魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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注意!
・「相坂さよ」は俺の嫁! な方は不快になられるかもしれません。
・原作キャラとオリキャラのCPはNGな方は不快になられるかもしれません。
・R15! な描写があります、ご注意!
・読まれれば、ピンと来られる方もいるやもしれませんが・・・「大人な描写」があります! NGな方はお気を付けてください!
以上の点をご了承頂いた上で、どうぞ!


第3部第6話「旧世界騒乱・Ⅲ」

旧世界・麻帆良。

表向きは、幼等部から大学部までの学術機関が集まる一大学園都市。

 

 

しかし、この都市は裏に別の顔を持っている。

かつての関東魔法協会の本部であり、現在は日本統一連盟の本部であり、旧世界の魔法関係者の国際組織である旧世界連合の事務局の所在地である。

加えて言えば、魔法世界と繋がるゲートを旧世界で唯一、稼働させている都市でもある。

 

 

「ほっ、ほっ、ほっ・・・ほいっと!」

 

 

そしてこの麻帆良学園都市の一隅には、裏の世界では「伝説」とすら言われる場所がある。

かつて、エヴァンジェリンと言う名の吸血鬼が住んでいたログハウスのことである。

今でも所有者の名はエヴァンジェリンとなっているものの、しかし、この家の主は滅多なことでは戻って来ることは無い。

 

 

今では、このログハウスを訪れる者自体が、皆無に等しかった。

そして今、このログハウスには2人の人間―――1柱と1人―――しか、住んでいない。

かつて程の賑やかさは、消えてしまっていた。

 

 

「うーむ・・・我ながら、芸術的なしまい方だぞ」

 

 

日が暮れかけた夕方、リョウメンスクナと言う名の青年―――1600歳―――は、一通り農具を片付け終えた蔵を眺め、満足そうに頷いた。

腰のあたりで紐で縛った白い髪に、金の瞳。

泥だらけのオーバーオールに、頭の後ろには麦わら帽子と言ういでたちである。

 

 

彼の背後には、5年前に比べて明らかに広い畑が広がっている。

かつては家庭菜園レベルだった物が、いくらかの木をのける(比喩では無く、彼は木を移動させることができる・・・切るとかあり得ない)ことで拡大し、30坪程度の物になっている。

ログハウスから少し離れた位置にあるその畑は、巧妙に結界で隠されているので、もし知っている者がいるとすれば、どこぞの忍者少女くらいの物であろう。

主のいぬ間に、好き勝手していたようである。

 

 

「別荘の中も良いけど、やっぱりお天道様で育った作物じゃないと」

 

 

リョウメンスクナ・・・スクナ自身のことはともかく、もう一人の同居人には栄養のある物を届けたい。

スクナは、そう考えていた。

特に今は、気を遣わねばならない時期なのだから・・・。

 

 

「・・・よっと」

 

 

両手と頭の上に、葉物や芋類などの作物を積んだ籠を乗せて、スクナは帰路についた。

とは言えスクナの足にかかれば、物の数秒で辿り着く距離だ。

彼はバタバタとログハウスの扉を開け―――ようとして、頭の上の籠をドア枠にぶつけた後―――家の中に入った。

 

 

「さーちゃん、ただいまだぞーっ!」

 

 

そのまま、玄関から声をかける。

すると台所の方から「はーいっ」と言う声が響き、20歳前後と思われる女性が、エプロンで手を拭きつつ、やってきた。

 

 

白みがかった髪・・・かつては腰まで届いていたそれは、今では肩のあたりで切り揃えられている。

赤い瞳に、造り物のような白い肌。

白い清楚なワンピースの上にヒヨコさんマークの入ったエプロンと言う姿のその女性の名は、相坂さよ。

こう見えて、2度死ぬと言う人類初(?)の快挙を成し遂げた存在である。

 

 

「おかえり、すーちゃん」

「うん、ただいまだぞっ」

 

 

ちゅっ・・・と軽く唇を合わせた後、さよはスクナの持っている籠の中身を見て目を丸くする。

 

 

「わっ・・・今日もたくさん採れたね」

「おうっ、さーちゃ・・・んには持たせられ無いから、ここに置いておくぞ!」

「別に、それくらい大丈夫だよ? 魔力で身体強化できるし・・・」

 

 

とは言う物の、さよはスクナの気のすむようにさせた。

そのことに、スクナはニンマリと笑う。

さよも柔らかく微笑みを返しながら、次の言葉を発した。

 

 

「もうすぐ、晩ご飯できちゃうけど・・・先にお風呂にする? それとも、ご飯にする?」

「お風呂にするぞ!」

 

 

さよの言葉に、スクナが嬉しそうに答える。

しかし、直後・・・スクナは笑みの質を変える。

小首を傾げるさよを覗きこむようにしながら、スクナは笑った。

 

 

「その後は、さーちゃんだぞ?」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

その日の夕食は、五穀ご飯、冷やし茶碗蒸し、オクラの白和え・・・などのさっぱりした和食だった。

どちらかと言えばボリュームが少なく、量を食べるスクナなどには物足りないかもしれない。

とは言え、藍色の着物に着替えたスクナは、ニコニコと笑っていた。

 

 

「・・・ごめんね、すーちゃん。もしアレなら、お肉も焼くから・・・」

「何でだ? 全然だいじょーぶだぞっ!」

 

 

申し訳なさそうなさよに対し、スクナは笑いながら答えた。

正直な所、ここ1カ月ほど料理のボリュームが減っているのは確かだ。

ただ2人の量を比べると、スクナの方が3倍は皿や茶碗に盛られているばかりでなく、スクナの方にはさよには無い胡麻ダレうどんがあったりと、さよの気遣いが見える。

 

 

スクナとしては、それだけでも十分だった。

十分、胸が一杯になれるのである・・・・・・お腹が寂しかったりはするが。

究極的には、自分で肉を焼けば良いのである。

さよが無理をしてやる必要は無い・・・いつものようにそう結論付けて、スクナは食べ始めた。

 

 

「むぐむぐ・・・美味いぞ!」

「そ、そう? ほとんど素材のままだと思うけど・・・」

「さーちゃんのご飯は、最高だぞ!」

 

 

スクナの言葉に、さよは照れたように頬を染める。

ここ1年、ずっと続いている食卓の光景がそこにあった。

 

 

スクナが何かを話し、さよが淑やかに微笑みながら聞く。

稀にさよの方から話題を振って、スクナが大仰に反応を返す。

5年前ほどの賑やかさは無い物の・・・確かに温かな物が、そこには存在していた。

 

 

「そう言えば・・・話したかな、この間、エヴァさんと久しぶりに話したよ」

「吸血鬼(エヴァ)、来たのか?」

「あ、ううん、晴明さんの術で少しだけ繋がって・・・すーちゃんは、その時は畑の方の見周りに行ってたから」

「おお・・・吸血鬼(エヴァ)、元気だったか?」

「うん、何か・・・いろいろと忙しいみたいだけど」

 

 

エヴァンジェリンだけに限らず、魔法世界にいるさよとスクナの家族は、それぞれに忙しいことは知っている。

・・・約一名、自分から忙しさを増そうとする者もいるが。

1年前までは、さよとスクナも彼女らの傍にいたのだから、良く知っているつもりだった。

ただ・・・。

 

 

「ん・・・っ」

 

 

不意に、さよが箸を置いた。

まだ半分も食べていないが・・・片手で胸を押さえ、軽く眉をしかめる。

どことなく・・・苦しそうにも見える。

 

 

「さーちゃ・・・さーちゃんっ!」

 

 

スクナは箸を放り出して、食事もそこそこに、席を立ってさよの傍へ移動した・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

―――――M-06。

M-06と言うのが、その男の「名前」だった。

それ以外の名称で呼称されたことは無く、ただ一人を除いて、彼の知る全ての存在が彼をM-06と呼んでいた。

 

 

月明かりに照らされ、ボロ布のようなローブを纏った姿が晒される。

190はあろうかと言う巨体に、がっしりとした筋肉。

伸ばし放題になった赤い髪が褐色の肌に絡み、野性的な印象を見る者に与える。

彼は・・・高い杉の木の上から、じっとある家を見下ろしていた。

 

 

100mほど先にある、結界と強力な霊力・魔力で覆われたその家は、木造のログハウスだった。

かつての主の残している気配もさることながら、現在あの家にいる存在も、彼とほぼ同程度の実力を備えているであろうと言うことは、わかっている。

最初から戦闘を目的に造られた彼と同レベルの相手がいるとなれば、彼も慎重にならざるを得ない。

 

 

だから、彼は待っている。

自分に残された時間を正確に測りながら。

機会が訪れるのを、待っている―――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「さーちゃん、大丈夫か・・・?」

「うん・・・ちょっと楽になったかも」

 

 

なるべく負担にならないように、スクナは小さな声でさよに話しかける。

それに答えるさよは、少し青ざめた顔で、寝室のベッドに横になっていた。

スクナが額に冷えたタオルを置くと、さよの表情から、少しばかり苦しさが薄れたように見えた。

そのことに、スクナもホッとしたような表情を見せる。

 

 

元々、さよが旧世界で暮らすようになったのは、1年前に体調を崩したためであった。

魔法世界の素材で造った身体なのだが、どうも新しい魔法世界の環境には適さなかったらしい。

旧世界に来てからは、徐々に良くなって来ていたのだが・・・。

 

 

「さーちゃん・・・」

 

 

スクナはさよの胸に軽く手を置くと、自分の霊力を少しだけ解放する。

ある事情から、さよの身体には過度な回復・治癒の力を用いることができない。

ただそれでも、神であるスクナの力を流し込むことによって、さよの不調を軽くすることはできる。

ポゥッ・・・とかすかな光がさよの身体を包むと、さよの顔色はかなり良くなった。

 

 

「・・・ありがと、すーちゃん」

「僕(スクナ)はすーちゃんのためなら、何でもするぞ?」

 

 

薄く笑みを浮かべるさよに、スクナはにっこりと笑顔を浮かべる。

少し気分が良くなったためか、さよは身を起こそうとする・・・が、それはスクナによって止められた。

 

 

「ダメだぞ・・・今日はもう休むんだぞ」

「でも・・・まだ、食器とか・・・」

「大丈夫だぞ、僕(スクナ)が全部やっておくぞ」

「え、でも・・・そんな、悪いよ」

「ダメだぞ」

 

 

その後、5分ほど押し問答を繰り広げた後・・・勝ったのは、スクナだった。

さよが押し負けたと言うのもあるが、さよ自身が疲れていたと言うのもある。

実際、熱っぽくて・・・身体が、だるいのだから。

 

 

「じゃあ・・・お願いするね」

「任せるんだぞ」

 

 

さよの髪を撫でながら、スクナが言う。

さよも、心地良さそうに目を閉じながら・・・それを受け入れる。

 

 

「何か、食べたい物とか・・・飲みたい物とか、ある?」

「ん・・・じゃあ、トマトとか・・・食べたいな・・・」

「トマト・・・」

 

 

それならちょうど、畑で採れる。

収穫時期でもあるし、5分もあれば十分量採って来れる。

そう考えたスクナは、ニカッと笑って頷いた。

 

 

「わかったんだぞ。さーちゃんはちゃんと休んで、待ってて欲しいぞ」

「・・・うん、わかった」

 

 

さよが微笑みながら頷くと、スクナも安心したような表情を浮かべる。

それから、さよの額に軽く口付けて・・・。

 

 

「じゃ、ちょっと待ってるんだぞ!」

「・・・うん」

 

 

窓から出・・・ようとして踏み止まり、スクナはきちんと寝室の扉から出て行った。

ダダダダ・・・っと、階段を駆け降りる音が響く・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「行っちゃった・・・」

 

 

ぽつりと呟きながら、さよはスクナの出て行った扉の方を見つめていた。

この家でスクナと2人きりの生活を始めてから、1年が経つが・・・スクナは、変わらない。

神だから、変化が少ないのかもしれない、などとさよは思った。

 

 

「ん・・・しょっ、と」

 

 

ベッドの上で体勢を変え、上半身を起こす。

スクナには横になるように、と釘を刺されていたが、さよは身を起こしていた。

何故なら同じ体勢でいると、少しずつ不快感が強まって来るような感覚に襲われるからだ。

 

 

襲われる・・・と言う程のことでも無いが、どうも足の付け根のあたりが痛むのである。

身体の不調と言うよりは、骨格の変化・・・とでも言った方がしっくり来るかもしれない。

 

 

「んー・・・身体、だるいな・・・」

 

 

胸の奥からこみ上げてくるような不快感に、さよは顔を顰めつつ溜息を吐く。

この体調で家事をする気にもなれず、スクナを待つしかない。

とは言え、ただ待っているだけと言うのも暇であるし、何か気分転換をしたい所である。

さよはワンピースのポケットをゴソゴソと探ると、一枚のカードを取り出した。

それには、中学生姿のさよの絵柄が描かれている。

 

 

今は魔法世界にいる・・・アリア・アナスタシア・エンテオフュシアとの仮契約カードである。

5年前に一度情報を更新したため、主人(アリア)の名前もエンテオフュシア姓に変わっている。

 

 

「・・・アデアット」

 

 

現れるアーティファクトは、『探索の羊皮紙』。

自分と接点のあった相手を、限られた範囲内で探索できるアーティファクトである。

と言って今の段階で探すような相手はスクナくらいの物、しかも探す必要も無い。

探すまでもなく、自分から急速に離れて行くスクナの反応を捉える事ができる。

 

 

このスピードなら、数秒で畑まで到着し、数分でトマトをたくさん採って戻って来るだろう。

それがわかるから、さよの口元には笑みが浮かぶ・・・。

 

 

「・・・?」

 

 

しかし、その表情がかすかに変化した。

戸惑うように、羊皮紙の上に指を置く。

 

 

そこには、スクナと、もう一人・・・自分の反応があるはずなのだが。

本来、さよ自身の反応が示されてしかるべき場所には、こう書かれていた。

 

 

<UNKNOWN>

 

 

それは・・・ある程度以上の接点の無い相手を捉えた時に表示される言葉。

しかし、羊皮紙の中央にはさよが示されるはずである。

だがそこには、さよの名は無い。

こんなことは、あり得ない。

考えられる可能性としては・・・。

 

 

 

真上に。

 

 

 

「・・・っ!?」

 

 

次の瞬間、さよは凄まじい勢いでベッドから飛び出した。

そして同時に、天井が崩れる。

さよは空中で機敏に体勢を整え、床に着地する。

 

 

着地した際の衝撃で身体の奥が軋み、小さく呻くが・・・それでも毅然と顔を上げる。

床に膝と片手をついた体勢のまま・・・前を見る。

 

 

「・・・サヨ・アイサカ・・・?」

 

 

妙に機械的な声。

天井を破りベッドを押し潰したその存在は、薄汚れたローブを纏った筋骨隆々とした男だった。

さよは知らないことだが、その男の「名前」はM-06。

魔法世界に出現したテロリスト集団、「Ⅰ」の一員である。

そして・・・女王アリアの縁者を狙って旧世界に潜入した4人組の1人である。

 

 

いずれにせよ、友好的な来客で無いことは、見ればわかる。

さよは全身を緊張させながら・・・寝室を満たすように薄く魔力を放った。

 

 

「・・・セット・・・!」

 

 

さよの呟きと共に、床下や壁、家具の裏から、黄色い閃光が飛び出した。

さよが5年前から愛用している魔法具・・・『アヒル隊』である。

万が一の備えは、最低限していたのである。

 

 

そしてそれらが、M-06に殺到する。

小さな爆発が連続で起こり・・・ログハウスの一部が吹き飛ぶ。

これでおそらく、外のスクナにも伝わるだろう。

 

 

「う・・・っ」

 

 

そこまで考えた所で、さよは口元を押さえて呻いた。

どうやら、久しぶりの実戦に身体の状態がついてこられなかったようである。

もう、出す物は無いはずだが・・・。

 

 

その時、ボンッ、と爆煙の中から何かが飛び出してきた。

煙を弾き飛ばす勢いで飛び出してきたのは、予想通り、M-06。

彼はその太い丸太のような腕を振り上げ、迷うことなく振り下ろす。

さよは、それを視線だけで確認すると。

 

 

「・・・・・・!」

 

 

迷うことなく。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

ザンッ・・・!

地面を蹴って、反転する。

 

 

ちょうど畑に到着した所で、彼はまだトマトを一つも採っていない。

だが、それとは関係なく彼は反転する。

反転しなければならない。

彼は強く・・・認識していた。

 

 

どこかの愚か者が、彼の大切な者に触れたことがわかって。

どこぞの愚か者が、愚かにも彼の大事な者に触れたことに気付いて。

 

 

物の数秒で戻れる距離を、最大速度で戻る。

数秒で・・・帰る。

 

 

思い知らせて、やるために。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

一撃目は、腹部。

・・・両腕でガードし、魔力のほとんどを腕の強化に回した。

 

 

二撃目は、胸。

・・・片腕でガード、もう一本の腕は変わらず腹部を庇っていた。

 

 

三撃目は、顔。

ガードせず、そのまま受けた。

 

 

「ああっ・・・!?」

 

 

以上が、M-06の攻撃に対するさよの防御行動である。

彼女は自身の胴体部を守ることはしても、その他については防御すらしなかった。

M-06の剛腕によって受けた衝撃のままに、さよは吹き飛ぶ。

 

 

しかし背中を打つことを良しとせず、吹き飛ばされつつも身体を反転し・・・。

右腕を、背面の壁に叩きつけた。

左手で自分の右肩を掴み、魔力を流して無理矢理、衝撃を右腕のみに限定させる。

完全では無かったが、それは身体の他の部位への衝撃を殺す役割を果たし・・・。

 

 

骨の折れる音。

 

 

脳を突き抜けるかのような痛みに、さよの意識は一瞬、途切れる。

しかし、気力で引き戻す。

眼前に迫る床に対し、先程やったことと同じことをする。

 

 

骨の砕ける音。

 

 

結果、腕一本の犠牲で・・・彼女の身体は殴られた衝撃の大部分を受け流すことに成功する。

床に倒れる際にも、彼女は奇怪な行動を取った。

下半身を浮かせ床への衝突を防ぐのに対し・・・上半身は顔まで含めて床に這い蹲っている。

右腕は・・・流石に動かせないが。

左腕は床につくのではなく、あくまでも腹部を庇っている。

 

 

「・・・ぐ・・・ぁ・・・ふ、うぅ・・・っ!」

 

 

呻きつつも、床に這い蹲りつつも、目線を上げる。

前髪の間から覗く赤い瞳は、狂的なまでに強い光を放ち・・・相手を射抜く。

歯を食いしばり・・・ふーっ、ふーっ、と、まるで動物が天敵を威嚇するかのような息遣いが響く。

体勢は弱々ししいが、だが不気味なまでの迫力があった。

 

 

『それ以上、近付いたら・・・殺す』

 

 

さよの目は、そう言っているようにも見えた。

状況は、圧倒的にさよが不利だと言うのに・・・。

 

 

一方でM-06は、困惑していた。

正直、彼としては・・・そこまで傷つけるつもりは無かったのである。

顔への攻撃も、普通にガードされるだろうと思っていた。

たとえ直撃したとしても、普通に着地するだろうと思っていた。

 

 

だが現実には、彼の目標である「サヨ・アイサカ」は少なからぬダメージを負い、彼の前で床に伏している。

それも、不自然な防御方法によって・・・。

それに対し、彼は困惑していた。

 

 

さよの行動に、合理性が見出せない。

だから彼は困惑してしまい、次の行動に移れなかった。

そして、次の行動の選択を逡巡している間に。

 

 

 

誰かの手が、M-06の顔を掴んだ。

 

 

 

ミシリッ・・・と、骨が軋む音すらした。

振り向こうとしても・・・首が動かない程の握力。

大柄なM-06が、背中から手を回されて顔を掴まれている。

首を動かすことができず・・・目だけで、後ろを見る。

そこには・・・。

 

 

 

そこには、鬼がいた。

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

グンッ、と力任せにM-06の頭を引き、後ろに引き倒す。

そして床に叩きつけるのではなく・・・膝に、首の後ろを叩きつける。

骨が軋み、肉が裂ける嫌な音が響いた。

 

 

のけぞった相手の腹に、真上から右拳を叩きつける。

内臓が潰れる音が響き、M-06の巨体が床にめり込む。

息を吐く間もなく首を掴まれ、やはり力任せに振り回す。

 

 

壁に叩きつける、床に叩きつける、天井に叩きつける。

 

 

そして最後に、崩れかけた窓に向けて放り投げ、外へと叩き出した。

・・・尋常でない力で、投げ飛ばした。

 

 

「さーちゃん!!」

 

 

M-06を嬲ったスクナはすぐさま、さよの傍へと駆け寄った。

うつ伏せに倒れているさよを優しく助け起こし、苦しげに歪む顔にかかった前髪を払う。

 

 

「さーちゃん、ゴメンだぞ、離れた僕(スクナ)が悪かったぞ・・・!」

「だ・・・大じょ・・・ぶ・・・」

「さーちゃん・・・っ」

 

 

スクナは、右足と右腕でさよの身体を支えながら、ブチッ、と自分の左腕の手首を噛み千切った。

傷口から噴き出る血を少しだけ口に含むと、躊躇することなくさよの唇に自分のそれを重ねた。

 

 

「んっ・・・んんっ、ふ、ちゅ・・・んくっ・・・っく・・・っ」

 

 

ツ・・・と、スクナの赤い血がさよの口の端から流れ落ちる。

さよの白い喉が何かを嚥下するかのように蠢き、合わせてスクナは強く唇を押しつけた。

 

 

さらにスクナはさよの腹部に左手を這わせると、何かの印を刻むように指先を動かした。

臍のあたりをなぞった後、服の上から下腹部へと移動する。

その時点で、さよも左手をスクナの手に添えるが・・・止めようとする素振りは見えなかった。

それが、さよの身体を癒す物とは別の術であることを知っていたから。

何より・・・スクナだから。

 

 

「ふ・・・む、ぅ・・・ん・・・」

 

 

次第に、さよの身体から力が抜ける。

20秒ほどもしただろうか、スクナが唇を離した時には・・・さよは、安らかな顔で眠りについていた。

唇には・・・スクナの血が、まるで口紅のようにこびり付いている。

 

 

どうにか復調したさよの様子に、スクナはホッと表情を緩める。

さよの頬を一撫でして、優しく壁にもたれさせ、砕かれたベッドの残骸からシーツの一部を持ってきて、さよに被せる。

それから・・・ゆっくりと、立ち上がる。

 

 

立ち上がって、ゴキンッ、と拳を鳴らし、M-06を投げ飛ばした外を見る。

・・・思い知らせて、やるために。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

M-06は、衝撃を受けていた。

彼は・・・慄いていた。

 

 

M-06は、森の中に仰向けに倒れていた。

首の骨は完全に折れ、身体を動かすことができない。

「Ⅰ」のメンバーの中で最大の腕力を誇る彼は、単純な戦闘力なら「Ⅰ」最強の存在であるはずだった。

それこそ、彼は名も知らないが・・・全盛期のリョウメンスクナノカミとも互角に戦える程の実力を持っているはずだった。

そのように造られたはず、だった。

 

 

だが、事実として彼は、完膚無きまでに叩きのめされていた。

打ちのめされていた。

叩き潰されていた。

蹂躙されて・・・投げ捨てられていた。

 

 

能力(スペック)的には互角であるはずなのに、圧倒されていた。

反撃すら、ままならなかった。

M-06の存在意義からすれば、あってはならないことだった。

 

 

 

不意に、投げ出された彼の両足が、何者かに踏み潰された。

 

 

 

膝が、何者かに踏み砕かれた。

重苦しい呻き声を上げながら、M-06は自分の両足を砕いた存在を求めて視線を動かす。

そこには・・・。

 

 

 

そこには、鬼がいた。

 

 

 

長い白い髪が何かを呪うかのように野性的に蠢き、爛々と輝く金の瞳が、傲然とM-06を見下している。

彼・・・リョウメンスクナノカミと言う神は、犬歯を剥き出しにしてM-06の眼前にまで顔を近付けると。

 

 

「―――――――――――――――――――――――――――ッッ!!」

 

 

人類には理解できない言語で、吠えた。

圧倒的なまでの霊力と気が、M-06に体内の細胞が沸騰してしまったかのような錯覚を覚えさせる。

 

 

M-06は、己の知識の中から、比較的原始的な動物に関する知識を思い起こしていた。

その動物は、自分の巣や家族に手を出した者をけして許さないのだと言う。

けして許さず・・・相手を嬲り殺しにするのだと言う。

徹底的に、無慈悲なまでに嬲り殺しにするのだと言う。

 

 

そして、他の動物に示すのだ。

 

 

自分の巣に、家族に、大切なモノに触れたらどうなるか。

自分の領分を侵したら、大事なモノに触れたらどう言う目に合うか。

それを、わかりやすく・・・他の動物に示すのだと言う。

見せしめとして、嬲り殺しにするのだと言う・・・。

・・・M-06は、何故かそんなことを思い返していた。

 

 

彼の名はリョウメンスクナノカミ。

医療を司る神でもあり、彼以上に人の身体の癒し方を知っている者はいない。

だからこそ・・・。

 

 

だからこそ、最も惨たらしい人の身体の壊し方も、熟知していた。

 

 

M-06自身は知りようも無いことではあるし、後にどうなるかはわからないが。

少なくとも現時点で、彼は「Ⅰ」のメンバーの中で最も・・・。

 

 

 

最も苦しんで、短い人生の最期を迎えることになった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

・・・翌朝。

昨夜の騒動が嘘のような穏やかさの中で、スクナはログハウスの屋根の上にいた。

彼の前には、大穴が開いた屋根。

彼の後ろには、木材と工具。

 

 

絶賛、屋根の修理中である。

 

 

吹き飛ばされたのは寝室の屋根なので、直さないわけにもいかない。

さらに言えば、滅多に来ないとは言え、ここの家主はエヴァンジェリンである。

二重の意味で、中途半端な修理はできなかった。

 

 

「あー・・・良い天気だぞー」

 

 

トンテンカンテン・・・とトンカチで釘を打ちながら、スクナは昇る朝日に目を細める。

ガチンッ、よそ見をしていた結果、お約束のように指をトンカチで打ち、スクナは屋根の上で悶えた。

 

 

「すーちゃ――んっ、朝ご飯だよ――っ!」

 

 

下から、さよの声が聞こえる。

昨夜の術のおかげか、今朝は比較的、身体の調子が良いらしい。

スクナが屋根の上から寝室に頭を出すと、盆に2人分の朝食を乗せたさよが立っていた。

エプロン姿のさよを見て、スクナはニンマリと笑った。

 

 

 

今日の朝食は、おにぎり(梅干し)とお吸い物だった。

あと、トマトのサラダ。

 




さよ:
お久しぶりです、相坂さよです。
名字はそのままです、すーちゃんが現代の婚姻をイマイチ理解していないので・・・。
いっそのこと、お婿さんにしようかな・・・。
今回は私のお話でした、珍しいかもですね。
3人称ですし・・・登場キャラが少なかったからですね。
それにしても、あの男の人は、誰だったんでしょう・・・?


さよ:
次回は旧世界編の4つ目、最後です。
最後は・・・麻帆良の外です。
とは言え、そこまで離れてはいないかもですが。
では、また機会があれば・・・失礼します(ぺこり)。

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