Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.54 It Begins to Sing

 ―――焼却炉。

 学園校舎裏にある焼却炉から空に向かって立ち上っていく煙を見上げつつ、俺はこれまでの経緯(いきさつ)を振り返る。奏や戦線を巻きこむ程の大きな騒動があり、何とかそれも奏が元に戻ったことで解決し、今となっては限りなく平穏に近い方だろう。更に俺も生前の記憶を思い出し、こうして奏や沙耶と今後のこの世界でやるべき事を決める事が出来たのも大きな一歩だと思う。

 まずは何をするべきか、俺はあれからしばらく考えて、ようやく方針を固めた。そんな風に俺が空に昇る煙を仰いでいると、不意に奏から声を掛けられる。

 「……それで、何から始めるの?」

 焼却炉の前で各教室から持ってきたゴミ箱を構えながら、奏は俺に問いかける。

 俺は焼却炉の扉を開けるのを手伝いながら、答える。

 「凄く悩んだんだけどさ、ユイが良いかと思う」

 「……誰?」

 「ほら、大食堂のゲリラライブでバンドのボーカルをやっていた奴。 覚えてないか?」

 「……ああ」

 焼却炉の中から覗く火の中にゴミを捨て、奏は本当に今まで忘れていたように、頭の中で唐突に思い出したように声を漏らす。

 「あいつ、いつも元気でさ。 日向を苛めては笑っているし、バンドのボーカルをして楽しんでるみたいだし、やりたいことをやっていてさ、もう十分報われているんじゃないかって思うからさ。 後は、ほんの一押し……」

 俺は、今まで見てきたユイの姿を思い浮かべる。とても元気があって、あそこまでいつも楽しそうな表情を見せる奴を、俺はユイ以外に見たことがない。

 これはあくまで俺の偏見かもしれないけど、ユイはこの世界に未練がないんじゃないかと思うくらい、いつも本気で楽しんでいるように見えるのだ。俺の思い違い、という線は十分にあるかもしれないけど。

 でも、俺はこうも思う。

 「背中を押してやれば、あいつはここから出て行ける。 そんな気がするんだ……」

 どんなに楽しそうでも、この世界に留まっているのだから、未練があるとしてもその背中を少しでもこちらから押してあげれば、ユイはこの世界から卒業できるのではないだろうか。少なくとも、メンバーの中では一番卒業に近いのはユイではないかと思っている。

 あいつには、早く次の人生で、本当の日常を楽しんでもらいたい。そんな思いも、俺の内にはあった。

 「ちょっと待って」

 予期しなかった声に、俺は振り返る。そこにはいつの間にか、校舎の壁に寄りかかって腕を組んでいる沙耶の姿があった。

 「何だ? 沙耶」

 「……音無くん、一ついいかしら」

 「?」

 沙耶は胸の前で腕を組んだまま、背を校舎裏の壁に預けながら、瞳だけを俺にジッと見据えた。だが、その水面のように蒼い瞳は真剣そのものだった。

 俺は思わず、その真剣に揺れる沙耶の瞳に息を呑んでしまう。

 「本当に、ユイちゃんから始めて良いと思ってる……?」

 「へ……?」

 「つまり、本当にユイちゃんを成仏して良いのかってことよ」

 沙耶の予想外の質問に、俺は一瞬ぽかんと呆けてしまった。

 「当たり前だろう? あれから俺はずっと考えてたけど、やっぱりユイから始めた方が良いと思っている」

 「本当に……?」

 「……?」

 一体どうしたのだろう。沙耶は何を考えているのだろうか。

 沙耶は真剣に満ちた色を見せていたが、それが徐々に思い悩むような色へと変わった。

 「……………」

 「どうしたんだよ、沙耶。 何か、ユイだとマズイ事でもあるのか?」

 「……別に」

 沙耶はふっと背中を校舎裏の壁から離すと、金色に靡く長髪を揺らした。

 俺が怪訝な感じで沙耶の方を見ていると、今度は奏が口を開いた。

 「……結弦がそう思うのなら、良いんじゃない?」

 焼却炉の中に全てのゴミを捨て終え、奏ははっきりと言ってくれた。奏の言葉に、俺は再び奏の方に意識を戻した。

 「奏は賛成か?」

 俺の声色には、若干喜色の色が滲んでいた。

 「……わかったわ。 あなたたちがそうしたいなら、あたしは止めないわ」

 「……もしかして、沙耶は反対なのか?」

 「別に反対って言っているわけではないわ。 只、本当にそれで良いのかって聞いただけよ。 周りの事の為を考えた上での結論なのか、疑問に思っただけ」

 「……………」

 「いいわ。 でも、あたしはあたしで本当にこの世界から出してあげたいと思っている人の為に行動するわ。 悪いけど、ここからは別行動よ」

 「え、ええっ!? お、おい、沙耶…ッ!」

 「それじゃあ、そっちは任せたわよ」

 そう言い残すと、沙耶はあっという間にどこかへ消えてしまった。

 残される俺たち。秋のような冷たい風が俺たちの間を吹き抜けた気がした。

 「(結束早々、いきなり初っ端からチームワークが乱れてどうするんだよ……)」

 沙耶が消えかけたあの時以来、以前と比べたらずっと結束力が高まった沙耶だったが、また以前に逆戻りになってしまったのかと思ってしまう程、俺は悩み、溜息を吐いていた。正直先が思い遣られてしまう。

 だが、沙耶の台詞を思い出してみる。

 

 ―――あたしにも、記憶の呪縛から解放させてあげたい人がいるから―――

 ―――あたしはあたしで本当にこの世界から出してあげたいと思っている人の為に行動するわ―――

 

 沙耶は沙耶で、前から本当にこの世界から成仏させてやりたい存在がいるんだ。

 その為に、沙耶は沙耶なりに考えて行動を始めている。

 でも―――

 俺たちは協力し合う仲間だし、何より俺は沙耶のパートナーなんだから、もっと頼ってくれても良いと思うんだけどな。

 「(全く……)」

 それにしても、ユイの事に対する沙耶の態度も気になる所だ。沙耶は、何かユイに思い馳せるものがあるのだろうか?

 というか、ユイに対して沙耶は何か気付いているのだろうか?

 わからない。

 だけど、これも俺が自分自身で悩んだ末に至った結論だ。俺は俺で、自分が決めた事に対して進んでいく。

 俺の目の前には、賛同してくれる奏もいる。今更止めるなんて出来やしない。

 「…そうだ、奏。 そっちの首尾はどうだ?」

 奏は人形のような表情で、ゆっくりと俺の方に振り向く。

 「……まあ、時間は掛かったけれど」

 そう言うと、奏はいつも光の刃を現出させている右手を上げる。そして一言、呟くように言葉を紡ぐ。

 「……ハンドソニック、ヴァージョン5」

 俺の目の前で、構えた奏の右手から光の粒子が集束する。それは普段の刃とは異なり、また別の形へと変形し、禍々しい程の刃が光となって誕生した。

 「……これが、ハンドソニック・ヴァージョン5」

 「天使って言うか、悪魔のようだな……」

 その余りの禍々しい光景に、俺はつい正直な感想を述べてしまう。

 「……あなたが冷酷な天使と言ったから禍々しくこんな感じに」

 言いながら、奏はジッと色々な覚悟から生やしたハンドソニックの新たな形体を観察していく。そして刃の先から俺の方に瞳を覗かせると、首を傾げて言ってきた。

 「駄目?」

 「い、いや。 良いよ、すげえ嫌な感じだ」

 「嫌って……」

 しまった。これもまた失言だ。

 俺は慌てて訂正する。

 「いやいやッ! いいよ、凄く良いッ!」

 わざとらしいくらいに言ってしまったが、果たして誤魔化し切れただろうか。

 奏は何も言わずにジッとハンドソニックを見詰めているし、表情は特に変化が無いから、よくわからない。

 「…あ、あと羽生えねえかな?」

 「……羽?」

 俺の提案に、奏は首を傾げる。

 「生やしてどうするの……?」

 「見た目、カッチョイイじゃん」

 「……かっちょいいのが良いの?」

 「いや、その方が天使らしいかな~って……」

 何だか俺、どんどんアホになっていないか。気の所為だよな?

 これも戦線の影響だろうか。

 だが、そんなギリギリな事を思う俺をいざ知らず、奏は考えている(?)ようにぽつりと返した。

 「……考えておく」

 「よろしく……」

 「……で、私はどうしたら良いの?」

 「え、あ、ああ。 そうだった」

 色々とあって忘れていた。

 「そうだな……じゃあ、こうしよう」

 俺は、ユイをこちらに引き寄せるための作戦を奏に伝授する。

 奏は普段と変わらない無表情のまま、俺の説明を聞いている。一通りの説明を終えると、奏は「わかった……」と頷いてくれた。

 「よし、じゃあ練習の始まる頃を見計らってGOだッ!」

 

 俺たちの作戦はこうだ。

 まず、バンドの練習を行っているユイたちのもとに、奏が現れる。他の文化部から騒音の苦情が来ている事を理由にあげるのだ。

 そしてユイ個人を指して、更に「お前のギターのせいでバンドが死んでいる。 なので、しばらくそのギターは没収させてもらう」と言う。そうすればユイは絶対に反発するだろう。そのユイからギターを取り上げて、ユイを誘き寄せるために奪ったギターを持って中庭まで逃げる。

 そこで、俺がギターを持って逃げてきた奏にぶつかったフリをして、それと同時に奏はギターを手放し、そのまま奏を逃がす。手放されたギターは俺が受け止める。結果的にユイと二人きりの状況が作られるように仕向けることが、今回の作戦だ。

 「……よし、奏。 準備は良いか?」

 俺たちはガルデモの練習場所である空き教室のそばへとやって来た。身を屈め、気付かれないよう慎重に、演奏が聞こえてくる窓の下へと移動する。

 「ええ…」

 「よし、それじゃあ手順はさっき説明した通りだ。 頼んだぞ…!」

 「それじゃあ、行ってくるわ……」

 奏は自然に立ち上がりながら、教室の扉前まで移動した。

 その間、俺の頭上からは演奏とユイの歌声がぴたりと止み、ひさ子の声が聞こえてくる。

 「こら、ユイッ! そんなヨレヨレのリズムで続けるなッ」

 ガルデモの練習はさすがに厳しそうな匂いがする。陽動部隊としても、あれだけの数の一般生徒を虜にしてしまう程の演奏が求められているんだ。きっとその裏は、俺には簡単に想像できないものがあるのだろう。

 おっと、ここでのんびりしているわけにはいられない。俺も中庭の方に行って待ち構えておかないと。

 そして俺は奏に任せ、中庭へと向かった。

 

 

 こうして俺は中庭で待機していたわけだったが―――

 「ん、かな……で……?」

 校舎の中から、ユイのギターを胸に抱えて小走りで駆けてくる奏を見つけたが、その姿は奏以外に認められない。ギターを抱えて駆け寄る奏が俺の前に辿り着くと、そのギターを俺の目の前に差し出した。

 「はい…」

 「……何故、お前一人なんだ?」

 「追ってこなかったから……」

 「へ?」

 何故かユイは、ギターを取り上げた奏を追いかけてこなかった。

 この事態は想像していなかった。あのユイの事だから、必ず怒りまくって是が非でも地の果てまで追ってくると思っていたのに。

 俺はユイを誤認していたようだ。

 「……仕方ない、今度は俺も行こう。 作戦は今とほとんど同じに」

 「わかった……」

 

 

 俺たちは再びガルデモの練習している教室の前にやってくる。奏は教室の扉のそばで待機させ、俺はそっと教室を覗く窓の下から、教室の中の様子を伺う。

 丁度、曲が歌い終わる辺りだったようだ。それぞれの奏でる楽器が最後の音を響かせ、真ん中にマイクを持って立つユイの歌声が遠のいていく。だが、歌い終わったユイの表情は何故か落胆していた。

 「そうそう、ギター無しじゃ全然ヨレないじゃん」

 「でもサウンドが薄っぺらくないですか? ギターいるっしょぉ……」

 「じゃあ、サイドギターをもう一人入れようか?」

 「~~~ッ! 私が言いたいのはぁ……ッ」

 その時、いつも豹変と言って良い程にギャップが激しいユイが、とうとう頭の中の何かを切れ出した。

 「―――やっぱバンドのボーカルはギターを背負って歌えば絵ズラ的に一番痺れるでしょって話じゃゴラァァァッッッ!!!」

 ユイのキレっぷりはやっぱりガルデモの練習風景の中でも余裕な程に健在な様子だ。

 先輩に堂々とあそこまでキレる事が出来るのは逆に尊敬してしまうと言うか……

 と、半ば呆れがちに思っていた俺だったが、突然のユイの言葉と行動に我に帰る。

 「やっぱギター取り返してくるッ!!」

 「(―――! やば…ッ!)」

 ユイがガルデモの練習を放り出して、俺たちがいる廊下へと向かって走ってくる。

 「おい! こらユイッ!!」

 メンバーの制止も聞かず、ユイが扉へと向かう。それを確認すると、俺は即座に奏に向かって合図を送る。

 「(来るぞ…!)」

 それとほぼ同時に、俺も見つからないようにその場から全力で離れる。

 奏もギターを胸に抱えて、俺の指示した通りの順路を走り出す。

 「どこ行ったぁ…ッ! ―――って、いたぁッ!!」

 教室の扉を破るように廊下へと飛び出したユイが、すぐに逃げる奏の姿を発見する。奏の姿を認めたユイは、思惑通りに奏を追いかける。

 「待てええぇぇぇぇぇッッ!!」

 奏の少しの間だけの逃走劇が始まる。荒れ狂うユイの追跡を引き連れた奏とはち合わせるため、俺は自分で指定した場所へと向かった。

 

 

 辿り着いて僅かに待っていると、ギターを胸に抱えた奏が現れる。俺たちは作戦通りにそれを行う。

 「あ、悪い!」

 「……わ~」

 「……………」

 まるで奏と偶然ぶつかったように装う。その瞬間、奏がわざとらしく、抱えていたユイのギターを放り投げた。だが、それは俺の方ではなく見当違いな空中へと浮き上がる。

 「(ば、馬鹿…ッ! 高すぎ……?!)」

 空中に投げ出されるギター。丁度、その持ち主が追いつき、空中で絶体絶命にある自分のギターを慌てて見詰めている。俺はそのギターが地上に落下する前に、落下地点を予測し、何とかその場で落ちてきたギターを受け止める事に成功した。

 「(あ、危ねぇ……でも、良かった……)」

 ギターを受け止め、ほっと安堵する俺。

 「私のギターッ!」

 「大丈夫、無事だよ……っと」

 俺が受け止めたギターを、ユイが喜んで抱き抱えた。まるで自分の子供のようにギターを大切にするユイの姿を遭遇する。

 「先輩が守ってくれたんですね、天使からッ! ―――あッ! あいつはどこだゴルァァッ!!」

 ユイの豹変ぷりは相変わらず凄まじい。

 「…ったく、何がゴルァァだ。 相変わらずお前は好き放題やってるな……」

 「…ふえ? 好き放題?」

 今まで怒りに叫んでいたユイが、俺の言葉を聞いてぴたりと止む。

 そして俺の方に振り返りながら、ぽかんとした表情で俺が想像していなかったような言葉を吐いた。

 「やってないよ、好き放題なんて」

 驚いた。本人がそんな事を断言するなんて、俺は勿論思っていなかった。

 「バンドのボーカルの座を射止めたじゃん。 ギターまで弾いてさ」

 「そんなの全然だよ。 やりたかった事の一つに過ぎないよ」

 俺はその言葉に、引っ掛かりを覚える。

 「他にもやりたい事があるのか?」

 「あるよ、いっぱい」

 「いっぱいって……」

 取り戻したギターを胸に抱えたユイは、首を傾げながら俺の気を重く感じているような表情を覗きこむ。実際、俺はこれからの事を考えて気が重くなりそうだった。とりあえず、ユイの話を詳しく聞いた方が良さそうなのはわかった。

 「いや待て、場所を変えよう……」

 

 

 ―――学園大食堂 前。

 ユイの話を聞くため、俺とユイは学園大食堂前にあるベンチへと腰を下ろした。俺たちの手には、自販機で買った学園名物のKeyコーヒーの缶が握られている。ユイがプルタブを開けて飲んでいるものも、俺が奢ったKeyコーヒーだ。

 「……で、他には何だよ? お前の他にやりたい事って」

 ユイは中身を一つ口に流し込むと、俺に逆に問いかけてくる。

 「話さなくちゃ、いけないの?」

 「……ん、話したくなかったら別に良いけどさ」

 ユイと二人きりの状況を作り出して、ユイから話を聞く事が目的だが、余り追求し過ぎると返って不自然だ。ここは慎重に対応する所だろう。それに本当に話したくないものを、無理強いさせる事も正直乗り気ではない。どんな人生をそいつが歩んでいるのか、他人である俺には詳しく知る権利は無いかもしれないし、他人には知ってほしくない人生だってあるだろう。

 だが、束の間の静寂の後、ユイはどこか考えていたような表情をしていたが、俺にそんな言葉を返してくれた。

 「いいよ、話してあげる」

 俺は少し驚いてしまった。ユイからそれを聞き出すためにここまでやった俺が驚くのも変な話だが、ユイは素直に自らの話を、俺に話すことを許してくれたのだ。

 「私ね―――」

 そして、ユイは語る。

 そのユイの横顔を、俺は初めて見たのかもしれない。

 「(これが、ユイの人生を振り返る時の顔、か―――)」

 いつものユイとはまた違う、しかしそれもまたユイの一つである。

 ユイの紡がれる言葉に、俺は静かに耳を傾ける。いつも元気で好き放題やっていると勘違いしていた彼女の、本当の姿を、その寂しい人生と抱いていた想いを、俺はもうすぐ知ることになる―――


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