魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第9話「オスティア犯科帳・中編」

Side アーニャ

 

「ま、まま、姐さんもどうぞ!」

「あ、ありがとう・・・?」

 

 

さっき私の肩を掴んでアルトに殴られた小男が、頬を張らしたまま私に椅子を勧めてきた。

・・・屋根の無い路地裏で、今にも崩れそうな背もたれも無いボロボロの椅子だけど。

私の目の前には、中で木クズが燃えてるペンキ管。

そして隣には・・・。

 

 

「いやぁ~、すんません、まさか兄貴だとは思わず!」

「いつもお1人だったもんで、早とちりしちまって!」

「しかも、女連れとは兄貴も隅におけねっすねぇ!」

 

 

何故か貧民街(スラム)の人達に大人気のアルトがいた。

私より若干、椅子のランクが高い・・・背もたれがあると言う意味で。

 

 

「ちなみに、この女は兄貴のコレっスべぇあっ!?」

「ああっ、ブルーが兄貴に物凄い勢いで殴られたぞ!?」

「え、あ、じゃあ・・・買ったんじゃめぇあっ!?」

「うおっ、今度はパープルが地面にめり込んだぞ!?」

 

 

・・・ほ、本当に大人気ね。

多少、バイオレンスだけど・・・。

 

 

「そ、それで兄貴、今日はどんなご用件で・・・?」

「・・・」

「・・・え、ちょ、そこで私を指差さないでよ!」

「キミの探し物をしにきたんだろう」

 

 

探し物って・・・エミリーのこと?

え、いや、ここで何でエミリーを探せるわけよ。

でも、アルトは腕を組んで目を閉じて、もう関わる気が無いみたい。

 

 

「官憲を除けば、ここの連中以上にこの街に精通してる連中はいない」

「え、ええ~・・・」

「任せてくだせぇ、姐さん!」

「大恩ある兄貴の女の頼みなら、俺ら何でもするっスよ!」

「こ、コイツの女とかじゃないわよ!」

「「「まぁたまたぁ~」」」

 

 

ここの人達、嫌いだわ。

 

 

「・・・で、何をお探しで?」

「クスリっスか?」

「金ですかい?」

「密輸品かも・・・」

「どれも違うわよ! と言うか、犯罪の匂いがプンプンするんだけど・・・!」

「「「まぁまぁ」」」

 

 

やっぱり嫌いだわ、と言うか危険だわ。

まぁ、でも、とりあえずは説明することにする。

せっかくだし。

 

 

「・・・白いオコジョ?」

「使い魔契約してる喋るオコジョ・・・?」

「・・・毛皮製品にす「違うわよ!」」

「じゃあ、食肉用にす「違う!」」

「・・・なら、ペットか?」

「・・・まぁ、それで良いわ」

 

 

本当はいろいろ言いたいんだけど、とりあえずそれで良しとする。

後、細かい特徴を説明して、絵を描いて・・・。

 

 

「任せておいてください姐さん! 夜明けまでには尻尾を掴んでみせますぜ!」

「オコジョだけにぐふぇえっ!?」

「オ、オレンジが兄貴に蹴られて壁にめり込んだぞ!?」

「あの出来じゃあな・・・」

 

 

・・・何でこんな乱暴にされてるのに、アルトに懐いてるのかしら。

怖くて従ってる風でもないし・・・。

それにしても、ブルーにパープルにオレンジ。

色の名前ばっかりね。

 

 

「俺らの名前、不思議っスか?」

「え? え、ええ・・・色ばかりで、偶然にしては揃ってるわよね」

「あー、そりゃそうっスよ。俺らの名前は、兄貴がくれたもんっスから」

「へ・・・?」

「余計なことを言うな」

「へ、へいっ、兄貴」

 

 

変わらず苛立ったような顔で、アルトが小男を止めた。

ここの人達の名前、アルトがあげたって・・・?

私が首を傾げてる中で、貧民街(スラム)の人達が慌ただしく動いていた・・・。

 

 

    ◆  ◆  ◆

 

 

新オスティア・ナイーカ村郊外・廃工場。

誰もいないはずのその場所には、言葉の通り誰もいないはずだった。

だが、実際には・・・。

 

 

「・・・終わりました。伯爵様」

 

 

指先に付着した液体を振り払い、軽くウェーブのかかった金髪の女性が、そう告げた。

手に持っていた物を投げ捨てて、伯爵と呼んだ相手の方を振り向いた。

 

 

「結論から言えば、このオコジョ妖精は王国側の間諜ではありません」

「そうか・・・では、まだ我らのことは気付かれてはいないな」

「はい」

 

 

それ以上のことは言わず、金髪の女性は足元のオコジョに視線を向けた。

・・・しかしやはり、何も言わなかった。

 

 

「薬の件が知られた以上、時間が無いな・・・ゲーデルめ、何も私がいる間に行動を起こさんでも良かろうに・・・」

 

 

男は何か不満気な様子だが、女性の方はそれを無表情に見ているだけだった。

 

 

「仕方無い・・・ヨハンは切り捨てるとしよう」

「・・・義弟(おとうと)を・・・」

「そうだ、少しでも時間を稼がせるのだ・・・行くぞ、ハンナ」

「・・・はい、伯爵様」

 

 

女性の顔を見ようともせずに、伯爵と呼ばれた人物が足早にその場から歩き出す。

金髪の女性は一瞬だけ何か言おうとして・・・やめる。

そして足元に目を向けて・・・やはり、やめる。

そして、女性も彼に続いてその場から去る。

 

 

後に残されたのは、朱に塗れた小さな物体・・・。

オコジョ妖精。

それは、もう二度と動かないのではないかと思わせるほど、ぐったりとしていて・・・。

 

 

「・・・ゃ・・・」

 

 

ところが、動いた。

ズ・・・と、数ミリだが、確かに動いた。

 

 

「・・・しらせ、なきゃ・・・」

 

 

身体を引き摺るようにして、いや、まさに引き摺って。

わずかずつ。

少しずつ、前へ・・・。

 

 

    ◆  ◆  ◆

 

 

Side アリア

 

今日の分の仕事を終えた午後9時48分、急に面会を申しこんできた相手がいました。

クルトおじ様です。

珍しく急いだ様子で、私の裁可が必要な案件があると。

 

 

クルトおじ様は完全無欠の人格者と言う称号からある意味でもっともかけ離れた位置にいる方ですが、しかし焦ったり慌てたりをあまりしない方です。

そして私は、臣下が会いたいと言えば原則的に会うことにしています。

なので特に不快を感じることも無く、クルトおじ様と執務室で面会することにしたのですが・・・。

 

 

「陛下、ご決断を」

 

 

思った以上に、不快な案件を持ってきたようです。

薬関連・・・暦さんとか・・・の話でもしにきたのかと、思ったのですが。

しかし渡された書類には、こう書かれていました。

 

 

『宮崎のどかの堕胎処置に関する許可願』

 

 

・・・のどかさんが、妊娠しました。

ネギの子供を。

まぁ・・・ほぼ、確信的に一緒にいさせたのですが。

実際に聞くと、衝撃的ですね。

 

 

「・・・許可は、できません」

「・・・アリア様」

 

 

私の言葉に、クルト様は嗜めるような声を出します。

言いたいことはわかりますが、許可できません。

私は、のどかさんのことはあまり好きではありませんが。

 

 

ですが、堕胎処置は許可できません。

私的な理由としては、同じ女性として。

公的な理由としては、王室の尊厳のために。

そして、未来のために。

 

 

「・・・アリア様、これをご覧ください」

「これは?」

「粛清リストです」

 

 

さらりと、凄いことを聞きました。

ですが、クルトおじ様ならそれぐらい用意してそうです。

・・・偏見でしょうか。

 

 

「官僚616名を中心とした、1000名近くの王国貴族・官僚・企業人その他の粛清リストです。明朝、アリア様のご裁可を頂き次第、実行する予定でした」

「・・・」

「今回の粛清計画は、独立直後の西部貴族粛清に続く第二の粛清であり・・・アリア様のこの国における覇権を確立する物です・・・ですが」

 

 

・・・ネギに子供が生まれると、それも無為になる可能性がある、と?

 

 

「事実、アリカ様に接触する貴族は増えております。ちなみに先週だけで3人の貴族・企業人がアリカ様と面会しております」

「はい、私も許可しました」

「そこへ、極刑が確定しているとは言え、ネギ君に子供ができたとなると・・・」

「あのネギは偽物・・・と言うことで情報を統制しているはずですが」

「偽情報など、いずれはバレます。あるいはネギ君やミヤザキさんが自分でその子供に教えるかもしれません・・・己の血統について」

 

 

・・・情報統制とは、つまりは偽の情報を流していると言うだけです。

知っている人は知っていますし、バレる時はバレます。

 

 

「王室の安寧のため、そしてアリア様の覇権のため、何よりも数千万の王国臣民のために」

「・・・」

「路傍の小石を取り除くお覚悟を、お持ちください」

 

 

・・・路傍の、小石。

それは、人生の半分以上を政治の世界で生きて来たクルトおじ様にとっては、必要な処置なのでしょうけど。

だけど・・・。

 

 

・・・傍で何も言わず、成り行きを見つめているフェイトの方へ、視線を向けます。

けれど、フェイトは何も言いません。

何も言わずに・・・。

・・・私は、決断しました。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

朝、工部尚書の執務室にいた私に、一枚の書類が回って来た。

それにはいろいろと書いてあったが、とどのつまりは綱紀粛正を徹底するとの通達だった。

有り体に言えば、女王アリアの名の下に行われる粛清(パージ)の通知だった。

 

 

汚職や不法取引に関与した国内の官僚・貴族・企業人などの有力者、合計927名が今日、捕縛される。

と言うよりおそらく、この通知が出回る頃にはすでに実働部隊は動いているだろう。

先のヴェンツェルの一件以来、国内では不穏な動きがあったからな。

・・・ゲーデルの張った罠に反応する奴は、ここで消されるか。

自由党のグラッドストンあたりが、また騒ぎそうだな。

 

 

「工部省からは、下級官吏12人・・・か。少ない方だな」

 

 

私の下で働いている連中が中に不正に関与していたと言うのは不快だったが、しかし王国が独占する魔導具の技術を外に漏らすわけにはいかない。

何が、あっても。

 

 

その意味で、情報漏洩に関与していた奴は捨て置けない。

はたして、どこに漏らしていたのか。

どこから漏れていたのか。

 

 

「まぁ・・・私が入っていないのは、少しばかり不思議ではあるな」

 

 

もっとも、私の粛清などアリアが許すはずもないが。

・・・そして私がそう確信してしまうが故に、ゲーデルは私を危険視することもわかっている。

王に法を無視させてしまうかもしれない存在。

奴の目から見れば、危険極まりない存在だろうよ。

だが、それは。

 

 

「私達だって、同じだが」

 

 

・・・不正を繰り返し行っていた官僚、領民に重税を課したり密貿易に手を染めたりしていた貴族、賄賂によって政治家と癒着していた企業人、なるほど、粛清に値する連中だ。

誰がどう見ても、捕縛して裁き、彼らによって苦しめられている連中を救うべきだろうさ。

彼らに頼らなくても良いように、この国の体制を5年もかけて整えたのだからな。

今年中に地方選挙もあるし、来年には議会が開かれる。

彼らに代わる支配機構が、動き出すのだから。

 

 

「だが・・・気に入らんな、このやり方」

 

 

粛清という特性上、情報を秘匿するのはわかる。

最高責任者であるアリアには話を通してあるし、ゲーデル自身は法に触れるような真似は何もしていない。

だが、どうしようも無く、不愉快だ。

 

 

ゲーデルは宰相としては得難い人材だ、それは私も認める。

だが、人望と人格と言う点で、奴はどうかとも思う。

まぁ、私が言えた義理じゃ無いが。

奴は宰相府だけで無く、王国全体を女王の代理人として見事に治めている。

アリアの気持ちを汲めるように政策を練り、アリアの邪魔になる物を排除し、人を動かし物を動かし、組織を整え情報を集め処理して、円滑に王国を纏め上げている。

だが。

 

 

「・・・気に入らんな」

 

 

感情が、奴を認められない。

奴の正しさを認めることはできても・・・奴自身を認めることが。

どうしても、できない。

 

 

己の主ですら餌に使うその態度が、称賛されるはずが無いからだ。

そして同時に、認めざるを得ない。

奴が他人から嫌われれば嫌われる程に。

 

 

「女王アリア」が、好意的に見られて行くと言うことに。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

王室に復帰してからの私は、アリア程では無いにしても公務に就いておる。

日々、宮内省の組むスケジュールに従ってどこかを訪問したり、誰かと会見したり。

政治に関与することは無いが、王室に属する者としての生活を送っておるつもりじゃ。

 

 

「それでは皆、養生するように」

「はい、アリカ様もどうかお元気で・・・」

「・・・うむ」

 

 

今日の午前には、身体に障害を持つ者のための医療施設を慰問した所じゃ。

魔法世界の医療技術をもってしても、100%と言うわけではない。

生まれながらに身体に障害を持つ者は、どこにでもおる故。

そうした者達を支援し、支えとなることも国家の重要な役目であろうから。

 

 

「・・・ナギ」

「・・・ん」

 

 

当然、公務であるからには夫であるナギもこの場におる。

と言うか、私の隣におる。

さらに言えば、初めての公務では無い。

だが、ナギは喋るといろいろと問題があるので―――言動的な意味で―――公的な場では、黙っていることが多い。

 

 

・・・先日、民間の大衆紙(タブロイド)を読んでみた所、ナギのことを「寡黙な大公」と評しておった。

正直、その記事を書いた記者に会いたくなってしまった。

若い記者らしいので、大戦時代のナギのイメージとの違いにそれほど違和感を感じんのだろう。

私としては、死ぬほど違和感がある。

 

 

「アリカ様、迎えの車両が来ております」

「うむ」

 

 

施設の正門を抜けた所で、近衛騎士のジョリィの迎えを受ける。

小道を挟んで大きな道があり、そこに王室専用の公用車が止まっておる。

今日はさらに、戦艦の搭乗員の兵舎の視察に赴かねばならぬ。

 

 

ふと立ち止まり、周囲を見渡す。

近衛兵の規制線の向こうに、何十人かの市民が詰めかけておる。

どうやら、私達の姿を見ようと集まって来たらしい。

別に珍しいことではない、私はそれを視界に収めつつ道を歩き、公用車に乗り込もうと・・・。

 

 

「あ・・・こら、キミ!」

「む・・・?」

 

 

その時、子供が一人、近衛の規制線を抜いて、こちらへとやってきた。

薄い赤毛の男の子で、両手には黄色い花でできた花束を持っておる。

アレは・・・何じゃ、薔薇か?

 

 

ふむ、良く分からんが、アレを私に渡したいのかの。

まぁ、それくらいならば。

そう思って、公用車に乗り込まずに立っておったのじゃが。

 

 

「こら、勝手に通っちゃダメだろう!」

 

 

先ほど抜かれた近衛が、その少年の肩を掴んだ。

私から3mほど離れた位置のことで・・・。

 

 

不意に、ナギが私の身体を抱えた。

 

 

そのまま、その少年から離れるように跳ぶ。

・・・な!?

 

 

「ナギ! 人前で・・・っ」

「伏せろ!」

 

 

ナギが周囲にそう叫んだ次の瞬間、ナギに抱えられて空中を跳ぶ私の身体の下で、何かが爆発した。

その爆発は公用車をも巻き込み、小規模だが致命的な爆風を周囲に撒き散らす。

私がナギによって地面に下ろされた時には・・・地面が茶色く焦げておった。

公用車の残骸には、まだ火が燻っておるが・・・。

 

 

「・・・ば、爆弾テロ・・・か?」

「これがそれ以外に見えるんだったら、大したもんだぜ・・・ジョリィ、生きてるか!?」

「・・・は、はっ!」

 

 

鎧に煤をつけた黒髪の女騎士が、ヨロめきながら私達の前に来る。

吹き飛ばされはしたものの、目立った怪我は見えぬ。

 

 

「あのガキはどうした?」

「は、はぁ・・・それが、爆弾を仕込んでいたと思しき花束を抱えたままでしたので・・・」

「もろとも、か」

「おそらくは・・・」

 

 

自爆テロ・・・あんな子供が?

 

 

「ちょっと腑抜けたんじゃねぇの、『姫さん』。大戦の時には、アレくらい日常茶飯事だったろ」

「・・・戯け」

 

 

確かに、大戦の時には子供を使ったテロなど、珍しくも無かった。

ここの所、平和が続いておった故に・・・少し、腑抜けていたのは確かじゃが。

じゃがそれも、爆発に巻き込まれた市民を見れば・・・変わる、いや、戻る。

 

 

「ジョリィ! 周囲の警戒を続けつつ、市民・近衛の負傷者を急ぎ搬送せよ!」

「はっ」

「比較的に無事な者も同様じゃ、さらに陛下に緊急連絡、王室その物を狙った連続テロの可能性もある!」

「はっ」

 

 

当座の指示を出した後、爆発に巻き込まれずにいた公用車も動員して負傷者を病院に運ぶ。

私自身も、すぐに移動せねばなるまい、しかし・・・。

テロとは、穏やかでは無いな。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「構わないでください、それは陽動です」

「は・・・?」

 

 

ヘレンさんからその報告を受けた際、私はそう切って捨てました。

報告した側は驚いているようですが、報告された私としては驚くには値しません。

良くある手です、私でも使うでしょう。

 

 

メインから目を逸らすための、陽動。

何から目を逸らせたいのかが、この際は問題ですね。

 

 

「・・・とは言え、無視もできません。近衛の人員を増やして、アリカ様の身辺警護に当たらせるように」

「負傷者については、どうされますか」

「それは民間に・・・いえ、国防省に協力を仰いで、軍用車両を動員なさい」

「はい、他には何か」

 

 

その他の指示も適当に与えて―――死傷者全般の扱いなど―――私は、再び思考を再開します。

現在の所、粛清は順調に進んでおります。

不正に手を染めた官僚や貴族は「アリア様の名の下に」粛清され、その蓄えた富を被害者に分配するのです。

それでこそ、アリア様の政治基盤は盤石になると言う物。

 

 

本当、粛清の名分を与えてくれたヴェンツェルには感謝しませんと。

ただ惜しむらくは、時期でしょうか。

王都に逗留していたはずのイスメーネ伯爵と、例に薬の件に関与していると思われるハンナとか言う侍女が行方知れずです。

後者はともかく、前者は見過ごせませんね。

 

 

「その後、新たなテロは?」

「い、いえ、一件だけです」

「そうですか・・・」

 

 

やはり陽動、なら次はどう出ますかね。

おそらく、私の粛清の動きを敏感に察知して動いたのでしょうが。

さて・・・次はおそらく。

 

 

「空港の警備を強化。ならびにコリングウッド元帥に連絡して、不審船を一隻たりとも逃がさないように依頼してください、臨検も許可します」

「空港の封鎖はしなくても・・・」

「そこまではしません・・・たかが一貴族に我が国の経済活動を阻害されては、たまりませんからね」

 

 

合理的に考えれば、新オスティアからの脱出を図るでしょう。

しかし、新オスティアは浮き島、船でないと脱出は不可能です。

新オスティアで隠れようとはしないでしょう。

加えて言えば、脱出したとしてどこへ行くのか。

常識的に考えれば、領地でしょうが。

 

 

「まぁ、いずれにせよ・・・」

 

 

理由はどうあれ、アリカ様を狙ったその所業。

万死に値します。

アリカ様を狙えば、私が他を放置してそちらに走ると思ったのでしょうが・・・くふふふ。

 

 

 

楽に死ねると、思うなよ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「・・・お母様とお父様が!?」

 

 

その報告を聞いた時、アリアは珍しくその場に立ち上がった。

両眼が紅く輝き、全身から努気を漲らせている。

そしてそれは、報告に来た宮内省の職員を呑むのに十分な圧力を持っていた。

 

 

「・・・アリア」

 

 

僕が声をかけると、アリアは一度だけ僕を見た。

紅く明滅する両眼が、僕を射抜く。

・・・アリアは大きく深呼吸すると、自分の感情を抑制して、椅子に座りなおした。

 

 

「・・・それで、どうなりましたか」

「は・・・はっ、アリカ様、ナギ様は共にご無事。軍に守られながら宰相府に戻りつつあるとのこと」

「そうですか・・・」

 

 

大きく安堵の息を吐いて、アリアが軽く俯く。

伏せられていた眼が再び開かれた時には、紅い輝きは消えている。

アリアは、いつも公務で浮かべる微笑を浮かべて、職員に語りかけた。

 

 

「大きな声を出して、申し訳ありませんでした。報告を続けてください」

「め、滅相もありません。それで・・・」

 

 

職員の報告を受けた後、5分もしない内に、今度は宰相府の書記官がやって来た。

彼は、宰相クルトが立てた基本方針に関する上奏を持って来たらしい。

それによると、すでに宰相の名で艦隊が動き、新オスティアを封鎖していると言うことだ。

 

 

加えて、今回のテロの最有力首謀者についても。

イスメーネ伯爵と言う、昨日アリアに会いに来ていた貴族。

確か自分がパルティアの部族と密輸しているなどただの噂と、直接訴えに来たんだったね。

ただ、アリアはそれを信じなかったようだけど・・・。

 

 

「・・・わかりました。細部は任せると宰相に伝えなさい。そして、明日の朝、詳しい報告をするようにと」

「はっ、では失礼致します」

 

 

宰相府の書記官が下がると、アリアは表情を消した。

それは・・・僕も久しぶりに見る表情だった。

怒りと、不安と、憎悪。

それらが複雑に混じり合った、そんな表情。

 

 

彼女は自分の身内が攻撃される度に・・・そんな顔をする。

そしてその度に、彼女の敵は・・・。

 

 

「・・・良かった・・・」

 

 

それから、安堵の溜息。

両親が無事で、本当に良かったと思っているらしい・・・。

・・・僕は立ち上がると、アリアに近付いて、手を伸ばした。

 

 

「フェイト・・・?」

「・・・やっぱり、少し熱があるね」

 

 

彼女の額に手を当てると、いつもの体温よりほんの少し高い。

大したことは無いけれど、やはり微熱は続いている。

まぁ、だからこそ、不安も増すのだろうけれど・・・。

 

 

「・・・フェイトの手、冷たくて気持ち良いです・・・」

「・・・そう」

 

 

僕はしばらく、そうしていることにした。

・・・そう言えば、4(クゥァルトゥム)はどうしたのだろうか。

戻って来ないんだけど。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

「戻ってへんやてぇっ!?」

 

 

新オスティアでテロがあった言うから、まず旧世界連合(うちんトコ)の職員連中の無事を確かめた。

カゲタロウはんはまだちょいと戦線復帰はできてへんけど、月詠が傍におるさかい、大丈夫やろ。

ただ、一人だけ居場所が確認でけてへん奴がおる。

 

 

昨日来た、アーニャはんや。

それほど親しい付き合いは無いけど、メルディアナの特使と言う形でこっちに来とるんや。

そうである以上、その身柄の安全は最低限うちの責任の範疇になる。

ところが、王国側に問い合わせたら護衛つけて送ったて。

旧オスティアにあるっちゅー実家に人を送ってみたんやけど、おらんて。

・・・おぉいっ!

 

 

「あんの小娘、自分の立場わかっとんのか!?」

 

 

それとも何か、テロに巻き込まれでもしたんか・・・?

いや、王国側が回してきた情報やと、現場にアーニャはんはおらんて言うし。

となると、どっかほっつき歩いとるとしか思えへんねやけど。

でも、連絡が無い言うんは・・・。

 

 

「失礼します、お探しのココロウァさんですが・・・」

「何かわかったか!?」

「友達の家に泊まる、と連絡していたそうです」

「友達って誰やねんなあぁぁっ!?」

「さ、さぁ、そこまでは・・・」

 

 

報告に来た職員も、そらそこまでは知らんやろな。

くぅ~・・・あんの小娘、どこや、どこにおんねんや~・・・!

アーニャはんのこっちでの交友関係なんて、うち知らんし。

プライベートとか、特に。

 

 

こっちでのアーニャはんの友達言うたら、まずアリアはんやろ。

それから、アレか、結婚式で一緒におった娘らかなぁ。

でもあの娘らとうち、直接的な連絡手段が無いから、いちいち王国側に確認を取らなあかんのかいな。

面倒な・・・。

 

 

「小太郎!」

「何やね?」

 

 

ガタンッ、と天井の板が外れて、黒髪犬耳の男の子が部屋に入って来た。

いつからそこにおったんかは知らんけど、まぁ、護衛的な何かやろ。

 

 

「悪いけど、アーニャはん探して来たってんか」

「えぇ~・・・何で俺が」

「アーニャはんの知り合いでうちが自由にできる人材が、他におらんねや!」

「まぁ、ええけど・・・ほななっ」

 

 

シュバッ、とその場から姿を消す小太郎。

うちはそれを見送った後、深く溜息を吐いた。

・・・あの小娘、見つけたらタダじゃおかんえ。

 

 

ガサゴソ・・・と、机の引き出しの中に手を突っ込んで、探し物。

・・・胃薬、まだあったかいな・・・。

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

あのオコジョ妖精の行き先がわかったのは、正午近くになってからだった。

もう少し早くわかるかと思ったけど、思ったより低能揃いだったのかもね。

あるいは、正規の手順を踏まないから、と言うことかな。

何せ・・・。

 

 

「エミリーッ!!」

 

 

バンッ・・・とプラスチックの窓を叩かれると、その中の小さなベッドに寝かせられたあのオコジョ妖精が、かすかに反応を示した。

目を薄く開いて、あの女(アーニャ)を見ている。

・・・赤ん坊が入れられるようなベッドだな。

 

 

「・・・どう言うこと?」

「はぁ、それが・・・」

 

 

僕の横にいるのは、新オスティアの外れにあるナイーカ村の小さな動物病院の獣医の老人だ。

実際、僕達の周囲には様々な動物が寝たり喚いたりしている。

獣医の老人は、しわくちゃの顔を困惑の色に染めて、何故このオコジョ妖精がここにいるのかの説明をする。

 

 

それによると、あのオコジョ妖精はナイーカ村に入るか入らないかくらいの道端で倒れていたらしい。

村の子供が水を汲みに行く最中に見つけたとかで、酷い怪我をしていたとか。

酷い怪我をしているのは、見ればわかるけどね。

まぁ、とにかく今は絶対に安静だとか・・・だろうね。

しかし、動物病院か・・・どうりで発見が遅れたわけだ。

貧民街(スラム)の連中では、ここには入れないからね。

 

 

「酷い、誰がこんなことを・・・」

 

 

半分泣いているかのような声で、あの女(アーニャ)が呻く。

誰がやったかは、たぶんそのオコジョ妖精本人にしかわからないだろうけど。

今は、喋れそうに無いね。

 

 

「何・・・何? エミリー、何か言いたいの?」

『・・・』

 

 

プラスチックの箱のようにも見える動物用の(そして精霊用でもある)ベッドの中で、オコジョ妖精が震えながら手を伸ばしている。

白い毛に覆われた小さな手を、必死に伸ばして。

 

 

「・・・っ」

 

 

すると何を思ったのか、あの女(アーニャ)はオコジョ妖精を覆っていたプラスチックの箱を取り外してしまった。

 

 

「あ、ちょっとキミ!」

 

 

獣医が非難の声を上げるが、あの女(アーニャ)は無視してオコジョ妖精の手を取った。

数秒間、その場で固まった。

固まったまま、凍りついてしまったかのように動かない。

動かないから、慌てて駆け寄った獣医にいとも簡単に引き剥がされてしまう。

 

 

「何を考えているんだ、もしも容体が急変したらどうするんだね!」

 

 

しかしそれに、あの女(アーニャ)は何も答えない。

凝固したまま、獣医に押されるまま・・・何も言わずに。

何も、見ていないかのような目で。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

・・・エミリーの小さな手に触れた途端、頭に映像が流れて来た。

オコジョ魔法の一種で・・・接触型の、契約主への情報伝達。

ほとんど、掠れた映像だったけど。

 

 

だけど、それで十分だった。

エミリーが見た物、聞いた物、感じた物。

言われたこと、されたこと、全部。

痛かった、苦しかった、そして怖かった、その気持ちも。

誰が、エミリーをあんな目に合わせたのかも。

 

 

金髪の女。

 

 

金髪の女と・・・あと一人は、誰だか知らないけど。

・・・許さない。

良くも、あんな。

私の使い魔(パートナー)、親友・・・家族に、よくも。

よくも。

 

 

『・・・以上、王国広報部より、先程のテロに関する情報でした』

 

 

・・・気が付いた時、私はナイーカ村の動物病院の待合室にいた。

そこには、猫とか・・・良く分からない生き物とかを連れた人が何人かいて・・・。

それと、田舎の村には不似合いな大画面の映像装置(テレビ)があった。

公共の場だから、政府から配給でもされたのかしらね・・・。

 

 

『なお現在、王国軍・警察はテロへの関与が疑われている2名の容疑者を追跡しており・・・』

 

 

だから、そこに映ったテロの容疑者とか言う人達の顔写真を見れたのは、割と偶然で。

イスメーネ伯爵って人は、知らない。

だけど、もう一人の・・・金髪の女。

 

 

  ――――ドクンッ――――

 

 

嫌な音が心臓から響いて、思わず胸を押さえた。

あの、女の人は・・・昨日の、そして、今の。

エミリー、の・・・!

 

 

「・・・アルト、あの女の人、昨日、会ったわよね・・・」

「・・・ああ、あの薬の奴かい?」

 

 

そう、昨日・・・会った。

思えばエミリーは、あの女の人を追いかけて行ったんだった。

あの時、もっと止めてれば。

 

 

「アルト・・・ッ!」

「・・・何」

「あの人達、官憲以外じゃ一番、探し物が得意なのよね・・・?」

「・・・ああ、新オスティア中にネットワークがあるからね」

 

 

あの人達・・・貧民街(スラム)の人達。

正直、あまり良い人達じゃないけど、だけど悪い人達でも無い人達。

エミリーを探してくれた、人達。

 

 

「お願い・・・探して、あの女の人を、金髪の・・・」

「・・・それで、どうするのさ」

「・・・決まってんじゃない・・・!」

 

 

ぐっ・・・と、私の胸元に揺れてる赤いペンダントを、握り込む。

まるで燃えてるみたいに、熱かった。

 

 

・・・ハンナ。

ハンナ・イスメル。

名前は、覚えたわよ・・・!

 

 

 

 

 

Side のどか

 

ネギ先生の子供を、妊娠しました。

とても、嬉しい。

私が、ネギ先生に愛された証だから・・・。

愛し合った、証だから。

 

 

「ほっほっほっ、いや、めでたいのぅ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

今、私がいるのは・・・旧オスティアの政治犯収容所。

私はこの屋敷で、ネギ先生と暮らしているんです。

着る物も食べる物も必要以上にあるけれど、自由だけは無い、そんな場所。

ネギ先生のお祖父さんとも、一緒にいるけれど・・・。

 

 

私がいるのは応接間で、相手は、あの学園長先生。

とは言え、もう学園長先生じゃないけど・・・。

 

 

「学え・・・じゃなくて、近衛のお爺さんは、今は辺境で働いているんですよね」

「ほっほっ、そうじゃよ。しかし今度はエリジウムに行けと言われての、こうして王都に辞令を受け取りに来たと言うわけじゃ。するとネギ君に子供ができると言うではないか、これは、会いに行かねばと思ってのぅ」

「あ、ありがとうございます・・・」

「ほっほっほっ」

 

 

ネギ先生は、最近は本をたくさん取り寄せて、いろいろ研究してるみたいです。

私には難しくてわからないけれど、私も一緒に、本を読んだりして過ごすんです。

来年には、そこにもう一人増える・・・。

お母さんになるのは不安だけど・・・でも、嬉しい・・・。

 

 

「ほっほっほっ・・・むぅ」

 

 

機嫌良さそうに笑っていた近衛のお爺さんが、急に難しい顔をしました。

ど、どうしたんだろ・・・。

 

 

「どうか、したんですか・・・?」

「むぅ、いやいや、少し心配になってのぅ」

「心配、ですか・・・? それは、私が未熟だから・・・」

「いやいや、違うのじゃよ。ただのぅ・・・」

 

 

うーむ、と考え込んで、言いにくそうに。

 

 

「・・・その子を育てる上で、ここの環境は良いのかのぅ、と思っての」

「え・・・?」

「いや、何じゃ・・・ネギ君のこともあるしの」

「・・・それ、どう言う意味ですか・・・」

「む、いや、さて・・・まぁ、アリア君のこととか、あるしの」

 

 

・・・アリア、先生。

ネギ先生が、ここに閉じ込められた経緯と、これから。

これまでとこれからは、違うかも、しれなくて。

だから・・・だから?

 

 

「・・・うっ・・・!」

 

 

急に吐き気がして、口元を押さえる。

そのまま座っていられなくて、前屈みに・・・テーブルに手をつきます。

苦、し・・・。

 

 

「う・・・うぅ、うぇっ・・・」

「・・・のどかさん!?」

 

 

その時、ネギ先生が部屋にやってきて・・・私の背中を、撫でてくれました。

ネギ先生・・・ネギ、先生。

 

 

「お、おぉ・・・長居してしまって、疲れさせてしまったかの。すまんの、ネギ君」

「い、いえ・・・のどかさん、大丈夫ですか?」

「はぃ・・・っ」

 

 

・・・ネギ先生。

ネギ先生と、私の、赤ちゃん。

赤ちゃん・・・子供。

・・・守らなきゃ。

 

 

「・・・っ」

 

 

守らないと、守らないと、守らないと。

私が、守らないと。

そうじゃないと、だって。

 

 

私が。

 

 

 

   ま も ら な い と

 




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第9回広報


アーシェ:
この広報もいよいよ9回目、おなじみアーシェです。
さて、ここまで回数を重ねるとマンネリ気味になる可能性もありますよねー。
そこで!

環:
・・・何、してるの。

アーシェ:
おーっと、環さんじゃありませんか。
いえいえ、私もせっかくの出番を失わないために、いろいろ考えてるんですよ。

環:
たとえば・・・?

アーシェ:
えーと・・・・・・。
・・・特に無いです。

環:
そう。

アーシェ:
(し、静かな人だなー、やりにくいかも・・・)

環:
写真は・・・?

アーシェ:
あ、ああ、はいっ、今日のベストショットは~・・・。

「アリカ様をお助けするナギ様」

でしょうか、王室専門室としては。

環:
・・・そう。

アーシェ:
(や、やりにくい・・・)。

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