魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第3部第7話「旧世界騒乱・Ⅳ」

Side 木乃香

 

うちは、「普通」に生きるって決めた。

でも、完全に「普通では無いこと」を振り切ることも、できひんかった。

それでも中学を卒業してからは、可能な限り「普通」を装うことにした。

 

 

こっちから近付くことは、せぇへん、何があっても。

でも、向こうから来る時は、その時は・・・。

 

 

「チーズバーガーお2つですねー、ご一緒にシェイクもいかがどすかー?」

「うーん、じゃあ、お姉ちゃん可愛いから、買っちゃおうかな」

「あはは、ありがとうございますーっ」

 

 

慣れた手つきでレジを操作して、お会計を済ませる。

奥のキッチンの男の子がハンバーガーを作っとるうちに、シェイク(バニラ)を作ってレジ横のトレイに乗せて、完成したハンバーガーも一緒に乗せて、お客様に渡す。

 

 

何をしとるかと言うと、まぁ、ハンバーガーショップでアルバイトしとるんやけど。

お昼ご飯の時間は、特に忙しいんよ。

今みたいに、一人のお客様しかおらん時なんて滅多に無いんやから。

それでも、もう夕方やし・・・晩ご飯で食べに来る人達が来る頃やろうけど。

シフトの融通が利くのはええんやけど、仕事がキツいのと油がベタつくのがちょっとアレやねぇ。

 

 

「近衛、上がります~」

「うっす、お疲れ様でーすっ!」

「ああ、近衛君、お疲れ様。最近、良く働くねー、近衛さんは可愛いからお客様からも人気があって、助かるよ」

「店長、それってセクハラですよー?」

「え、そうなの、鈴木君?」

「そうですよー、訴えられちゃいますよー?」

「そ、そうなの?」

「あはは、ほな、お疲れ様どす~」

 

 

大学の後輩の鈴木君(キッチンスタッフ、彼女無し)と店長の野口さん(40代前半、妻子持ち)の会話に笑いながら、うちは裏に引っ込んで行く。

野口さんはどこか、お父様に似とるんやけど・・・お父様、元気かな。

ここ2年、連絡も取ってへんけど・・・。

 

 

着替えて、軽く身だしなみを整えて、シフト終わりの手続きをして、皆にもう一度挨拶して、外に出る。

夕方やけど、まだ日は高い、まだまだ夏やねー。

人通りの多い通りで、軽く伸びをした、ん~・・・朝からやったから、疲れたわー。

うちは京都とも・・・そして麻帆良とも違う空気の感触に、目を細める。

 

 

「ん~・・・じゃ、せっちゃんを迎えに行こかな!」

 

 

せっちゃんの方が、うちよりも終わるのが1時間くらい遅いって聞いてたし。

そう考えて、うちは軽やかに雑踏の中へ入って行った。

 

 

・・・麻帆良の外に出て、2年。

うちは今日も、「普通」に生きとる。

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

「840円になります、お弁当は温めますか?」

「あ、お、お願いします・・・」

 

 

にこっ、と軽く微笑みながら聞くと、目の前の中学生らしき少年は何故か顔を赤らめながらそう言った。

毎日のように来る常連なのだが、夕方に弁当を買うと言うことは、コレが夕飯なのだろうか。

まぁ、他人の家庭環境をどうこう言う資格は、私には無いが。

 

 

冷たい飲み物類と温めたお弁当を別々の袋に入れて、渡す。

その際、軽く少年と手が触れてしまったのだが・・・。

 

 

「ご、ごごご、ごめんなさいっ!」

「は?」

 

 

何か謝られるようなことをしてしまっただろうか、と首を傾げていると、少年は真っ赤な顔で店の外へと駆けて行った。

・・・何だったのだろうか。

 

 

「桜咲さんも、罪作りねぇ・・・」

 

 

アルバイト先の先輩(24歳女性、フリーター)が、何か訳知り顔で頷いていた。

先輩、裏で伝票の整理をしてたんじゃないんですか。

 

 

「とっくに終わったわよ、準社員を舐めるんじゃないわよ・・・あ、遅いじゃない、藤本君!」

「す、すんません、サークルの予定が押しちゃって」

「ったく・・・あ、桜咲さんは上がって良いわよ、遅くまでご苦労様」

「い、いえ・・・では、お疲れ様です」

 

 

先輩と藤本さん(大学3年生、先輩)に声をかけてシフト終わりの作業をして、着替える。

ふぅ・・・朝から夕方までだから、少し疲れたかもしれない。

とは言え、このコンビニでのアルバイトにもかなり慣れてきた。

4月からここで働かせてもらっているが、最初は目も当てられなかった。

私はこんなこともできなかったのかと・・・驚いた物だ。

 

 

剣の腕など、ここでは何の役にも立たない。

麻帆良とは本当に勝手が違う・・・同じ関東なのに。

 

 

「ごめん、このちゃん。遅くなって」

「あ、せっちゃん・・・終わったん?」

「はい」

「ほな、行こか?」

 

 

本コーナーにいたこのちゃんに声をかけると、このちゃんは読んでいた雑誌を棚に戻した。

ハンバーガーショップでアルバイトをしていたこのちゃんは、30分ほど前に店に来ていた。

このちゃんを待たせてしまうとは・・・。

 

 

バイト先を出て、その後は2人で最寄りのスーパーで夕飯の材料を買った。

そこからさらに、10分ほど歩く。

 

 

「うーん、夏休みも半分が過ぎてもたなぁ」

「そうですね・・・できるだけ早く、単位も取得してしまいたい物ですが」

「せっちゃんは真面目やねぇ」

「このちゃんだって・・・」

 

 

私とこのちゃんは2年前に麻帆良を出て、東京で新たな下宿生活をしている。

長・・・詠春様から十分な生活費の仕送りは受けているが、私達はそれぞれアルバイトをして、将来のために貯金することにしているのだ。

だがアルバイトにばかりかまけて、単位を落とすなんてことはしたくない。

前期の期末試験も、このちゃんはともかく私はかなりキツかったからな・・・。

・・・まぁ、それでも中学生の頃は考えもしなかったろうが。

 

 

まさか私が、このちゃんと一緒に東京大学に通うことになるなんて。

 

 

麻帆良大学でなく、東京大学。

高校時代、暇を見つけては素子様に勉強を見てもらう毎日・・・。

むしろ剣の修業よりも、素子様には勉強を見てもらった時間の方が多かったような気がする。

その素子様も、今では卒業され・・・。

 

 

・・・卒業されたが、今でも大学では素子様と縁のある先輩方が何人かいて、たまにお世話になることもあるが。

あれは、何だったか、そう、素子様の浪人時代の下宿先関係の・・・。

 

 

「ただいまーっ!」

 

 

物思いに耽っていると、いつの間にか私達の下宿のアパートに帰り付いていた。

素子様からは、神奈川の旅館に下宿する話もあったが・・・。

いろいろと考えた結果、木造2階建て6室(空き室2)のこのアパートに下宿することにしたのだ。

古い建物で、家賃の安さと設備の簡素さでは他の追随を許さないだろう。

 

 

ただ、まぁ、何と言うか・・・。

私達を含め、なかなか個性的な住人が多いのが、長所なのか短所なのか・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

・101号室:柊薫(兄・大学3年生)・柊菫(妹・中学2年生):

 

木乃香と刹那の2人が暮らす木造アパートには、不思議な兄妹が住んでいる。

両親はおらず、兄のバイト代と奨学金で生活しているらしいのだが、詳しいことは木乃香も刹那も知らない。

ただ、妹が不登校児だと言うことは知っていて・・・。

 

 

「あ、菫ちゃん、ただいまーっ」

「・・・(こくり)」

 

 

木乃香の声に頷いたのは、アパートの庭の家庭菜園のプチトマトの前に座り込んでいる少女だった。

伸ばしっぱなしの黒髪に、同じ色のワンピースの少女。

感情の見えない無表情で添え木に絡まったプチトマトを見つめ、稀に専用のハサミでプチトマトの枝を切り取っている。

 

 

「・・・何をしているんですか?」

「・・・・・・間引き」

「そ、そうですか・・・」

「・・・(こくり)」

 

 

菫のその言葉に、刹那はどこか引き攣ったような笑みを浮かべた。

 

 

 

・103号室:井上三郎

 

「ヒャッハァ――――――――――――ッ!」

 

 

2階へ通じる階段へ向かう途中、1階の中央の部屋から凄まじい音と声が響いた。

刹那は階段へ一歩目をかけた体勢のまま、ビクッ、と身体を震わせるが、木乃香は慣れたようにニコニコしている。

 

 

しばらくその音・・・音楽? と声・・・歌? が響いた直後、その部屋の扉が開いた。

中から出てきたのは・・・。

 

 

七三分けのの黒髪にスーツと言ういでたちの青年だった。

20代前半だろうか、どこにでもいそうな青年だった。

とてもではないが、あのような奇声を発するとは思えない・・・。

 

 

「井上さん、こんにちはー」

「あ、はい・・・こ、こんにちは」

 

 

木乃香が声をかけると、その青年はキョドキョドしつつも挨拶を返した。

こう見えて、東京大学の4年生である。

 

 

「どっか行かはるんですか?」

「は、はい・・・卒論のことで教授によ、呼ばれてて、すみません・・・」

「そうなんどすか、頑張ってくださいね」

「は、はい、どうも・・・はい・・・」

 

 

キョドキョドしながら2人の脇をすり抜け、歩いて行くその先輩に・・・刹那は目を細めた。

悪い人間では無いのだが、別の意味で付き合うのに力のいる御仁だと思った・・・。

初対面では無い分、特に。

 

 

 

・202号室:流島法子

 

2階に上がると、大和撫子がいた。

・・・別に比喩で無く、刹那と木乃香が2階に上がった時、202号室から長い黒髪の着物を着た女性が出てきたのである。

 

 

「あ、ほーこさん、こんにちは」

「こ、こんにちは」

 

 

今度は、刹那も挨拶する。

この女性はこのアパートでは割と普通人なので、刹那も付き合いやすかった。

ちなみに法子は「ほうこ」では無く、本来は「のりこ」と読む。

ただ、本人の意思により「ほうこ」と呼んでいるのである。

どうも、「のりこ」と呼ばれるのが嫌いらしい。

 

 

法子は2人の存在に気が付くと、にこ・・・と淑やかに微笑んだ。

この女性もまた、東京大学の学生である。

ただし、大学院生だが・・・民俗学について研究しているらしい。

 

 

『お帰りなさい、アルバイトお疲れ様。大変だったでしょう?』

「いえ、それ程では・・・」

「それより、早くシャワー浴びたいわぁ」

 

 

その場で、2分程お喋り。

木乃香と刹那は普通に喋り・・・法子は、唇を動かすと同時にせわしなく手も動かす。

いわゆる・・・手話、と言う物だった。

 

 

 

・203号室:桜咲刹那・近衛木乃香

 

103号室と201号室は空き室であるので、最後の203号室が2人の部屋である。

別々の部屋に入ろうと言う話もあったが、どうせどちらかがどちらかの部屋に入り浸るのだから・・・と、ルームシェアすることにしたのである。

節約にもなる、とは木乃香の言である。

 

 

8畳程度の広さ、シャワールーム(トイレとユニット)、押入れが一つ、簡易キッチン。

洗濯機は共同、エアコン無し。

小さなテレビと冷蔵庫、押し入れの中に布団が二組、押し入れの下の収納スペースに衣類などを詰めている。

簡素な作りの部屋だ。

だが・・・この2年、2人で過ごしてきた部屋だった。

 

 

不便を全く感じないわけではないが・・・生きて行く分には、十分だった。

ここが、今の2人の生活空間だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side 木乃香

 

シャワーを浴びるのは、うちから。

別に口で約束したわけやないけど、いつの間にか自然とそうなっとった。

高校1年くらいまでは、一緒に浴びようとか誘ったかもしれへんけど。

20歳にもなって、それもどうかと思うようにはなったんえ。

 

 

嫌なわけや無いし、気が向いたら一緒に浴びるのもええかもやけど。

少なくとも普段は、そんなことはしぃひん。

その意味では、中学生の時に比べてベタベタせぇへんようになったなぁ。

 

 

「お先に頂きましたー」

「あ、はい」

 

 

交代した後は、せっちゃんがシャワー浴びとる間にお夕飯を作り始める。

とは言うても、昨日のポトフの残りを温めるだけやけど。

冷蔵庫に鍋ごと入れといたんやけど、傷んでなくて良かったわぁ。

 

 

「シャワー、頂きました・・・」

「はいなー」

 

 

5年前に比べると、うちもせっちゃんも随分と落ち着いたと思うえ。

まぁ・・・あの頃は、いろいろと熱かったしなぁ・・・。

身体つきも、うちは割とメリハリのきいた身体つきになったけど、せっちゃんは本当にスレンンダーって感じに育ったもんなぁ。

サイドポニーもいつからかせぇへんようになって、今はうちと同じストレートやし。

でも今はサラシ解いとる分、若干、一部のサイズが上がっとるけど・・・。

 

 

その後は一緒にお夕飯を仕上げて、一緒に食べる。

食べ終えて、後片付けして・・・特に課題とか無ければ、そのまま2人でまったり。

 

 

「はえ? この芸能人、もう別れたん? この間、入籍したばっかやなかった?」

「ああ、はい・・・どうも一般人の伴侶が浪費癖があったとかで」

「へぇー、そうなんや。せっちゃんって芸能関係も詳しかったんやね?」

「いえ、バイト先の本のコーナーに芸能誌も置いてますので、自然と覚えてしまうんです」

 

 

こっちに来てからアルバイトを始めたせいか、せっちゃんはスポーツとか芸能人とかにも詳しくなった。

麻帆良にいた頃は、そんなことには興味も示さへんかったのに。

・・・まぁ、今も興味あるんかは、ちょっと微妙やけど。

 

 

「「・・・ん?」」

 

 

その時、うちとせっちゃんは、ほぼ同時に同じ方を向いた。

外の方を・・・。

・・・結界に。

 

 

「・・・少し、出かけてきます」

「どこに行くん?」

 

 

膝を立てて立ち上がろうとしたせっちゃんに、うちは聞いた。

するとせっちゃんは、軽く微笑んで。

 

 

「バイト先に、忘れ物をしてしまったので」

 

 

優しく笑いながら、うちに嘘を吐いた。

今回が初めてや無い、「そう言う時」にはいつも、せっちゃんはうちに嘘を吐く。

そしてうちは、それが嘘やとわかっていても・・・それを信じる。

だってうちらは・・・「普通」やから。

バイト先に忘れ物をしてまうことぐらい、あるやろ?

 

 

「そっか・・・はよ、帰ってきてな?」

「はい」

 

 

軽やかに微笑んで、せっちゃんは出て行った。

うちもそれを、笑顔を作って見送った。

うちは、外に出たらあかんから。

 

 

「・・・でも」

 

 

でも、できることはあるえ・・・。

うちは、通学用に使っとる鞄の中から、札を何枚か取り出した。

カリ・・・と、親指の先を噛み切って、自分の血で紋様を描く。

するとそれに、力が宿る・・・。

 

 

このアパートの四方に張り巡らせた結界に反応して力を発揮するタイプの符を、完成させる。

そしてそれを手に、祈る。

 

 

「お札はん、お札はん・・・」

 

 

相手に見えない所から、せっちゃんをサポートすること。

それが結局の所、うちにできる最良のことやと思うから。

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

東京で暮らすようになってから、私は刀を持ち歩いてはいない。

もちろん、『月衣(カグヤ)』―――異空間の鞘のような魔法具―――の中には収めているが、持ち歩きはしない。

銃刀法、と言う法律があるらしい。

 

 

麻帆良にいた頃は、欠片も気にしたことは無かったが。

・・・麻帆良において、法律など意味を成さないしな。

 

 

「・・・ちなみに、屋根の上で人と語らうような習慣も無い」

 

 

木造アパートの屋根の上で、私はそう言った。

月明かりの下、私とこのちゃんの日常に無粋に侵入してきた部外者と相対する。

まぁ、初めての経験と言うわけでもない。

 

 

関東には妖怪の総大将もいることだし、その下っ端がこのちゃんの「気」にアテられて彷徨い這入ってくることもある。

だが・・・今、私の目の前にいる者は、そうでは無いだろう。

 

 

9月だと言うのに、白いコートを纏った女。

年の頃は15前後、不自然に青い髪を頭の後ろで束ねている・・・ポニーテールと言う髪型だろうか。

髪と同じ色の瞳が、私を見ている。

屋根の端と端から、お互いを見詰め合っている。

 

 

「・・・一般人の習慣には、精通しておりませんの」

 

 

そう言うと、女はコートの袖口から、ストン、と2本のナイフをその手に落とした。

常人にはそこまでしか見えないだろうが・・・私の目には、はっきりと映っている。

女の身体から、無数の糸が周辺に張り巡らされたのを。

いや、糸と言うよりは・・・。

 

 

「・・・髪の毛、か?」

「ご明察ですの・・・私はB-19。身体の一部を武器とすることができる被験体ですの」

「悪いが」

 

 

何やら自己紹介しているらしい女に対し、私はそれを遮るように言葉を紡いだ。

信条として、「そちら側」の事情は全て無視することにしている。

関係が、無いからな。

たとえ関係があっても、関心が無い。

 

 

「お前はただの不法侵入者だ、叩きのめした後、警察に引き渡させてもらう」

「・・・くすくす、おかしなことを言う方ですわね?」

「他人の住居に侵入しているお前の方が、よほどおかしい」

 

 

剣は抜かず、頭上に右手を掲げる。

どう言う意図で、何を求めてここに来たのかは知らない。

知る必要も無い。

 

 

・・・だが。

この程度で私を・・・「私達」をどうにかできると思っているのであれば、舐められたものだと思う。

 

 

―――――神鳴流・裏八式。

 

 

「斬空掌・散」

 

 

四方に放たれた気の弾丸が、私の周囲を取り囲んでいた髪の毛を全て切断した。

よほど強度に自信があったのか知らないが、相手の女の顔から笑みが消える。

 

 

「そ・・・そんなはずは・・・私の生体装具が、その程度の気で」

 

 

・・・説明してやる義理は無いので、説明はしない。

だが、あえて言うのなら・・・ここは、私達のホームグラウンドだ。

それに、先程から私を包むような気・・・このちゃんの魔力を感じる。

 

 

・・・近衛木乃香の、聖なる結界。

これは私の力を強め・・・逆に相手から力を奪う。

この結界に触れた時点で、相手は不利な状況下での戦いを強いられる。

 

 

加えて言えば、私は、知っているから。

この女よりも遥かに強い、糸遣いを。

人形遣い(ドールマスター)>と呼ばれる・・・金髪の少女を。

そして・・・その家族を。

 

 

「・・・この!」

 

 

焦ったのか、女がナイフを構えて、突っ込んでくる。

焦りか・・・実戦経験は少ないのかもしれない。

手段が一つ封じられた程度で焦るような戦い方は、5年前の時点で捨てた。

そうでなければ・・・これまで生きては来れなかったから。

 

 

女のナイフが、左右から迫る。

月光に煌くそれに対して、私も両腕を振るう。

 

 

「神鳴流・桜楼月華」

 

 

キキンッ・・・と音を立てて、ナイフの刃が折れる。

私の左右の手の指の間に、折れたナイフの刃が挟まれている。

ぶわっ・・・と、技の余波が桃色の花弁の形となって、舞う。

その向こう側には、驚愕に歪む女の顔。

 

 

これも・・・私は、知っているから。

この女よりも遥かに強いナイフ遣いを、知っているから。

チャチャゼロと言う、金髪の少女の従者を。

そして・・・その家族を。

 

 

「神鳴流・烈蹴斬」

「・・・!」

 

 

鋭く、気を乗せた蹴りを放つ。

ナイフの柄を捨てて、女が素早く離れる。

 

 

ザザ・・・と膝をつき、女が顔を上げる。

すると、ツ・・・と頬が切れ、そこからかすかに血が流れる。

それを視線だけで確認した女は、今度は怯えたような目を私に向ける。

 

 

「そ・・・」

 

 

震える声音で、女が言う。

 

 

「それだけ強くて、何故・・・!?」

 

 

何故、の意味がわからないのだが。

 

 

「それだけの強さを持ちながら、何故、こんな場所で・・・!?」

「何故の意味がわからないが・・・お前が私達の生き方に疑問を感じていると言うのなら、こう答えるしか無いな」

 

 

右の拳を握り込み、気を込める。

誰に見られるかもわからないんだ、手早く済まさせてもらう。

 

 

「私達が、そう生きたいからだ」

 

 

普通に・・・普通に、生きる。

私達にとっては、それが全てだ。

私にとっては・・・それで全てだ。

 

 

大学の勉強は難しいが、楽しい。

アルバイトも大変だが、面白い。

そうして私達は、今を生きている。

いろいろな人と関わり合いながら、生きている。

 

 

それを、邪魔すると言うのであれば・・・誰であろうと排除する。

相手が裏の人間であれば、なおさら。

 

 

私は、このちゃんの剣。

このちゃんに触れる者、全て・・・私が。

 

 

斬る。

 

 

ふっ・・・と、一瞬で間合いを詰め、振り上げた右拳を振り下ろす。

神鳴流・・・青山素子様、直伝。

 

 

「紅蓮拳!」

 

 

女がとっさにとった防御を破り、その身体を殴り飛ばす。

グニッ・・・と、奇妙な感触が拳に伝わる。

 

 

「・・・羨ましいですわ・・・」

 

 

不意に、女の囁くような声が聞こえた気がした・・・。

殴り飛ばされた女は、悲鳴も上げずに吹き飛び、屋根の下・・・に落すのは不味いので、襟首を掴んでぶら下げる。

 

 

「・・・さて、後は警察にでも・・・・・・な?」

 

 

女の襟首を掴んでいた左手が、不意に重みを感じなくなった。

・・・驚いて見てみれば、私の左手にはコートしか残っていなかった。

逃げられたか・・・? いや、まさか、そんなはずは。

だが、実際にいないわけだし、しかも周辺に気配すら感じない。

 

 

・・・逃げられたの、か?

私の持っているコートの端からは、サラサラと砂のような物体が零れ落ちるばかりだった――――。

 

 

 

 

 

Side 詠春

 

四国、松山。

旧関西呪術協会の重要拠点のひとつであり、飛騨のリョウメンスクナノカミ同様、強力な妖怪が封印されている場所。

ここ2年ほど、どうも封印が弱まっているようで・・・眷属が集まり、現地の日本統一連盟の支部に配置されている部隊と小競り合いを繰り返しているとの報告があります。

 

 

どうも笑い話で済まないレベルの騒動になりそうだと言うので、本山の戦力で再封印することを決断しました。

そして今夜になって、ようやく到着したのですが・・・。

 

 

「なるほど、そうですか・・・」

 

 

その眷属達―――808匹の狸とも聞いていますが―――が立てこもっている山の前に築かれた陣の中で、私は麻帆良からの報告を受けていました。

どうやら、只ならぬ侵入者があったとかで・・・。

 

 

目的は、旧3-A・・・いえ、アリア君の縁者。

どう言う意図で狙ったかは良くわかっていませんが、どうもアリア君絡みの問題らしいのです。

極端な話、高度に政治的な問題に発展しそうなのですよ。

もし本当にアリア君絡みの話だと言うなら、酷く面倒な話だ・・・。

 

 

「それで、捕らえた一人と言うのは?」

『それが・・・』

 

 

携帯電話の向こう側の人物・・・瀬流彦君は、そこで言いよどみました。

怪訝に思い、聞いてみると・・・一人は確かに捕らえたのですが、3時間後、死亡したとのことです。

別に拷問したわけでも、自白の魔法に抵抗されたわけでもない。

そもそも、そんなことをせずとも非常に協力的だったと。

 

 

・・・襲撃者にしては、奇妙な対応ですね。

良く、わかりませんが・・・。

 

 

『どうします? 魔法世界側の天ヶ崎さんを通じて抗議しますか?』

「ふむ・・・いえ、抗議はひとまず置きましょう」

『では、何も言わないので・・・?』

「いえ、こちらで何があったかは伝えてください、抗議の形にはせず・・・しかしこちらの不満は伝わるように」

『・・・ええー・・・?』

「千草さんなら、上手く伝えてくれるでしょう」

 

 

直接的に抗議の形にすれば、魔法世界側との関係がこじれてしまう可能性もあります。

と言って、まるきり不満を表明しないのでは旧世界連合の加盟組織に対して面子が立ちません。

なので正式な抗議という形は取らずに、しかし口頭で不満を伝えるに留めます。

無論、情報交換と事情の説明はして頂きますが・・・。

千草さんなら、上手くやってくれるでしょう。

 

 

その後、連絡を終えた後・・・私は東の空を見上げました。

星空・・・同じ星空の下にいると言うのに、遠い・・・。

麻帆良で捕らえた嫌に協力的な侵入者・・・その少女によれば・・・。

 

 

「木乃香・・・刹那君・・・」

 

 

あの2人なら心配ない・・・とは思う。

2人が揃っていれば、私よりも遥かに強いのですから。

だが、それでも・・・。

 

 

「長! 四国妖怪に動きが!」

「・・・わかりました、すぐに行きます」

「はっ!」

 

 

木乃香達が麻帆良を出て、2年。

2年前のあの時から、私は木乃香達とは連絡を取っていない。

「普通」に生きているあの子達に、私の存在は不要だから。

だが・・・それでも、信じても良いでしょうか。

 

 

・・・・・・強く、生きていると。

 




刹那:
お久しぶりです、桜咲刹那です。
このちゃんや素子様のおかげで、東京大学に入学することができました。
勉強は難しいですが、何とか頑張っています。
このちゃん狙いの襲撃者は稀に来ていましたが、最近は数も減ってきました・・・このちゃんも、自分の力と存在の制御に自信ができてきたようです。


刹那:
旧世界編は、とりあえず私達の話で終わり・・・魔法世界側から来た4人組は、全滅と言う結果に終わりました。
・・・何をしに来たのかは、依然として謎が残りますが。
そう言うわけで、次回からは再び魔法世界側の話に戻ります。
そうですね・・・私達が「Ⅰ」と遭遇している時、魔法世界ではどういう動きがあったか・・・のような話になるようですね。
それでは、また機会があれば・・・。

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