果て無き黎明   作:村雨ハル

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ロマリア篇 「王冠」 1/5

   

 

 

 

 かつて世界全土を巻き込んだ戦乱があった。

 覇権を巡り、幾多の国家が武力衝突をし、姦計を巡らせ、他国の国力を如何に削り取るか。他国の領土を蹂躙し、自国のものとして、拡大していくか。

 

 その戦乱の最中に数多くのものが発展をしていった。呪文も如何に強大な威力があるものを探求し、開発され、その威力で幾多もの命を削り取っていった。如何に安全に兵を敵国に移送するかを考案され、その結果が先日少年たちが辿った光の道……旅の扉が生み出され、猛威を振るった。

 技術は大いなる発展を遂げ、それは今日の世界に大きく根付いたものとなった。だが、長きに渡る戦乱は国々の力は疲弊し、衰退を余儀なくされてしまった。

 

 同時に乱れた人心の心を癒したのは神の教え……宗教でもあった。神の御心による愛は荒んだ時代に広まり、僧侶たちが布教に励み、その勢力を拡大させた。そうしてその総本山たる聖王国ロマリアは世界で最も隆盛を誇る国家となった。

 

 ―――魔王バラモスが現れるまでは。

 

 

 

 町を染め上げる白い石造りの家々は白薔薇を連想させる美しさだ。純白に並ぶ白い壁に、色取り取りのレンガが街を彩る。

 狭い路地を埋め尽くす雑踏と、耳を塞ぎたくなる喧騒に負けない露店の活気が溢れ、溢れんばかりに並ぶ売り物が活気を一際大きなものとしていた。様々な肌の人種が行き交い、このロマリアが交通の要所として栄えた理由を知る。

 北のシャンパーニ地方、北方領土に通じ、西には航海で栄える大国ポルトガが、東には様々な文化が混じる商業都市アッサラームが栄える。交通の要所となり、重要な中継点として重要視されている。

 

「まるでお祭りみたいですね」

「いや……ここはいつでもこんなもんだ。アッサラームはもっと凄いがな」

 感嘆したように言うシエルに、素っ気なくバーディネが受け答えをする。

 

「一度訪れてみたかったんです。信仰が盛んな国だと窺っていましたので」

 シエルが嬉しげに言う。

 かつての大戦を収め、ここを足掛かりとして世界に信仰を広げていった。ロマリアは僧侶たちの総本山ともいえる場所であった。同盟を組むアリアハンもまたロマリアと宗派を同じくし、それが切っ掛けで王家同士で交流があるとも言えた。かと言って他教を排斥するのではなく、イシスのように他教と連携を組むなど包容力もまた見せている。

 

「ここからどうしようか」

「冒険者ならまずギルドへ行って、情報を集める。それが基本だ」

「それはそうだけど……」

 訪れたばかりでアルトたちはギルドの場所もまた知る由もなく。深々と嘆息した後にバーディネが渋々告げる。

 

「わかった……ここは来たことがある。場所はわかる」

「そういえば言ってたね」

 失笑混じりにアルトが告げ、人混みを掻き分けて、銀髪の青年の後姿を追った。

 

 気を抜けば飲み込まれてしまいそうになる雑踏を潜り抜けて、灰色の道路を踏み締める。辺りを見渡せば、賑やかな活気が溢れ、平和そのものであった。

 雑踏の向こう、視線を上げれば御伽噺に出てきそうな美しく壮大な、城が城下町を見下ろしていた。

 

 ロマリアの冒険者ギルドがあったのは繁華街の中心だった。女給たちが忙しく走り回り、冒険者たちは張り紙を確認したり、依頼主と交渉をしていたりとアリアハンのルイーダの酒場と負けず劣らずの活気に満ちていた。

 適当に空いてる席に座る。

 封印された場所からロマリア城下町に入り、ここまで休憩なしで歩き詰めだったため、座った瞬間に汗と疲労感がどっと湧き出る。幸いだったのは、地形的なものか、吹き抜ける風はアリアハンのそれと比べてまだ涼しかった。ありがたくもあり、アルトにとって全く違う国を旅しているのだという感慨を感じさせた。

 

「君たち、旅人かい?」

 落ち着いた声に話しかけられて、アルトが視線を声の主へと向ける。視線の先にいたのは派手なアロハシャツのなんとも目立つ服装をし、大きなサングラスをかけていた。うさんくさいことこのうえない男に話しかけられ、バーディネが怪訝そうな顔で男を見ていた。

 

「あ、君君、コーヒー五つね」

 男が勝手に注文を頼み、女給が愛想よく受け答えをする。すると、アルトたちのテーブルの空いてた席に座る。

 

「君たちはロマリアへ来たばかりかい」

「え、あ、はい」

 陽気に話しかけられ、アルトが戸惑いがちに返答を返す。さっきからこの男の勢いに負けて、流されているような感じではあった。

 

「そうかそうか。ここに限らずに物騒な世の中だ。しばらくゆっくりしていくといいよ。ロマリアは……まあ、色々物騒ではあるけど平和そのものだしね」

 からからと笑う陽気な男に、アルトたちが肩を落とす。

 

「ちなみに、ここに来る前はどこにいたの?」

「はい、アリ…」

「そんなこと、お前に関係あるのか。どこから来ようが俺たちの勝手だ」

 答えかけたアルトの横から、バーディネが口を挟み、遮る。

 

「いいじゃないの。個人的な興味なんだし」

「個人的な興味で聞くなら、俺たちは返答を断ることもできる」

「あらら、ごもっともで」

 バーディネが睨む様に警戒を露にし、男は肩を竦める。

 

「べらべら喋り過ぎだって」

 ルシュカがアルトに耳打ちをして、アルトが失笑する。旅の扉を通ったのは秘密裏のことだ。サマンオサに気取られず出るための術を軽々と口にするのは失言だ。加えて男が何者かわからない。それを咎められ、冷や汗がどっと出る。

 

「むー……」

 シエルが目を細めて、男を見つめる。何か思い当たる節があるように。

「どうしたんだい。可愛らしいお嬢さん」

「どこかでお目にかかったことはありませんでしたか?」

「はっはっはっ、貴女のような可憐な方を忘れるはずがない。初対面ですよ」

 男が誤魔化すも、シエルの指摘通りアルトもまた、この男の姿をどこかで見たような覚えがある。それがどこであったのか、思い当たる節はなかった。ただの他人の空似なのか。それをはっきりと証明できない。

 

「ふむ、君の額はとても珍しいものをつけてるね」

「これ、ですか?」

 アルトがサングラス越しの視線に気が付く。先ほどまでの軽薄な口調の中に、どこか鋭利なものが視線に混じっていた。

 

「それ、勇者の証明だったりして」

「まさか。オルテガじゃあるまいし。こんな子供に務まるはずがない」

「それはそうだ。だがね、それが事実なのだとしたら彼は物凄く強い戦士ということになるね」

 バーディネがまた横槍をし、睨み据えるように男を見るが男の眼差しもまた鋭かった。鋭い眼差しが交錯し合う。しばらくした後に男が肩を竦め、失笑した。

 

「冗談だよ。そこまで片意地張らなくてもいいじゃないか。それにねえ」

 男が一息ついた後で、

「そこまで否定すると、返って肯定してるよ。あんまり詮索をするもんじゃないし、ここまでにしておくよ」

 鋭い言葉でバーディネに返した。バーディネは一瞥だけして、この男に対して何の返答も返す事はなかった。それを境に凍てついた時間が緩み始める。

 

 女給がテーブルに近寄り、マグカップを一人一人の前に置いていく。カップの中の黒い液体が湯気を立てており、それに男が口をつけ、味わっているようだったがアルトにはあまりわかりにくいことだった。コーヒーぐらいは幼い頃から飲んだことぐらいはあるが、あまり美味しく感じられたことはない。

 

「美味い。ここのコーヒーは格別にね」

「はい、他のとこよりも格段に」

 シエルが微笑んで口をつける。そうは言っているが見てみるとシエルはコーヒーにミルクと多量の砂糖を入れていたが、コーヒーそのものが味が変わっていることだろう。

 男は別段気にせず、そうだろうそうだろうと満足気に頷いていた。

 

「ポルトガ、イシスのも飲んだがコーヒーの味はロマリアのが一番さ」

「お兄さんは、ロマリアの人なの」

 ルシュカが疑問を口にした。

 

「生まれも育ちもロマリアさ。恐らく死ぬまでロマリアにいるだろうけどね」

 その最後の一言を口にしたとき、男は気のせいか寂しげに映った。それは一瞬のことで、すぐに軽薄な振る舞いに戻る。

 ルシュカの疑問通りに、確かにこの男は何者なのか。派手派手しい服に身を包んでいるが時折見せる鋭利な側面や妙に義理堅かったりする辺り、ただの陽気な男ではないのが窺える。

 

「最近はここも物騒になってきた。流行り病が流行したり、盗賊が王宮の宝物を盗み出したりね。以前は平和でいい国だったんだけれども。人心が荒んでるのはどこも同じだよ」

 アルトの心に深く、入り込んできた言葉だった。

 

 流行り病の流行、魔物の凶暴化、暴漢や暴徒が旅人に危害を加えたりなど世が乱れているのはどこも同じだと実感させられる。加えて祖国は戦争の状態になってしまっている。時代が人を乱すのか、それとも抗えない絶望が人を乱すのか、考えても、それは答えなど出るわけもない。

 そう考えた瞬間に、妙に引っ掛かりを覚える言葉が耳に残る。

 

「あの、今、なんて?」

 おずおずとアルトが聞き返す。

「世が乱れてるってことかい?」

「いえ、そうじゃなくて王宮から宝物が盗まれたとかなんとか」

「ああ……そのことか」

 うんざりしたように、男がぽつりぽつりと口を開く。

 

 一ヶ月前にロマリア王宮に賊が入り込み、宝物を奪い去っていったのだという。数名の負傷者を出したものの、宝物を奪われてしまい、ロマリア王朝はこの王家の威信に関わることと判断し、ロマリアの騎士団を差し向けたが返り討ちされてしまったのだと男が語る。同時に、ギルドからの手配者を発行し冒険者や傭兵を募ったが、成果はなく盗賊に返り討ちに会う人間が多いのだという。

 

「別に、金の冠を奪ったぐらいで大袈裟だよねえ」

「あの、すいませんがその金の冠の価値は…?」

 うんざりしたように言う男に、おずおずとシエルが質問をした。

 

「ああ、あれの価値? 代々王家に伝えられて王家の証とされてきたらしいけれどもね」

「それって物凄く稀少なものなんじゃ…」

 

 シエルが唇を引きつらせる。代々王家に伝わるものだとしたら稀少なもので、その盗賊にとっては物凄く値打ちのあるものであることに相違ないだろう。それに王宮が差し向けた討伐隊を退けるとなるとそれなりに力量のある存在であることは想像に難くない。

 

「さて、そろそろ僕も時間のようだ。そろそろ戻らないとね」

 男がおもむろに時計を見て、立ち上がる。

 

「コーヒーは奢るよ。君がどんな人なのか、なんとなくわかったし」

「あの…」

 男の視線がアルトに注がれる。その眼差しに何かの好奇心のようなものを感じた。アルトに……何かしらの意図を持って接触してきた―――そんな予感がした。まだ旅立ったばかりのアルトをなぜ知ることができたのか。

 

「何者だ」

「ただのコーヒー好きなお兄さんさ。また、近いうちに会おう」

 バーディネに軽薄に答えて、手をひらひらとさせた男の後姿をアルトたちが見送る。

 

「なんというか…不思議な人だったね」

 アルトが呆気に取られて、感想を告げる。

 近いうちと言っていた。それはつまり、どこかでまたあの男と再会するのが決まっているということであろうか。

 

 ルシュカが何かに気が付き、立ち上がる。

「さっきの本当の話みたいだよ」

 指差した手配書に名前と罪状が書かれていた。

 

 名前にはカンダタと記されていた。罪状はさっきあの男から聞いたものと同じだが、何を奪われたかは記載はされておらず強盗、殺傷とだけ記載されている。王家の威信と言っている辺り、奪われたものを記すわけにもいかないのだろう。報奨金はだいぶ高額なものであったが。バーディネが補足し、金額が上がればそれだけ危険度の高い敵らしい。

 

「ねえ…」

 手配書を見て、アルトがおずおずと告げる。

「まず、お城に謁見してみない?」

「謁見? 国王が普通の冒険者には会ってくれないだろ」

 ルシュカが指摘するが、アルトが頭を振るう。確かに、一介の冒険者ならば会ってはくれないだろう。

 

「まず、王家から手配されてるのなら被害の状況や相手の力量を知らないと。それに、たぶん王様に会えるよ」

「勇者の肩書きを使うつもりでしょうか?」

 シエルに、アルトが頷きを返す。勇者という時点で普通の冒険者ではない。アリアハンの国家で選定された存在なのだ。それを無碍に追い払うのは得策とは考え辛い。アリアハンとロマリアは王家同士で交流もあるのなら余計に。

 アルトたちは、ロマリア城下を見下ろす白亜の城へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 


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