魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第3部第2話「爆弾」

Side 茶々丸

 

本日は、いつもとは異なるスケジュールになっております。

クルト宰相にお願いして、いつもよりも30分、アリア先生の起床時間を遅らせます。

元々、そこまで早く起きる必要は無いですし・・・。

それでも、朝の6時ですが。

 

 

「少し、寝坊してしまいましたか・・・?」

「いえ、まだ十分に間に合う時間です、アリアさん」

 

 

と言うよりも、いつもが早すぎるのです。

もう30分は眠られても、問題は無いはずなのですが・・・。

今日は、外国からのお客様を多くお迎えする大事な日なのです。

 

 

午後からはヘラス帝国やアリアドネーなどの大国の首脳がお見えになりますし、午前中には「イヴィオン」加盟国の首脳や旧連合加盟都市の首脳とも会わねばなりません。

明日には魔法世界諸国の拡大会合がありますし・・・。

外交的に、非常に重要だと言うのは理解できます。

 

 

「ユリアさん、ここを押さえておいてください」

「はい」

 

 

侍女仲間のユリアさんと共に、アリアさんの着替えを手伝います。

傍にはもっと多くの女官が控えておりますが、基本的には私が、そしてユリアさんが私のお手伝いをしてくれます。

水の精霊の血を引くユリアさんの存在が、部屋の空気を清廉な物にしてくれるからです。

 

 

アリアさんは公務の際には、基本的に薄桃色のドレスを着用されます。

今日も明るい内は同色の、しかしいつもとはデザインの異なるドレスで過ごされる予定です。

夜には各国首脳を歓待する夕食会が催されますが、その際には別のドレスを・・・。

 

 

「わぁ・・・女王陛下の婚約指輪、いつ見ても素敵ですね」

「え・・・そうですか?」

「はい」

 

 

着替えの最中、アリアさんとユリアさんがそんな会話を交わします。

・・・?

その際、何故かアリアさんの心音が少し乱れたように感じました。

アリアさんはそれを表には出しませんし、実際、何も言いませんが・・・。

ユリアさんも、少し不思議そうな表情を浮かべているようです。

 

 

「・・・はい、終わりです」

「ありがとうございます、茶々丸さん」

 

 

最後に腰の部分でリボンを結んで、大きな蝶のように形を整えます。

普段の薄桃色のドレスよりも、少しフリルとリボンを多くしたデザイン。

16歳という年齢を考え、かつ女王としての威厳を損なわない程度にデザインされています。

 

 

アリアさんは、ふわりと微笑んで、いつのようにお礼を言ってくださいます。

それは、とても喜ばしいことなのですが。

 

 

「・・・失礼致します」

「はい・・・って、わ?」

 

 

コツン、と額をくっつけて、アリアさんの体調をチェックします。

・・・肉体的な障害は見受けられません。

体温、36度2分・・・平熱です。

その他、女性特有の生理現象も許容範囲・・・。

 

 

「・・・問題は、ありませんね」

「もちろんですよ、茶々丸さん。それに本当に辛い時は、ちゃんと言います」

「・・・・・・・・・・・・わかりました」

「間を開けるの、やめてください・・・」

 

 

そう言って苦笑するアリアさんの顔を、私はじっと見つめています。

私が記録している限り、アリアさんは自分から不調を訴えたことは数える程しかありません。

アリアさんが12歳の時・・・お手洗い中に呼ばれた時くらいです。

 

 

それ以外の、例外的な事例を除けば・・・皆無に等しいと考えられます。

今後も、アリアさんの健康状態に注意を払う必要があります。

 

 

 

 

 

Side 環

 

表の華やかな外交式典とは別に、裏方の仕事と言う物がある。

もちろん、それはけして表には出ない、そんな仕事。

でも私は、フェイト様に拾われた時から・・・賞賛されたいと思ったことは無い。

 

 

賞賛を受けるべきはフェイト様・・・フェイト様のような表の人であるべきだと思ってる。

私のような人間は、裏でそれを支えていれば良い。

ううん、支えられる人間でありたい。

そう思い続けて、これまでを生きてきた。

 

 

「忙しい所スマン! 式典用の騎竜が1頭倒れて・・・誰か看てくれんか!」

「・・・わかった! キカネ、ここお願い」

「任せて」

 

 

同じ竜族のキカネに、騎竜への鞍の取り付けをお願いして、私は騎竜の上から降りる。

キカネは私と同じ竜族で、角が一本折れてるけど・・・でも、仲良し。

焔は、同族のレメイル君と仲が悪いけど。

 

 

「倒れた子はどこ?」

「こっちだ。今、魔獣医の候補生が看てくれてるんだが・・・」

 

 

式典用の衣装を着た竜騎兵の後についていくと、竜舎の奥で横になっている騎竜が見えた。

魔獣用の医療道具を持って、その子の所まで駆けて行く。

近くまで行くと、短い茶髪の女の子がその子のお腹のあたりを調べているのがわかった。

白衣を着たその女の子は、一か月前に王立ネロォカスラプティース女学院から来た研修生の・・・。

 

 

「ドロシー、どう?」

「あ、環さん・・・たぶんですけどこの子、食べ物が上手く消化できてないみたいなんです」

「消化が?」

 

 

両手に長手袋を嵌めて、竜の尻尾の後ろのあたりに行って・・・。

・・・うん、確かに消化が不十分。

水分も多い気がする・・・腸が悪いのかもしれない。

 

 

「今日はこの子、飛べないと思う」

「そうか・・・じゃあ、すぐに他の騎竜を用意させるよ、ありがとう」

「良い・・・この子は私達で見ておくから」

「本当にありがとう!」

 

 

手を振って、兵隊さんが駆けて行く。

本当は愛竜の傍にいたいと思うけど、今日は特別な日だから。

 

 

「ドロシー、糞(フン)に水分が多い。この子、下痢になるかもしれない」

「はい、だから下痢止めをとりあえず注射してみます」

「担当上官の許可は?」

「指示と一緒に、貰ってます」

「うん、良し」

 

 

ドロシーは、まだ候補生。

たぶん、私がここに来るまでの間に魔獣医班の教官から指示を貰ってるんだと思う。

騎竜は、特に健康管理に気を遣うから・・・実際、この子以外にも体調の悪い騎竜はたくさんいる。

 

 

最近は、騎竜は手間がかかるからって、魔導技術を使った「機竜」って装備の配備が進んでる。

本当の竜に乗るわけじゃ無くて、竜騎兵に装着する鎧みたいな装備。

確かに、騎竜の健康に予定や予算を左右されなくなるし、餌代もかからない。

でも、少し寂しい。

 

 

「・・・大丈夫、すぐに良くなる」

 

 

汚れてしまった手袋を外して、騎竜の頭を撫でる。

すると、少し弱ってるけど・・・可愛い声で、応えてくれた。

それに私は、少しだけ微笑んだ。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

「総長、本艦は新オスティア国際空港の管制空域に入りました」

「・・・そうですか」

 

 

午後1時になって、新オスティア国際空港の管制空域に入った。

眼前のスクリーンには、確かに空港の様子が映し出されているわ。

いくつもの艦艇が、陽光に照らされて輝いて見える。

 

 

「現在、ヘラス帝国のテオドラ陛下の入港を行っているため、少しの間待機して欲しいとの要請が入っておりますが・・・」

「わかりました。作業の無事を祈りますと伝えなさい」

「はっ」

 

 

どうやら、テオドラ陛下の方が先に到着したようね。

確かに、帝国の『インペリアルシップ』の姿も見える。

テオドラ陛下の入港作業も、後10分はかかるでしょうし・・・。

聞いている予定では、「イヴィオン」首脳や旧連合加盟諸都市の代表もオスティアを訪問しているとか。

 

 

私の言葉を受けた艦長が、慌ただしく艦橋のスタッフに指示を与える。

その様子を横目で見ながら・・・私は他のスクリーンに視線を動かす。

そこには、真新しい軍艦が映し出されているわ。

私がアリアドネーから連れてきた護衛の巡航艦では、無い。

 

 

「・・・アレが、ウェスペルタティアの新造艦艇・・・」

 

 

いえ、正確には違うわね・・・。

国境で確認した所属名称は、正確にはウェスペルタティアでは無かった。

「イヴィオン」統合艦隊第1艦隊所属、第4巡航艦戦隊。

新鋭巡航戦艦ユリシーズ級の3隻・・・『ユリシーズ』、『アンダスタンド』、『アンダイン』。

 

 

・・・ウェスペルタティアは、すでに「イヴィオン」の諸艦隊を統合運用できる制度を。

いえ、それ以上にアレだけのレベルの新造艦を多数建造しているとは。

それも、新技術を使用した次世代艦艇・・・。

 

 

「ここで見せると言うことは、どう言う意図かしら・・・?」

 

 

威圧では無いと思う、いえ、皆無ではないでしょうけど。

ここで周辺諸国を威圧して敵意を煽る必要は無いはず・・・と、なると・・・?

コレが女王の意図か、それともクルト宰相の意図かでも変わって来るわね。

 

 

・・・いずれにせよ、何かのアクションであることには違いないわ。

先日のテロのせいで、不要な軍備増強と言うのも憚られる、このタイミング・・・。

 

 

「・・・総長、入港許可が下りました」

「・・・わかったわ、すぐに入港作業に入りなさい」

「はっ」

 

 

艦長に指示を出して、溜息を吐く。

さて・・・行きましょうか、アリアドネーの利益を確保しにね。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

入港した後、タラップを下りて、地面に敷かれた赤いカーペットの上に下りる。

楽隊が歓迎の音楽を奏で、周辺を警備している兵士達が儀仗剣を顔の前に構える。

それを見て、妾の隣に立つジャックが口笛など吹きおった。

 

 

「・・・ひゅう♪」

「ジャック・・・!」

「わぁってるって、大人しくしてりゃ良いんだろ?」

「絶対じゃぞ・・・!」

 

 

黒いスーツを窮屈そうに着たジャックに、念を押しておく。

まぁ、こ奴が大人しくしておいてくれれば・・・くれれば・・・置いてくれば良かったかの?

い、いや、しかし、公式の場での顔見せも立派な仕事じゃし。

仕事なら、きちんとするはずじゃ、うん。

 

 

・・・それにしても、この艦艇群、この兵士達。

去年のアリアドネーでの会合を欠席したので、空気を忘れかけていたが。

これが、今のウェスペルタティアの国力と言うことか・・・。

5年前、そして20年前とは見違えた。

同じ国とは、思えない・・・ましてや復興途上の国とは。

 

 

「・・・ご無沙汰しております、テオドラ陛下」

 

 

その声に、妾は全身を緊張させた。

妾の正面に、妾達を迎えに来たであろう王国の首脳陣がいた。

特に、先頭に立つ薄桃色のドレスの少女。

横に白髪の騎士、そして背後に王国宰相と金髪の吸血鬼を従えた、おそらくはウェスペルタティア史上最強の女王。

 

 

「ようこそ、ウェスペルタティアへ・・・心から歓迎致します」

「歓迎を感謝する・・・アリア陛下」

 

 

お互いに言葉を交わし、握手を交わす。

同時に、軍属なのか民間なのかはわからぬが、パシャパシャッ、といくつものシャッター音。

目の前でにこやかな笑顔を浮かべるのは、ナギとアリカの娘。

薄桃色のドレスで着飾ったその姿は、まさに可憐と言う表現が似合うじゃろう。

・・・が、その肩書きは凄まじい物がある。

 

 

ウェスペルタティア女王にして王国軍最高司令官、国家連合「イヴィオン」の共同元首にして「イヴィオン」統合艦隊総指揮官、アリアドネー講師の経歴を持つ研究者と言う一面をも持つ。

王国に技術革命をもたらし、5年前の戦いで世界を救い、齢16にして救世の女王として魔法世界にその名を知られる少女・・・。

 

 

「・・・アレは?」

「え・・・ああ、アレですか? アレは『PS』です」

「ぴーえす・・・?」

 

 

妾の視線の先には、不思議な物があった。

兵士の一部が装備しておる・・・何と言うか、ゴツゴツした鎧のような物。

一見、我が帝国の動甲冑に似ているようないないような・・・。

 

 

「また後ほど、詳しく説明致しますが・・・我が国の最新装備です」

「最新装備・・・それは」

「女王陛下、お時間が・・・」

「ああ、はい・・・そうですね」

 

 

アリカの娘に耳打ちするのは、クルト・・・その際、一瞬だけ視線が合う。

・・・まぁ、後で説明してくれると言うなら、少しくらいは待とう。

 

 

どの道、ここでいつまでも立ち話ともいかんじゃろうしな。

さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

テオドラ陛下の後、セラス総長をお迎えして、今は最後の一組を待っています。

ちなみに最後の一組とは、メガロメセンブリアのリカード主席執政官の訪問団です。

距離的には一番近いのですが、エオス、トリスタンなどの旧連合加盟都市の上空通過にことの他、時間がかかったようですね。

 

 

おそらくは、テオドラ陛下よりも先に到着しないようにでもされたのでしょうが。

まぁ、嫌がらせですかねぇ・・・。

エオス、トリスタンは帝国の影響下にある都市国家ですから。

 

 

「いや、遅れて申し訳ねぇ、何分、領空通過に時間がかかっちまって・・・」

「いえ、会合の開催の時間には十分に間に合っておいでですので」

 

 

メガロメセンブリア主力艦隊旗艦―――そして、メガロメセンブリア唯一の戦艦―――『スヴァンフヴィート』から降りてきたのは、相変わらず独特の髪形をしたリカード主席執政官。

軽い握手を交わした後、テオドラ陛下やセラス総長と同じように迎賓館へ案内しようとした所、リカード主席執政官が待ったをかけてきました。

 

 

「ちょっと待ってくれよ、実は紹介したい奴が・・・こないだ執政官になったばかりで、議長国の女王陛下にまず知らせておきたい」

「はぁ・・・」

 

 

クルトおじ様の方を見ると、軽い頷きを返されました。

まぁ、その程度であれば・・・と言うことでしょう。

 

 

「わかりました、どなたですか?」

「ああ、コイツだ」

 

 

そう言って、リカード主席執政官が1歩退きました。

そしてリカード主席執政官の後ろから、姿を現したのは・・・。

 

 

短い金髪に、青い瞳。

年齢は、私と同じくらい。

ただ身長は私よりも、たぶん10センチ以上高いです。

ガッシリとした身体に、でも対照的に気弱そうな笑みを浮かべている顔。

 

 

「あー・・・ミッチェル・アルトゥーナ執政官だ」

 

 

内心、驚愕します。

正直・・・どこで何をしているのか、音信不通でしたので。

こういう場で無ければ、旧交を温める所です。

と言うか・・・いつの間に引きこもり脱却したのですか?

 

 

い、いえ・・・そうではありませんね。

ええと・・・何と言いましょうか。

久しぶり・・・と言うわけにも。

 

 

「初めまして」

「・・・!」

 

 

メルディアナを卒業する以前とは、すっかり見違えたミッチェル。

そのミッチェルが、気弱そうな笑みを浮かべて、言いました。

初めまして、と。

 

 

「初めまして、女王陛下。僕はミッチェル・アルトゥーナと申します・・・噂通り、いえ、話に聞いていた以上にお綺麗で、驚いています」

 

 

その気弱そうな笑顔が、メルディアナ時代の彼と重なります。

そして・・・私は少し硬直していた身体から力を抜き、微笑みます。

確かに、公式の場で会うのは、初めてですものね・・・ミッチェル。

 

 

「初めまして、ウェスペルタティア女王、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアです。アルトゥーナ執政官も、とても素敵な方で驚いていますわ」

「いえ、そんな・・・御冗談を」

「そんなことはありません・・・ようこそオスティアへ、歓迎致します」

 

 

そう言って、私はリカード主席執政官とミッチェル・・・いえ、アルトゥーナ執政官を案内するために、歩き出しました。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「・・・様子がおかしいだと?」

「はい・・・上手く言語化できないのですが」

 

 

今回の国際会合は、国家代表間の会議の他に、それぞれの担当閣僚間の会議もある。

外交担当の閣僚の会議や、財務担当の閣僚の会議とかだ。

工部尚書である所の私は、工部省の官僚と共に産業・技術などを担当する閣僚の会議を行おうとしているのだ。

議長国の閣僚なので、私が議長なわけだが・・・。

 

 

言うことは予め決まっているとは言え、何だか緊張する・・・と言う段で、茶々丸がやってきた。

会議に必要な機材を持ってきて、それを映像装置に接続したりしている最中に、そう言う話になった。

とは言え、周りの目もあるので・・・自然、小声になるわけだが。

誰に聞かれているともわからんので、名前は出さんが・・・。

 

 

「・・・どう言うことだ? さっきは別に何とも・・・」

「はい、普段はそうなのですが・・・何と言えば良いのか」

 

 

茶々丸が言い淀むと言うのも、珍しいな。

しかし茶々丸がアリアの様子がおかしいと言うのならば、そうなのだろう。

そう言うことについては、茶々丸の方が詳しいからな。

 

 

「ただ・・・どうも、式に関する話をすると、心拍数が乱れるようなのです」

「・・・要領を得ないな」

「申し訳ありません・・・」

 

 

私の言葉に、茶々丸も困り果てたような表情を浮かべる。

式・・・と言うのは、おそらくは結婚式だろうが。

むぅ・・・しかし、今すぐにどうこうできる物でも無いしな。

 

 

「・・・わかった、私が今夜にでも話を聞こう」

「お願い致します」

「ああ・・・」

 

 

あいつは、自分から悩みやら何やらを話さないからな。

まったく・・・まだまだ世話が焼けるなっ!

 

 

その後、茶々丸が会議室から出て行って、工部省の官僚が機器の操作を担当する。

アリアドネー、ヘラス帝国、メガロメセンブリアの3国と、オブザーバー参加の「イヴィオン」加盟国のアキダリアの工業大臣。

「イヴィオン」加盟国は、それぞれオブザーバーとして閣僚会議に参加している。

外交の閣僚会議には龍山が、財務の閣僚会議にはパルティアが・・・という具合にな。

 

 

「えー・・・では、これより主要国工業担当閣僚会議を開催する」

 

 

尚書になって2年だが、こういう場では流石の私も緊張する。

基本的には官僚の用意した原稿通りに進めれば良いわけだが、場面によってはアドリブも必要だしな。

ああー・・・数年前の私には想像もできんだろうな、今の私の姿は。

 

 

その後、挨拶をして、会議の基本方針を話して・・・そして、今回の会合の核心。

他国への我が国の技術援助の方針と、新技術の説明に入る。

説明するのは、私ではなく専門の技術者だがな。

 

 

「こちらが、我が国で順次導入している新装備・・・『PS(パワードスーツ)』です」

 

 

円卓の中央にブゥン・・・と映像が浮かび上がり、おお・・・と場がザワめく。

王国軍の歩兵に採用された、パワードスーツ・・・『PS』。

他国で近いのは、帝国の動甲冑かな。

 

 

だがウチのは、私だからできる表現だが・・・基本は、超鈴音が使用していた強化服だ。

それに対魔力耐弾耐熱対衝撃の装甲を装着するため、無骨な鎧のように見えるわけだ。

シュテット技術専用の精霊炉でエネルギーを充填する他、ある程度のエネルギーを充填したカートリッジを装備している。

 

 

「5年前の段階までは、詠唱魔法によって精霊の力を借り、魔法を使用していました。しかしご存知の通り、世界から詠唱魔法が失われ、ほとんどの魔法は使用できなくなりました」

 

 

工部省の技術者の説明に、皆が食い入るように画面を見る。

端的にいえば、詠唱は魔力と精霊を繋げる役目をしていたわけだな。

しかし超の技術とセリオナの頑張りのおかげで、それを代替する手段を得た。

つまり、魔導技術だ。

 

 

「魔導技術によって、精霊炉の大幅な改善に成功したおかげで・・・我々は詠唱に代わる手段を得ました。魔法その物ではありませんが、それに近いことを行えるようになったのです」

 

 

今、画面に映っているのは『PS-07』・・・通称、7式動甲冑。

2年前に開発された物で、一種の人型の支援魔導機械(デバイス)。

魔導技術を介して精霊の力を引き出し、魔法に近い物を使用することができる装備。

この装備で、『雷の斧(デイオス・テユコス)』程度は再現できる。

それ以上は・・・流石に無理だが。

 

 

2世代前の装備ではな。

新世代型の装備なら・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

新世代型の装備であれば、まだ上の威力を出せますがね。

ともかくこの『PS-07』は同盟国用、非同盟国用、そして中立国であり女性兵の多いアリアドネー用をすでに開発しています。

加えて言えば、民間用の『PS-07Commercia』・・・商品名『レイバー』がすでに3か月前から流通を始めています。

これは、旧オスティアの工事現場などですでに使用されています。

 

 

これらに加えて、艦艇エンジン用の小型精霊炉や民間製品などの輸出規制を順次解禁しましょう。

いい加減、我が国の技術独占状態に不満が高まっているようですからね。

・・・これだけの物を放出しても、我が国の技術に他国が追いつくにはそれなりに時間がかかります。

それだけの自信が、すでにあります。

 

 

「・・・と言うのが、私共ウェスペルタティアが今後輸出する製品と技術になります」

 

 

主要国元首・行政代表級の会議において、私はそう言いました。

可能な限りにこやかな笑顔で、そう、言うなれば星を飛ばす勢いの笑顔で。

 

 

・・・各国代表、つまりテオドラ陛下やセラス総長などが、非常に胡散臭そうな表情を浮かべておいでです。

まぁ、半ば予想していたことですよ。

ですが、アリア様が苦笑しているのは何故でしょうね。

そしてその後ろに立っているアーウェルンクス、そんな目で私を見るな。

 

 

「・・・輸出を解禁してくれるのは有難いのだけれど」

 

 

円卓の中で説明をしていた私に対し、セラス総長が何か言いたげですね。

はいはい、何でしょうか。

 

 

「技術者は派遣して貰えないのかしら、物だけ貰っても使えないのでは意味が無いわ」

「そこはご安心ください、この『PS-07』は民間にも流通しているモデルでして、付属のマニュアルをご覧頂ければ誰にでも使用できます。とは言えご不安な点もおありでしょうから、サンプルとして2機、希望する友好国の方々には無償で提供させて頂きます」

 

 

2世代前の機体ですがね。

 

 

「・・・民間モデル、ね」

「ええ、現場の方々からは大変好意的な反応を頂いております」

 

 

うーむ、何だか自分が政治家ではなく商人になった気分ですよ。

そして民間にも流れているモデルですからね、セラス総長。

軍事用の最新装備では無いので、あしからず。

 

 

「・・・まぁ、貴国の製品の素晴らしさはわかった。サンプルを貰えるのもありがたいが、貴国はそれらの技術の根本を旧世界からの技術協力で得ているのではないか?」

「技術協力と言う事実は存在しておりません。しかし、極めて友好的な関係を築かせて頂いているのは事実です、テオドラ陛下」

「ふん・・・できれば我が国も、旧世界とは誼(よしみ)を通じたいと思っておるのじゃが」

「何分、旧世界側が我が国としか関係を持ちたくないと言うことでして・・・」

 

 

ゲートの独占は、まだしばらくは維持させて頂きますよ。

とは言え、断ってばかりでは不満も残るでしょうから・・・。

 

 

「クルト」

 

 

静かな声で、アリア様が私に呼びかけます。

そのまま、悲しげな顔で首を横に振ります。

私はそんなアリア様に一礼し、再びテオドラ陛下の方を見まして。

 

 

「・・・我が国が直接、旧世界側の意志を決定できるわけではありません。しかしながら、明日の昼食会(ワーキング・ランチ)以降は旧世界連合の天ヶ崎大使も参加なさいますので、会談の席をご用意することはできます。それで、いかがでしょうか・・・?」

「・・・頼めるだろうか、クルト宰相」

「アリアドネーも会談を希望するわ」

 

 

再びアリア様の方を向くと、今度は花が開いたかのような笑顔で頷かれております。

とても可憐だ。

私は一礼した後、テオドラ陛下とセラス総長に会合のセッティングを約束いたしました。

まぁ、最初から予定には入れていましたがね。

 

 

「・・・さて、では次の議題ですが・・・先日、我が国の合同慰霊祭を狙ったテロの件です」

 

 

ピピッ、と映像装置を動かし、先日のテロの様子を映し出します。

そして現在、テロリストの正体が判明していないこと、及び捕縛できていないことを説明した上で、各国の協力を求め・・・。

 

 

「・・・ちょっと良いか?」

 

 

その時、それまで黙っていたリカードが手を上げました。

議長であるアリア様がにこやかに微笑んで、リカードの発言を許可されます。

 

 

「どうぞ、リカード主席執政官」

「ああ、すまねぇな・・・あー、非常に言いにくいんだが」

「何でしょうか?」

 

 

リカードは非常に困ったような表情を浮かべて映像のテロリストを見やった後、何かの書類の束を私達に示して。

 

 

「ウチには、そのテロリストに心当たりがある」

 

 

来やがりましたね、口実が。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

 

「あー・・・旧メガロメセンブリア元老院、まぁ、旧ってほど昔でもねぇが・・・今のグラニクスの連合評議会が、発端だ」

「・・・待ってくれんか、いきなりそこまで話を飛ばされても、わからん」

 

 

妾の言葉に、リカードはますます困ったような表情を浮かべおった。

その様子に、妾の後ろに立っておるジャックが声を殺して笑っているのがわかる。

 

 

「正直な所、俺も最近知ったばかりで全容を理解しているわけじゃない。だが順を追って説明すると、そうだな、始まりは・・・25年前の大分烈戦争だ」

「大分烈戦争じゃと・・・?」

「正確には、終戦の後・・・<黄昏の姫御子>の封印と、ウェスペルタティアの先代女王アリカの・・・まぁ、処刑が終わった後から、話は始まる」

 

 

クルトとアリカの娘を気にしつつ、リカードが説明する。

<黄昏の姫御子>・・・アスナ姫。

そして、アリカ。

 

 

公式記録では今でも死亡したことになっておるが、実は<紅き翼(アラルブラ)>と共に姿を消したのじゃ、2人ともな。

ここにおる人間の大半は、そのことを知っておる。

 

 

「・・・旧元老院が、<黄昏の姫御子>の力で・・・<墓守り人の宮殿>の封印された最奥部に至ろうと、あらゆる努力をしていたのは、まぁ、周知の事実だ」

 

 

そうじゃな・・・そのために、オスティアを災害復興支援を名目に占領したわけじゃからな。

世界の秘密を、手に入れるために。

 

 

「だが、奴らは気付いたんだ。自分達では最奥部に至れないことに・・・だがアリカ女王を始めとして、ウェスペルタティアの王族は全滅した。自分達で始末しちまったからだ・・・最奥部に至るには、ウェスペルタティアの血族の力がどうしても必要だった、もっと言えば<黄昏の姫御子>が必要だった」

 

 

それも、知っておる。

事実として、アリカは当時のメガロメセンブリア元老院に追い回されておったからの。

造物主(ライフメイカー)との戦いを続けつつ、その追跡を逃れ続けておった。

妾は、碌に助けることができなかった・・・特に、旧世界側ではどうすることもできなかった。

 

 

「ウェスペルタティアの血族がいなければ、宮殿最奥部に入れない・・・奴らは焦った。それはもうマジで焦った・・・で、トチ狂ったことを考えた。現実にいないなら・・・あー・・・その、何だ・・・つまりだ」

「・・・まさか」

「・・・そのまさかだ。連中は『造ろうとした』んだ、ウェスペルタティアの血族を、<黄昏の姫御子>を」

「何てことを・・・」

 

 

・・・造ろうとした。

セラスはどうやら、想像がついたようで・・・顔色が悪い。

 

 

「つまり、そいつは・・・」

「・・・そのテロリストは」

 

 

アリカの娘が、静かにリカードの言葉を引き継いだ。

その顔には・・・先程までのにこやかさは、無かった。

 

 

「そのテロリストは、私の親戚筋に当たるわけですか?」

 

 

そんなアリカの娘の言葉に・・・リカードは。

苦虫を噛み潰したかのような表情で、頷いた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

お父様、お母様、お知らせがあります。

私達には、どうやら親戚があと21人もいるそうですよ?

 

 

「1ヵ月前に崩壊したエリジウム大陸のケフィッスス病院。ここには21人の被験体・・・つまりは、人間が収容されていた」

 

 

ピピッ・・・と映像装置が動き、リカード主席執政官の言葉を映像化しました。

エリジウム大陸北部の地図が現れ、ケフィッススを赤い矢印で指し示します。

 

 

「ここに収容されていた人間は、ウェスペルタティア王家の人間の遺体から得たサンプルを基に造られた人造人間で・・・まぁ、一種の特殊なホムンクルスだ」

 

 

旧世界で言う所の、クローンですね。

リカード主席執政官によれば、<黄昏の姫御子>にちなんで<黄昏計画>と呼ばれていたそうですけど。

・・・最悪のネーミングです。

 

 

「崩壊した理由については、もうメガロメセンブリアの手を離れた施設だから俺達にもわからねぇ・・・ただ、ここから21人の姿が消えたらしいと言う情報は得た。最大で21人、どこかで活動してるってわけだ」

「その計画の細部は?」

「わからねぇ、正直、まだ調査中でな・・・それに実は、5年前にグラニクスの連中が逃げる際に資料を処分されたり、データを持って行ったりしたから・・・悪い」

「悪いで済む問題ではありませんね」

 

 

こめかみに青筋を立てながら、クルトおじ様が眼鏡を押し上げます。

本気でキレる5秒前って感じです。

もしここにリカード主席執政官の処刑執行書があれば、躊躇せずに「YES」に丸をつけたことでしょう。

 

 

それでもそれをしないのは、流石と言うべきでしょうか。

それとも、自分がメガロメセンブリアの執政官であった時に計画に気付けなかったことに責任を感じているのでしょうか。

オスティア総督であった時代に・・・気付いていたら。

気付いたとしても・・・どうしようも無かったでしょうけど。

 

 

「・・・まぁ、経緯はわかりましたが・・・それで何故、慰霊祭を襲撃することに繋がるのでしょうか」

「いや・・・すまん。連中が病院から脱走した後のことは、俺達には・・・」

「・・・そうですか」

 

 

まぁ、わかっていたらいたで問題なのですけどね。

しかし・・・わかりませんね。

慰霊祭を襲撃したり、私を襲ってみたり・・・。

ケフィッススから逃げたと言う彼らは、いったい何を求めているのでしょうか・・・?

 

 

まさかとは思いますが、私を恨んだりとか、していませんよね?

・・・連合の所業で被害を被るのは、勘弁願いたい所です。

 

 

 

 

 

Side 暦

 

会議が終わった後は、各国首脳が参加する社交ディナーと・・・舞踏会。

ディナーの時は調理を手伝ったり、料理を運んだり・・・そして今は舞踏会上で仕事。

もの凄く、忙しいよ・・・。

 

 

「はぁ~、私もドレス着て、舞踏会に出たいなぁ」

「暦、次のボトル」

「はいはい・・・あのラカンって人、凄く飲むよね・・・」

 

 

私達はお盆にお酒の入ったグラスを乗せて、渡して回るんだけど、帝国のラカンって人がガブガブ飲む。

フェイト様は、25年前の大戦の英雄の一人だって言ってたけど。

紅き翼(アラルブラ)>の、ジャック・ラカン。

 

 

新しいワインを開けて、グラスに注いでいく。

もうコレ、お客様全員に行き渡るようにって言うよりラカンさんに渡しに行くみたいな物だよね。

 

 

「環はまだ、竜舎?」

「ええ・・・栞は厨房の手伝いの続き、焔は警備だそうです」

「そっか・・・」

 

 

私の前にいる調とは、もう何年も、ずっと一緒にいる。

調だけじゃなくて、焔も栞も、そして環も。

でも、仕事では別々になることが多くなってきている気がする。

フェイト様のお世話を優先することは、変わってないけど・・・。

 

 

これが、大人になるってことなのかなぁ・・・。

少し、寂しい気もする。

実際、身体はすっかり大人だよね。

私も含めて皆、背も大きくなったし、スタイルもずっと良くなった。

男の人に告白されたことだってある・・・誰も受けなかったけど。

 

 

「あ・・・」

 

 

その時、音楽が流れ始めた。

舞踏会って言うくらいだから、もちろん踊るんだけど。

私達メイドは良くて壁の華、目立ってはいけない。

 

 

ゆったりとした音楽・・・ワルツかな。

たぶん、スロー・ワルツの・・・サークル、それもカップルが決まってるタイプ?

優雅な音楽の中で、真ん中で踊るのは・・・女王陛下と、フェイト様。

 

 

フェイト様が左手で女王陛下の右手を握って、右手で女王陛下の腰を抱く。

女王陛下が左手をフェイト様の肩に置いて・・・踊りを始める。

他の組も、続いてダンスを始めて行く。

ああ言う抱き合うタイプのダンスって、身体の密着度とか意外と高くて、憧れるな・・・。

私もフェイト様と・・・フェイト様、と・・・!

 

 

「・・・暦、グラスが割れますよ」

「う、うん・・・わかってるんだけど、フェイト様がステップ間違えないかとか考えちゃって」

 

 

教えたのは5年以上前だし、これまでだって何度も踊る機会はあったわけだけど。

でも、やっぱり心配になるんだよね・・・こう言うダンスって、男性がリードしないとだし。

 

 

テールコートにホワイトタイのフェイト様と、純白のロングドレスの女王陛下。

・・・綺麗、それに女王陛下、とっても幸せそう。

外交の場でもあるってのもあるんだろうけど、それを抜きにしても・・・綺麗。

フェイト様が何かを囁き、女王陛下が頬を染めて頷く。

2人の世界って感じ・・・はぁ~・・・良いなぁ~・・・。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

10月とは言え、やはり夜は冷えるね。

満天の星空の下、私は銃を構えながらそんなことを思った。

舞踏会が始まってから、微動だにせず屋根の上から会場をスコープ越しに見張っている。

 

 

「・・・覗きにでもなった気分だ」

 

 

まぁ、ある意味では間違ってはいないかもね。

特にそんな趣味は無いけど、場合によってはプライバシーの侵害だしね。

 

 

それにしても、舞踏会は盛況のようだね。

あの眼鏡宰相が誰と踊るのかは知らないが、アリア先生はあの王子様(フェイト)と踊るのだろうね。

それ以外の選択肢が無いと言うか・・・それとも、他の国の首脳と踊ったりするのかな?

まぁ、エヴァンジェリンあたりが不機嫌になるかな?

 

 

「交代だ・・・食事を摂れ」

 

 

その時、私の横に紙袋を持ったクゥィントゥムが現れた。

休息・・・しかしスコープから目を離すことはせずに、紙袋を受け取る。

ガサガサと中を探って、パンを掴み・・・無造作に齧り付く。

ふむ・・・高いパンだな、柔らかくて美味い。

 

 

「まったく・・・人間とは不便だな、いちいち食事を摂らねばならない」

「アーウェルンクスシリーズだって、身体の基本構造は人間と同じだろう? なら、空腹くらい覚えるんじゃないか?」

「僕達は食事を摂らなくても長時間活動できるよう、調整されている」

「だとしても・・・」

 

 

口に含んだ物を飲みこんだ後、私は続ける。

水が欲しい所だけど・・・あまり飲むと、お手洗いが近くなるからね。

 

 

「何か、好みはあるんじゃないか? フェイトが珈琲党なように」

「アレは特殊な事例だ。本来ならば、好きだ嫌いだなどと言う感情など生まれない」

「なるほど・・・」

 

 

同じアーウェルンクスでも、いろいろとあるのかもね。

まぁ、クゥィントゥムの好みがあろうとなかろうと、私は知らないけどね。

・・・うん?

 

 

「アレは・・・アリア先生?」

 

 

その時、舞踏会の会場から外のテラスに誰かが出てきた。

誰かって言うか、アリア先生だね。

夜風にでも、当たりに来たのかな・・・?

 

 

・・・何か、両手で頬を押さえて、悶えているようにも見えるけど。

かと思えば、急に落ち込んだ・・・何なんだ。

 

 

「む・・・」

 

 

パンを置き、再びいつでも狙撃できる体勢をとる。

スコープの向こうで、もう一人テラスに出てきた・・・。

金髪の、男・・・アレは、確か。

 

 

「メガロメセンブリアの、アルトゥーナ執政官だな」

「メガロメセンブリアの・・・?」

 

 

そんな奴が、アリア先生に何の用だ?

・・・まぁ、詮索は良いね。

もし、怪しい動きを見せたなら・・・撃ち抜けば良い。

それだけだ。

 

 

『・・・(ザザ・・・)・・・』

「ん・・・何だ・・・?」

 

 

左耳につけた通信機が、反応を示した。

通信の相手は・・・シャオリー?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

フェイトとのダンスを終えた後、私は一人、テラスに出ました。

こう言う場では、私の相手はフェイトと決まっているので。

まぁ、婚約者(フィアンセ)ですし・・・。

 

 

「・・・まだ、顔が熱いですね」

 

 

ポンポン、と両手で頬を押さえます。

ダンスの誘い文句に始まり、手の握り方の力加減やら腰に触れる感触やら・・・毎回思いますけど、誰に教わったのやら。

と言うか、ダンス中に何かと耳元で囁くのは、何なのでしょう・・・?

 

 

私を気遣う言葉だったり、優しい言葉だったり・・・でも、ギリギリで愛の囁きにならないレベル。

甘い毒のようで・・・くすぐったくて仕方がありませんでした。

 

 

「ふぅ・・・あ」

 

 

ふと、左手の薬指が目に止まります。

婚約指輪(エンゲージリング)・・・将来、フェイトの妻になると言う約束の証。

将来と言うか、後1ヶ月半で。

結婚・・・妻。

 

 

その単語が脳裏に浮かんだ途端、急速に熱が冷めて行くのを感じます。

代わって胸の内に浮かび上がるのは、言いようの無い不安。

はぁ・・・。

良く考えてみれば、私に近しい人で結婚してる人って、いないんですよね。

もし、いるとすれば・・・。

 

 

「・・・お母様達、どうしているのでしょうか・・・」

 

 

稀に、連絡が入りますが・・・。

どうしてか、無性に会いたい気分です。

・・・親戚が増えましたと、報告しないとですし。

・・・・・・笑えませんね。

 

 

「・・・ご気分はいかがですか、女王陛下」

「・・・・・・悪くはありませんよ、アルトゥーナ執政官」

 

 

テラスの手すりに片手を置いて、振り向きます。

そこには、気弱そうな笑顔を浮かべた・・・ミッチェルがいました。

私も表面上の不安を消して、笑顔を浮かべます。

すると、ミッチェルが少し、妙な顔を浮かべました。

・・・?

 

 

「・・・ここには、誰もいません」

 

 

私がそう言うと、ミッチェルは少し逡巡した後・・・やはり、気弱そうな笑顔を浮かべました。

 

 

「・・・久しぶりだね、アリアさん」

「ええ、久しぶり・・・ミッチェル」

 

 

一瞬だけ・・・メルディアナ時代に戻ったような錯覚を覚えます。

もちろん、人に聞かれれば問題なので・・・ほんの少しの間だけ。

本当は、いけないことなのですけどね。

 

 

「遅れたけれど、女王就任と、それと・・・・・・婚約、おめでとう」

「ええ・・・」

 

 

婚約と言う単語に胸がザワめきますが、それ以上に・・・婚約と言う言葉を使った際の、ミッチェルの表情・・・。

どこか、寂しそうな・・・。

 

 

「・・・ミッチェル?」

「え・・・な、何?」

「いえ・・・何か、寂しそうと言うか・・・言いたそうな感じがしたので」

「いや、別に・・・その・・・」

 

 

ミッチェルのうろたえる姿に、私はクスッ、と笑みを浮かべます。

引きこもりを脱却しても、背が伸びても、ミッチェルはミッチェルなんだと少し安心します。

こういう場合のミッチェルへの対処法を、私は学生時代から知っているつもりです。

 

 

「何ですか? ゆっくりで大丈夫ですから、言ってみてください」

「あ・・・」

 

 

私が昔、よくミッチェルに言っていた台詞。

極度の人見知りで、言いたいことをすぐには言えなかったミッチェル。

懐かしいな・・・。

 

 

にっこり笑って、ミッチェルの言葉を待ちます。

ミッチェルは少し顔を赤くして慌てていましたが・・・私を見て、と言うより、私の左手を見え、やっぱり寂しそうな笑みを浮かべました。

それは・・・私の知らない顔で。

ミッチェルは、寂しそうな顔のまま、私を見ました。

 

 

「・・・ミッチェル?」

「・・・アリアさん」

 

 

ミッチェルは、本当に寂しそうで・・・。

 

 

「貴女は、気付いていなかったかもしれないけれど・・・」

 

 

とても、胸が締め付けられる、そんな顔で。

 

 

「・・・ずっと、貴女のことが好きでした」

 

 

・・・・・・え?

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

ダンスの後、各国の有力者と話していたアリアは、夜風に当たりたいと言ってテラスの方へ。

少し気になったけれど、ついて行ったりはしない。

軽くお酒にアテられたのかもしれないしね・・・彼女、香りだけで酔ってしまうから。

 

 

あのテラスは龍宮真名と5(クゥィントゥム)のカバーしているエリアだから、2分ほどなら一人にしても問題は無いだろう。

少し間を開けてから、僕もテラスに行った方が良い・・・。

 

 

「・・・だよね、暦君」

「ふぇ!? そ、そこで私に確認しちゃダメですよ!」

「・・・そう?」

「そうですよ!」

 

 

周囲を気にしているのか、暦君は小声で囁いて来る。

5年前までは短かった黒髪も、今では腰のあたりで切り揃えられている。

・・・女性が髪形を変える理由は、それはそれは重要な理由らしいけれど。

でも、理由を聞いてはいけないらしい。

 

 

とてもデリケートな話題だからだ。

・・・まぁ、暦君自身が言っていたことだけど。

 

 

「いよぅっ!」

「あわわ・・・!」

 

 

僕から空になったグラスを受け取った暦君は、僕に声をかけてきた男の姿を見ると、そそくさと離れて行った。

 

 

「あーらら、嫌われちまったかぁ?」

「・・・キミがボトル50本も開けたからだと思うけどね、ジャック・ラカン」

「ははっ、カワイ子ちゃんが酌してくれるのが嬉しくてなぁ!」

「・・・婚約者(フィアンセ)に怒られるよ」

 

 

視線を動かせば、テオドラ陛下は自分の国の閣僚と何かを話しているし、セラス総長はクルト・ゲーデルと話しているようだ。

吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)は・・・茶々丸と何かを話しているようだね。

 

 

「婚約っていやぁ、お前よぉ・・・」

 

 

そして僕は、ジャック・ラカンに物理的に絡まれている。

具体的には、肩を組まれている。

・・・何故だ。

 

 

「・・・どこまでイッた?」

「立場と場所を考えて行動した方が良いと思うけどね、ジャック・ラカン」

 

 

肩に回された腕を無理矢理外して、ジャック・ラカンから離れる。

襟元に指を入れて、服の乱れを直す・・・まったく、この男は変わらないね。

 

 

「いやぁ、だってお前、婚約して5年だろ?」

「だったら何だい」

「だったらおめぇー・・・」

 

 

ギラッ、と真剣な眼差しで、ジャック・ラカンが僕を見る。

そして・・・。

 

 

「・・・ヤッただろ?」

 

 

「殺意」が湧いた。

 

 

「・・・僕は、彼女を汚そうと思ったことは一度も無いよ」

「んん~・・・意味は知ってんだな~?」

 

 

殺して良いかな。

まぁ・・・構うだけ無駄な人種だ。

2分経ったし、アリアの所に行くとしよう。

 

 

「・・・健全なこって」

 

 

ジャック・ラカンの言葉を背中に受けつつ、歩く。

まったく、健全だとか何だとか・・・バカバカしいね。

くだらない・・・。

 

 

ポケットに片手を入れたまま、テラスへ出るためにカーテンと戸を開ける。

ひゅうっ・・・と風が吹き、外の空気が頬を撫でる。

10月とは言え、夜は冷えるのかな。

アリアは、身体を冷やしていないと良いけれど・・・。

 

 

カーテンを潜り、一歩外に出る。

アリアは、すぐに見つかった・・・うん?

誰と話して・・・。

 

 

 

「・・・ずっと、貴女のことが好きでした」

 

 

 

・・・ふん。

 

 

 

 

 

Side シャオリー

 

『侵入者だと・・・?』

「ああ、どうやらそのようだ」

 

 

足早に通路を歩きつつ、離れの塔に急ぐ。

そこの見張り塔の一つから、定期連絡が来ない。

向かわせた部下からも連絡が無い所を見ると、突発的な集団ボイコットでもしていない限り、侵入者に倒されたと考えるのが妥当だろう。

 

 

まぁ、それ自体は想定の範囲内だ。

元より先日のテロ以降、侵入者が無いはずが無いと考えて行動している。

 

 

「離れの塔から女王陛下を始めとする各国首脳がいる舞踏会場までは、外に面した橋を通るのが近道だ」

 

 

屋内には各所に多数の兵士が詰めているし、何よりも遠回りだ。

・・・田中殿とチャチャゼロ殿、晴明殿もいる。

屋内に来ないと言うことは、外の橋から来ると見て・・・。

 

 

『わかった、狙撃ポイントに移動する』

「頼む・・・・・・こちらはどうやら、当たりを引いたようだ」

『・・・・・・すぐに行く』

 

 

真名との通信を切り、舞踏会場への道を塞ぐように、立つ。

屋内から外に出た瞬間、冷たい夜風が頬を撫でる。

片手で前髪を払った後、腰から剣を抜く。

 

 

「・・・ああ、キミ、ちょうどいい所に」

 

 

剣を構えた先に・・・男が一人。

どうやら、先日の男とは別人のようだった。

黒いスーツに身を包んだ、18歳程の、短い黒髪に銀の瞳の青年。

 

 

「女王のいる所に行くには、この道で合っていたかな」

 

 

剣の柄のような物を両手に、それも逆手に持った男。

刃は無い、柄だけだ。

 

 

「・・・あれ、聞こえなかったのかな・・・女王に会いに行くには、この道で良いの」

 

 

アレが何かは知らん、詮索しても意味が無い。

この男がどこの所属の誰かも、この際はどうでも良い。

とりあえず、友好親善使節で無いことがわかれば・・・・・・な!

 

 

ギィンッ!

 

 

瞬動で背後に回り、斬り付ける。

だが・・・受け止められた。

男は、片腕を掲げて私の剣を受け止めている。

刃の無い柄・・・だが、私の剣を確かに受け止めている!

 

 

「・・・何・・・っ!?」

 

 

男が、もう片方の腕を振るう。

・・・何か来る!

 

 

右足で男を蹴り付け、その反動で後ろに跳ぶ。

地面に片膝をついて着地し、即座に顔を上げる。

・・・ブシッ、と音を立てて、右肩が深く斬れた。

 

 

「な・・・!?」

 

 

斬られた痛み以上に、驚愕が私の感情を支配した。

・・・斬られた? だが、刃は感じなかった。

刃だけでなく、魔力などの類も感じなかった。

だが、確実に攻撃された。

 

 

「貴様・・・」

「・・・邪魔をされると言うことは、この道で合っていると言うことか」

「な・・・待て!」

 

 

私の他には、兵は連れて来ていない・・・真名の狙撃の邪魔になるからだ。

屋内にはいるが・・・この男の攻撃の正体がわからないまま、中の兵をぶつければ犠牲が増える。

私に背を向けた男を追うべく、立ち上がると・・・。

 

 

私の持つ剣が、細切れに砕けた。

ガシャッ、と音を立てて、柄を残して地面に落ちる。

・・・バカな。

魔導技術でコーティングされた剣だぞ、伝説級のオリハルコンに匹敵する硬度の剣が、こんな。

 

 

「・・・キミじゃあ、僕は止められないよ」

「・・・小僧が・・・!」

「本当のことさ・・・キミは、僕よりも弱い」

 

 

男が腕を振るう・・・次いで、私の身体がドシャッ・・・と地面に崩れ落ちる。

・・・両足を、斬られた・・・!

視線を下げれば、繋がってはいる物の・・・太腿から激しく出血している。

いつの間に、どんな手段で・・・!?

 

 

「・・・ほらね」

 

 

そう言って、男が今度こそ私を置いて歩いて行く。

ぐ・・・!

行かせまいと、両手で身体を持ち上げようとした・・・刹那。

 

 

「・・・うん?」

 

 

男の眼前、屋内へと続く入口に・・・炎の壁が立ち上った。

突然燃え上がったそれは、まさに男の行く手を阻む壁だった。

だが・・・あんな仕掛けは、した覚えが無い。

 

 

「これは・・・何かな」

 

 

男の呟きと共に、炎の壁に一部が揺らぐ。

その揺らぎの中から・・・。

 

 

 

「・・・随分と、調子に乗っているようじゃないか・・・」

 

 

 

静かな声と共に、炎の中から白い髪の青年が姿を現す。

熱を孕んだ風に白いスーツをはためかせながら、現れた青年。

フェイト殿に瓜二つだが、より鋭い目と、収まりの悪い髪形。

彼は・・・。

 

 

クゥァルトゥム・アーウェルンクスは、不敵に笑った。

右手の指に嵌めた・・・指輪型の支援魔導機械(デバイス)を、見せつけながら。

アレは、女王陛下から限られた者にのみご下賜された、試作品の・・・!

 

 

 

「・・・テロリスト風情が」

 

 

 

ボッ・・・と、その指輪から、炎が噴き上がった。

 




真名:
うん・・・?
やぁ、移動中で失礼するよ、龍宮真名だ。
今回は割と真面目な仕事パート、シリアスなラブロマンスパート、そして最後にバトルパートが入った感じだ。
まぁ、私の仕事に関係の無い部分はどうでも良いけどね。


ちなみに、作中で出てくる新造軍艦・「PS」、あとまだ実物は出ていないけど、「機竜」は伸様提供の王国軍備だ。
ありがとう。


真名:
さて、次回は・・・まぁ、今回の続きだね。
シャオリーが待っているので、私は行くよ。
じゃあね。

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