Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
学園中に響き渡るチャイムの音。それはシンと寝静まった医務室にも届いていた。
鳥のさえずりが聞こえる窓の向こうから陽気な光が射しこんでいる。陽光に照らされて彼女を覆う真っ白な布団がきらきらと輝いている。
あたしは薄暗い空間の中で、僅かな隙間からその光景を注視する。
ぽかぽかとした陽気の中に、彼女は眠っていた。静寂の世界に身を委ねるように、彼女は深い眠りに落ちている。
―――来た。
目の前に、それはどことなく普通に現れた。
瞼を閉じて一寸も動かない彼女の顔を覗きこむのは、まるで分身のように彼女と全く同じ顔を持った少女。起きている頃の彼女と唯一異なる部分と言えば、爛々と輝く赤い瞳だけ。
深い眠りに落ちている彼女に、音もなく手を伸ばしかける―――
それを見て、あたしはタイミングを計り、動き出した。
「GO!」
「――――ッ!」
眠り姫に手を伸ばしかけた分身の少女の背後に向かって、あたしはカーテンを思い切り開けて、目の前に振り返りつつある分身の背後に突進した。あたしは分身の身体を捕まえると、揉み合うように、しかし何とかベッドに眠る立華さんから離そうと、ごろごろと転がった。
「ここまでよ…ッ!」
「―――!」
分身を下敷きにして、あたしは銃口を分身の額にぴたりと付けた。分身は表情を歪め、あたしをキッと睨み付けている。
「やっぱり来ると思ってたわ。 念のため、みんなに内緒で一人だけここに隠れていて良かった」
ゆりっぺさんの指示でほとんどのメンバーがカモフラージュのために授業に向かったが、あたしは分身の再来を予想し、ひっそりと一人で立華さんのすぐ近くに隠れていた。気配を殺して隠れる事など、あたしにとっては朝飯前だった。
「無駄よ。 あなたはもう動けない」
分身は抵抗を試みるが、あたしに捕縛されている以上、逃げられるわけがなかった。好戦的で恐ろしい敵かと思っていたが、実際にその小さい身体を抑え込んでしまえば、簡単に無力化できるようだ。
「ま、あたしの手に掛かればこんなものよ。 あたしのような最強のスパイに敵わなかったあなたの年貢の納め時ね」
「…ッ」
分身は憎々しげにあたしを睨み、更に抵抗する。小さな身体のどこにそんな力があるのかと思うほどだが、あたしだって常人以上に鍛えられた腕利きのスパイ(自称)だ。簡単にあたしの手からは逃れられない。
「往生際が悪いわね……こうなったら、そろそろお別れと行きましょうか? 天使さん?」
そう言って、あたしは少し悪そうな笑みを浮かべて、分身の額に当てた銃口をぐっと押しこんだ。引き金に指を当て、分身の頭を今撃ち抜かんとしている。
だが―――
「ふふ、確かにそうね……」
「何がおかしいのかしら……」
くすくすと笑いだした分身に、あたしは不気味な感覚を味わう。
分身はその赤い瞳を見開き、微かに戸惑うあたしの顔を映した。
「お別れよ、スパイさん」
その瞬間、背後から戦慄するような殺気が襲った。
振り返ろうとしたあたしの背中を、何かが貫いた。
「な……ッ?!」
ゆっくりと自分の胸の方を見下ろすと、あたしの血にまみれた刃が、あたしの胸の下から生えていた。
刺された、という情報が頭に伝達される。
生温かいものが喉奥からこみ上げ、僅かに口からその赤い液体を零す。
肺が血でいっぱいになる嫌な感覚をじわじわと感じながら、あたしは苦し紛れに背後を振り返った。
そこには―――
「な、なんで……」
あたしの後ろには、もう一人の天使がいた。
「もう一人……いた…なん……て…」
体中から力が抜け、あたしは貫いた刃を抜かれると同時に、その血に濡れた身体を倒した。
血の海に倒れたあたしの身体はまるで空気が抜けた風船のように、力を失っていた。ぼやける視界の中で、あたしは分身たちに連れ去られようとする立華さんを見詰めた。
「立華……さん……」
最後の微かな力を振り絞り、連れ去られる立華さんの方に手を伸ばしたあたしは、眠ったまま連れていかれる彼女を呼び掛けた。だが、彼女は答えてくれるわけもなく、あたしの視界はもう何も映すことはなかった。あたしは自分の血の海に溺れながら、闇の底へと意識を沈ませていった―――