ここから、魔法世界編が始まります。
至らぬところもあるかと思いますが、よろしくお願いいたします。
では、どうぞ。
Side ネギ
魔法世界に来てから、一ヶ月半以上が過ぎた。
明日菜さんやのどかさんの行方は、まだわからない。
焦る。
僕のせいで無関係な明日菜さん達を巻き込んでしまったのに。
だから、僕が助けなくちゃいけないのに。
「ネギ、到着しました」
「本当!?」
先を歩いていた黒髪の女の子―――エルザさんの声に反応して、走る。
エルザさんの横に並ぶと、丘の向こうに、近代的で大きな街並みが見えた。
大きな港湾施設と、空飛ぶ船。
ここに来る前に、<遺跡発掘者たちの街>ヘカテスって言う街で聞いた通りの街だった。
ここが・・・。
「<自由交易都市>グラニクス。メセンブリーナ連合に加盟する都市国家の一つです」
「ここに・・・ネカネお姉ちゃんが・・・?」
「確たる根拠は何もありませんが、エルザはそう聞いています」
誰から聞いたの? とは、もう聞かなかった。
エルザさんは、彼女のお父さんから聞いたんだと思う。
と言うか、お父さん以外の話を聞かないってことは、今までの旅で良くわかった。
エルザさんと僕は、ゲート破壊の犯人って言う濡れ衣を着せられて、賞金首になってる。
どっちも30万ドラクマ・・・通貨の価値は良くわからないけど、高額なんだろうと思う。
ここに来るまでに、何度か襲われたし。
それなのに、どうしてか僕達はヘカテスの街に入れたし、しかも宿泊施設に普通に泊まれた。
エルザさんの、お父さんのおかげで。
・・・いったい、どんな人なんだろう?
エルザさんは、「とても素晴らしいお方です」としか言わないけど。
「ネギ、どうしましたか? 疲れたのですか? 休みますか?」
「う、ううん、大丈夫! それよりも早く行かないと・・・」
「そうですか、疲れたらいつでも言ってください」
エルザさんは、感情の見えない瞳で、続けた。
「ネギはエルザの夫になる方ですから、身体は大事にしなければなりません」
出会った時から、エルザさんは僕と結婚するって言い続けてる。
お父さんに言われたからだって、言ってるけど・・・。
「では、行きましょう」
「う、うん」
そうだ、今はとにかくグラニクスへ。
そこに、ネカネお姉ちゃんが連れて行かれたって情報が確かなら。
一刻も早く、助けに行かなくちゃ・・・!
<自由交易都市>グラニクス。
そこが、僕にとっての新たな始まりの場所。
Side コレット
「合言葉ハ?」
私の目の前には、黒いジャケットを着た大男がいた。
物凄い威圧感だし、変な喋り方だし、そもそも人族じゃ無い感じなんだけど。
でも、胸の苺のアップリケがミスマッチ・・・。
「合言葉ヲオ願イ致シマス」
「あ、合言葉?」
そ、そんなのあったっけー?
ちら、と覗き込むと、そこには扉がある。
アリア・スプリングフィールド臨時講師の部屋がある。
スプリングフィールド!
魔法世界広しと言えども、その苗字は特別な意味を持ってる。
しかもナギファンクラブ(私は会員ナンバー96077)で流れてる噂だと、アリア先生はかのナギ・スプリングフィールド様の娘さん!
何か、先月くらいから急に流れた噂だけど・・・。
とにかく、お話してみたい!
・・・と思ったのが、先週の話。
課題に夢中だった私は、たまたま通りがかったアリア先生に箒で激突。
あまつさえ、課題の初級忘却魔法が充填された杖が暴発。
いや、あの時は血の気が引いたよ・・・。
『暗殺者か何かかと思いました・・・』
でも、アリア先生は何事も無かったかのように立ってた。
私の呪文が未熟だったからか、他に理由があったのかはわからないけど・・・。
とにかく私は、事なきを得たわけさっ!
その後は、ナギ様のファンとしてじゃなくて、個人的に興味を抱いた。
元々、私達の学年で初級魔法薬学と魔法具(マジックアイテム)講義の短期講座をやる人だったし。
こうして部屋に来る程度には仲良くなれた・・・と思う。
来たのはコレが初めてだけど。
「合言葉ハ?」
「これは、予想外だったなぁ~・・・」
「あれー? コレットさんじゃないですか」
私がどうしたものかと頭を抱えていると、そこに一人の女生徒がやって来た。
青みがかった白い髪に、どこか古風な雰囲気の女の子。
「サヨ! 助かった~、コレ何とかしてよ!」
「ふぇ?」
教科書を何冊か胸に抱えたサヨは、私の言葉に不思議そうな顔をした。
うん、そのポヤッとした感じが可愛いよね!
サヨはアリア先生と同じ場所から来た、留学生。
私と同じ3-Cに在籍してる。
席も隣だし、結構仲良し。
サヨは私の目の前に立つ大男・・・「田中さん」に目線を移すと、納得したように笑って。
「こんにちは、田中さん」
「合言葉ハ?」
「うーんと、『可愛いは正義! でも苺はもっと正義です!』」
「ちょちょ、そんなバカみたいな合言葉あるわけ―――」
「ドウゾ、オ通リクダサイ」
「あった!?」
とにもかくにも、私はサヨのおかげで、部屋に入れた。
部屋の中は、少し薄暗かった。
その中で、魔法の薬や魔法具(マジックアイテム)の数々が、わずかに光を発している。
部屋の奥に、白い髪の小さな女の子が椅子に座っているのが見えた。
頭に人形を乗せて・・・なんだか、ユラユラ揺れてる・・・もしかして。
あれ、寝てる・・・?
Side アリア
「おおっ!?」
カクンッと、身体が椅子から落ちそうになった所で、私の意識は覚醒しました。
どうやら、座ったまま眠っていたようです。
頭の上の重みから察するに、チャチャゼロさんは乗ったままですね。
いくらか凝ってしまった肩を片手で叩きつつ、私は後ろを振り向きました。
すると・・・。
「あ、起きた?」
「・・・コレットさん?」
「お、何々、寝ぼけてるのかなー?」
「先週、私を記憶喪失にしようとした・・・」
「ごめんなさい」
コレットさんは、いきなり直立不動で頭を下げてきました。
まさか、あのイベントを私がやることになるとは思いませんでしたからね・・・。
左眼の『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』が無ければ、危なかったです。
この人は、コレット・ファランドールさん。
私が講座を行っているクラスの一つ、3-Cの生徒さんですね。
このアリアドネーでの、私の生徒の一人。
短めの金髪に、緑色の瞳。眼鏡をかけた可愛らしい女の子です。
垂れ耳が可愛い、亜人と呼ばれる人種の方でもあります。
「その節は、どうも、何と言って良いか・・・」
「いえ、構いませんよ。それで、何か用事でも・・・?」
「あ、えっと、今日は夕方から外出できる日だから、先生も一緒に夕飯どうかなって」
「私が一緒で、お邪魔ではありませんか?」
「全然! むしろ皆、先生に興味あ・・・じゃなく、仲良くなりたがってるから!」
「は、はぁ・・・それでしたら、私も是非」
「やた!」
コレットさんは嬉しそうに両手でガッツポーズ。
生徒が喜んでくれるなら、私も嬉しいです。
そういえば、麻帆良の皆はどうしているでしょうか。
ゲートが全て破壊されたと言う情報を得て以来、様子を知ることはできませんが・・・。
「じゃ、夕方に迎えに来ますんで!」
「はい、わかりました」
パタパタと尻尾(比喩ではなく、本当についてます)を振りながら、コレットさんは退出しました。
私が寝ている間、待っていてくれたのでしょうか・・・。
そんなことを考えていると、コレットさんと入れ替わるように、さよさんが部屋に入ってきました。
手をハンカチで拭いている所を見ると・・・お手洗いでしょうか?
「あ、アリア先生、起きたんですね」
「あの、私、どれくらい寝てました?」
「ジュップンクライジャネーノ」
突然、頭の上のチャチャゼロさんが発言しました。
10分ですか・・・うたた寝していたのでしょう。
「アリア先生はコレットさん達と夕飯、一緒するんですか?」
「あ、はい・・・さよさんは?」
「もちろん、私もすーちゃんも行きますよー」
心の中でお財布の中身を思い浮かべた私は、けして悪くないはず。
スクナさんは、凄く食べますからね・・・。
「そういえば、エヴァさんは・・・」
ズドオォォ・・・ンッッ!!
轟音と共に、床がかすかに揺れました。
「・・・特殊戦技の講義時間でしたね」
「はい」
エヴァさんは、特殊戦闘技能の講座を受け持っています。
この時間は、3-Fの講義でしょうか。
ご愁傷様です、としか言えません。
と言うか、遠く離れたこの場所にまで余波があるとか・・・。
ふと、部屋の隅を見ます。
そこには、小さな椅子に座る、一体の人形・・・晴明さんがいます。
大陰陽師の魂の欠片が宿った銀髪の人形、『水銀燈』。
魔法世界に来てからと言うもの、日に2時間ほどしか活動できません。
社を作れば、まだ良いのでしょうけど・・・。
そして、そのさらに横。
小さな机の上に、地球儀に似た物体があります。
名前は、火星儀。
魔法世界に来る前に、千鶴さんにお借りした物です。
「・・・」
ネカネ姉様やアーニャさんの居所は、まだわかりません。
それに、村の人達も・・・。
クルトおじ様が探しているはずですが・・・。
ロバートは、シオンさん経由で無事が確認されましたけど。
「アリア先生?」
「・・・何でも無いですよ」
何でも無いはずが無いのに、私はそう言いました。
そしてそれは、さよさんにもチャチャゼロさんにもわかっている。
そのことに、胸の奥が少し温かくなる。
さよさんとチャチャゼロさんを伴って部屋を出ると、扉の横に田中さんがいました。
どうやら、また門番をしてくれていたようです。
・・・合言葉、何でしたっけ。
広い廊下からは、外の空間を見ることができます。
麻帆良やメルディアナとは比較にならないほど、濃密な魔素を含んだ空気。
私の周囲にはいませんが、活発な精霊達。
不可思議な形の建造物に、空飛ぶ船・・・。
ここは、<魔法学術都市>アリアドネー。
魔法世界屈指の独立学術都市国家であり、強力な武装中立国でもあります。
学ぼうとする意思と意欲さえあれば、死神でも受け入れると謳っています。
であればこそ、私も安全に研究ができるわけですが・・・。
箱庭のような、この場所が。
私の、新しい始まりの場所。
今の私を見て、どう思われますか?
シンシア姉様――――。
アリア:
アリアです。こんばんは(ぺこり)。
第二部、魔法世界編、ついにスタートです。
今回は、ほんのさわり部分ですね。
アリアドネー編が数話続き、次はオスティア編へ・・・。
至らぬ点も多々あるかと思いますが。
皆様のご支援ご声援の程、よろしくお願いいたします。
アリア:
では次回は、第一話になります。
第一話では魔法世界編の日常と、新たな立ち位置などを描く予定です。
では、またお会いしましょう。