なお、タイトルに丸括弧を使っているのは、おまけだからです。本編では使わない書き方にすることで、より『本編とは別』と感じていただければと思います。
そして同時に、瞳は気弱な少女である。この東京武偵高に進学したのも、もともとは友達に誘われたからという理由からだ。所属学科も
そして。
そんな彼女は今、喧騒の真っ只中にいた。
「キーくんは彼女の前で、ベルトを取るような
まだなじみのない教室に、どこか面白がっているような声が響く。
新学期のHR。担任となった高天原ゆとりによって、神崎・H・アリアという少女が紹介された。彼女は去年の3学期に転校してきたらしく、まだ面識のある者も少ないだろう、という高天原の配慮だった。
そして、その彼女が今回の喧騒の中心人物である。
なんと彼女は紹介早々、瞳と同じくA組所属の遠山キンジの下に向かい、彼にベルトを投げ渡したのだ。
それを見た峰理子が、本気かどうかよくわからない推理――キンジとアリアが恋仲である――をぶち上げ、それに触発されたクラスメートたちが騒ぎ出した。
「キ、キンジがこんなカワイイ子といつのまに!? 影の薄い奴だと思ってたのにッ」「女子どころか他人……いや錬以外に興味が無さそうなくせに、裏でそんなことを!?」「せっかくレン×キンだと思ってたのに! フケツ!」
ちなみに錬とは、今自分の左隣の席にいる男子生徒・有明錬のことだ。黒い髪に、同じく黒い瞳。そこまでは純正日本人として構わないのだが、ただ彼の目つきはすこぶる悪く、瞳は内心そんな錬の目にちょっとした恐怖心を抱いていたりした。
が、まあそれはそれとして。今の瞳はそれよりも、アリアの様子に怯えていた。
(こ、怖い……あの子、震えてる。きっと怒ってるんだ……)
その予想は実に正しく、実際アリアは怒っていた。自分が忌避する分野――恋愛でからかわれたことに。
そしてここは武偵高。アリアは、あっさりとホルスターから二丁拳銃を抜き出した。
「ッ!?」
その銃口がこちらを向いていたことに、瞳は小さく悲鳴を上げた。
が、当然それはアリアには聞こえず、彼女はためらいなく引き金を引く――直前、錬が立ち上がった。
刹那、教室内に2発の銃声が轟く。
その内の1発は錬に当たったらしく……彼は小さく呻きながらも、平然と腰を下ろした。
瞳は、ぽかんと口を半開きにして、錬を見た。
(もしかして……守ってくれたの……?)
彼の行為を、瞳はそう解釈した。そうでもなければ、今の行動に説明がつかない。
だが……こんなたまたま席が隣になっただけの相手を、銃弾から身体で守ったりするものだろうか?
と、そこまで考えたところで、瞳は「そういえば」と思い出した。
確か以前、
『うちの科にね、去年有明錬っていうすごいやつがいたんだ。もちろん腕がすごいっていうのもあるけど、ポイントはそこじゃなくて。あいつ、いつだって仲間が危ない目にあったら、それを庇ってあげるんだよね。俺はそんなつもりじゃねー、とか言いながらさ』
その台詞を脳内で再生して、そして瞳は眼前の少年こそがその有明錬であったことを思い出す。
(ホントだ……)
声には出さず、ただ心中で認める。
友達の言うとおりだった。有明錬という少年は、本当に打算なしで誰かをかばえるような人間だった。
――だから、というわけではないけれど。かばってくれた、というだけでもないけれど。
瞳はなんとなく、隣の席の男の子を見つづけた。
彼は、本当になにごともなかったように平然としていて……その姿が、なんだか瞳にはとても大きく見えた。
その瞬間、
(誰かを、守る……)
瞳は、何かが
今までただ流されるままに武偵を続けてきた彼女は、しかしここで明確に何かを思い描き始めた。
後方で誰かを治すだけでなく、こんな風に前に出て誰かを守れたら。
その思いが小さな火種になり、その後瞳は自由履修という制度を利用し、強襲科の訓練に参加するようになる。
これが、いずれ『
金に輝くポニーテールと長身、そして男勝りな性格(とばかりも言えないのだが)が特徴的な、
彼女は今、強襲科の黒い体育館の2階――トレーニングルーム――から、1階で行われている騒ぎを見ていた。
眼下では、先輩たちが群れを成して2人の男子生徒の下に集まっているところだった。
それをなんとはなしに見ていたライカに、隣に立つ友人・
「あれが、『アルケミー』って呼ばれてた先輩たち? あたしがイメージしてた感じと違う……」
「だよな。だけどあれでも、先輩たちによれば伝説のコンビらしいぜ」
今、1階が大騒ぎになっているのには理由がある。
かつて強襲科で勇名を誇った2年生、遠山キンジと有明錬。すでに転科しているはずの彼らが、どういうわけかこうして強襲科に帰ってきているからだ。
だが、そんな伝説2人の遠めに見える姿は、あかりの言う通りあまり強者という感じはしない。
しかし、
「上勝ち狙った1年もいたらしいけど、返り討ちにされたってさ。実際、アタシから見ても、なんか勝てなさそうな気がするんだよなあ……(遠山先輩には、だけど)」
「え?」
小声で言った最後はあかりには聞こえなかったらしく、聞き返される。ライカは肩をすくめながら、「なんでもない」と返した。
* * *
なにやら1階でごたごたがあったらしく、キンジと錬は別行動をとり始めた。
そして、錬が射撃レーンに向かったのを見て、ライカは行動を決めた。
(やっぱ、狙ってみるか――上勝ち!)
あかりに別れを告げ、ライカは錬の後を追って射撃レーンに向かう。
その途中、ライカは思い返していた。
(今まで、何回か有明先輩は見たことがある。だけど、いつ見ても……勝てないって気はしなかった)
カン、と言ってしまえばそれまでだが、ライカはある程度力量差を読める。第六感的ななにかで自然と、相手がどれほど自分より強いか、あるいはどれだけ弱いかが見えてくる。
だから、なんとなくわかるのだ。自分が勝てない相手が。
だが、錬からはなぜかその気配がしない。感じる気配は極小、強者特有の『絶対的な威圧感』が存在しない。あたかも、そこらの凡夫のように。
ゆえにこそ、ライカは挑む気になったのだ。伝説と呼ばれた男に。あわよくば、倒してしまおうと思って。
――そんな考えがいかに愚かかも知らないで。
ライカが射撃レーンの入り口に差し掛かったとき、室内に6発の銃声が轟いた。
「……は?」
同時、目撃した光景にライカは呆然とした声を漏らした。
射撃レーンに入ったライカが見たのは、丁度錬が撃つシーンだった。
しかも、構えてから撃つまでの間断がほぼゼロの
確かに、並みの力量ではない。ではないが……、
(い、いや! アタシだってあれぐらい頑張ればなんとか――)
「おい、見たか今の。
(は、はあ?! 目隠し?!)
なんとか自分を鼓舞しようとしたライカの耳に届いた言葉に、思わず愕然とした。
自分は、今の技を目隠しで出来るか……いや、否だ。それなりに優秀だと自負しているが、さすがにそんな曲技めいた射撃はできない。
それが出来るのは、本物の――
「悪ぃ、そこ退いてくれるか?」
突如かけられた声に、ライカははっとする。
気づけば、目の前には件の先輩、有明錬がいた。どうやら自分が入り口に立っているため、錬が退出する邪魔になっていたらしい。
それに気づいたライカは、反射的に返事した。
「ぇ、あ、は、ハイっ!」
横にずれ、錬に進路を明け渡す。
その隣をすり抜けて去っていく錬の背を見ながら、ライカは思った。
(違う……今の有明先輩、全然雰囲気がちがった。今度は間違いなくわかる。
ツゥ……と、こめかみを冷や汗が流れる。
――発想が、逆なのだ。
勝てない気がしない? 違う、勝てるように見せているだけなのだ。
能ある鷹は爪を隠す、ということわざを引き出すまでもなく、実際武偵高の3年は抜き身の実力を見せない。真の強者は、本当に力を出すときのみ、力を見せる。
そして有明錬の隠匿は、さらにその上を行く。
実力を隠す、というのはその行為自体が逆に違和感を引き起こす。対して錬は、あまりにも自然に「有明錬は弱者だ」と相手に思い込ませていたのだ。
(あれが、『アルケミー』の一人、有明錬……)
今まで何度か見た。ライカは心の中でそう言った。
だが、それは間違いだ。
ライカはこの日この時、初めて有明錬という男に出会ったのだった――
間宮あかりは、走っていた。
中学生らしい小柄な体躯を動かし、大き目のリボンで二つくくりにした髪を揺らしながら。
ひたすらに、ひたすらに。自分でも若干どこを走っているのか、わからなくなるほど。
つまりはそれぐらいあかりは混乱していて、そしてその原因はついさっき出会った有明錬という少年の発言にあった。
明言したわけではないけれど、彼はこう言った。
――「自分とアリアは恋人だ」、と。
(なにそれなにそれなにそれなにそれ――――――!)
胸中で叫びつつ、あかりは走り続け……結局電信柱にぶつかってしまうまで、その疾走(迷走?)は止まらなかった。
* * *
「アリア先輩!」
尊敬する先輩である自分の
ここは神崎・H・アリアの、そして今は自分も泊まっているVIPルームだ。室内の調度品のほとんどはアリアが祖国であるイギリスから運び込んだ高級品である。
それはそれとして、室内の革張りのソファーに座り『ももまん』と呼ばれるあん饅を頬張っていたアリアは、いきなりの大声に思わず驚いた。
「あ、あかり? 帰るなり、なによいきなり? というか、どこ行ってたのよあんた。様子を見に来てもいなかったから心配したのよ」
「ありっ、ありり、ありゃりゃ先輩!」
「誰よそれ……」
どうやら、あかりはよっぽど慌てているらしい。
なにがあったのかと訝るアリアにあかりは、わたわたと両手を上下させながら、
「さ、さささっき、有明先輩が言ってたんですけど!」
「錬? 錬がどうしたっていうのよ?」
自分がパートナー候補として目をつけている少年の名に、アリアは眉根を寄せた。
というかそもそも、あかりには錬のことを話した覚えはない。もしや知り合いだったりしたのだろうか、とアリアは当たりをつける。
そんなアリアの様子に気づくことも無く、あかりは相変わらず慌てたままで、
「う、ウソですよね?! アリア先輩が有明先輩と――」
一体なにが飛び出してくるのかとわずか身構えながら、アリアは乾いた喉を潤すためにティーカップから紅茶を一飲みして、
「恋 人 同 士 だ な ん て !」
直後、盛大に噴き出した。
イギリス製のアンティークテーブルが水びだしになる。そんな貴族らしからぬ所作を取ってしまったことにも気を回せず、アリアは絶叫した。
「はぁあああああああああ!?」
顔を真っ赤にして、アリアは後輩が言った言葉を脳内で反芻する。
恋人。自分と、錬が。
……さっぱり、意味がわからない。
(ど、どういうことよ!? こここ恋人?! あたしと錬が?!)
思考回路は空回り、ついには言語機能にまで障害が現れ始める。
「
「あ、アリア先輩! 何言ってるかわかりません! 肯定してるんですか?! ホントにそうなんですか?!」
「
「アリア先輩――――――――っ!」
英語でわめくアリア、意味が分からずさらに混乱するあかり。
混迷の度はどんどん深まっていき。
結局、錬があかりをからかっただけだろう、という結論に落ち着くまで、アリアの部屋からは大騒ぎが漏れ聞こえ続けた。
では、また次回。
明日はたぶん投稿できる……はず。