魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第30話「真実と別離と、そしてもう一つ」

Side アリア

 

―――――待ったよ、この時を―――――

 

 

世界再編魔法(リライト)』を発動した瞬間、そんな声が聞こえたような気がしました。

どこかで聞いたことのある、声。

そして次の瞬間には、身体を何かに引っ張られるような感触を覚えました。

何者かに、無理矢理に転移させられるかのような感覚。

 

 

―――――転移(リロケート)、アリア・アナスタシア・エンテオフュシア、フェイト・アーウェルンクス―――――

 

 

「う、あ・・・!?」

 

 

手に持っている<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が、振動したように感じました。

同時に、身体の中から何かを奪われるような感覚を覚えます。

何か、とても大切な物が抜け出て行くかのような感覚。

 

 

初めて<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>に触れた時にも感じた、激しい痛みと、目眩。

それを今、再び感じています。

感じさせられて、います。

 

 

「ううううぅぅっ・・・うあ、あ、あああぁあぁぁっ・・・!?」

 

 

眼が見えない分、恐怖感が増します。

背中の温もり・・・お腹に回されたフェイトさんの腕と、一緒に鍵を握っているフェイトさんの手に、必死にしがみつきます。

そうしないと、自分がどこかに飛んで行ってしまいそうで・・・。

 

 

次の瞬間、身体に軽い衝撃が走りました。

柔らかい感触の次に、固い床の感触。

 

 

「く・・・ぅ・・・」

「・・・う」

 

 

近くから、かすかなフェイトさんの声。

どうやら、一旦フェイトさんの上に落ちた後、床か何かに身体をぶつけたようです。

見えないとわかりつつも、反射的に眼を開けて・・・って?

 

 

「み、見え・・・る?」

 

 

限界を迎えた魔眼は視力を失い、回復するまで戻らないはずなのに・・・。

でも今、私の眼には周囲の光景が見えています。

まず、隣にフェイトさんが足を投げ出す形で座っていました。

額に軽く手を当てて、どうやら私と同じ状態だったようですが・・・。

 

 

周囲を見れば、そこは割と広い空間のようでした。

出入り口が見えませんが、均等な長さの・・・おそらくは、立方体のような形の部屋。

石造りの部屋のほぼ中央に、私とフェイトさんは投げ出されたようです。

そしてそんな私達の目の前には、3つの石の箱。

 

 

「え・・・」

 

 

細長いその箱は・・・どんなに好意的に見ても、石棺・・・つまり、棺のように見えます。

そして右端の棺の上に、誰かが腰かけていました。

そしてその人物を、私は見たことがあります。

夏休みの前・・・6月の末、学園祭の時に。

 

 

目は閉じていて見えませんが・・・金髪の髪。

それは今や、床まで届きそうな程に伸びていますが・・・。

凛とした、でもどこか優しさを感じさせる顔立ち。

その、人は・・・。

 

 

「・・・お母様・・・?」

 

 

アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。

少し、痩せていますが・・・間違い、ありません。

そして、そのお母様の目前に・・・<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が浮かんでいます。

 

 

まるで、何かの鼓動を刻むかのようなリズムで明滅して・・・。

最後に、弾けるように光が放たれました。

 

 

「ふ、ん・・・」

 

 

吐息を漏らすような、声。

その声は、お母様の口から漏らされた物です。

 

 

「・・・やぁ」

 

 

でも紡がれる言葉と気配は、お母様の物では・・・無い。

開かれた目―――青と緑のオッドアイ―――にたたえられた光は、穏やかさでも厳しさでも無く、愉快そうな、そんな光。

 

 

「やぁ・・・ボクの可愛い、アリア」

 

 

浮かべられた笑みは、優しさとは程遠い物でした。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン(造物主)

 

・・・それにしてもあの若造(フェイト)め、随分と好き勝手にやってくれたな。

だがまぁ、生半可な攻撃では私の肉体に傷一つつけることもできんしな。

そこは、仕方が無い。

 

 

だがアリアとの仲は死んでも認めん。

 

 

私は不死だからな、半永久的に認めん。

うん、コレが終わったらもう一度はっきりと言ってやろう、うん。

・・・それはそれとして、どうすれば身体の支配権を取り戻せるのかな。

アリアの剣で縫い付けられた身体はもちろん、おそらくは<造物主(ライフメイカー)>の本体と思わしき黒いローブも、のたうつように蠢くばかりだ。

 

 

「<造物主(ライフメイカー)>との間にパスができてるわけでも無し・・・原理がわからん」

 

 

始まりの魔法使い・・・か。

そして私を吸血鬼に変えた存在。

・・・あらゆる意味で、私の上位者に立てる条件が揃ってるわけだな。

 

 

正直、殺す・・・滅ぼしてやりたいが、だからと言って冷静さを失うほど愚かでは無い。

冷静な状況判断ができなければ、死ぬだけだ。

・・・まぁ、私は不死だが。

だが、私を造った相手・・・私を壊す手段を知っている可能性もある。

 

 

シンシアの新たな肉体、か。

シンシア・・・6年前、アリアに全てを与えた女。

アリアはどこか盲目的に信仰している節があるが、だが・・・わからない女だ。

何が目的で、アリアに近付き・・・刷り込んだのか。

 

 

「・・・まぁ、私は直接会ったことも無いしな・・・む?」

 

 

その時、私の身体が、つまり<造物主(ライフメイカー)>がアリアの剣の柄を握って、少しずつ引きぬいていた。

いやいやいや、ちょっ・・・待て待て待て!

まだ『リライト』は発動したばかりのようだし、<楔の術式>が発動した様子も無い。

 

 

今はまだ、ここにいてもらわんと困る!

ぶっちゃけ、アリアも限界・・・と言うか、<造物主(ライフメイカー)>に対抗できそうな戦力が思い当たらんからして・・・!

つまり、待て!!

 

 

アリアの剣が、抜けた。

 

 

・・・ぐ、ぬぬぬぬ・・・!

アリアに念話・・・繋がらん。

身体も自由にできんし・・・不味い、不味いぞ・・・!

 

 

「おお―――――っと、ちょい待ちな!」

 

 

私が対処法を必死に考えている時、誰かが私・・・つまり<造物主(ライフメイカー)>の前に立ちはだかった。

 

 

燃えるような赤い髪、細いが鍛え上げられた身体。

精悍な顔には、飄々とした笑みを浮かべている。

あれは・・・ナギ!?

起きたのか・・・と言うか、全身の骨を砕いておいたはずだが?

・・・まぁ、ナギだしな・・・って、そうじゃないだろ!?

 

 

「もうちょい、俺と話そうぜ・・・・・・<造物主(ライフメイカー)>?」

 

 

片手の親指で自分を示すナギは・・・15年前と変わらないように思えた。

・・・やっぱり、私のモノにならんかな。

 

 

 

 

 

Side 5(クゥィントゥム)

 

『リライト』発動直後、3(テルティウム)と女王が消えた。

どこに飛んだか、僕でも追い切れない・・・バカな、どこへ消え失せた?

『リライト』の術式自体は正常に機能している。

程なく、全世界を覆い・・・世界は再編されるだろう。

 

 

「『七条大槍無音拳』!!」

 

 

真下から拳撃!

知覚した瞬間に、僕は雷化して移動している。

七条の極太の拳撃が、僕がいた場所を通過する。

今のは、無音拳。

 

 

「高畑・T・タカミチか・・・」

 

 

紅き翼(アラルブラ)>の・・・だが。

気で強化した拳などでは、僕の多層障壁を破ることはできない。

その時、背後から誰かに抱きつかれた。

誰かと思って振り向けば、小麦色の肌をした亜人の女が僕を掴んでいた。

 

 

「受けてみるのだわぁ~・・・『ギャラガー忍法・微塵隠れ』!」

「・・・!」

 

 

その女が突然、炎を纏って自爆した。

自爆・・・無駄なことを。

もちろん、ダメージは無い。

・・・着地して顔を上げた際、何故かその女が何事もなかったかのように兵の中にいたが。

自爆、したはず・・・まぁ、良いが。

 

 

「ひるむな! 女王陛下の退路の安全を確保するのだ!」

 

 

近衛の隊長らしい金髪の女がそう叫ぶと、四方八方から兵士が僕に躍りかかって来た。

何故かはわからないが、やたらに士気が高い。

ズン・・・身体に重みがかかる、重力魔法・・・?

 

 

「どうだ! 身体が重いだろ! 重力魔法に魔法薬のコラぼへぇあ!?」

「野郎・・・50口径魔法弾を喰らえばぁあっ!?」

 

 

雷化した僕のスピードに、兵士達はついてこられない。

珍しい魔法薬や武器を使う人間が多いな、ここの兵士は。

いつから、ウェスペルタティア王国はこんなに個性的な兵を雇うようになった?

 

 

「『銀の福音(シルバー・ゴスペル)』がただの衛生兵部隊だと思ったら、大間違いだぜ!」

「障壁最大出力展開ー!」

「テキサス・チェーンソー残存、突撃ぃああっ!!」

「斬り込み隊、私に続けえぇああっ!!」

 

 

・・・雑魚が何匹、集まろうとも!

雷化!!

キュキュンッ、と秒速150kmで移動し、人間にはおよそ不可能な動きで攻撃を加える。

 

 

何かの薬瓶を抱えていた兵を殴り飛ばし、奥で魔法を詠唱していた術師を打ち倒し、翻ってチェーンソーとやらの刃を砕き、白い装束を着た女の顔の般若の面を膝で割った。

 

 

「ふん、他愛も無い・・・な!?」

 

 

般若の面をつけていた女が、雷化が解けた僕の腕を掴んだ。

割れた面の下から、思っていたよりも若い女の顔が覗いている。

 

 

「おぉりゃああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

「・・・!」

 

 

そのまま、物凄い力で投げ飛ばされる。

だが、これも無意味だ。

人間は、時として無意味な抵抗を続ける――――。

 

 

ジャカッ。

 

 

着地した瞬間、こめかみに銃口を押し付けられた。

 

 

「それが人間だよ、少年」

 

 

言葉と同時に、発砲。

雷化で回避し、その銃の持ち主、半魔族(ハーフ)の背後に回る。

こちらを見ずに発砲、しかし雷化している僕には通じない―――――。

 

 

ガキュンッ!

 

 

「!?」

 

 

雷化が、解除された・・・バカな!?

そもそも何故、雷化した僕の身体に、銃弾が当たる!?

 

 

「精霊化解除弾・・・雷化したキミの身体は、私の魔眼から見れば精霊化・魔物化している物と判断できた。どうやら、当たりを引いたらしいな」

「・・・バカな!」

「ヒャッハ―――――ッ!!」

 

 

半魔族(ハーフ)の影から、二本のナイフを持った人形が飛び出してきた。

ただの人形とは思えない速度と錬度の刃が、僕に襲い掛かってくる。

 

 

「く・・・人形風情に!」

「ケイケンガチガウンダヨ、ガキガッ!!」

 

 

雷化を一時的に封じられたとは言え、僕は「風」のアーウェルンクス。

速さにおいて、僕に勝る者は存在しない・・・!

 

 

ギィンッ、と魔力を込めた手刀でナイフの刃と打ち合う。

右に戦い左に守り、前に攻めて後ろに守る。

自在なナイフ捌き・・・この錬度、人形とは思えないレベルだ。

だが、そうだとしても・・・!

 

 

「ヌォアッ!?」

 

 

腕を掴み、電流を流す。

ナイフを弾き落とし、床に叩きつける。

ガインッ、と音を立てて人形が転がる。

 

 

タァンッ!

 

 

そこに襲い掛かる半魔族(ハーフ)の女の銃弾。

身体を逸らして、かわす・・・そうして若干バランスを崩した僕の背を、何かが支えた。

手のような、銃口のような・・・。

 

 

「障壁貫通弾、撃ちます(ファイア)

 

 

緑色の髪の、人形が。

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

僕は<火>のアーウェルンクス。

破壊力に関しては、アーウェルンクスの中でも最強。

 

 

「『燃え盛る(グラディウス・ディウィヌス)炎の神剣(・フランマエ・アルデンティス)』!!」

「・・・!?」

 

 

炎属性最大の破壊力を持つ魔装兵具、『燃え盛る(グラディウス・ディウィヌス)炎の神剣(・フランマエ・アルデンティス)』を欠陥品の6(セクストゥム)に振り下ろす。

すでに僕の攻撃を幾度か受けて動きが鈍っていた6(セクストゥム)は、避けることもできない。

 

 

と言っても、流石はアーウェルンクスシリーズ。

すぐに障壁を修復し、僕の攻撃を受け止める。

 

 

「ぐ、くうぅあ・・・っ!」

「良く受け止めたね・・・だが!」

 

 

障壁の軋む音が少しずつ大きくなっていく。

それに伴って、僕の攻撃に少しずつ6(セクストゥム)の身体が押し込まれていく。

炎熱が冷気を上回り、6(セクストゥム)の服の端が焦げ始める。

 

 

その時、ポポンッ、と僕の両側に小さな何かが生まれた。

キキキキキッ、と鳴くそれは、小さな悪魔・・・いや、鬼か?

それが、4匹。

6(セクストゥム)にこんな物を呼び出すスキルは無い。

だが、誰が何をしようとも関係無い。

 

 

次の瞬間には、無詠唱で放った炎の矢で4匹の小鬼を貫く。

すぐにそれは消滅して・・・。

 

 

「・・・!」

 

 

頭上の障壁に衝撃。

巨大な棍棒が、僕の頭に向けて振り下ろされていた。

その棍棒の持ち主は、赤い肌の巨大な鬼だった。

 

 

「ガハハハハハァッ、コレはまたけったいな世界に呼び出されたのぅ!」

 

 

さらに次の瞬間、背後から幾十もの剣戟の音がした。

振り向けば、仮面を付けた女型の鬼が空中を跳んでいた。

虚空瞬動の要領で、巧みに移動しつつ攻撃を加えてくる。

 

 

「・・・無駄な」

「・・・っあっ!?」

「足掻きだよ!」

 

 

神剣で障壁を砕き、6(セクストゥム)の腹に蹴りを加えて叩き落とす。

それから『燃え盛る(グラディウス・ディウィヌス)炎の神剣(・フランマエ・アルデンティス)』を横に振り、赤い肌の鬼を斬り裂き、返す刀で仮面の鬼を斬った。

 

 

「バカな! 熊童子達ばかりでなく、酒呑と茨木までも一撃じゃと!?」

 

 

6(セクストゥム)の頭の上の人形が、何事かを叫んでいる。

新しい使い魔か?

まぁ、アレを庇って避けきれない攻撃もあったように感じるが。

 

 

「・・・!」

 

 

空中で体勢を何とか整えた6(セクストゥム)がキッ、と僕を睨むと、大量の水が僕めがけて押し寄せてきた。

 

 

「『水精大瀑布(マグナ・カタラクタ)』!!」

 

 

燃え盛る(グラディウス・ディウィヌス)炎の神剣(・フランマエ・アルデンティス)』で斬り裂くと、水が蒸発して白い煙が生まれる。

その向こうには、術後硬直で無防備の6(セクストゥム)・・・。

ジャキッ、と神剣を持ち直し、突きの体勢に入る。

 

 

「終わりだ、セク」

 

 

 

左頬に、重い一撃。

 

 

 

「ス・・・ッッ!?」

 

 

左側から、突然顔面に拳が叩き込まれた。

バカな、6(セクストゥム)は何もしていないぞ・・・!?

殴られた刹那、目だけで左を確認する。

 

 

「・・・僕(スクナ)を喚んでくれてありがとうだぞ、晴明」

 

 

白みがかった長い髪、金の瞳。

白い装束・・・人間では無い、かといって亜人でも無い。

こ、こいつ、は・・・あああああぁあああぁあああぁっ!?

 

 

「僕(スクナ)は、長距離転移ができないからな」

 

 

視界が回転して、急降下した。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「うーん、やっぱり良い物だね、身体があるって言うのはさ」

 

 

お母様・・・いえ、お母様の身体を使っている存在は、そう言いました。

掌を握っては開き、それから身体の感触を確かめるように軽く跳んだりしています。

学園祭で見たお母様の幻とは、明らかに違います。

いえ、まぁ、この10年で性格が変わったと言うならともかく・・・おそらく、そんなことは無い。

 

 

中身が、違う。

私の右眼の『複写眼(アルファ・スティグマ)』は、<造物主《ライフメイカー》>を視た時に感じた物と同じ気配を、見抜いています。

すなわち、別の魂が肉体を動かしている。

そして今、お母様の身体を使っているのは・・・。

 

 

「・・・・・・シンシア、姉様?」

「はい、正解。後2回正解すれば、ご褒美をあげよう」

 

 

愉快そうに笑う顔、飄々とした口調。

どこか芝居がかった仕草。

 

 

「帰ったか、シア」

 

 

その時、どこからともなくアマテルさんが姿を現しました。

転移してきたというより、左端の棺の前に突然生まれたような、そんな出現の仕方です。

シンシア姉様はそんなアマテルさんを見ると、快活そうな笑顔を浮かべて片手を上げました。

 

 

「やぁ、アマテル。その節は世話になったね」

「構わん。私とお前の仲だ」

「いやぁ、ボクも喰われるとは思ってなくてさぁ、慣れないことはするもんじゃ無いね」

「探すのに苦労したのは、事実だがな」

「見つけてくれると信じていたよ・・・けど、魂を入れる場所は考えてほしかったかな」

「<造物主(ライフメイカー)>の影響を排除できる人形が、他に無かったのじゃ」

 

 

2人は、とても親しそうにしています。

アマテルさんの話が本当であれば、2600年前からの付き合い。

ですからそれは、別に不思議なことではありません。

 

 

ですが、話の内容。

話の内容に、ついて行けないと言うか・・・。

 

 

「ど、どうして・・・シンシア姉様が」

「うん? 何だい、ボクに会えて嬉しく無いのかい?」

「それは・・・その」

 

 

嬉しく無い、とは言いません。

ただ、唐突と言うか・・・お母様の身体を使っているあたり、微妙と言うか。

次に会えるのは私がお婆ちゃんになってからだと、約束を。

 

 

「あ、ごめん。それ嘘」

 

 

笑顔のまま、シンシア姉様は言いました。

・・・嘘?

 

 

「ちなみにボクは、もう二度とキミの顔なんて見たくもなかったよ?」

 

 

シンシア姉様は急に笑顔を消して、そう・・・・・・え?

・・・今、何て・・・?

 

 

「ボクの魂を抱えたまま死なれちゃ困るから、優しくしてあげてたけどさ」

 

 

ヒュン・・・と<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を背後に従えて、シンシア姉様は無表情に言います。

どんな時でも笑みを浮かべていたシンシア姉様。

けれど今は笑顔とは程遠い、冷え切った顔をしています。

 

 

「魔法具だってあげたし、自殺しないように心に魔法をかけた。魔眼に侵されないように限界点を設定してもあげたし、元々半分しか無かったキミ自身の魂を6年間で修復してもあげた・・・」

「・・・!?」

「そしてさらに、キミにとって都合の悪い記憶にも鍵をかけてあげた・・・」

 

 

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が一瞬、強く輝きました。

あまりの光の強さに、眼を閉じます。

そして、再び眼を開いた時・・・。

 

 

目の前の光景が一変していました。

燃える村、降り注ぐ雪。

・・・ここは、まさか。

 

 

「そう、キミの原点にして・・・・・・原罪の場所だ」

 

 

6年前、ウェールズの村。

私の、故郷。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

情報で聞いたことはある。

メガロメセンブリア元老院が、サウザンドマスターの村に悪魔の群れを放った・・・と。

まぁ、サウザンドマスターの子供を殺すことにも攫うことにも失敗したようだけどね。

その時は、別に何も思わなかったけれど。

 

 

そして今、僕の目の前に広がっている光景は、その時の物らしい。

村が襲われ・・・おそらくは6年前のアリアだろう幼い少女も危機に陥る。

 

 

『ボク的必殺、『問答無用拳』!!』

 

 

しかしそこに、シンシアと言う女が現れる。

シンシアは、アリアが使うような魔法具を使用して悪魔の軍勢を薙ぎ払った。

隣のアリアが、ほっと息を吐くのが聞こえた。

 

 

『さぁて、と・・・・・・死のうか』

 

 

シンシアが、気を失って倒れたアリアに近付く。

ガッ・・・と、アリアが僕の腕を掴んだ。

心なしか、顔色が悪い。

先程の安堵の様子とは違い、少しばかり呼吸も荒い。

 

 

声をかけようとした次の瞬間、突然、アリアの背後にアリカ女王の身体を使っているらしいシンシアが現れた。

背後からアリアの頬に手を添えて・・・囁くように、言う。

 

 

「さぁ・・・良く見ておくんだ」

「・・・」

「キミがボクに、何をしたのか・・・」

 

 

生々しい音が響く。

 

 

視線を戻せば、幼いアリアが金髪の女性・・・かつてのシンシアを、刺し殺している所だった。

ひっ・・・と、隣から息を飲む声が聞こえる。

幼いアリアの右腕が、自分を抱えあげたシンシアの腹部を貫いている。

肉の抉れる音、血の飛び散る音。

 

 

それが、しばらく続く。

幼いアリアの眼は、不自然な程に見開かれている。

両眼の魔眼が、不自然な程に紅く輝いている。

アリア自身には、意識が無いようだった。

それに対して、シンシアがその間に何をしていたのかと言うと・・・。

 

 

『はいはい・・・食べ食べしましょう、ね・・・と・・・割と痛いな』

 

 

ただ、幼いアリアを抱き締めていた。

自分の身体が半分近く損壊するまで、ただ・・・抱き締めていた。

 

 

「わ・・・私、が」

「そう、キミが」

「私が・・・シンシア、姉様を」

「そう、6年前、この雪の日。キミの原点ともなったこの日・・・ボクはどうして、死んだのか」

「う・・・う、わ、私、私が」

「そう」

 

 

過去の映像は、そこで止まる。

アリアの耳元で・・・シンシアが囁いた。

 

 

「キミが、ボクを殺した」

 

 

アリアの瞳が、大きく揺れた。

身体を震わせて、口元を戦慄かせて、小さな手を頭を抱えるように持ち上げ・・・逃げるように一歩下がる。

でもそこにすでにシンシアはいない、バランスを欠いたかのように、倒れそうになる。

慌てて、それを支える。

抱きかかえるようにして、アリアの身体を支えた、次の瞬間。

 

 

「ぃいぃやあああぁあぁあああああぁああぁああああぁぁぁぁあぁっっ!!??」

 

 

甲高い悲鳴が、耳を打つ。

声量の大きさに、一瞬、顔を顰めた。

 

 

「あ、あああぁぁああぁあぁっ、あああぁあああああああああぁぁぁぁああぁあっ!!」

「・・・アリア」

「ああっ、あああぁあぁっ、うあっ・・・うわああぁあああぁあああああぁあぁっ!!」

「アリア」

「ああぁあぁ、ぁ、あぁあっ・・・ひっ、ひぐっ、ううぅぅうあああぁぁああぁっ!!」

「アリア・・・落ち着いて」

「ああっぐっ、ふぐっ・・・う、ううううぅぅ・・・っ・・・!!」

 

 

無理矢理に、アリアの身体を抱く。

震えの止まらない身体を抱き、とめどなく流れる涙を拭う。

 

 

「あらら・・・泣きだしちゃったね、どうする王子様?」

「・・・」

 

 

飄々とした様子のシンシアを、僕は静かに見据える。

アリカ女王の顔なので、何とも対応に困るが。

 

 

「おや怖い・・・けど、どうかな? ボクの魂と言う誘因要素を失ってなお、キミはアリアを想えているのかな・・・人形君?」

「何・・・?」

「キミとアリアは、半分に分かたれたボクの魂を持っていた。一つになろうとするボクの魂の引き合う力がキミ達を結んだのだとすれば・・・今は、どうなんだろうね?」

 

 

僕の腕の中で、アリアが震えた。

恐る恐るといった様子で、僕の顔を見上げてくる。

 

 

「以前のような、餓えるような求めるような、そんな気持ちは残っているのかな・・・?」

 

 

アリアの顔が、緩やかに陰って行く。

それに対して僕は・・・僕は?

アリアの瞳から流れる大粒の雫を、指で掬う。

僕は・・・。

 

 

「まぁ、愛の恋だのは勘違い、なんて誰かが言ってた気もするけどね~・・・さて、アマテル、仕上げと行こうか?」

「・・・ああ」

「転移(リロケート)!」

 

 

顔を上げると、シンシアが<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を使って、何かを呼ぼうとしていた。

 

 

 

 

 

Side カゲタロウ

 

「ふんっ・・・!!」

 

 

小太郎殿と月詠殿を抱えた状態で上に登るのは、流石の私も厳しい。

子供とは言え人間2人だ。

影を使ってどうにか登っている物の、なかなか骨だなコレは・・・!

 

 

思ったよりも勢い良く落ちていたから、2人を捕まえるのに苦労した。

これが素直に地上なら、影を使って転移と言う手段も取れたのだが。

 

 

「・・・てめぇ、なんかに・・・」

「む? 気が付いたか? もう少しで治療班のいる場所まで登れる、もう少し待て」

「てめぇ、なんかの・・・助けなんざ・・・」

「まぁ、気持ちはわからんでも無いが、我慢してくれ」

「・・・畜生ぉ・・・」

 

 

小太郎殿が何か言っているが、聞かなかったことにする。

月詠殿は、まだ気絶しているようだな。

 

 

「むんっ! 到着したぞ・・・「ダメだっ、呼吸が戻らんっ!」・・・ぬ?」

 

 

どうにか頂上に到着した。

したのだが、そこには緊迫感がただよっていた。

『白騎士(ヴァイス・リッター)』とか言う部隊の連中がそこかしこに倒れている中を、衛生兵らしき兵士がバタバタと駆けている。

あれは確か、『銀の福音(シルバー・ゴスペル)』とか言う・・・。

 

 

「千草ねーちゃん!?」

 

 

小太郎殿が私の腕から逃れて、駆け出した。

よろめき、何度か転びながらも・・・目的の場所まで辿り着く。

すなわち、千草殿の下へ。

 

 

「出血多量! 血液パック持ってきて! 早く!!」

「治癒魔法、掛けるぞ!」

 

 

・・・どうやら、芳しく無いらしい。

幾多の戦場を経験した私から見ても・・・芳しく無い雰囲気だった。

 

 

「お、おいアンタら・・・大丈夫やんな? 千草ねーちゃん、助かるやんな?」

「精一杯のことはするが、呼吸が戻らん!」

「なっ・・・」

「心肺はまだ生きてるが、呼吸が戻らんことには・・・」

 

 

どうやら本当に、芳しく無いらしい。

その時、軽く服の裾を引っ張られた・・・ぬ?

 

 

「アンタら、医者やろ・・・何とかしてや!」

「・・・」

「なぁ、ほんま、頼むって・・・! 何か足りんもんがあるんやったら、俺が取って来たるから!」

「・・・」

「何でもするよって、何とか・・・助けたってや、この人・・・この人は」

 

 

千草殿の手を握って、小太郎殿が言う。

 

 

「俺の・・・かぁちゃんなんやって・・・!」

 

 

・・・場を、沈痛な空気が包む。

そしてそこに、穏やかさを含んだ、間延びした声が響く。

 

 

「そうですな~・・・おかぁさんですから~・・・」

「・・・月詠のねーちゃん?」

「はい~・・・あ、刀が無い。ちょっと医療用のナイフ借ります~・・・」

 

 

ヨロヨロと歩き、医療用のナイフ・・・メスを掴む月詠殿。

彼女は千草殿の様子を少し見た後・・・。

 

 

「ちょ・・・!」

 

 

小太郎殿の制止も間に合わず、躊躇なく切り付けた。

だが、どうやら千草殿の身体には触れていないようだが・・・?

 

 

「・・・・・・呼吸が戻った!」

「何やて!?」

 

 

その直後、千草殿の呼吸が戻ったのだ!

な、何をしたのか、私にもわからなかった。

月詠殿はふぅっ、と息を吐くと、メスを捨てて・・・。

 

 

「・・・斬魔剣・弐の太刀・・・」

 

 

そう呟いて、力尽きたように千草殿の横に倒れた。

慌てて、衛生兵が月詠殿の治療を始める。

 

 

「だ、大丈夫なんか?」

「・・・・・・大丈夫、傷は治療したし、助かる」

「ほんまか!? ・・・そうか」

 

 

千草殿の手を握って、小太郎殿は俯いた。

・・・それ以上のことは、背を向けた私には見ることができない。

 

 

「・・・そうか・・・っ」

 

 

ただ、声だけは聞こえた。

 

 

 

 

 

Side ナギ

 

・・・正直、ヤベェ・・・!

確かに俺は20年前と10年前、<造物主(ライフメイカー)>に勝った。

けど、一対一のサシでやるのは、実は初めてじゃねぇか?

 

 

20年前には、お師匠がいた。

10年前には、アリカやアルがいた。

まぁ、つっても俺は最強にして最高にカッコ良い無敵な魔法使いだから?

魔力が空でも、骨がヤバくても、こんな野郎楽勝で・・・!

 

 

「らぁっくぅしょおおおだぜええええぇぇえぇぇぇっ!!」

 

 

障壁もまともに張れねぇってのに、野郎、ドカドカ撃ってきやがる!

俺? もちろん全部かわしてるさ。

左肩が外れてなんてねぇし、肋骨が3、4本イっちまったのは気のせいだよ。

ただちょっと痛ぇだけだ、気合いで治る。

 

 

「全てを満たす解は見つかったのか、英雄よ」

「ああ!?」

「言ったはずだ、いずれ貴様にも絶望の帳が下りると・・・」

「はっ!」

 

 

この10年間、人の話を全く聞いちゃいねぇ。

絶望? いつ、どこで、誰が!

そんな、くだらねぇもんなんざ・・・。

 

 

「したってんだ、このスカがあああぁぁぁぁっ!!」

 

 

ドンッ・・・と瞬動で直進する。

途中、虚空瞬動を織り交ぜて撹乱する。

身体を捻って黒い砲撃を避けて、足の骨が折れたみてぇだが、それがどうした。

大した問題じゃねぇ。

 

 

・・・つーか、何でエヴァンジェリンの身体に入ってんだ野郎。

麻帆良にいたはずじゃ・・・封印、解けたのか?

 

 

「オラァッ!!」

 

 

ガインッ・・・拳が、障壁で阻まれる。

ちっ・・・やっぱ無理か!

 

 

「さらばだ、英雄」

「げ」

 

 

目の前に、魔法陣が展開される。

そこに魔力が収束して・・・って、ヤベ・・・!?

 

 

「父さん!」

 

 

風属性の魔力を全身に纏って電気みてぇなのを放ってるネギが、その魔法陣を蹴り砕いた。

俺を背に庇うように、俺と野郎の間に立つ。

あん・・・?

 

 

「ネギ!」

「ぼ、僕の大事は・・・父さんだから!」

「・・・は?」

「だから、父さんを守るために・・・戦う!」

「・・・まぁ、良いけどよ」

 

 

・・・何でコイツ、そこで俺の名前を出すんだ?

俺が好きなのか・・・いやでも、ほとんど会ったことねぇよな?

俺を好きになる理由が、ねぇよな?

つーか、その魔力を全身に纏わせる技法、どっかで見たことっつーか、聞いたことがあるような。

 

 

「ネギ・スプリングフィールド・・・私のもう一人の末裔か」

 

 

っと、<造物主(ライフメイカー)>の野郎がネギに興味を持ちやがったな。

さぁて、いよいよ面倒に・・・と、思った瞬間。

 

 

<造物主(ライフメイカー)>とネギの足元に、魔法陣が展開された。

 

 

「む・・・」

「え・・・」

 

 

次の瞬間、2人とも消え失せやがった!

ち、転移・・・鍵か!

どこに行った・・・墓か? だとするとアリカのいねぇ俺じゃ行けねぇ・・・くそが!

後に残されたのは、俺と・・・エヴァンジェリン。

 

 

ドシャッ・・・と音を立てて、エヴァンジェリンがその場に倒れた。

黒いローブ・・・<造物主(ライフメイカー)>はネギと一緒に消えちまいやがった。

・・・ほっとくわけにも行かねぇし、とりあえず折れた足を引き摺りながら、エヴァンジェリンの傍に行く。

 

 

「・・・おーい、大丈夫かよ」

「・・・・・・・・・こう言う場合は、優しく抱き上げる物だろうが」

「無理」

「殺す・・・」

「ハハ」

 

 

悪いな、エヴァンジェリン。

後でガキ共に殴られなきゃいけねぇと思うからよ、お前はその後でな・・・。

 

 

 

 

 

Side 墓所の主(アマテル)

 

10年前の話だ。

アリカ・アナルキア・エンテオフュシアとシンシアは、ある契約を交わした。

契約と言うよりも、約束に近い物だったが。

 

 

シンシアに自由を与える代わりに、自分達の子供に危機が迫ったら、守ってほしいと。

自分達はお尋ね者ゆえ、会いにいけないからと。

父は<造物主(ライフメイカー)>との対話を続け、母は楔の役目を代行して。

そしてシンシアは6年前のタイミングで、その約束を果たしに行った。

息子の方はナギが救ったようだが、娘の方は誰も救いに行かなかった。

だから、シンシアが救った。

 

 

だが、シンシアがどう言う方法で娘を救ったのかはわからん。

突然、死におったからな。

ナギが持ち帰ったのは、シンシアの魂の半分に過ぎなかったし。

まぁ、ナギも身体を封印されていて行動の自由が無かったゆえに、仕方が無いのだが・・・。

 

 

「転移(リロケート)・・・<造物主(ライフメイカー)>、ネギ・スプリングフィールド」

 

 

シンシアが鍵の力を使って呼び出したのは、<造物主(ライフメイカー)>と赤毛の末裔。

シンシア・・・シアに続いて、我が夫(つま)も帰ったか。

そして、アリカの肉体を含めた我が血族の2人の子供と、魂の入れ物の人形。

・・・全て、揃ったと言う所かな、シア?

 

 

「え・・・ここは・・・アリア? それに・・・フェイト?」

 

 

赤毛の末裔、ネギが戸惑ったような声を上げる。

末裔の少女、アリアは憔悴したように人形に抱かれるばかり。

・・・やりすぎ、とも思うが、事実じゃしの。

シアが死んだのは、アリアのせいだと言う事実は変えようがない。

 

 

・・・まぁ、シアがそれで良いと言うのなら、私は構わない。

私自身は、そこまでアリアに思い入れがあるわけでも無い。

 

 

『・・・月の女神(シンシア)・・・』

 

 

耳では無く、直接脳に響くような、<造物主(ライフメイカー)>の声。

今は誰にも憑依していない所を見るに、シアが本体だけ転移させたと言うことかの。

 

 

シアは<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を手に持ったまま、慈しむように、<造物主(ライフメイカー)>を迎えるように、両手を広げた。

アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの肉体を借りて、<造物主(ライフメイカー)>の前に立つ。

 

 

「やぁ、愛しい人」

 

 

微笑みすら浮かべて、シアは<造物主(ライフメイカー)>を迎える。

そして・・・。

 

 

「・・・いくつか、わからないことがあるのだけど」

 

 

・・・人形が、まるでそれに異を唱えるように声を上げた。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

確かに、戸惑いはある。

自分の中の何かが変わったような、そんな感覚がある。

最たる物は、アリアに対する僕の内面の変化だろうか・・・。

 

 

ぐ・・・と、アリアの肩に回した手に力を込める。

アリアは、俯いて震えるばかりで反応を返してくれない。

・・・・・・。

 

 

「・・・わからないこと?」

「そう」

 

 

この場での事実だけを見れば、どうもシンシアがアリアを騙して利用していた、と言う構図が成り立つ。

シンシアはアリカ女王の肉体に自分の魂を宿すために、僕とアリアをここに、<初代女王の墓>に呼び寄せた。

アマテルがシンシアの仲間だと言うなら、僕らをここへ導くかのような言葉にも納得できる。

 

 

もしかしたなら、それが唯一の事実なのかもしれない。

だが・・・。

 

 

「貴女は、自分の復活のためにアリアを利用した・・・その解釈で間違っていないのかい?」

「・・・まぁ、そうだね」

 

 

ビクッ、と、アリアの肩が震える。

・・・だが、どうしてか僕はそれで「納得」できない。

 

 

「何故・・・アリアに魔法具を与えて・・・何故、魔眼を制御した?」

「魔法具や魔眼に関しては言った通り、ボクの魂を抱えたまま死なれちゃ困るから」

「死にたくなかった?」

「当然だろ?」

「なら何故、幼いアリアを救った?」

 

 

肉体を失ったシンシアが復活を望む、コレは良い、理解できる。

だがそもそも、何故シンシアは幼いアリアを救いに行った?

死ぬことがわかっていたかのような口ぶりで、何故、倒れたアリアに近付いた?

そうしなければならない理由が、あったのではないか?

何故・・・その後もアリアの中でアリアに力を与え続けた?

 

 

「死にたくないと言うのなら、もっと方法があったはずだ・・・少なくとも僕ならあんな手段はとらない、何か・・・何か、殺されてでもアリアを救うべき何かの理由が、あったのか。何故だ?」

「・・・それは・・・きっと、私が」

「事実は一つだよ!」

 

 

アリアの声に被せるようにして、シンシアが叫んだ。

冷たい、感情のこもっていない目で、アリアを見下ろしている。

 

 

「ボクはアリアに殺された―――――肉体を失った! ボクはアリアを利用して・・・こうして復活した! アマテルの<精霊殺し>の力が満ちたこの部屋でなら、ボクはキミ達2人の肉体と言う枷から離れることができるからね・・・それが、全てさ!」

 

 

両手で部屋を、<初代女王の墓>を示して、シンシアは叫ぶように言う。

 

 

「誰がボクを責められる? 何がボクを責められる? どうしてボクを責められる? 2000年・・・そう、2000年だ、それだけの時間、ボクは世界に全てを捧げてきた・・・もう十分だ、そうだろう?」

 

 

楔としての2000年。

それは確かに、長い時間だとは思う。

人が変わるには・・・十分すぎる程に長い時間だ。

 

 

「ボクは憎かった、ボクらの存在を知らずにのうのうと日々を生きる連中が! 人の気も知らないで、飽きもせずに戦争をする連中、差別をする連中、愛しい人が創ったこの世界を、汚すしかできない連中・・・そしてアリア、キミだ。ボクはね、キミのことが」

「・・・っ」

「キミのことが一番、嫌いだったよ」

 

 

・・・嗚咽が聞こえる。

ギシリ、と、足元の石に罅が入る。

意外なことに、僕は「苛立ち」を感じているらしかった。

自分でも、意外なことにね。

 

 

「・・・まぁ、どうしても許して欲しいなら」

 

 

シャンッ、と<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>の切っ先をアリアの目の前に置いて。

 

 

「キミの持ってる全てを、ボクに捧げて貰おうかな?」

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・すべて・・・?」

「そう、今キミが持っている物は、言ってしまえばボクが与えた物だからね。えーと・・・何だっけ、女王とか家族とか諸々? 全部・・・ボクに捧げてもらう」

 

 

私の持っている全てを、シンシア姉様に捧げる。

女王としての持ち物、家族として得た物、そして他の全ても。

この6年間で私が手に入れた物、全て。

 

 

実際・・・シンシア姉様に頂いた魔法具の力がなければ、ここまで生きては来れなかった。

魔眼や魂の話が本当なら、そもそも6年前に死んでいたでしょう。

なら・・・。

 

 

「どうする、アリア?」

 

 

ギシッ・・・と、胸が締め付けられます。

呼吸がしにくくて、でも、逃げるわけにもいかなくて。

だって、私が。

 

 

私が、シンシア姉様を殺していたのだから。

 

 

あまりの事実に、目眩がします。

認めたくない、でも本当のこと・・・。

姉様が私を嫌いと言うのも、仕方のないことです。

自分を殺した人間を、愛せるはずが無いではありませんか。

 

 

でも、だから、もし許されると言うのなら。

喜んで、捧げるべきでは無いのでしょうか・・・?

 

 

「・・・・・・」

 

 

捧げると言う、その一言が、言えない。

何故なら・・・シンシア姉様の、目が。

私を見る目が、どこか・・・。

 

 

「・・・ダメだよ」

 

 

不意に、聞き覚えのある声が聞こえました。

 

 

「ダメだよ!」

 

 

そう叫んだのは・・・意外なことに、それまで黙っていたネギでした。

シンシア姉様は、少し興味を引かれたような表情でネギを見ました。

 

 

「ふん・・・? 何だいネギ君、急に妹への愛に目覚めたとか?」

「そんなんじゃない!」

 

 

・・・まぁ、別に目覚めてほしいわけではありませんけど。

 

 

「ふん、それじゃ・・・何かな?」

「・・・」

 

 

そこでネギは、どこか逡巡するような様子を見せました。

それから私の顔を見て・・・どこか、不機嫌そうな、気に入らないような、そんな顔をします。

何を、考えているのでしょうか・・・。

 

 

「・・・僕は、アリアのことが嫌いだ」

 

 

唐突に、ネギはそう言いました。

それ自体は今さらなことなので、別にどうとも思いませんが・・・。

 

 

「だけど僕は・・・・・・僕は、アリアが羨ましかった」

 

 

・・・え?

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

僕は、アリアのことが大嫌いだった。

そして同じくらい、僕はアリアが羨ましかった。

だって、僕は。

 

 

「僕は、アリアみたいに・・・なりたかった!」

 

 

どうしてだろう、僕は今、凄くムカムカしてる。

今まで感じたことも無いくらいに、苛立ってる。

 

 

「アリアみたいに、皆から好かれて、頼られて・・・そして全部のことをやってのけて、皆から・・・凄いって、言われたかった!」

 

 

皆から好かれるアリア。

皆から頼りにされるアリア。

皆から、優しくされるアリア。

 

 

誰も彼もが、アリアのことばかり気にする。

僕のことは、誰も・・・見てくれない。

 

 

「羨ましかった・・・アリアみたいになりたかった!」

 

 

言葉を紡ぐ度に、右腕の『闇の魔法(マギア・エレベア)』の紋様が軋む。

僕の中のドス黒い何かに、反応するように。

 

 

そうだ、僕は・・・最初から、わかってた。

わかっていた、はずなんだ。

でも、認められなかった・・・今だって、認めたくないと思ってる。

 

 

「なのに、そんな簡単に・・・捧げるとか捨てるとか・・・ふざけないでよ!」

「簡単ね、ボク殺されてるんだけど?」

「それは・・・それは、良く無いことだと思います・・・けど! 僕は認めない!」

 

 

僕の欲しい物を、羨んで仕方が無い物を持っているアリア。

それを、捨ててなんて欲しく無い。

アリアには何一つ、捨ててほしく無い。

 

 

だって、僕は。

僕は・・・。

 

 

 

『プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)~!(シャランッ☆)』

『おお~・・・』

『い、今何か出たよねアリア!』

『ええ、出ました。さすがネギ兄様です』

『えへへ・・・』

 

 

 

僕は、アリアに・・・「凄いね」って、言わせたかった!!

言われたかった!!

それがきっと・・・最初だった!!

 

 

「僕は絶対に・・・認めない!」

 

 

全身から、魔力を放出する。

墓所の主・・・アマテルさんがいるからか、この部屋には精霊がいない。

だから魔法を使うのは難しいけど、けど魔力で自分の身体を強化はできる。

だから・・・!

 

 

「・・・まぁ、素直で良いと思うことにしようか」

 

 

トンッ・・・と、腹部に<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)の先端が押し付けられていた。

いつの、間に・・・!

そしてそこから、凄まじい勢いで力を、魔力を吸い上げられているのを感じた。

僕の、魔力を・・・奪ってる!

 

 

「・・・うぁっ!?」

 

 

直後、どんっ・・・と誰かに押された。

手を突き出して立っていたのは、アマテルさん。

床に尻餅をつく僕に、アマテルさんとシンシアさんは、不思議な笑みを浮かべる。

 

 

「姉様・・・!」

「もう良いよ、アリア。良く考えたら欲しい物なんて何も無かったし」

 

 

冷たく言って、シンシアさんは僕らに背を向けた。

僕の魔力を吸った<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が、ゆっくりと輝く。

 

 

「・・・転移(リロケート)、アリア・アナスタシア・エンテオフュシア、フェイト・アーウェルンクス、ネギ・スプリングフィールド――――――」

「姉様、待って!」

「―――――――――アリカ・アナルキア・エンテオフュシア!」

 

 

パァッ・・・と、足元に魔法陣が浮かび上がる。

今の・・・最後の名前は。

 

 

「アリア」

 

 

最後の一瞬、シンシアさんがアリアの方を向いて何かを言った。

それは・・・僕には、聞こえなかった。

 

 

 

 

 

Side シンシア

 

ふーむ、我ながらちゃんとできたか心配だね。

最後とかはいらなかった気もするしね。

 

 

『・・・月の女神(シンシア)・・・』

「うん? ああ、ごめんよ愛しい人、待たせたかな?」

『・・・構わぬ・・・』

 

 

人の形をしたローブの塊が、私の目の前に浮かんでいる。

私は高さを調節するように、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を持ったまま中央の棺の上に立った。

不謹慎かな? ま、本人が目の前にいて文句を言わないんだから、良いよね。

 

 

今のボクは、魂だけの存在だ、それもこの墓の中でしか存在できない憐れな存在。

アマテルの力で実体化している、残留思念のような物に過ぎない。

・・・魂の大半は、アリアと人形(フェイト)君の魂の補完に使ったからね。

 

 

「アレで・・・良かったのか。予定ではあの者達に全てをやらせるはずだったろう」

「んー、まぁ、何とかなるんじゃないかな?」

 

 

視線を落として、宙に浮かぶ<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を見る。

アリアの頬に触れた時に指についたアリアの血が、柄に付着している。

そして『闇の魔法(マギア・エレベア)』、<造物主(ライフメイカー)>に連なる力のこもった魔力・・・それも、アマテルの血族の魔力。

 

 

アマテルを見ると、かすかに頷きを返してくれた。

・・・覚悟、完了って感じかな?

 

 

「・・・愛しい人、見ていたよ。ボクの新しい身体を用意しようとしていてくれたね」

『・・・ずっと、すまないと思っていた・・・』

「うん・・・そうかい、でも別に気にしてくれなくとも良かったんだ」

 

 

実際、2000年前にはアレ以外に方法が無かったわけだしね。

それに何よりも、ボクが自分で選んだことだから。

キミの役に立てるなら、それで良かったんだ。

それだけで、良かったんだから。

 

 

かき抱くように、左手を<造物主(ライフメイカー)>に伸ばす。

そして、<造物主(ライフメイカー)>のローブがボクを抱くように包もうとした時。

 

 

 

    ―――――カチリ―――――

 

 

 

何かが外れるような音が響いた。

そしてそれは、ボクの足元から響いた音だ。

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が、中央の棺・・・<造物主(ライフメイカー)>の棺を貫いた音だ。

<造物主(ライフメイカー)>の肉体を、貫いた音だ。

 

 

黒いローブが戦慄くように震えるのと同時に、<初代女王の墓>全体に幾何学的な紋様が浮かび上がる。

10年前から発動しかけていた術式が、発動する。

 

 

    <楔の術式>

 

 

10年前、<紅き翼(アラルブラ)>が残した置き土産。

あの愉快な連中が残していった、最後の1ピース。

 

 

『・・・何故だっ!?』

「ありがちな言い方をするのなら、すでに世界は次代に引き継がれたから。建て前抜きの言い方をするのならば・・・もう疲れた、ダルい、面倒見てらんないよ、こんな世界」

「少しは言葉を選べ、バカ者・・・まぁ、半ばは同意せんでも無いが」

太陽の女神(アマテル)、お前までも・・・!』

 

 

いやぁ、本当・・・嫌われて正解だったね。

そうでないとあの子、残るって言いかねなかったしね。

アマテルはアリア達も巻き込むつもりだったらしいけど、冗談じゃない。

アリアはようやく幸せになれたんだから、ここで退場されちゃ困るよ。

 

 

幸せになれると良いなと聞かれて、もう幸せだと言えるのならば、上等だ。

ボク一人いなくなっても、何の問題も無い。

・・・問題無いよね、アリア?

 

 

「2000年前の段階で、ボク達3人の力はほとんど互角だった・・・ボクとアマテルの2人相手じゃ、キミも勝てないだろう?」

『世界を、人々を救うために行動してきたはずでは無かったか!』

「・・・もう、その必要はあるまい・・・」

 

 

アマテルが、愛おしそうに<造物主(ライフメイカー)>に触れる。

ズズズ・・・と、<初代女王の墓>の墓が崩れ始める。

すぐに、「墓守り人の宮殿」全体が崩壊を始めるだろう。

ボク達3人の棺を巻き込んで・・・まぁ、ボクは身体が無いけれど。

 

 

ボクはいくつか嘘を吐いたけれど・・・2000年で疲れてしまったのは本当。

けど後悔は無い、自分で選らんだことだ。

でも、それでも誰かに言われたかった・・・。

 

 

「もう、良いよ・・・もう良いよ、<造物主(ライフメイカー)>。3人で休もう・・・」

 

 

もう、良い。

10年前、アリカはボクにそう言った。

嬉しかった。

だから、死ぬのがわかっていてもアリアを助けた。

 

 

今日のこの日を迎えるまで、守ろうと思った。

転生者の先輩として、先祖の一人として・・・アリカの友として。

 

 

『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』だけでなく、『複写眼(アルファ・スティグマ)』まで仕込まれていたあたり、神様の殺意の高さを感じたけどね。

・・・まぁ、実際に神様がいるのかどうかは知らないけどさ。

でも漫画の世界に転生なんて、他に理由の考えようも無いし。

 

 

「ご苦労じゃった、我が夫(つま)・・・我らの役目は、終わったのじゃ」

 

 

でも・・・できれば。

最後は泣き顔じゃなくて、笑顔が見たかったな。

 

 

『私は・・・』

「もう良い・・・」

「・・・お疲れ様」

 

 

・・・子供とか、見たかったな。

ゴメンね、アリア。

 

 

さよならだ。

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

 

突然、5(クゥィントゥム)さんが動きを止めました。

あれから障壁貫通弾を多数駆使して攻撃を加えていましたが、倒しきれませんでした。

わずかながら、ダメージも与えているはずですが・・・。

 

 

「・・・どうしたんだ?」

「さぁ・・・」

 

 

真名さんの疑問に、高畑先生がポケットに手を入れたまま返します。

5(クゥィントゥム)さんは明後日の方向を確認した後、戦闘態勢そのものを解きました。

・・・どう言うことでしょう?

 

 

「・・・任務受領・・・」

 

 

何事かを呟いていましたが、説明する気は無いようです。

ですが、とりあえず・・・。

 

 

「・・・戦闘の意思は、もう無いのでしょうか?」

「・・・キミ達に敵対することは命令により禁止された」

「命令ですか」

「そう」

 

 

5(クゥィントゥム)さんはそう言って、ポケットに手を入れた上で、さらに目を閉じました。

・・・本当に、戦闘の意思は無いようです。

 

 

「一応、拘束させて頂きます」

「・・・構わないよ、それが女王の望みなら」

「・・・はい?」

 

 

今、何か妙な発言が聞こえたような・・・。

 

 

ド、ドン・・・!

 

 

その時、祭壇近くの壁に何かが衝突したような音が響きました。

実際、壁が崩れ落ちています。

 

 

「アレは4(クゥァルトゥム)です」

「お待たせだぞ」

 

 

ふわり・・・と、空から降りてきたのは6(セクストゥム)さんと・・・。

・・・スクナさんでしょうか、センサーで見る限りはそう見えます。

外見が多少変わっていますが。

6(セクストゥム)さんの頭の上で、晴明さんが力無く・・・寝ているようです。

 

 

上空を見れば、麻帆良の光景は完全に消えています。

晴明さんが眠っているのは、時間切れと言うことでしょう。

 

 

「あー・・・重ぇ・・・」

「淑女に向かって、何て言い草だ・・・」

「す、すみません・・・」

「マスター!」

 

 

その時、赤い髪の男性がマスターと宮崎さんを抱えてやってきました。

背中に宮崎さん、そしてお姫様抱っこでマスター。

マスターは、どこか満足そうです。

 

 

「マスター、ご無事ですか!」

「おお、茶々丸。心配かけたな・・・こっちも終わったようだな」

「はい・・・」

「知り合いか? んじゃ、コイツ頼むわ。流石に骨がヤベぇ・・・」

「む・・・おい、大丈夫かナギ?」

 

 

ナギさんから、マスターを受け取ります。

マスターにしろナギさんにしろ、かなり消耗しております。

ナギさん・・・データベースを調べてみるに、15年前、マスターに呪いをかけたと言う・・・。

アリア先生の、お父様。

 

 

「ゴシュジン、アリアハドーシタヨ」

 

 

私の頭の上の姉さんがそう聞くと、マスターは表情を曇らせました。

そうです、アリア先生はどこに・・・。

 

 

センサーに感アリ!

 

 

背後を向くと、祭壇の床に魔法陣が4つ。

転移反応・・・来ます!

淡い、どこか優しい光が溢れて・・・途切れた、瞬間。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「ネギ君!」

 

 

タカミチがぼーやの方に駆けて行ったが、それはどうでも良い。

問題は・・・。

 

 

「・・・っ」

 

 

アリアの方だな。

傍にいる若造(フェイト)は、いつも通りに見えるが・・・む、雰囲気が少し変わったか?

いや、それも今は良いな。

アリアは、アリアに良く似た金髪の女を抱いている。

 

 

座り込んで抱き締めて、動かずにいる。

あの、女は・・・?

 

 

「・・・アリカ」

 

 

ナギが、名前を呟いた。

アリカ・・・先代の女王、母親か。

 

 

「・・・茶々丸」

「生体反応は正常。気を失っているだけかと」

 

 

・・・では、母親に会えて歓喜で、と言うわけではなさそうだな。

周囲の兵を、動揺させる程の悲痛さを感じる。

・・・不味いな。

 

 

「アリ・・・む、何だ!?」

 

 

その時、「墓守人の宮殿」が大きく揺れた。

その揺れは一度では収まらずに、まるで地震のように連続して揺れる。

この、振動は。

 

 

「・・・やべぇ、崩れるぞ!」

「何?」

「アリカが生きてここに出たってこたぁ、術式が発動したってことだ・・・ここは、もうすぐ崩れる」

「何だと・・・!」

 

 

ナギが言う術式とは、「楔の術式」のことだろう。

それが発動した? いや、崩れるだと!?

 

 

「ア・・・「アリア」・・・!」

 

 

私が声をかける前に、若造(フェイト)がアリアに声をかけた。

・・・あの、若造(フェイト)め・・・。

 

 

「アリア、ここから離れよう」

 

 

若造(フェイト)の言葉に、アリアは言葉を返さない。

 

 

「アリア」

「・・・」

「・・・アリア、このままではキミの仲間が危険だ」

「・・・」

「卑怯な言い方になるけれど・・・ここで崩壊に巻き込まれては、意味が無い」

 

 

アリアは少し顔を上げると、眠る母親の顔を見て、次に若造(フェイト)を見た。

それから、片手で目元を擦り・・・母親を横たえて、立ち上がった。

 

 

振り向いたその顔は、泣き腫らした顔をしていたが、迷いは無いように見えた。

・・・見える、だけだが。

 

 

「・・・全員、脱出します。クルトおじ様に連絡を・・・」

 

 

 

『お呼びですか陛下、このクルトめの名をおぉ――――――――――っ!!』

 

 

 

突然、スピーカーで大音量、そんな声が響き渡った。

仰ぎ見ると、祭壇上空に白銀に輝く艦影・・・『ブリュンヒルデ』の姿があった。

・・・出待ちでもしていたのか、あの変態眼鏡。

 

 

「・・・おじ様! ゲートポート周辺に怪我人を含めた兵がまだおります! そちらにも艦を!」

『お任せください陛下! すでに高速巡航艦「ブラックスワン」が向かってございます!』

 

 

眼鏡を輝かせている情景が、目に浮かんだ。

素直にムカつくな。

 

 

「・・・では、脱出作業に入ってください! 『リライト』発動後は祭壇は無意味です、明日菜さんを保護、その他、負傷者を優先的に艦へ乗り込ませなさい! 迅速に願います!!」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)!!」」」

 

 

アリアの命令に、兵達が秩序を取り戻す。

・・・さて、アリア。

何があった・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

兵士の皆さんが続々と『ブリュンヒルデ』の中へ乗り込んで行く中、私は<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>の安置されていた場所を見上げています。

そこにはもう、鍵はありません。

 

 

ふと、右手を見ます。

そこに魔力を込めますが・・・何も変わりません。

魔法具が、創れません。

自分の中の何かが、決定的なまでに変わってしまったような感覚があります。

 

 

「姉様は結局・・・私にどうして欲しかったのですか・・・?」

 

 

死なせて・・・いえ、殺してしまったことに対する贖罪を求められているのか。

それとも、他の何かを・・・?

 

 

捧げるかどうかの質問の際、シンシア姉様は私を睨んでいました。

都合の良い解釈かもしれませんが、「イエス」と答えさせないようにしていたように、思います。

そして最後の、別れ際の言葉・・・。

 

 

『キミが幸せになれて、良かったよ』

 

 

あの時の笑顔は、以前から知っている物。

優しくて温かで、自分のことのように喜んでくれているような、笑顔。

あの笑顔を瞼の裏に思い描くと、どうしてか涙が溢れて止まらなく・・・。

 

 

「アリア先生」

 

 

茶々丸さんが、私を呼びました。

慌てて両手で涙を拭って振り向くと、エヴァさんを抱えた茶々丸さんが少し離れた位置から私を呼んでいました。

どうやら、他の人はもう『ブリュンヒルデ』に乗り込んだようです。

 

 

「崩壊速度が上がっております、お急ぎください」

「・・・お前の母親も、ナギが運んで行ったぞ」

 

 

エヴァさんは、どこか憮然とした表情を浮かべています。

・・・後でお話ですかね。

でも実際、揺れも激しくなってますし、急がないと。

 

 

「はい、すぐに行きま」

 

 

す・・・と言い切る、直前。

足元が、不自然にたわみました。

私は明日菜さんや鍵が安置されていた場所・・・球体のような、羅針盤のような、細い通路にいたのですが・・・。

 

 

そこが、通路ごと崩れて・・・しまった。

物思いに耽りすぎて、注意が疎かになっていました・・・!

魔法具は出せず、しかも魔力も切れているに等しい状況。

 

 

落ちる!?

 

 

「アリア!?」

「アリア先生!?」

 

 

エヴァさんと茶々丸さんの声。

エヴァさんは動けませんが、茶々丸さんがロケットパンチを撃ってきました。

私も反射的に、手を伸ばします。

 

 

指先が引っかかって・・・・・・外れました。

落ちます。

 

 

「う、そ・・・・・・!?」

 

 

祭壇下の薄い大地も、すでに崩れています。

おまけにここは、宮殿でも先端部に位置します。

地表まで、一直線。

背筋が、寒くなります。

 

 

「・・・ぁ・・・」

 

 

身体が浮遊感に包まれて、重力に引かれるままに落下を始めます。

祭壇の瓦礫と共に、下へ。

 

 

あ・・・コレ、ダメです。

自分では、どうしようもありません。

諦めたいわけでは無いですが、でもコレ、どうにもなりません。

あはは・・・何だ、悩む必要も時間も・・・。

 

 

「・・・やだな・・・」

 

 

こんな所で、こんなことで終わるくらいなら。

さっき・・・・・・。

 

 

「・・・天国には、行けないでしょうね」

 

 

たくさん、悪いこともしましたし・・・なんて。

そんなバカなことを考えて、眼を閉じました。

 

 

 

 

    あたたかいなにかに、だかれました。

 

 

 

 

・・・?

浮遊感と言うか、落下感は変わりませんが・・・。

何か、温かくて。

力強い何かに、抱かれているような・・・?

 

 

まさかとは思いつつ、ゆっくりと・・・目を開けます。

すると、そこには・・・。

 

 

「え・・・?」

 

 

白い髪に、無機質な瞳。

・・・フェイトさんが、私を抱き締めていました。

私を抱き締めて、一緒に落ちています。

 

 

「え、ちょ・・・フェイトさん、何で!?」

「・・・キミを助けに来たのだけれど?」

「え・・・でも、もう・・・え?」

 

 

不思議そうに答えるフェイトさんに、私は困惑したように首を傾げます。

だって・・・もう、シンシア姉様の繋がりは。

そんな私の様子に、フェイトさんは何故か軽く苛立ったように見えました。

無表情ですけど。

 

 

「ふぇ、フェイトさ・・・ひゃわぁっ!?」

「黙って」

 

 

ぐんっ、と身体を空中で回転させて、フェイトさんが体勢を変えます。

私の身体が一瞬だけ浮いて、フェイトさんの両腕の中にすっぽりと収まります。

ま、また、お姫様抱っこですか・・・。

 

 

フェイトさんが上を見ます。

そこには、こちらへと落ちてくる瓦礫の山・・・って、無理くないですか!?

 

 

「ちょ・・・フェイトさん、危ないです・・・!」

「大丈夫」

「いや、だってコレ、私が凄くお荷物って言うか・・・!」

「大丈夫、信じて」

 

 

フェイトさんが頭上を鋭く睨むと、周囲に生まれた無数の黒い剣が、降り注ぐ瓦礫に向けて疾走しました。

ピシッ・・・と罅割れた瓦礫が、次の瞬間には爆発するように斬り裂かれました。

細かい破片が、降り注ぎます。

 

 

「きゃ・・・っ」

 

 

続いて、連続での短距離虚空瞬動の連続。

フェイトさんが細かい瓦礫をかわしながら、私を抱えて空中を駆けて行きます。

 

 

「ちょ・・・フェイトさんってば!」

「・・・何?」

「・・・いや、笑いながら言われても」

「ふん、僕は笑っているの・・・どうしてだろうね、今、凄く『楽しい』よ」

 

 

いや、何が楽しいんですか。

絶賛、大ピンチなのですが・・・主にフェイトさんが。

何で、私を助けに来ちゃうんですか・・・。

 

 

「まぁ、確かに厳しい状況かもしれないね」

「だったら・・・何で!」

「けど、その結果としてキミを得られるのなら、この状況も悪くは無いと思える」

「はい!?」

 

 

目前を黒い剣が疾走します。

それぞれがまるで意思を持っているかのように、道を開けて行きます。

 

 

「忘れたとは言わせないよ」

「何をですか!?」

「キミを奪う」

 

 

・・・!

 

 

「キミが欲しい」

 

 

・・・!?

 

 

「・・・キミが今、何を思っているのかは僕にはわからない」

「・・・は」

「けれど、言えることが一つだけある」

 

 

最後の一歩・・・崩れた瓦礫や大地の中を、潜り抜けます。

ほとんど同時に、パァッ・・・と、宮殿が緑がかった輝きを放ちます。

それはいくつもの灯となって・・・全てを照らします。

 

 

 

 

    「僕の傍にいて、アリア」

 

 

 

 

時間が、止まりました。

いえ、実際には止まってはいませんが、止まったように感じました。

でも、時間が、止まって。

胸が・・・とても苦しくて。息が上手く・・・。

 

 

でも、どうして。

だって、もう、繋がりは無いはずじゃ・・・。

 

 

「アリアは?」

「ひゃい!?」

「・・・・・・アリアは、どうなの?」

 

 

ど、どう・・・どうって。

でも、私は。私、は・・・。

 

 

『キミが幸せになれて、良かったよ』

 

 

姉様。

姉様・・・シンシア姉様。

シンシア姉様は、私に幸せになってほしかったのですか?

幸せになって、良いのでしょうか・・・。

 

 

    ――――――うん、むしろなってくれないと困るよ―――――

 

 

・・・!

今の、姉様の声・・・?

それとも、ただの私の願望・・・?

 

 

「・・・わ」

 

 

魂の繋がりが失せた後、以前感じていた物とは別の感情が、私の中にあります。

以前のように激しい物ではなく、もっと・・・穏やかな。

そんな、気持ちが。

 

 

「私の・・・」

「うん」

 

 

私の。

 

 

 

 

    「私の、傍に・・・いて、ください・・・フェイト」

 

 

 

 

私がそう言葉を紡いだ、次の瞬間。

崩れて行く宮殿が、激しい輝きを放ちました。

世界を包む程の、光を――――――――――。

 

 

―――――――――――・・・?

 

 

その光の中で、誰かの声を聞いたような気がします。

それは、どこかで聞いたような・・・。

どこだったでしょうか・・・アレは・・・。

 

 

・・・そう、確か、フェイトと初めて出会った時。

京都で――――――――。

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

<はぁ? 新しい世界を創るじゃと?>

<うむ、実は夢を見たのだが>

 

 

訝しむ女の声に、男が重々しく頷いて返す。

その後の説明を聞いた女が、深々と溜息を吐いた。

 

 

<お前はまた、そのようなことを>

<うむ、今度はしっかりと私が管理しようと思う>

<何だい何だい、ボクをのけものにして何の話だい?>

 

 

2人の女に、男は語って聞かせた。

自分がやろうとしていることを。

 

 

<ふーん、なるほど。そう言う話か、面白そうだね。ボクは良いよ>

<・・・確かに、こやつは造ることにかけては才能はあるがの>

<うむ、それでは創ろう・・・同胞のための新世界(まほうせかい)を>

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

  ――――(ふる)2000年(せかい)が終わり、新しい世界が始まる――――

 




竜華零:
後書きではお久しぶりです、竜華零です。
読者の皆様におかれましては、ここまで私の拙い作品を読んでくださり、誠にありがとうございます。
本当に、感謝に堪えません。
皆様のお力添えのおかげで、ここまで来れました。
原作編は、残す所あと2話の予定です。

さて、湿っぽいお話はここまでと致しまして・・・。
この、アリアの物語。
エンディング後の世界までいろいろと設定を組んではいるのですが、アフターシリーズを書く予定です。

想定としては、物語の中の時間が5年か6年、飛びます。
・・・100年飛んでも良いですが、それじゃ結婚式が書けなげふんげふん。

次回も、頑張ります。

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