Side クルト
移動と準備は昨日までに全て終わらせてあります。
そしてアリア様のご用意も整ったとの連絡を受けましたので、私は一歩前に進み、声を張り上げます。
私の前には、今日のためにお越し頂いたエリジウム大陸の名士の方々が居並んでおります。
「皆々様、本日はお忙しい中、ご足労頂き、誠にありがとうございます」
ウェスペルタティア王国とオスティア王家の紋章が刻まれた赤い天鵞絨(ビロード)がかけられた壁に、天井にはダイヤを散りばめたシャンデリア、静かな色合いの床石、そして最奥に設えられた玉座。
宰相府とは異なる絢爛豪華な造りの玉座の間、そう、ここは宰相府ではありません。
ここはウェスペルタティア王国西部、ゴゥン離宮。
元々は大貴族プロスタテンプステトメア家の所有する宮殿だったのですが、6年前の旧公国動乱の際に王室が接収し離宮としました。
700以上の部屋に8つの階段、5つの中庭に3つの泉、おまけに図書館まで併設された大宮殿。
贅を尽くしたこの宮殿は、かつての領主がどれほど民から収奪していたかの象徴でもあります。
「今日の良き日に、将来のエリジウム北部の独立国家の代表者の方々とお招きできたことは、我が国にとっても誠に光栄なことと考えております」
またこの離宮の城下とも言うべき西部有数の大都市ゴゥンは、旧公国において公都として宣言された都市でもあります。
その際、この宮殿は公王府として利用されたと聞き及んでおります。
ちら・・・玉座の間に整然と並んでいる諸氏の前に立つ私の隣にいる、アドメトス・アラゴカストロ国防尚書は、隣接するアラゴカストロ公爵領の領主でもあります。
40代半ばの理知的な風貌を持つこの国防尚書は、今や唯一の西部貴族。
それから、北エリジウムの代表者の列の先頭に立つリュケスティス総督・・・。
「この度、皆様の「イヴィオン」加盟が首尾良く定まりましたこと・・・このクルト・ゲーデル、心よりお喜び申し上げます」
そして本日の最重要ポイント、学校であれば確実にテストに出ますよ。
現在、北エリジウムには総督府の管轄下で内政自治権を有する国家・都市国家がケフィッスス、セブレイニア、ブロントポリスなどを含めて12ヵ国存在します。
そして今日、この12の国家が我が「イヴィオン」に正式に加盟する運びとなりました。
国家連合「イヴィオン」は、アリア様を共同元首とする「同君連合」です。
つまりアリア様はウェスペルタティア女王であると同時にアキダリア女王でありパルティア女王であったりするわけですが・・・君臨すれども統治せず、各国の政府は各々独立しているわけですね。
そして今日、アリア様は新たに12の国々の女王として「即位」されるわけです。
「では、堅苦しい挨拶はここまでと致しまして・・・」
旧連合の諸都市も、近く「イヴィオン」に加盟する見通しです。
さて・・・私のかつての誓いまで、あと何歩でしょうか?
「―――始祖アマテルの恩寵による、ウェスペルタティア王国ならびにその他の諸王国及び諸領土の女王、国家連合イヴィオンの共同元首、法と秩序の守護者、アリア・アナスタシア・エンテオフュシア陛下、ご入来―――!!」
声に合わせて、楽隊が「
そして居並ぶ我々の前に専用の入口から、夫君を伴って一人の女性が入室して参りました。
繊細な装飾と宝石で輝く薄桃色のドレスに大礼用の赤い外套(マント)を纏い、左手に黄金の宝珠(オーブ)、右手に青い大粒のサファイヤとラピスラズリで装飾された黄金の王錫、腰には黄金の王家の剣。
そして白く艶やかな美しい髪を彩るのは、ルビー、サファイア、真珠などの宝石があしらわれた王冠。
王位と統治権、力と正義を示す全てを身に着けたアリア様のお姿には、いつも胸が熱くなります。
夫君であるアーウェルンクスの手を取り入室してきたアリア様に、その場にいた全員が片膝をつき、臣下の礼を取ります。
「・・・大義です」
そう告げて、アリア様が玉座に腰掛けます。
下手な貴族が座るよりも、何十倍も有用と言う物。
最初にウェスペルタティア王国、次いで「イヴィオン」原加盟国4ヵ国、そして今回の12ヵ国。
・・・
世界は全て、
Side アリア
・・・お、重い、です・・・。
何がって、頭の上の王冠がです・・・これ、2キロあるんですよ・・・。
フェイトに手を引いて貰わなければ、姿勢が歪む所です。
「本日、北エリジウムを代表する皆様と一堂に会することは、私の深く喜びとする所です」
とは言え、お仕事はお仕事です。
身体にかかる重みを我慢して儀礼的な歓迎の言葉を、しかし心を込めて言います。
今日のお仕事は、言ってしまえばこれが全部なのですから。
もちろん、オスティアや各地から急送されてくる書類の決裁はしなければなりませんが。
「今回、我が王国をご訪問して頂いた方々に心からの歓迎の意を表すると共に、このような機会を与えてくれたクルト・ゲーデル宰相とレオナントス・リュケスティス総督の両名の働きに、特に感謝する物とします」
「・・・御意」
「もったい無きお言葉・・・!」
リュケスティス総督は短く、しかもカッコ良く「御意」と答えたのみですが・・・クルトおじ様は、場所が場所であれば30分は語り続けそうな勢いを感じます。
・・・個性って、ある物ですね。
そしてこの後は、新しく「イヴィオン」に加盟する12ヵ国の代表の方が私に忠誠を誓う儀式です。
忠誠と言っても、私は彼らの国を直接統治するわけではありません。
なのでこれはあくまでも儀式・・・形式です。
面倒ですが、こう言う儀式は国家運営上どうしても必要になりますから。
「・・・我がセブレイニア共和国は今日より陛下を元首と仰ぎ、その治世に従い、また全霊を持って陛下を支えるものと・・・」
まずセブレイニアの代表の方が1分ほど緊張した面持ちで向上を述べ、自分達が私を元首として戴く旨を記した書状を捧げ持ちます。
私の右手側にはクルトおじ様とアラゴカストロ国防尚書がおりますが、左手側にはテオドシウス外務尚書とグリアソン元帥がおります。
もちろん、フェイトは隣です。
・・・私はその中のテオドシウス外務尚書に視線を向け、頷いて見せます。
それを受けて、テオドシウス外務尚書が恭しくセブレイニアの忠誠の書状を受け取ります。
「・・・大義です、今後の貴国の忠誠に期待します」
「・・・ははぁー・・・」
それに対して私が何か一言、相手国の代表に言葉を投げかけるのです。
これを延々と続けるわけですが・・・結構、疲れますね。
ああ、重い・・・です・・・。
Side フェイト
「・・・で、こうなるんだね」
「ごめんなさい・・・」
「良いよ」
午後の儀式を2時間ほど続けた後、午後3時過ぎにアリアと僕はゴゥン離宮の寝室(ベッドルーム)に戻った。
宰相府のそれとは違い、青を基調とした造りになっている。
アリアが横になっているダブルベッドにしても、天蓋から垂れている天鵞絨(ビロード)は淡い青色で、白い花が描かれている。
「・・・具合はどうだい?」
「はい、少し疲れただけなので・・・大丈夫ですよ」
アリアの「大丈夫」は、こういう場合はアテにならないからね。
油断はできない。
実際、大礼用の衣装を脱いでクリーム色の薄衣のみの姿になったアリアは頬にかすかな赤みがある。
アリアの京扇子を使って、パタパタと彼女を仰ぐ。
「・・・また少し、大きくなったね」
「大きくなったとか、女性に言っちゃダメですよー・・・」
「ごめん」
・・・アリアは、今月で妊娠5ヶ月になった。
先月よりもさらに腹部が大きくなり、目立つようになっている。
今日のドレスは巧みにデザインされていたから、傍目には目立たなかったろうけど。
体型が毎月変わるから、茶々丸や針子達が忙しそうにしているのは事実だよ。
ダフネ医師やテレサ医師は、そろそろ安定期に入る頃だと言っていたね。
程よい運動や軽い旅行は良いこと・・・と言われた時のアリアの顔は、何と言うか、抜け道を見つけた子供みたいな顔をしていた。
それで王都を離れたここゴゥンに来て(小旅行?)、儀礼的な仕事を執り行っている(運動?)わけだけど・・・。
「・・・茶々丸に、紅茶でも淹れて貰うかい?」
「・・・苺の方が良いです」
「そう」
ベッド脇の銀の鈴を鳴らして、茶々丸と暦君達を室内に呼ぶ。
コーヒーと紅茶、苺を持ってきてくれるように頼んで、すぐに下がらせる。
「・・・徐々にだけど、食欲が戻ってきたね」
「食欲とか、女性に言っちゃダメですよー・・・」
「ごめん」
また謝ると、アリアは楽しそうにクスクスと笑った。
その姿に、安心する自分がいるような気がする。
・・・熱っぽさや吐き気に悩まされる夜も減って、少し余裕が出てきたのかもしれない。
先月、労働党過激派のテロがあった時は随分と塞ぎ込んでいたけれど。
どうやら、山は越えたようだね。
さわ・・・と、握っているアリアの手を右手の親指で撫でる。
すると、アリアも悪戯を返すように僕の左手を自分の親指で撫でてきた。
・・・静かな、時間だった。
「・・・さぁ、夜も頑張らないとですね」
「・・・そうだね」
「「「失礼致します」」」
茶々丸と暦君が紅茶、コーヒーと苺をトレイに乗せて入室して来た時、アリアは僕の手を話して身を起こした。
僕は暦君から苺の入った皿と小さな銀のフォークを受け取ると、フォークに苺を刺した。
「まぁ、無理をしない範囲でね」
「・・・フェイトがいるから、大丈夫ですよ」
「そう」
光栄だね、と僕は言った後。
むぎゅ、とアリアの小さな唇に大き目の苺を押し込んだ。
・・・アリアは凄く、笑顔だった。
Side テオドシウス(ウェスペルタティア王国外務尚書)
国家連合「イヴィオン」の加盟問題となれば、それは私の職分だ。
陛下が執り行う国事行為としての儀式は終わったけれど、加盟条約の調印後のプロセスに関する細かい点は、私や外務省官僚が行う。
特に今回の場合、旧連合支配下の荒廃に悩む北エリジウム諸国に労働党が浸透するのを防ぐ、と言う狙いもあったからね。
現地の政権のテコ入れと言う側面も存在するわけで、逆に言えば労働党のイデオロギーは貧困層ほど浸透しやすいから。
一方、北エリジウム諸国の政権としては女王の権威を盾に自分の政権を強化したい所だろう。
「ま、もちろん
例えばブロントポリスには今後49年間、王国軍が駐留を続ける。
セブレイニアでは、王国の国営企業が120万ドラクマを投じて亜鉛鉱山を独占開発する。
そしてケフィッススには・・・と言う具合にね。
独立後も、我が国の影響力は確実に残る。
「いやらしいよね・・・この部屋と同じくらいね」
カッ・・・と靴音を鳴らして私が立ち止まったのは、ゴゥン離宮のサルーンの一つ。
このサルーンには、王国の代表的な古典画家の描いた肖像画や家族画などが数多く壁にかけられている。
ただまぁ、一枚に何万ドラクマかけているのかはわからないけど・・・被写体がね。
溜息を吐いて、サルーンから回廊へと歩を進める。
華美な装飾が多いこの離宮は、かつての持ち主の趣味が良くわかって好きじゃない。
だからこそ、来年には民間に払い下げられて高級ホテルになると言う話もあるのだろうけど。
・・・でも、お客が来るのかな。
「・・・だ、リュケスティス!」
「どうもこうも無いさ、グリアソン」
・・・?
回廊の途中で足を止めると、どこからか誰かの声が聞こえた。
良く聞いてみると、それは案外と近くから聞こえている。
・・・ビリヤードルームの扉が、開いて・・・?
「どうもこうも無い・・・では無く、自分のことだろう!」
「グリアソン元帥は心配性だ、単なる噂に我々がどうこうすることもあるまい」
「しかしだな・・・陛下はともかく、あのクルト・ゲーデルがこれを・・・む」
「あ・・・失礼」
ビリヤードルームでビリヤードもせず、王国で4つしか無い元帥の記章がついた軍服を纏った男性が2人、そこにいた。
私が扉を開けたことで、2人・・・グリアソン元帥とリュケスティス・・・レオは会話を止めた。
何か、喧嘩をしていたみたいだけど・・・?
「何、外務尚書閣下が気にする話では無いさ」
「え・・・?」
「おい、リュケスティス!」
ポンッ、と私の肩を叩いて、レオは颯爽と歩き去って行った。
グリアソン元帥はまだ何か言いたげだったけど、後は追わなかった。
・・・まぁ、レオは案外と人の話を聞いてくれないからね。
何となく、レオに叩かれた肩に自分の手を置いてみる。
「・・・何の話をしていたのですか、グリアソン元帥?」
「あ、いや・・・軍務がありますので、失礼」
グリアソン元帥は明快な彼にしては珍しく言葉を濁して、その場を後にした。
・・・・・・?
Side アリア
夜になれば、今度は北エリジウム諸国の代表者の方々を歓待する晩餐会が催されます。
シャンデリアが輝くゴゥン離宮の大ホールには、私とフェイトを頂点にクルトおじ様を含む王国首脳や財界人、加えて各国の代表者や北エリジウムの経済人や文化人が長テーブルに座っています。
招待客は、合計で150人だとか。
すでに挨拶や国歌の演奏は終わり、今は王国の料理やお酒が振る舞われて宮廷音楽の生演奏と共に晩餐が和やかな雰囲気で行われています。
私は午後の儀式とは違い、腹部に圧迫感の少ない濃い青のロングドレスを着ています。
お腹にはリボンで作った花のコサージュが重ねられ、膨らみを隠してくれています。
「いやぁ、しかし流石にウェスペルタティア王国の晩餐会ともなると違いますな」
「左様、誠に見事な物です」
「・・・お喜び頂けているようで、何よりです」
国賓扱いでの歓待に慣れていなかったのか、北エリジウムの代表の方々は最初は緊張していたようです。
ですが、徐々にお酒が入ると気分も陽気になってきたようで・・・。
「それにしても先月の王都でのテロ騒ぎの際には、本当に驚きましたぞ」
「左様、女王陛下の御身がご無事で誠に何より」
「ご心配頂き、痛み入ります。ですが私は夫を始め、多くの頼りになる方々に守って頂いております。おかげで、身辺の心配はせずに済んでおりますので」
「おお、羨ましい限りですなぁ」
「いや、まったく・・・実は最近は、我が国でも労働党の影響を受けた組織が活発でしてな・・・」
多少、晩餐の席には相応しくない話題もありますが・・・私は笑顔で応対します。
それがお仕事ですし、この6年の王族生活のおかげで笑顔を作るのにも慣れました。
・・・テーブルクロスの下で、フェイトが私の手を握ってくれます。
・・・大丈夫です。
先月のテロは、唯一の生き残りの亜人が獄中で自殺と言う形で幕を閉じてしまいました。
いろいろと憶測が流れているようですが、クルトおじ様は労働党を犯人と断定したと上奏して来ています。
それ以来、どうも不穏な空気が国内に流れているような気がするのですが・・・。
・・・少なくとも、近衛の方々に出した御礼のお手紙の効果かはわかりませんが、私の警護がいつにも増して厳重になったのは確かです。
何事も無く、平和に平穏に・・・とは、なかなかいかない物ですね・・・。
「女王陛下、お世継ぎが誕生された暁には是非、我が国をご訪問ください」
「いやいや、是非ともまずは我が国にこそ行幸の栄誉を!」
「・・・お誘い、誠に嬉しく思います」
その後は2時間かけて、北エリジウムの方々を歓待しました。
招待客の多くは離宮の客室に宿泊されますので見送りの苦労が無い分、楽です。
Side 茶々丸
「お疲れ様です、アリアさん」
「はい・・・疲れました」
私室にお戻りになったアリアさんをお迎えして、お着替えをお手伝いします。
この後はご入浴ですので、質素なドレスにお着替えの後、浴室へ向かわれます。
ちなみにアリアさんのドレスやネグリジェなどの衣装は全て、私の手作りです。
もちろん私一人では無く、お針子の皆さんや王室御用達のお店の方々に協力して頂いております。
王室の方は1日に4度のお着替えがしきたりとしてありますし、アリアさんの体型の変化も考慮せねばなりませんので、なかなかに大変です。
「身体の調子は、いかがですか?」
「大丈夫です、ずっと座ってましたし・・・でも、疲れました。早くお風呂に入って眠りたいです」
「かしこまりました」
軽く施していたお化粧を落として、イヤリングなどの装飾品を外し、ドレスの留め紐を解きます。
その際、お腹に手を回して・・・超音波検診。
・・・異常無し、です。
「・・・楽しみです」
「茶々丸さん?」
「いえ、何でもありません」
不思議そうな顔をされるアリアさんに、微笑んで見せます。
するとアリアさんも、小さく、そして可愛らしく微笑んでくれました。
私達の間に、優しい和やかな空気が・・・。
「失礼致します・・・って、何を抱き合ってるんです?」
その時、入室してきた暦さんが目を丸くしておりました。
楚々として離れて・・・お着替え続行です。
「何か?」
「ああ、はい・・・宰相閣下がお見えです。上奏したいことがあるとか」
「上奏・・・このような時間にですか?」
「はい・・・いかがなさいましょう?」
「・・・ふむ」
アリアさんは少し考え込まれた後、近くの応接間で待たせるように伝えました。
私は大急ぎで、簡素な造りの薄桃色のドレスをお着せして、アリアさんについて応接間へ。
その際、ノンカフェインのお紅茶のご用意も忘れません。
アリアさんが応接間に入ると、そこにはクルト宰相がお待ちでした。
クルト宰相はアリアさんが一人掛けの柔らかな椅子に座るのを確認すると、ひとしきり今回の「イヴィオン」拡大についてお祝いの言葉を述べてから、本題を切り出されました。
一枚の上奏文を、アリアさんに差し出します。
それを受け取り、さっと目を走らせたアリアさんは・・・困惑されたように、眉を寄せました。
「・・・リュケスティス元帥を、総督職から解任?」
椅子にお座りになったままのアリアさんは、目前に立つクルト宰相に不可解そうな視線を向けます。
「元帥は、まだ総督職に就いて1年も経っておりませんが・・・」
「は、左様でございますね」
「それに今回の「イヴィオン」拡大についても大功があると、先日テオドシウス外務尚書からも別の上奏があったことはご存知ですよね?」
「は、もちろんでございます」
基本的に、閣僚の任命権は宰相であるクルトさんにあります。
まぁ、アリアさんの承認が必要ではありますが・・・ですが、リュケスティス元帥の総督職は女王が直接任命する物で、解任もアリアさんの意思によります。
そして現在の所、リュケスティス元帥はエリジウム北部を良く治めていると言えます。
生産力の回復と失業率の改善、犯罪の検挙率は、帝国が進駐した南部とは比較になりません。
「特に失敗もしていない人材を解任はできませんし・・・それとも、何かあるのですか?」
「は・・・」
不思議そうに問うアリアさんに、クルト宰相ははっきりとは答えようとはしませんでした。
それに、アリアさんはますますもって困惑されたような表情を浮かべます。
・・・どうしたのでしょうか?
とは言え、侍従に過ぎない私はお傍に控えることはできても、口を出すことは許されません。
それが、良き侍従と言うものだと心得ております。
「・・・クルトおじ様?」
「・・・アリア様は、近日来、宮廷内外に流れる噂をご存知でいらっしゃいますでしょうか」
「噂・・・?」
クルト宰相の言葉に、アリアさんは首をかしげました。
噂とは・・・どのような物なのでしょうか。
Side グリアソン
まったく、リュケスティスめ・・・少しは自分の身を案じたらどうなのだ。
それでなくとも、信託統治領総督府はかつてのオスティア総督府を上回る程の権限と兵力を与えられているのだ、讒言や諫言などいくらでも出て来ようと言うに。
「士官学校時代からそうだ、アイツはいつも敵を作る。しかもそれを、リュケスティスと来たら楽しんでいる風でもあるのだからな・・・」
口に出してそう言ってみてから、慌てて口を噤む。
誰が聞いているかわからんし、あのクルト・ゲーデルにでも聞かれたらと思うと面倒で叶わん。
・・・いや、今は俺のことよりリュケスティスだ。
俺は王都であのクルト・ゲーデルと共に陛下の勅命を直接受ける立場にあるし、陸軍を統括すると共にテロ対策の実働部隊の総責任者でもある。
だが陛下のご出産の日が近付けば、首席閣僚であるクルト・ゲーデルの権勢がいや増すと言うものだ。
だからこそ、リュケスティスは注意すべきなのだ。
リュケスティスは本国以上に豊かな土地と人口を持つ北エリジウム全域の執政官であり、ある意味で軍人の枠を超えた仕事をしているのだ。
不安に思う者が出てくるのは当然だ、だと言うのにリュケスティスの奴は・・・。
「・・・リュケスティス総督に伝えてくれ、俺が会いに来たと」
「はっ、ご苦労様であります!」
ゴゥン離宮のリュケスティスの部屋を訪ねると、扉の前の警備兵が肩肘張って敬礼してきた。
まぁ、酒の一杯でも飲んで話せば少しはわかって・・・。
「・・・どうした、早く取り次いでくれ」
「はっ・・・ですが、そのぅ・・・総督閣下はご不在です」
「何?」
リュケスティスが部屋にいないと聞いてまず最初に思いついたのは、女だった。
またどこかの侍女か女性職員と会っているのか、どうせ長続きしないものを・・・まぁ、浮気や二股をかけないだけマシか。
女関係についても、アイツは士官学校時代から大盤振る舞いだったからな。
事前に約束をしていなかった俺も悪いとは言え・・・しょうの無い奴だ。
・・・まさか、北エリジウムの関係者が相手では無いだろうな、無いとは言えないのが困り物だ。
別にそれを確認したかったわけでは無いが、一応、行き先を尋ねてみた。
すると警備兵は多少、答えにくそうにしながら・・・。
「・・・何!? 陛下の下に召し出されただと!?」
「は、はっ、その通りであります・・・元帥閣下!?」
女性は女性でも、女王陛下であったか!
それを聞いた俺は、踵を返すと足早に廊下を歩き出した。
どこに行くかと言えば、当然、陛下の所だ。
よもやとは思うが、陛下はあの噂についてリュケスティスを質すおつもりではあるまいな。
あの、リュケスティスがエリジウムで叛意を抱いているなどと言う噂を。
よもや聡明な陛下が、あのような噂を信じるとは思わんが・・・陛下は今は身重であらせられる。
そこへ、あのクルト・ゲーデルがしゃしゃり出ればどうなるかわからん。
いや、まさかとは思うが・・・。
「早まるなよ、リュケスティス・・・!」
リュケスティスは誇り高い男だ、身に覚えの無い叛逆の疑いをかけられただけでも・・・。
・・・ええい、面倒な同僚だ、アイツは!
今、俺が行くからな。
Side リュケスティス
午後10時に、談話室兼書庫(シッティング・ルーム)に来るように。
そんな命令を受けたのは、俺がグリアソンと酒を酌み交わしにでも行こうかと思っていた時だった。
呼ばれた時には、ほぉ、と思った物だ。
はたして、何用で呼ばれた物だろうか、と。
もし例の噂の件だとすれば、興ざめも良い所だと思う。
どこが源かは知らんが―――近右衛門の顔が浮かぶが、一笑に付した―――そのような噂を信じて臣下を処断する王など失望の極みと言う物では無いか、どの道、仕える価値も無い。
そして反面、もしそうなら我が女王は俺をどうするか、と興味も沸いて来る。
解任するか、拘束するか、それとも・・・?
「お待ちしておりました、陛下は中でお待ちです」
「・・・うむ」
中に入ると、落ち着いた色合いの部屋が目に飛び込んでくる。
自然の物を使った木製のテーブルや椅子に、それに合わせた自然色の壁紙とカーテン、カーペット。
部屋の半分は書庫であり、辞書のような分厚さの書物がいくつかの本棚に収められている。
「失礼致します、陛下」
そして部屋の中央・・・談話スペースと書庫の間の椅子の一つに、我が女王が座っていた。
驚いたことに、夫君を伴わず・・・一人だった。
長い髪を頭の後ろで結い上げ、落ち着いた色合いの薄いドレスを身に纏っている。
かすかに膨らんで見える腹部の前、膝の上に本を置いており・・・時折、細く白い指でページをめくっている。
「・・・何を、お読みになっているのでしょうか」
我が女王の座る椅子の側に片膝をつき、跪く。
そして俺の言葉に反応して、我が女王が俺を見た。
赤と青の瞳が、柔らかく細まる。
・・・民を魅了してやまない、その微笑み。
だが、その下には・・・。
「『プロスタテンプステトメア侯爵家勃興史』・・・特に面白くはありませんでした」
パタン、と本を閉じてテーブルの上に置くと、我が女王はそのまま俺の方に右手を差し出してくる。
俺はその手の甲に軽く口付け、それからその場に立ち上がる。
「・・・それで、どのようなご用件でしょう」
「いえ、実はそれほど大したことでは無いのですが・・・」
さて、何を言うのか。
普通の答えであればつまらないし、できれば普通では無い答えを期待したい。
まぁ、どの道、例の噂に関わることだろうが・・・。
臣下の叛逆の噂を「大したことが無い」と言えるのは、なかなかに剛毅ではある。
さて、何を・・・。
その時、我が女王は本を置いたテーブルの上から何かを取り上げ、俺に手渡してきた。
それは・・・高級そうな木製の細長い箱だった。
そう、普通のサイズのペンが入りそうなくらいの。
「・・・これは?」
「ご存知ありませんか? 王室御用達の職人、ガンダル氏の万年筆です」
「はぁ・・・聞き及んだことは、ございますが」
その木製の箱の表面には、ガンダル氏の署名と共に王室の紋章が刻まれている。
王室御用達の店にしか許されないことで、しかも職人ガンダルは頑固者で有名だ。
彼の万年筆を受け取れる者は少なく、細部まで凝らされた装飾には芸術的価値も認められている。
「・・・大義でした」
「は・・・?」
「これからも良く私に尽くしてくださると、嬉しく思います」
・・・俺としたことが、数瞬、女王の行為と言葉の意味がわからなかったが。
なるほど、噂の真偽も聞かずにただ褒美を取らせると。
そう言うことか・・・。
王室の所有品を賜ると言うのは、階級や勲章とはまた別の栄誉だ。
グリアソンやあのクルト・ゲーデルでさえ、受けたことは無いだろう。
「北エリジウムの方々も、元帥のことをとても評価しておりましたよ」
「・・・光栄の極み」
「これからも、引き続きお願いしますね・・・『総督』」
「・・・御意」
尊うべきかな、我が女王。
貴女が貴女である限り、俺はその風下を歩くことができるだろう。
性格や性根の部分で多少、波とムラはあるだろうが。
そこは私的な部分であって、公的な忠誠とはまた別の物だ。
その後、我が女王とは二言三言、エリジウムの特産品などについての雑談を交わした。
それから、我が女王は就寝すると言うので俺は部屋を辞した。
そして、扉の外で心配気な顔をしていた僚友(グリアソン)の肩を叩いてやった。
Side アリア
「・・・何か、言いたいことでもあるのですか?」
「おや、アリア様それは誤解です。私はアリア様に言いたいことなど、ハハ、あるわけが無い!」
「じゃあ、本棚の陰から私をジ~っと見つめるの、やめて頂けませんか?」
カラカラ・・・と、移動式の本棚を動かして、クルトおじ様が姿を現します。
キラキラを星を飛ばすような朗らかな笑顔と、胡散臭い動作で両手を広げて、そしてついでに言えば同じ物をいくつ持ってるんだと言いたくなるスーツ姿で。
もうおわかりかもしれませんが、先程の私とリュケスティス元帥の会話の様子を、クルトおじ様は本棚の向こうで聞いておりました。
おそらく、リュケスティス元帥も気付いていたでしょうけれどね。
「それは無理でございますす、アリア様。何故なら私にとって、アリア様のお姿を心のアルバムに収めるのは趣味と言うか生きがいでございますから。あ、ちなみにアリカ様を見つめるのは生き様でございます」
「・・・そうですか」
手元の銀の鈴を鳴らして、茶々丸さんを呼びます。
すぐに扉が開き、茶々丸さんが扉の所で一礼。
「お紅茶と苺をお願いします」
「かしこまりました」
茶々丸さんの姿が扉の向こうに消えるのを見送ってから、再びクルトおじ様の方を見ます。
クルトおじ様は、とても満足そうな笑顔を浮かべておりました。
「流石はアリア様、見事な差配。このクルト、感服致しました」
「・・・何のことですか?」
「ご説明致しましょうか?」
「・・・」
・・・リュケスティス元帥がネギを使って叛逆を企んでいる。
などと言う噂を基に彼の解任を迫る上奏文を上げて来たのは、クルトおじ様です。
しかし、クルトおじ様は私がそれを拒むことを知っていたはずです。
そんな荒唐無稽な噂を信じて元帥を解任するなど、あり得ません。
噂に信憑性が無さ過ぎますし・・・何より、私は元帥を信頼しています。
しかし、この噂は元帥自身を含めてかなりの所まで広がっているのも事実。
だからこそ元帥に私の持ち物を贈り、かつ変わらず総督の地位に置くことを喧伝する。
女王は宰相の上奏を歯牙にもかけない程に元帥を信頼しているのだと、見せるために。
「同時に、リュケスティス元帥にも釘を刺すことができると言うわけでございます」
「・・・そうですか」
「左様でございます、陛下。何しろリュケスティス元帥は国家の重鎮、有用な人材です・・・今の所は」
大仰な仕草で礼をするクルトおじ様に、溜息を吐きます。
私が元帥の叛逆の噂を欠片も信じない理由は、先程も述べましたが・・・。
・・・正直、黒い噂であればクルトおじ様の方が上です。
むしろ、もっと汚い噂だって聞いたことがあるのですから。
曰く、宰相は女王と密通している、だから宰相の地位を降ろされることが無い。
曰く、宰相は世継ぎが生まれた後、女王を幽閉して退位宣言書を書かせ、幼君を擁して独裁政治を行うだろう・・・etc。
「巷では、私がクルトおじ様の傀儡だと言う話もあるそうですよ?」
「まさか! このクルト・ゲーデル、アリア様の奴隷になったことはあってもアリア様を蔑ろにしたことはございません。これまでも、そしてこれからも・・・」
「わかっていますよ、クルトおじ様」
まぁ、私よりお母様にその気持ちは向いているのでしょうけど。
クルトおじ様は私心を優先したことは無く、王国の拡大と維持に腐心することに関して他者の追随を許しません。
問題は、私の意思に関わり無く「私のために」行動する所でしょうか・・・。
「元帥の件はさて置くとしても・・・明日中に北エリジウム諸国の代表団を伴って出発し、明後日には王都に戻って「イヴィオン」原加盟4ヵ国首脳を含めた拡大会合を行います。おじ様の差配に期待して、よろしいでしょうか?」
「
クルトおじ様が大仰な仕草で跪いた時、茶々丸さんがお紅茶と苺を持ってきてくれました。
それに視線を向けながら、私はふと部屋に視線を巡らせます。
そう言えば、ここゴゥン離宮は旧公国の公王府でしたね。
明後日には、皆を連れて王都オスティアに戻りますし・・・。
・・・あんまり豪華な建物は、好きじゃないです。
ネギは良く、ここで王様をやってられましたね・・・。
Side スタン
最近、年を自覚するようになってきたのぅ。
トントンと昔に比べて曲がった腰を手で叩きつつ、新オスティア側と直通の鯨から村の船着場に下りる。
ふむ、やはり移動が堪えるようになったの。
杖無しでは、歩き辛くなってきたし・・・そろそろ潮時か。
「あ、村長。お帰りなさい、ネギ君には会えました?」
「うむ、元気にしとったわ・・・子供の頃と変わらず、本ばかり読んでおったぞ」
船着場の村民に、鷹揚にそう答える。
ワシは今日、ネギに会いに行っておったのじゃ。
のどか殿の様子も見れたしの・・・何かを待っておる風ではあったが。
まぁ、出産が待ち遠しいのかもしれんの。
アリアの方も無論、大事にせねばならんが。
不詳の孫に添うてくれるのどか殿も、大事にせねばならん。
うむ・・・曾孫が2人か、うむ。
「ははぁ、まぁ、ネギ君はどちらかと言うと学者タイプでしたからねぇ」
「ふん! だからあんなひ弱に育つんじゃ!」
「ナギさんみたいになっても、困るでしょう」
確かに。
ワシは船着場の村民と別れると、のんびりと村の自分の家に向かった。
ワシの家・・・村長の家じゃな。
何年か前に、アリアが「村長の家! 依頼を受ける所ですね!」とか言うておったが。
・・・アレは、どう言う意味なのかの。
最近の若い連中の間で流行っておるのじゃろうか。
この年になると、じぇねれーしょんぎゃっぷが激しくなる一方じゃのぅ。
溜息を吐いて空を見ると、もう夜も深い。
早く帰って、「ひよこク○ブ」でも読むとするかの・・・。
「あ、スタンさん・・・こんばんは」
「おお、ココロウァ殿、皆、良い夜じゃな」
家の前につくと、ココロウァ殿と何人かの村民と会うた。
どうやら、ワシの家の前で待っておったようなのじゃが。
「お待たせしてしまったかの・・・?」
「いえ、あの・・・ネカネちゃんのことなんですけど」
「ネカネ・・・?」
「はい、最近・・・ここ1ヶ月ほど、様子がおかしいんです」
・・・そう言えばここ1ヶ月ほど、ネカネと顔を合わせておらんの。
ワシは村を空けることも多かったし、巡り合わせなり何なりが悪かっただけかと思っておったが。
「家からあまり出ていないようですし、朝まで灯りがずっとついているらしくて・・・たまに出てきたかと思えば、凄く痩せていてフラフラしていますし・・・」
「ふむ・・・?」
「私達、心配で・・・」
ふーむ、ネカネのぅ。
おそらく、またネギのことで塞ぎ込んでおるのじゃろうが。
うむ・・・明日にでも、様子を見に行ってみるかの。
「まぁ、今日は時間も遅いしの、明日にでも・・・「あ、アレは何だ!?」・・・むぅ?」
村民の一人が指差した先に、禍々しい紫色の光が浮かんでおった。
あれは、確か・・・村外れの、ネカネの家のある方向・・・。
深い夜の暗闇を煌々と照らすその光は、明らかに自然による物では無い。
それどころか、この変質したドロドロとした魔力は・・・!
その時、その紫色の光が急速に収縮し・・・。
空へと、弾けた。
Side ネギ
今日は、スタンさんが来てくれた。
週に一度くらいで会いに来てくれるんだけど、僕よりのどかさんの方を気にかけてるみたい。
・・・曾孫って、そんなに楽しみなものなのかな?
「それで、本ばかり読んで無いで運動しろって、怒られてしまったんです」
「うふふ・・・ネギ先生は本がお好きですからね」
「のどかさんには、敵いませんよ」
のどかさんの寝室のベッドにスツールを寄せて、のどかさんが眠るまでお話をする。
それが、僕の毎日の日課。
そして今、僕が言ったように・・・僕よりもたくさんの本を読んでる。
ここ数週間ののどかさんは体調が悪いのか、ここで過ごすことが多いからかもしれないけど。
部屋の至る所には、分厚い難しそうな本が何十冊も積まれてる。
・・・本好きにしても、読み過ぎなような。
それに、「悪魔招来術」「地獄9階層」「神歌」・・・何か、偏りがあるような。
「ネギ先生は、研究はどうですか?」
「僕は・・・まぁ、それなりに」
右腕の方に意識を向けながら、のどかさんにそう答える。
・・・「
元の使い手であるエヴァンジェリンさんが一度だけ診てくれたけど、対処方法は無い。
父さんや母さんにも、どうしようも無いし・・・。
それで今、研究を進めているんだけど。
「僕のことより、今はのどかさんですよ」
「はい、赤ちゃんは元気に育ってるって・・・お医者さんも。私、名前も考えてみたんです」
「わ、そうなんですか? 教えてくださいよ」
「・・・内緒です」
「えぇ~・・・」
のどかさんは、クスクスと笑ったようだった。
ようだったって言うのは、のどかさんが窓の外を見ているから。
今日は一度も僕の方を見てくれなくて、何か怒らせるようなことしたかな・・・。
「産まれた時の、お楽しみです・・・でも」
不意に、のどかさんの声のトーンが変わった。
楽しそうな柔らかな声じゃなくて、沈んだ固い声に。
「産まれて・・・それで、どうなるんでしょう・・・」
「・・・のどかさん」
「その後は、私達みたいにここに閉じ込められるんでしょうか・・・それとも、取り上げられるんでしょうか」
「・・・アリアは、そんなことは」
「アリア先生の周りの人たちは? 私、本でたくさん読みました・・・私達みたいな人、この子みたいな子供・・・」
6ヶ月目に入って大きくなってきたお腹を抱くように、のどかさんの両手がお腹を撫でる。
「私、考えたんです。守らないとって・・・私が、守らないとって」
「・・・」
「ここはまるで・・・ううん、牢獄です。きっと・・・私達を繋ぐ、牢獄」
「・・・のどかさん」
どう言葉を飾っても、どんなに不自由の無い暮らしを保障されても。
ここが牢獄だと言う事実は、変わらない。
それは、本当のことだけど・・・でも、僕達は。
「でも、もう大丈夫です」
今度は急に、のどかさんの声が明るさを取り戻した。
「近右衛門さんのお手紙にも、ネカネさんのお手紙にも・・・ちゃんと、書いてありましたから。魔法的な検閲はするけど、旧世界の原始的な暗号や密書の送り方について、ここの人達は疎いから・・・」
「・・・のどかさん?」
「・・・ねぇ、ネギ先生・・・」
・・・?
その時、僕はスツールから立ち上がった。
何か、大きな力が、ここに・・・?
そんな僕に、今日初めて、のどかさんが僕を見た。
そして・・・僕は、息を呑んだ。
「・・・私が、守ってあげますから・・・ね?」
「のどか、さん・・・?」
のどかさんの右眼が、赤く輝いている。
まるで・・・アリアの魔眼みたいに。
決定的に違うのは、のどかさんのそれは、のどかさんの魔力とは違う波動を発していること。
右眼に輝く、二重の六方星。
次の瞬間、のどかさんがさっきまで見つめていた窓が、周りの壁ごと吹き飛ばされた。
轟音と共に、魔法的な素材で防護されていたはずのそれがあっけ無く崩れる。
ガラスや壁の破片が飛び散るけれど、どうしてか僕とのどかさんを避けていく。
そして、その向こうには・・・。
「・・・ネカネ、お姉ちゃん・・・?」
長い金髪の髪に、静かな色合いの瞳・・・スラっとした身体に、質素な色合いのワンピースドレス。
いつも僕に優しい、僕の大切なお姉ちゃん。
小さい頃から、ずっと僕の世話を焼いてくれていて・・・。
そんなネカネお姉ちゃんが、僕は大好きだった。
だけど今は、綺麗な金髪や衣服は赤い液体で汚れていて。
左の手首から、とめどなく血が流れている。
それだけでも違和感しかないのに、それ以上に。
両眼が、血よりも紅い輝きで満たされていた・・・。
「やぁ、久しぶりだね・・・ネギ・スプリングフィールド君」
・・・ネカネお姉ちゃんの口で、ネカネお姉ちゃんの声で。
ネカネお姉ちゃんじゃないそいつが、僕を呼んだ。
Side ナギ
まー、正直、それほど大事だとは思わなかったって言うのが素直な感想だな。
書類仕事も飽きたし、今日はアリアもクルトもいねーからな。
後は嫁さんの鉄拳制裁さえ回避できれば、何とでもなる!
・・・と思って出て来たのが、20分前だったんだが。
正直、ここまでだとは思って無かったぜ。
「お・・・おいおい、じーさん! 大丈夫か!?」
「お、おお・・・ナギか・・・」
旧オスティアの2箇所で爆発があったてーから、スタン・・・のいない方に来たんだが。
建物は半分吹っ飛んでるし、中からメルディアナの爺は担架で運ばれてくるしで、大わらわだぜ。
と言うか、ネギとのどかちゃんはどうしたぁ!?
「おい、じーさん! ネギとのどかちゃんはまだ中か!?」
「う、うむ・・・」
「うっし、任せな!」
「あ、ちょ・・・ナギ様、現場に出ちゃダメですってぇ!」
兵士の声を振り切って、半壊した建物の中に入る。
政治犯収容所っつっても、宰相府並にでかいからな。
それに、火事まで起きちまってるからな・・・瞬動で素早く駆け抜ける、何、火が回るよりも早く走れば良いんだよ!
見る見る燃えて行く屋敷の中を駆け抜けながら、ネギやのどかちゃんを含めた生き残りがいないか探す。
この屋敷には、30人くらいが詰めてたはずだが・・・。
「ネギ、のどかちゃん、いんのか!?」
ドンッ・・・と、2階の部屋のドアを一つ一つ蹴破っていく。
開けて探すのが面倒くせぇ・・・!
「オラァッ!!」
何十個目かの扉を蹴破ると・・・ビンゴ!
ここにいたのか、ネギ、のどかちゃん・・・と、おお?
「おや・・・見つかってしまったね」
「ネカネ!? 何でお前が・・・・・・いや」
そこにいたのは、ネカネの姿をした何かだった。
残念ながら、ネカネはそんな圧迫感のある存在感はしてねぇんだよ・・・!
そいつは、両手で気を失ったのどかちゃんを抱いて・・・って、オイ。
「ネギ! 何してんだ!?」
そいつの後ろに、ネギが立っていやがった。
のどかちゃんを助けるでもなく、ただ・・・立っていやがった。
何とも、なっさけねー面しやがってよ・・・!
「ふむ・・・ここは舞台として相応しく無いからね」
「ああ!?」
「では、失礼させて頂くよ・・・
「あ・・・待てよゴラァッ!!」
ドンッ・・・飛び出した時には、もう遅い。
空間が捻じ曲がったかと思うと、ネカネものどかちゃんも・・・ネギも。
俺の伸ばした手に掠りもせずに・・・掻き消えやがった。
空を切った拳を、握りこむ。
後に残ったのは、崩れかけた部屋と火の粉だけだ。
・・・畜生。
何が・・・何でだ、畜生!
「・・・ネギイイイィィ―――――――――ッッ!!」
だぁっ・・・くそがっ!
一体全体、何がどうなってやがる!?
Side ラカン
一体全体、どうなってんだ畜生め・・・。
帝都の宮殿で一番小さい中庭の芝生に寝転びながら、俺は人生のやるせなさについて考えていた。
皇帝の寝所に行かねーといけねーんだが、んな気分じゃねーしなぁ。
「あー・・・かったりぃ」
あの
昨日も昨日で、ティレナ地方の叛乱を3つほど潰しに行かされたしよ。
しかも、タダで。
あり得ねぇ・・・この俺様をタダで使うなんて奴、奴隷拳闘士時代以外では存在しなかったぞ。
あの
アリカはテオと似て人の話は聞かねーけど、それでもナギだったりが頼めば考慮はするからな、一応。
だってのに、あの
「妻が可愛くは無いのかえ?」
・・・とか何とか言いやがってあの女(アマ)、マジでどうにかしてやろうか。
あんなんだから、叛乱起こされるんじゃねーの?
人の話は聞かねー、自分が決めたら変えねー、行き詰まったらゴリ押しの力押し。
そして最終的に、「ジャックー!」だかんなアイツ。
そんなんだから、帝国人に嫌われるんじゃねーのか・・・「ヘラス・タイムズ」の世論調査で支持率20パー切るだけのことはあるぜ。
言ったら逆ギレされて面倒だろうから、言わねーけど。
「・・・ったく、窮屈で仕方ねーぜ」
大体のことは気合いで何とかなるが、それにしたって好き嫌いはあるっての。
あーあ、やっぱもう少し逃げとくべきだったかなー・・・っと。
「・・・そこは・・・立ち入り禁止・・・ですよ・・・」
「・・・あ?」
突然、声をかけられて驚いちまったぜ。
あんまり驚いちまったもんだから、手を使わずに逆立ちして後ろを確認しちまった。
「・・・そこは・・・立ち入り禁止・・・ですよ・・・」
「いや、別に聞こえなかったから『あ?』って言ったわけじゃねーよ」
地面に引き摺ってんじゃねーかってぐらい長ぇのに、何故か絶対に汚れねぇ金髪。
それと、赤い神殿の紋章が刻まれた丈の長い白い服。
そこにいたのは義姉貴(あねき)だった・・・要するに、元第一皇女のエヴドキア。
ふーむ・・・白いな。
「んだぁ? 神殿の奥の引き篭りが何で外に出てんだよ」
「・・・ここは・・・神殿の・・・敷地ですが・・・」
「マジで?」
おーぅ、俺としたことがミスっちまったぜ。
宮殿と神殿って同じ敷地内にあっから、境界が曖昧なんだよなぁ。
どうりで、いつもはすぐに来る
「あー、すまねぇ、すぐに出てくわ」
「・・・いえ・・・芝生の中に入らなければ・・・構いません・・・」
「お、マジで?」
「・・・(こくり)・・・」
静かに頷いた後、義姉貴(あねき)は俺のことを何も言わずにじーっと見つめていやがった。
ま、まだ何かあんのか・・・コイツ、何を考えてんのかわかんねぇんだよな。
「・・・逆立ち・・・」
「お?」
「・・・ここは普段・・・人が来ません・・・」
「あ?」
「・・・一人になるには・・・最適かと思います・・・」
「お、おお」
ぺこり、と頭を下げて、義姉貴(あねき)はゆったりと歩き去って行った。
・・・まぁ、良くわかんねーけど。
この日から俺は、静かな環境っつーのをゲットした。
ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第18回広報:
アーシェ:
はーい、アーシェです!
今回で18回目のこの広報、ノってきましたねー?
そして今日は・・・えー、テオドシウス外務尚書閣下にお越し願いましたー。
どんどんぱふぱふー。
テオドシウス:
どうも・・・と言うか、こんな部署あったんだ。
アーシェ:
あったんですよー、それが。
いやー、しかし最近いろんなことがありますよね、テロとか叛乱とか。
昔はあんまりありませんでしたけどー。
テオドシウス:
目立ってなかっただけで、農民一揆や少数民族の弾圧とかは割と昔からあったよ。と言うか、無い国なんて存在しないし。
アーシェ:
そうなんですか?
テオドシウス:
うん・・・特にこの5年で目立つように感じるのは、宰相の・・・つまりは陛下の改革によるね。
言論・集会・結社の自由と情報公開のおかげで、表に出るようになった。
後は、昔から細々と続けられていた旧世界からの思想の輸入とかね。
本とかも輸入できるし、一応。
アーシェ:
へー・・・あんまり見た事無いですけど。
テオドシウス:
最近は宗教とかも入ってきてるらしいし・・・まぁ、何を信じるかは個人の自由だよ。
本とかは数は少ないけど、国立の図書館とかには割とあるよ。
アーシェ:
ほぅほぅ・・・おっと、今回の紹介。
ガイウス・マリウス:
70歳前後の老提督(人族)。
常に不機嫌そうな顔をしているがそうでも無い、無骨な軍人。
元メガロメセンブリアの軍人で、新メセンブリーナに一時的に協力していた。
現在は、王国の信託統治領総督府で軍事監査官の要職にある。
部下や民衆からの信頼も厚く、彼が王国にいるおかげでエリジウム市民は王国を受け入れたと言う面もある。
ブロントポリス軍港に常駐。
アーシェ:
私の3倍くらい生きてますもんねー。
テオドシウス:
いい人だよ、レオも助かるって言っていた。
アーシェ:
ほほぅ(ニヤリ)。
ではでは、また次回!