魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第6話「暴れん○女王・後編」

Side アリア

 

私は何日かに一度、君主として各省庁の視察を行うことが公務として組み込まれています。

視察と言っても、官僚の方々が忙しく働いているのを廊下から見る・・・と言うような内容の物で、これは私が視察によって所定の仕事が遅れることを嫌って成立した形式なのです。

 

 

そして私が新オスティアのある商店街を訪問した3日後の午後に視察したのは、社会秩序省です。

特に、警察部門の視察です。

これは社会秩序尚書との合意による物ではありますが、かといってこれまでの慣例を変えるつもりはありません。

いつものように官僚の方々の働く様子を見て、それで全て。

少なくとも、私はそう考えていたのですが・・・。

 

 

「捧げ――――筒!」

 

 

他の省庁と異なり、社会秩序省警察庁は宰相府では無く、新オスティアのリゾートエリア近くに官舎があります。

元々は新オスティア中央警察署の施設で、今は警察庁本部と新オスティア警察署の両方の機能を果たしています。

そして灰色のシンメトリーの立派な建物の前には、儀礼用の黒の制服を着た警察官らしき方々がズラリと並び、馬車から降りた私とフェイトを出迎えています。

 

 

「・・・どう言うことでしょうか」

 

 

近くに控えている宮内省の職員にそう告げると、その近侍は慌てて駆けて行き、やはり黒の儀礼服を着た現場責任者らしき男性を連れて来ました。

40代後半の黒い髭をたくわえたその男性は、緊張した面持ちで敬礼してきました。

 

 

「儀礼隊長のヴィルヘルム・マグレンブルグであります」

「ご苦労さまです・・・こうした出迎えは不要と、宮内省の方から連絡が入っていたはずですが」

「は、その、あー・・・それはそのー・・・」

 

 

むしろ私を焦らそうとしているのでは無いかと疑いたくなるほど露骨に困惑の表情を浮かべた儀礼隊の隊長は、私の言葉が予想外だったのかどうなのか、必死に言葉を探している様子でした。

私は京扇子を開いて顔の下半分を隠したまま、儀礼隊長から視線を逸らすと、傍らに立つフェイトに視線を向けました。

 

 

結婚して1ヶ月半が経っても未だ公的役職を持たないフェイトは、何も語ろうとはしません。

ただ無機質な瞳を一瞬だけ閉じて、小さく首を振るだけです。

・・・なるほど。

 

 

「こぉれはこれは女王陛下、夫君殿下、この天下晴れの青空(クイーンズ・ウェザー)に行幸のお運び、一臣下として誠に光栄に存じます」

 

 

未だにしどろもどろな儀礼隊長を仕事に戻らせるよう近侍に囁こうとした時、何と言うかこう、背筋にゾワリとした感覚を走らせずにはいられない猫撫で声が聞こえました。

声の方に視線を向ければ、警察庁官舎の入り口に立っている男性が、ゆっくりとした足取りでこちらへと歩いて来ておりました。

 

 

美麗にデザインされているはずの儀礼服がはち切れんばかりの身体に―――筋肉では無く、明らかに脂肪で―――モジャモジャとした黒い縮れ毛が印象的です。

・・・かなりでっぷりと太った、猫族の獣人でした。

 

 

「よもやこのような栄誉に預かれようとは考えもしませんでしたので、感激の余り声が震えてしまうのをお許しくださいニャ」

 

 

発言を許しもしていないのに、欠片も震えなど見せない声音でそう言われて、さらに背筋がゾワリとします。

そしてその悪寒は、儀礼として彼が跪き、私の手の甲に口付けた段階で最高潮に達しました。

表情には出せませんが、フェイトの腕を取っていた手に力を込めることで表現します。

 

 

「キミは・・・」

「これは申し遅れましたニャ、私、警察庁長官の首席補佐を務めさせて頂いております、ヴェン・ヴェンツェルと申しますニャ。どうかお見知りおき願いたく・・・ニャ」

 

 

フェイトの言葉に、まさに猫撫で声で、ヴェンツェル首席補佐とやらはそう答えました。

毛むくじゃらの顔の向こうに、猛禽のような緑の瞳が、脂っぽく輝いておりました。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「これは・・・これは、これは・・・ようこそ・・・」

 

 

官舎としては無駄に大きな応接間で僕らを歓待したのは、杖をついた老人だった。

70歳くらいだろうか、髪だけでなく顔中を白い毛で覆ったような人族の老人だ。

彼はヨロヨロと歩きながらも自分で応接間の扉を開いてアリアと僕を招き入れ、席を勧めた。

 

 

太るどころかむしろ痩せる一方なんじゃないかと言う体格の彼は、僕達、特にアリアを見ると泣き出さんばかりに皺だらけの顔をくしゃくしゃに歪めて見せた。

ただ、彼の身体の震えが感激のためか老化のためかは、にわかには判然としない。

彼の名はウォルター・スコットヤードと言い、社会秩序省警察庁長官の要職にある男だ。

連合の信託統治時代には、治安面でクルト・ゲーデルに協力していたとか。

ただアリアが即位してからは、職務こそ滞らせない物の、徐々に才覚を翳らせているとも聞くけれど・・・。

 

 

「お久しぶりですね、ウォルター老」

「おお、おお・・・陛下も、ご機嫌麗しゅうに・・・」

 

 

流石にそのレベルの地位にあれば、アリアや僕とも面識がある。

アリアとしてはその老人に好意に似た物を抱いているようで、柔らかな声で挨拶を告げた。

どことなく、孫に会った祖父を思わせる。

僭越とも取れる言動もあるけれど、アリアに気分を害した様子は無い。

少なくとも・・・。

 

 

「えへん、えへん」

 

 

少なくとも、長官の横に座ってふんぞり返っているヴェンツェル補佐官ほどじゃない。

スコットヤード長官は警察庁長官と新オスティア警察署長を兼任しているのだけど、署長の役職の実務に就いては彼が代行しているらしい。

3年前に参事官として赴任し、3年でそこまで昇りつめた。

能力自体は、それなりにあるのだろうけれど。

 

 

アリアは補佐官に対しては一瞥を投げかけるだけで、長官と数分ほど体調などの会話を楽しんだ。

体調については、本当に気にしている風だったけど。

 

 

「ところでウォルター老、今日、私は普段の職員の様子を拝見したかったのですが・・・」

「おお、おお・・・補佐官がのぅ、ああした方が陛下が喜ばれるじゃろうて言うてな・・・」

「はぁ・・・」

 

 

長官の言葉にアリアが視線を横にズラすと、ヴェンツェル補佐官は「えへん、えへん」と胸を逸らした。

これ見よがしに襟元の階級章を見せるような仕草に、アリアが京扇子を開いて口元を隠す。

 

 

「聡明な女王陛下、夫君殿下におかれましては、普段の様子をお伝えするだけでは忍びなく。粗末ながら盛大なお出迎えを・・・と愚考した次第にございまして。お気に召しませんでしたでしょうかニャ」

「・・・」

「・・・特に、気に入らないと言うことは無いと思いますが」

「そうですかニャ! いや流石は英明な女王陛下に夫君殿下ですニャ、そもそも私は以前から・・・・・・」

 

 

アリアが京扇子で口元を隠して何も言わないので、代わりに僕が答える。

すると何を勘違いしたかは知らないけれど、補佐官はボキャブラリー(びじれいく)の限りを尽くしてアリアや僕を褒め千切り始めた・・・。

 

 

アリアはその大半を聞き流していたようだけれど、近く自分の指揮で新オスティアの治安の再編を図るつもりだと興奮気味に補佐官が自分を賛美し始めた時には、一言だけ返した。

 

 

「『ウォルター老の指揮』で、貴方が実行するのですね」

 

 

アリアにしては、棘のある言い方だった。

スコットヤード長官が、白い毛の片眉を上げてアリアを見ている。

ふとアリアの横顔を窺えば、どうやら何かを決めたらしい表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

・・・さて、これはいったいどう言うことでしょうか。

本来であれば私は、アリアさんについて警察庁の方は行かねばならないのですが、アリアさんにお願いされて別の場所に向かっておりました。

3日前に訪れた、あの寂れた商店街です。

ですが・・・。

 

 

『工事中』

 

 

商店街の入り口が白い壁で覆われ、その壁にそう書かれた紙が貼り付けられています。

そこには工期や工事後にできる物について、法令に従って記述されており・・・パーマスト商会の名が刻まれておりました。

・・・3日で、何故ここまで・・・?

 

 

「・・・あ、貴女は確か・・・」

「・・・レティさん?」

 

 

どうした物かと私が途方に暮れていたその時、茶色の髪が印象的な女性に声をかけられました。

髪を下ろしている上、頬に白い湿布のような物を貼っているため瞬時に判別ができませんでしたが、データベースによる照合の結果、レティさんであることが判明いたしました。

 

 

「えっと・・・茶々丸さん、だったかしら。もしかして、お店に来てくれるつもりだったの?」

「ええ、そうなのですが、これはいったい・・・?」

 

 

レティさんは私の視線を追い、工事のために閉鎖されてしまったらしい商店街を見て、まず悲しそうな顔をなさり、次いで怒りに顔を赤く致しました。

ですが複雑すぎる心境が邪魔をしたのか、あるいは他の要因が働いたのか、レティさんは感情を言葉にすることに失敗してしまったようです。

 

 

「・・・今は、私達より前に立ち退かされた知り合いの喫茶店で、厄介になってるの」

「はぁ・・・」

 

 

ここでは何だからと言うことで、商店街から少し離れた位置にあるカフェでお話しすることにしました。

私達とは何の関係も無い普通のカフェですが、笑顔で接客するウェイトレスを見るレティさんの目は、複雑そうでした。

 

 

「・・・お父さん、逮捕されちゃったの」

 

 

コーヒーが運ばれてきた後、それまで黙っていたレティさんがそう言いました。

私が事情を聞きたがっていることを察したのか、それとも誰かに聞いて欲しかったのかは判然としません。

ただ・・・レティさんは時折、涙を拭うような仕草をしておりました。

 

 

「3日前、貴女達が来てくれた夜に、警察の人が来て・・・お父さん、連れて行かれちゃった」

 

 

頬の怪我は、警官から父であるクラークさんを奪い返そうとした時に負った物だそうです。

しかもその警察官―――複数いた様子ですが―――の傍らには、先日の借金取り達の姿もあったそうです。

・・・どうやら、思っていた以上に事態は重要な方面に向かっている様子です。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

アリア様は夫君と共に中央警察署を視察された後、新オスティア内の病院と孤児院を慰問し、さらに新オスティア空港にて新型民間輸送鯨の進空式に参加される予定です。

今はとにかく、アリア様と夫君の姿を多くの階層の多くの人間の目に触れさせるべき時期ですからね。

 

 

書類仕事も重要ではありますが、外での公務の方が王族にとっては重要性が高い面もありますから。

私も外部に露出する機会は多いのですが、美少女・美少年(あるいは美女・美青年)である女王夫妻を露出させた方がいろいろと良いでしょう。

結果として、私は内にこもっていろいろと様々なことを細々とやることができます。

 

 

「ヘラス帝国皇帝テオドラ陛下とジャック・ラカン氏の婚姻の儀の日取りが、2ヶ月後の5月7日と決定された旨、通達された」

 

 

ヘラス帝国・アリアドネーの歴訪を終えた外務尚書(テオドシウス)が、宰相の執務室にやってきました。

アリア様への奏上はすでに午前中に成されており、現在、宮内省で参加する旨の返信の内容やお祝いの品の選定が最終段階に入っていることも、同時に報告を受けます。

またそうした儀礼的な案件以外にも、王国・帝国の国境警備のための合同部隊の設立に関する案件や経済産業省や財政省も絡んだ関税協定の交渉についての案件などの報告も。

 

 

「それとこれはまだ非公式だが、アリアドネーがイヴィオンへの参加を打診してきている。ただし、軍事部門以外で」

「ふむ、それについてはアリア様は何か仰っておりましたか?」

「信義と誠意を汚すことの無いように期待します・・・とのことだ」

 

 

銀の台座の片眼鏡(モノクル)の向こう側の銀色にも青銀色にも見える怜悧な瞳が、いつもよりさらに細まっている様にも見えます。

まるで私ほど「信義と誠意」と言う言葉が似合う紳士はいないと言いたげな、信頼感と友情に満ちた視線ですね・・・・・・自分で言っててそら寒くなりました。

 

 

でも私は、不正に関わったことも不忠を働いたこともありませんよ。

清廉潔白が私の座右の銘です。

ゲーデル家の家訓は、「清く正しく美しく」です。

 

 

「・・・報告は以上だ」

「ええ、では正式な報告書は明日の朝の閣議の際にでも」

「了解した」

 

 

背中の半ばにまで垂れている水色の髪を翻しながら、外務尚書(テオドシウス)が私の執務室から出て行きます。

 

 

「・・・ああ、そうそう、来週にエリジウムに飛んでもらうかもしれませんので」

「・・・私がか?」

「ええ、将来独立させる諸都市の要人とパイプを作ってもらいたいですし」

 

 

現在はリュケスティス総督の下、ケフィッススなどの都市は内政自治を認められています。

もちろん将来的には親王国諸都市として独立して頂きますので、今の内から将来の外交ルートを作っておくにしくはありません。

 

 

「その際には、総督によろしくお伝えください」

「・・・了解した」

 

 

それを最後に、外務尚書(テオドシウス)は今度こそ私の執務室から出て行きました。

それを見届けた後、私は手元の銀の鈴を鳴らしてヘレンさんを呼び出します。

数秒を要さずに室内に入った茶髪の少女は、私の姿を認めると軽く微笑みを浮かべつつ。

 

 

「・・・御用でしょうか、宰相閣下?」

「法務尚書と社会秩序尚書、それと警察庁長官と大審院(最高裁判所)の代表判事を呼んでください。それもできる限り丁重に丁寧に、そして最大限の誠意と信義をもって・・・ね」

 

 

・・・さて、私とウォルター老の古い協商が未だに生きているのであれば。

アリア様の輝かしい人生に、さらに輝点を刻むことになるでしょう。

私はその輝きの下に蹲って・・・アリア様の足元に這いずり回る蛆共を潰して回るのが使命なのですから。

いや、実に生き甲斐のある人生ですねぇ・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

民需用精霊炉を搭載した新型民間輸送鯨の進水式ならぬ進「空」式に参加した後、私とフェイトは王室専用の馬車に乗り込み、市街地を迂回しつつ宰相府へと帰還の途につきました。

市街地を迂回しつつ宰相府に向かうその馬車の御者は・・・。

 

 

「ご苦労様です、茶々丸さん」

「はい、遅れて申し訳ありません」

 

 

茶々丸さんでした。

そして手綱を握る茶々丸さんの隣には、田中さんがチャチャゼロさんを頭に乗せて座っております。

・・・あれ、今、この馬車に何キロ乗ってるんだろ・・・。

馬車を引く4頭の馬が一瞬、本気で心配になりました。

 

 

「では、ご報告させて頂きます」

 

 

周囲を親衛隊の『スピーダーバイク』隊に守られる中、茶々丸さんは私がお願いしていた件についての報告を始めました。

先日行った、商店街の件について。

 

 

「結論から言えば、事態は最悪の方向へ向かった模様です」

 

 

茶々丸さんの話によれば、レティさんのお父さんは私が先ほど訪問した警察署に収監されているとのこと。

3日前にレティさんと共に逮捕されたのですが、レティさん自身は1日で釈放されたそうです。

その際に父親の署名の入った「立ち退き承諾書」を提示され、家でもあったカフェを失いました。

そして今日になって、商店街その物が閉鎖され・・・知人の店に厄介にならざるを得なくなったとか。

ちなみに、逮捕理由は「公務執行妨害」だそうです。

いったい、何の公務の執行を妨害したと言うのやら・・・。

 

 

さらに茶々丸さん自身が親衛隊防諜班の協力の基に調査した所、中央警察署のさるルートから、面白くも無い話を発見したとのことです。

 

 

「・・・それは?」

「どうやらクラークさんの借金と2年前の事故には、作為的な事情が絡んでいたようです」

 

 

そもそも、クラークさんが身体を悪くする原因となった2年前の交通事故は、パーマスト商会の人間が引き起こした物なのだそうです。

事故の当事者の名前はダブリンと言う名前で、しかも証拠不十分で不起訴になった。

さらに民間銀行が持っていたはずのクラークさんの債権が移動したのも、パーマスト商会が多大な資金をその銀行の理事の一人に渡したからだとか・・・。

 

 

茶々丸さんが持ってきた当時の調書や債券取引の書類に目を通すと、何となく、当時の思惑やら事の流れやらが見えてきます。

そして何度警察に被害を届け出ても黙殺されたと言う事実。

ただ一つ無い物があるとすれば、決定的な証拠だけと言うこれまたお約束な状態・・・。

 

 

「失礼」

 

 

その時、馬車の傍に誰かが通り過ぎ、私の膝の上に手紙のような物を置いて行きました。

一瞬の事で姿は見えませんでしたが、「女王陛下(あねうえ)へ」と書かれた手紙の裏面には、「5」と書かれております。

内容は・・・。

 

 

『パーマスト商会代表マグリード・パーマスト氏が、警察庁長官首席補佐官兼中央警察署長代行ヴェン・ヴェンツェル氏の私邸を秘密裏に訪問する模様』

 

 

・・・何でしょうね。

何か、都合の良いように動かされている感が無くもありませんが。

 

 

「どうするの?」

「言わねばなりませんか?」

「・・・いや」

 

 

私の返答に、フェイトが茶々丸さんに馬車の行き先を告げます。

その行き先に対して、私は別に何も言いませんでした。

何も言わずに・・・流れ正しさを認めざるを得ない状況に、溜息を吐きました。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

その日の夜は例年よりも気温の低い夜だったが、しかし雪が降る程でも無かった。

雲がわずかに魔法世界の2つの月を覆い隠しながらも、雲の間から覗く星空は美しい。

そんな夜に、奇妙な熱を持った場所が一つ。

 

 

「ニャわははは、ああ、良い気分だニャ~」

 

 

でっぷりと太った猫が、ゴロゴロと喉を鳴らしながら上機嫌に笑っている。

毛むくじゃらで太い両腕に美女(らしき猫族の女性)を一度に4人抱き、彼女らの差し出す肉や酒を頬張っては、時折果物の端を咥えさせ口移しで自分に食べさせたり、あるいはそれ以上に危険な部位に触れたり・・・。

まさに、酒池肉林。

そんな光景が、新オスティア・リゾートエリア郊外の豪奢な屋敷の庭で繰り広げられている。

 

 

そしてこの屋敷で行われている宴は、中心に座る猫族・・・ヴェンツェルでは無く、その傍で両手を揉みしだいている男の金で行われている物であった。

このヴェンツェルを人族にしたかのような容姿の男・・・パーマストは、ヴェンツェルに対してまさしく「猫撫で声」で語りかける。

 

 

「ヴェンツェル補佐官・・・いえいえ、ヴェンツェル次期社会秩序尚書閣下、ご気分の程はいかがなものでしょうか」

「うむうむ、悪く無いニャよ~」

 

 

あからさまに自分の位階を格上げして呼ばれたにも関わらず、ヴェンツェルは上機嫌その物だった。

事実、彼はその称号で呼ばれる日も近いと考えていた。

中央警察署はもちろん、社会秩序省や司法関係者にも多くの知己―――金銭で繋がった―――がおり、同時に彼らの犯罪についての証拠をいくつも掌中にしている彼としては、それほど大それた予想では無いように思われた。

今の警察庁長官にした所で、今にも死にそうな老いぼれではないか、との思いもある。

 

 

彼は自己の権限を恣意的に解釈し、かつ積極的にそれを活用する点において才能を有していた。

そしてパーマストとの関係は、自己の才能を支える資金源の一つであった。

パーマストにしてみれば、ヴェンツェルに与している限り犯罪スレスレ―――時として犯罪その物―――の行為を行おうとも、それを揉み消せるのである。

 

 

「この度は、例の商店街の土地の権利を得るのに協力して頂いて・・・」

「うん、うん、何、善良な商人に救いの手を差し伸べるのも、王国に忠実なる公僕の務めだろうニャ」

「流石はヴェンツェル次期社会秩序尚書閣下! その御見識に私、感服するばかりでございます」

「ニャわはは、世辞を言うニャ」

「いえいえ、私は本当のことを申したまででございます」

 

 

揉み手しつつ告げるパーマストに、ヴェンツェルは上機嫌のまま答えた。

それから、少しだけ何かを思い出すような仕草をして。

 

 

「何と言ったかニャ、最後まで抵抗した店の店主だった女・・・」

「ルイーザにございます、閣下」

「そうそう、ルイーザも哀れな奴ニャ、私の6人目の人族の愛人になっておれば良かった物を、断ったのだからニャ」

「左様、おまけに閣下肝いりの再開発計画に抵抗するなど、見た目ほどには頭は良く無かったようで・・・」

「うむ、ほんの少し警察署に・・・私に資金を寄付すればそれで済んだのにニャ。それに人族だけあってヤワだったニャ、ちょっと単車をぶつけただけで挽き肉になってしまったニャ」

「美人薄命と言う物ですな」

 

 

その実行と言うリスクを冒させられたパーマストとしては言いたいこともあったが、事実として土地も手に入ったので、特に文句は言わなかった。

ただひたすらに揉み手しつつ、ヴェンツェルを褒め千切る。

その言葉の一つでも心からの言葉かどうか怪しい物だが、この際それは問題では無かった。

 

 

「閣下、どうかこれからも我がパーマスト商会をどうぞご贔屓に」

「ニャニャニャ・・・パーマスト、お主もワルよニャア」

「いえいえ、ヴェンツェル閣下ほどではございません」

「ニャニャニャ・・・」

「むふふふふふ・・・」

「「にゅーっふっふっふっふっふっふっ!」」

 

 

天下泰平、事もなし。

もはや彼らの繁栄を止められる存在など、いないように思えた。

しかし。

 

 

「貴方達の悪事も、今宵限りです」

 

 

待ったをかける者が、そこにいた。

2人の小悪党の周囲に舞うは、淡い色の苺の花弁―――――。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

Side フェイト

 

「何奴ニャ!」

「無礼者め、ここは次期社会秩序尚書閣下の屋敷だぞ!!」

 

 

ヴェンツェルとパーマストが口々に(勝手なことも含めて)叫ぶと、先日カフェに行った格好をした僕達の姿を求めて、2人は上を向いた。

つまり、中庭を見下ろす屋根の上に腰かけた僕達を。

 

 

「その宴、この世の名残の宴と知るが良いでしょう」

 

 

侮蔑の色を隠そうともせず、不快さすら滲ませて、アリアはそう言った。

理由は2つ。

罪無き民の生き血を啜って笑う者への侮蔑と、醜悪な宴への生理的嫌悪。

 

 

民に寄生して生きる大商人と高級官僚の癒着。

どこにでもある話だし、アリアが即位してからも何件かあった。

まぁ、勝手に尚書を気取る輩は初めてだけどね。

いずれにせよ、醜悪だ。

 

 

「貴方達の悪事―――すでに調べはついています」

「・・・貴様は!?」

「何ニャ、コレは!?」

 

 

アリアの言葉に、傍に立っていた茶々丸が手に持っていた書類を投げ、田中が両腕から扇風機のように風を放ってバラまいた。

眼下の中庭にヒラヒラとバラまかれたそれは、過去に彼らが行った不法な取引や消えた公金の行方、あるいは2年前の不審な事故の調書などだ。

 

 

「ぶ、無礼な小娘ニャ! 者ども、出てくるニャ!!」

 

 

ヴェンツェルが毛むくじゃらな顔を怒気で膨らませながら叫ぶと、屋敷の中からゾロゾロと警備兵らしき連中が中庭に入ってきた。

その間にヴェンツェルにしなだれかかっていた亜人の女性達は、中庭から離れる。

 

 

「あっ、パーマストの旦那! この間、邪魔をしてきやがったのはコイツらですぜ!」

「何ぃ!?」

 

 

その中にいた毒々しい色のスーツを着た男が、僕達を指差して叫んだ。

・・・誰だったかな。

 

 

「ヴェン・ヴェンツェル、マグリード・パーマスト。貴方達のような人間でも王国の民・・・今からでも悔い改めれば」

「黙れ黙れ! 小娘が賢しげな口をきくで無いわ、こんな紙切れが何の役に立つか!!」

「控えおろう! こちらに居わす御方をどなたと心得る!!」

 

 

僕の頭の上から、晴明が高らかに宣言した。

ヴェンツェル達はむしろ、人形が喋ったことの方に驚いている様子だったけど。

 

 

「一度、言ってみたかったのじゃ」

 

 

そうかい。

 

 

「な、何ぃ・・・何度も偉そうに」

「い、いや、待つニャ・・・あの顔は、はて・・・」

「・・・わかりませんか、ヴェンツェル補佐官。私の顔が・・・」

 

 

パンッ、と京扇子を広げて口元を隠しながら、アリアは言った。

帽子を脱いで、長い艶やかな髪を月明かりに晒す。

 

 

「今日の昼に、会ったばかりだと言うのに・・・もう忘れたのですか? 貴方の記憶力はまさに猫並ということですか・・・」

「ぬ、ぬ・・・ニャッ!?」

 

 

サァ・・・とアリアの白い髪と瞳の色を記憶と整合させたのか、ヴェンツェルの顔に怒気とは別の感情が表れる。

 

 

「じ、女王陛下!? するとそちらの御方は・・・夫君殿下ですかニャ!?」

「女王陛下に、夫君殿下ですと!?」

「控えおろう! 頭が高い!」

「「「は、ははぁ―――――っ!!」」」

 

 

晴明はやたらに楽しそうだった。

そして眼下の人間が全員、その場で跪く。

それを見たアリアは、扇子で口元を隠したまま・・・。

 

 

「ヴェンツェル補佐官」

「ははっ」

「新オスティアの治安を守る要職にありながら商人と結託して私腹を肥やし、あまつさえ、奉仕すべき民の窮状を無視するなど、言語道断」

「それ、それは違いますニャ! 私は日々女王陛下への忠勤に励み」

「そのような言葉、聞きたくもありません!」

 

 

パンッ、と京扇子を閉じ、それでヴェンツェルを指し示すアリア。

 

 

「貴方達の悪事は明々白々! わずかでも良心が残っているのなら、潔く法の裁きに服しなさい!」

「ニャ、にゅうう~~~・・・銀髪の小娘めっ!」

 

 

アリアの政敵が用いるアリアの呼称を用いた段階で、ヴェンツェルと警備兵がその場に立ち上がった。

明らかに観念する気は無いようで、ただならぬ視線をアリアに向けている。

しかし不意に、それが下卑た笑みに取って代わる。

 

 

「こ奴は、女王陛下では無いニャ!」

「な・・・」

「女王陛下がこのような場所に来られるはずが無いニャ、つまりこ奴は恐れ多くも陛下の名を騙る不届き者ニャ!」

「そ、そう、閣下の申すとおりだ。者ども、偽陛下を討ち取った者には50万ドラクマ払うぞ!」

 

 

急激に場が殺気立つのと同時に、アリアの眼から感情の一部が消えた。

それは諦観にも似ていて・・・アリアは、再び京扇子で顔を隠した。

・・・まぁ、ざっと50人って所かな。

 

 

「フェイト、田中さん、懲らしめてやってください!」

 

 

了解。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

懲罰と言うよりは、それは一方的な蹂躙でした。

当然と言えば当然ですが、そもそも戦力が違うわけで。

 

 

「発射(ファイア)」

 

 

田中さんの胸部が開き、そこに収められているバルカンから秒間数百発ものトリモチ弾が放たれます。

悲鳴を上げて数十名の警備兵―――あの毒々しいスーツの人も含めて―――がトリモチ弾の直撃を受けて動きを封じられていきます。

・・・ハカセさんの作品ですが、直撃は嫌ですねアレ。

 

 

とにかく、大半は田中さんによって撃破されていきます。

まぁ、特に手間取らずに終わりそうですね。

 

 

「ひ、ひぃ・・・こんなはずでぷっ!?」

「捕縛デス」

 

 

そしてパーマストも、田中さんのロケットパンチで捕まりました。

強靭なワイヤーに絡め取られたパーマストは、泡を吹いて気絶したようです。

・・・そう言えば。

 

 

「役立たずばかりニャ! ここまで来て・・・!」

 

 

ズン・・・ッ、と私の目の前に降り立ったのは、でっぷりと太った猫族の男。

右眼の『複写眼(アルファ・スティグマ)』で視ると、その全身に魔力が漲っているのがわかります。

流石は亜人と言うことでしょうか、魔力で筋肉が膨らみ、一時的に身体が2倍以上になっています。

 

 

銀髪の小娘(おまえ)を倒し、適当な女を偽者に仕立てれば全てが変わるニャ!」

「できる物なら、やってみるが良いでしょう」

 

 

京扇子を構えたまま、私は言葉を返します。

その程度で国を奪えると考えているのなら、大したことはありません。

私しかいなかった5年前とは、違うのですから。

そんな突発的な考えで崩せる程・・・甘くはありません。

 

 

「ただし、失敗した時は・・・」

「ぶめニャッ!?」

「・・・残念なことになります」

 

 

膨れ上がったヴェンツェルの顎先を、掌底が掠めます。

ブルンッ、とたるんだ筋肉が震えて、ヴェンツェルの身体ぐりんっ、と横に回転します。

掌底を放ったのは、もちろんフェイトで。

私としては、ただそれに見惚れているだけで良いのです。

 

 

「・・・慮外者!」

「アーラヨット!」

 

 

私の背後から飛び出したチャチャゼロさんがヴェンツェルの髭を斬り落とし、茶々丸さんのロケットパンチがヴェンツェルを下の庭に叩き落しました。

潰された蛙のような悲鳴を上げて、ヴェンツェルが地面に落ち、気絶しました。

 

 

「突入―――――!」

 

 

その時、屋敷の周辺に伏せておいたシャオリーさん達、近衛騎士団が突入してきました。

茶々丸さんを通じて、先ほどの反逆の証拠が伝わったのでしょう。

・・・この場の事態は、これで収束しました。

 

 

私は、最初に蒔いた苺の花弁を一掴み、茶々丸さんから受け取ると。

眼下に向けて、投げました。

 

 

「成敗!」

 

 

・・・晴明さん、本当に好きなんですね・・・。

 

 

 

 

 

Side レティ

 

・・・茶々丸さんとお茶をした翌朝、裁判所から呼び出された。

お父さんの裁判が始まるからって・・・でも、最初はおかしいと思った。

だって、裁判って普通はもっと時間をおいて始まる物のはずだし・・・。

 

 

だけど、私には選択肢は無い。

わざわざ迎えに来た裁判所の公用車(思えばこれも、変だったけど)に乗って、新オスティアの裁判所に。

・・・どうしてか、民事裁判所じゃ無くて刑事裁判所だったけど。

どうしてそんな大事になっているのかさっぱりで、正直、混乱した。

けど・・・。

 

 

「お父さん!」

「レティ!」

 

 

裁判の前に、お父さんに会えた。

お父さんはちょっと痩せてたけど、大丈夫そうだった。

 

 

「お父さん、大丈夫だった? 酷いことされてない?」

「お前こそ、大丈夫か?」

「私のことより、お父さんの方が」

「いや、お前の方が」

「あー・・・申し訳ないが、そろそろよろしいだろうか?」

 

 

私とお父さんがそうやってお互いの無事を確認していると、傍に立っていた騎士らしい格好をした女の人が声をかけて来た。

お父さんと抱き合ってたんだけど、急に恥ずかしくなって離れた。

 

 

「す、すみません、お見苦しい所を・・・」

「いや、構わない」

 

 

その女性の騎士は、金髪の綺麗な人で・・・見ただけで、身分の高そうな人だとわかる鎧をつけている。

軍の人かな・・・。

 

 

「申し遅れたが、私はシャオリー。王室守護を任とする近衛騎士団の団長を務めている」

「は、はぁ・・・」

 

 

王室守護、近衛騎士団。

その単語に、私はますます混乱した。

どうして、そんな人と話してるんだろう、私。

 

 

「さっそくですが、こちらへ」

「はい・・・」

 

 

シャオリー様の言葉に、お父さんの表情が曇る。

私もきっと、同じくらいの気持ちで、お父さんを見てる。

お父さんが、裁判に。

それも、きっと勝ち目の無い裁判に・・・。

だけどそんな気持ちも、シャオリー様の次の言葉で吹き飛んでしまう。

 

 

「傍聴席は最前列をご用意させていただいております」

「へ・・・?」

 

 

そのまま、被告席じゃなくて本当に傍聴席に連れていかれて。

困惑したままお父さんと席についてソワソワしていると、裁判長らしき人が入って来て、私とお父さんも他の傍聴人と一緒に起立。

この時点で、もう一杯一杯なのに・・・。

 

 

「えー・・・ではこれより、元社会秩序省警察庁長官補佐兼新オスティア中央警察署長代理ヴェン・ヴェンツェル及びパーマスト商会代表マグリード・パーマスト及びその一党の裁判を始めます。罪状は収賄、公金横領、談合、殺人及び殺人幇助、ならびに不敬罪及び大逆罪・・・」

 

 

マグリード・パーマスト・・・パーマスト!

裁判長席で裁判の開始前の書類を読み上げている男の人―――黒い裁判官のローブを着た、オールバックに眼鏡の男の人―――が、ちら、と私達を見た。

・・・あれ、この人、新聞とかで見たことが・・・裁判官、だったっけ?

ううん、あの人、もっと上の・・・。

 

 

「それでは被告人の入廷の前に本日、特にこの裁判を傍聴したいと仰せの御方に、入廷して頂きましょう」

 

 

その時、バン・・・ッ、と音を立てて、私達の大扉が勢いよく開いた。

そして、扉の脇に立っていたシャオリー様が、声を張り上げた。

 

 

「始祖アマテルの恩寵による、ウェスペルタティア王国ならびにその他の諸王国及び諸領土の女王、国家連合イヴィオンの共同元首、法と秩序の守護者―――アリア・アナスタシア・エンテオフュシア陛下、御入来!!」

 

 

扉の向こうから入って来た、その人の顔は。

・・・苺が大好きな、あのお客さんと同じ顔をしていた。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「・・・いやぁ、今回限りにしてほしい物ですね」

 

 

裁判を終えて2階の控え室に戻り、裁判官のローブを脱ぎ捨てながらそう言います。

宰相たる私が法務尚書や最高裁判官を差し置いて裁判に口出しをするのは、結構な越権行為なのですから。

行政府の長が司法に関与できるのは、まだ憲法が公布されていないからです。

憲法が施行されるのは、来年の第1回貴族院議会の開会時からですから・・・。

まぁ、証拠やら何やらを効果的に集められるのが、今回は私だったと言うことで。

 

 

「・・・迷惑をかけたのなら、謝ります」

「いえいえ、アリア様が謝罪なさることなど何もございません」

「そうでしょうね」

 

 

カチャ・・・とボーンチャイナのティーカップを置いて、ソファに座しておられるアリア様が横目で私を見つめます。

・・・スキャパレリのマイタケの名陶工トーマス・フライ氏制作の一点物のティーカップ。

普通のティーカップより、口の広いのが特徴。紅茶が空気と触れる表面が大きいので香りがよく引き立ちます。

 

 

「てっきり私は、クルトおじ様が最後まで関与したいかと思ったのですが」

「ははは、まるで私が最初から事態に関与していたかのような仰り様ですねぇ」

「そう聞こえますか?」

「いいえ、全く」

 

 

ブラインドの一部を指で広げると、裁判所の前で抱き合う父娘の姿が見えます。

・・・彼女らの資産と店は、多額の賠償金と共に再建されることでしょう。

 

 

「・・・クルトおじ様、私はクルトおじ様に擁立されて女王と言う地位に立っていられると感謝しております」

「有り難きお言葉でございます」

「ですが、だからと言って無条件に貴方を支持するつもりもありません」

「・・・心得ております、もちろん。しかしアリア様・・・」

 

 

現在、実務的に王国を動かしている官僚・政治家には2種類おります。

第一に、5年前のアリア様の即位から官僚・政治家になった新進気鋭の若手官僚達。

頂点は私やエヴァンジェリン工部尚書、テオドシウス外務尚書、底辺はヘレンさんやドロシーさんのような者達で、比較的に、あるいは明確にアリア様のために働いている人材群です。

いわば、新興派ですね。

第二に、アリア様の治世以前からウェスペルタティアに仕えているベテラン達。

クロージク財政尚書やアラゴカストロ国防尚書、リュケスティス元帥などで、場合によってはアリア様の必ずしも忠実ではありません。

いわば、旧守派・・・まぁ、こう言う連中はまだマシです。

 

 

最悪なのは、連合統治時代にも要職にあった者達です。

連合に媚を売ることで―――私は媚は売りませんでしたよ、靴は舐めましたが―――信託統治以前と同じ、あるいはそれ以上の地位を金や他人の財産で手に入れた者も少なくありません。

アリア様の即位直後は、そんな人材でも使わざるを得なかったわけですが。

・・・この5年で統治も行き届き、人材も揃い始めて、炙り出され始めたわけです。

 

 

「今回の一件は、氷山の一角に過ぎません。事実、両被告の私邸から押収した帳簿やリストから、横領や脱税、収賄に関与した他の官僚や政治家、企業人の名前が上がっております。これはウォルター老の報告ですが」

「ウォルター老は、一晩で今回の裁判の証拠を集めてもくださりましたが・・・」

 

 

何とも微妙な表情をなさるアリア様、無理もありません。

ウォルター老は、アリア様の前でこそヨボヨボした爺ぃですが。

あの老人は、ある意味で私よりもエグいですよ?

 

 

元秘密警察のトップでしたから。

何しろ、先々代のオスティア王の下で創設された―――「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」の傀儡になった時期のことで―――王国秘密警察の長だった方です。

アリカ様のクーデターと同時に、解体されましたが。

いったい、汚い話の証拠をいくつ握っているやら・・・いやぁ、怖いですね。

 

 

「・・・細部は任せます。良きように」

仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)」

 

 

跪いて、アリア様に見下されながら・・・その手の甲に口付ける栄誉を賜ります。

いやぁ・・・ゾクゾクしますね。

 

 

両被告と能動的に加担した者は死罪。

受動的に従った者は、禁固10年から終身刑。

財産は全て没収し、被害者の救済金にあてます。

これで、一応は一件落着・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・アリア、アリア、時間だよ・・・」

「んぅ・・・ふぁい・・・?」

 

 

・・・ヴェンツェル事件と呼称されるようになった一連の事件から、一週間。

その日の朝も、私はフェイトに起こされることから一日をスタートします。

ちなみに、今朝はちゃんとネグリジェを着ています。

昨夜は身体的な事情があったので、抱き合って眠ることしかできませんでしたから。

 

 

フェイトに身体を囁かれて、揺さぶられて起こされて、両頬にキスをされて抱き締められて・・・。

・・・そこまでされて、ようやく私は目が覚めるんです。

何か途中、モゴモゴと喋っていたような気がしますが、覚えて無いです。

 

 

「・・・おはようございます、フェイト」

「おはよう、アリア」

 

 

そして、おはようのキス。

短いキスの後に、少しだけ長いキスをします。

唇と薄い布越しに感じるフェイトの温もりに、一段と眠く・・・。

 

 

「アリア、起きて」

「・・・・・・ぉ、起きてます」

 

 

寝室以外では、こう言う風にくっつけませんので。

最近は、エヴァさんが夜中に邪魔してくることもありますし・・・。

 

 

「おはようございます、茶々丸さん、皆さん」

「はい、おはようございます」

「「「おはようございます、女王陛下」」」

 

 

その後、ベッド脇の銀の鈴を鳴らして、茶々丸さん達を呼びます。

フェイトは別室で着替えますので、暦さん達と共に部屋の外へ。

朝食までの間に、私も準備します。

ユリアさんに洗面を手伝ってもらい、知紅さんにネグリジェと下着を脱がせてもらい、茶々丸さんに今日の下着とドレスを着付けてもらいます。

・・・何か、この一連の流れに慣れてきました。

 

 

フェイトと共に朝食を終えた後、オスティアで発行されている新聞を読みます。

国営の物を含めて、主要な物は5紙あります。

その他、地方新聞や主要政党の機関紙、スポーツ紙・・・。

 

 

「・・・あ、トサカさんが負けてます」

「一面に載ってるね・・・」

 

 

旧世界における野球やサッカーくらいのレベルで、こっちでは拳闘が新聞に載ります。

トサカさん達のチームは、王室がパトロンになっているのですが。

まぁ、たまには負けることもあるでしょう。

近いうちに観戦に行くのも良いかもしれませんね。

 

 

後は、ウェスペルタティアの経済情勢や他国の記事などを読みます。

・・・パルティアとアキダリアの国境紛争が、いよいよ怪しくなってきましたか。

後、内政問題に関しての有識者のコラム・・・。

 

 

「・・・アリア」

「はい?」

 

 

その時、フェイトがある記事を見せてきました。

フェイトにしては珍しい行動で、私はどんな記事なのか興味がわきました。

ええと、どれどれ・・・?

 

 

「えー・・・レティ・ミッドフィルさん、市民による汚職取り締まり機関設置を求める市民団体の理事に就任・・・へ?」

 

 

・・・活動、早くないですか?

どうやらまた一人、活動的な市民が誕生してしまったようです。

 




ボーンチャイナ関連:伸様提供。


ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第6回広報

アーシェ:
はい、もはや顔馴染みなアーシェです!
いやぁ、最近は民間からも写真が届きますね。
親衛隊の規制を抜いてくるのもあるんで、びっくりです!
そして今回のお客様は、信じられないけど英雄なナギ・スプリングフィールドさんでーすっ!!

ナギ:
よっす、俺がナギだ!

アーシェ:
テンプレな挨拶どーも!
ナギ様、今回の話はどうでしたか?

ナギ:
そうだな・・・・・・苺しかわからなかったぜ。

アーシェ:
女王陛下の代名詞ですからね!
女王陛下とは最近、どうです?

ナギ:
いろいろやって嫁さんに殴られたりしてるが、概ね問題ねぇ・・・はずだ、よな、うん。

アーシェ:
・・・何やったんです?

ナギ:
アリアの着替えに出くわしたんだよ、そしたらアリカだけじゃなくフェイトとエヴァまでキレやがってさぁ・・・空気読んで逃げたけどよ。

アーシェ:
もっと早く読みましょうよ・・・。

ナギ:
しばらく家で口を聞いてもらえなかったぜ。

アーシェ:
はは・・・では、本日のベストショットはこぉちらぁ!

「桜ふ・・・苺の花吹雪舞う中登場する、女王陛下一行」!

うーん、まさに暴れん坊!

ナギ:
俺も行きたかったぜ!

アーシェ:
それでは、また次回~。

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