魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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今回から、水色様・ATSW様・黒鷹様・ライアー様・ひなた螢様ご提案の内容が含まれます。
ご提案、ありがとうございます。
では、どうぞ。
*現実味・生々しい表現があるかもしれません、ご注意ください。


アフターストーリー第14話「女王、不予」

Side 暦

 

ジリリリリ・・・今朝も、目覚ましの音がやかましく響く。

私達、女官(メイド)の朝は早い。

何と言っても、女王陛下(ごしゅじんさま)より早起きでないといけないから・・・。

 

 

「暦、暦・・・起きろ、燃やすぞ(あさだぞ)

「・・・にゃぇ・・・?」

 

 

何かあり得ないような単語が聞こえた気がしたけど、私は誰かに揺さぶられて目を覚ます。

王子様(フェイトさま)が起こしに・・・なんて夢でしかあり得ないようなことは起こらずに、私を揺さぶっているのは、焔だった。

・・・どことなく、機嫌が悪そうにも見える。

 

 

「ふにゃぁ・・・おふぁよ、ほむら・・・今、何時?」

「午前4時55分だ」

「・・・いっけない、準備しないと・・・」

 

 

女王陛下とフェイト様は、6時には起きて女官(メイド)をお呼びになる。

私達は、5時45分には茶々丸さんと一緒に寝室の前で待ってないといけないから・・・。

 

 

「じゃあ、起こしたからな・・・」

 

 

ちなみに焔は夜勤だったから、今から寝るの。

億劫そうに女官服(メイドふく)を脱いで、下着姿のままベッドに潜り込む。

おつかれ、焔・・・っと、起きないと。

 

 

「んっ・・・おはよ、皆!」

 

 

ぐにゃ、と身体を曲げて(豹族だから、柔らかいの!)伸びをして、私は他の3人に声をかけた。

すると、環、栞、調がそれぞれ返事を返してくれる。

 

 

「私はもう洗面を済ませてしまったので、先にフェイト様のコーヒーを淹れる準備をしてきますね」

「調、新しい豆の場所はわかります?」

「大丈夫です、栞」

 

 

どうやら先に起きていたらしい調が、フェイト様の朝のコーヒーの準備をしにフェイトガールズ(公称)の寝室から出て行った。

・・・帝国の結婚式の後、女王陛下がパルティアに立ち寄った時に、調と合流した。

それから、1週間経つけど・・・調は、見つかった自分の部族の生き残りについて、何も言わない。

私達も特には聞かない、それで良いと思うから。

 

 

「環、今朝は竜舎の掃除当番だっけ?」

 

 

尻尾に専用のブラシをかけて毛並みを整えながら、向かいのベッドの上で同じように角の手入れをしている環に声をかける。

環の側には、女官服(メイドふく)の他に大き目の白衣と長手袋があるから、今朝は竜舎の方に行くんだと思う。

 

 

「うん、キカネと待ち合わせてる」

「ん、わかった。じゃあ、今朝は私と調と・・・栞?」

「ええ、そうですわね」

 

 

身だしなみを整えている間に、すでに時間は午前5時30分。

こう言う時、時間って経つの早いよね。

えーと、今日は女王陛下とフェイト様のお部屋、寝室、衣裳部屋のお掃除と、応接間のお掃除と、女王陛下とフェイト様の公務への随行にお給仕・・・今日も忙しいね!

 

 

「あ、おはよう、知紅さん、ユリアさん」

「おはようございます、暦さん」

「・・・おはよう」

 

 

調が戻ってくるのを待って、それから環を送り出して、寝室の鍵を閉めて。

隣の使用人部屋から出てきた水色の髪の侍女(メイド)、ユリアさんと白い髪の和装女官(メイド)、知紅さんといつも通りの時間に集合して。

 

 

宰相府の廊下に、ようやく陽の光が入ってきた時間・・・よし!

今日も一日、頑張るぞ!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

今日も一日、頑張りましょう・・・。

・・・とは言えここ数日、朝、起きるのが辛いです。

何か、凄く眠くて・・・身体がダルいです・・・。

 

 

「・・・アリア」

「大丈夫です・・・」

 

 

無表情に心配そうな顔をするフェイトに、「大丈夫」と答えます。

ここ数日、何度と無く繰り返されていることで・・・フェイトとのおはようのキスもそこそこに、私はベッド脇の銀の鈴を鳴らして、茶々丸さん達を呼びます。

 

 

「おはようございます、アリアさん」

「「おはようございます、女王陛下、夫君殿下」」

「「「おはようございます、女王陛下、フェイト様」」」

「・・・うん、おはよう」

「おはようございます・・・」

 

 

それから、フェイトは暦さん達に連れられて出て行くのを見届けて、私自身は茶々丸さん、ユリアさん、知紅さんの3人がかりで着替えさせられます。

特に動かなくても着替えられるこのシステムが、今は少しありがたいです・・・。

 

 

「今朝は、ご入浴されますか?」

「いえ、結構です」

「・・・かしこまりました」

 

 

いつもは朝の入浴をしてから身だしなみを整えるのですが、今朝はそんな気分ではありません。

茶々丸さんは少し訝しそうな顔をしましたが、特に何も言わずに黙々と私の身支度を整えていきます。

ブラシ、手鏡、リリアの櫛が並べられた鏡台の前で髪を整え、金色の蓋付きのガラスの小箱の中に収められたわずかばかりの化粧品で、軽くお化粧を施してくれます。

・・・これで、少しは顔色も良く見えることでしょう。

 

 

さらにネグリジェと昨夜の下着を脱がされ、午前中に着用する薄桃色の簡素なドレスに着替えさせられます。

執務の際は、見栄えよりも簡素さの方を重視しますので。

・・・まぁ、それでも十分に手の込んだ装飾や意匠が加えられているのですが。

 

 

「お待たせしました、フェイト」

「・・・いや」

 

 

その後、王室専用の小さな食堂でフェイトと再会します。

フェイトはいつも私よりも早く身支度を終えるので、いつも待たせてしまうのですが・・・。

それから、朝食です。

 

 

フェイトはコーヒー、私はお紅茶。

フェイトは普段は栞さんにコーヒーを淹れさせますが、たまに自分で淹れます。

今日は、自分で淹れる日だったようです。

食前も食後もブラック、お紅茶よりも強い香りが食堂に広がります。

茶々丸さんが朝食を並べて、調さんがお紅茶のポッドとカップを乗せたトレイを置いて退出した後は、フェイトと2人きりの朝食です。

今朝は簡素に、オートミール、シリアル、ベーコンエッグ、ソーセージにトースト、付属でオレンジジュース、ヨーグルト・・・。

 

 

「いただきます・・・」

 

 

・・・食べられるでしょうか。

でも、ちゃんと食べないと皆に心配されます。

 

 

「・・・アリア」

「とても、美味しそうですね」

「・・・そう」

 

 

・・・ほら。

無表情に心配するフェイトに、私は久しぶりに自然に微笑むことができた気がします。

・・・いただきます。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

・・・アリアは、明らかに体調を崩している。

特にここ数日、起きる時と眠る時、アリアは酷く辛そうな顔をする。

そして今朝も、朝食を半分以上残していた。

 

 

アリア自身は、「少しダイエットを」とか何とか言っていたけど・・・。

ダイエットが必要無いことは、僕が手ずから確認している。

 

 

「おはようございます、アリア様。ご機嫌麗しゅうございましょうか?」

「まぁまぁです、クルトおじ様」

 

 

朝の御前閣議と軍事担当者からの機密情報・国際情勢の説明を受けた後は、アリアは午前の執務に入る。

午前9時に始まる執務の最初は、クルト・ゲーデルが持ち込む銀のトレイから始まる。

それは宮内省から回されてきた、国民からのアリアへの手紙だ。

宮内省に届けられる手紙は一日に500~1000通、その中から宮内尚書が選んだ10通が、毎朝アリアの下に届けられる。

残りの手紙は、行政に関わる質問が書かれれば行政担当者、などのように、それぞれの担当者に届けられる。ちなみに、女性が返事を書くことが定められている。

 

 

アリアは法案などの書類の決裁を始める前に、その10通の手紙に目を通すことにしている。

そして稀に、自分で返事を書くこともある。

今日はその日だったようで、赤い王室の紋章が入った白い便箋を使って2通ほど返事を書いていた(後で聞いた所、以前に訪問した孤児院の子供からの手紙と養老院援助の嘆願書だった)。

その際には決裁用のガラスペンでは無く、苺の花の意匠が刻まれた職人ガンダルの万年筆で返事を書くのが、アリアの習慣だ。

 

 

「それでは、本日もお願い致します」

「良きように」

 

 

そしてその後、本格的な午前の執務が始まる。

今日は軍人・官僚の訪問予定は無いから、実質的に書類の決裁に集中できる。

恭しく傅くクルト・ゲーデルの両脇から、2人の宰相府の職員が黒と赤の小箱をそれぞれアリアの前に置く。赤は外交に関する文書、黒は内政に関する文書が収められている。

これは今日の最低の分量であって、途中、急送されてくる書類は含まれていない。

 

 

「・・・フェイト、お願いします」

「うん」

 

 

クルト・ゲーデルらが下がった後、ようやく僕の仕事が始まる。

アリアが黒箱の一番上の書類を手に取り、処理を始める。

 

 

その間に僕は残りの全ての書類を自分の執務卓に持って行き、全ての書類に目を通して優先順位を振り、整理して行く。

ファイルを綴じ、必要なら寸評を書いたメモも添える・・・僕に与えられた非公式な個人秘書としての仕事は、アリアの仕事の負担を効率面で支えることだと考えているから。

ちら・・・とアリアの顔を窺えば、仕事をしている時はとても元気なように見える・・・。

 

 

「・・・」

 

 

仕事の際のアリアは、常に真剣な表情を浮かべている。

寝室で見せるような少女の一面は、ここではほとんど見れない。

彼女の立場からすれば、当然のことだろう。

事実、彼女は多忙だ・・・午前の執務の時間だけでも、内閣で承認された法案や条約批准書など40の文書に目を通し、サインしなければならない。

 

 

こう言う物は、条文の一部だけが変わっただけでも新しく公布しなければいけないから。

そしてその一つ一つに、僕も目を通す。

・・・王国地方自治基本法、公害防止特別法、改正戦傷病者給付金法、改正船舶入港基準法、改正雇用基準法、改正鉱業許可法、改正外国租税法、改正スポーツ助成法、改正出産助成法、改正旧公国戦役戦災孤児救済法、ウェスペルタティア・トリスタン犯罪者引渡し条約、ウェスペルタティア・タンタルス租税条約改正議定書、ウェスペルタティア・テンペ脱税防止情報交換協定・・・。

 

 

「・・・フェイト、次をお願いします」

「・・・わかった」

 

 

そんなアリアが今日、最初に署名して御璽を押印したのは。

・・・「貴族院議会選挙・統一地方選挙公示に関する詔書」だった。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

アリアさんは午前の執務を終えられた後は、速やかに昼食に入られます。

本日のメニューはラム肉のソテーとチーズ、メロン、デザートのシャーベットとリンゴのメレンゲ。

そして今日は珍しく、ナギ様とアリカ様も同席されております。

 

 

公務の都合上、昼食は別々に取られることが多いのですが、稀にご一緒になることがあります。

ここにマスターが混ざると、非常に賑やかで楽しいお食事になります。

もちろん、マスター不在でも楽しい時間をお過ごしになられますが。

ですが・・・。

 

 

「・・・む、どうしたのじゃアリア、もう食べぬのか?」

「ちゃんと食べねーと、背ぇ伸びねーぞぉ?」

 

 

アリカ様がまだメインディッシュを召し上がられている間に、アリアさんはデザートまで済ませておしまいになりました。

ちなみに、ナギ様は3回目のおかわりをされた所です。

・・・ただ、半分以上残されております。

特にメインのラム肉のソテーに関しては一口二口、手をつけられただけで・・・。

 

 

「・・・いえ、もう十分に頂きましたから」

 

 

ナプキンで口元を拭いながら、アリアさんはそう言いました。

いつもはナギ様やアリカ様がご一緒の時は、優しいお顔をされるのですが・・・今は、特に表情を浮かべてはおられず、お澄まししているようなお顔です。

 

 

「これ、アリア。あー・・・食事を残すのは良く無いぞ」

「・・・ダイエット中な物で」

「あん? それ以上、細くなってどうすんだよ。なぁ?」

「・・・そうだね」

 

 

嗜めるアリカ様に、呆れるナギ様、同意するフェイトさん。

・・・しかしアリカ様に嗜められるまでも無く、アリアさんは食事を残されるような方ではありません。

ですがここ数日、良く残されます・・・ダイエットにしては、急激な気も。

そして、食される部分に若干の類似性が・・・。

 

 

「では、失礼致します」

「あ、これ、アリア!」

 

 

アリカ様の制止も聞かず、さらにはフェイトさんも置いて・・・。

アリアさんは、どこか足早に食堂から出て行かれました。

 

 

「・・・茶々丸、あの子から目を離さずにおいてくれぬか」

「・・・はい」

 

 

アリカ様はナイフとフォークを置き、口元をナプキンで拭いながらそう申されました。

それに対し、私も神妙な気持ちで頷きます。

 

 

「・・・あの子は、同席者がまだ食べておるのに席を立つような子では無い」

「・・・はい」

 

 

そしてそれ以上に、アリアさんがアリカ様やナギ様をおいて食堂から出て行くなど、あり得ないことです。

何か、席を立たなければならないような事情があったのだと思います。

 

 

「フェイトさん・・・」

「・・・うん」

 

 

これは、以前フェイトさんがお話した通り・・・。

アリアさんの意に反してでも、アリアさんを医師に診せる必要があります。

 

 

 

 

 

Side 調

 

フェイト様と女王陛下の午後の予定は、新任の龍山大使の引見があります。

それと、旧オスティアの浮き島の一つの復興完了記念式典へ出席された後、午後の執務。

それぞれ別の衣装で行われるため、お付きの女官(メイド)も忙しいのです。

 

 

「フェイト様、遅いわね・・・そろそろ着替えないと時間なのに」

「ご昼食が、長引いておられるのかもしれませんわね」

 

 

暦と栞がフェイト様の衣装の用意を進めながら、首を傾げています。

けれど、確かに時間が・・・。

 

 

「私、食堂までお迎えに上がってきます」

「え? だったら私が―――」

「行ってきます!」

 

 

暦の返事を待たずに、私はフェイト様の衣裳部屋から飛び出しました。

フェイト様にお会いしたいと言う気持ちは、もちろんあります。

でも、今は・・・何かと動いていたい。

 

 

タタタッ・・・と宰相府の廊下を駆けながら、それでも私の頭の片隅には、パルティアで再会した一族のことが浮かんでいます。

・・・貧困と重労働と暴行で痩せこけた身体、生気の無い瞳・・・。

・・・奴隷。

 

 

「・・・一族の、復興」

 

 

今は皆、パルティア政府軍の運営する病院に入院しています。

私達の集落は、もうありません。

土地も、お金も、何も・・・ありません。

でもいつか・・・きっと復興できると、信じています。

まずは心と身体を癒して・・・それから。

 

 

そこから、生き残った部族73名の復興が始まると信じて。

今は・・・仕送りのために、頑張って働かなくては。

 

 

「あ・・・ユリアさん、知紅さん」

「あら、調さん」

 

 

いくらか進まない内に、女官(メイド)仲間の2人と鉢合わせます。

2人の後ろには、逞しい身体付きの田中さん。

 

 

「オ疲レ様デス」

「はい・・・何をしているんですか?」

「女王陛下をお待ちしている」

 

 

和装女官の知紅さんの声に視線を巡らせれば、それは宰相府にいくつか所在する王室専用の化粧室で。

・・・ああ、待っているとはそう言うことですか。

 

 

「フェイト様は・・・?」

「まだ、食堂では無いでしょうか?」

「食堂・・・」

 

 

ユリアさんの返答に、少し首を傾げます。

女王陛下の傍には、常にフェイト様がいるものだとばかり・・・少し意外です。

 

 

「・・・お待たせしました」

 

 

とその時、口元をハンカチで押さえた女王陛下が化粧室の中から出てきました。

・・・あれ、何か、いつもよりお顔が白いような。

と言うか、どうしてハンカチ・・・?

 

 

「・・・あら、調さん。もう時間ですか?」

「は、はいっ、女王陛下・・・!」

 

 

声をかけられて、慌てて頭を下げます。

事実して、予定の時間でしたし・・・私の部族の所在を知らせてくれたのは、女王陛下です。

フェイト様が気を遣ってくださったことが主因ですが、女王陛下のはからいが無ければ再会できなかったのも事実です。

 

 

女王陛下は小さく微笑むと、そのまま近くの衣裳部屋に向かって歩き始めました。

ガションガションと田中さんがついていくのを見つめながら・・・。

 

 

「・・・あ、フェイト様を・・・!」

 

 

・・・私は、王室専用食堂を目指して駆け出しました。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

何だかますますもって、身体が重くなってきた気がします。

やっぱり、ちゃんと食べないからでしょうか・・・。

・・・でも、食べると戻してしまうので・・・。

 

 

メロンとシャーベットは、何とか食べれましたけど・・・すぐに戻してしまいました。

もちろん、誰にも気取られずに化粧室を出ましたが。

でも、さらに酷くなると、ちょっと・・・。

 

 

「お待たせいたしました、アリアさん」

 

 

私がユリアさんに髪を持ち上げられて、知紅さんに午前のドレスを脱がせてもらっていると、パタパタと慌てた足取りで茶々丸さんが衣裳部屋にやってきました。

どうやら、昼食の後片付けは済んだようです。

 

 

「すみません、茶々丸さん。食事の途中で席を立って・・・」

「いえ、お気になさらず」

「お母様達は、ご気分を害したりとかは・・・」

「そちらも大丈夫です。気にされた様子はございませんでした」

 

 

本当は最後まで座っていたかったのですが、急に胸がムカムカして・・・。

お母様達が気にされていないと言う茶々丸さんの言葉に、少しホッとします。

でも後でちゃんと、お詫び申し上げないと・・・。

 

 

「陛下、御手をお上げ頂きますよう」

「はい」

 

 

着替えで立ち続けるのも、少し疲れますが・・・。

スル・・・と知紅さんが上の下着を脱がせてくれるのと同時に、茶々丸さんが素早く新しい物を当ててくれます。

下も同じように―――茶々丸さんが、脱いだ私の衣服をどうしてかチェックしておりましたが―――代えて、それから引見用の新しい別のドレスに着替えさせられます。

こちらは、見栄えを優先した造りのアフタヌーンドレスです。

 

 

「・・・アリアさん、少しお話したいことが・・・」

「ごめんなさい、茶々丸さん。少し時間が押していて・・・」

 

 

化粧室で「手間取った」ので、時間が押しています。

13時から、宰相府の謁見の間で龍山連合の新任大使の引見をせねばならないのです。

ですから、ちょっと時間が・・・。

その時、コンコン、と衣裳部屋の扉がノックされたので、手の空いた知紅さんが扉越しに応対します。

それから、恭しく戻ってきて。

 

 

「陛下、外務尚書閣下、宮内尚書閣下、侍従長が到着したとのことです」

「わかりました。茶々丸さん、急ぎでお願いします」

「・・・かしこまりました」

 

 

ごめんなさい、茶々丸さん。

後でちゃんと、聞きますから・・・。

・・・仕事をしてる時は、少し気分が良くなるような気がします。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

とりあえず、何かあった時のための準備だけはしておこう、と言う話で落ち着いた。

ただ、僕を含めて皆が何かと忙しいから、結局はアリア自身に気を付けてもらうしかない。

病気になったからと言って休めるような職業じゃないからね、王族と言うのは。

 

 

「麗しの女王陛下のご尊顔を拝し奉り、誠に恐悦至極に存じます」

「・・・遠路はるばる、大義でした」

「ありがたき幸せにございまする」

 

 

宰相府の謁見の間・・・「夏の間」と呼ばれる部屋は、5年・・・いや、6年前に旧連合軍の迎撃策や『リライト』阻止の方策を考えたこともある部屋だ。

会議用の机などが無いこと、数段高い位置に設えられている玉座の隣に僕の椅子が置かれていることを除けば、当時と何も変わらない。

 

 

そして今この部屋にいるのは、数名の近衛騎士団を除けば・・・まず、僕とアリア。

それから、外務尚書のテオドシウス公爵に、宮内尚書のアンバーサ大司教、そして魔法世界の北の辺境国、龍山連合から来た新任の駐在大使。

それから、女官長の茶々丸と・・・侍従長。

侍従長は新任で・・・名前は、クママ。

3日前に就任したばかりで、熊族の亜人・・・と言うか、アリアお抱えの拳闘団から召し上げられた、6年前の戦いでも功績のあった、あのクママだ。

 

 

「私はこの度、国の代表たる龍山連合代表主席から選ばれ、こうして陛下の御前に参上致しました次第にございまする。ここに前任者の解任状と、私の信任状をお渡し致します」

 

 

龍山連合の新任大使はそう言うと、跪いたまま玉座の階段の下まで進み、アリアに信任状を捧呈する。

そこには要するに、龍山連合の元首たるアリアに、王国との友好親善増進のために大使を派遣したことが書いてある。

大使は人格も能力も優れていて全幅の信頼が置ける・・・云々、とかね。

アリアは玉座から立つと、大使が捧げる信任状を受け取り、傍で控えているテオドシウス外務尚書に手渡した。

 

 

「・・・我が国は初めてですか? 滞在中にウェスペルタティアを周って、我が国との友好を深めてくださいね」

「は、ははぁー・・・!」

 

 

白地に赤い花の装飾とルビーをあしらったドレスを着たアリアに、分厚い生地の礼装を着た龍山人が、跪いたまま深く頭を垂れた。

・・・アリアは龍山連合の元首でもあるし、魔法世界を救った女王でもある。

治世下での戦争は全て勝利し、技術革新をもたらし・・・一部の人間には半神扱いされるけど。

 

 

「陛下もぜひ一度、我が国にお越しくださいますよぅ・・・」

 

 

・・・隣に座るアリアは、大使の引見の間はにこやかに笑っていたけれど。

京扇子で巧みに隠しているようだけど、僕の位置からは額に少しだけ汗が滲んでいるようのが見える。

衣装が重くて厚みがあるから、熱がこもってる可能性もあるけど・・・。

 

 

「・・・アリア」

「何ですか、フェイト?」

 

 

引見を終えて奥に引っ込んだ際に、声をかける。

この次は、宰相府の外・・・旧オスティアでの式典だけど。

 

 

「・・・大丈夫かい?」

「・・・大丈夫に、決まってるじゃないですか」

 

 

変なフェイトですね、と言って、アリアは小さく微笑んだ。

その表情に、核がかすかに震えた気がした。

・・・こう言うのを嫌な予感と、言うのだろうか。

 

 

後ろに随行している茶々丸―――クママと何事か話していた―――と、軽く視線を合わせる。

・・・軽く頷き合って、前を向いた。

アリアは・・・いつもより、歩くのが遅かった。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

旧オスティアの復興も、だいぶ進んできたな。

今日の式典で復興完了が宣言されるのは、旧オスティアの第18島区画だ。

開通のテープカットが済めば、元オスティア難民を含めた577名が入島し、それぞれ定められた住居に住むようになる。

 

 

・・・口で言うのは簡単だが、実はかなり大変だった。

何せオスティア崩落時点の難民の財産をどこまで補償するか、どこに土地を確保するか、その他にもいろいろとクソ面倒くさいことがあってだな・・・。

クルト・ゲーデルが戸籍やら財産登録やらの資料を保管していなければ、さらに5年はかかっていただろうが・・・。

・・・忘れた頃に手柄を立てるから、アイツはいやらしいんだよ。

 

 

「・・・と言うわけで、改めて言わせて頂きます。皆さん、お帰りなさい、オスティアは貴方達を歓迎致します」

 

 

・・・と、考えてる間にアリアの挨拶が終わったな。

まったく誰が考えてるかは知らんが、長いスピーチだったな・・・。

今日は5月にしては日差しが強いし、手早く済ませれば良いだろうに、これも形式か?

 

 

この島に住むことになる577人の島人が盛大な拍手と共に、アリアは島の港から居住区へと続く道の中間で、赤いリボンを切った。

いわゆる、テープカットという奴だな。

その後、手続きの済んだ住民から島内に入る。

・・・大きな荷物を抱えた島民が、ゾロゾロと動く様はいつ見ても壮観だな。

 

 

「女王陛下、ありがとうございます!」

「生きてる間に、また島に戻れるなんて・・・!」

「いえ・・・今まで、お待たせして・・・申し訳無いくらいです」

 

 

全員では無いが、白地に青の花の彩られた涼しげなドレスを着たアリアが、島人一人一人と握手し、声をかける。

まだ全住民が帰島できたわけでは無く、全体の3割程でしか無い。

だが・・・それでも、確かに前進している。

 

 

「激写ですよー!」

 

 

民間の報道陣と一緒になって、アーシェの奴がそれをカメラに収めていく。

ま、これも必要なことなのだろうさ。

 

 

2時間程の式典が終わった後は、私は後片付けだ。

アリアは若造(フェイト)と一緒に宰相府に戻って、執務だろ。

来年には王宮も完成する、そうすれば・・・。

 

 

「エヴァさん、お疲れ様です」

「おお、何だか久しぶりだな、アリア」

 

 

式典終了後、港の移動用鯨の前でアリアが声をかけてきた。

正直、1週間ぶりかな・・・アリアが帝国・パルティア・アキダリアを訪問している間、私は今回の式典の準備で忙しかったからな。

朝と昼は仕事、夜は・・・若造(フェイト)との時間の邪魔をしてはいかんことになってるしな・・・。

 

 

「元気だったか? と言うか、少し痩せたんじゃないか? ちゃんと食事は取ってるのか・・・?」

「ええ、大丈夫です」

「ふん・・・?」

 

 

・・・何だ、先週に別れた時と少し雰囲気が違うな。

まぁ、気のせいか・・・?

 

 

「よぉ、若造(フェイト)、久しぶりだな」

「・・・そうだな」

 

 

アリアの後ろには、当然のように若造(フェイト)がいるわけだが・・・。

コイツも、何か変だな。

アリアから目を離さないのは、いつものことか。

 

 

「マスター・・・」

「おぅ、茶々丸か。お前も・・・」

 

 

・・・?

茶々丸も、何か変だ。

何か言いたそうにしているが、言って良い物かどうか迷っている。

そんな様子だった。

フェイトと同じように、アリアを心配そうな顔で見つめている。

 

 

・・・改めて、アリアを見る。

すると白磁の肌は、いつもより不自然に白い気がして・・・。

小さな微笑は、いつもより力が無い気が・・・。

 

 

「アリア、お前・・・」

「はい、何で、しょ・・・っ」

 

 

移動用の鯨に乗ろうとしたのか知らんが、アリアが転んだ。

スカートの裾を踏んだのか声をかけられて驚いたのか、石に躓いたのかは知らん。

とにかく、転んで・・・私に抱きつくような形で、転ぶのを防いだ。

場違いだが、久しぶりの抱擁に、少し嬉しくなる。

だがアレだ、遠ざけているとは言え報道陣もいるからな、さっさと離れんと。

 

 

「はは、ドンくさい奴だな。お前は・・・・・・アリア?」

 

 

ぽんぽん、と背中を叩いても、アリアは返事を返さなかった。

いや、それどころか・・・ぐったりと、私に寄りかかって来ていて。

 

 

「・・・アリア?」

 

 

ぐ・・・とアリアの身体を押すと、アリアはそのまま地面に両膝をついてしまう。

カーペットが敷いてあるとは言え・・・ちょ・・・どうした!?

アリアは胸を押さえていて・・・額には、汗が滲んでいる。

・・・オイオイオイオイ!?

 

 

「アリア! っく・・・オイ!」

 

 

口元を押さえて、そのまま蹲ろうとするアリアを、私は必死に支える。

衣服越しに伝わるアリアの身体は、何となく熱かった。

その頃には、若造(フェイト)や茶々丸も傍に駆け寄ってきている。

 

 

「いっ・・・!」

 

 

反射的に、叫んだ。

 

 

「医者を呼べえええぇぇ―――――――っっ!!」

 

 

私の声が、島に響き渡った・・・。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

「・・・大丈夫ですか? のどかさん・・・」

「はい、ネギせんせーが傍にいてくれるなら・・・」

「・・・そうですか」

 

 

気分が悪くなったのどかさんをソファの上に寝かせて、額に濡らしたタオルを置く。

そうすると、ひんやりとして気持ちが良いのか、のどかさんが目を細める。

タオルの上に置かれた僕の手に自分の手を重ねて、幸せそうに笑ってくれる。

 

 

・・・それを見て、僕は少し安心する。

ここの所、のどかさんはまるで生気が抜けたみたいに倒れることがあって。

とても、心配だったから。

しかも、その原因が・・・。

 

 

「・・・3ヶ月、でしたっけ」

「はい・・・」

 

 

僕が尋ねると、のどかさんは可愛らしく頬を染めて、笑った。

のどかさんの視線に合わせて、視線を下げれば・・・のどかさんのお腹に、行き当たる。

今はまだ、目立たないけど・・・。

のどかさんのお腹の中には、僕の子供が宿っているって、のどかさんが言っていた。

 

 

『ネギせんせーが好きです。中学生の頃から、そして今も・・・ずっとずっと、大好きです』

 

 

そう、のどかさんに言われたのは・・・もう4ヶ月以上前のこと。

僕が、のどかさんを旧世界に無事に戻せないか考えていた時だった。

のどかさんは、以前の・・・修学旅行の時と変わらない目で、僕を好きだと言ってくれた。

嬉しかった。

それは、嬉しかった。

同時に、申し訳なくて・・・優しく僕を抱きしめてくれるのどかさんの気持ちが、嬉しくて。

 

 

一晩だけ、同じベッドで眠った。

 

 

結果・・・先月になって、子供が宿ったことを告げられた。

最初はどうすれば良いのか、わからなかったけど・・・宰相府がお医者さんを回してくれて。

それに、のどかさんは辛い時は辛いって言ってくれるから、こうして僕も手伝えてる。

 

 

「そうだ、気分転換にテレビでも見ますか?」

「はい、ネギせんせー・・・」

 

 

のどかさんが小さく頷くのを見て、僕はテレビをつけた。

こう言うのは、旧世界と変わらないんだよね。

すると・・・緊急ニュース?

テロップが流れていて・・・。

 

 

『女王陛下、不予』

 

 

・・・え?

 

 

『本日午後15時15分、旧オスティア第18島区画の復興記念式典直後、女王陛下不予のニュースが全土を駆け巡りましたが・・・』

『はい、現場からです。女王陛下は式典直後、周囲と少し歓談され・・・マクダウェル工部尚書に抱きかかえられるように・・・』

『女王陛下は過去にも、ご過労による発熱で病臥されており・・・』

 

 

女王陛下、不予って・・・アリア!?

アリアが、倒れた・・・・・・痛っ・・・?

 

 

「のどかさん・・・?」

 

 

のどかさんの額に乗せていた手に、のどかさんが少し爪を立てていた。

・・・少し、痛かったけど。

それより・・・のどかさんが・・・。

 

 

「・・・心配ですね、アリア先生・・・」

「・・・ええ」

 

 

僕は、のどかさんの言葉に頷くしか無かったけど。

アリア・・・また、過労かな。

どうなんだろう・・・。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

「アリアが不予とは、誠か!」

 

 

私が午後の公務―――新オスティア国際文化展覧会への出席―――を終えて宰相府に戻ったのは、午後17時10分のことじゃ。

2時間前に第一報を聞いた際には、いてもたってもおられなんだが。

それでも、公務を放棄するわけにはいかなかった。

もっとも、ナギがおらねば中途で席を立ったやもしれぬが・・・。

 

 

じゃが、アリアが不予!

すなわち、病臥したのじゃ・・・やはり、昼の内に侍医に見せておくべきじゃった。

後悔の念を抱きつつ、侍従や女官の作る列の間を駆け抜けるように、アリアの寝室へ向かう。

 

 

「アリアの・・・陛下の容態はどうなのじゃ、わからんのか!」

「まーまー、落ち着けよ。皆、ビビってんじゃねーか」

「そうですよアリカ様、まずは落ち着いてくださいな」

「何を悠長な・・・誰じゃ?」

 

 

こんな時にも悠長に落ち着いておるナギに軽く苛立ったが、その際に見覚えのある顔に声をかけられた。

私達の前に立ちはだかるようにして立つその者は、何と言うか・・・クマの着ぐるみのような亜人じゃった。

うむ、やはりどこかで見たような・・・。

 

 

「クママと申します。今日から本格的に侍従長として働かせて頂いてますんで、どうぞよろしく」

「う、うむ・・・?」

 

 

な、何ぞ良くわからんが・・・今は、それよりもじゃ!

 

 

陛下(アリア)の容態は、どうなのじゃ!?」

「はいはい、ご案内しますよ・・・ほらアンタ達、ボサッとしてないで働くんだよ!」

 

 

周囲の侍従や女官達を追い散らしながら、クママが私達を先導する。

身体が大きいためか、ズンズン進んでくれる。

物の数分もしない内に、アリアの寝室に到着すると・・・。

 

 

「クルト、婿殿(フェイト)!」

「ああ、これはこれはアリカ様」

「・・・遅かったね」

「はい、ナギ様もここでお待ちくださいね!」

「は、何でだよ?」

 

 

アリアの寝室の前には、クルトや婿殿を始めとする男性の侍従や職員がおった。

そしてその中に、クママによってナギが加わった。

どうやら、男性は入れぬように配慮されておるらしい。

 

 

「では、アリカ様はどうぞ中へ」

「う、うむ・・・」

 

 

いざとなると、足が震える。

何ぞ、重大な病であったらばどうすれば・・・。

・・・い、いや、私がそのような弱気でどうするのか。

病臥したアリアの方が、何倍も苦しく不安じゃろうに・・・。

 

 

アリアの寝室に入るのは、考えてみれば久しぶりじゃった。

白を基調とした調度品が品良く並べられた寝室の中央には、ドレープで飾られた天蓋付きのベッドがある。

白いシーツが綺麗に敷かれたキングサイズのベッドの上には・・・。

 

 

「・・・アリア・・・」

 

 

知らず、声が震える。

そこには薄い色のネグリジェの袖を捲られ、点滴を受けておる娘がおった。

傍には茶々丸を含めた数名の女官が立っており・・・ベッド脇のスツールには、侍医と思しき黒い巻き毛の女性がアリアの衣服をはだけて、診察をしておるようじゃった。

そして部屋の隅には、エヴァンジェリン殿が膝を抱えるように椅子に座っておる。

 

 

「の・・・のぅ、先生。陛下は・・・娘は、大丈夫じゃろうか・・・?」

「ん~・・・?」

 

 

私が声をかけると、先生はアリアの脈を見つつ、眉根を寄せつつ首を傾げておった。

・・・わ、悪いのじゃろうか。

 

 

「いえ、危なかったことには・・・違い無いのですが」

 

 

黒い巻き毛のショートカットの髪に、金混じりの碧色の瞳。

童顔なのか、随分と若く見える。

先生はアリアから手を離して点滴の様子を確認すると、立ち上がってこちらを向いた。

 

 

「・・・えー、王室侍医のダフネ・B・シュレーディンガーです。ご説明させて頂きますけど・・・」

「う、うむ」

「ど、どうなんだ? 危ないとは、どう危ない?」

 

 

エヴァンジェリン殿が、心の底から心配そうにしておった。

どこか不安そうで、泣きそうでもある。

私も、似たようなものじゃろうか・・・。

しかし一方のダフネ医師は、どこか当惑しておる印象じゃった。

 

 

「えーと、まず、陛下がお倒れになった原因は、ご病気では無く・・・脱水症状のためです」

「・・・脱水症状じゃと? で、では病気では無いのか?」

「はい、その通りで・・・一応、点滴で補給させて頂いておりますが・・・」

 

 

病気では無い。

その言葉に、場の空気が弛緩するのを感じた。

私も、胸を撫で下ろす。

しかし、脱水症状とは・・・。

 

 

「あー・・・それと、念のためにお尋ね申し上げたいんですが」

「な、何であろう?」

「その・・・」

 

 

ダフネ医師は周囲をキョロキョロと妙に可愛らしい動作で見渡した後、屈託無く首を傾げて、問うてきた。

そしてそれは、私にとっては予測の斜め上で・・・。

 

 

「女王陛下の最後の・・・・・・は、いつでしょうか・・・?」

 

 

・・・な、に・・・?

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

・・・本当に、迂闊でありました。

もっと早く、もっと強く、進言しておくべきであったと後悔しております。

可能性には行き着いておりましたが、しかし・・・。

 

 

「・・・ん・・・?」

「おお、アリア。気分はどうじゃ・・・?」

「な、何か欲しい物は無いか?」

 

 

ダフネ医師の診察から約2時間後、19時を過ぎた頃に、アリアさんは目を覚まされました。

日中に比べて、幾分かすっきりしたお顔をされている気が致します。

点滴で水分と栄養を補給されたためでしょうか。

だとしたら・・・一安心です。

 

 

そんなアリアさんは、自分の傍にいるマスターとアリカ様のお顔を見ると、不思議そうな表情を浮かべられました。

アリアさんが目を覚まされたことで、侍女の何人かが慌しく外へと出て行きます。

 

 

「私・・・?」

「式典の後、倒れたんだ。気分はどうだ・・・?」

「・・・エヴァさん。そうだ、私・・・っ、お仕事がまだ・・・!」

「こ、これ! まだ無理に起きようとしてはならぬ!」

「でも、お母様・・・私、午後の執務がまだ・・・!」

 

 

何やら、アリアさんとマスターとアリカ様が揉め始めました。

ベッドから身を起こそうとするアリアさんを、2人がかりで止めておられます。

 

 

「書類の決裁は、私の署名と印が無いと・・・」

「ならぬと言うに!」

「体調が芳しくない時は、ちゃんと休め!」

「・・・私には、女王としての責務があるんです・・・!」

 

 

・・・アリアさんが決済する書類には、国家の運営上重要な物が数多く含まれております。

なので、少々の風邪や疲れで休むことはできないのです。

他の用事を理由に遅らせることも、許されません。

それが、国家元首という職業なのです。

ですが・・・。

 

 

「誰か・・・クルトおじ様はおりますか!」

『・・・は、扉の向こうに控えております、陛下』

 

 

半身を起こして、ベッド脇の通信装置で音声だけ外に届けます。

すると当然、呼ばれた方が出てこられるわけですが。

 

 

「すぐに・・・書類箱を持ってきてください」

『はぁ・・・しか「ならぬぞ、クルト!」し・・・アリカ様? いったいどう「持ってきてください!」し・・・・・・』

「クルト!!」

「おじ様!!」

『・・・このクルト、困惑の極み・・・!』

 

 

直後、マスターによって通信は切られます。

・・・おそらく、クルト宰相の困惑は放置です。

 

 

「お母様、何を「ならぬ!!」・・・っ」

「今は・・・ならぬ」

 

 

アリカ様に怒鳴られて―――記憶する限り、初めてのことです―――アリアさんが、身を竦めました。

・・・巻き添えで、マスターまでびっくりしておいでですが。

 

 

「・・・大きな声を出して、すまぬ。じゃがのアリア・・・今夜は休むのじゃ、本当に危なかったのじゃぞ・・・?」

「・・・」

「国のため、民のため・・・尽くしてくれるのは本当に嬉しい、誇りに思う。私にはできなんだことじゃ・・・じゃが、それでものぅ」

 

 

アリカ様は優しげに微笑まれると、膝の上のシーツを固く握り締めておられるアリアさんの手に、ご自分の手を重ねられました。

それから、そのままアリアさんの手を・・・。

 

 

「それでも・・・もう、主(ぬし)一人の身体では無いのじゃ・・・自愛せよ」

 

 

・・・アリアさんの下腹部に、持って行きました。

アリアさんは、とっさには何のことか、わからなかった様子ですが・・・。

 

 

「・・・良いか、アリア。落ち着いて聞くのじゃぞ」

「え・・・」

「主はの・・・」

 

 

続けて発せられた「その言葉」に。

アリアさんは・・・色違いの瞳を、大きく見開かれました。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「主は、子を身籠っておる」

 

 

・・・お母様に言われた言葉の意味が、とっさにはわかりませんでした。

お腹に置かれた私の手には、お母様の手が重ねられたままです。

視線を上げれば、お母様の隣でエヴァさんが神妙な顔をしています。

 

 

「と、とにかく、安静にしてろ、な?」

「マスターの申される通りです」

 

 

宥めるようなエヴァさんの声に、茶々丸さんが合わせてきます。

安静に・・・って、そんなの。

 

 

「初期は特に大事じゃと、ダフネ医師・・・侍医も申しておった」

「5週・・・2ヶ月目で。気を付けないと、その・・・難しいことになりやすい時期だそうだ」

「・・・でも・・・」

 

 

・・・2ヶ月。

でも、それじゃ・・・お仕事は?

 

 

「当面は、公務も最小限にして・・・大丈夫じゃ、子を成すのも王の立派な務めぞ」

 

 

そんなこと、言ったって・・・。

私にしかできないお仕事が、たくさんあるのに。

それができなくなるなんて・・・そんな。

 

 

「・・・ぃ・・・」

「アリア・・・」

「嫌です・・・」

「・・・アリア、お前なぁ」

「だって、だっ・・・・・・ぅ」

 

 

急に、胸が焼けるような、そんなムカつきが込み上げてきます。

最近、より頻繁に起こるように・・・。

 

 

「ああ、もう・・・だから申したに。侍医を呼ぶのじゃ」

「かしこまりました」

「・・・う、ぅ・・・・」

「アリア、大丈夫か・・・?」

 

 

エヴァさんが、背中を撫でてくれます。

それはいつもなら、凄く安心するのに・・・今は、涙が出そうなくらい、怖い・・・。

怖いです・・・身体が思うように動かなくなるのが。

お仕事が減って・・・そのまま必要とされなくなったらと思うと、怖いです。

 

 

それに、私が。

私が、子供を・・・赤ちゃんを?

私が・・・私なんかが、お母さんになるなんて。

怖くないわけ、無いじゃないですか・・・!

 

 

「わ、私、どうしたら・・・! 赤ちゃんの育て方なんて、何も」

「案ずるで無い、私達もおる・・・それに乳母もつく。主だけが必死になるようなことは無い」

「でも、だけど・・・」

 

 

・・・怖い。

今までの人生で、子供を産んで育てたことなんて、ありません。

一度だって、無いんです。

でもそんなことは関係無しに、赤ちゃんは産まれるのです。

これが、恐怖でなくて・・・何なのでしょう。

 

 

それに、もし・・・もし。

もし、ちゃんと育てられなかったら。

それで、もし・・・嫌われたり、憎まれたりしたら。

そう、思うと・・・。

 

 

『今さら母親面されても・・・受け入れることなんてできません』

 

 

・・・愕然と、します。

 

 

『私は、貴女が、大嫌い』

 

 

私は、何てことを・・・お母様に言ってしまったのでしょう。

相手は、幻だったのか、本物だったのか・・・。

でもどちらにも、私は似たようなことを言いました。

何て、何て・・・ことを。

 

 

「・・・お母様、お母様、私・・・わた、し」

「良い・・・」

 

 

何も言わずに、抱き締めてくれるお母様の胸に、縋りつきます。

サラサラと髪を撫でられる感触に眼を閉じると、溢れた涙が頬を伝います・・・。

 

 

・・・そのまま、少しの間、そうしていました。

気持ちも気分も落ち着いた頃に、お母様が小さな声で、大事なことを言ってくれます。

それは・・・。

 

 

「・・・婿殿を呼ぶが、良いかの・・・?」

 

 

・・・フェイトに、ちゃんと伝えろと言うこと。

それはとても大事なことで、そして隠せることでも無くて。

でも・・・。

 

 

「アリアさん」

 

 

再び怖気づく私に、茶々丸さんが優しい声をかけてくれます。

 

 

「結婚される時、私は申し上げました・・・大丈夫、何も心配されることはありませんと」

「・・・」

「・・・大丈夫です」

 

 

・・・やっぱり、怖いです。

怖い、けど・・・。

 

 

・・・とても、あたたかいです・・・。

どうして私の周りには、私を甘やかす人しかいないのでしょうか。

自分を保つのが、本当に難しいです・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

女官達が、慌しくアリアの寝室から出入りしている。

しばらくすると先程アリアの寝室から出てきたダフネ医師が、今度は複数の医師や看護士、機材やらを伴って戻ってきた。

 

 

一方で僕達は、未だに状況が掴めていない。

病臥してはいないと言うことと、数分前にアリアが目覚めたことはわかっている。

だけど、それ以上のことはまだ知らされていない。

おかげで、男性陣は待ちぼうけさ。

 

 

「・・・極めて、困りましたねぇ・・・」

 

 

アリアの命令に従って、ヘレン・キルマノックら宰相府の職員に赤と黒の書類箱を持ってこさせたクルト・ゲーデルは、女官が出入りする扉を前に困惑していた。

アリアとアリカ、どちらの意思を尊重すべきか迷っているらしい。

法的には前者だけど、状況的にどうかな。

そして寝室の扉の前には・・・・。

 

 

「男子禁制だよ!」

 

 

ズン・・・と空間的に重みの有る存在、侍従長クママが立ちはだかっている。

おかげで、中には入れない。

どうした物かな・・・アリア・・・。

 

 

「まーまー、そんな慌てんなって・・・目ぇ覚ましたんだろ?」

「・・・キミは案外、冷静だね」

「まったくです、アリア様は繊細だと言うのに」

「・・・ったく、どいつもこいつも雁首揃えて不安そうにしやがってよ。大戦の頃の気概はどこ行ったんだよ、なぁ?」

「い、いえ、私はまだ生まれてもおりませんでしたので・・・」

 

 

傍に立っていたヘレン・キルマノックに絡みながら、ナギがそんなことを言っていた。

確かに、大戦の時は政治指導者が倒れるなんてことは、良くあることだったけどね。

たぶん、そう言うことを言いたいのだろうけれど。

その割にはナギ自身も2時間、食事にも行かずにここにいるけどね。

 

 

「ご、ご報告申し上げます!」

「何です、騒々しい」

 

 

苛立たしげに眼鏡を押し上げながら、クルト・ゲーデルはこの場に駆け込んできた近衛騎士団長、シャオリーを睨み付けた。

しかし金髪碧眼の女騎士は、それを意に介さなかった。

 

 

「女王陛下の不予を知った新オスティアの市民達が、宰相府正門に押し寄せてきております!」

「・・・どう言うこと?」

「彼らは口々に我が陛下の安否を尋ねており・・・すでに1000人を超える市民が!」

 

 

・・・報道関係者のいる前で倒れたからね。

そうでなくとも、第18島の関係者から漏れているだろうし。

どうした物かな・・・アリア・・・。

 

 

「仕方がありません、私が何とか宥めて来ましょう」

「僕が行こうか?」

「いえ、結構」

「俺でも良いぞ?」

「事態がさらにややこしくなりますので」

 

 

僕とナギの提案を一蹴して、クルト・ゲーデルがシャオリーに先導されて正門へ向かった。

・・・結局、待つしかないのか。

そう思い、思わず溜息を吐いていると・・・。

 

 

「フェイトさん」

 

 

いつの間にそこにいたのか、茶々丸が立っていた。

どうやら、今の騒ぎの間に寝室から出てきていたらしい。

そして僕が何かを尋ねる前に・・・。

 

 

「アリアさんが、フェイトさんを呼ばれております」

「俺は?」

「ナギ様はまた後ほど」

「えー・・・」

 

 

・・・アリアが、僕を呼んでいる。

それについては、何も問題は無い。

それよりも、気になるのは・・・茶々丸の表情だ。

 

 

「とても・・・とても大切なお話があるそうです」

「・・・何かな」

「私の口からは・・・ただ、一つだけ。どうか、アリアさん達をお願い致します」

 

 

深々と頭を下げる茶々丸は、それ以上は何も言わなかった。

僕はそれを少しだけ見つめた後・・・そっと傍を離れる。

・・・何を話されるかは、わからないけれど。

 

 

「・・・アリア」

 

 

寝室の扉を潜った、僕に。

 

 

「・・・フェイトさん、私――――・・・・・・」

 

 

僕に、アリアは・・・・・・。

 

 

 

 

 

Side ネカネ

 

・・・コトッ、と、私はそのカードを棚の箱に戻した。

厳重な封印を施されたそのカードには、一人の老紳士が描かれている・・・。

・・・やっぱり、いけないことよね・・・。

 

 

「・・・どうかしたんですか?」

「あら、ネカネちゃんじゃない。また倉庫にいたの?」

 

 

旧オスティアの村の倉庫から出てきた私は、異様な光景を目にした。

異様というか・・・必死?

 

 

「え・・・と、皆、どうかしたんですか?」

「あら、聞いてないの? 女王陛下・・・アリアちゃんが倒れたのよ」

「アリアが・・・」

 

 

アーニャのお母さんが、本当に心配そうな声と顔で教えてくれた。

そう・・・それで、皆・・・。

 

 

「おい、アリアちゃんが倒れたってよ!」

「またか! また過労か!?」

「またぁ!? もうあの子、何回仕事で死にかければ気が済むのよ!」

「昔っから不器用な子だったからねぇ」

「何ぃ、俺達のアリアちゃんが!? まずは苺を持っていってやんねぇとな!」

「この間、ネギが風邪引いた時に持ってった薬草はいると思うか?」

「アリアへーか、おかぜなのー?」

「ねーちゃ、びょーき?」

「スタン村長はどうしたの?」

「何か、家に籠ってるんだよ」

 

 

・・・大人から子供まで、皆が大慌てで準備をしていたわ。

まぁ、ほとんどは良くわからないことだけど。

とにかく、皆がアリアのことを心配しているみたいなのは確かだった。

 

 

「こぉんのぶぁわかどもがああああぁぁぁ―――――っ!!」

「うおっ、村長!?」

 

 

ドンッ・・・と酒場の扉が開いて・・・って、スタンさんったらまた昼間からお酒。

やめた方が良いって行ってるのに。

 

 

「うろたえるでは無いわ! バカ者共が!」

 

 

いつものパイプを咥えて、スタンさんが村人を叱咤した。

うん、ここまではいつも通りだったんだけど・・・。

 

 

「おーい、皆、大変だ―――――っ!」

 

 

その時、何人かの村人がこっちに駆けてくるのが見えた。

何かの用事で新オスティアに出てた人達で、やけに慌ててるみたいだけれど・・・。

 

 

「大変だ皆・・・もう、向こうは大騒ぎだぜ!」

「アリアちゃんが倒れた話なら・・・」

「情報遅ぇよ! それどころじゃねーんだって!」

 

 

何か情報に変化があったのか、本当に慌てていて。

もしかして、アリアの身に何か・・・。

何か、起こったんじゃ。

 

 

 

「アリアちゃん、懐妊だってよ!!」

 

 

 

・・・え?

一瞬、何のことかわからなかった。

皆も、同じだったみたいで・・・。

 

 

「・・・解任って、アリアちゃん、クビになったのか?」

「死ね! 懐妊だよ懐妊・・・妊娠だよ!」

「もう、街中がお祭り騒ぎだったんだから! 世継ぎの誕生を祝うんだって、気の早い連中は宴会始めてるんだから!」

 

 

・・・懐妊?

妊娠!?

さっきとは別の熱気が、村を包み込みそうになって・・・。

 

 

「こぉんのぶぁわかどもがああああぁぁぁ―――――っ!!」

 

 

また、スタンさんが活を入れた。

入れたけど・・・。

 

 

「モタモタするな! ワシについてこんかあああぁぁぁぁっっ!!」

 

 

さっきと、言ってることが違う!

と言うか、もう見えない所に・・・って、皆もついて行っちゃうし。

私、私は・・・。

 

 

「・・・」

 

 

皆が大騒ぎしながら賭けて行くのを横目に・・・。

私はもう一度、背後の倉庫を振り向いた。

 

 

・・・私が考えていることは、きっと、許されないこと。

でも・・・母親になるあの子と、父親になる、あの子のために。

私が・・・私が、できることは・・・。

 




新登場アイテム・キャラクター:
ガンダル製万年筆:スコーピオン様提案。
ダフネ・B・シュレーディンガー:リード様提案。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第14回広報:

アーシェ:
祝・女王陛下ご懐妊~(パンッ)!
いやぁ、もうてっきり奇病・難病・重病・呪詛の類かと思いましたけどね!

エヴァンジェリン:
んなわけがあるかぁ! と言うか、あってたまるか!(ちくちくちく・・・)。

アーシェ:
おーっと、いつもは怖くて顔も見れないマクダウェル尚書ですが・・・今は怖くありません。
何故なら・・・赤ちゃんの服を作るためにお裁縫中だからです。
茶々丸室長に任せれば良いのに・・・。

エヴァンジェリン:
殺されたいのか貴様・・・!(ちくちくちく)

アーシェ:
全然、怖くない・・・と言うか、まだ性別も不明なのに・・・。
・・・あ、今回の投稿コーナー!


「霧島 知紅」
親衛隊副長、旧世界出身。
彼女には3つの顔がある。
①冷静沈着で的確な指示を出し、親衛隊員からの支持も厚い副長。
②女王陛下に心酔する侍女、隊員からは「デレモード」とも。
③女王陛下を侮辱されたりした場合・・・。

白髪のストレートロングの美女。
戦闘時は真白い着物に般若の化面を付けている。
武器は日本刀の二刀流と手榴弾(主にMK2手榴弾)流派は二天一流。
基本戦法は敵に手榴弾を投げて敵を混乱させ、そこに斬り込む。
メイドの資格は、イギリスに留学した際に取得。
髪の色が女王陛下と同じため、影武者候補とされることも。


アーシェ:
・・・この人、付き合いにくいんですよねー。
女王陛下のこと以外は会話が成立しないんですよ。

エヴァンジェリン:
知らん(ちくちくちく・・・)。

アーシェ:
ちなみに、女王陛下はフェイト殿下に何て言って伝えたんです?

エヴァンジェリン:
知らんな(ちくちくちく・・・)

アーシェ:
やーれやれ・・・では次回。
世界の秘密に、近付いてみましょうか。

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