魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第3部最終話②「Royal wedding・午後」

Side フェイト

 

午餐会への招待客は、各国首脳や魔法世界・旧世界の著名な人物が合計600名。

帝国やアリアドネーの首脳はもちろん、各界の有名人が参加している。

例えば、エリジウム大陸で新グラニクスの建設を担当する建築家リシオ・コスタ氏とかね。

ちなみに何故、午餐会と晩餐会を分けて行うかと言うと・・・王国側の要人などは交代で結婚式と政務を担当しなければならないからだ。

 

 

午餐会は午後1時30分から、少し遅めの昼食だね。

本来は着席レセプションでやるはずだったのだけど、晩餐会もあるから、今回は宰相府の中庭で立食ビュッフェスタイルで行われることになっている。

閉鎖的なイメージを持たれたくない、と言うアリアの意向らしい。

晩餐会は披露宴も兼ねるからね、午餐会ではあっさりしたイメージを与えたいのかもしれない。

 

 

「・・・まだかな」

「フェイト様、ご自重ください」

「・・・まだ、着替え初めて10分も経って無い」

 

 

僕の声に、使用人姿の調君と環君が呆れたような声音で答える。

この2人だけでなく、暦君達には参列用のドレスが何種類か用意されていたのだけど、固辞された。

自分達は裏方で十分で、ドレスなど分不相応だと・・・。

 

 

「・・・古来から、王族のお手つきはメイドから・・・」

「・・・何か言ったかい、環君?」

「いいえ、環は何も申しておりません」

 

 

僕の疑問に、何故か笑顔で調君が答えた。

環君が何かボソボソと言ったような気がしたけど、気のせいだったらしい。

 

 

ちなみに僕が今、何をしているのかと言うと、午餐会の会場に行く前にアリアを迎えに来たのさ。

アリアは別室で着替えている・・・いわゆる、お色直しと言う奴だね。

旧世界では日本だけの独特な習慣と聞いていたけど、ゲートで日本と繋がっていたウェスペルタティアは、どうも影響を受けているらしいね。

個人的には、ウェディングドレス姿のアリアをいつまでも見ていたかったけど・・・。

・・・頼んだら、また着てくれるかな?

 

 

「お待たせ致しました」

 

 

不意に、部屋の扉が開いた。

どうやら、アリアの着替えが終わったらしい。

まず王室女官の茶々丸とユリア・・・と、親衛隊副長も兼ねる霧島知紅が扉を開いた。

その向こうから、アリアがやってきて・・・。

 

 

「お待たせしました、旦那さま・・・何て」

 

 

悪戯っぽく笑うアリアは、とても上機嫌なように見えた。

その身体には先程までの純白のドレスでは無く、爽やかで淡い色合いの青のアフタヌーンドレス。

胸元から裾まで切り返しの無い、真っ直ぐ広がるAラインドレスは、アリアのほっそりとした腰回りをさらにすっきりと見せて、思わず抱き寄せたくなってしまいそうだった。

腰の部分にはリボンも兼ねる花のコサージュ、結い上げた白髪を彩る空色の髪飾り。

 

 

「・・・行こうか」

「はい、お客様をお待たせしてはいけませんしね」

 

 

ごく自然に、僕はアリアの手を取る。

アリアは拒むことなく、僕の手を握り返してくれる。

どちらから伴く微笑み合って、歩き出す。

 

 

・・・ちなみに午餐会の後、宰相府のバルコニーから外の民衆にアリアと僕の姿を見せることになっているのだけど。

そこで僕がアリアにキスすることになっているのは、アリアは知らない。

・・・楽しみだ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

午餐会に先立つ挨拶で改めて、列席者の皆様にお礼を申し上げました。

その後、600人の招待客にウェスペルタティア産のシャンパンをふるまって、乾杯します。

いわゆるシャンパントーストと言う物で、新婚夫婦の幸福と健康を願う大事な行事なのですが・・・。

 

 

食前酒とは言えお酒はお酒、国家元首としてはある種の致命的弱点ですが、私はお酒が飲めません。

なので、会場の皆様が乾杯する中、飲むフリだけします。

一舐めで酔えますので、唇をつけることもできません。

・・・その後は、立食形式の昼食が始まります。

とは言え、私達は食べれない公算の方が高いですが。

 

 

「本日は私共の結婚式に参加してくださり、誠にありがとうございます」

「こちらこそ、素敵な式に招待して頂き、感謝しておる」

 

 

一番近くにいたテオドラ陛下にお礼を言うと、テオドラ陛下も笑顔で返してくれました。

帝国のテオドラ陛下を始め、各地のVIPがこの午餐会に招待されております。

600名に上るお客様達のそれぞれに挨拶をして、顔を見せて回らなければなりません。

顔見せも、立派なお仕事ですから。

 

 

「んぉ? 酒残ってるじゃねーか、飲まねぇのか?」

「え、あ、コレは・・・」

 

 

ラカンさんに指摘された通り、私のグラスにはシャンパンが手つかずのまま残っています。

本当は飲まないといけないのですけど、飲めないので・・・ボーイに渡しますかね。

先に渡しておけば良かったですね。

 

 

・・・とか思っていると、横からフェイトが私のグラスを手に取り、取り上げました。

はぇ・・・?

 

 

「・・・妻はアルコールは苦手なので、代わりに僕が飲みましょう」

 

 

そう言って、一息に飲み干しました。

あ、若干ですが間接キス・・・とか思いますが、それ以上に。

・・・妻だって、妻・・・えへへ・・・。

どうしましょう、どうしましょう・・・!

 

 

「・・・おーおー・・・」

「ま、まぁ、近く妾とジャックも婚礼の儀を上げる予定ゆえ、その際には是非とも我が帝都にいらしてほしい」

「はい、是非・・・」

 

 

何かに当てられたかのような表情を浮かべるテオドラ陛下とラカンさんを不思議に思いながらも、私は他のお客様の所へフェイトと共に赴き、挨拶回りを続けます。

アリアドネーのセラス総長にご挨拶した時は、懐かしい顔ぶれにも会えましたし。

 

 

「お久しぶりです、アリア先せ・・・じゃなく、女王陛下!」

「この度はおめでとうございます」

「素晴らしい式でした・・・」

 

 

コレットさん、セブンシープさん、モンローさんの3人に会うことができました。

他の方は本国だそうで、残念です。

彼女達だけでなく、バロン先生にも本当に久しぶりにお目にかかりました。

 

 

「素敵なご夫婦に、祝福を!」

「ありがとうございます」

 

 

カカッ、と愛用の杖で地面を叩きつつ一礼する猫の妖精(ケット・シー)に、クスッと笑みを浮かべます。

アリアドネーとは国境も接していない分、友好関係が続くでしょう。

次に挨拶を交わしたのは、麻帆良を含む旧世界連合の方々です。

詠春さんに瀬流彦先生、ドネットさんです。

 

 

「あはは、先を越されちゃったねー」

 

 

挨拶を交わした後、瀬流彦先生が懐かしい笑顔でそう言いました。

詠春さんはフェイトを興味深そうに見ていましたが、私の方を向いた後、何も言わずに足元を指差しました。

何かと思って、見てみると・・・。

 

 

「おめでとーございます!」

「スタンドアローンやえ!」

 

 

詠春さんの両足の影に隠れるように、2体の小さな式神が。

ちびせつなと、ちびこのか。

しかし、驚いて瞬きした次の瞬間には、2体の式神は消えてしまいました。

 

 

「・・・今のは?」

「何のことでしょう?」

 

 

詠春さんは、にこやかな笑みを浮かべたままでした。

・・・そうですか。

胸の中が、懐かしさと温かさで満たされるのを感じます。

でも私、刹那さんと木乃香さんには伝えて無いのですけど・・・。

 

 

その後、「イヴィオン」を含む小国の首脳部と会ったり、魔法世界各地の著名人と会話をしたりを繰り返しました。

そして、午餐会が予定通り終了しかけた時・・・。

 

 

「皆様、お楽しみのところ恐縮ですが、どうぞ中央のスクリーンをご覧ください」

 

 

始まりました。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

さぁ、いよいよですね。

このクルト・ゲーデル、最大の見せ場ですよ。

このために生きてきたと言っても、過言ではありません。

虚偽の上に虚偽を重ねて、真実へと変えるために・・・。

 

 

「皆様のご助力を賜りまして、我々は旧連合の残党を討伐することができました・・・そして女王陛下の命に従って焼け落ちた旧グラニクスを調査した所、大変な事実が判明したのです」

 

 

私はアリア様の結婚式への参加と協力への感謝の念を述べた後、そう言いました。

そして突然、中央のスクリーンにある映像が流れます。

25年前のあの日、あの場所で、<災厄の女王>が処刑された映像・・・。

結婚式の場に持ち出して良い映像ではありませんね。

事実、会場からもそのような声が上がるのですが・・・。

 

 

「なるほど、めでたい席で無粋な映像を流した無礼は謝罪いたします・・・しかし皆様はご存知でしょうか、この映像には虚偽と嘘と不正が含まれていると言うことに!」

 

 

さぁ・・・語りますよ。

アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの真実を・・・!

虚偽の上に、新たな虚偽を加えて。

私は25年前にアリカ様にかけられていた嫌疑を確認した上で、語り始めました。

 

 

第一に、アリカ様は「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」とは「敵対」以外のどのような関係も持ってはおらず、大戦の首謀者ではあり得ないこと。そして大戦の首謀者は利益の独占を図った旧連合の一部の人間であり、旧連合こそが大戦の首謀者であること。

第二に、アリカ様は「父王殺し」では無いこと。クーデターに近い形で王位を奪ったのは父王が敵の傀儡に堕してしまったためであり・・・そして先々代のオスティア王を暗殺したのは、旧連合であること。

第三に、100万のオスティア難民を生んだオスティア崩落は、魔法世界崩壊と言う今や知らぬ者の無い大災害の前兆であり、アリカ様個人に責任を負わすことは道理に合わず、また事実を歪曲して伝えた旧連合の策謀であること。アリカ様は島民の95%以上を身を呈して救った女王であったこと・・・!

 

 

献身的な自己犠牲によって世界を救いながら、旧連合首脳部によって<災厄の女王>のレッテルを張られ、絶望の淵に立たされたアリカ様を救ったのは、<紅き翼(アラルブラ)>。

そう、あの処刑の段階ではアリカ様は死んではいなかったのです!

 

 

「そして、現在ご両親の情報が秘匿されている我が女王陛下・・・アリア・アナスタシア・エンテオフュシア様のご両親こそ、アリカ・アナルキア・エンテオフュシア様であり、<紅き翼(アラルブラ)>のリーダー、ナギ・スプリングフィールド殿なのです!」

 

 

私は、語りました。

時に激しく、時に冷静に、時に切なく、時に激昂して、根拠を示し証拠を提示し反論し反証し音声データを公開し、そして語りました。

 

 

10年前、魔法世界を崩壊から救う手段を得ながら旧連合に囚われたアリカ様。

そしてアリア様がそれを受け継ぎ、魔法世界を救うまでの感動物語を。

正直、ここは創作が入る余地がありましたがね。

劇的に、かつ客観性を加えつつわかりやすく、情緒的に伝えます、映像付きで。

なお、私の声と姿は全魔法世界に生放送中です。

驚愕し、戸惑い、信じられないと口走る人々の顔が目に浮かぶようです。

しかし!

 

 

「今のクルト宰相の話は事実だ・・・自分の国の恥部を晒すようでアレだが、真実だぜ」

「帝国も、同意する」

「アリアドネーの占領地でも、同種の情報が確認できているわ」

 

 

ナイス援護です、まぁ、以前から協力を取りつけておきましたからね。

突然の事態に困惑する午餐会場の皆様に、私はたたみ掛けます。

ここからは、勢いが大事ですよ・・・!

 

 

「そして! 話は戻り・・・1か月前、旧グラニクスで、我が軍は驚愕の事実を発見したのです・・・10年前に旧連合に囚われていたアリカ様とナギ殿が、生存しておられると言うことに!」

 

 

おおぉ・・・と、場がザワめきます。

私はマイクを握る手に力を入れて、片手で眼鏡を押し上げます。

ここは正直、嘘が入りますが・・・この際です、旧連合に全ての罪をかぶっていただきます。

リカードも、どうやらその腹積もりのようですしね。

 

 

「さらに! 今日、この場所、この瞬間・・・来て頂いております! お二方に! 先の結婚式場でお気付きになった方もおられるでしょうか・・・!!」

 

 

ぐぐっ・・・ばっ!

大仰過ぎる身振りで―――こういう場合、大仰な方が良いのです―――会場の入口を指し示します。

潜ませておいた楽隊のドラムロール・・・スポットライト!

息を飲む一堂の前で、私は叫ぶような勢いで言います。

 

 

「――――ご入来!!」

 

 

数秒後、赤い髪の男に伴われて・・・。

・・・アリカ様が、姿を現しました。

赤い髪の男、ナギは平然と笑いながら。

アリカ様は・・・どこか怯えを含んだような表情で。

 

 

ゆっくりと・・・静まり返った午餐会場を歩き。

中央で、アリア様とアーウェルンクスの前に立ちました。

 

 

「・・・あ、その・・・・・・あ」

 

 

アリカ様は、どこか戸惑われていたようでしたが・・・。

・・・アリア様は、何も言わずにアリカ様に抱きつきました。

アリカ様の胸に顔を埋めて、何も言わず。

そしてアリカ様が戸惑いつつも、アリア様の身体に腕をまわした時・・・。

 

 

「感動の! 感動のご再会にございます!! 皆様どうか、盛大な拍手を―――――――――!!」

 

 

後は勢いだけです、もう周囲が引くくらいの勢いで演出しますよ。

何よりも、私も胸が一杯でもう、もう・・・!

 

 

フ、フフ・・・。

私は今、勝利者となりました・・・!

・・・う、うううううぅぅぅ・・・!!

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

クルトが起草し、アリアによって勅命となった宣言文において、私がウェスペルタティア王家に復帰することが正式に認められた。

午餐会には魔法世界の政治勢力のほとんど全てが参加していた故に、国際的にも承認された。

過去25年に渡って剥奪されていた私の諸権利も回復し、私は完全に名誉を回復したことになる。

無論、王位はアリアの物であることもその場で確認し、5年前に私が「譲位」した形になった。

 

 

また、ナギは私の夫としてウェスペルタティア王国の貴族の仲間入りを果たすことになった。

旧オストラを含むオスティア近郊の伯爵領・子爵領を含む地域を合わせて、オストラ公ナギとなる。

これもアリアによって、その場で勅命として宣言された。

 

 

「お母様、行きましょう」

「う、うむ・・・」

 

 

もう堂々と出歩いて良いのだとわかってはいるが、どうも人目が気になる。

アリアから公然と母呼ばわりされることは、嬉しいことではあるが。

これからは堂々と傍にいられると思えば、喜びの方が勝るが・・・。

 

 

じゃが、本当に良いのじゃろうか?

私が至らぬ故に傷ついた民もおろうと言うのに、私だけが幸福になるなど・・・。

アスナのこともある・・・アスナは自ら王族への復帰を固辞した。

自分は死んでいる方が良いのだと言ったアスナの目を、私は忘れることができぬ。

だと言うのに、私だけ・・・。

 

 

「・・・まーた、塞ぎこんでるぜコイツ・・・」

「あ、お父様。王族らしい話し方をマスターするまでは寡黙な紳士でいてくださいましね?」

「・・・反抗期か?」

「違います。クルトおじ様の苛めです」

「あの野郎・・・」

 

 

これから、王族としてアリアと婿殿と共にバルコニーに出て民の前に出る。

クルトは「大丈夫です、任せておいてください」と豪語しておったが、本当に良いのじゃろうか・・・。

アリアの結婚式に、水を刺す結果になるのでは無いか・・・。

罵声を浴びせられたら・・・いや、私は良いのじゃ、だがアリアと婿殿が・・・。

 

 

「・・・」

「・・・な、何じゃ、婿殿?」

 

 

アリアの夫になり、関係上は私の義理の息子になった婿殿が、私のことをじっと見つめておった。

な、何じゃろうか・・・以前は敵だったのじゃから、何か言いたいことがあるのかもしれん。

などと思っていると・・・。

 

 

「娘さんを、頂きました」

 

 

・・・は?

その場にいる全員が固まった中、婿殿が不思議そうに首を傾げた。

 

 

「・・・そう言えば、結婚の許可を貰いに行ったことが無いと思ってね。でも結婚してしまったので、事後承諾と言う形で良いかと・・・」

 

 

・・・誰に台詞を教わったのか、激しく問い詰めたいの。

・・・ナギ、何故に私から目を逸らすのじゃ?

主だって私の親に許可など貰っておらんじゃろうが・・・。

 

 

「フェイトは誠実な方ですから」

 

 

アリアだけは、眩しそうな目で婿殿を見つめておったが。

そう言えば、私も新婚の頃はナギのやることなすこと全てが輝いて見えたの。

今はその眩しさに慣れ、愛しさだけが残るようになったが・・・。

 

 

・・・そうじゃな、アリアが・・・娘が望んでくれるなら。

それだけを理由に、ここにいるのも良いか。

婿殿と幸せそうにしておるアリアを見ながら、私はそう思った・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

良かった・・・。

私の隣でぎこちなくも微笑みながら手を振るお母様を見て、ほっと胸を撫で下ろします。

今の所、お母様やお父様に罵声を浴びせるような方はいないようです。

 

 

お母様の王室復帰は、どうやら問題なく完了したようですね。

・・・クルトおじ様の情報統制も、あるのでしょうけどね。

 

 

「ウェスペルタティア王国万歳!」

「アリカ様万歳!」

「ナギ公爵万歳!」

「ウェスペルタティア王国万歳!」

 

 

でも、お父様とお母様が認められたようで、良かったです。

バルコニーから見渡す限り、民もお母様の帰還をとりあえずは歓迎しているようですし・・・。

 

 

「・・・アリア」

「はい?」

 

 

不意に肩に手を置かれて、私は左隣を向きました。

その瞬間・・・。

 

 

「・・・んふっ・・・」

 

 

フェイトに、唇を塞がれました。

反射的に、目を閉じてしまいます。

・・・気のせいで無ければ、歓声が一瞬、止まったような気がします。

それが現実に起こっていることなのか、それとも私の感覚の問題なのかは判然としませんが・・・。

柔らかな感触を唇に感じていたのは、3秒ほど。

 

 

フェイトが離れた後・・・再び、バルコニーの下に集まった観衆から、大きな歓声が。

・・・こ、こんなに大勢の人の前で、しかもいきなりなんて。

少しだけ非難がましい視線を意識して作ってフェイトを見ますが・・・。

 

 

「・・・思い出した?」

「え・・・あ」

 

 

・・・思い出したら、急に恥ずかしくなりました。

そうでした、今日はお母様の復帰を祝う日じゃ無くて・・・。

 

 

「僕達の日だよ、今日は」

「・・・はい、ごめんなさい・・・」

「良いさ」

 

 

ちゅっ・・・と左頬にキスを落とされて、私はくすぐったくなりました。

そうでした、今日は私達ふ・・・夫婦の、お披露目の日でしたね。

このバルコニーの下にいる人達は、パレードの時も私達を見てくれていた人達。

私達を、祝福してくれていた人達・・・私達を。

 

 

気が付くと、お母様とお父様が室内に戻って行くのが見えました。

軽く手を振られて・・・後には、私とフェイトだけが残ります。

 

 

「フェイト公爵万歳!」

「ウェスペルタティア王国万歳!」

「ウェスペルタティア王国女王夫妻、万歳!」

「アリア女王万歳!」

 

 

民が、私とフェイトを呼んでいます。

 

 

「ほら、呼んでるよ、アリア」

「はい・・・フェイト」

 

 

フェイトと手を取り合って、私は眼下の民衆に大きく手を振ります。

その場にいる全ての民衆が、私達の名を呼び、祝福の言葉を投げかけてくれます。

私は観衆に手を振りながら。

 

 

「皆さん、私は今日はどうもありがとうとお礼を言いたい気持ちで一杯です! ウェスペルタティアの・・・そして魔法世界の全ての人に!」

 

 

歓声の中で、私の声がどれほど通るかはわかりません。

だけど、どうしてもお礼が言いたい気分だったんです。

私がフェイトを見つめる時、とても優しい気持ちになれることに。

 

 

「私とフェイトは、皆さんが私達と喜びを分かち合ってくださることに、この上ない喜びと幸せを感じています! 今日は私達の人生の最も大切な一日となります。生きている限り、今日のことを心に刻んでおきたいと思います・・・!」

 

 

世界の全てに、感謝を!

私は今・・・とっても、幸せです!

 

 

 

 

 

Side トサカ

 

「おい、もっと酒持って来いやオラァッ!!」

「アンタ、ちょっと飲み過ぎじゃなかい!? トサカ!」

「なぁーに言ってんだよママ、祭りはこれからだろぉ!? バルガスの兄貴も、もう一杯行きましょうぜぇ!?」

「おう、今日は飲むぜ野郎共ぁっ!!」

「「「ひゃっは―――――――っっ!!」」」

 

 

おい、チン、ビラ、なぁーにやってんだよ、今日は俺の奢りだぜ!

お前らも飲めよジャンジャンよぉ!

 

 

「「アザ―――ッス!!」」

 

 

新オスティアの酒場「ストガヤツルカ」は、もう、すげー盛り上がりだぜ。

つーか、オスティア・・・いや魔法世界中が大盛り上がりだぜオラァッ!!

 

 

「店長、生6つたのまぁ―――なっ!」

「あいよー!」

 

 

酒場の店主の亜人、ジェイス・ストガヤツルカっつー、元オスティア難民の店長の威勢の良い声が店の奥から聞こえてくる。

この店はオスティア難民だった奴が良く集まる店でな、店長―――60歳くらい、水色の髪で背中に魔族みてーな羽が生えてんだ―――も、元難民には気前良くサービスしてくれんのさ。

今日はマジで、めでたい日だかんなぁ・・・何度でも言うぜぇ!

 

 

何を隠そう、この俺もすげー盛り上がってるぜ!

なんたって今日はめでたい日だかんなぁ!

財布が空になるまで飲み明かすぜ畜生!

 

 

「いや、しかし驚いたなぁ、まさか先代の女王が戻ってくるとは」

「全魔法世界に流されたからな、パルティアの本部からも事実確認をしろと・・・今、モルとリゾが」

「だぁ~、仕事の話は後にしようぜ、クレイグの旦那にザイツェフの旦那ぁ!」

 

 

ガシッ、と俺が肩を抱き合ってんのは、王室お抱え冒険者(トレジャーハンター)のクレイグの旦那とザイツェフの旦那だ。

ちなみに俺ら拳闘団「オスティア・フォルテース」は王室専属の拳闘団になってる、オーナーはアリア様だぜ、すげーだろ!?

毎年一度、世界杯(ワールドカップ)っつー拳闘団の世界大会的な物がオスティアであるんだが、俺らはそこで戦うのよ・・・もう一度言うぜ、すげーだろ!?

 

 

いや、マジで今年はいい年だぜマジで、出だしからアリカ様が帰ってくるなんてよ。

しかもアリア様は結婚・・・パレードを生で見た時は感動したね俺は!

あんな綺麗なモン、この世に2つとねぇっつぅの!」

 

 

「わ、わかったわかったって・・・くそ、クリスとリンはどこ行きやがった・・・」

「ホテルじゃないのか? あの2人も新婚だろう?」

「あん!? クレイグの旦那はまたアイシャの姉御を孕ませたのかよ!? 何人目だオイ!」

「孕ませた言うな! 3人目だよ!」

「オイ野郎ども、さらに飲むぜこの野郎――――――!!」

「「「いぃぇぇあぁ―――――――っっ!!」」」

 

 

ガシャンガシャンと、軍から民間に供出された王国産ビール「白銀獅子(シルバールーヴェ)」が注がれた杯が打ち合わされる音が酒場に響く。

 

 

今日はマジで、めでたい日だぜ。

アリカ様の帰還に乾杯!

アリア様の門出に、さらに乾杯!

ウェスペルタティアに栄光あれ・・・ってなぁっ!!

 

 

 

 

 

Side 暦

 

午後4時、昼食会が終わったからって、私達裏方の仕事が消えてなくなるわけじゃない。

むしろ、この後の披露宴を兼ねた晩餐会と、その後の舞踏会の準備の方が大変。

昼食会が立食形式だったのは、たぶん、裏方の負担軽減の意味もあったんだと思うけど・・・。

 

 

「よーいしょっと・・・お野菜、お届けに来ましたー」

「はい、ご苦労様―――っ、エディさん、ウォリバーさんから荷物受け取って、厨房に運ぶの手伝ってあげてくれますか―――!?」

「よぉし、この俺に任せろおおおおおぉぉぉぉっっ!!」

「はい、まいどー」

 

 

オストラ産の新鮮なお野菜を届けてくれた王室指定業者のシサイ・ウォリバーさんに女王陛下の印象の入った受領書と代金を渡して、それを王国傭兵隊の自称「勇者」エディ・スプレンディッドさんに厨房まで運んで貰う。

それから、親衛隊の運輸担当ショーゾ・スズキ(鈴木 庄蔵)さんに書類を渡す。

胃薬が友達と評判で、元々は民間企業の課長さんだったんだって。

 

 

「お願いします!」

「自分で処理してくれる分、嬢ちゃんは他の連中よりマシだよ」

「どーも!」

 

 

バタバタと厨房に戻ると、そこはそこで戦場だった。

いろいろな理由で表に出れない裏方の戦場が、そこにあった。

 

 

怒声と間違えかねない指示が各所で飛んで、コックの作る料理をメイドが運んで、逆にメイドがコックに追加の注文をする。

酒瓶の数が足りないと誰かが叫び、料理と皿が合ってないと喚き、香辛料と素材の混ざり合う匂い、肉や魚が下ごしらえを終えて並べられて行って・・・。

 

 

「・・・何!? もっと早くだと!? ・・・厨房は俺達の聖域だ! 将軍だろうが政府高官だろうがVIPだろうが、ここでは俺達がルールだ! 上にそう伝えろ!!」

 

 

調理を続けながら、メイドの持つ通信機にそう喚き立ててるのは、アーノルド・ライバックさん。

地獄の料理人(ヘル・コック)なんて物騒な名前で呼ばれてる、竜も倒せるコックさん。

親衛隊でもあるんだけど、厨房のリーダーでもある。

 

 

ふぅ・・・と厨房の熱に、額に浮かんだ汗を拭う。

いろいろな意味で、熱いわ・・・。

 

 

「暦ちゃん、ちょっと良いかな―――!?」

「あ、はぁ――いっ!」

 

 

答えて、私はまた仕事に戻る。

私達が裏で働けば働く程、私達が好きな人達が素敵な時間を過ごせる。

そう信じて、私達は一生懸命に働くんだ。

 

 

フェイト様と、女王陛下のために。

今までも、そしてこれからも、きっと・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

午後5時30分、晩餐会の会場に来賓の客が集まり始める。

晩餐会は披露宴を兼ねるからな、席次なども気を遣う・・・身内だけの物で無いのだからな。

招かれた300人の客を収容するスペースを用意するのも大変だが、それ以上に受付をするアーニャやシオン達の方が大変だろうよ。

 

 

「・・・で、何で私と同じテーブルにいるのがお前らなんだ?」

「身内として喚算されているのだろうさ」

 

 

腕を組み、意識して尊大に聞いてみると、龍宮真名がこともなげに答えて来た。

7人がけの丸テーブルには、私の他にさよ、バカ鬼、龍宮真名、ハカセ、春日美空、ココネの6人が腰かけている。

・・・まぁ、身内と言えば身内・・・なのか? 下座だしな。

新郎新婦が座るメインテーブル前は、各国要人で占められているしな。

 

 

晩餐会の会場は、全体的に白を基調として整えられている。

壁紙、椅子にテーブルクロスなどは白、だがそれだけでは寂しいので、テーブルの中心には淡い色の花が飾られ、テーブルクロスにも白銀の糸で柄が刻まれていたりする。

細かい所でどれだけ力を入れるのか、と言うのもステータスの一種らしいからな。

 

 

「やっべーよ、何たってこんな人外の中に私が・・・」

「何か言ったか、春日美空?」

「何でもないっス!」

 

 

いつものシスター服と同色のイブニングドレスを着た春日美空は、私を見ずに返事をした。

・・・最近、こういう風に対応されると自分が悪の魔法使いなのだと再確認できて嬉しくなるな。

まぁ、今は晩餐会の開始まで、同じテーブルになった奴らと会話でも楽しむとするかな。

 

 

「直接会うのは久しぶりだな、大事無かったか、さよ?」

「はい、おかげさまで」

「スクナがいるから、大丈夫だぞ!」

「お二人のコトは、麻帆良でも有名なんですよ?」

 

 

さよとバカ鬼は相変わらずのようだな、ハカセも元気そうではある。

昨年、麻帆良が襲われたと聞いて心配したが・・・まぁ、バカ鬼が傍にいる限りはさよだけは大丈夫だと思っていたし、旧世界連合がハカセを守らないわけも無い。

ある意味、そこまでの心配は必要無いのかもな。

・・・しかし、さよは今、アレだしな・・・油断はできない。

 

 

「それにしてもエヴァさん、良くアリア先生の結婚を許しましたね?」

「本当ですよね、麻帆良にいた頃のエヴァンジェリンさんを知る身としては、信じられないですよ」

「いや、エヴァンジェリンは猛反対したんだよ、相坂、ハカセ」

「・・・父親の話を聞いてる気がするんスけど?」

「間違ってはいないさ、春日」

「・・・びっくりダナ」

 

 

・・・若いのが随分と好きなことを言っているな。

やはりここはアレか? もう一度私の恐怖を思い出させるべきなのだろうか。

私が改めて腕を組み、本気で考え込み始めた時・・・。

 

 

楽隊が音楽を奏で始め、また別のドレスに着替えたアリアと、若造(フェイト)が晩餐会の会場に入って来た。

要するに、新郎新婦の入場だな・・・言っててヘコんできた・・・。

・・・くそぅ・・・。

 

 

 

 

 

Side スタン

 

「これまで、申しわけなかった」

 

 

ワシがアリアの家族と言う扱いで晩餐会の席についた時、同じテーブルについていたアリカ殿に謝罪された。

家族席と言うことで、ワシと席を同じくしておったのじゃが・・・。

 

 

「い、いや、何の、ワシも大事な時には何もできなんだ故に・・・」

「しかし、幼少のアリアを見守ってくれていたこと。感謝してもしきれぬと思っております。アリアとネギを預かって頂いた時には、本当に・・・」

「ど、どうか頭を上げてくだされ、アリカ殿。本当にワシは何も」

 

 

実際の所、ワシはアリアやネギに対して何もしてはおらんのじゃから。

一番大事な時に石にされてしまって、結果として平穏からは程遠い人生を歩ませてしまった。

謝るべきは、ワシの方であろうに。

 

 

誠に、あのナギにはもったいない嫁さんじゃて・・・。

で、そのナギはと言うと。

 

 

「よ、ネカネも悪かったなぁ、いろいろとよ」

「わ、私は何も・・・」

 

 

謝罪するナギに、ネカネは俯いて何事かを呟いておった。

この晩餐会には、ワシだけでなくネカネや村の人間も数人呼ばれておる。

アーニャの両親やアリアやネギの伯父などじゃな。

 

 

その時、軽快じゃが荘厳な音楽が奏で始められ、照明が薄暗くなった。

逆に明かりが一ヵ所に集中し・・・振り向いてみると。

 

 

「おぉ・・・」

 

 

午前中の結婚式の際にも漏れたような感嘆の声が、ワシの口から漏れた。

政治犯収容施設などに籠っておるあ奴も、意地を張らずに出てくれば良かった物を。

 

 

タキシード姿の婿殿の腕を取って歩く孫娘同然に想っておる娘の姿に、ワシは何度も頷いた。

婿殿の服は、灰色がかったシルバーに輝く細身のジャケットに、シンプルな柄が入ったベスト。

ベストと共布で仕立てたボウタイと細身のパンツ、足元は飴色に輝く靴を履いておる。

うむ、うむ・・・幸福そうに歩くアリアの姿を見れただけでも、生きていた甲斐があったわい。

アリアは、白のイブニングドレスに身を包んでおる。

うむ、花嫁の色じゃしな・・・。

 

 

「おぉ、おぉ・・・立派に育ったの・・・!」

 

 

肩と胸元が上品に開いた、フワフワしたスカートの白いイブニングドレス。

スカートの中頃には金の色彩を持つパールやクリスタル、そしてライトによって白銀に輝く糸によって花の模様が彩られておる。

アリアが一歩進む度に光の粒が振り撒かれ、それがアリアの白い髪や肌と重なると幻想的なまでに美しいのじゃ。

 

 

左腕にはブレスレットが煌めき、首と耳を真珠のアクセサリーが飾っておる。

足元まで覆うスカートから時折覗くのは、気のせいで無ければ透明なガラスの靴のようにも見えた。

どうやらトレーンこそ短い物の、ほぼウェディングドレスの2着目と言っても過言では無いの。

形式として、イブニングドレスとしておるようじゃが・・・。

 

 

「うむ、うむ・・・ワシはもう、思い残すことは無いのぅ」

「な、何を申される、スタン殿」

「いやいやアリカ殿、貴女のような母もおる。ワシのような老人は潔く・・・」

「おいおい、良いのかよ爺さん」

 

 

その時、隣のナギがワシの耳元に口を近付けてきおった。

何じゃ、ワシは今アリアの晴れ姿を冥土の土産にしようと・・・。

 

 

「いいか、よーく考えろよ? アリアは結婚したんだぜ、となると、いつか子供もできるんだぜ?」

「だから何じゃ」

「だーかーらー・・・・・・『おじぃちゃあぁ~ん』・・・だぜ?」

「・・・!!」

 

 

 

   ―――――その時、ワシに『千の雷(キーリプル・アストラペー)』走る―――――

 

 

 

「いや、正確には俺がお祖父ちゃんなんだが・・・まぁ、とにかく、良いのかよ、曾孫的存在を見ないままに死んじまってよ」

「ひ、曾孫じゃと・・・!」

 

 

わ、ワシは・・・。

ワシはまだ、あと10年は戦える・・・!!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

晩餐会の会場にフェイトと入場した後、司会であるクルトおじ様によって、私とフェイトの簡単な紹介が成されます。

まぁ、概ね自己紹介レベルの物なので、大した内容ではありません。

とは言え、広報部王室専門室のアーシェさんお手製の紹介PVは、ちょっと恥ずかしかったですけど。

 

 

テーブルクロスに隠す形でフェイトと手を握り合ったまま、粛々と晩餐会のスケジュールが進んで行くに任せます。

その後、招待客の代表としてヘラス帝国皇帝テオドラ様と旧世界連合事務総長、近衛詠春様から祝辞を頂きました。

お二人とも礼節に則った物で、つつがなく終了。

その後、私とフェイトはその場に立って・・・改めて結婚の宣誓を行います。

 

 

 

「「私達二人は・・・

 

 

本日、始祖アマテルの恩寵の元、国民や参列者の皆様に見届けられて夫婦となりました。

今日からは心を一つにし

お互いを思い遣り

励まし合い

力を会わせて

温かい家庭と

未来ある国家と

魔法世界を築く事を

 

 

        誓います」」

 

 

 

結婚証明書とはまた別の結婚宣誓書と言う物に二人でサインをして、改めて列席者に見届けて頂きます。

惜しみない拍手が巻き起こり、やはり二人でお礼を言います。

もう、何回でもお礼を言っちゃいますよ。

ただその後、少しだけ不思議なことが起こったんです。

 

 

「えー、では次に各地から寄せられた祝電をご紹介致します。えー・・・『級友を代表し、電子の女王から魔法世界の女王へ、結婚を祝す。つつがなきや』・・・は?」

 

 

その祝電とやらに、クルトおじ様が一瞬、首を傾げました。

本来、遠方からの祝電を読み上げる時に、何か妙な物が紛れていたのですよね。

・・・何か、心当たりがあるような無いような。

と言うか、級友って、もしかして・・・?

 

 

「えー、思わぬハプニングもありましたが・・・・・・では、ケーキ入刀です!」

 

 

もはやすっかり宰相から司会へと転職(ジョブチェンジ)を果たしたクルトおじ様の声に、やたらに巨大なケーキが運ばれてきます。

5mはあるのでは無いかと言う、巨大な苺のウェディングケーキです。

 

 

8段重ねのそのケーキの各所にはシュガーアートによって、1000個近くあると思われるアイシングされた花で彩られています。

たっぷりのクリームと白いアイシング、繊細な縁取りに渦巻き模様、花や草の形を模した複雑な装飾。

一目で、職人技だとわかります。

 

 

「えー・・・こちらのケーキはアリア様も懇意にされている王室御用達(ロイヤルワラント)洋菓子店、【至福の苺(サプリーム・ブリス・ストロベリー)】のソフィ・リックエル氏によりデザイン、製作された物です」

 

 

クルトおじ様の言葉に、なるほどと頷きます。

あそこのお店は、苺のスイーツで大変有名なのです・・・。

 

 

そして、私とフェイトに銀のウェディングナイフが渡されました。

今日の日付と私達二人の名前が記されたそれを、2人で握り締めます。

かすかに触れるフェイトの手の温もりに、頬が緩みます。

カチリ・・・と音を立てて、お揃いのブレスレットが触れ合います・・・。

 

 

「・・・アリア」

「はぃ・・・」

 

 

初めての共同作業・・・と言う程、初めてでも無いかもですが。

ゆっくりとケーキの中に沈んだ刃先と、かすかに感じる抵抗。

招待客の拍手すらも、何故か遠く・・・。

私は、隣に立っている旦那さまのことしか、見えていませんでした。

 

 

なので、うっかりと忘れておりました。

 

 

この直後のイベント・・・「ファーストバイト」のことを。

ケーキ入刀の後、お皿に盛られた一切れのケーキ(今、まさに入刀したケーキ)を渡されまして・・・フェイトが銀のフォークを器用に使い、一口分―――にしては若干、大きいです―――に切り分けたそれを、私に向けて差し出します。

 

 

いわゆる、「はい、あーん」な体勢。

 

 

ちなみに、ファーストバイトとはケーキカットのあとで、ウエディングケーキを新郎新婦がお互いに食べさせ合うイベントのことですね。

・・・って、冷静に解説してる場合じゃなっ・・・!?

み、皆が見て・・・エヴァさんっ、エヴァさんは何をしてるんですかっ!?

フェイトはフェイトで、平然と「あーん」状態ですし・・・っ。

 

 

「・・・あーん」

「・・・っ」

「・・・アリア?」

「・・・・・・あ、あー・・・んっ」

 

 

む、むぐっ・・・ちょ、ちょっとやっぱり、多いですね。

や、ま・・・んむ・・・っ。

ああ、もう、唇の周りについちゃったじゃないですか、グイグイ押しこむから・・・。

・・・苺、甘い、美味しい・・・はふぅ。

 

 

「・・・」

 

 

大きな苺が入っていたので気分を和ませていると、フェイトが小さく笑ったような気がしました。

・・・こうなれば、お返しですよっ。

今度は私がケーキを受け取って、一口では食べきれないくらい大きなケーキの塊をフェイトに差し出しちゃいます。

 

 

「はい、あーん?」

「・・・あーん」

 

 

・・・私と違って、フェイトは恥ずかしがるでも無く、ぱくっと口に含みました。

むぐむぐとケーキを食べるその姿が、何だか、その・・・可愛い・・・。

そう思っていると、ケーキを飲みこんだフェイトが、不意に私の手をとって・・・。

 

 

ぺろり。

 

 

「ひぁっ・・・!?」

 

 

・・・・・・っっ!?

ゆ、指先を舐められっ・・・え、ななな、何を、何をっ・・・!

 

 

「・・・クリーム、ついてたよ」

「ちょ・・・人前でっ」

「・・・人前じゃ無ければ、良いんだ?」

 

 

陳腐な台詞!

何ですか何ですか・・・何ですか!?

もう、私をどうしたいんですか・・・クリームだったら唇にだってついてるでしょ・・・ってそうじゃなくて!

 

 

「・・・知りませんっ」

「まぁまぁ、苺でも食べて」

「・・・・・・頂きます」

 

 

言っておきますけど、私は苺でほだされたわけじゃありませんからね!

フェイトだから、許したんですからね!

・・・・・・はぅ。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

ウェディングケーキのイベントの後は、食前酒(アペリティフ)で乾杯じゃ。

それとアミューズ・グール、その後に食事と歓談が始まる。

ほどなくして、各々のテーブルから食事と歓談を楽しむ音や声が響き始める。

 

 

モシロン産のアワビとカニの冷製前菜。

ジュレを合わせたオストラ産の野菜のムース。

シバーム産フォアグラのポワレ。

スキャパレリチーズのリゾットとモシロン産エビのポワレ、香草風味。

ナッツを添えたイスメネ豚ロース肉のロースト。

・・・などの料理が、順序良くテーブルに並べられる。

素材が原則としてウェスペルタティア産なのは、まぁ、伝統じゃな。

 

 

「・・・量が少ねぇなオイ」

「貴方ならそうでしょうね、ジャック」

「普通ならこれで十分なハズなんだがな・・・って言うか、こういう所で文句言わねぇ方が良いぞ」

「わぁってるよ」

 

 

ポツリと漏らしたジャックの言葉に、詠春殿が軽やかに笑う。

それとリカードの言う通りじゃ、こういう場での料理を酒場の料理と一緒にするでない。

妾、ジャック、詠春殿に千草殿、リカードにセラス、バロン殿が同席するテーブルは、公的には緊張するが私的には和む組み合わせじゃった。

ここ数年、良く会う組み合わせじゃしの。

・・・まぁ、千草殿は隣のテーブルの月詠殿と小太郎殿とミッチェル殿の方を気忙しげに見ておるが。

 

 

「・・・それにしても、若いというのは良いわね」

「いや、まったくですな。とは言えワタシとルイーゼも負けては・・・」

 

 

セラスとバロン殿が見ておるのは、メインテーブルの新郎新婦じゃな。

・・・まぁ、当てられるのはわかるが、若さか・・・。

アレが、新婚の力という奴かの。

妾も皇族の結婚式には何度か出席した経験があるが、これ程に仲睦まじい様子を見せつけられるのは初めてかもしれんの。

 

 

何と言っても、皇族・王族の婚姻は政略的な物が多いからの。

自然、結婚式も形式的な雰囲気になることが多いのじゃが・・・これは例外のようじゃな。

まぁ、元々が恋愛結婚じゃと聞いておるしの・・・。

見ていて羨ましくなる、結婚したくなる・・・そんな、結婚式じゃ。

正確には、結婚式は終わっておるが。

 

 

「こ、この度は・・・」

 

 

その時、妙に緊張した声で、アリカがやってきた。

アリカの王族復帰も、嬉しいニュースの一つじゃな。

妾は結局、何もできなんだが・・・クルトの頑張りがコトの8割を成しておったわけじゃしな。

 

 

「この度は、む・・・娘の婚礼に出席して頂き、感謝する」

「いや、こちらこそこのような立派な式に招待してくださり・・・」

 

 

ナギと腕を組んで、親の役目を果たそうとするアリカ。

それを見て、妾も自然と笑顔になる。

まぁ、娘と言う単語でどもるのはどうかと思うが・・・。

 

 

・・・本当に、良かったのぅ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

何か、四つの物を(サムシング・フォー)

聞く所によれば、花嫁は結婚式の際に身に着けておくと縁起が良いとされている物があるらしい。

古い物、新しい物、借りた物、青い物。

 

 

ふと、隣ではしゃいでいる(少なくとも、僕にはそう見える)アリアを見つつ、さて、と考え込む。

幸いにして記憶力は良い方なので、数時間前のアリアを思い出してみる。

 

 

何か一つ古い物(サムシング・オールド)・・・母から継いだベール。

何か一つ新しい物(サムシング・ニュー)・・・花嫁衣装は全体的に新品。

何か一つ借りた物(サムシング・ボロウ)・・・ハンカチを誰かに借りたとか言ってたかな。

何か一つ青い物(サムシング・ブルー)・・・わからない。

少なくとも、外から見える範囲において青い物は無かったはず・・・。

 

 

「・・・何を考えているんですか?」

「キミのことを考えているんだけど」

 

 

ガツンッ。

 

 

アリアの手元が狂って、トーチの先がメインキャンドルからズレた。

2人で持っていなかったら、メインキャンドルが倒れていた所だよ。

・・・ふむ。

 

 

「大丈夫だよアリア、緊張しないで」

「そう言う問題じゃないでしょう・・・!?」

 

 

何か小声で抗議されるけど、怒られる理由がわからなかった。

ふむ・・・。

・・・じゃあ、疲れているのかな、長丁場だしね。

茶々丸に借りた『幸せな家庭を作る10の方法~こんな時、夫はどうするべきか~』によると、夫は妻を気遣うのが義務らしい。

まぁ、僕に言わせれば義務と言うより権利だけどね。

 

 

・・・と言うわけで、アリアは疲れていると判断。

右手でトーチを持ち、左手でアリアの腰を抱いて支えることにする。

 

 

「ちょ・・・」

「ほら、皆が待ってるよ」

「・・・」

 

 

とうとう、口を聞いてくれなくなったらしい。

たかがその程度のことで寂しい気持ちになる自分が、おかしく思えた。

 

 

・・・それはそれとして、僕とアリアの持つトーチで、晩餐会の会場中央のメインキャンドルに火をつける。

2m程の高さのそれはキャンドル型の支援魔導機械(デバイス)で、メインキャンドルの周囲を取り巻く19の小さなキャンドルにも同時に火が灯る。

そして、一番近くのテーブルのキャンドルにも火がついて・・・最終的には、45の全てのテーブルのキャンドルに火がついていった。

女性の歓声と男性の感嘆の声が漏れる中、キャンドルサービスのイベントはつつがなく終了した。

 

 

・・・本来、一つ一つのテーブルを回るべき何だけど、300人いるからね。

もちろん、この後も一つ一つのテーブルに挨拶回りをするのだけど。

 

 

「ねぇ、アリア」

「・・・」

「・・・まぁまぁ、苺でも食べて」

「・・・馬鹿にしてませんか?」

「いいや、馬鹿にはしていないね」

 

 

僕はアリアを馬鹿にしたことは無いね。

そして多分、これからも無いだろう。

 

 

「ただ、愛してはいるよ」

「・・・」

 

 

・・・何故か、顔をそむけられた。

どうやら、また怒らせてしまったらしい・・・理由がわからない。

どうやらまず、機嫌を取る所から始めなければならないらしかった。

 

 

・・・ちなみに、後で青い物について聞いてみたのだけど。

顔を紅くするばかりで、何も答えてはくれなかった。

・・・何故だろう?

結婚生活初日にして、躓いてしまったらしい。

 

 

・・・どうした物かな。

 




茶々丸:
ダブルアップです。
・・・間違えました、茶々丸です。
皆様、ようこそいらっしゃいました(ペコリ)。
今話は、まだ健全な内容になっております。
いえ、別に次が不健全なわけではありません・・・ありませんよ?
ただ一つ言えることは、私のメモリーを増設してくださいハカセ。

なお、今回初登場のキャラ・道具・アイデア等は以下の通りです。
ジェイス・ストガヤツルカ:波摩璽様提供です。
鈴木 庄蔵:黒鷹様提供です。

電子の女王の祝電:伸様提供です。
5mのウェディングケーキ:黒鷹様提供です。
ビール「白銀獅子」:黒鷹様提供です。
フェイトの晩餐会タキシード:リード様提供。
ソフィ・リックエルと「至福の苺」:ライアー様提供。
幸せな家庭を作る10の方法~こんな時、夫はどうするべきか~:ライアー様提供。
ありがとうございます。


茶々丸:
では、次回は舞踏会です。
舞踏会以外には何もありませんので、あしからず。
ええ、繰り返しますが何もありません。
・・・まったく関係ありませんが、ちょっとそこの知紅さん(親衛隊副長・女性)、湯殿の準備を・・・何故も何も、アリアさんが入浴されますので。
いえ、ほら、いつも以上に・・・他意はありませんよ?
では、私はこの世に生まれ落ちて最大の気遣いをせねばなりませんので、失礼致します(ぺこり)。

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