魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第3部第1話「marriage blue」

Side アーニャ

 

「再来月の1日? もちろん行くわよ、招待状が来てるもの」

「マジかぁ・・・だよなぁ、シオンもヘレンも、ドロシーも招待されてんだもんなぁ」

「ドネットさんだって行くし・・・アンタにだって来てるでしょ?」

 

 

朝と言うにはちょっとだけ早い時間、ロバートが私の教室でウダウダしてる。

話の内容は、魔法世界時間で再来月・・・つまり12月1日の話。

その日、私達は魔法世界に行く用事があるの。

 

 

ふと時計を見ると、午前5時半。

生徒が来るまで、まだ結構あるわね。

授業の準備も済んだし、食堂に行って朝食にしようかしらね。

 

 

「アンタ、朝ご飯はどうすんの・・・って、いい加減にそのテンションやめてくんない?」

「・・・妹がいない学校に、いったい何の意味があるのだろうか・・・」

「19にもなって、まだシスコン抜けないのかしらね・・・このバカート・・・」

 

 

私の目の前にいるのは、ロバート・キルマノック。

この5年でずっと背も伸びて、黙っていれば、まぁ、カッコ良いらしいわ(by シオン)。

学生時代からの友人・・・友人? うん、まぁ・・・友人。

そんな関係の男の子なんだけど、まぁ、まだシスコンは治っていないわ。

このバカート、卒業しても妹といたいからって、メルディアナに就職したのよ?

 

 

でも妹のヘレンは当然のように、普通に卒業していったわ。

おまけにドロシーと一緒に魔法世界の学校に進学して・・・今では官僚候補生。

つまりこいつは、妹が卒業すると言う事実を見逃していたわけね。

まさに、バカート。

 

 

「今は、ヘレンはシオンと同居してるのよね?」

「・・・ルームシェアだよ」

「同じことじゃない」

 

 

シオンはこのバカートの恋人。

私達の同期で、元々はメガロメセンブリアのゲートポートで働いていたんだけど。

3年ほど前だったかしら、オスティアのゲートポートに再就職したの。

言っておくけど、コネじゃなくて実力で就職したのよ・・・少なくとも、シオン本人はね。

雇う側の心情までは、私も知らないわ。

 

 

ちなみに私は、メルディアナ魔法学校で「占い学」の教師をしているの。

ロンドンのリージェント通り裏での修業が認められて、ドネットさんが是非にって。

3年ほど教師になるための勉強をしなくちゃいけなかったけど・・・でも今年、ようやく資格が取れて、講師扱いで授業を持てるようになったの。

9月から入って来た新入生の中で、2人も私の授業を取ってくれたんだから!

 

 

「新入生全体が9人だから、結構な取得率よね!」

「お嬢様の嗜みみたいなもんだからな、占い学って」

 

 

ビシッ、と明後日の方向を指差してポーズをとると、メルディアナの事務員の制服を着たバカートがそんな感想を述べてきた。

 

 

ふと、占い用の鏡に映った自分を見る。

ツインテールじゃない、腰まで伸びたストレートの赤い髪に、同じ色の瞳の女性がそこに映ってた。

まぁ、私だけど。

175くらいの身長で、スラリとした身体付き・・・そう、スレンダーなのよ、私は!

アリアとの同盟関係は、まだ維持されているわ!

他意は無いけどね! 他意は!

 

 

「そう言えば、アリアは今頃何をしてるのかしらね!」

「・・・何で、いきなり話題転換?」

「最初からアリアの話題だったわよ・・・まぁ、きっと仕事ばっかりやってるんでしょうけど!」

 

 

どーせ、書類に囲まれて幸せそうな顔で仕事してんのよ、あの子。

断言してあげるわ・・・あの子は絶対、仕事しかしてないわよ。

12月1日・・・当日になっても、仕事してるんじゃないかしら?

結婚式の、当日になってもね。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

緊急の用件で起こされない限りは、私の一日は午前5時半に起床する所から始まります。

茶々丸さんに身だしなみを整えてもらい、6時から通信でクルトおじ様と一日の予定の確認を行います。

私が眠っている間に変わったことがあれば、そこで聞きます。

さらに朝食の後、7時に執務室に入ります。

 

 

私の一日の6割は定例会議や打ち合わせで占められますが、最初に行われるのは幕僚総監のカスバート・コリングウッド艦隊元帥、さらに親衛隊防諜班の責任者、ナターシャ・ダヴィード・フーバー少将との会議です。

国内外の軍事・政治情勢に関する機密情報の説明を受け、最新の情勢を確認する重要な場です。

 

 

それが終わった後は、予め決められたスケジュールに従って仕事をします。

書類整理と会議、その他・・・8時からは分刻みのスケジュールです。

 

 

「・・・街道の修復が終了しましたか」

「はっ、本日マクダウェル工部尚書とクロージク財務尚書が、最後の視察を行われます」

「これで、旧公国領・クレーニダイ間の物流も回復しますね・・・ご苦労様でした」

「はっ・・・」

 

 

ここ5年、旧連合・旧公国との戦争・内乱で破壊されてしまった街道や街の修復に随分と苦労しました。

社会インフラとか、専門的なことは詳しくありませんが・・・重要さはわかるつもりです。

書類にサインして、それを持ってきた官僚に返し、机に積まれた他の書類の処理に戻ります。

次の訪問者は10分後に来る予定ですが、それまでに他の案件を2つは処理できますから。

ふむ、北部漁民からの陳情・・・何ですかね、コレ。

 

 

「・・・旧オスティア工事区画の、現場労働者の増員?」

「は、何分、広すぎて手が足りないとのことで・・・」

 

 

現在、再浮上した旧オスティアでは、再開発が進められています。

帰還を希望する民もいるので、それなりに急がねばなりません・・・が。

今、持ち込まれているのは新王宮の建設に関する案件なのです。

何やら、いくつもの浮き島を繋げて作る全く新しい建築様式とかで・・・仮称『フロートテンプル』。

うーん、正直、王宮とかは急がなくても良いので、市街地の方に人員を回したいのですけど・・・。

 

 

「現場労働者は皆、女王陛下のために一刻も早く完成させたいと申しておりまして・・・」

「は、はぁ・・・」

 

 

そう言うことを言われると、困ります。

と言うかそれ、本当なんですかね・・・視察の予定でも入れますかね。

とりあえず現場からの要請は受けておいて、クロージク財務尚書と後で予算が下りるか打ち合わせることにします。

 

 

「はい、次の方、どうぞー」

 

 

そしてその後も、私の仕事は進んで行きます。

と言うか、止まる理由がないです・・・じゃんじゃん、行きますよ。

 

 

私のサインが必要な書類に目を通してサインすること、56回。

軍部・省庁の役人が私の執務室を訪問すること、7回。

執務室を出て宰相府や担当部署に出向いて会議をすること、3回。

今日は外に出る仕事が少ない分、楽ですねぇ。

 

 

「は、ではそのようにお伝えしておきます」

「細部はお任せしますので・・・グリアソン元帥によろしくお伝えください」

「はっ!」

 

 

国防省の官僚が持ち込んで来た案件―――竜騎兵の機械化計画に関する案件―――を処理した頃には、すでに時計が12時を回っていました。

流石にお腹もすいてきましたし、疲労を感じないでも無いですね。

 

 

「んっ・・・」

 

 

両手を上げて、執務室の椅子の上で身体を伸ばします。

筋肉がほぐれる一瞬のこの感覚が、割と好きなんです。

それに、大変ですけど「あ、何か改善できてる?」みたいな仕事をするの、楽しいです。

自己満足かもしれませんが、自分が誰かの役に立てているのなら、嬉しいです。

 

 

やっぱり、仕事って楽しいな。

でも、もっと頑張らないと・・・まだまだ問題(しごと)は山積みなのですから。

他のことは、後で考えれば良いですよね・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

いえ、それ以上は頑張らなくて結構です。

強くそう思いますが、鼻歌混じりに書類を捌いて行くアリアさんを見ていると、どうにも強く言い出せません・・・マスター、私はいったい、どうすれば良いのでしょうか。

 

 

『良いから、止めろ。じゃないと、あいつの死因は過労死で決定だぞ!』

 

 

幻聴が聞こえたような気がしましたが、その通りです。

実際、これまでの5年間ですでに2度、疲労が原因で熱を出しております。

3度目が今、来ないとも限らないのですから・・・。

 

 

なお、私は今年から王室専属の女官長も務めております。

広報部はアーシェさんに任せておけば問題は無いので、普段はアリアさんの傍に控えております。

本来ならマスターの傍にいるべきなのですが、マスターから「目を離すな」と命じられておりますので。

また、4年ほど前から私は「アリアさん」とお呼びしております。

もう、先生と言うのはおかしいので・・・。

 

 

「失礼致します。女王陛下、孤児院訪問の準備が整いました」

「わかりました。すぐに行きます」

 

 

昼食を終えた後も、アリアさんの仕事のペースは落ちません。

休憩を申し出ようとした瞬間、文部科学省の官僚が来て、次の予定を告げました。

 

 

「茶々丸さん、支度をお願いします」

「・・・畏まりました」

 

 

本日の午後は、戦災孤児を集めた新オスティアの孤児院を訪問する予定です。

高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)」―――――。

女王であるアリアさんには、率先して慈善事業を行う義務がある・・・と言うことです。

 

 

桃色のゆったりとしたドレスに着替えた後、アリアさんは私を含めた10数名の護衛を伴い、宰相府の出入り口へと向かいました。

そこから孤児院のある市街地へ向かうのですが・・・。

 

 

「・・・お願いしますじゃあ、女王陛下に取り次いでくだされぇ」

「な、何だ、貴様は!」

「そのような汚い格好で、女王陛下にお目通りなどできん!」

「お願いですじゃあ、ワシらの村を救って欲しいのですじゃあ」

 

 

宰相府を出た所で、衛兵が誰かと揉めているのを発見しました。

ボロを着たお爺さんが、何かを求めているようです。

 

 

「・・・どうかしたのですか?」

「どうかも何も・・・ひぃっ、女王陛下!?」

 

 

女王と言う名前を繰り返していたようなので、アリアさんが声をかけます。

予想だにしていなかった相手に、衛兵の方の表情が引き攣ります。

私も、別の意味で驚いています・・・慰霊祭のテロは、たった2日前の話なのです。

衛兵で無くても警戒するでしょう・・・それを、アリアさんは気にも留めずに、お爺さんに話しかけます。

 

 

「私に、何か・・・?」

 

 

アリアさんの姿を認めたお爺さんは、まず驚いて・・・それから一生懸命に、何かを説明し出しました。

どうやら、北部の漁民らしいのですが。

話を聞いたアリアさんは頷くと、近くの文官にお爺さんを応接室に通しておくよう告げました。

 

 

「申し訳ありませんが、1時間ほどお待ちいただけますか、お爺さん?」

「おお、ありがたや、ありがたや・・・」

 

 

お爺さんが文官に連れられて見えなくなった後、アリアさんはこちらを振り向いて。

 

 

「申し訳ありません、予定を遅らせてしまって・・・」

「いえ、まだ十分に間に合う時間です」

 

 

私がそう告げると、アリアさんはホッとしたように笑い、移動を再開します。

また、その間に携帯端末で秘匿通信を一本、行います。

 

 

「突然ですみません、クルトおじ様。申し訳ないのですが、北の漁村の領主を調べてください、漁民から不当に税を取っている可能性があります・・・」

 

 

・・・歩きながらでも、仕事を増やす。

しかし、そのような細かいことまでされていては、身体が持ちません。

憲法の制定も順調に行き、魔導技術の開発と経済発展で仕事が増加傾向にあるのは理解できますが。

 

 

それでも少々・・・働きすぎです、ここの所、特に・・・。

議会ができれば楽になると言われたこともありますが、それもまだ2年以上先の話です。

このような生活が続けば、成長期のお身体にも障りますし・・・。

いったい、どうすれば・・・今日はフェイトさんは休暇ですし。

 

 

・・・スタンさんをお呼びするしか、無いのでしょうか。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

・・・少々、私にも反省が必要かもしれませんね。

仕事をたくさん用意すれば、アリア様は喜び勇んで女王と言う「職業」に励むと思っていたのですが。

まさか、それがこれ程ハマるとは。

 

 

「・・・アリア様に回す仕事を、少し減らしますかね・・・」

 

 

基本的に、アリア様に回る仕事は私を通しての物が多いのです。

あらゆる情報・仕事がまず私の所に来て、アリア様のご裁可が必要な物を回しているのです。

しかしご自分で仕事を増やされるのは、どうした物ですか・・・。

 

 

北の漁民のことなど、女王であるアリア様が気にかける必要はありません。

もっと広い範囲のことならともかく、一つの村の陳情などにいちいち構っていては、仕事が増えるばかりです。

まぁ、いずれにせよ調査官を派遣する必要があるのは確かですが。

 

 

「まぁ、それは後でも良いとして・・・先日のテロについて何かわかりましたか?」

「は・・・」

 

 

私の執務室には、黒い騎士服に身を包んだシャオリーがいます。

金髪碧眼の美貌の騎士は私の言葉に頷くと、報告を始めます。

 

 

「まず、先日のテロですが・・・死傷者はゼロです」

「ふん、まぁ・・・アリア様個人を狙ったのでしょうかね」

「それもあるかとは思いますが・・・こちらをご覧ください」

 

 

そう言ってシャオリーが映像装置に移したのは、先日のテロの実行犯の男。

黒髪の若者で、何やら魔力の霧を操作していたと言う。

映像が拡大し、その男の礼服の襟元を映し出します。

そこには、何かの紋章が刻まれた小さなバッジのような物があります。

 

 

それは「Ⅰ」と言う文字・・・数字? に、茨のような物を巻いたような、妙な模様でした。

ふん・・・顔を晒していることを見るに、所属をバラしても構わない、と言うことでしょうか。

 

 

「調べてみた所、国内にこのような紋章を使う組織は存在しません」

「反政府組織を含めて?」

「含めてです。国外に該当する組織があるかどうかは、これから調べますが・・・」

「国外、ね・・・」

 

 

さて、国外の組織だとして、どこに所属しているのか?

それとも、していないのか・・・それによって、問題の規模が変わりますね。

可能性として一番高いのは、エリジウムで喘いでいる連中でしょうかね。

 

 

それにしても、今になってこのような新しいテロ組織が出てくるとは。

今まで地下に潜っていたのか、それとも結成されたばかりなのか。

それとも紋章はまるで関係なくて、個人の犯行なのか。

・・・まぁ、今は考えても仕方がありませんね。

アリア様の護衛を増やして、警備を厳にするしか無いでしょう。

 

 

「・・・仕事は他にもありますし、ね」

 

 

ようやく、国家としての形が出来上がってきた所なのですから。

来週の国際会合の準備に、そこでお披露目する予定の艦や装備の準備・・・。

それに・・・。

 

 

アリア様の結婚式の日程も、近付いて来ておりますし。

12月1日・・・当日の計画も、当日必要な物もすでに全て用意できております。

くふふ・・・このクルトめに、抜かりはありませんよ。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

スコープ越しに、孤児院の子供達と遊ぶアリア先生を見る。

ここ5年間、場所と状況は違えど、私は同じ人間を守り続けている。

アリア・アナスタシア・エンテオフュシアと言う名の、その人を。

 

 

もちろん、私だけじゃないさ。

アリア先生は実に多くの人間に守られている・・・例えば。

 

 

「・・・付近5km四方に怪しい人間は確認できない」

 

 

私の横に立っている、クゥィントゥム・アーウェルンクスとか。

便宜上、あのフェイトの弟と言うことになっている。

いや、製造番号が「5」なのだから、あながち間違ってもいないのか?

 

 

まぁ、ここ5年間は私の相棒(パートナー)として一緒にいることが多いんだが。

流石に優秀なので、重宝している。

今も、孤児院を見下ろせる小さなビルの屋上から、アリア先生の護衛をしている。

 

 

「まぁ・・・女王(あねうえ)の護衛の中に刺客がいれば、僕の報告は意味を成さないわけだけれど」

「近衛や親衛隊に刺客が紛れ込んでいるかどうか、ね。けどそれは私達の仕事じゃ無い、だから考慮する必要は無いね」

「キミはそれで良いのかもしれないけれど、僕は女王(あねうえ)を守れない事態を許容できない」

「まぁ、役目の違いって奴さ」

 

 

この会話も、何度繰り返したかわからない。

どう言うわけかは知らないけれど、5年前に味方になって敵対して、そして味方になったこの少年は、アリア先生を守ることを非常に重要視している。

少年と言っても、見た目はすでに青年と言った方が良いだろうけれど。

だが、稼働時間は5年だ。

 

 

「それに、先日のテロだ・・・あの霧は、僕の雷の精霊を介した知覚領域を乱した」

「視界が悪くなったから、私も狙撃(スナイプ)できなかったしね・・・アレは痛恨のミスだったよ」

 

 

アリア先生は特に私を責めなかったが、プロとしては悔しい限りだった。

私の魔眼でも、あの霧は見通せなかった。

 

 

「今後、女王(あねうえ)の身辺をより注視する必要がある」

「・・・近く、結婚式と言うイベントもあるしね」

「それ以前に、来週の国際会合がある・・・狙うとすればそこだろう」

「乙女心がわかってないねぇ・・・」

「理解する必要を感じない」

 

 

それはまた、にべも無いことで。

銃のスコープから顔を離して、頬にかかる髪を背中に流す。

それにしても・・・と、眼下の様子を見つめながら、思う。

ここ5年、偏見無しにアリア先生の仕事場での護衛をしてきた私だから気付けることだと思うけれど。

 

 

ここの所、アリア先生の仕事量が増えている気がする。

穿った見方をするのならば・・・。

 

 

結婚式が近付くにつれて、仕事量が増えている気がするね。

さて、あの白髪の王子様はそこの所、気が付いているのかな・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

来週からは、また国際会合で忙しくなるから・・・と言う理由で、休暇を貰った。

とは言っても、特に何かすることがあるわけじゃない。

 

 

いつもの黒い騎士服を着て、自分の部屋の窓際に座る。

僕は宰相府内に3つ部屋を与えられているけれど、この部屋からはアリアの仕事場が見える。

基本、待機場所として使ってる。

他の2つは、寝室(アリアの寝室が見える)と執務室(事務処理とかをする、唯一アリアから離れる)。

 

 

「フェイト様、コーヒーが入りましたわ」

「・・・ありがとう」

 

 

栞君が、僕にマグカップを手渡してくる。

特に何を思うでもなく、カップに口をつける。

仄かな苦みと、独特の香り・・・どこか懐かしさを覚える味に、僕は目を細める。

 

 

「・・・旨い」

「お口に合ったようで、嬉しいですわ」

 

 

僕の隣に立つ栞君は、この数年間ですっかり成長していた。

アリア以外の女性の美醜については興味が無いけれど、美人なのだろうと思う。

ウェーブのかかった金髪に、柔らかな笑み。

前髪が軽く目にかかっている所などは、そうだね・・・。

 

 

「・・・お姉さんは、元気かい」

「はい、おかげさまで・・・」

 

 

彼女の姉はかつて、アーウェルンクスシリーズにの手で『リライト』を受けた。

それが、5年前の『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』からの解放によって戻って来た。

焔君や暦君の家族と違って、栞君の姉は生きている内に送られていたからね。

帰って来ることが、できたわけだけど。

今は、パルティアにいるんだったかな・・・。

 

 

「ふふ、あまり他の女性のことを考えていると、女王陛下が妬いてしまいますわよ?」

「・・・そう?」

「はい・・・私達にとっては、結構重要度の高い問題ですし・・・」

 

 

栞君が、どこか遠くを見るような目をした。

アリアの話になると、暦君達はよくああ言う目をする。

理由を聞いても、答えてくれない。

 

 

「・・・暦君達は、今日はどうしたの?」

「フェイト様も、結構大胆ですわね・・・」

「何が?」

「いえ・・・暦は来週分のコーヒー豆の買い出し、環は竜舎で竜の世話、調は南部で植林事業の手伝いを、焔はフェイト様の寝室を清掃しているはずですわ」

「・・・そう」

 

 

短く答えて、僕は窓の外に視線を戻す。

そこからは、カーテンで中は見えないけれど・・・アリアが仕事をしているだろう部屋が、見える。

 

 

「・・・女王陛下も、最近またお仕事の量が増えて来ましたわね」

「・・・そう?」

「はい、フェイト様もお休みは少ないですが・・・女王陛下が休んでおられる所は、誰も見たことがありませんわ」

 

 

まぁ、茶々丸や吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)は別だろうけど。

でも、アリアが休まないのは確かな事実だから・・・。

 

 

「・・・そう」

 

 

やはり僕は、短くそう答えた。

 

 

 

 

 

Side リカード

 

・・・ヤバいな。

何がヤバいって、メガロメセンブリアの状況がだよ。

 

 

「まー、もう慣れたけどよ」

 

 

ダンフォードの親父を戦犯として差し出して、その他諸々を帝国やウェスペルタティアに差し出して、どことも同盟も連合もできない「永世中立法」を作らされて・・・ってのが5年前。

そこからが、マジでヤバかった。

ほとんど近衛軍団(プラエトリアニ)と組んだ軍事政権だからな、俺の政権。

 

 

まず、外部から資源が入らなくなったから、国内の工場やら企業やらが壊滅した。

いくらかは残ったが、ほとんど国外に出て行きやがった。

5000万いた人口も、今じゃ半分以下にまで減ってやがる。

軍備制限で軍隊が弱くなった分、武力蜂起とかは起きなかったってのが皮肉だぜ。

 

 

「・・・だが、今回の件はマジでやばいかもな」

 

 

メガロメセンブリア政庁の俺の執務室からは、5年前に比べて随分と明かりの減った街並みが見える。

ゲートの修復も条約でできねぇし、さびれるのも仕方ねぇけどよ。

 

 

だが、今回の件はこの5年で一番やべぇ。

俺の机には、いくつかの書類が置いてあるんだが・・・。

内容は、直接はメガロメセンブリアには関係ない。

だが、昔は関係していた、そんな件のことが書いてある。

 

 

「エリジウム大陸のケフィッスス国立病院の崩壊・・・」

 

 

エリジウム大陸には、旧連合時代にメガロメセンブリア元老院が建てた病院やら療養施設やらが山ほどある。

・・・まぁ、大体は名ばかりの病院で、本質は・・・。

 

 

本質は、人体実験の施設だ。

 

 

前に一回だけ見たことがあるが・・・消えたアリエフの旦那の傍にいた黒髪の小娘。

アレも、元々はエリジウム大陸の出身だっつー話だ。

孤児を集めては、押し込めてやがったらしいと言う情報が、ここ5年の調査でわかった。

そして1か月前、その内の一つが崩壊していたことが判明した。

情報源は、アレだが・・・。

 

 

そしてクルトの野郎から国際指名手配ってことで回って来た、慰霊祭を襲ったテロリストの映像。

そいつが、どうやらケフィッススから抜けだした奴の一人だってこともわかった。

来週オスティアに行かなきゃいけねぇから、その際に話すつもりだが・・・。

 

 

「また、面倒なことになったもんだぜ・・・」

 

 

今回の国際会合では、12月の女王の嬢ちゃんの結婚式に関する話し合いもする。

そしてそこで・・・メガロメセンブリアはアリカ女王の真実を公開しなくちゃならねぇ。

そしてこの上、テロリストは元々ウチが育ててましたーってか?

 

 

メガロメセンブリア、マジで地図から消えるんじゃねぇか?

しかも、一番悲しいのは・・・。

・・・メガロメセンブリアが消えても、もう誰も悲しまねぇってことだ。

 

 

コン、コン。

 

 

「おう、入りな」

「・・・失礼します」

 

 

その時、一人の若ぇのが部屋に入って来た。

俺が呼んだんだが・・・そいつは、メガロメセンブリア元老院の黒いローブを身に着けた、金髪の小僧だった。

名前は・・・。

 

 

「来週の会合は、頼むぜ・・・お前しかいねぇんだ」

「はい、個人的にアリアさんに繋がりがあるのは・・・メガロメセンブリアでは僕だけだと思いますから・・・この街には、あんまり良い思い出は無いですけど」

 

 

どこか気弱そうに笑うこいつの名前は、ミッチェル・アルトゥーナ。

メガロメセンブリア最年少の・・・執政官だ。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

「合同慰霊祭を襲ったテロリスト・・・のぅ」

「はぁん・・・随分とふてぶてしい面ぁしてやがんな、こいつ」

 

 

夕方になり、今日の分の公務を終えた後、ジャックと2人で昨日クルトから回って来たテロリストの話をしておる。

玉座の間には誰もおらん、妾とジャックの2人だけじゃ。

どっかりと玉座に座ったジャックの膝の上に、妾は腰かけておる。

 

 

人に見られたら大変なのじゃが、女帝の夫なら玉座に座しても問題無かろう。

まぁ、厳密にはまだ婚約じゃがな。

そのジャックの膝の上から、画面に映ったテロリストの顔を見る。

 

 

「ふぅん・・・種族的には人間じゃな、じゃが魔法らしき物を使うと言うのは、どう言う・・・?」

「面白そうな奴じゃねぇか」

「人前でそう言うことを言うなよ? 最近はマスコミもうるさいのじゃ」

「王族ってのは面倒だな、オイ」

「お前もいずれは、正式に王族になるのじゃろうが!」

「マジで!?」

「何じゃ、その反応・・・お前は妾の夫になるのじゃろうが!」

 

 

まったく、こ奴はいつまで経っても・・・!

5年前に何とか既成事実を作ったは良いが、どうにも踏み切ってくれんのじゃ!

くそぅ、今夜あたりまた・・・。

 

 

「まったく、久しぶりに共に過ごせると言うのに・・・」

「何か言ったかー?」

「何でも無いわ!」

 

 

こ奴は、まったく・・・。

「宮殿の戦い」が終わってからの5年間は、妾はジャックとの時間が取れんことの方が多かった。

と言うのも、我が帝国ではこの5年、叛乱が相次いでおってな・・・。

妾とジャックとで、別々の戦場に赴くのも珍しくは無かったのじゃ。

 

 

もちろん、妾に皇帝としての力がない、という見方が蔓延しておるのは知っておる。

事実、能力的には父にははるかに及ばん。

父は、死ぬのがあまりに早すぎた・・・5年前のクーデター騒ぎで命を落としたのが、惜しい。

本来ならば、次の皇帝に誰がなるか、もっと慎重に選ばれ、そして選ばれた者は時間をかけて基盤を築かねばならなかった。

長命なヘラス族なればこそ、下準備が重要じゃったのに。

 

 

じゃが父は死に・・・姉上達は囚われて薬を打たれ、妾しか皇帝を名乗れなくなった。

根回しも無く、勢力を築く時間も無く。

おかげで地方の大貴族が叛乱を起こし、新領土では暴動が頻発しておる。

国土は広がったが、これでは意味がない・・・。

 

 

「それに・・・」

 

 

それに、より重要な問題がある。

呟きながら、妾は自分の腹部に触れる。

 

 

・・・子が、生まれぬのじゃ。

5年前の戦いで世界が再編されて以降、ヘラス族を含めた亜人の出生率が激減しておる。

皆無ではないが、確実に生まれる子供の数が減っておる。

最初は、叛乱のせいとも思っていたが・・・先日、統計が取られて明らかになった。

原因はわからぬが、時期的に無関係とも思えぬ・・・。

 

 

未だ燻り続ける地方叛乱に、亜人の出生力の低下現象。

我が帝国は、存亡の危機にあると言って良い。

 

 

「・・・お、そういやぁ、再来月はナギの娘が何かすんじゃなかったか?」

「何って・・・結婚じゃ、結婚! もう16じゃからな、人族なら適齢期じゃろう」

「マジか・・・マジか!? だったらおめぇ、こうしちゃいられねぇじゃねぇか!!」

 

 

ナギとアリカの娘が結婚すると聞いて、ジャックが俄然張り切りだした。

それに対して、妾も否が応でも期待を膨らませてしまう。

 

 

「お、おお? そ、そうじゃぞジャック! お前にはまず妾に言うべきことが・・・」

「こうしちゃいられねぇ・・・ナギの野郎とアリカに『早く祖父ちゃん祖母ちゃんになれると良いな』って言って、からかってこねぇと!!」

「はぁ!? いや、ナギ達は今どこにおるかわから・・・いや、それ以上にまず・・・あ、待てっ・・・戻って来んか、ジャ―――――――――――ックッ!!」

 

 

ああ、もう!

少しはナギとアリカの娘の所の小僧を見習って、妾を求めてくれても良いじゃろうに・・・!

 

 

 

 

 

Side セラス

 

・・・芳しくないわね。

アリアドネーの技術開発部の研究所を視察しながら、私は内心で溜息を吐いたわ。

アリアドネーの研究員は優秀だし、頑張ってくれてもいる。

だけど・・・。

 

 

「・・・正直、見通しは暗いと言わざるを得ません」

「ええ、そうね・・・そうでしょうね」

 

 

溜息を吐きたい気持ちを抑えつつ、私は研究員の言葉に頷きを返した。

魔法に代わる代替技術の開発は、残念ながら遅れているわ。

5年前、突然失われた「魔法」。

もちろん、当時の判断を非難する気は無いわ。

 

 

ウェスペルタティア女王アリアは、可能な限りの材料で最良の選択をしたと信じてる。

けれど・・・あまりにも突然過ぎた。

 

 

「・・・ウェスペルタティアから送られてきたサンプルの解析は?」

「進めてはおりますが・・・」

「・・・わからない?」

「残念ながら・・・どうにも、技術様式が違いすぎて」

 

 

アリアドネー北方の新メセンブリーナ連合から流れてくる難民の受け入れを飲む代わりに、アリアドネーはウェスペルタティアから「魔導具」のサンプル提供を受けた。

でも、どうもこれまでの魔法技術とは根本的に違うらしくて、解析も思うように進まないの。

一番近いのは、建設系の魔法具だと言うことだけれど・・・。

 

 

「・・・今度の会合にも、私が行かなくてはならないでしょうね」

 

 

アリアドネー国内だけでも、混乱はまだ残っているから・・・できればここを動きたくは無いのだけど。

セブンシープ家を始めとする、古くからアリアドネーに存在する名家も、まだ落ち着いていない。

既得権益がほぼ失われたから、生き残れない家も存在した・・・。

 

 

それでも、私が・・・トップが行かなくてはならない。

去年のアリアドネーでの会合では、ヘラス帝国は叛乱鎮圧を理由に代理を送ってきただけだったけれど。

今年は、帝国も皇帝が自らオスティアに乗り込むでしょう。

 

 

「気分を悪くさせるつもりは無いのだけど・・・サンプルだけでなく、技術者の提供があれば進展する?」

「それは・・・もちろん。我々としてもお手上げの状態でして」

「そう・・・技術者は無理でも、ゲートポートの自由通行権を得られれば・・・」

 

 

そうなれば、旧世界側と直接交渉が持てる。

こちら側から旧世界との繋がりを直せないから、他の11か所のゲートの修繕も進捗していない。

ゲートポートの独占が、今のウェスペルタティアの地位を高めている一要因であることは確か。

もう一つは、新技術の独占・・・。

今の状況を何とかしなければ、アリアドネーは未来における地位を失う。

今でも、歴史学や薬草学など、魔法とは異なる分野の研究ではトップだと自負しているけれど。

 

 

それだけでは、これからの時代を生き残れない。

幸い、1ヶ月半後には・・・。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

「結婚式ですか~・・・?」

「せや、やから新しい着物買いに、今月中に休暇取って旧世界に行くえ」

「・・・余計なお世話かもしれませんけど~」

「何や?」

「休暇、取れるんですかぁ?」

 

 

・・・この娘、いきなり核心をついてきおった。

確かに、うちが休暇を取れるかどうかはかなりアレやけど、今回は行ける気がする。

王族の結婚式に行かなあかんねやから、それくらいは・・・。

・・・アリアはんも、いよいよ結婚かぁ。

いや、その前にここオスティアで一回、国際会合があるんやけど。

 

 

「今回は長から直々に休んでええて言われとるんや、何とかなるやろ」

「そんなこと言って、前みたいに3時間休暇とか無しですえー?」

「だ、大丈夫なはずや・・・」

 

 

自信なさげに呟いて、ちゃぷっ・・・と湯船の中で足を組む。

あぁ・・・やっぱ、自宅の風呂が一番やわ。

昨日までオスティアを離れて、他の街の旧世界連合の支部を回っとったから、身に滲みるわ。

 

 

うちの家は和風な風呂の造りになっとる、わざわざ旧世界から檜取り寄せて作らせたんよ。

やっぱ、日本人は風呂やねぇ。

 

 

「それで、うちがおらん間になんかあったか?」

「ん~・・・?」

 

 

ザバァッ、と頭からお湯をかぶっとる月詠に、うちは近況を尋ねてみる。

一週間もおらへんかったから、何か変わったかと気にもなる。

それにしても・・・育ちおったな。

月詠の身体つきを見て、そんなことを考える。

 

 

年の割に小柄なんは変わらへんけど、出るとこは出て、引っ込んどるべき所は引っ込んどる。

うん、良く成長したな、母親として嬉しいえ。

アリアはんやないけど、いつでもお嫁にやれるえ・・・まぁ、多少癖はあるかもしれへんけど。

 

 

「・・・特に、何もあらしませんでしたえー」

「・・・さよか」

「ドロシーはんとかも、獣医の勉強で忙しそうにしてますえー」

 

 

ドロシーって言うんは、月詠の友達や、年下らしいけど・・・。

いくつか学校を転々として、ようやくオスティアの王立ネロォカスラプティース女学院って所で友達を作れたんや。

あん時は、安心したもんやわぁ・・・。

 

 

「・・・あ、あと小太郎はんが帰って来ましたけど、それだけですー」

「さよか・・・ってぇ、それかなり重要なことやろ!?」

 

 

ザバンッ、と湯船から立ち上がると、月詠は不思議そうに首を傾げてきた。

お湯で濡れた長い髪が、細い身体に張りついとる。

 

 

この5年間ずっと武者修行の旅に出とる息子の名前を聞いて、落ち着いとれるかい。

いや、もちろんずっとおらんわけやなくて、たまに帰ってくるけども。

けど、せやからこそ、うちがおらな!

 

 

「アリアはんの結婚式の話したら、さよかー、せならそん時また来るわー言うて、颯爽と去って行きましたえー」

「そこで、留めといてや!」

「ええ~・・・そうは言いますけど、いつ帰らはるかわかりせんもん」

「ぐ・・・」

 

 

それは、確かにうちは普段は仕事が忙しいてアレやけども。

でも、それでも晩飯くらいは作ったろって、思うやろ・・・出張やったから無理やったけど。

 

 

「・・・大丈夫ですえ、またすぐ帰ってきますえー」

 

 

結果、娘に慰められる始末。

はぁ~・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「それで・・・身体の調子はどうだ、さよ?」

『はい、やっぱりこっちの方が調子が良いです』

「そうか・・・」

 

 

仕事を終え、夕食と風呂も済ませた私は、久しぶりに旧世界のさよに連絡を取っていた。

私は今、オスティアから西部にある都市、クレーニダイのホテルの一室にいた。

財務尚書のクロージク達と共に修復した街道の視察、2日の日程の1日目の夜。

 

 

さよは・・・去年、身体を悪くしてしまってな。

魔法世界の空気が新しい身体に合わなかったのかはわからんが、麻帆良の私のログハウスに、バカ鬼と住んでいるんだ。

さよだけでなく、最近は亜人種の健康状態が悪くなっていると聞く。

まさかとは思うが・・・再編魔法の影響かと疑ってしまう。

 

 

『そちらはどうですか、アリア先生は相変わらずですか?』

「ああ・・・入浴前に茶々丸と通信したのだが、今日も今日とて仕事三昧だったそうだ」

『あはは・・・今日も8時間ぐらい?』

「いや、11時間だ」

『・・・うわぁ~・・・』

 

 

私の言葉に、さよが引き攣ったような笑みを浮かべる。

まったく、あのバカが・・・茶々丸も控え目に注意するのだろうが、引き摺ってでも仕事を取り上げるようなレベルではないだろうしな。

クルトや他の閣僚連中も、注意はするのだろうが・・・実力行使まではしないだろう。

 

 

私がいれば、殴ってでも休ませるのだが。

確かに全ての権限がアリアの手中にある以上、あいつが頑張れば頑張る程に、この国は良くなっていくだろう。

それが嬉しいのも、わかる。

 

 

あいつは最近、この国の民のことが好きになってきているらしいからな。

傍で見ていれば、わかる。

だからこそ、危険だとも思う。

 

 

「私がいないとなると、後はスタンか・・・だがあいつは、旧オスティアの再建に忙しいしな・・・」

 

 

スタンと私は、割と仲が良いと思う。

良く一緒に酒を飲んでは、アリアについての話をするくらいには。

 

 

スタンは5年前から、旧オスティアの再開発を村人総出で手伝っている。

ウェールズに戻る気は無いらしいが・・・まぁ、アリアのことが心配なのだろう。

あるいは、ぼーやの方も気にしているのかもしれないが・・・。

 

 

『んー、じゃあ、あの人に言ってもらうしか無いと思いますよ?』

「あの人?」

『はい、もうすぐアリア先生の旦那様になる方です』

「・・・・・・若造(フェイト)か」

 

 

心底嫌そうな・・・いや、嫌な顔になる私に、さよは苦笑を浮かべる。

ちなみにこいつは、まだアリアのことを「アリア先生」と呼ぶ。

茶々丸は呼び方を変えたが・・・まぁ、アリアも特に訂正はしないしな。

 

 

「・・・私はまだ、許可してないからな」

『ああ・・・まだなんですか』

「当たり前だ!!」

 

 

その後、二言三言、言葉を交わして・・・会話を終えた。

ユラユラと揺れる盆の中の水面には、もう何も映らない。

 

 

「晴明、礼を言うぞ」

「構わん、どうせ暇じゃしな」

「ケケケ、ショテテンゲン!」

「一手目からど真ん中じゃと!?」

 

 

ベッドの上でチャチャゼロと囲碁を打っている晴明に礼を言うと、ヒラヒラと手を振り返された。

さよとの連絡には、基本的に晴明の力を使う。

魔法式の通信では、旧世界とは上手く繋がらないのだ。

むしろ、気・・・いや、それ以前に本体が旧世界側にある晴明の方が、繋がりを確保しやすいらしい。

 

 

さて、さよが最後に言っていたことも一理無くは無いが・・・。

だが、私から若造(フェイト)に頼みごとなど、断じてせん。

プライドが、許さん。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「最近、働き過ぎだと思うんだ」

「・・・は?」

 

 

その日の夜、これまでの5年間がそうであったように、今日も今日とてフェイトと過ごす夜。

今やスケジュールにすら記載されている、私とフェイトの時間。

いつものように紅茶とコーヒーを淹れて、テーブルに座って・・・開口一番。

 

 

私は、自分のアイデンティティーを否定されたのです。

しかも、私の婚約者(フィアンセ)によって。

 

 

「何と言う裏切り行為でしょうか・・・私は、極めて精神的に傷つきました」

「働き過ぎだと思うんだ」

「繰り返した!?」

 

 

2年前なら、ここで即座に謝罪の言葉があったと言うのに。

口調に抑揚がないのは変わりませんが、段々と私の扱いに慣れてきた感があります。

まぁ、5年も付き合っていれば慣れるなと言う方がおかしいですけど。

 

 

「いえ・・・待ってください、主語が無いと言うことは」

「アリアは、働き過ぎだと思うんだ」

「・・・私のことでしたかー」

「僕は、キミのこと以外は話さないよ」

 

 

・・・そ、そうですか。

 

 

「と、ところでフェイトは、今日の休暇は楽しめましたか?」

「・・・僕?」

「はい、貴方です」

 

 

フェイトは基本、私の予定に合わせてスケジュールが変わるので、大変でしょう。

来週から、また忙しくなるので・・・今の内にゆっくりしてほしかったのですが。

 

 

「今日は・・・」

 

 

フェイトは私の方をじっと見た後、手元のコーヒーに視線を落としました。

・・・?

 

 

「特に何も、していなかったよ」

「・・・そうなんですか?」

「うん・・・栞君にコーヒーを淹れてもらったくらいかな」

「・・・そうですか」

「うん」

 

 

まぁ、栞さんは私よりも上手ですからね、コーヒーを淹れるの。

美人で、スタイルとかも私より良いですし・・・胸とか。

お母様はあんななのに、未だに70台を超えないのは何故・・・英国人のはずなのに。

 

 

「・・・アリア?」

「何でも無いです」

「そう・・・」

 

 

・・・まぁ、フェイトはこう言う所で追及してこないので、良いのですけど。

複雑ですけどねぇー・・・。

 

 

「話を戻すけれど・・・どうして、仕事を増やしているのかな?」

「そこ、追及しますね・・・」

「たまにはね・・・キミに無い休暇が、僕にはあるともなれば」

「いえ、ですからそれは・・・」

「キミが僕を休ませたいと思ってくれるように、キミに休んでほしいと思うのは・・・いけないこと?」

「あ・・・えっと」

 

 

いや、だって・・・それは。

その、仕事が楽しいと言うか・・・没頭していたいと言うか。

・・・仕事を、していないと。

 

 

「・・・僕には、言えないこと?」

「そう言うわけでは・・・無いのですけど」

 

 

俯いて、眼を閉じて・・・逃げるように。

でも、実際・・・逃げているのかも、しれません。

仕事をしていない、静かな時間が・・・嫌だから。

嫌なことを・・・考えてしまうから。

 

 

「・・・無いん、ですけど」

 

 

左手の薬指。

そこには、フェイトとの婚約の証が嵌められています。

嬉しい、それは本当。

フェイトの傍にいたいですし、傍にいてほしい、これも本当。

全部、本当・・・だけど。

 

 

切なさも、愛しさも、温もりも・・・全部、全部本当です。

でも、それでも、考えてしまうのです。

 

 

怖い、と。

 

 

結婚・・・夫婦って、何なのでしょう。

何をすればいいのでしょう・・・それは、今とは何かが決定的に違うのでしょうか。

前の私も、今の私も・・・結婚生活を体験したことはありません。

それも、王族の結婚生活って・・・何をするの?

何を・・・しないの?

 

 

「・・・」

 

 

「その日」が近付いて来て、皆が「いよいよですね」とか、「おめでとう」とか・・・言ってくれますけど・・・嬉しいけれど・・・。

言われる度に・・・言いようのない不安が私を苛みます。

だから、考えないように・・・考えないで良いように・・・。

 

 

・・・仕事、したいな・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「・・・アリア?」

 

 

しばらくして何も言わなくなったアリアに、声をかける。

だけど、返事は返って来なかった。

コトッ、とカップを置いて立ち上がり・・・近くに行くと。

 

 

「・・・すぅ・・・」

 

 

・・・アリアは、椅子に座ったまま眠っていた。

規則的な寝息を立てて・・・スヤスヤと眠っている。

これは、なかなか珍しい体験だね。

 

 

まぁ、とは言えこのまま放っておくわけにもいかないしね。

なるべく彼女を起こさないように、ゆっくりと両手で抱き上げる。

両腕に感じる、彼女の重みに・・・・・・記憶していたよりも、随分と軽い気がする。

僕の腕の中にすっぽりと収まってしまう、細い身体。

 

 

「・・・ん・・・」

 

 

腕の中で彼女が身じろぎして、僕の胸に頬を擦り付けるような体勢になる。

僕の胸元をきゅっ、と掴む手は、とても細くて、白い・・・。

握れば、折れてしまうのでは無いかと、心配になる程だ。

 

 

それに、いつもより体温も少し、高い気がする。

・・・やはり、疲れているのだと思う。

どうして、こんなにも働くのか・・・アリアは教えてはくれない。

だけど・・・。

 

 

「・・・茶々丸を、呼ぼうか」

 

 

とりあえずは、アリアをベッドに横たえることにしよう。

彼女を起こさないように歩いて、ベッドの傍へ。

そっと横たえて・・・アリアの頬にかかっている白い髪を、指先で払う。

白磁の肌が、どこか赤みを帯びているようにも見える。

それは、とても綺麗だとは思うけれど・・・。

 

 

「・・・?」

 

 

茶々丸を呼びに行こうと立ち上がろうとした時、できないことに気付いた。

アリアの手が、僕の服の端を掴んでいたから。

大した力では無く、本当に・・・か細い力で。

 

 

「・・・アリア・・・」

 

 

僕は彼女の手を軽く握り、服の端から外す。

彼女のお腹の上に、その手を置く。

そこから、ゆっくりと視線を上げる。

 

 

薄桃色の薄着・・・ネグリジェに覆われた胸が、規則正しく上下している。

呼吸に異常は無いようだけど・・・まぁ、僕は医者では無いからね。

僕は彼女を起こさないように気を付けながら、彼女の頬に触れて・・・。

 

 

「・・・お休み、アリア」

 

 

彼女の額に軽く、口付ける。

そうすると・・・気のせいで無ければ、アリアの表情が少し柔らかくなった。

彼女の身体にシーツをかけて、軽く髪を撫でた後・・・。

 

 

僕は、アリアの傍から離れた。

・・・お休み、アリア。

 

 

 

 

 

Side タカミチ

 

エリジウム大陸に居を構えて、グラニクスを拠点に活動を始めて、5年が過ぎた。

魔法世界を取り巻く状況は、年々厳しくなっているように思う。

特に・・・こう言う現場を目にしてしまえば。

 

 

「コレは・・・酷いな・・・」

 

 

僕の目の前には、人間の大人がすっぽり入ってしまえる程の試験管のような物がいくつも並んでいる。

近右衛門さんが中央・・・グラニクスで得た情報によれば、ここには21人の被験体(にんげん)が収容されていたらしいけれど。

職業柄、ここよりも酷い所は、いくつも見て来たけど・・・慣れる物じゃないね。

 

 

ケフィッスス郊外の岩山にあるこの病院・・・いや、研究施設は、一か月前に崩壊したらしい。

原因はわからない・・・まぁ、その調査も僕の仕事だけど。

後は、誰か生存者がいれば・・・と言う話だけど。

ランタンの明かりを動かして、施設の中を見る。

 

 

「・・・ここまでだとは・・・」

 

 

僕の視界には、試験管や用途のわからない計器が破壊されている様と、おそらくは研究員の物だったのだろう白衣や衣服が散乱しているのが見えている。

だが、誰もいない。

ただ、何かをぶちまけたかのような赤い液体の跡が、壁や天井に残るばかりだ。

 

 

いったい・・・何があったのか。

と言うよりも、嫌な予感がするね・・・身の危険を感じると言うか。

その時、カツンッ、と背後から音がした。

片手をポケットに手を入れて、即座に振り向くと・・・。

 

 

「・・・ネギ君?」

 

 

そこに立っていたのは、ネギ君だった。

施設の外で待たせているはずの赤毛の少年が、そこにいた。

 

 

もう16歳・・・すっかり背も伸びて、大人っぽくなった。

ナギに似た容姿だけど、どこかナギとは違う雰囲気。

長く伸びた髪を、首の後ろで束ねている。

ネギ君が動くと、束ねられた髪が尻尾のように動く。

 

 

「・・・何か、見つかった?」

「い、いや・・・そうだね、手がかりになるような物は何も・・・」

 

 

実際、綺麗に全ての記録が壊されている。

外からの襲撃で破壊されたのか、それとも中からの暴発で破壊されたのか。

それによって、変わって来るのだろうけど。

僕がそんなことを考えている間に、ネギ君は僕の横を通り過ぎて、奥に・・・。

 

 

「ね、ネギ君!?」

「大丈夫だよ、タカミチ。こう言うの・・・初めてじゃないから」

「それは・・・そうだろうけどね」

「それに・・・」

 

 

ネギ君は、どこか静かな瞳で僕を見る。

いつからか・・・大陸を巡る内に、ネギ君はこんな目をするようになった。

 

 

「・・・ちゃんと、見ないと」

 

 

そう言って、奥へと歩いて行く。

その姿に、僕は溜息を吐いた。

あの「宮殿の戦い」以来、ネギ君は自分で見聞きすることを重視するようになったらしい。

それ自体は、喜ばしい成長だと思うけど・・・。

 

 

・・・たぶん、僕が過保護すぎるんだろうけど。

ケフィッススのホテルで待たせてる宮崎君とネカネさんが聞いたら、また悲しむかな。

そんなことを考えながら、僕はランタンの明かりで側の壁を照らした。

そこには・・・。

 

 

大きく、「Ⅰ」と書かれていた。

それがどう言う意味かは・・・まだ、わからない。

 




茶々丸:
茶々丸です、ようこそいらっしゃいました(ペコリ)。
アリア先生の体温は37度0分、微熱・・・明朝には下がるかと思います。
ゆっくり、お休みになればの話ですが。
少々、お疲れだったのでしょう・・・。
やはり、何か対策が必要なようです。
なお、marriage blue・・・つまりマリッジブルーとは和製英語です。

作中で登場するフロートテンプルは、元ネタはFSSです。
提供は伸様。
ナターシャ・ダヴィード・フーバーさんは、いずれ正式に描写が入るかと思いますが、わかりやすく言うとCIA長官のような役職の方です。
提供は黒鷹様。
ありがとうございます。


茶々丸:
検索してみた所、マリッジブルーに効果的な対処法はございません。
・・・検索できないと言うことは、私もお役に立てません・・・。
いったい、どうすれば・・・。
次回、サミット的な物が始まります。

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