Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
日が静まり、降りる夜闇と入れ替わるように生徒たちが学園からいなくなる。日が沈んだ以降の学園は、夜の闇と静寂が佇んでいるだけ。だが、その夜の学園は普段とは違っていた。生徒たちが多く集まる場所として使用される体育館には明かりが灯り、その室内には大勢の人間が集まっていた。ステージの上に立つ一人のリーダーの前で、異例の招集を受けて集まった戦線のほとんどのメンバーが緊張感の中にいた。
それもそのはず。ここに集まった理由は、この世界で置き始めている異変のためだ。戦線が長らく敵としていた天使とは異なる敵の出現。原因不明、正体不明の敵は影と呼ばれ、取りこまれた人間は魂を喰われてNPCとされる。その正に危機的状況と言える事態は現在進行形であり、影の数も増殖中だ。
かつて無い異変。それだけに、事態を知る者に動揺が生じる事は当然だった。
「おい、音無。 お前の相棒はどうしたんだ?」
「え?」
ゆりが事態を説明している途中で、日向が小声で俺に話しかけてきた。
「そういえば、いないな……」
俺は日向に言われて初めて気付き、辺りを見渡した。周りにいる多くのメンバーの中に、沙耶の姿はなかった。普段から姿を見せない時もあるから珍しい事ではないのだが、俺は少し気になる所があった。
だが、俺はゆりの言葉に意識を戻される事になる。
「―――さて、この危機的状況の中で死んだ世界戦線に別の思想を持った者が現れ、戦線を新たな道へ導こうとしている」
「―――!!」
ハッとする俺。
そして、ざわめく周囲。
「その道は、現在この世界における危機回避の一つの選択肢にもなり得る……なので、そちらの代表として―――」
ゆりの視線が、真っ直ぐに俺の方を射抜いていた。
「―――音無くん、堂々とここでその思いを語ってもらえるかしら」
ゆりの言葉を始めとして、みんなの視線が俺の方に集中する。
やはり、ゆりは俺たちのやろうとしている事に気付いていた―――
「バレてましたね……」
隣にいた直井が小さい声で漏らす。
日向も微笑混じりに、俺の背を叩く。
「……行けよ」
「……………」
日向に背を押され、俺はそのままみんなの注目を浴びながら、壇上に向かって歩き出す。
そうだ、ここで俺たちの思いを、考えを伝えなければいけない。
その時が、今、来ただけだ。
みんなに色々と思われる事はあるだろう。
それでも、俺はこの思いを知ってもらうために、自分の意思で壇上の上へと上がった。
俺の説得が、どれくらいの時間を要したのかはわからない。短いようにも長いようにも感じられた。だけどみんなはちゃんと俺の話を最後まで聞いてくれた。
そして俺の話を終えると、俺の話を聞いたみんなから、声があがり始める。
「ふざけるなッ! いい加減な事を言うな!!」
「そんな都合の良い話があるかッ!」
「そうだ、この世界にあってたまるかッ!!」
みんな、それぞれの思いを俺にぶつけてくれた。
簡単に納得してくれるとは、勿論思っていない。
だけど、俺は確かにその思いを信じていた。
「―――あったんだよ」
新たな声に、みんなの視線がその声の持ち主へと向けられる。
みんなの視線を浴びながら、日向もまた、俺の方へと歩み寄った。
「なっ」
「はいっ! 私は、それを見つけられました……」
隣に子猫のように付いている、ユイが日向と一緒に、俺の側へと来てくれる。
「私がこの思いを見つける事が出来たのは、先輩たちのおかげです」
ユイの言葉は、真っ直ぐで、嘘偽りのない真っ白なものだった。
「俺みたいな屑のまま死んできたような奴でも、その世界で与えてやる事が出来た……そして、それは俺自身も同じだ」
日向とユイが、俺のそばへと立つ。
「僕もです」
今度は、直井の方に注目が集まる。
「僕は、神ですが……それでも音無さんだけが、僕に人の心を取り戻させてくれた」
直井もまた、みんなの中から、俺の側へと入ってくる。
「たった一言かけてくれた……労いの言葉で」
俺の側には、三人の仲間がいてくれた。
そして、俺の前には、与えられた選択肢を前にした仲間たちがいる。
その選択肢を選ばせる時間を言及するように、ゆりが言う。
「どの道を選ぶかは、皆に任せるわ」
「ゆりっぺは……ゆりっぺはどうするんだッ!?」
みんなの疑問を代弁した声が掛けられる。
「あたし? あたしはいつだって勝手だったし、あなたたちを守れやしないし、あたしがしたいようにするだけよ」
そう言って、ゆりはステージの上から飛び降りる。
そしてみんなの視線が、リーダーへと帰る。
「あまり時間はないわ。 各自考えておいて、以上」
今後、自分はどの道を行くか。その考える時間をゆりは与え、解散を令した。
ゆりの解散を受け、戦線のメンバーが体育館を後にする。俺たちもそれに続こうとした時、不意にゆりが声を掛けてきた。
「音無くん、ちょっと良い?」
ゆりに呼び止められ、俺は振り返る。
そこには、真剣な眼差しで立つゆりがいた。
「どうした、ゆり?」
「ちょっと話があるから……日向くんたちも」
「俺たちも?」
「そうよ。 かなでちゃんも呼んであるから」
「奏も…ッ!?」
俺は驚く。ゆりが奏を呼び出すだけでも驚くに値すると言うのに、俺たちを含んでの用件と来た。ゆりは一体俺たちにどんな用があると言うのだろうか。
「ええ、だからちょっと付き合って頂戴」
そう言って、ゆりは俺たちを連れて、人気のない裏庭へと向かった。
そこは虫の音色と夜のひんやりとした静寂しか居ない、人気のない裏庭だと思ったが、既にそこには一人の少女が待っていた。
「奏……」
ゆりの言う通り、そこには奏が待っていた。
奏は俺たちの存在に気付くと、ゆっくりとこちらの方に振り返る。
「……で、ゆり。 奏まで呼んで、俺たちに何の用なんだ?」
俺の問いかけに、ゆりがはっきりと答える。
「その娘を影の迎撃に当たらせなさい」
言いながら、ゆりは奏の方を指した。
「奏を? 何故」
「頭を使って行動させるより、何も考えないで行動させた方が向いてるわよ。 見てた分には」
「って、見られてたのかよ……」
やはりゆりには何もかもお見通しだったようだった。
「まぁ、やっぱりゆりっぺの目を欺けられなかったな」
日向が肩をすくめながら言い、隣でユイが苦笑する。
「仕方ないですよ、先輩は隠し事が下手くそですし……」
「んだとぉ?」
「イタタッ! 頭をぐりぐりしないでくださいぃぃ……ッ!」
「でも―――奏は、俺たちの仲間だ。 一緒にいるべきだ!」
俺の意見を、ゆりは即座に却下する。
「他のメンバーだってあなたたちの仲間でしょ? 彼らを守るには、その娘の力が必要よ」
確かに奏は強いと思うし、戦場となれば力になるだろう。
でも、仲間を一人、危険な場所に送り出すなんて真似はしたくない。
「我々戦線と長きに渡り戦ってきた、その圧倒的な力がね……」
「確かに天使だけにその役は適任かもしれないですねーっ」
ユイがうんうんと頷きながら、納得するように言うが、それを聞いたゆりはしれっと言葉を紡ぐ。
「別にその娘、天使じゃないわよ?」
「………………へ?」
一瞬、俺は何を言われたのか理解できなかった。
天使じゃない?
って事は―――
「今、何て言った……?」
「その娘、天使じゃないわよ。 あたしたちと同じ人間よ、気付いてなかったの?」
「「「ええええええええええッッッ!!?」」」
ゆりの衝撃的な告白に、俺と日向、ユイの三人はほぼ同時に驚愕の声をあげる。
その傍らで、直井が余裕の微笑を浮かべる。
「神は、何もかもお見通しでしたが……?」
「動揺してるじゃねーかよ……」
余裕の言葉を吐きながら下半身を震えさせている直井の動揺っぷりやそれに突っ込む日向が目に入らないぐらいに、俺は驚きに混乱しかけていた。俺は咄嗟に、今まで傍観していた奏に詰め寄った。
「お前、天使じゃねーのッ!?」
「……うん、私は天使なんかじゃない……それは私が初めて出会った時に、そう答えていたはずなんだけど……」
「……ッ!」
俺は過去の記憶を掘り起こす。
俺がこの世界に訪れ、初めて奏と出会った時、確かに奏はそんな事を言っていた気がする。
そして、奏を天使ではなく、人間かもしれないと言った、あいつの言葉も思い出す―――
「ああ……ッ! 本当だ……」
「色々あったからなぁ」
「ですねぇ~」
俺に天使だ何だと吹きこんだ張本人たちを目の前に、俺は勢いのままに攻め入る。
「お前らのせいだろぉッ?!」
おかげで俺は最初、奏を敵だと認識してしまったし、その後も随分と面倒な事に巻き込まれてしまった。
奏は俺たちと同じ人間だ。
だとしても、幾つか疑問は残る。
「じゃあ、奏は何でここにいるッ!? 生徒会長なんてしていて、何故消えなかった……ッ!」
奏が人間だとしたら、俺たちのようにこの世界に未練があって訪れたと言う事だ。
そして、その未練が解消されて消えてしまう学生生活をこれ以上無いと言うぐらいに過ごしている奏が、何故これまでに消えずに済んでいるのか。
「彼女なりの、ここにいる理由があるんでしょう」
「そ、そうか……」
俺の疑問に、奏の代わりに答えたのはゆりだった。
「じゃあお前は……俺たちと同じように、何かを抱えてきているんだな……」
俺は奏に振り返りながら、言う。
そう、奏もまた俺たちのように、何かを抱えてこの世界に居ると言う事だ。
「なら……それも解消してやらないとな」
そう言って、俺は無表情を貫く奏の頭を撫でるのだった。
「……………」
頭を撫でる俺を、奏は上目遣いでジッと見詰めていた。
「……で、ゆり。 お前はどうする?」
「確かめてみたい事があるの」
「戦うのか? 影と……」
「場合によっては」
ゆりは淡々と頷く。
「一人じゃ危険だ……ッ!」
「だって、仕方ないじゃない。 他のみんなには選ぶ自由を与えたのだから」
だからって、一人で戦いに赴く事は無いのではないだろうか。
ゆりは、一人で戦おうとしている。だが、それを他のみんなが許せるのだろうか。
「他に付いていく奴もいるはずだ……!」
「考える時間は必要よ。 大事な事だもの……」
「それは……そうだけど……」
徐々に言い返す言葉を失っていく情けない俺を前に、ゆりはフッと優しい笑みを浮かべた。
それはリーダーとしての、仲間を思い遣るゆりの表情だった。
「……戻ってきた時、みんなが消えて、無事この世界から去っていたら……あなたのおかげだと思っておくわ」
「そんな……ッ! 俺は待っている……!」
俺の言葉に、ゆりはクスッと笑う。
「馬鹿ね。 一人で待ってちゃ、影にやられちゃうわよ」
それはまるで兄弟の長女のような、お姉さんのような表情を浮かべて、ゆりは言った。
だが、次の言葉を紡ぐ時のゆりは、いつものリーダーの顔に戻っていた。
「そうなる前に、あなたはさっさとこの世界から去りなさい。 あたしの事は気にしないで」
「いいや、気にするよ」
「……!」
ハッとしたゆりの視線が、日向の方に向けられる。
「日向くん……」
「いきなり何言ってるんだよ……“二人”から始まった戦線じゃねえか。 長い時間一緒に過ごしてきたよな……」
「……………」
「だから、あがる時も一緒だ。 俺はお前を置いていかない」
「……相変わらず、あなた馬鹿ね。 感情論じゃ、何も解決しないわよ」
だが、ゆりの表情は嘘を付けていない。
俺はその言葉を紡ぐゆりの方を見て、そう思えた。
「―――敵襲、敵襲だッ!」
その時、向こうから敵襲の声があがる。それを聞いたゆりが、すぐに奏の方へと振り返った。
「かなでちゃん、よろしく」
ゆりに言われ、奏は頷く。
そして腕を構え、小さく呟く。
「……ハンドソニック、ヴァージョン5」
奏の腕から生えた、ハンドソニック。それを見届けたゆりは、用件を終えたと言わんばかりに踵を返し、俺たちのもとから立ち去ろうとする。
「じゃ、また会えたら会いましょう……!」
ゆりは笑顔で別れの挨拶を投げると、ぴっと手を差して、俺たちから離れていく。
「ゆりっぺ……ッ!」
その背中を日向の声が呼び止める。
その声を受け止めたゆりの背中が、その足がぴたりと止まる。
「……酷いあだ名。 でも、そのおかげでみんなに慕われたのかもね……」
夜空を見上げ、言葉を細く紡ぐゆりの顔は、背を向けているせいで見えない。
「ありがと…ッ!」
最後に明るい声でそう言い残すと、ゆりは遂に俺たちの前から駆け出して行った。闇の向こうへと消えていくゆりの背中を、俺たちは黙って見送る事しか出来なかった。
夜空の下で、俺たちは一番考える夜を過ごす事になっただろう。それは俺たちだけではなく、他のみんなもきっと同じかもしれない。
だけど、自分の道行く先は自分で決める。それはまるで人生のように、自分が行く道を、自分の意思で選ぶのだ。それがどんな道になろうと、自分の意思が決めた事ならば、きっと挫けずに歩み突き進む事が出来るはずだ。俺たちはそうして、先の道を行く。それは生きている時だって、今この時だって同じだ。俺たちは行く、自分が選んだその先の道を。その最果てで何が待っているかわからない、その正体を突きとめるために。