Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
「ところで気になってたんだけど、お前って何者なんだ?」
夕日が染まる校舎の屋上。部活に励む生徒たちの掛け声を遠くで聞きながら、あたしにKeyコーヒーを奢ってくれた音無くんが唐突に問いだした。
「何者って、あなたたちと同じ死人だけど?」
「そうじゃなくてさ。 お前、初めて会った時、ここの世界に来て間もなかったくせにやけに戦い慣れしてたじゃないか。 生前、何かしてたのかって思ってさ」
「知りたい?」
「……話したくなければ、別にいいんだけど」
俺は生前の記憶が無い。だから生きていた頃の自分さえ知らない俺なのだが、彼女のことはどうしても気になった。いきないあんな所を見せられて、気にならない方がおかしい。
ここの世界で抗う奴らの理由は、自分の生きた人生が理不尽だったから。ということは、生前、辛い過去等、何かしらの理不尽と思えるのに値する過去を持っているということなんじゃないだろうか。
そしてこの戦線に入隊した彼女も、そのような過去を持っているからこそ、入隊してくれたんじゃないのだろうか。
「……別にいいわよ。 話してあげる」
「いいのか?」
「そんなに面白い話でもないけどね」
あたしは音無くん奢りのKeyコーヒーを口に流し込むと、一息ついて、ふと遠くを見詰める。
「どこから話そうかしらね―――」
そうして、あたしの口は遠い昔話を語り始めた。
あたしのそばにいたのは、父ただ一人だった。
母親はいない。いつからは知らないが、少なくとも物心が付いた頃には、白い白衣を身に纏う父親しかあたしの隣にはいなかった。
父は人の命を助ける医者だ。それも貧しい国や医療が十分でない、そんな国ばかりを転々とするような医者だった。そんな父しか身寄りがいないあたしが父に付いて、世界各国を転々とすることは自然の事だった。
父の仕事の邪魔にならないように診療所の片隅でじっと待つ日々。
行く先は治安の悪い国ばかりだったから、何の力も持たないあたしは外に出ることも出来ず、言語もまともに通じない。そんなあたしは誰かと打ち解けることも出来ず、孤独な毎日を過ごしていた。
学校にも行けないあたしは父の仕事場にいる他の医者や看護婦、父から治療を受けた人たちから様々な国の言語を学んだ。それでも、すぐにまた別の国に飛ぶことが多くて、同い年の友達と遊ぶことなんてなかった。
そもそも、当時のあたしには一つだけ知らない言葉があった。
friend?
ねえ、friendってなに?
そんな疑問が、幼い頃のあたしの中でずっと問い続けていた。
初めて訪れた、平安の国。それはあたしと父の祖国であると、父から教えられた。
それが、日本だった。
日本での日々は幸福だった。穏やかな時間が過ぎる中、あたしは初めて同い年の男の子と遊んだ。一人ぼっちだったあたしに声を掛けてくれた男の子は、あたしの初めての遊び相手であり、同い年の子供だった。
本当に楽しかった男の子との日々。でも、それもすぐに終わりが来た。
そしてまた、日本の平穏とは遠くかけ離れた国々を転々とする。
あたしはまた日本に訪れる以前のような状況に戻ってしまったが、勿論、悪いことばかりではない。あたしは行く先の国の文化や芸術を知り、その歴史に興味を惹かれていった。
そしてあたしは、紛争が起こるような政情不安定なとある国へとやってきた。
そこは、人の命が一発の弾より価値が低い、そんな国。
毎日多くの子供や人が死に、苦しみ、診療所がとても忙しくなる毎日。そこでは、人の命はいとも簡単に奪い去られるほどあっけないモノとなっていた。
自分の身は自分で守らなければいけない。
あたしは銃に興味を持った。
そして現地の人たちに銃の扱いや心得を教えてもらい、あたしは銃に関してはすぐに覚えて使えるようになった。
数年ぶりに、日本人に出会った。
世界を旅する彼女は、あたしに一冊の漫画をくれた。
それは学園のどこかにあると噂される伝説の秘宝を巡って、女スパイの主人公が秘宝を護る敵と戦うというストーリーだった。あたしはその世界に、すぐに虜にされた。
漫画が擦り切れるほど、何度も読み返した。何度も、何度も……
そしてあたしは、漫画に出てくる“学園”という文字や、登場人物たちが時折過ごす学生生活を見て、学園などに興味を持った。
やがて日本に戻り、粗末なプレハブを診療所にして作業員の健康管理を担う父が、あたしに本物の学校に行けることを口にした。そこには自分と同じくらいの子供たちがいて、一緒に勉強したり、遊んだりするという。
でも、学校に行けたとしても、どうすれば良いのか正直わからない。あたしは何を喋れば良いだろう。
同年代の子はどんなことを話すのだろう。どんな遊びをするのだろう。わからないことだらけだった。
勉強はちゃんと出来るだろうか。難しい勉強もあると聞くし、少し不安だ。
そんなあたしは、幼い頃の、同い年の子と遊んだ記憶を思い出す。
あの男の子は、元気にしているだろうか。今は何をしているのだろうか。
「よかったら、いっしょにあそぼうよ」
そう言って、一人だったあたしの手を引いてくれた男の子のことが、心から離れない。
また会いたいな。
彼と同じ学校に通えたら、楽しいのだろうか。
色々な思いを交叉させていたあたしだったが、その未来は闇へと閉ざされた―――
「同年代の子と戯れることも、勉強も、恋も、何もかもが始まる前に、あたしは死んだ。 何も知らないままで、あたしは死んじゃったんだ」
「……………」
二人の間に訪れる静寂。グラウンドの方からは、部活に励む生徒の掛け声と教師の怒声が聞こえる。
「青春は経験できなかったけど、その代わり銃の扱いだけは身に付いているのよ。 そんなあたしには、この戦線にピッタリじゃない?」
「……お前は、悲しくないのか?」
ちょっと可笑しそうに笑って見せたあたしだったけど、音無くんは真剣な瞳であたしを映している。
「……そりゃあ、悲しいわよ。 これからっていうところで、死んじゃったんだから。 未練たらたらじゃなきゃおかしいでしょ?」
「そう、だよな……」
「……あまり気にしなくていいわよ」
そう言うが、あたしはこの気持ちを表に出さないようにちゃんと出来ているのだろうか。音無くんがあたしを見る目を見る限り、少しはバレているのかもしれない。
「お前の、名前は……?」
「え?」
「お前、名前の部分の記憶が無いってさっき皆の前で言っていただろ。 なんて呼べば良いかな」
死んだ時のショックからか、どうしてかあたしは自分の名前だけ思い出せずにいた。
下の名前はおぼろげに覚えている。だが、これがあやなのか、さやなのか、よくわからない。だからあたしはさっきの戦線メンバーの自己紹介の時、名無しで通していた。
「名無しっていうのはさすがに無理だからな。 って言っても、名前が思い出せないから仕方ないんだが」
「そうね……」
あたしはKeyコーヒーを手で少しだけ揺らしながら、考えに浸る。う~んと唸って頭に出たひらめきは、何故かあたしの愛読書だった。
「TK-010って呼びなさい」
「は?」
また、今度は違う意味で訪れる静寂。
「……お前も意味不明のダンスとか踊るのか?」
「なんでそうなるのよッ!」
これ、あたしの愛読書に出てきた女スパイが敵に呼ばれてたコードネームなんだけど?
まぁ、これはさすがに無理があるわね。ごめん、冗談とあたしは音無くんに言ってから、息をスゥッと吸い、そして次の言葉を紡いだ。
「沙耶」
「え?」
「あたしのことは、沙耶でいいわ」
「沙耶……?」
「あたしの愛読書に登場するキャラクターの名前。 確か、あたしの名前と似ているっていうのが印象に残ってるのよ。 だから、きっと本来のあたしの名前もそれに結構近いものだと思う」
「そうなのか?」
「だから、あたしのことは沙耶って呼んで頂戴。 音無くん」
「わかった。沙耶」
「うん」
彼もまた、記憶が無いせいで自分の名前も覚えていない。
名字だけで、下の名前は思い出せない彼。そして、似たように名前を思い出せないあたし。
なんだかパートナーとしては、共通する面白い所かもしれない。
「待て。 俺がいつから、お前のパートナーになったんだ?」
「あなた、あのメンバーの中だと一番弱そうだったからね。 あたしが鍛えてあげるわ」
そう言って、ニッコリと笑うあたし。
「お前……それが、新入りが先輩に対する口かよ?」
「何言ってるのよ。 あなただってまだまだヒヨッ子のくせに。 実戦経験だと、きっとあたしの方が上よ?」
「ぐ…ッ」
「ま、ビシバシ鍛えてあげるから。 楽しみにしておきなさいよね、音無くん」
「全然楽しみじゃねぇよ……」
笑うあたしと、乾いた笑みを浮かべる音無くん。
ま、これからよろしく。マイ・パートナーさん?