偽物の名武偵   作:コジローⅡ

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今回は、勘違い成分はないですね。次回のための布石は打っておきましたが。


8.神崎・H・アリアによる唯我独尊な命令

「この卑怯者! でっかい風穴あけてやるんだからぁ!」

 

 と叫んでから、神崎・H・アリアはペタン、とその場に座り込んだ。

 その足元には、10数発の銃弾が転がってある。それのせいで先ほど転倒したことを思い出したアリアは、その内の一つをムカつきまぎれに掴んでブン投げた。

 金色の弾丸が描く放物線を見ながら、アリアは小さな吐息をつく。

 

(キンゾーと錬夜……か)

 

 思い浮かべるのは、2つの影。

 遠山キンジ。

 有明錬。

 つい先ほど逃げていった、少年たちである。

 久しぶりだったな、とアリアは過去を回顧する。

 彼らと出逢ったのはそう、今から半年ほど時計を巻き戻したころだった。

 といっても、行動を共にしたのは、たったの3日だけ。おまけに最後の日以外は敵同士としての関係しかなかった。それが突然の再会において友好的な(アリア視点でだが)会話を交わせたのは、やはり3日目の出来事がそれだけアリアにとって印象的だったからだろう。少なくとも、きっかけ一つで思い出せるくらいには。

 その理論で言えば、キンジたちも自分のことをちゃんと覚えてくれていたのだと気づき、アリアは少しだけ頬を染める。嬉しさと照れくささ、その両方で。

 ぶんぶんと頭を振って熱を冷まして、軽く目を瞑る。

 

(相変わらず凄かったな)

 

 と、アリアは思う。

 瞼の裏に浮かぶのは、鮮やかにセグウェイ全てを沈めたキンジの姿と、傷つくことを一切いとわず仲間を救おうとした錬の姿だ。

 彼らを見て、アリアは素直に感嘆する。

 アリアは、武偵である。それも、故郷であるイギリスにいたころは、ロンドン武偵局のお抱えとして、欧州に名を轟かすほどの実力者だった。

 中でももっとも有名なのが、今まで標的にした犯罪者を全て捕まえているという話だ。それも、99回連続、全てをたった1回の強襲でケリをつけている。

 しかし、かような実力を持っていてなお――遠山キンジと有明錬の2人をアリアは評価していた。

 アリアは自問する。

 自分には、あれほど手際よく迎撃を行えただろうか? 自分には、あれほど危険を顧みず誰かのために動けただろうか?

 答えは、きっと否。

 

「うん……やっぱり凄い」

 

 もしもこの場にあの少年たちが、いや、彼女を知るものが近くにいたならば絶対に言えないことをアリアは目を開いてポツリと呟いた。

 思い出が、視界に重なる。いつかの日を思い出して、アリアは彼らが変わっていなかったことを知る。

 ……いや、まあ。 

 

(で、でもあれはダメだわ! あ、あああれは強猥(きょうわい)! お姫様抱っことかそんなんじゃない!)

 

 という風に、いただけないこともあったのだが。

 ただ、アリアは知らない。正確に言えば、過去にアリアがキンジの実力を目撃していたとき、彼は()()()()()()()()。のだが、その時キンジにはアリアに構えるような暇がなく、戦闘時だけで()()()()が来ていたという事実は、キンジと錬の2人しか知らないことであった。 

 咄嗟に思い出してしまった光景に、誰にしているのかよくわからない言い訳を胸中で叫ぶアリア。

 その姿ははたから見れば完全に変な光景だったろうが、そんなことは現在進行形で悶々としているアリアにはわからなかった。

 というか、それは今はどうでもいいのだ。いや、よくはないが。

 そんなことよりも重要なのは。

 

(あいつらと、また会えたってこと。そして、この武偵高の生徒だっていうこと)

 

 何よりも僥倖だったのは、そこだった。まったく予想していなかったことだが、これはアリアがこの東京武偵高にいる()()を果たすための、重要なファクターだった。

 

「パートナー……」

 

 と、アリアは小さく呟いた。

 同時に、思った。いや、期待した、といってもいいかもしれない。

 あの2人なら。

 あの2人なら、アリアが欲して止まなかった存在に、なってくれるかもしれない。

 

「――調べてみよう、あいつらのこと」

 

 そのためにはまずそうするべきだ、とアリアは思いつく。

 確かに、アリアと彼らは旧知の仲ではある。が、とはいえほとんど知らないといってもいいレベルの情報しか持っていない。なにせまだアリアが知る個人情報は、名前くらいしかないのだから。

 そうとなれば善は急げだ。急ごうがなんだろうが回り道をしない猪突猛進さこそが、アリアの本領だった。

 アリアは立ち上がり、パンパンとスカートについた砂を払う。それから彼女は、強襲科(アサルト)へと調査のために足を向ける。あれだけの戦闘能力なのだ、きっと強襲武偵(アサルトDA)だろう、と推理とも呼べないような推理でアリアは進む。

 まずは聞き込みだ。資料はあとでいい。とりあえずどんな武偵かとか実績とかを聞いてみよう。

 繰り返しになるが、幸い名前は知っているのだ。

 

「待ってなさいよ、キンゾー! 錬夜!」

 

 その響きは悪くない、と彼女は思う。

 彼らがもしも、捜し求めていた人たちであったならなおさら特別な名になるだろう。

 そう――アリアの『パートナー』になれる者たちだったなら。

 ちなみに。

 この少し後、聞き込み先で「そんな名前の生徒は知らない」と言われて首を傾げる未来の自分を、アリアはまったく知ることはなかった。

 

 * * *

 

「死にそう……つか、死にかけたよなぁ、俺」

 

 と、俺は自分の席でぐったりと伏せながら、深いため息を吐いた。

 教務科(マスターズ)爆弾事件(ボムケース)の報告を終え、ボロボロの制服を購買部で買い替え、救護科(アンビュラス)で軽い治療を終えて、俺は今この新クラスにいる。

 新学期により新しくクラス分けされたことで、俺は1年A組所属から2年A組所属ということになった。

 ちなみに、席は廊下から2列目の前から3番目。有明だから窓際の前らへんが普通の席だろ、と思うかもしれないが、武偵高ではちょっと違う。確かに1年の一番初めはそんな分け方なんだが、これがその次からは変わる。一言で言ってしまえば、早い者勝ち方式になる。拙速を尊ぶ武偵を目指す以上、新たな節目から遅れるようなやつに席の自由権はない。

 でもよ、教務科の皆さん……この制度、おかしくね? 今日の俺たちみたいなことがあって来るのが遅れても、席は残った場所ってんだから。いやまあ、別にそこまでこだわりねぇけど。

 反対に、中にはやたらこだわる奴もいるけどな。去年、1年C組の新木(あらき)君が席替えのためだけに5時から学校に来てたってのは、有名な話だ。本人の話じゃ、狙撃を警戒してのことだったらしいが。

 ……って、別にどうでもいいかそんな話は。

 なんか、疲れて思考が変な方向に行ってる。これは一回休んだほうがいいかも知れんね。

 アリカのことは……まあ、後で考えよう。わからなけりゃ、最悪情報科(インフォルマ)でも使うか。ここの制服を着てたってことはここの生徒ってことだろうし、そうなりゃその存在を情報科が知らないはずないからな。

 だからなにはともあれ、休憩だ。体を休めなきゃ、今日の授業を乗り切ることもできねぇ。

 

「おい、飯塚(いいづか)。悪ぃけど、先生来たら起こしてくんね?」

「なんだよ、錬。お前始業式もフケたくせに、そんなこと言ってんのか。まあ、いいけどよ」

「馬鹿。サボったわけじゃねぇ、いろいろあったんだ。とにかく、頼むぞ」

「うーい」

 

 たまたま前の席にいた探偵科(インケスタ)の男子に目覚ましを頼み、俺は一時仮眠に入ることにする。

 今日は、朝からとんだ目に遭ったんだ。もうこれ以上、なにか起きてくれるなよ。

 という願いがわずか10分程度で裏切られることになるとは露にも知らず、俺は疲れた身体を癒すために眠りに落ちていった――

 

 * * *

 

「――ん。錬。おい、錬、起きろ」

「……ん」

 

 俺の名を呼びかける声に、沈んでいた意識が浮上する。

 薄目を開ければ、目に入るのは見慣れない教室の光景。

 あー……そっか。俺、新しいクラスで寝たんだっけ。

 ふぁ……ちったぁ、眠れたみてぇだな。少し、楽になった気がする。

 

「さんきゅ」 

 

 俺は、約束どおりに起こしてくれた飯塚に伏せたまんまで礼を言う。起きたにゃ起きたんだが、駄目だ、まだ眠ぃ。

 もうこのまま先生の話ブッチして二度寝しようかなとか考えていると、飯塚が俺の肩をトントンと叩いた。

 

「おい見ろよ、錬。去年の3学期からの転入生だとよ。強襲科にあんなカワイイ子いたんだなー」

「あー? 転入生だ?」

 

 別にどうでもいいよ、そんなの興味ねぇし。しかも強襲科女子って。地雷要素じゃねぇか。

 などと全学年の強襲科女子に9mm弾やら投げナイフやら拳やらTNT火薬やら飛ばされそうなことを考えつつ、まあ見るだけならいいかと思いなおす。どれ、眠気覚ましにこいつの言うカワイイってのがどんなもんか見せてもらおう。

 そう思って顔を上げた俺は――

 

 教壇に立っている高天原先生の隣にアリカが佇んでいるのを見た。

 

「…………」

 

 ……え――――――――――ッ!?

 ななななんで!? なんであいつがいんの!? こけさせた俺を殺しに来たの!? 

 違う違う、あれは俺じゃなくてキンジが悪いんですー! と心の中で平謝りしながら、俺は飯塚の背に隠れる。こいつは、今年も同じクラスの車輌科(ロジ)Aランク武偵・武藤剛気ほどじゃないんだが、背が高めなんでな。目隠し(ブラインド)くらいにはなるだろう。

 と、そんな俺の耳に、アリカのアニメ声が飛び込んできた。

 

「先生。あたしはあいつの隣に座りたい」

 

 はい? 

 意味がわからず飯塚の陰からこっそり見てみると、アリカはちっこい手で誰かを指差していた。

 その先にいるのは――キンジだ。

 やった! と思わず内心でガッツポーズをした俺を、一体誰が責められようかいや責められまい(反語)。

 キンジざまぁ! 俺の願いが通じたんだ! アリカは、俺じゃなくてキンジを標的にしたらしい。きっと、犯罪者の幇助(ほうじょ)云々も勘違いだと気づいてくれたんだろう。

 

「よ、良かったなキンジ、なんか知らんがお前にも春が来たみたいだぞ! 先生! オレ転入生さんと席代わりますよ!」

「あらあら、最近の女子高生は積極的ねぇ。じゃあ武藤君、席を代わってあげて」

 

 いいぞ、剛気、高天原先生(今年も担任だったらしい)、もっとやれ。

 ただでさえ転入生という珍しいイベントに加えたアリカの行動に、がぜんクラスが盛り上がってくる。基本的にこいつら、お祭り好きだからなぁ。

 と、そんな雰囲気もなんのその、アリカは教壇から降りて、つかつかとキンジの席の前まで歩いていった。

 そして、彼女は腕を組みつつ、

 

「キンゾー……ううん、キンジ、でいいのよね?」

 

 開口一番、そんな確認を取った。

 げ、名前バレてら。俺のもバレてんのかな。

 アリカの質問を受けて、キンジが顔を渋くする。

 

「……どこで知ったんだ?」

「さっきちょっとね。まさか、偽名とは思わなかったわ」

「それはお互い様だろ。お前こそ、神崎・H・アリア……が、本名なんだよな?」

「ええ、そうよ」

 

 んー……?

 2人の会話に、俺は眉をひそめる。え、なに? まさかあいつも偽名だったのか?  

 てことは……あー、あん時俺ら、互いに偽名を本名だって勘違いしてたのか。ま、結局最後まで本名名乗らなかったしな。

 半年越しに明かされた真実に俺が呆れていると、

 

「――っと、そうだ。キンジ、これさっきのベルト」

 

 と、訂正された名前を呼びながら、キンジのベルトを放って返却した。あー、そういやさっき、そんな話キンジから聞いたっけ。

 で、キンジがそれをキャッチした、その時。

 ガターンッとけたたましく椅子を鳴らしながら、これまた2年連続同じクラスの峰理子が立ち上がった。

 あいかわらずのフリフリ改造制服姿で、彼女は大声でしゃべりだす。

 

「分かった! 理子、分かっちゃった! これ、フラグバッキバキに立ってるよ!」

 

 なに言ってんの、こいつ。

 

「キーくんベルトしてない! そしてそのベルトをツインテールさんが持ってた! これ謎でしょ!? 謎でしょ!? でも理子には推理できちゃった!」

 

 ピコーン! と効果音が出そうな感じで人差し指を立てる理子。

 推理、ねぇ……。いい予感しねぇなぁ。

『探偵科のお騒がせ娘』の異名を持つ理子の言葉に、俺はいぶかしさ全開で彼女を見る。

 理子は入学時は強襲科だったんだが、半年くらいして「理子飽きちゃった」とか言って、探偵科に転科した経歴を持っている。まあ、そっちの方が性に合ってたのか、ランクはAになったんだけどな。

 ただし、それは調査とか情報戦においての話だ。それもまあ探偵としては確かに重要な技術ではあるんだが、肝心の推理はいつもトンチキなものを出してくるんだよなぁ。

 さて、今日はどんな迷推理が飛び出すか。

 嫌な予感がしつつも見守る中、理子は神をも恐れぬ大胆推理をぶちかました。

 

「キーくんは彼女の前で、ベルトを取るような()()()()()()()をした! そして彼女の部屋にベルトを忘れていった! つまり2人は――熱い熱い恋愛の真っ最中なんだよー!」

 

 ええええええええっ!?

 ば、バカっ! おおお前なんてことを! ちょっとぐらいふざけた推理ならまだしも、これはアウトだろ!? 

 だってさっき、キンジ(と巻き添えで俺)はアリカ――じゃない、アリアだっけか? に銃で撃たれたり投げられたり斬りかかられたりしたんだぞ!? 絶対ぇ、嫌われてるはずなのに、そんな奴と恋人同士なんて言われたら……って、ほら見ろ! アリアめちゃくちゃプルプルしてんじゃん! 100パーキレてるだろ、あれ!?

 

「キ、キンジがこんなカワイイ子といつのまに!? 影の薄い奴だと思ってたのにッ」「女子どころか他人……いや錬以外に興味が無さそうなくせに、裏でそんなことを!?」「せっかくレン×キンだと思ってたのに! フケツ!」

 

 ガクガクと震える俺の憂慮など一切斟酌(しんしゃく)せずに、ギャラリーは勝手なことを言いまくる。

 こ、この、気づけバカども! アリアの震えがどんどん強くなっていることに……!

 つーか、「錬以外に」ってなんだよ。変な意味みてぇだろうが。後、そこの女子。お前にいたっては完全に違う目線で俺とキンジを見てるだろ。

 って、今はそれどころじゃねぇ。早く、理子を止めないと。このままだと、またアリアはさっきのように暴れてしまうかもしれねぇ。そうなったら、俺にも被害が来る可能性がある。

 だからこそ俺は、最悪の事態を回避するために意を決して立ち上がる。

 そんな俺に与えられたのは、いきなり腹部を襲った強烈な衝撃だった。

 

「ぐふぉえ!?」

 

 多分誰にも聞こえないくらい小さく、俺は呻く。痛みのせいで上手く声が出せなかった。

 こ、これは、強襲科時代なんども喰らったからわかる。防弾制服に銃弾が撃ち込まれた痛みだ。というかさっき、銃声が2回しっかり聞こえたし。

 その犯人は、両手を広げて2丁のガバメントを握ったアリアだ。こいつ、とうとうブチギレて、発砲しやがった。別に推奨はされてないだけで、禁止ではないからな。校内での発砲は。

 で、タイミング悪く立ち上がった俺が、丁度その射線上に入ってしまった、というオチらしい。

 

「ぐ……ッ!」

 

 必死に鈍痛に耐えながら、俺はゆっくりと席に座りなおす。さすがに、「痛ってー!」なんて叫んだりはしない。いちいちそんなことやってたら、いい笑いものになる。

 だが、痛いものは痛い。すごく痛い。おのれちびデコ、後で覚えとけよ。

 今ここでやり返すことを諦め、しかたなしに俺が脳内で羊を数えながら気を紛らわしていると、

 

「れ……恋愛だなんてくっだらない! 全員覚えておきなさい! そういうバカなことを言うやつには――風穴あけるわよ!」

 

 アリアが、本日2度目となる風穴宣言をした。もう、勝手にしやがれ。

 と、言いたいことを言って満足したらしいアリアは、フンッと一つ鼻を鳴らして、

 

「ねえ、キンジ。あんた、錬夜が何組か知らない?」

 

 キンジに、そんなことを尋ねた。

 ……え、俺? 

 ちょっ、待てキン――

 

「……何いってんだ、錬ならあそこにいるだろ」

 

 あっさりとキンジは俺の方を指差して、バラした。まあ、キンジが言わなくてもどうせ他のやつらがバラしただろうけどな。みんな、こっち見てるし。

 アリアはその視線に導かれるようにこちらを向き、

 

「なんだ、あんたも同じクラスだったんじゃない。探す手間がはぶけたわ。さっきぶりね、錬夜。あんたは錬でいいんだっけ?」

 

 あーあ。見つかっちまったよ。

 ここで無視するわけにもいかない俺は、嘆息しながらアリアに返す。

 

「まあ、な。そういうお前はアリカ改め、アリアでいいんだろ?」

「そ。改めてよろしく、神崎・H・アリアよ」

「調べたんなら知ってるだろうが、有明錬だ。久しぶりだな、ちびデコ」

 

 ……あ、また言っちまった。やばい、どうにも当時の癖が出てる。

 案の定アリアは柳眉を逆立て、怒りを露にする。

 

「ちょっと、錬! あんたその呼び方やめなさいって言ったでしょ!」

「わ、悪い! 今のはマジで間違えた。なんか懐かしくて思わず言っちまったんだよ」

 

 ウソじゃない。本心だ。正直に言ったので許してください。

 これは今度は流れ弾じゃなく直接撃たれるかと戦々恐々とする俺に、アリアは大きくため息をついて、

 

「……はぁ。まあ、いいわ。あんたはそういうやつだったわね。ただし、今のは再会に免じて許すだけ。次はないわよ?」

「あ、アイアイ・マム」

 

 わかったわね、とジロリとねめつけるアリアに俺はカクカクと頷く。

 ――っと、そうだ。

 

「そういやお前、さっき探す手間が省けたっつってたよな? なんか用でもあったのか? 再会の挨拶とかか?」

「まあ、それもあるんだけど……ん、今じゃなくていいわ。――錬、とりあえずあんたも、あたしの隣に来なさい」

「……は?」

 

 え、何言ってんのこの子?

 と言おうとしたら、キンジの右隣のさらに右隣(つまり新アリアの席の右隣)に座っていた矢野(やの)が「せ、せんせー! あたし、有明君と席代わります!」と剛気の焼き増し台詞で席交換を申し出た。よっぽどさっきの銃撃がインパクトあったんだろうな。俺が矢野の立場でもそうするだろう。

 だが残念ながら俺は当事者。何されるかわかったもんじゃない、絶対面倒なことになるだろう。このまま唯々諾々と従ってたまるか!

 

「あのよ、なんだって俺がそんなことしなきゃ」「風穴あけられたいの?」「ならないんだって思ったけど、やっぱそれでいいや」

 

 弱ぇー! 弱すぎるぜ俺ぇー!

 でもしかたなくね? 台詞と一緒にガバメント(しかも2丁とも)向けられたら、従うしかなくね?

 そんなわけでとぼとぼとキンジの2個右隣の席につく。アリアは、俺とキンジの間の席に、まるでそれが自分の定位置のように堂々と座った。

 最後に、

 

「う、うわー、レンレンにまでフラグ立っちゃってるよ」

 

 と、理子がめずらしく小声で呟いた。

 今すぐ折れろ、そんなフラグ。

 

 * * *

 

「あっはっは! 新学期早々君も大変だね、錬」

「るせーよ、時雨。おめーは順風満帆なようでなによりだな、オイ」

 

 と、皮肉を交えながら、俺は鈴木時雨にそう言った。

 今は昼休み、場所は一般校区(ノルマーレ)の中庭。昼休みが始まった途端にクラスのバカたちがアリアとの関係性を聞き出そうとしてきたので、毎度おなじみ発煙弾(スモーク)でまいてきた。多分アリアも喰らってるだろうから、後でぶち殺されるんじゃないかと怯えていることは内緒だ。

 で、校舎裏でキンジと飯食ってから、休憩がてらジュースでも飲もうと、自販機のあるここに来たわけだ。

 そしたらそこには時雨が何人かの女友達といたんだが、彼女は俺を見つけると友達と別れてこっちに来た。

 ので、今は2人で自販機横の壁に寄りかかってジュースを飲みながら、俺の愚痴につきあってもらっているところだ。

 中学のころからいささかの陰りもみせない、むしろさらに磨きがかかった美貌を持つ彼女といれば、当然周囲の視線はこちらへ突き刺さってくるんだが、もう慣れた。これが昔はとてもじゃないが耐えられなかったんだから、ある意味俺も成長してんだよなぁ……。

 などと変なところでセンチメンタルな気分になる俺に、時雨はオレンジジュースを一飲みして、

 

「いやはや、しかし驚いたよ。まさか君やキンジから聞いていた『アリカ』が、あのアリアのことだったとはねえ。世間は狭いというか、なんというか」

「同感だ。二度と会いたくないと思ってたわけじゃねぇが、二度と会うことはないとは思ってたからな。ビックリしたのはこっちだぜ。ま、それはキンジと……多分、アリアもだろうけどな」

「だろうね。だが、とはいえあの難物が誰かに興味を持つとは珍しい。知己とはいえ、君たちは彼女に目を付けられたんだろう? ちょっとしたニュースだよ、それは。情報科あたりが号外でも出すんじゃないかな?」

「それは全力で遠慮してぇが……難物ねぇ」

 

 どっちかってと危険物って感じだが。

 サイダーで喉を潤し、俺は時雨に尋ねる。

 

「つーか、そもそもお前アリアのこと知ってんのか? 去年はあいつとクラス違うはずだし、お前は尋問科(ダギュラ)だから、強襲科のあいつとは接点ねぇだろ」

「なに、直接会うことだけがすべてじゃないよ。君はそういうのに疎いから知らないかもしれないが、強襲科を中心として、彼女は結構噂になってる」

 

 噂?

 

「神崎・H・アリア。君ももう知っていると思うが、彼女は去年の3学期から転校してきたらしくてね。転入してからこっち、武偵ランクSの肩書きに恥じない実力を周囲に示しているらしい」

「へー。Sランク、か。どおりですげー腕してたわけだ」

 

 そういや、半年前会ったときも、半端じゃない実力だったっけな。

 

「ただ天は二物を与えずとはよく言ったもので、彼女にも問題があった。その実力が高すぎるのと、本人の性格に難があるのとで、孤立してしまっているらしいよ。もっとも、私から言わせれば去年の錬とキンジのコンビのほうが凄まじかったにも関わらず、君たちに人望があったことを鑑みれば、単に彼女の性格に起因しているのだと思うけどね」

「……よせよ。昔の話な上に、いつも言ってんだろうが。ありゃキンジに対する評価だ、俺は関係ねぇ」

「やれやれ、意固地だねえ君も」

 

 困ったように時雨は笑い、俺はもう一口サイダーを飲む。

 そう、あの評価を受け取っていいのは、キンジだけだ。コンビこそ確かに組んじゃいたが、俺がしたことなんてあいつの邪魔ぐらいだったのだから。

 俺の態度に時雨は何を思ったのか、すこし黙ってから、

 

「……もう一つ情報があってね、アリアはただのSランクじゃない。彼女は、二丁拳銃と二刀流を得意とする戦闘スタイルから、『双剣双銃(カドラ)のアリア』と呼ばれているそうだよ」

「『双剣双銃』……『二つ名持ち(セカンドホルダー)』か。そりゃすげぇ」

 

 高名な武偵になってくると、『二つ名持ち』といって自然と異名が付けられることがある(ちなみに理子のは違う)。世の中には、名前でなくともこの二つ名だけで犯罪者に恐れられる武偵もいる。もっとも、普通は学生の身分で付くようなものじゃねぇんだけどな。

 ――っと、もうこんな時間か。そろそろ戻らねぇと、授業が始まっちまう。

 俺は近くにあったゴミ箱にカンを放り入れながら、時雨に礼を言う。

 

「サンキュな、時雨。愚痴聞いてもらったのもそうだし、情報ももらった。今度、なんかで借りは返す」

「気にすることもないと思うけどね。中学時代の相棒のよしみと思ってくれて構わないよ」

 

 と、実に気風のいい返事を返して、時雨は去っていった。

 さて……と。キンジの方も、なんか情報は得たのかね?

 

 * * *

 

 放課後。

 俺は、キンジと2人、第3男子寮への道を歩いていた。

 空は既に日が落ち始め、世界を茜色に染め上げている。長く伸びた影に一日の終わりを漠然と感じながら、俺はキンジの話を聞く。

 

「ったく、あいつら……他人事だと思って、楽しみやがって」

「ま、そりゃ同感だがよ。そもそもなんでアリアは、あんな風に俺たちに固執したんだろうなぁ? まあ、半年前にあんな出会い方をした以上多少は気持ちもわかるが、それにしたって度が過ぎてねぇか?」

 

 帰りのHRで高天原先生の話が終わるのも待たず、アホなクラスメートは俺たちを昼休み同様問い詰めようとしてきたので、キンジと協力して逃げ出した。誰も話を聞いてくれないことに、高天原先生、ちょっと泣きそうな顔してたな。

 キンジは嘆息してから、

 

「わからん。ただ、聞いた話じゃ、アリアは朝の爆弾事件の後俺たちのことを調べまわっていたらしい。どこから聞いたのか知らんが、俺たちが元・強襲科生だって情報を仕入れて、強襲科の生徒に聞き込みしてたそうだ。情報科にも出向いてたそうだから、大方俺たちの資料でも漁ってたんだろ」

「そりゃまた徹底してんなぁ、オイ。朝、あいつが濁した『用事』ってのに関係あるんだろうが……何狙ってんだ、あいつ?」

 

「俺にもわかんねえよ」と漏らすキンジに、俺はとりあえず時雨から聞いた情報を話してみることにした。ま、別に後で直接本人に聞いてもよかったんだがな。とりあえず事前に考えられることは考えようってわけだ。

 アリアが強襲科のSランクであること、双剣双銃という二つ名を持っていること、それと――

 

「強すぎて、あるいは性格に難があって、孤立してるんだとよ」

「ああ、それは俺も聞いた。ワンマンプレイは相変わらず、だな。だけど、あれでも男連中の間じゃ人気者らしい。写真部が盗撮した体育の写真とか、高値で取引されてるらしいぜ」

 

 盗撮って。大丈夫かよ武偵高。

 しかし、人気はあっても孤立している、か。昔時雨が「人気があることと人望があることはイコールじゃない」とか言ってたが、まさにそんな感じだな。

 

「あと、友達すらいないらしいぜ。昼休みにも、1人で弁当食ってたらしい」

「げ、マジかよ。不憫だな、あいつ。でもまあ、さすがにその情報は関係ねぇだろ」

「そりゃそうか」

 

 締めに重要度が全然高くない情報をやり取りして、情報交換は終わった。

 そうこうしている内に、寮はもう目と鼻の先というところまで来ていた。近くにはコンビニが一軒営業しているのが見える。

 ――あ、そうだ。

 

「悪ぃ、キンジ。先帰っててくんね? ちょっと用事が出来た」

「? わかった。じゃあな、錬」

「おう」

 

 手を振るキンジに俺も返し、俺はつま先の向ける先を変える。

 さってと。コンビニ行って夜飯でも買ってくるかね。いつもは自炊なんだが、今日はもういろいろありすぎて疲れた。飯作る気力がない。

 というわけで、俺はコンビニから漏れる光に向かって歩いていった。

 

 * * *

 

(今日は本当に……ありえんことが起こりすぎた)

 

 キンジは、第3男子寮の自室に入るなり、ソファに寝転んだ。あまり高くはない品とはいえ、キンジの気だるさを残す体を受け止めるには十分な柔らかさを発揮する。それだけでキンジはもう、少しだけ疲れが取れた気がした。

 それもそのはず、朝からあれだけいろんなことがあって、やっと手に入れた静かな時間なのだから。

 まずは、朝一番に幼馴染である白雪の来訪。これはまあ、いつものことではあるから、まあいい。ただ会話中にチラリと白雪の下着(黒のブラ)が見えてしまったのはいただけなかったが。

 次に、爆弾事件。あれはおそらく、最近話題になっていた『武偵殺し』の模倣犯(本物はすでに捕まったと聞いている)だろう。だがだとすると、その狙いはなんだろうか。たいてい爆弾魔(ボマー)は無差別に犯行を起こすから、あれもその類か? が、万が一キンジ個人を狙ったのだとすれば、何の目的で?

 誰かに恨みを買われるようなことなんて――

 

(……まあ、あるか。武偵なら、恨みの1つ2つ珍しくない)

 

 もっとも、それは大抵恨みの前に「逆」が付くのだが。

 それはともかく、3つ目。これが一番大きなことだが、『アリカ』――いや、アリアと再会したことだ。懐かしさを感じる暇もない騒乱の渦中による再会ではあったが、それはそれである意味自分たちらしいとは思う。

 ただまあ、それはいい。世界は広くて狭い。偶然再び邂逅することぐらい、あってもおかしくないだろう。

 だが疑問なのは、アリアがキンジたちのことを嗅ぎまわっていたことだ。これは錬も言っていたが、多少はまあわかる。偽名まで使うような出逢いだったのだ、それくらいは武偵として十分理解できる。

 だがさすがにやりすぎだ、とキンジは思う。調べ方が尋常ではない。そこまでする必要がどこにある?

 ――まさか、と一抹の不安がよぎる。

 

(俺を……『ヒステリアモード』の俺を、『正義の味方』として利用する腹か?)

 

 ――ヒステリア・サヴァン・シンドローム。

 キンジがヒステリアモードと呼称している、遠山家に伝わる遺伝体質(キンジは端的に病気と言っているが)である。

 このモードに入った遠山家の人間は、一時的に常人の約30倍の神経伝達物質を分泌し、中枢神経系の活動を劇的に亢進させる。

 つまり、その間人間離れした強さを誇るようになるのだ。

 だが、これには欠点……というか、あるトリガーがいる。

 それは――()()()()()()()()()

 さらに、ヒステリアモードの本分は、超人的な力を発揮することではなく、子孫を残すためのものだ。ゆえにこのモードのキンジは、女性に優しくなり、キザになり、そして強くなるのだ。自分を女性によく見せて、子孫を残せるようにするために。

 そして過去、ヒステリアモードの詳細は知らないまでも、キンジを興奮させると強くなり女の絶対的味方になる、ということを知った者たちがいた。

 それが、キンジが通っていた神奈川武偵高付属中学の女子たちである。

 彼女らはひょんなことからこの事実を知り、以後キンジを『正義の味方』と呼び体のいい便利屋――もっと言えば、なんでも言うことを聞く奴隷に近い存在として扱った。

 なにせキンジはこの体質を嫌っていたせいで、女性に関して無知かつ初心なところがある。つまりは簡単に興奮させられるので、さぞ扱いやすかっただろう。

 そんな状況に嫌気が差したキンジは、地元を離れ東京武偵高に進学した。

 今度は、この体質に振り回されないように。父や兄と同じく、自在に扱えるように。

 だが今、まさかまたあの繰り返しになろうとしているのか……と、そこまで考えたところで。

 

(いや、それはない。アリアは、ヒステリアモードには気づいていないはずだ。それに万が一そういうつもりなら、錬にまで目をつけた理由がない)

 

 と結論づける。

 アリアにヒステリアモードを見せたのは、今日を含めて2回。勘のいい奴ならばバレる可能性はあるが、気づいた様子はなかった。過去ヒステリアモードを利用されたキンジだからこそ、その情報の流出には一際敏感だった。

 そして、なによりそこに錬が絡む理由が不透明だ。ヒステリアモードがアキレス腱に成りうるのはキンジのみなのだから。

 しかしだとすると、議論はまた最初に戻る。結局、アリアが自分たちを調べ回っている「ピンポーン」説明がつかないのだ。

 これは一度、誰か探偵科の生徒にでも依頼したほうがいいかもしれない。いや自分も探偵科だが、所詮今の自分は「ピンポーン、ピンポーン」Eランク。餅は餅屋、という言葉に従おう。

 あるいは、情報科あたりか。情報を集めてから、改めて探偵科生に推理してもらうのもいいかもしれない。いや、だとすると理子に頼むという手も「ピンポンピンポンピンポンピンポン!」――

 

「あーもううっせえな! 放課後くらい静かに過ごさせろよ!」

 

 少し前から激しく自己主張していたインターホンにキレながら、キンジはソファから降り玄関に向かった。

 一体、どこのどいつだ。この部屋はキンジが転科したこととたまたま相部屋の男子がいなかったことで、1人部屋なのだ。したがって、ルームメイトが帰ってきたという線はない。

 他に候補と言えば、白雪、武藤、不知火、錬くらいのものだが、武藤は車輌科、不知火は強襲科で放課後訓練をしていて、今この寮にはいない。白雪はこんなふざけたチャイムの鳴らし方はしない。

 じゃあ、錬か? とキンジは予測を立てながら扉を開けて――

 

「遅いっ! あたしがチャイムを押したら、5秒以内に出ること!」

 

 直後、錬とは似ても似つかないアニメ声でそう命令された。

 というか、眼前にいるこのちっこかわいいツインテール娘は……、

 

「あ……アリア!?」

「Hello.キンジ。ちょっとお邪魔するわよ」

「お、おいっ!?」

 

 制止も聞かず、侵略者(インベーダー)ことアリアは、持参してきたらしいトランプ柄のトランクを転がしながら室内に侵入する。その様は実に平然としており、キンジが入るなと叫ぶも、逆にトランクを運べと命令する始末だ。

 しかも勝手にトイレを探しだして入ってしまったのだから、他の男子寮生に騒ぎを知られることを恐れたキンジには、おとなしくトランクを自室に引き入れるしか選択肢がなかった。

 

(なんなんだ、あいつは……! とうとうこんなところまで来やがった!)

 

 戦々恐々としながらも、キンジはすごすごと引っ込んでいく。

 しばらくするとアリアはトイレから出てきて、室内を鑑定するように見回しながら、一番奥のリビング、その窓際まで歩いていった。

 

「あんた、ここ1人部屋なの? 他の住人は?」

「……今は俺1人だ。それがどうした?」

「どうせなら錬も一緒に住んでれば手間が省けたのにって思っただけよ。……ま、相部屋じゃないのはいいわ。大した問題じゃないし」

 

 よくわからんがそれはきっと俺にとっては大問題なんだろうな、と思いつつアリアの目的を思案したところで、件の彼女が振り返った。

 しゃなり、とピンク色に輝くツインテールが波打つ。

 夕陽による逆光を背に、アリアはキンジにビシッと指先を突きつけた。

 そして、実に力強い笑みと、赤紫色(カメリア)の瞳で、

 

「キンジ。あんた、あたしの――」

 

 と、言いかけて。

 あっさりと指を下ろした。

 

「……やっぱいいわ。これは、錬と一緒に言うから。とりあえず、錬の部屋に行くわよ」

(な、なんだったんだ……?)

 

 無駄に身構えていた手前、拍子抜けしてしまった。が……なんだ今のは。アリアが言いかけた台詞、なにか凄く嫌な予感がするのだが。

 

「錬の部屋って、確かこの隣だったわよね。あんたたち、どうせなら一緒に住めばいいのに」

 

 などと勝手に言いつつ、アリアはさっさと部屋を出て行ってしまう。口に出さずとも「ついてきなさい」と言われているのはわかりきっていた。

 ここで無視するという選択肢もあるにはあるが、それを選ぶと教室のときみたいにガバメントが火を吹くような気がしたのでやめておいた(そしてそれは正しい)。

 しぶしぶアリアに続き、キンジはお隣さんの扉前に立っているアリアの横に並ぶ。

 さてはこいつ、錬の部屋にも行くつもりだったけど、俺の部屋のほうがエレベーターから近いから荷物置いていきやがったな、と探偵科らしく推理しながら、キンジはルームプレートに目をやった。

 入っているプレートは2枚。

 一つは、『有明』。もう一つは、『(しき)』。

 それを確認したアリアは、んー、と首を捻り、

 

「ねえ、キンジ。この式ってやつ、今部屋にいるのかしら? あたし、錬にしか用ないんだけど」

 

 なんという傍若無人っぷりだ、と顔をひきつらせつつも質問には答えてやる。身の安全的な理由で。

 

「いや、こいつはいない。今頃、確かドイツに短期留学しているはずだ」

「ふーん、なら好都合だわ」

 

 式にとっても好都合だろう。もしも今この部屋にいたら、追い出されていた可能性もあったのだから。

 それはともかく、とアリアは滑らかなシミ一つ無い指をインターホンに乗せ。

 ――押した。

 

 * * *

 

「あん?」

 

 コンビニでから揚げ弁当を買って帰り、玄関で靴を脱いで廊下に上がると、インターホンが鳴った。

 えー……勘弁してくれよ。こっちは疲れきってるってのに。誰だよ、こんな時に。

 とはいえ、居留守を使うほど俺はこの寮の連中に恨みを持っているわけではないので、コンビニの袋を靴棚の上に置き、玄関を開けた。

 ――そして、思わずすぐに閉めたくなった。

 

「見なさい、キンジ。錬は5秒以内に開けたわ。武偵にはこういうすばやい行動が求められるのよ」

「慎重になることだって、武偵には必要な条件だ」

 

 とかなんとか、俺の前で言い合っているのは、

 

「キンジ……に、アリア?」

 

 そう。そこにいたのは、声に出したとおりの人物、遠山キンジと神崎・H・アリアだった。

 ……いや待て。キンジはまだわかるにしても、なんでアリアがいる?

 

「そうよ。じゃ、ちょっと入れてもらうから」

「はい? いやお前なに言って――っておいおいおい!?」

 

 なんでぐいぐい部屋に入ってんのこいつ!?

 しかもそれに続いてキンジも「すげえデジャヴュだ」とかなんとか言いながら続く。一体何なんだお前ら。

 こいつらが奥に進んでるのに、家主の俺が玄関に棒立ちしてるわけにもいかないので、俺も慌てて追いかける。

 俺がリビングに入ったころには、なんか2人で話していた。

 

「ほら、お望みどおり錬も来たぞ。そろそろ説明しろ、アリア。お前、これは一体なんのつもりだ」

「そんなに焦らなくても、ちゃんとわかってるわよ」

 

 何だ。こいつら一体、何しようとしてんだ?

 まったく状況がわからない俺に構わず、アリアはビシッと効果音がつきそうな鋭さで俺とキンジの中間あたりを指す。

 

「キンゾー、錬夜……ううん、キンジ、錬。あんたたち――」 

 

 視線はあくまでまっすぐに、一切臆さない頑強さを灯して。

 威風堂々とした立ち振る舞いにはいささかの儚さも感じさせず、ただツインテールだけ揺らめかせて。

 そして――告げた。

 

「――あたしのドレイになりなさい!」

 

「「…………」」

 

 ……え、SMですか?




次回もよろしくお願いします。

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