魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第5話「王女殿下万歳」

Side アリア

 

「私は、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアです」

 

 

そう宣言した際の私の心情を、何と表現すれば良いのでしょう?

展開に流されるままに、迫られるままに行動を選択する私の気持ちを。

 

 

ああ、身勝手だな。そう思い、自分自身に嫌悪感を抱くこともあります。

ですが逆に、そうした行動で落ち着く自分もいることに気付きます。

 

 

『後悔する日が来るヨ』

 

 

超さんの最後の言葉が、耳をついて離れない。

アレは、はたしてどんな意味の言葉なのか。

何に対する後悔なのか、私にはわからないのですから。

 

 

・・・ここで、スプリングフィールドを名乗ることはできませんでした。

連合の英雄(最近は犯罪者の可能性が高いですが)の血族であることを示しても、意味が無い場面。

 

 

「え・・・エンテオフュシアだって!?」

「エンテオフュシア・・・」

「・・・ウェスペルタティア王家・・・!」

 

 

メガロメセンブリア兵達が、動揺したようにザワつきました。

ここで私は、母親の血族であることを示す必要がありました。

そうでなければ、この虐殺は止まらないから。

ウィル君を、そして彼の家を、お母さんを守れないから・・・たとえそれが、遺骸に過ぎないとしても。

この不快な状況が、終了してくれないから。

 

 

「そ、そんなはずは無い!」

 

 

元老院議員の息子の士官とやらが、顔を真っ赤にして怒鳴りました。

私はそれを半ば無視しつつ、『千の魔法』のページをめくって。

 

 

「ウェスペルタティアの王族は、残らず死んだはずだ! お前がそんな・・・」

「『千の魔法』№16、『消火弾(エクスト・ボール)』」

 

 

カッ・・・ページが輝き、私の魔力を直接吸い上げて、魔法が発動。

消火用の大きな水の塊が出現し、バシャアッと音を立てて、私達の傍の家・・・ウィル君の家の炎を消すことに成功します。

他の場所は、難民なりジョリィさんなりがどうにかするでしょう。

 

 

「そ、そうだ・・・お前がウェスペルタティアの者だと言う証明はできるのか!?」

 

 

・・・なかなか痛い所をついてきますね。

私はこれまで、王家とは何の関係も無く生きて来ましたから。

しきたりとか、あと色々・・・何も知らないのです。

何も・・・いえ。

 

 

一つだけ、知っていることがありましたね。

 

 

「ウェスペルタティア王家の血に連なる者の証拠として・・・」

「し、証拠として?」

「・・・私は、『魔法無効化(マジックキャンセル)能力』を保有しています」

「な!?」

 

 

はい、嘘です。ですが・・・。

この人は、私の魔眼のことを知りません。

ならば、私の魔眼による魔法の無効化を、王家の魔力による無効化と混同させることも可能でしょう。

ウェスペルタティアの血族(全員かは、わかりませんが)に特別な力が宿るのは、良く知られる所・・・彼が本当に、自分で言う程上層部に近いと言うのであれば、なおさら。

 

 

先ほど、兵士の放った火属性の魔法を無効化してみせたことですし、説得力はあるでしょう。

・・・明日菜さんと比べられると、どうしようもありませんけどね。

彼女の『完全魔法無効化能力』は、私の魔眼よりもその点では上なのですから。

 

 

「加えて、私は魔法の使えない場所でも、魔法を使用することが可能です」

 

 

『千の魔法』、そして魔法具。

これらは精霊の力を借りずに魔法、ないしそれに類似した効力を発揮します。

すなわち、アリカ・・・我が母がオスティア崩落の際に見せたと言う・・・。

無効化の影響を受けない魔法。

 

 

「これぞ、王家の魔力。これ以上に私がウェスペルタティア王家の血を引いていると言う証拠が、あるでしょうか?」

「そ、そんなはず、だって元老院の公式発表では・・・」

「貴方の目の前で起こったことが、現実です・・・認めなさい」

 

 

周囲を見れば、難民の人達が集まってきているようでした。

消火も大方終わったようで・・・。

 

 

「み・・・認めないぞ」

 

 

士官さんは、なおも抗弁を試みようとしていました。

しかし言葉が見つからないのか・・・顔を真っ赤にし、口をパクパクするのみです。

 

 

「み、認めるもんか。そうさ、<災厄の女王>は元老院が処刑したんだ。他の王族も皆殺しにしたはずだ。だってそう聞いたんだもの」

「なら、貴方が騙されていたのでしょう」

 

 

バッサリと、私は切って捨てました。

 

 

「現に私は・・・ここにいる」

 

 

アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの娘が、ここにいる。

と言うか、2人いる。

 

 

「王女殿下! ・・・参事官殿!」

 

 

その時、ある意味でこの場をセッティングした存在・・・ジョリィさんが、現れました。

彼女は私の傍で恭しく跪くと、懐から一枚の古ぼけた紙を取り出しました・・・。

 

 

 

 

 

Side ジョリィ

 

今の私の心の風景を、どう表現すべきだろうか。

王女殿下を前にしていることへの畏敬と、そしてそれに倍するであろう歓喜。

 

 

「・・・それは、なんですか」

「は・・・オストラ伯爵領の統治権利書にございます」

「なっ!? おい、それはこっちの・・・!」

 

 

連合の参事官・・・醜い豚が何かを喚いているが、知ったことか。

私は今、重要な役目を果たしている最中なのだから。

もし私に子がいれば、語って聞かせてやりたい程の役目を。

 

 

私が持っているこの権利書は、代々オストラ伯爵家に受け継がれている物だ。

昨夜、まだ伯爵が前後不覚になる前に渡された。

そして今朝、伯爵はご危篤の状態に・・・。

慧眼と言うのは、こう言うことを言うのであろうか。

 

 

結果として、参事官は城からこの権利書を奪えず、こうしてあるべき者の手に渡ろうとしている。

 

 

「・・・ジョリィさん。いえ、ジョリィ」

「はっ」

「私は、貴女のことが嫌いです。理由はどうあれ、貴女は私の信頼を裏切りました」

「は・・・」

 

 

今回の件で、私が王女殿下の信を失ったことは承知している。

この場で死を命じられたとしても、躊躇することは無いだろう。

 

 

「だからジョリィ、私は貴女の幸福を祈るつもりはありません。願いを叶えてあげるつもりも」

「・・・」

「貴女のためでは無く、私が私の守りたい人達のために、一時的に預かるだけです」

「・・・その、お言葉だけで」

 

 

そのお言葉だけで、十分です。

貴女様の守りたい物が、少しずつ増えていることを、私は存じておりますから。

 

 

カサ・・・と、王女殿下の手が、権利書に伸びようとした、その時。

 

 

「認めない・・・認められるはずが無いんだ!」

 

 

参事官が、部下の斧槍(ハルバート)をひったくると―――明らかに、持て余しているようだが―――よろめきながらも、ズカズカとこちらへ歩いてきた。

ち・・・殿下に。

 

 

「近付く・・・!」

 

 

殿下の前に立とうとした時、殿下が片手で私を制した。

子供を抱いていない、もう片方の手で。

私の目の前に、殿下の掌がある。

白い・・・本当に白く、繊細で、小さな手だった。小さな・・・。

・・・小さな。

 

 

私の位置からは、王女殿下の表情を窺い知ることはできないが。

殿下は今、どのようなお顔で、この豚めを・・・。

 

 

「消えちゃえええぇぇ―――――っ!」

 

 

醜い叫び声を上げて、斧槍(ハルバート)を振り上げ・・・と言うより、抱きかかえて。

槍先を、殿下に向けた・・・。

 

 

「だめぇ!」

 

 

その時、小さな背中・・・そう、王女殿下よりも小さな背中が、殿下の前に立った。

黒髪の難民の子供が、殿下を庇うように立っていたのだ。

 

 

「おねーちゃんを、いじめるな!」

「な、ななっ、なんだぁお前!?」

「・・・ウィル君」

 

 

ウィル・・・と言うのか。

王女殿下は、少しばかり固い声で。

 

 

「・・・ウィル君、そこをどいてください」

「いやだ!」

「ウィル君・・・」

「・・・おねーちゃんも」

 

 

振り向いたウィルの目は。

難民達とは別の意味で、どこか陰りが見えた。

 

 

「おねーちゃんも、僕を一人にするの?」

 

 

 

 

 

Side セレーナ

 

「・・・残念ですが」

「伯爵・・・っ」

「クリストフ様っ・・・!」

 

 

私の両親は、ウェスペルタティア王国で医者をやっていました。

そんな両親に憧れて、医学の道に進んだんですけど・・・人が死ぬのには、いつまでも慣れません。

 

 

私の目の前には、ベッドに横たわるオストラ伯爵様が・・・。

今・・・息を引き取りました。

難民を支え続けて、20年。この方の身体はもう、限界でした。

でも、この人が何者で何をしたかは、私にとっては問題ではありません。

患者をまた一人、助けることができなかったことの方が・・・。

 

 

「・・・伯爵様は、お亡くなりになりました」

『そうですか』

 

 

伯爵の遺骸に取り縋る難民の人々や伯爵領の文官や軍人の人達から離れて、私は5分程前から通信で繋がっている男の人に、そう言いました。

名前は知りませんし、映像は無く、音声のみの通信ですが・・・おそらく、男の方だろうとは思います。

 

 

伯爵様は息をお引き取りになる直前、数分間意識を取り戻されました。

その際に、通信コードらしき物を呟かれましたので、お繋ぎしました。

私は医師として、死に瀕している患者の願いを叶えてあげる義務があります。

もちろん、患者の情報を秘匿する義務も。

 

 

なので、他の誰にもこのコードを教えていません。

 

 

『ありがとうございました』

「いえ、私には何もできませんでしたから・・・」

 

 

実際、私にできたことは、伯爵様が感じる痛みをやわらげてあげることぐらい。

寿命と心身の衰弱からもたらされる症状に対し、私は無力だった。

 

 

『・・・貴女は、これからどうなさるのですか?』

「何も変わりませんよ。一人でも多くの人を助けるために、難民キャンプを回るつもりです」

『そうですか・・・貴女さえよければ、新オスティアで病院をお任せしたいと思っているのですが・・・』

「ありがたい申し出ですが、結構です」

 

 

私はまだ修行中の身で、しかもキャンプにはまだまだ病人や怪我人がたくさんいます。

そんな人達を見捨てて、安穏と病院経営なんてできません。

それに・・・。

 

 

「私は小心者なので、世間の目が怖いのです。患者の人脈を利用して出世したなんて言われたら、耐えられません。なのでお断りいたします」

『・・・そうですか。いえ、つまらないことを言いました。許していただきたい』

「いえ・・・」

 

 

その後、通信を切り、私は部屋を出ました。

その時、窓の外を見ると、どうやら難民キャンプの一部で起こっていた火事は消火できたようでした。

しかし、それとはまた別の喧騒が、起こっているようでした。

 

 

・・・その時私は、昨夜会った白い髪の女の子のことを思い浮かべました。

伯爵様は意識を失っている間も、うわ言のように同じことを繰り返し呟いていました。

 

 

恨むのは、自分だけに。

そう、言っていました・・・。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

アリア先生がいなくなって、2日。

私達は慌しく、新オスティアに行くことになりました。

表向きの理由は、早くに現地に行って、地形や空気、食べ物や水に慣れるため・・・ってことになっています。

 

 

本当は、もう数日後になるはずだったんですけど・・・。

エヴァさんがセラス総長にかけあったんだろうなって、私は思ってる。

場合によっては、茶々丸さんかもしれないけど。

 

 

「それにしても、アリア先生もいきなり薬草採取なんて行かなくても良いのにねー」

「う、うん・・・」

 

 

コレットさんが言ったように、一応アリア先生の失踪は、「魔法薬研究のための薬草採取」ってことになっています。

・・・オリンポス山に行ってるなんて言うけど、嘘だ。

茶々丸さんは、オスティアに来るって信じてるみたいだし。

 

 

「きっと、アリア先生もオスティア祭に来るよ」

「ふ~ん・・・まぁ、サヨがそう言うならそうなのかな。ああっ、それにしてもこれで生ナギに会えるよ~」

「バカを言いなさい、生ナギに会うのはこの私!」

 

 

委員長さんやコレットさんが偽ナギの話で盛り上がるのを、私はどこか冷めた心地で聞いていました。

・・・赤毛の男の人は、嫌いです。

 

 

「さーちゃーん」

「あ・・・すーちゃん」

 

 

すーちゃんが、何か大きな荷物を背負ってやってきました。

ここはアリアドネーの空港で、人もたくさんいるけど・・・。

自分の身長の3倍くらい大きな荷物を抱えているのは、すーちゃんくらい・・・。

 

 

「私ハ5倍デス」

「サラニソノウエニノルゼ」

 

 

ずもも・・・と擬音がつきそうなくらい大きな荷物を背負った田中さん。

・・・チャチャゼロさんも乗ってるらしいけど、見えない。

というか、それ飛行機(鯨船って言うらしい)に乗れるんですかぁ・・・?

とりあえず、田中さんの腕に抱えられていた晴明さんは、私が持ちます。

 

 

・・・晴明さん、最近起きないな・・・。

 

 

「オスティアって街には、美味しいものがたくさんあると良いな、さーちゃん!」

 

 

すーちゃんが、ニカッと笑みを浮かべた。

・・・私も、笑顔を見せます。

その時、ふと猫の人形みたいな妖精さんが、鯨船に乗る人の列に並んでいるのが見えた。

 

 

「・・・ルイーゼは元気にしているだろうか・・・」

 

 

・・・バロン先生、何でいるんだろう。

いや、引率の先生だってことは、わかってるんですけど。

と言うか、ルイーゼさんって誰だろう・・・。

 

 

でも、とにかく・・・私達は、新オスティアに行きます。

きっとそこで、アリア先生に出会えると信じて。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「おねーちゃんも、僕を一人にするの?」

「え・・・」

 

 

それは・・・その言葉は、いつだったか。

いつか、私も言ったことがあるような台詞でした。

そして、その言葉の意味する所は・・・。

 

 

それに対して私が少し放心していると、ウィル君と同じくらいの子供達が・・・青空教室の子供達が、ワラワラと、私の傍にやってきました。

中には私の前に立ち、その小さな手を一杯に広げる子供もいました。

子供・・・それもまだ一日しか、わずかの時しか付き合いの無い難民の子供達が、私を守ろうと。

私が言えた義理では無いですが・・・この子達、無茶が過ぎませんか。

武器の前に身を投げ出すとか・・・。

 

 

・・・ああ。

エヴァさん達は京都で、そしてそれ以降も・・・こんな気分を味わっていたのかもしれませんね。

庇われる側になって、初めてわかったような気がします。

 

 

「貴方達、逃げろと言った・・・」

「ああ、もう・・・ゴチャゴチャうるさいんだよ、難民風情が!」

「・・・うるさいのは、お前だ!」

 

 

ダンッ・・・と地面を蹴り、いったん空中に飛んでから、虚空瞬動で下へ。

連合の士官と子供達の間に入ります。

私を守ろうとする者を、守るために。

 

 

パシッ・・・と音をたてて、士官の持つ斧槍(ハルバート)の柄を右手で握ります。

火属性の魔法でも充填されていたのか、ジュッ・・・と肌を焼かれる感触に、軽く顔を顰めます。

・・・このような余熱までは、魔眼で対処できませんからね。

 

 

「な、お、お前・・・ぼ、僕は議員の息子だぞ・・・!」

「そうですか、私は女王の娘です」

「うなっ!?」

「・・・ですが」

 

 

グッ・・・と、斧槍(ハルバート)を握る手に力を込めます。

単純な腕力であれば、小娘の私が成人男性に拮抗し得るはずもありませんが・・・。

 

 

「ですが、私は貴方とは違います。親が誰だとか、親の権力がどうだとか・・・そんなことには関係なく、私は私であり続けます。貴方のような小汚い豚や、身勝手に私を頼るしかできない者の良いようにされるのは、甚だ不快なのですよ!」

 

 

詭弁だ。

現に私は、母親の名をもってこの場を収めようとしています。

私が、私だけの物でなくなる感触。

不快・・・とても苛々する。

 

 

けれど、私が歩く道は私が作る。作りたいのです。

でも、もしそれが不可能な願いだと言うのであれば・・・。

 

 

「権力が欲しいなら、自分の力で手に入れなさい。他人を好きにしたいなら・・・他人に好きにされたくないのなら、他人に命令されない位置に、自分の力で立ってみなさい!」

 

 

それは半ば、私が私自身に言い聞かせているような言葉でもありました。

自分が、自分を好きにできるだけの力。

自分の好きな人達を、彼らの好きな生き方を保障できるだけの力。

極端に言うのであれば。

 

 

元老院や・・・他の、私の大嫌いな人達が、私の道を妨げることができないだけの力。

嫌いな奴らに、好きにされずにすむ力。

つまり、権力。

 

 

「自分のことは・・・自分で決めなさい!!」

 

 

私の、一番好きな言葉。

そして今まで、いえ、これからも自分に戒めていくだろう言葉。

・・・たぶん、私から一番遠い言葉でもある。

 

 

キィンッ・・・と、左眼の『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』が輝きを増します。

士官の持つ斧槍(ハルバート)に充填された魔力を奪い、一瞬だけ私の力が相手を上回ります。

斧槍(ハルバート)ごと、士官を押しのけます。

明らかに訓練などしていないように見える彼は、無様に尻餅をついてしまいました。

 

 

私はそれを見下しながら、キャンプの敷地外を指差して。

 

 

「さぁ、今すぐに出て行きなさい! それとも、自分の足で出て行くのは嫌ですか!?」

「ぬ、む、むむぐぅぅ~・・・!」

 

 

士官は、顔を赤くした後青くして、さらにまた赤くして・・・憤然と、立ち上がりました。

そして、未だ動かずにいる自分の部下達を振り返ると。

 

 

「お、お前達、何してるんだ! 早くこいつらをやっつけろ!」

 

 

ありがちな・・・出て行けと言ったのが、聞こえなかったようですね。

そう思った私が、左手に『千の魔法』を発言させた、その時・・・。

 

 

ガコンッ。

 

 

場の雰囲気にそぐわない、間抜けな音が響きました。

地面に落ちたそれは・・・底に穴の開いた、バケツでした。

それを頭にぶつけられた連合の士官も、私も、どこか惚けたようにそれを見ていました。

そして、我を取り戻した士官は。

 

 

「だ、誰だ、誰、が・・・」

 

 

彼の声は、次第に萎んで行きました。

彼の視線の先には・・・。

 

 

難民の群れ。

 

 

「・・・出て行け・・・」

 

 

その言葉は、誰の口から発された物でしょうか?

わかりませんが・・・ただ。

無数の難民が、共通の気持ちで、連合の士官や兵を見ていました。

そしてそこからは、堰が切れたように。

 

 

「出て行け!」「出て行け!」「出て行け!」「そうだ、出て行け!」「連合出て行け!」「ここはオラ達の土地だぁっ!」「そうだ!」「私達の子供に何すんのよ!」「連合を倒せ!」「出て行け連合!」「オスティア人を殺すな!」「連合が悪いんだ!」「出て行けー!」「ウェスペルタティアの主権を返せ!」「姫様を殺させるな!」「出て行け、お前達なんていらない!」「占領軍出て行け!」「姫様を守れ!」「そうだ、姫様を守れ!」「俺達の王女様を守るんだ!」「メガロメセンブリアを許すな!」「虐殺を許すな!」「連合の軍は今すぐに出て行け!」「ウェスペルタティアの王女を二度と連合に渡すな!」「連合の専横を許すな!」「出て行け!」「帰れ、連合帰れ!」「占領軍帰れ!」「王女様を守れ!」「私達の姫様を守れ!」「王国万歳!」「圧制者を倒せ!」「出て行け!」・・・。

 

 

暴発した。

 

 

 

 

 

Side ライラ・ルナ・アーウェン

 

不味い、暴発した!

しかもその暴発の感情の波は、次々に連鎖しているようだった。

元々、鬱屈した感情を胸の奥深くに溜めこんでいた人々・・・群衆だ。

しかし、今まではそれがギリギリのラインで保たれていた。

 

 

20万・・・いや、このオスフェリアだけでも8万の群衆。

それは存在するだけで秩序と整理に対して重圧をかける、難民と言う名の重圧を。

全てに火がつけば、手のつけようがなくなる!

 

 

「ウェスペルタティア王国万歳!」「王女殿下万歳!」「圧政者を追い出せ!」

 

 

それは、あまりにも情緒過多な叫びであるように、私には思えた。

だが最初は小さな声だったそれらが、「王女」と言う象徴を得たことで、急速に熱狂と陶酔の度合いを高めて行く様を私はこの目で見ていた。

集団心理の過熱は、外から見ている者にとっては、不気味でしか無い。

 

 

「そうだ、姫様を守れ!」「連合は悪の権化だ!」「王女殿下を守れ!」

 

 

しかも、姿は見えないが、明らかに民衆を扇動している奴がいる。

難民は、警備人員の何倍もの人数だ。

そしてそれは、連合の兵にも言えることだ。

いや、占領者・・・侵略者である彼らにとっては、私達以上に深刻な脅威として。

 

 

「ぎゃぴっ・・・ぎひっ、ひぶっ、や、やめ―――――!」

 

 

先程からやたらと目立っていた連合の士官が、群衆の波の下に埋まるまでに、そう時間はかからなかった。

それを助けようともせず、キャンプの敷地の外にまで退避していた他の連合兵は、遠巻きにそれを見つめている。

今の所難民の鎮圧行動には出ていないが、いつまでもそれが保証されるわけでも無い。

士官の次は自分達だと気付くのに、それ程時間はかからないだろうから。

 

 

だからそれまでに、難民達に秩序を取り戻さなければならないなの!!

・・・いけない、興奮してまた語尾に変な癖が。

 

 

「セルフィ、ユフィ!」

「はい、ライラ。怖くは無いです、本当です」

「ここにいるよ。しかし、可愛くも美しくも無い状況だな・・・」

 

 

私は、私と同じように警備を任されている仲間2人を呼んだ。

一人はセルフィ・クローリー。浅黒い肌と淡黄色の髪を持つ、ヘラス族と人間のハーフ。

私の傭兵仲間でもある。だからわかるが、怖く無いと言っているのは半分くらい嘘だと思う。

もう一人はユフィーリア・ポールハイト、通称ユフィ。

膝裏まである黒髪と、顔の右半分が隠れる程の前髪の長さが特徴的な美女で、傭兵では無いが、エルフの血を引いていると聞いている。

 

 

「混乱の拡大を抑えたい・・・何か良い方法は無い?」

「とりあえず、アリカ様のご息女をこの場から離そう・・・可愛いし」

「私は、まず他のエリアとここを隔離すべきだと思います」

「・・・なるほど、ではまず・・・「『爆煙舞(バースト・ロンド)』!」・・・何だ!?」

 

 

私達が短い、しかし重要な協議を終えようとした時、空中に音と光の派手な、それでいて威力の無い爆発音が響き渡った。

それに驚いたのか、群衆が皆動揺し、わずかだが止まった。

 

 

群衆の中心から声がしたかと思うと、難民達は揃って数歩下がった。

そこにいたのは・・・。

 

 

身を屈め、両手で抱えるように子供達を庇っている、白い髪の少女だった。

 

 

 

 

 

Side ジョリィ

 

「バカですか・・・貴方達は!」

 

 

王女殿下の怒声が、その場に響き渡った。

殿下がその場に立ち上がって片手を横に振るうと、それに弾かれたかのように、周囲の難民が数歩下がる。

それを鋭い目で睨みながら、王女殿下は子供達を立たせている。

服についた土埃を払ってやり、頭を撫で、涙を流している者がいればそれを拭いてやって。

 

 

王女殿下ご自身も土埃に汚れてしまっているが、それを気にした様子も無い。

ただ・・・子供達に対しては、優しいお顔をしておられた。

 

 

「・・・私にまったく責任が無い、とまでは言いませんが・・・」

 

 

対して、難民・・・いや、私達に対しては、厳しいお顔を見せた。

 

 

「一時の感情に支配され、守るべき子供達を押し潰そうとするなど・・・愚劣を極めます! 学校で先生に何を教わって来たのですか!?」

「・・・お、お言葉ながら!」

 

 

反射的にではあるが、私は言葉を返した。

臣下としてあるまじき行為であるし、何より私自身、難民を御しきれずに殿下や子供達の安全を保てなかったとは言え・・・難民を全否定させるわけにもいかない。

私は難民達を押しのけて―――短い騒ぎの中で殿下から離されてしまった―――殿下の前に戻る。

 

 

「お、お言葉ながら、難民の中には学校にも行けず、また親もおらぬ者も多くございます。20年と言う歳月と彼らの事情も、どうかご一考頂きたく・・・」

「・・・そうですか、失言でした。申し訳ありません」

 

 

王女殿下はご自分の非をお認めになり、数瞬目を閉じて沈黙された。

その後、再び目をお開きになると、多少は感情を抑制された様子で・・・。

 

 

「・・・それでも、行為を正当化する理由にはなりません。親なら・・・いえ、大人なら、子供を守ってください。これは、私の心からのお願いです」

 

 

そう言って目を伏せる王女殿下を、難民達は、そして私は半ば呆然として見つめていた。

それは、動揺と・・・新鮮さを含んだ視線だったと思う。

アリカ様を直接知る者も、また話にしか聞いたことの無い者でも・・・。

 

 

王族から「お願い」される、などと言うのは、初めてのことだったはずだから。

アリカ様は、私達を守り、強力に導いてくださったことはあっても・・・。

アリア殿下のように対等かそれ以下にまで、下がってきてはくださらない方だったからだ。

 

 

「ぴぎっ・・・ひ、ひぎっ・・・」

「・・・『千の魔法』№93、『我は癒す斜陽の傷痕』」

 

 

殿下が黒い本を開き、何らかの魔法をかけた。

その対象・・・連合の参事官の痣だらけだった顔や、折れ曲がった足などが、みるみる内に治癒されていった。

何だ、あの魔法は・・・。

 

 

「お、王女殿下!? 何を・・・」

「・・・勘違いなさらないでくださいね」

「ひょ・・・な、何を?」

 

 

呆然と殿下を見上げる参事官を、王女殿下は背筋が震える程冷たい目で見下していた。

 

 

「私は貴方を助けたわけではありません。ただ・・・子供の教育に悪い、それだけです」

「こ、こどっ・・・」

「私が子供達を連れ出す前に、立ち去った方が賢明でしょうね」

 

 

子供達の肩を抱き、優しいお顔で歩き始めた王女殿下は、しかし辛辣極まりないことを言った。

 

 

「・・・今度は私も、止めようとは思いませんので」

 

 

王女殿下が平坦な声でそう言った後、参事官が慌てて逃げ出したのは言うまでも無い・・・。

・・・最後まで逃げ切れたかは、あえて言わない。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

影の人との戦いの怪我も何とか治って、それでもネカネお姉ちゃんが泣きながら「寝てなさい!」って言うから、寝ていたら・・・。

 

 

「よし、これから俺がお前に修行をつけてやるぜ!」

「え・・・ラ、ラカンさんが!?」

「良かったですね、ネギ」

 

 

ベッドの上であの影の人との戦いに向けてどう修行しようか考えていると、エルザさんがラカンさんを連れてきてくれた。

昨日は怪我のせいで意識が朦朧としていて、よく見てなかったけど・・・。

やっぱりこの人、父さんの仲間だ!

 

 

京都で見た、あの写真の人!

昨日もあの影の人を簡単に撃退していたし、きっと凄く強い人なんだ・・・もしかしたら、クウネルさん・・・マスターよりも。

 

 

「で、でもネギ・・・貴方はまだ病み上がりなんだから、修行なんて・・・」

「大丈夫だよネカネお姉ちゃん、だってラカンさんは父さんの仲間なんだよ!」

「え、な、何の関係が・・・?」

 

 

ネカネお姉ちゃんが、困惑したような声を上げた。

けど僕は、「HAHAHA」と笑っているラカンさんの方を見ていたから、ネカネお姉ちゃんがどんな顔をしているかはわからなかった。

 

 

「でも、どうして急に僕に・・・?」

「あん? そりゃあお前、報しぐふっ!?」

「・・・?」

 

 

ラカンさんが、急に言葉を止めた。

何か、エルザさんがやたらとラカンさんに近い位置に・・・。

 

 

「・・・ジャック・ラカン氏は、ナギ・スプリングフィールドの息子である貴方のために何かしたいとお考えなのです」

「いや、別にナギのやろーは・・・・・・まぁ、そう言うことだな!」

 

 

い、今、エルザさんが指を3本立てたのは何なんだろう?

 

 

「何も心配はいりません、ネギ」

 

 

エルザさんは、いつも通りの無表情でそう言った。

 

 

「ネギは自分だけの努力により自分だけの力を得、そして自分だけの結果を手に入れるのです。何も問題はありません。あろうはずもありません。後はレールを走るだけで良いのです。わき目も振らず、ただ走るだけで良いのです」

「エルザさん・・・」

「オスティアの大会への出場権は、私に任せておいてください」

「え、でもそれは・・・」

 

 

エルザさんだって、影の人との戦いで、血を吐いたりしていたのに。

それに、エルザさん一人に押し付けて僕だけ修行するなんて。

 

 

「風土病に罹っておりましたが、完治しました。それに・・・」

「それに・・・?」

「オスティア行きはもう決まっていますので」

「え・・・?」

 

 

決まってる・・・自信の表れなのかな。

でも、何か・・・ニュアンスが。

そんな僕に、ラカンさんが力強く声をかけてきた。

 

 

「まぁ、アレだ。とりあえずお前専用の必殺技を考えてきた・・・その名も、『エターナルネギフィーバー』!!」

「・・・ネギ、やっぱりこの人はやめておいた方が・・・」

「でもネカネお姉ちゃん、この人は父さんの仲間なんだよ!」

「・・・・・・そうね」

 

 

ネカネお姉ちゃんは、何かを諦めたみたいだった。

 

 

 

 

 

Side アリエフ

 

「閣下、これはいったいどう言うことですか!?」

「ふむ、どう言うことか、とは何のことかね?」

「とぼけないで頂きたい!」

 

 

ダンッ、と机を叩いて叫ぶのは、私の派閥に名を連ねている元老院議員の一人だ。

まぁ、とどのつまりは私の捨て駒の一人だ。

大きな腹を机に押し付け、顔を真っ赤にしている。

 

 

「私は閣下の言う通り、息子の部隊をオストラに派遣したのですぞ!」

「ほぉ、キミの息子は兵役に従事しているのか、感心だな」

「感心など・・・しかもです、現地で民衆が暴動を起こし、息子は・・・!」

「まぁ、落ち着きたまえ」

「落ち着けるはずが無いでしょう!!」

 

 

アリアドネーに私の手駒を送ることは難しい。

そこで戯れに、私の可愛いペットの一匹をたまたま偶然、アリアドネー国境近くで心苦しくも捨てたのだが・・・。

それが、こんな結果になろうとはな。

 

 

多少、予想外のリアクションもあったが・・・。

まぁ、表に出てきてくれれば、こちらにもやりようはあると言う物だ。

 

 

「それも、アリアとか言うウェスペルタティアの末裔まで出てくるとは、どう言うことですか!?」

「ほぅ、ウェスペルタティアか」

 

 

ふん、ゲーデルめ・・・。

今頃は旧王国領全域の掌握に動いているのだろうが、そうは行くか。

 

 

「閣下!!」

「ああ、わかったわかった・・・アルトゥーナ君」

「え・・・は、はい・・・何でしょう・・・」

 

 

部屋の隅で息を殺して立っていたミッチェル・アルトゥーナに、戯れに声をかけてみる。

グレーティアの躾が効いているのか、とりあえず自室からは出るようになった。

 

 

「この件、キミならどう処理するね?」

「閣下! このような小僧・・・!」

「まぁまぁ・・・で、どうだね?」

「え・・・そ、それは・・・」

 

 

アルトゥーナ君は、逡巡しながらも、自分の考えを述べた。

気弱な気性は変わらんが、これもグレーティアの躾の結果かな。

鞭打ち100回は流石に効いたと見える。

 

 

「・・・じ、事実を明らかにする・・・べきかと・・・」

「ほう、一理あるな。ではそうするとしよう・・・グレーティア!」

 

 

私が呼ぶと、グレーティアが数名の兵士を連れて執務室に入っていた。

その兵達は私の前に立つ元老院議員を両脇から拘束する。

 

 

「か、閣下、何を!?」

「元老院への虚偽報告、ならびに冒涜の罪で逮捕するのだよ」

「虚偽!? 冒涜!? いったい何のことです!?」

「ウェスペルタティアの血統などこの世には存在しない、それが事実だ。何故なら元老院がそう定めたのだからな」

「な、しかし事実としてオストラには・・・!」

「ほう、キミは元老院の公式見解に異を唱えるのだね? 反逆の嫌疑も加えねばならんな」

「なっ・・・!?」

 

 

絶句した彼を連れて、兵士は下がった。

後には私と、グレーティアとアルトゥーナ君が残る。

 

 

「・・・彼はどう処置いたしますか」

「そうだな、ケルベラスの処刑場にアリカ女王がいるかどうか自分で確認させてやれ」

「は・・・」

「・・・ああ、アルトゥーナ君、なかなか良い意見をありがとう。やはりキミには才能があるようだ」

「ぼ、僕はそんなつもりじゃ・・・」

 

 

グレーティアに睨まれて、アルトゥーナ君は静かになった。

うむ、意見を求められていない時には喋らなくてよろしい。

 

 

「しかし、どうなさいますか? 現実としてウェスペルタティアの姫が現れたと言うのであれば、厄介な問題になるかと思いますが」

「何、問題と言うほどのことでも無い、かねてよりの計画を前倒すだけだ。それに責任をとるのは主席執政官のダンフォードであって、私では無い」

「そうですが、失点にはなるのでは無いでしょうか?」

「それが誰にとっての失点かによるな・・・まぁ、そんな無駄話は良い。それよりもグレーティア、私もリカードの使節団と共にオスティア記念祭に行くことにする」

 

 

あの<銀髪の小娘>のおかげで、いささか歪ではあるが・・・。

その場でネギ・スプリングフィールドを拾い、計画を実行に移す。

 

 

「ネギ・スプリングフィールドを首班に、旧ウェスペルタティアを独立させる。すでに西部は掌握しているのだから、不可能では無い。できれば全域を掌握してからにしたかったが・・・」

「そう上手く行くでしょうか」

「行かせたい物だな。ネギ・スプリングフィールドとその仲間は、オスティアに入り次第恩赦を与えて指名手配を解除しろ」

「・・・は」

 

 

肩書きは、そうだな首相とでもしようか。

ふふ、史上最年少の首相だろうな・・・王にすると連合加盟国がうるさいし、何よりウェスペルタティア王家の問題もある。

ウェスペルタティア西部の民衆の総意によって、いやいやあるいは西部諸侯に統治権を譲渡させて、大公とでも名乗らせても良いかな。

 

 

あの小僧を使い、オスティアを手に入れる。

そして私は、世界を救った偉大な指導者として歴史に名を残すのだ。

エルザも、その為に用意した私の天使(エンジェル)なのだからな。

 

 

「記念すべき独立宣言は、そうだな・・・」

 

 

記念すべき行動には、記念すべき日が相応しい。

 

 

「オスティア終戦記念祭初日、9月30日に行うとしよう」

 

 

 

 

 

Side クルト

 

アリア様が、エンテオフュシア姓を名乗られた。

オストラ伯は亡くなられたが、その代わり彼の地はアリア様に譲渡された。

 

 

ただこれは、アリア様が自ら能動的に動いた結果ではありません。

オストラ伯と難民に半ば強制された物であって、自ら権力を握る決意をされたわけでも、民衆の上に立つ決断をされたわけでも無い。

と言うより、今のアリア様にその決断ができるとは思えない。

 

 

「だから私が、いろいろアレコレ用意していたと言うのに・・・」

 

 

何も難民と言う、最悪の箇所を見せてからでなくても良いでしょうに。

まずはオスティア、そしてウェスペルタティアに好意を持っていただいて、それからでしょうに。

魔法世界への好意をアリアドネーで培っていただいている間に誘拐とは・・・。

国際問題ですよ、コレ。

 

 

「まぁ、そうは言っても状況が動いたのなら・・・」

 

 

とりあえず、オストラに20万人分の食糧を送らなければならないでしょう。

まずは穀物を中心に200トン、最終的には万単位で。

痛い出費ですが、仕方がありません。まさかこんな段階でアリア様に失敗させるわけにはいかないのですから。そうでなければ、逆にアリア様の身が危ない。

瞬く間に、この事実は世界に広がるでしょうし・・・。

 

 

となると、運輸だけでなく法務・政治に精通した人材を融通する必要もあります。

正直、総督権限でそこまでのことをするのは厳しい・・・。

 

 

・・・見切り発車も甚だしいですが・・・。

 

 

私は手元の端末を操作し、従卒の少年を呼び出しました。

従卒の少年は、すぐに部屋にやってきました。

 

 

「何か御用でしょうか。もうすぐ終業時間なので、手短にお願いいたします」

「残業手当は出して上げますから、働きなさい」

 

 

軽口と承知の上で、そんな会話をします。

私が表情を引き締めると、従卒の少年も自然、真剣な顔を浮かべます。

 

 

「地表の廃都の神殿を押さえなさい、アリア様が到着次第、王位継承の儀式を受けて頂くことになるでしょう。それと、新オスティア地表内部の秘密ドックのあの艦の整備を急がせなさい」

「はい、オスティア人で構成される直属の二個中隊を神殿に派遣。秘密ドックの艦については、いつでも発着できるとの報告を受けています」

「よろしい。では次にオストラへの人材・食糧支援を強化。政治顧問としてキュレネ嬢、軍事顧問としてジャクソン将軍を派遣なさい。運輸については、帝国からニアルコス氏を呼び戻すように」

「すぐに手配いたします」

「地方に散っている旧ウェスペルタティアの軍人・官僚・民間有力者に暗号通信、内容は『God Save the Queen』・・・それで全てが動き出します」

「は、すぐに」

「それから外交的には・・・」

 

 

その後もいくつかの指示を出して、私は従卒の少年を送り出しました。

部屋に残るのは、私一人。

・・・これで、完全に連合に弓引くことになるでしょうね。

 

 

「・・・アリア様を王位につけ、旧ウェスペルタティアの独立を宣言する。すでに東部はオストラを中心にアリア様の傘下に入ると見て良い・・・新オスティアを中心に中央部は私が押さえる」

 

 

後は、旧ウェスペルタティアの勢力を糾合できるか、人心はアリア様に靡くか、そのためにどのような情報と飴を与えるか・・・。

 

 

「独立宣言は、オスティア記念祭当日・・・ではなく」

 

 

記念日に固執しても、仕方がありませんしね。

 

 

「その前日、9月29日とします」

 

 

 

 

 

Side アリア

 

パタンッ。

小気味良く、それでいて静かに絵本を閉じました。

私の周りでは、難民の子供達が数名、健やかな寝息を立てています。

 

 

私のために用意された寝室のベッドは、正直私一人には広すぎます。

と言うか、天蓋付きベッドとか、狙いすぎでしょう。

 

 

「・・・おやすみなさい」

 

 

子供達にそう囁いて、最後に隣にいるウィル君の頭を一撫でし、私は子供達を起こさないように注意しながら、ベッドから抜け出しました。

さて、子供が寝るべき時間を過ぎても眠ることができない我が身・・・。

 

 

「おねーちゃん」

 

 

猫のように足音を殺しながら部屋から出ようとした時、不意に声がしました。

 

 

「僕、知ってたよ」

「・・・」

「でも、おねーちゃんは言わないでいてくれたから・・・」

 

 

・・・何を知っていたのかと言うのか。

そして私が何を言わなかったのか。私はあえて何も言いませんでした。

 

 

「・・・おやすみなさい、ウィル君」

 

 

ただそれだけを言って、私は寝室を出ました。

難民の子供。難民・・・民か。

 

 

『オスティアの民は、私にとって身内だからじゃ』

 

 

学園祭で出会った幻の母は、私にそう言いました。

民が身内であると言う考え方は、私には良くわかりません。

会ったことも無い人間の集団を、身内と呼べるものでしょうか。

 

 

それも、自分に縋りつくしかできない者達を相手に。

自分で立てもしない者達に。

私には、わかりません。

 

 

「ああ、もう・・・全て投げ出して平然とできる性格なら、どれほど楽か・・・」

 

 

でも、ここまでしておいて、「後は知らない」と放置するのははたして可能なのでしょうか?

可能だとして、許されるのでしょうか。

・・・それは、父様や母様の悪い部分を、私が繰り返すことになるのではないでしょうか?

 

 

・・・私はどうすれば良いのですか、エヴァさん。

ここでエヴァさんに救いを求めること自体、身勝手なのかもしれませんが・・・。

 

 

「・・・王女殿下だ!」

「え・・・」

 

 

自然、城の出口に足を向けていた私は、エントランスホールに出た際、階下に溢れる民衆・・・難民達の姿に、半ば唖然とした表情を浮かべました。

そう言えば、城の中にも・・・と言うか、外にまで列ができているようなのですが。

何人かの女性の警備兵が、躍起になって秩序を保とうとしているようです。

 

 

「王女殿下ー!」「王女様ー!」

 

 

口々にそう叫ぶ難民達の姿に、私は思わず一歩、よろめくように下がります。

その際、ジョリィが私の傍に駆けて来て、跪きながら。

 

 

「彼らは、王女殿下に忠誠を誓約しているのです」

「勝手に誓約なんてされても・・・」

 

 

王族としてはもとより、政治のせの字も知らない小娘に。

今日会ったばかりの、それもただの10歳の小娘に、忠誠?

喜劇にしては、まったく面白くも無い。

現実としては・・・。

 

 

最悪です。

 

 

「王女殿下万歳!!」

「ウェスペルタティア王国万歳!!」

「アリア王女殿下万歳!!」

 

 

『オスティアの民は、私にとって身内だからじゃ』

 

 

母様の言葉が、再び甦ります。

これを見ても、母様は同じことを私に言うのでしょうか。

この、熱に浮かされたような難民達を見ても・・・。

 

 

 

「「「「アリア王女殿下万歳!!」」」」

 

 

 

身内だと、言えるのでしょうか。

私には、わかりません。

 

 

 

 

数十万の民衆に担がれる今の私を見て、呆れていらっしゃいますか・・・。

シンシア姉様――――――。

 




茶々丸:
茶々丸です。ようこそいらっしゃいました(ぺこり)。
たとえ何十万の人間がアリア先生を必要としたとしても、私達に勝るものではありません。
ただアリア先生としては、難民や民のことを鬱陶しく思っていても、日頃から嫌悪を表明している両親のように、それを切ることができないのでしょう。
それは美徳ではありますが・・・。
でも私としては、甘いお菓子はアリア先生にのみ作ってさしあげたいと思います。
私は、悪の魔法使いの従者。
必要とあらば、私は名も無き難民を切り捨てることができます。


新規で使用した魔法は、以下の通りです。
爆煙舞・消火弾:伸様提供、スレイヤーズから。
我は癒す斜陽の傷痕:グラムサイト2様提供、魔術士オーフェンから。
そろそろ、魔法のリストも作るべきでしょうか。

投稿キャラクターは・・・。
セルフィ・クローリー:ながも~様提案。
ユフィーリア・ポールハイト:Hate.revolve様提案。
ありがとうございます。


茶々丸:
次回、オスティア祭に向けた前準備段階の話をします。
そしてアリア先生はまた一つ、退路を断たれることになります―――――。

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