。

我が意を得たり、まさにそのような笑顔じゃった。

・・・そこまで、仕事がしたいのじゃろうか・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「オイ、どう言うつもりだ」

 

 

流石に廊下でする話でも無いだろうと言うわけで、皆はそれぞれの持ち場に戻ることになった。

また改めて、正式な話し合いの場を持つことになるだろう。

だが正直な所、アリアが自分の意思を曲げるとも思えん。

となると、出発と帰還は早ければ早い方が良いと言うことになるだろうが・・・。

 

 

・・・とりあえず、公然とアリアの意見を支持した若造(フェイト)を呼び止める。

若造(フェイト)は足を止めると、片手を振って暦達を下がらせた。

アリアやアリカ達がいなくなった廊下には、私と若造(フェイト)だけが残る。

 

 

「・・・どう言うつもり、とは?」

「とぼけるな。何でアリアを止めない、お前だって無茶だってことはわかっているだろう」

「そうだね」

 

 

私の言葉に、若造(フェイト)は淡々と頷くばかりだ。

それで無くても、臨月に長旅などあり得ない。

だと言うのに、長旅に加えて仕事をするだと?

頭、沸いてるんじゃ無いだろうな・・・。

 

 

「・・・アリアが普通の立場の人間であれば、僕も賛成はしなかった」

「普通で無くても反対しろよ、お前はその・・・・・・・・・アリアの、ぉっ・・・だろ、うん」

「そうだね、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

 

 

あくまでも淡々と頷く若造(フェイト)、だんだんと苛々してきた・・・。

 

 

「でも、だから賛成したんだよ」

「あ?」

「・・・はぁ」

 

 

溜息を吐かれた。

・・・そろそろ、殴っても良いか?

 

 

「僕は女王陛下の夫君(プリンス・コンソート)なんだよ、、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

「・・・そんなことは、わかってる」

「いいや、わかっていないね。僕がアリアの夫であることと、女王陛下の夫君(プリンス・コンソート)であることは別なのさ」

 

 

・・・どう言うことだ?

 

 

「・・・アリアは趣味で仕事をしている」

「・・・ああ」

「だけど同時にそれは彼女にしかできない仕事で、彼女しかやってはいけない仕事だ。代わりはいない、厳しい仕事だし、実際は時間も足りていない。今回の信託統治領の件には、そう言う側面もある」

「・・・何の話だ?」

 

 

私が首を傾げると、若造(フェイト)はさらに溜息を吐いた。

さらに苛立つわけだが、何故か若造(フェイト)も苛立ったような目をしていた。

何だ・・・やるのか。

 

 

「・・・まさかとは思うけれど」

「何だ」

「キミ、未だにアリアが自分のモノだなどと思っているわけじゃ無いよね?」

「・・・だったら、何だ」

 

 

・・・今度ばかりは、コイツは私の逆鱗に触れたぞ。

ビシリ・・・と、私の足元の床に罅が入る。

それは当然、私の身体から漏れだす魔力と殺気で起こった現象だ。

だが若造(フェイト)は、その程度ではまるで動じていない。

 

 

・・・アリアは、私の家族(モノ)だ。

最近はアリアの立場も慮って口にはしないが、例え嫁に行こうと女王になろうとアレは私のモノだ。

誰かに・・・誰にも、否定などさせん。

 

 

「アリアは・・・私のモノだ。何だ、貴様のモノだとでも言うのか?」

「それは一面の事実ではあるけれど、残念ながら違うよ。彼女は・・・」

 

 

ポケットに両手を入れて、目を伏せて若造(フェイト)は言った。

 

 

「アリアは、国のモノだよ」

「・・・!」

「彼女は女性として、そして妻として母としてお腹の子供を気にかけてる。そして同時に君主として、自分が背負っている国と民のために何ができるかを必死に考えている。その両方を認められない限り、キミは彼女の傍にいるべきじゃ無い」

「んなっ・・・!」

 

 

わ・・・私が聞きたいのは、そんな理屈っぽいことでは無い!

アリア自身の・・・一人の人間としてのアイツをどうするかと、そう言う話だろうが。

 

 

「はっきり言おうか・・・吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

「若造(フェイト)・・・」

「・・・彼女と同じ物を見て、彼女と同じ場所に立てる。それができない者が今、彼女の隣にいるのは許されない」

 

 

・・・アイツが、見ている物?

 

 

「キミ・・・最近、緩いよ」

 

 

・・・そう言って、フェイトはコツコツと足音を立てながら歩いて行った。

私は追わなかったし、今度は呼び止めもしなかった。

もし、声をかけたりすれば・・・。

 

 

・・・殺してしまいかねなかったから。

アリアの「家族」として、それはしたくなかった・・・。

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

最近、新オスティアで奇妙な噂が蔓延している。

噂自体は、数ヵ月前から流行っている「リュケスティス元帥に不穏の気配あり」と言う物だ。

僕自身は関わったことは無いが、どうも国中に広がっているらしいね。

 

 

まぁ、今では色々と尾ヒレがついているけどね。

例えば、宰相と総督が女王に懸想して争っている、とかね。

女王の犬になり下がっている3(テルティウム)などが聞けば、どう思うかな。

ふん、女に使われるとはアーウェルンクスの誇りを・・・。

 

 

「あれ? 兄貴、今日は姐さんはど・・・・・・すんませんっしたー・・・」

 

 

特にやることも無いので、僕は貧民街(スラム)・・・新オスティアの路地裏にいる。

古ぼけたソファに横になって、自分の腕を枕にして足を組んでいる。

まったく、どうして僕がこんな所に・・・。

 

 

「・・・き、今日の兄貴はやけに不機嫌だな」

「あ、姐さんと喧嘩でもしたんじゃねーか? それで一方的に負けたとか」

「ああ、兄貴って意外と尻に敷かれそうだからな・・・」

 

 

路地裏の隅の方でふざけたことを言っている連中は、後で燃やすとして・・・。

・・・実の所、僕はかなり苛々している。

別に何かがあったわけじゃ無い、ただ苛々しているだけだ。

 

 

「あ、兄貴・・・?」

「・・・」

「れ、例の噂のことなんスけど・・・」

 

 

その時、一人の薄汚れた男が僕に近付いてきた。

噂と言うのは、さっきも言った総督の奴だ。

僕自身は、特に興味も無いけど・・・。

 

 

「どうも、やっぱ国中に広がってるみたいっス。他の街から来た連中は皆、知ってるみたいなんで・・・」

「・・・」

 

 

・・・どうも、気に入らないね。

噂なんていくつもあるけど、入れ替わりも激しい物だ。

だけど、この噂だけは嫌に長く続いている。

しかも、時間が経つ程より強く人の心を縛りつけられる。

 

 

「・・・ただ、どうも妙なんスよ」

「・・・」

「帝国とか龍山とか、外から来た連中は知らないみたいなんス。あ、でもエリジウムから流れて来た奴らは知ってるみたいなんスけど・・・」

「・・・」

「あ、兄貴?」

 

 

ギシッ・・・と壊れかけのスプリングの音を鳴らして、僕はソファから立ち上がった。

僕に噂の件を話に来た男は困ったように頭を掻いていたが、特には追ってこなかった。

 

 

「「「ぷげらっ!?」」」

 

 

さっき、僕のことをヒソヒソと話していた連中を壁と床に沈めた後、僕は路地裏から外に出た。

表通りに出ると、新年を祝う祭りの真っ最中だ。

・・・ここの人間は、どうしていつも何か理由を見つけては祭りをするんだ?

 

 

能天気な連中だ・・・頭のネジが緩んでいるのか?

まぁ、良いさ・・・僕には関係無い。

・・・別に僕が動かなくとも、3(テルティウム)達が何とかするだろう。

 

 

「・・・だけど」

 

 

・・・僕の庭を荒らす奴は、なるべく早く焼却処分した方が良いかもしれないね。

あくまでも、僕のためにね。

 

 

 

 

 

Side シャオリー

 

アリア陛下が、ご出産間近にも関わらずエリジウムを訪問されると言う。

正直な所、今回ばかりは上層部の決定に首を傾げざるを得ない。

女王陛下のみならず、お世継ぎにまで万が一のことがあったらどうするつもりなのか。

 

 

・・・よもや、女王陛下ご自身の決定とも思わないが。

いや、あの陛下のことだからな・・・いやいや、不敬だぞ私、うむ。

 

 

「と言うわけで、急遽、近衛騎士団の中から兵を選んで女王陛下の護衛に随行させることになった」

 

 

近衛騎士団の宿舎の中で高級騎士を集めて、女王陛下のエリジウム行幸の護衛部隊を選抜した。

私自身が行きたい所ではあるが、アリカ様とナギ様の護衛にも人員は必要だ。

宰相府を含む王都の王室関連施設の警護も重要な使命だ、蔑ろにはできない。

 

 

「行幸ルートはオスティアから、トリスタン、テンペ、タンタルス、フォエニクスを経由してブロントポリスに入り、そこから新グラニクスへ向かうことになる」

「アキダリア経由のルートの方が近いのでは・・・」

「アキダリア・パルティア間の領土紛争が再燃しているので、そちらは使用できない。それにあまり帝国領に平行する形で飛行するわけにはいかんから・・・」

 

 

それに現在、王国の4元帥の内2人は外国の任地にいる。

王国の兵力は分散しているし、相対的に抑止力が弱体化している。

この時期に行幸に行くのは、実はかなり危険なのだが・・・。

 

 

・・・まぁ、王室の決定には従わなければならない。

女王陛下の体調も考慮して、なるべく早くとのことなので準備が大変だが。

なんとかしよう、これも臣下の務めだ。

近衛騎士団としての準備はそれ程でも無いが、問題は外との連携だな。

 

 

「随行する近衛騎士団の指揮は、ジョリィ、お前に任せるぞ」

「うむ、任せておけ。必ずや無事に陛下をお守り参らせよう!」

 

 

パルティアでの赴任が長かったせいか、多少日に焼けたジョリィが威勢よく返事をした。

腕は確かだし、ある意味で年少の騎士達の人気の的ではあるから、大丈夫だろう。

女王陛下への忠誠心は、かの親衛隊にも引けを取らんしな。

 

 

「傭兵隊や親衛隊の連中も随行すると思うが、揉めるなよ」

「傭兵隊の連中とは、上手くやれる自信がある」

「・・・揉めるなよ」

「善処しよう」

 

 

自信たっぷりに頷いて見せるアリカ様時代からの同僚の言葉に、私は深く溜息を吐いた。

ビジネスライクな傭兵隊とは特に揉めたことは無いが、どうも親衛隊とはウマが合わなくてな。

権限とか・・・テンションとか。

あと、人としての在り方とか。

 

 

・・・不安だ。

最大限、準備だけはしておこう。

私は、そう自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

準備だけは、しっかりとしておかねばなりません。

医療的なことは、随行する侍医団の方々が全て準備致します。

なので、我々侍女はアリアさんの着替えや女性用品を普段より多めに用意致します。

 

 

何分、出産が近いために生理的な諸々がありますので。

アリアさんがお仕事に集中できるよう、全て準備をしておかねばなりません。

それに加えて、マスターも非公式に関与しているお世継ぎ・・・赤ちゃん用品もご用意致します。

専用の布製品やグルーミングセットなど、色々と・・・。

 

 

「ははぁ、それは自覚が足りないねぇ」

 

 

衣装部屋やリネン室、それから1階の王室関連品の搬入部屋などを行ったり来たりする最中、侍従長であるクママさんがそう言います。

と言うのも、私がアリアさんの急なエリジウム行きについてご説明した所なのですが・・・。

 

 

「茶々丸さん、コレは?」

「・・・ああ、はい、それは向こうに運んでおいてください」

「わかりました!」

 

 

途中、暦さん達に指示を出します。

パタパタと駆け回る暦さん達は、本当に熱心にお仕事をしてくださるので助かります。

 

 

「・・・失礼するよ、暦君はいるかい?」

「へぅっ・・・フェイト様!?」

 

 

・・・その時、フェイトさんが暦さんを呼んで部屋の外に連れ出しました。

こ、これは・・・もしや。

 

 

「私が思うにねぇ、女王陛下は母親としての自覚が足りないのさ」

「・・・母親としての、自覚?」

 

 

暦さんの方が気になりましたが、クママさんとの会話も続いています。

とりあえず、そちらを優先することにします。

同時に、廊下の外の音も拾えるように集音のレベルをアップです。

 

 

「けどまぁ、難しい立場だからねぇ。これが普通の若奥様だったらぶん殴ってる所なんだけど」

「はぁ・・・」

「アンタも気を付けるんだよ。誰からも注意されない叱られないってのは、それだけで危ないモンなんだからね」

「・・・はぁ」

 

 

・・・一応、『皆さんの名言フォルダ』に収めておくことに致します。

クママさんの言わんとしていることは、今の私にはまだわかりません。

しかしいつか、わかる可能性が高い気が致します。

 

 

「ほら、とっとと準備しちまうよ。病院で産めるとは限らないんだからね」

「あ、はい」

 

 

女官長である私がアリアさんについていくので、侍従長であるクママさんはオスティアに残って、他の侍従を統括せねばなりません。

体育会系なクママさんは、侍従達からは結構な人気があったりします。

 

 

・・・違反者は、鉄拳制裁ですが。

私も、何度か・・・理由は不明です。

 

 

 

 

 

Side 暦

 

仕事の最中に、フェイト様に呼び出されました。

指向性の魔力の音を放つ銀の鈴じゃなくて、普通に声をかけられて。

女王陛下と、それともちろんフェイト様のエリジウム行きの準備の最中だったんだけど・・・。

 

 

「栞、ちょっとここお願い!」

「はい? ・・・ああ、はい、わかりましたわ」

「ありがと!」

 

 

でもフェイト様に呼ばれたなら、一も二も無く行かないと。

何と言っても、私達・・・私は、フェイト様付きの侍女なわけだし。

フェイト様のご命令が、最優先。

 

 

「何ですか?」

「・・・こっちへ」

 

 

衣裳部屋の外の廊下に出ると、フェイト様は自分についてくるように言って、歩き出されました。

ちょっとしたことを頼まれると思ったんだけど、違ったのかな?

 

 

少し首を傾げつつ、私はフェイト様についていく。

そこに疑問なんて無いし、そもそもフェイト様を疑うなんてあり得ないし。

・・・そうして連れてこられたのは、宰相府でも奥ばった所にある、普段は誰も来ないような個室で。

 

 

「フェイト様?」

「・・・中へ」

「へ? でもこの部屋には何も無いって言うか、普段は誰も・・・・・・っ」

 

 

その時、私に電流が走った。

まさに、「はっ」と気付いた。

こ、これはまさか・・・と、私の動物的直感にビビビッとキた。

 

 

普段は誰も来ない、奥の個室。

=私とフェイト様、2人きりで個室。

=しかもどこか、フェイト様は人目を忍んでおられる感じ。

=つ、つまり・・・!

 

 

「・・・どうしたの?」

「い、いぃいえっ!? べ、別に何ともカンとも!?」

「・・・そう」

 

 

ま、間違いない・・・ゴクリ、と唾を飲み込む。

こ、これは・・・この感じは・・・!

 

 

「お手付き」だ!

 

 

こ、これが噂に聞く王族がメイドに手を出す瞬間なんだ、初めて体験するよ。

そう言えば環が言ってた、「お手付きはメイドから」って。

一応、私って上級使用人(パーソナルメイド)だし・・・。

あれ、こう言うことだったんだ・・・あぁ、でもそれって私の命が風前の灯って言うか、女王陛下怖いしっ!!

 

 

「し、失礼しにゃすっ・・・します!」

「・・・うん」

 

 

ガチガチに固まって部屋に入る(鍵を閉める私)私を、フェイト様は不思議そうに見ている。

でも正直、私はそれどころじゃない。

ど、どうしよう、まさか今日とは思わず、上も下も普通のヤツなんだけど・・・お化粧とか、大丈夫だよね? ああ、ここ鏡が無いし・・・。

ええと、今日って大丈夫だっけ・・・豹族は周期計算がちょっと・・・。

 

 

・・・でも、フェイト様は女王陛下にしか興味が無いとばかり・・・はっ!?

そうか、その女王陛下が今、できないんだ!

結婚以来、フェイト様も目覚めちゃってるから・・・・・・た、溜まってる、感じ?

こ、これが、栞が言ってた「男性の生理」なのかな・・・。

 

 

「・・・暦君」

「ひ、ひゃい!」

「折り入って、キミに頼みがあるんだけど・・・」

 

 

き、きた――――――――っ!!

ど、どうしようどうするどうするべきっ、一度はお断りするべきなのしょ・・・淑女として!

でもでも、フェイト様相手に断る選択肢が・・・っ。

 

 

・・・まぁ、正直。

そんな立場で良いのって思う、自分もいるけど。

でも、私は・・・!

私・・・っ。

 

 

「・・・アリアのことを、頼みたいんだけど」

「は・・・はいっ、絶対に言いません! 大丈夫、口は固いですから私!」

「うん、僕が言ったって言わないでね」

「もちろんです!」

 

 

も、もの凄く慎重だわ、フェイト様!

でも確かに、女王陛下にバレたら物理的に私の首が飛ぶし。

それくらい慎重に・・・その・・・し、しないと。

 

 

「な・・・慣れないことなのでっ、お手数をおかけしますがっ・・・!」

「いや、わかってる」

「わ、わかってるんですか!?」

「うん、キミはSPじゃないからね」

 

 

さ、流石に女王陛下といろいろなご経験をシテるだけあって、余裕が・・・って、SP?

 

 

「・・・あの、SPって・・・?」

「キミと栞君達に、今回の旅程中は僕よりもアリアについていてほしい」

「・・・・・・・・・え、えー・・・っと?」

「アリアは今、難しい体調だからね。茶々丸だけでは手に余ることもあるだろうから」

「・・・えぇー・・・」

「・・・・・・嫌かい?」

「い、いぃいえっ!? そ、そんな、まさか嫌だなんて! は、ハハ、ハ・・・はぁ・・・」

 

 

・・・だ、だよねー、フェイト様が女王陛下を裏切るようなこと、するわけないよね。

ハハ、何を一人でテンパってたんだろ、私・・・。

 

 

・・・良かった。

 

 

・・・・・・いやいや、何も良くないし。

でも、どうしてホッとしてるんだろ、私。

 

 

「・・・頼めるかい?」

「え・・・あ、はぃ・・・」

 

 

一人で盛り上がって一人で落ち込んでる私に対して、フェイト様はあくまでも自然体。

いつものように静かで・・・真剣な目で、私を見つめてる。

でもその瞳は、本当は私を見ていない。

 

 

・・・反省。

私は女王陛下だけじゃなくて、フェイト様を裏切る所だった・・・。

 

 

「・・・・・・はい、わかりました」

 

 

一途で、誠実で、お優しいフェイト様。

そして、女王陛下を愛しておられるフェイト様。

そんな貴方が、私は大好きです。

 

 

「本来は職務放棄になってしまうのですが・・・それが、フェイト様のお望みならば」

「・・・うん」

 

 

床に片膝をついて、胸に手を当てて頭を垂れます。

女では無く、臣下として。

そして臣下では無く、女として。

 

 

・・・愛しています、フェイト様。

ずっとずっと、お慕い申し上げております・・・永遠(とわ)に。

だから・・・。

 

 

「・・・女王陛下は、私が・・・私達がお助けします、必ず」

「・・・頼むよ」

「はい」

 

 

私がとびっきりの笑顔で頷くと、フェイト様も小さく笑ってくださったような気がしました。

そしてフェイト様は普通に鍵を開けて、部屋から外へ。

私はそれを、礼をしながら見送って・・・。

 

 

・・・愛しています、フェイト様。

だから、私。

貴方の愛する奥様(へいか)を、この身に代えても・・・守って見せます。

・・・必ず。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「ご出産の際には、こちらの2人が場を指揮することになります」

「よろしくお願いしますねぇ」

「シエン・ヴィータェです。お初にお目にかかります」

 

 

私が私室でダフネ先生から紹介されているのは、私の出産を直接に手伝ってくれる人達です。

まぁ、端的にいえば助産婦なのですが。

2人いて、1人はお母様の出産にも立ち合っていたルーシアさん。

 

 

そしてもう一人は、60歳前後のウェスペルタティア人の女医さんです。

名前は、シエン・ヴィータェさん。

厳しそうな風貌をした細身の女性で、オスティア郊外の村の高名な助産婦さんです。

貴族からも呼ばれる程の腕前と言うか信頼度で、今回は貴族の方から推薦されて私の出産を担当することになったとか。

ちなみに、推薦者は財務尚書のクロージク侯爵です。

 

 

「正直に言えば、この時期に外国へ行くなど絶対に認められないのですが・・・」

 

 

どこか咎めるような視線で、シエン先生は言います。

ダフネ先生やルーシアさん、他の侍医団の方々も内心は同じ気持ちなのだろうと思います。

・・・と言うか、普通は反対するでしょうけど。

 

 

まぁ、私自身も私の判断に反対しているのですけど。

私が自分の「仕事をする」と言うスタンスに批判的なのは、珍しいことなんですよ?

だって臨月に大陸間で行幸とか、普通はあり得ないですもの。

私だって、できれば行きたく無いです。

 

 

「ごめんなさい、皆さん。私はどうも、模範的な妊婦では無いようで・・・」

 

 

私のお腹は、もうどんなに頑張っても服では隠せないレベルにまで大きくなっています。

10ヶ月目、あと数週間で産まれるでしょう。

この2カ月間は、赤ちゃんを産むために呼吸法やら王室専用母親教室やら・・・学んでいました。

 

 

正直、体調が悪くて死にそうで仕事とか政治とか、気にしてられるような状態ではありませんでした。

今だって、別に身体の調子が良いわけじゃ無いんです。

お腹の「重さ」は、日々増すことがあっても減ることは無いのですから。

 

 

「でも今、私が動かないと・・・取り返しのつかないことになる気がするんです」

 

 

片手で右眼の瞼を撫でながら、そう言います。

どうもここの所、右眼に違和感を感じると言うか・・・。

何と言うか、良く霞むんですよ。

 

 

・・・クルトおじ様の王国政府とリュケスティス元帥の総督府の間に、見えない溝が出来始めているような気がします。

起因となったのは噂ですが、それ以外の要素も感じます。

いずれにせよ、政治で収拾をつけるのが難しくなっているようなのです。

 

 

「・・・私は、女王ですから」

 

 

王室なんてものは、普段はそれほど目立つ必要はありません。

でも・・・いざと言う時には、政府を超越する存在として臣下間の諍いを止めなければなりません。

・・・正直、何でクルトおじ様とリュケスティス総督の仲が悪くなっている―――と言うことになっている―――のかは、さっぱりわかりませんが。

2人の個人的な関係はともかく、公人としての関係を破綻させるわけにはいかない。

 

 

政治家の最高位にいるクルトおじ様と軍人の最高位にいるリュケスティス総督、双方の上に立てるのは私しかいません。

お母様でもお父様でも、そしてフェイトでも無く。

私にしか、できない。

政治も政党も軍隊すらも超越する、君主として。

 

 

「・・・その前提で、出産の準備を整えてください」

 

 

そしてこれは、命令。

私の言葉は全て、公的には拒否権の無い命令として機能してしまいます。

希望でもお願いでも無く、厳正な命令として。

 

 

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)」」」

 

 

・・・そのことに、少し疲れを覚えたりはしますけどね。

とても・・・いえ。

・・・少しだけ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

女王陛下の夫君殿下(プリンス・コンソート)

実の所、これはアリア自身と王室、それと内閣の総意で贈られた称号に過ぎない。

役職名では無く、だからと言ってただ女王の夫であることを示しているわけでも無い。

 

 

席次としては女王陛下に次ぐ第二位とされているけれど、実体的な権力は何一つ持っていない。

アリアが出産のために空けた名誉職などをやってはいるけど、いずれも実態を持つ物じゃない。

つまる所、僕には仕事らしい仕事なんて、何も無い。

僕に求められているのは、そう言うことでは無いからね。

 

 

「・・・今日の検診は終わったのかい?」

「はい・・・何かあればお呼びください」

 

 

途中、ダフネ医師を始めとする侍医団とすれ違った。

適当にいくつか言葉を交わして、別れる。

そして僕が、アリアの・・・アリアと僕の私室に入った時、そこにはアリアが1人でいた。

 

 

他の場所は慌ただしくバタバタしていると言うのに、ここだけは本当に静かだった。

部屋の真ん中の大きな椅子に腰かけているアリアは、1人眼を閉じて、両手で自分の腹部を抱き締めていた。

何を考えているのか、何をしているのかは、僕にはわからないけれど。

窓から漏れる日の光が、柔らかく彼女の姿を照らし出していた。

 

 

「・・・何を、しているの?」

 

 

わからなかったので、素直に聞いてみることにする。

アリアも僕が部屋に入って来たことには気付いているだろうけれど、特に反応はしなかった。

ただ、僕の言葉にぽつりと答える。

 

 

「・・・嫌われたかなと、思って」

 

 

誰に? とは、あえて言わない。

そして僕は、アリアの行為に対して感想を述べたりはしない。

何かを言う必要は無いと思うし、アリアにしたって何かを言われたいわけでは無かったろうから。

 

 

そして・・・僕に求められていることは、そう言うことじゃ無い。

僕は唯一、この国で彼女の横に立っていることを許された存在。

そして、立っていなければならない存在。

夫婦であり・・・そして、国を守る同志で無ければならない。

 

 

「・・・って、胎動とかのピークは過ぎてるんですけどね」

「・・・そう」

 

 

小さく頷いて、僕はアリアの前に回る。

すると腹部を抱き締めていたアリアが、少しだけ両腕を引いた。

・・・ここ2ヵ月で新しく増えた、僕とアリアだけのサイン。

 

 

僕はその場に膝をつくと、力を込めずに彼女の身体に腕を回し、抱き締める。

そして顔を、片耳を彼女の腹部に押し当てるような格好になる。

そっ・・・と、彼女の手が僕の髪に触れる。

両手を使って、アリアは僕の髪と自分の腹部を撫でる。

 

 

「・・・何か、言っていますか?」

 

 

アリアの声の振動や、彼女の心臓の鼓動が聞こえる。

そして、別の誰かの気配も感じると思うのは・・・気のせいかな。

 

 

「・・・うん」

 

 

アリアの言葉にはそう答えて、僕は目を閉じる。

アリアの・・・アリア「達」の温もりを感じながら。

僕は、自分の役割を再確認する・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

さて、我が国初の国政選挙は、概ね我が立憲王政党の勝利と言って良いでしょう。

他の政党の掲げる「現状からの変化」に対しノーが突き付けられた形で、とりあえずは私と党の方針に王国の民が了承を与えた形になるでしょう。

 

 

有難いことに、我が党は全国で70%近い得票率を得て、まぁ、安定多数を得たと言って良いでしょう。

2年後を目指して準備中の下院選挙までは、私の政権が続くことになります。

・・・いやぁ、万が一に備えてアレやコレや手を回していましたが、必要ありませんでしたかね。

宰相をクビになった後、「イヴィオン」の事務総長に就任する案とかありましたけど・・・。

 

 

「・・・と言うわけで、今後ともよろしくお願い致しますね」

 

 

私がそう声をかけたのは、閣議用の会議室に集まって頂いた私の政権の閣僚たちです。

つまりは吸血鬼であったり、テオドシウス外務尚書であったりクロージク財務尚書であったり・・・。

・・・何やら、クロージク財務尚書が妙に痩せて見えるのですが。

 

 

「・・・いや、心配には及びません。ちょっと財政が苦しいだけですので」

「そうですか、ちょっとなら問題ありませんよね」

「・・・」

 

 

実際、シルチスとサバと言う2つの場所で同時に戦争をしているわけですから、軍事的にも財政的にもキツいことはわかっていましたけどね。

従来、それほど余裕のある税制体質ではありませんでしたし、王国。

 

 

数週間前は精悍な顔立ちをしていた老貴族は、今や頬が痩せこけて不健康そうに見えます。

・・・なるべく早く、都合をつけねなりませんね。

 

 

「今回、様々な事情が重なって、女王陛下がエリジウムへ行幸されます。本来であればご出産の後のはずでしたが・・・まぁ、様々な事情でお手を煩わしてしまうことになりました」

 

 

本来であれば、あり得ないのですが・・・。

・・・「臨月にも関わらず臣下を調停する女王」と言う政治的イメージを、最大限利用するしかありませんね。

 

 

あまりにもあからさま過ぎて誰かの陰謀を考えたくなるような展開ですが、何故かそう言う方向で話が展開しています。

エリジウムの暴動も女王陛下行幸の報を聞いた途端、あからさまに沈静化しつつあります。

そして、宰相府と総督府の軋轢を煽る奇妙に定着率の高い、異常な噂。

・・・どうも、政治的な陰謀と断定するには何かがありそうなのですよねぇ・・・。

 

 

「問題の特性上、我が政権から人は送れません。なので我々は、女王陛下の留守中に南方の戦局を安定させ、かつ経済的な問題を早期に解決することが求められます」

「・・・ふん」

 

 

・・・吸血鬼が私をやたらに睨んでいますが、いや、そんなに見られても。

まぁ、1人くらいは行っても問題は無いのかもしれませんけど。

幸い、貴女は新グラニクス建設事業に責任のある工部尚書ですし。

でもそれにしては、圧力が小さいですね。

何かありましたかね・・・・・・まぁ、知ったこっちゃ無いですが。

 

 

「テオドシウス外務尚書、パルティアとアキダリアはどうなっていますか?」

「・・・シルチスからの撤退後は、ユートピア海の島嶼を巡って国境紛争が続いている」

 

 

12月にシルチスに進攻したパルティア・アキダリア混成軍は、両国の国境紛争の再燃もあって敗北、我が国が「仕方無く」シルチス占領を肩代わりしました。

すでにジャクソン・ロイド両将軍が率いる我が軍とシルチス軍閥の間で戦端が開かれ、主要拠点の制圧にかかっているとのことです。

 

 

サバ地域の占領はグリアソン元帥によってすでに完遂され、帝国との協定によりヴァルカン―ニャンドマを結ぶ線より北、アルギュレー北部は我が国に譲渡されます。

資源地帯と、穀倉地帯。

これで何とか、国内の需要を満たすことができるでしょうか。

・・・それでも、ユートピア海の安全が保障されないと国際物流に問題が出ますね。

 

 

「12月29日にはアキダリア艦隊が現地のパルティア艦隊を撃破し、有人島を含む11の島に陸軍を送って占領した。パルティア側は100名以上が死傷し、49名が捕虜になったそうだ」

「ほほぅ、なかなか本格的ですね」

「こっちが南で手一杯だと思われているんだろう、事実、北にまで戦力を回せる程の余裕は無い」

 

 

テオドシウス外務尚書が真向かいに座るアラゴカストロ国防尚書に視線を向けると、彼は静かに頷きました。

・・・ついでに言うと、クロージク財務尚書も頷いています。

 

 

いずれにせよ、「イヴィオン」各国の大使を集めて緊急会合を開く必要がありますね。

正式に議会が開き、アリア様のご出産が終わるまでは余裕がありませんが・・・。

 

 

「・・・経済産業尚書、エネルギーと食糧の確保状況はどうですか?」

「テンペから緊急で穀物を輸入できることになりました。それからクリュタエムネストラと合同経済委員会を今月中に開き、鉱物資源の安定供給に関する覚書を・・・」

 

 

・・・やるべきことは、どっさりあります。

とは言え、このような時期にアリア様のお手を煩わせることになろうとは・・・。

何たる失態。

 

 

どこのバカかは知りませんが、良くも私にこのような。

今は笑っているが良いでしょう・・・しかし、その笑みが次の瞬間には凍り付くような思いを、味わわせてやりますからね・・・。

・・・待っていなさい。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

我が女王が臨月にも関わらずエリジウムへ行幸する、と言う報告を受けた時、無責任ながら軽く驚いた。

無論、直接の原因は俺の招聘状にある。

全エリジウム総督である俺が、分不相応にも懐妊中の我が女王を呼びつけたわけだ。

 

 

とは言え、他に取り得る手段が無かったのも事実ではある。

噂を噂として片付けるには規模が大きくなりすぎたし、行幸の話が出ることで暴動を抑制できているのも確かだ。

我が女王が俺の招聘状を拒否すれば、それがどれ程の正当な理由による物であろうとも噂に真実性を与えてしまうことになる。

我が女王が噂を信じて俺を排除すると言う可能性は、この際は考えなくて良い。

 

 

「まぁ・・・別に叛逆者になるのは構わんが」

「は?」

「いや、何でも無い。それで本国政府はどう対処している?」

 

 

今回の1件は、ひとえに噂の異常性にその原因を求めることができる。

我が国の陰謀と策謀を具現化したような(俺が一方的に思っているだけだが)男だが、奴の策謀力と政治力、組織力と実行力は現役の政治家の中で群を抜いていることは認めざるを得ない。

問題は、その忠誠の対象が先代の女王アリカに向けられていることだが・・・。

 

 

「は、宰相府の発表によれば、社会秩序省警察庁長官ウォルター・スコットヤードに対し、公安調査局局長を兼任させることを決定したようです」

「ほぅ・・・ウォルター老をな。あのクルト・ゲーデルも焦っていると見える」

 

 

警察庁長官が、一時的とは言え政治警察の指揮権も得るとはな。

どうやらあのクルト・ゲーデルも、噂の根を探し始めたらしい。

だが・・・ウォルター老は先々代の王に仕えていた人間だ。

はたして、どこまで我が女王を優先するか・・・。

 

 

「・・・だとしても、我が女王が彼らの木偶に成り下がるはずも無い、か」

「は?」

「いや、良く分かった。ご苦労、下がって良い」

 

 

片手を上げて部下を下がらせた後、俺は今後のことについて1人で思考を巡らせる。

いかにして、何者かの見えない手から逃れるか。

どのようにして、我が女王を守るか・・・。

 

 

・・・いっそ、俺自身が我が女王を庇護してはどうか。

新グラニクスに入った我が女王を、それこそ出産と産後の休養を留めて返さず、噂の根を排除するまで新グラニクスに仮の宮廷を開く。

王国における政治決定権は最終的には我が女王に帰するのであるから、本国の文武百官とてどうすることもできまい。

 

 

「そして事態が収拾するまでの間、俺がこの手に我が女王と世継ぎを保護する・・・か」

 

 

それは、一時的とは言え王国の全権を掌握することに他ならない。

過去の国王を支持するような奴らでは無く、この俺の手で、だ。

穿った見方をするのであれば、我が女王がこの時期にエリジウムに行幸するのは、俺を信頼してのことでは無いのか?

・・・それは一見、魅力的な策のように思える。

 

 

だが実際には、穴だらけのくだらない三流の策謀に過ぎない。

エリジウム域内には、未だに暴動が燻っている。

仮にそのようなことをして、かえって我が女王を危険に晒すことになる可能性の方が高い。

あのクルト・ゲーデルのような奴らはともかく、王国の民の大半は我が女王を信奉しているのだから。

 

 

「・・・いずれにせよ、宮内省の計画に従って準備を進めるとしよう」

 

 

本国の方は、忌々しいがクルト・ゲーデルが何とかするだろう。

エリジウムの方は、不慣れではあるが俺自身が内偵を進めておこう。

宰相府と総督府の間で、何故か連絡が付きにくくなっているが・・・。

別に俺がいちいち言わなくとも、あの男ならやるべきことはわかっているだろう。

 

 

・・・それにしても、異常な噂だ。

悪魔じみた定着力と、言わざるを得ないな・・・。

 

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

・・・深夜の新オスティアは、新年を祝う人々で大いに賑わっていた。

新オスティアに限らず、王国全土の都市や村々が・・・そして魔法世界中の人々が、新年を祝っている。

内乱の嵐が吹き荒れる帝国各地においても、今日ぐらいはと言うことで、珍しく戦火が収まっている。

 

 

人々は新たな年を祝い、かつ今年こそ平和をと祈っている。

・・・それが誰による誰のための平和かは、別にして。

とにかく、新オスティアの街は多くの人々で賑わい、祭りの喧騒に包まれていた。

人々は平和と、王国のさらなる躍進を願って祝っている・・・。

 

 

・・・一方で街の喧騒とは一線を画し、静かな場所が存在する。

市街地のナイーカ村方面に面した巨大な建造物とその周辺は、静寂に包まれている。

一部はお祝いムードを出そうと装飾されているが、全体としては静けさが勝っている。

 

 

ここは、「王立オスティア中央病院」。

多くの国民には伏せられていることながら、旧世界連合の特使や女王アリアの祖父に当たる人物が入院している病院でもある。

ウェスペルタティアで最も規模が大きく、設備が整った魔法世界最先端の医療機関である。

内科、外科から小児科、皮膚科や歯科まである総合病院であり・・・そこには当然、研究所も含まれる。

 

 

オスティア中央病院の一画に、人的・物的に厳重な警備体制が敷かれている区画が存在する。

そこは特別な難病治療を目的に設立された区画であり・・・少ないながらも、「入院」患者も存在する。

特別科と呼称されることもあるその区画の、地上6階に面した特別病室。

 

 

その部屋の中心には、滑らかな流線形の青いカプセルのような物がある。

不思議な液体で満たされたそれは横に置かれており、一見すればベッドのようにも見える。

コポ・・・と、カプセルの中で泡が浮かぶ。

その中には・・・人間がいる。

口元や腕に呼吸と栄養補給のためらしき器具を取りつけられたその人間は、少女だった。

 

 

15歳前後の、長い金色の髪の少女だ。

白い病院服らしき物を着せられた少女が、カプセルの中で眠るようにたゆたっている。

いや・・・本当に、眠っているのである。

そしてその少女は、見る者が見ればこう表するであろう容姿を持っていた。

・・・「女王に似ている」、と。

 

 

・・・カプセルには、その少女の名前らしき物が記されていた。

そこには、こう書かれている。

 

 

 

―――――――「S-06」、と。




新登場キャラクター:
シエン・ヴィータェ:まーながるむ様提案。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第25回広報:

アーシェ:
はい、25回目ですよ!
盛り上がってまいりました・・・あ、クルト宰相ですよ!
クルト宰相、今回の勝因は何ですか!?

クルト:
ひとえに、女王陛下の恩寵の賜だと考えております。

アーシェ:
本音はどうですか!?

クルト:
単純に、出番の差だと思います。オリキャラですしね、相手。

アーシェ:
最悪の回答!
あと、女王陛下がエリジウムに行くって本当ですか!?

クルト:
・・・(にっこり)。

アーシェ:
怖い顔でノーコメント!


ヨハン・シュヴェリン・フォン・クロージク侯爵
50歳半ばの人族の男性、ブラウンの頭髪を七三分けにしたナイスミドル。
謹厳実直で責任感の強い性格で、官僚として規則を順守することを美徳と信じている。
ウェスペルタティア貴族であり、生き残った大貴族の一人。
アリアドネーの大学で法学と政治学と経済学を学んだ後、地方公務員になった異色の貴族。そのため社交界では浮いていた。
ただ財務官僚として有能であったために、そちらで地歩を固めることに成功。
大分烈戦争初期においては従軍した経験もあり、その時の功で子爵から伯爵へ、さらに女王アリアの治世でさらに侯爵へと位階を進めた。
高い事務処理能力と財政家としての声望を買われて財務尚書になり、6年間に渡り王国の財政を支え続けている。


アーシェ:
最近、戦費とか資源不足解消とか外国支援とかで財政出動が多いので、かなりしんどい目にあってるらしいですけど・・・(ちらっ)。

クルト:
いやぁ、優秀な方ですよ?

アーシェ:
・・・あははは~。


アーシェ:
では、次回は女王陛下ご一行が出発・・・そして。
・・・行ってみよう!

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