泣き声。
泣き声が、その部屋には響き渡っていた。
誰かに何かを伝えようとするような。
誰かに・・・自分の存在を伝えようとするかのような、そんな声が。
「・・・どうしたの?」
その声に引かれて、一番に駆け寄った存在がいた。
色素が抜け落ちたかのような、白い髪。
ルビーを思わせる、赤い瞳。
年齢に似合わぬ落ち着きように、片手には難しい文字や模様が書かれた分厚い本を持っている。
・・・もっとも泣き声が聞こえた途端に、本は放り捨てられていたが。
白い髪の、男の子。
年は・・・3歳くらいだろうか。
表情を変えることなく、泣き声を響かせている存在に視線を向けている。
「ふええええええええっ」
それは・・・赤ん坊だった。
生まれて間もない赤ん坊が、仕立ての良い淡い色のベビーウェアを着せられて、揺り籠の中にいる。
泣き声と共に、揺り籠が揺れる。
綺麗に編み込まれて造られている白い揺り籠の中には、柔らかそうな金色の髪を持つ赤ん坊がいた。
澄んだ青い瞳に涙を一杯に溜めて、何が不満なのか、泣いている。
白い髪の男の子は無表情なままに小さな指先を伸ばして、赤ん坊の真っ白な頬に触れて涙を掬う。
「ふえええっ、ふえぇ・・・うぅ?」
途端に、赤ん坊が泣き止んだ。
泣き止んで、大きな瞳で・・・自分に触れている存在を見つめる。
目が見えているのかいないのか、そもそも認識できているのかは、わからないが・・・。
「・・・どうしたの?」
「あー、うぅ、あぁうっ」
「・・・あーうーじゃ、わからないよ」
「うぅーあっ、あー」
白髪の男の子は困ったように首を傾げると、ポケットから何かを取り出した。
それは・・・宝石を模したガラス玉のついた、小さな指輪だった。
彼はそれを右手の人差し指に着けると、ガラス玉を撫でて・・・軽く振るった。
シャランッ☆
すると、淡い色の小さな花火のような物が、そこから飛び出した。
それに・・・。
「きゃっ、きゃっ」
と、赤ん坊が笑う。
シャランッ、シャランッ、と繰り返すと、また笑う。
楽しそうに笑う。
赤ん坊が・・・妹が笑う。
「・・・」
そのことに対して、白い髪の男の子は、表面上は無表情なままだった。
ただ、頬が少し赤らんでいて、小さな興奮を覚えているようだった。
妹を喜ばせていることが、嬉しいらしい。
小さな手を一生懸命に伸ばして、指輪から飛び出す光を掴もうとする妹の姿を、まじまじと見つめている。
「ファリア」
その時、慈愛に満ちた声が室内に響いた。
白い髪の男の子・・・ファリアはその声を聞いた途端、指輪を放り捨てて、転がるような足取りでその声の主の下へと駆けて行った。
・・・妹が不満そうな声を上げるが、兄を引き止めることはできなかったらしい。
「かぁさま」
自分を呼んだ声に負けないくらいの温もりを込めて、ファリアは相手を呼んだ。
母と呼ばれた白髪の若い女性はしゃがみ込んで、小さな息子を抱き止めた。
青と赤の瞳を嬉しそうに細めて、自分の胸に飛び込んできたファリアを抱き締める。
「シンシアの面倒を見てくれていたんですか? ファリアは良い子ですね」
「・・・」
母に褒められて、ファリアはますます母にしがみ付いた。
むぎゅー・・・っと赤くなった顔を隠すように、母の胸に顔を埋める。
一方で、ファリアの妹・・・シンシアも、放置されているわけでは無かった。
「うぁーぁ、うぅ? あぁ、だぁっ」
「・・・うん、良いよ」
「うーぶぶっ、きゃっ、きゃっ」
赤ん坊の言語を理解しているかのような応答をして、ファリアとシンシアの父親が、慎重な動作でシンシアを揺り籠から抱き上げていた。
娘の小さな身体を、慣れた手付きで、しかし大事そうに抱っこする。
「きゃっきゃっ、きゃっ」
シンシアが嬉しそうに笑いながら手を伸ばし、父親の白い前髪を掴んで引っ張っている。
父親は感情の見えない無機質な瞳でそれを見下ろしつつも、口元にかすかな笑みを浮かべているように見える。
母親はファリアを抱いたまま、それをとても優しい表情で見つめていた。
「・・・さぁ、ファリアもシンシアも、お昼ご飯のお時間ですよ」
「うん・・・そうだね」
ファリアを抱っこして立ち上がった母の姿を視界に収めて、父もそれに続く。
息子は未だに母親にしがみ付いていて、娘は父親の髪を引っ張って喜んでいる。
父と母・・・若い夫婦は互いに視線を交わすと、小さく笑い合った。
「行こうか・・・アリア」
「はい、フェイト」
そう言って、2人は・・・否、4人は、部屋から出て行った。
後には・・・主のいなくなった揺り籠と、床に放り捨てられた指輪だけが残る。
そして・・・。
ぱたんっ、と、扉が閉ざされて静寂が訪れた後には。
・・・扉の向こうで、また別の喧騒(ものがたり)が始まる。
竜華零:
お別れの直後に投稿と言う暴挙に出てみました。
まず最初に申し上げます、ふざけてごめんなさい・・・。
でも、コレは書いておきたくて。
時間軸的には結婚式から5年くらい・・・ですかね。
男の子の名前は悩みましたね~、女の子の方は前々から予想されていた方もおられそうですけど。
第4部がまだ続きますので、今後ともよろしくお願いいたします。
それでは、アフターストーリーにてお会いしましょう。