Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.60 Uncertain Feelings

 良く晴れた日の下、学園の雰囲気は特にこれと言って普段と変わらない。しかしこの世界に来てそれなりに長いが、この世界の天気と言うのはどう言った周期で決められているのだろうか。やっぱりそれも神様の気まぐれなのか、と俺はくだらない事を考えてみたりする。

 「……神様、ねぇ」

 俺は快晴の青空から目を離すと、飲み終わったコーヒーの空き缶をゴミ箱へと投げ入れた。空き缶は見事に円形の穴へと入り込み、音を立ててゴミ箱の奥へと落ちていった。

 「さて、行くか……」

 俺は外を眺めていた窓から離れ、ある場所へと向かう。青空の下にいるあいつらの所に。

 

 

 

 「日向じゃねえか、何してんだ?」

 すれ違う一般生徒の横を通り過ぎていると、廊下で藤巻と大山に出会う。俺は立ち止まり、いつも通りに木刀と大山を連れた藤巻に向かって振り返る。

 「おお、お前ら。 個性がないもんだから、一般生徒に混じって気付かなかったぜ」

 「てめぇッ! その言葉、どういう意味だぁッ!?」

 「そうだよ日向くんッ! 言われ慣れてる僕はともかく、藤巻くんは慣れてないんだからそういう事を言うのはやめてあげてよッ!」

 「大山、お前も怒る所が何かズレてやがるぞッ!?」

 相変わらず、この二人は仲が良い。大山はこの世界でゆりっぺの次に出会った人間だから、ちょっと妬いてしまうかもしれない。

 「大体、着てる制服はちげぇんだから一発でわかるはずだろうがッ!」

 「悪い悪い、冗談だって。 ちょっと急いでたものだからさ」

 「そう言えば日向くん、廊下を走ったりしてどこに向かおうとしてたの?」

 角が立たないような丸っこい童顔を傾げながら、大山が問いかける。

 「ちょっと音無の所にな」

 「そう言えば今日は見かけてねえな。 ま、俺にはどうでも良い話だけどよ」

 携えた木刀を肩にとんとんと叩きながら言う藤巻。その横では大山が思い出したように口を開く。

 「そういえば僕、さっき音無くんとユイちゃんが中庭に向かっている所を見たけどね。 ちょっと珍しい組み合わせだけど」

 「ああ、それは俺もさっき窓から見えてた。 今、そいつらの所に向かおうとしてたんだ」

 「そっか。 じゃあ、引きとめて悪かったね」

 「良いってことよ。 じゃな」

 「ほら、さっさと行っちまえよ」

 「もう、藤巻くんっ。 あはは、ごめんね日向くん。 僕たちももう行くから」

 「ああ」

 大山が藤巻の背を押しながら、二人は立ち去った。残された俺も、あいつらの所に向かうために、踵を返して再び走り始める。

 

 

 音無が何かしていると言うことは、薄々勘付いていた。

 こそこそと何をしているかは知らないが、いきなり変な態度を見せて怪しまれない方がおかしい。

 と言っても、気付いているのは俺ぐらいだと思う。

 だとしても、今日の音無はやたらとユイに絡んでいる姿が見受けられる。俺はどういったわけかは自分でもよくわからなかったが、そんな二人の光景を見て気にせずにはいられなかったので、こうして俺なりに動いてみることにした。

 「て言うか……本当にあいつら、何してんのかねえ」

 グラウンドを眺めるような位置のベンチに座る二人を、俺は静かに後ろから探りを入れる。何か二人で話をしているようだった。

 「(あいつ……)」

 俺はそのあいつらの話を聞いて、驚かざるを得なかった。ユイが、自らの話を音無に語っているのだ。

 「(あいつが俺以外に自分のことを話すのは……珍しいな…)」

 自由を奪われ、負い目を感じて過ごしたユイの人生。

 この世界に来る者は、それなりに酷い人生をおくってきた者ばかりだ。

 だから、必要以上に自分の人生を他人に明かす事もない。

 ユイはあまり自分の人生を他人に話さない。そもそも、話す必要がないのはこの世界に居る者なら誰しもが持っている権利だ。俺だって、自分の糞みたいな人生を好きに他人に語って広めようとは思わない。

 ユイが生前に不自由な身体だったことは、俺も知っている。それを、今、音無も知り始めている。

 「……………」

 何だか、もやもやした変な気分だ。

 思わず意味もわからず苦笑してしまう。

 「……へっ」

 それが妬いているという感情に気付くと、自分が馬鹿みたいに思えてくる。

 何に、妬いているんだか……と。

 話を終えたのか、音無とユイは中庭の方へ移動を始めていた。聞いていた話によると、どうやらこれからユイがしたい事を、音無が叶えるだそうだ。

 「音無の奴、一体何を考えているんだか……」

 俺はある一つの可能性を思い浮かべるが、それをすぐに振り払う。

 「まさかね……」

 だが、俺はそんな可能性をも確かめる意味も含めて、二人の動向を見守る事を決めるのだった。

 

 

 中庭に移動した音無とユイは、ジャーマンスープレックスと言うプロレス技を始めた。音無がユイによって地面に薙ぎ払われていく。音無の頭が何度か地に叩きつけられた後で、音無が立ち去ろうとするのをユイが必死に引き止めている。

 「本当に何やってんだか……」

 俺は呆れて、物陰からそいつらの光景を見学するしかなかった。

 いよいよ長い練習の甲斐あって、ユイはジャーマンスープレックスをやり遂げた。見事にその大技を浴びた音無は地べたで悶えているが、その光景が見ていて気の毒に思えてしまう。

 だが、そのそばで喜んでいるユイは本当に嬉しそうだった。あいつはいつも元気だが、その時のユイはいつも以上の眩しい笑顔を輝かせていた。

 「あいつも、あんな顔するのな……」

 俺は、あいつにあんな顔をさせてやる事が、出来るのだろうか?

 ふと、そんな事を考えている自分に、俺は気付いた。

 

 

 

 次はサッカーらしい。そして、俺も遂に音無に呼びこまれた。

 今、男子トイレには俺と音無を入れて、野田、藤巻、TKの野郎五人が集まっている。勿論、呼びかけたのは音無だ。

 「ゆりには内緒だが、天使からこんな手紙が……」

 音無が掲げた紙切れを、野田が奪い取る。音無から手紙を奪い取った野田は、目つきの悪い瞳でその紙面に書かれている内容を読み上げた。

 「『女一人にも歯が立たぬのに、男を語るとは片腹痛し』……」

 「おっ、片腹痛しなんてよく読めたな。 アホが治ったか」

 「いや、アホでも読めるよ……」

 さらりと酷い事を言った藤巻にツッコミを入れる俺。野田は馬鹿にされてる事も気付いていないのかどうかは知らないが、俺たちに構わずそのまま読み続ける。その口調が徐々に熱を帯びていく。

 「『スポーツマンシップに則り、その女々しき根性叩き直してくれる。 放課後、サッカー場にて待つ。 天使』だとぉ……?」

 激情して手紙を破り捨ててしまう前に、俺は怒りに震える野田からさっと手紙をかっさらう。

 「わけがわからん内容だな。 本当にあいつが書いたのか?」

 俺はどうしても拭えない不審な気持ちを呟いてみる。それに応えたのは音無だった。

 「現在(いま)の天使は、もう以前(まえ)の天使じゃないからな」

 「色んなものが混ざっちまったから、こんなアホな挑戦状も書きかねねぇか」

 藤巻をはじめ、他の奴らは音無の言葉を俺程に不審に思っていないようだった。

 だが、俺はどうしても腑に落ちない。

 いくら今の天使が以前とは変わったとは言え、こんなおかしな手紙を書く姿が到底想像できない。

 言ってしまえば、天使(あいつ)とも長い付き合いだ。そう言っても嘘ではない。

 実際、天使とは戦線設立前から色々な事があったからな。

 それに―――

 「(この字、どう見ても音無のだよな……)」

 俺はこの字をどこかで見たことがあった。それは、ここにいる一人の字に限りなく近い事も、俺は知っている。

 だが、音無は“天使からの手紙”だと言っている。

 「……………」

 先程のユイと音無の姿を思い出して、俺は考える。そして、口を閉ざす。

 目の前にいる親友が、何か考えているのなら。

 俺は、その邪魔をしないように見守っていよう。

 そう決めた俺は、音無に連れられて、他の野郎たちと共におそらく天使ではなくユイが待っているだろうサッカー場へと向かうのだった。

 

 

 案の定、サッカー場にやって来た俺たちを迎え入れたのはユイだった。その足の下にはサッカーボールがある。

 そして俺たちの姿を確認するや。

 「来やがったなぁ……キックオフ!」

 と、ボールを蹴り始めた。

 「行くぞ、テメェらぁぁぁぁぁッッッ!!」

 叫び、一人でボールを蹴りながらゴールへと向かうユイ。その状況に理解が追いつかなくて突っ立っている俺たちに、音無が説明口調に声をあげる。

 「―――わかった! 手紙の主はあいつだッ! きっと今まで不甲斐無い俺たちに苛立ちを覚えていたんだ! それでこんな真似を…! よぉしゴールを守れ、この戦い負けられねぇッ! 俺たち男が勝つ…ッ!!」

 早口でそう巻くし立てた音無。

 そして俺たちはユイとサッカー対決をする羽目になった。

 「どけや、こんボケェッ!!」

 キーパーの役を買った俺がゴール前で見ていたのは、酷過ぎる理不尽な光景。ドリブルをするユイの前を、野田、藤巻、TKの順でボールを奪おうとするが、先手の野田は避けられ、藤巻は一発退場並みのルールガン無視キックを浴びて倒れ、TKが一度ユイからボールを奪う事に成功するも、何故か音無に妨害されて再びボールがユイの足元に戻り―――今、俺の目の前に至る。

 「ふん、最後は―――テメェかッ!」

 「……ッ」

 ポニーテールを揺らし、ボールを足の下に置いたユイがビシリと俺の方を指差し、俺は思わず身構える。

 「殺してでもボールを奪う!」

 「お前、スポーツマンシップはどこ行ったぁッ?!」

 「んな事知るかぁッ!! 覚悟…ッ! 必殺、殺人ギロチンシュートォォォ……ッッ!!!」

 「俺を殺したいのかゴールを決めたいのかどっちなのか、ツッコミ所が多いシュートが来やがったぁぁッッ!!?」

 身構え、叫ぶ俺の目の前に迫る強烈なシュートボール。だが、そのボールはただ勢いが恐ろしいだけで、その軌道は十分予想出来る。止められない事もない。先に敗れた野田や藤巻たちのためにも、最後の砦である俺が―――

 バツン。

 「……へ?」

 変な音がしたと思ったら、ボールはいきなり予想外過ぎる軌道へと乗り上げた。ボールは不可思議な軌道を描き、ゴールの網に向かって突っ込んでいく。俺は咄嗟にその軌道の先へと手を伸ばし、身体を飛び上がらせたが、間に合わなかった。

 「ぐあ…ッ!」

 無念にも俺の手はユイのボールを受け止める事が出来ず、俺はゴールの前で身体を滑らせる羽目になった。不可思議な軌道を描いたボールはそのままゴールの網へと入り込んでしまった。

 「(何なんだよ、今のは……)」

 ボールはゴールの中に入った事をアピールするように、俺の身体と網の間を転がる。そしてその時、俺の耳にユイの歓喜余る声が響き渡った。

 「入った、入ったッ! やった! やったやったぁッ!!」

 ユイ一人に、俺たちが負けたと言う事実は、俺たちに重く圧し掛かった。

 だが、俺は身体を起こしながら、飛び上がるユイに視線を向ける。

 ポニーテールを跳ね、兎のように飛び上がるユイの姿は本当に嬉しそうだった。

 その姿を見て、俺の胸が少し変な感覚を味わう。

 「……?」

 まるで針が刺さったかのような、小さな痛み。

 それが何なのか、俺はこの時はまだ気付きもしなかった。

 だが、俺はやがて気付く事になる。いや、あいつに気付かされる。俺の内に秘められた、その気持ちを。その正体が何なのか、その時、あいつの目の前で俺は痛い程に思い知らされる事になった。


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