Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.23 Our Tune

 私たちガルデモの練習場として活用されている空き教室。練習の合間、一息休憩を入れた頃、私は水分を補給するために、学校の自販機から買ったペットボトルの天然水を口の中に流し込んだ。合間の水分補給は肝心だ。素人には意外と思われるかもしれないが、演奏には体力と集中力が必要だ。だから合間に補給する水は私たちにとって欠かせない。喉を直接使うボーカルに関しては尚更だ。

 「ひさ子さんって胸おっきいっすよねー」

 その新ボーカルとして加わったばかりの期待(?)の新人、ユイがとんでもないことを遠慮も無く言ったものだから、私は思わず口に含んだ水をぶっと噴き出してしまった。変な所に入ったのか、私は大きく咳き込んだ。

 「うわっ! 大丈夫ですか、ひさ子さんッ!」

 「げほ…ッ! ユイ……お前……ゴホ…ッ! いきなり何を言い出す……ケホ…ッ!」

 「いやー。 いつもひさ子さんのこと見てて思ったんですけどね」

 「お前は私のどこを見てたんだ……ッ!」

 ユイは相変わらず気楽にそう言って笑うが、私にして見れば不愉快にも良いほどだ。もしユイが男だったら確実にセクハラものだぞ。

 「私の胸のことなんて、今はどうでもいいだろ……ッ!」

 「えー、そんなことはないっすよー。 実は、前々からずっと気になってたんですよねー。 いやぁ、どうしてそんな立派なモノをお持ちなのかなぁと」

 「お前……」

 「ねぇ、お二人もそう思いません?」

 「えっ! そこで私らに振るかッ!」

 今まで傍観していた関根と入江が、ユイに話を振られてギクリと震える。普段から温和な入江はどう答えれば良いか、私のことをチラチラと目を配らせながらおろおろと戸惑っていたが、関根は案外素直に話に乗りかかっていた。

 「ま、まぁ……確かにユイの言うことは間違ってないけど」

 「関根ッ!? お前まで何を言い出して……!」

 「ですよねーッ!」

 関根まで同調したものだから、ユイは何故か満面な笑顔だ。同じ意見を持つ仲間を見つけた喜びで、その顔は眩しい光で満ちている。その笑顔を殴ってやりたい衝動を、私は必死に堪える。

 「うん、まぁ……改めて見てみると、ひさ子さんって胸、大きいよね。 うん、羨ましいくらいに」

 「……………」

 「ねっ! みゆきちッ!」

 「うええッ!? わ、私ッ?」

 遂に入江にも話の矛先が向けられたが、関根がとんでもない暴露話を話し始めていた。

 「ねぇ、みゆきちもそう思うよね? みゆきち、ひさ子さんと初めて会った時、ひさ子さんの第一印象は大きい胸だったって言ってたじゃん…!」

 「し、しおりんッ!?」

 まさかのぶっちゃけ。

 いつも素直で温和な入江が、まさか私と初めて会った時にそんな印象を抱いていたと知ると、何だか私の中で何かがぼろりと崩れた。

 「入江……お前……」

 「ち、違いますよひさ子さん…ッ! わ、わわ、私は……」

 「まぁ……かく言う私も、ひさ子さんのお胸に対しては羨望の眼差しを抱いていたよ。 私も少し欲しいし……」

 そう言って、関根は自分の胸を見下ろして、そっと両手でさわさわと触れ始めた。

 「ほら、皆さんもああ言ってられるじゃないですか」

 ユイはそんな二人を見て、何故か勝ち誇ったような顔で胸を張った。

 「……………」

 最早、先程の怒りオーラはどこへやら。そんなものはすっかり消沈して、むしろ呆れてしまうほどだった。怒る気にもなれない。

 「でもさ、ユイ。 どうして今それを言うの?」

 「いやー、さっきも言ったように前々から気になってたことですので。 今が聞く時期かなと」

 「どういう時期だよ……」

 「あと演奏の時も結構動く時、ひさ子さんの胸は見事に揺れていましたからね」

 「!!!」

 ユイの爆弾発言に、私は思わずガバッと顔を上げる。

 「なん…だと……」

 「いやでも、ほとんどの人はライブに夢中なんで気付いていないと思いますけどね。 私ほどの者になれば、そんな所もチェックできるわけですよ」

 またユイがふふんと胸を張って誇らしく言ってみせる。

 

 ぷちん。

 

 そこで、私の中で何かが切れた。

 「それとギターのボディがそのおっきな胸に当たったりしないのかなーとか思ってたのは秘密です」

 「……ユイ、ちょっと表出ようか」

 「あれ? ひさ子さん、顔がマジなんですけど。 いや、ちょっ……ぐげげげ、え、襟首を引っ張らないでぇぇぇぇ……ぐるじぃ……ッ!」

 遂に私はユイの襟首を掴み、ずるずると廊下に向かって引きずっていった。ユイを連れて教室を出た瞬間、私は今まで他人に与えたこともないような初めての制裁というものを、遠慮無くユイにくれてやった。

 

 

 「ホント調子乗ってごめんなさい……ホントに反省してます……私はアホなユイにゃんです……ついでにお嫁にも行きません……」

 徹底的に懲らしめた甲斐があったのか、魂が抜けた表情でぶつぶつと呟いているユイを無視して、私はロックバンドの仲間たちに向かって呆れがちに口を開いた。

 「大体な……大きい大きい言うが、私はそこまで嬉しくも何ともないよ。 大きいって言っても、その……肩がこるだけだしね」

 「「大きい人はみんなそう言う……」」

 「今、何か言ったか……?」

 ぶんぶんと首を横に振る関根と入江。

 何か聞こえたような気がしたが、放っておくことにしよう。

 「あーでも。 そういえば岩沢さんもスタイル良かったよねー」

 話を私の話から逸らそうと試みたのか、関根が少々戸惑いがちな苦笑いを浮かべながら、岩沢の話を持ち出した。

 いや、まずそういう系の話を変えようという発想には至らないのか。

 だが、岩沢のことに関しては、頷いてしまう私も私だ。

 すまない、岩沢。私の代わりに、今度はあんたが犠牲になってくれ。

 「確かに、岩沢は何気に良い体付きしてたな。 岩沢がこの中で一番バランスが良かったんじゃないか」

 「岩沢さんッ!? やっぱり岩沢さんもイイ体してたんですねッ!」

 「お前が言うと、何だかいやらしいな……」

 岩沢のこととなると、瞬時に復活して目をキラキラさせ始めたユイ。ユイにとって、岩沢は憧れの存在だった。そんな岩沢の話となれば、ユイが喜んで首を入れるのも当然のことだろう。

 「格好良くて歌も素敵で身体のバランスも良いなんて、やっぱり岩沢さんって本当に素敵な方だったんですねッ! はぁ~、やっぱりそういう方はなんでも完璧なんでしょうね~」

 本当にすまない、岩沢。お前がいないこの世界で、お前の純真が傷つけられる行為をしてしまって!

 私が心の中で岩沢に対して謝罪の言葉を叫ぼうが、その思いは届けられることは無いとわかっていても、やっぱり叫ばずにはいられない。

 ま、でも……

 「岩沢は……本当に凄かったのは、本当だけどな」

 今はそばにいない、消えてしまった岩沢を想って、私は悲しいわけでもなく寂しいわけでもなく、ただ普通にそんなことを呟いていた。

 私の他の奴らも、同意するように頷いている。

 こんな過程で、岩沢は凄い奴だったという話をするのも、何だかな……と思うが。

 だが、こうして岩沢がいなくなってしまっても、私たちの中の岩沢に対する想いは変わることはないし、こうして話題に出るほど、岩沢の存在は私たちにとっては大きいものだった。勿論、それは今でも。

 今、目の前に岩沢はいない。

 かつて岩沢がいた場所には、今はユイがいる。岩沢を強く憧れていたユイにとっても、私が想像するより岩沢の存在は大きいものだろう。

 岩沢とはまったく正反対なボーカルだけど、曲に対する熱意は負けていない。

 ちゃんと歌詞だって書いてきたし、立派な曲に仕上げて、今はこうして練習するのみの域まで達しているのだから。

 「でも、岩沢さんがスタイル良いってこともそうだけど、それを言えば、私たちも案外ルックスは良いほうじゃない?」

 「しおりん……それを自分で言うのもどうかと思うよ」

 関根の発言に、入江が突っ込んだ。

 だが、確かに関根の言うことも間違ってない。

 私たちガールズ・デッド・モンスターはロックバンドなんて派手なことをやっているが、全員がそんなに特別でもない、アイドルというわけでもないから、普通の女の子だ。私のことは置いておいて、関根と入江も体型は女子の中でも良い方の類に入ると思う。

 ……これは自意識過剰かな。

 「いや! 私がまだ陽動班の下っ端だった頃にファンの子たちから聞いた話なんですが、男子生徒にも大変人気がありましたよ! ガルデモメンバーは全員美人でルックスが良いってことでも話題だったんですからッ!」

 かつては一般生徒と混じって、観客の側にいたことが多かったユイだからこその情報だった。それが嘘か誠はは定かではないが。

 「……本当なのか?」

 「なんで疑り深いんですかッ!?」

 「でも、私たちってそこまで言われるほどでもないと思うよ……」

 「みゆきちはもっと自信持ちなさいよ。 胸もあるんだし、可愛いんだからさっ」

 「そ、そんなことない。 それと、しおりんは少し持ちすぎなんだよ……」

 「え~? そうかなぁ」

 「私の話を聞いてくださいぃぃぃ」

 これが普通だと思うが、遠慮がちに言う入江。そして自信を持って言う関根。私はどちらかといえば、さっきの考えたことを思えば、関根の側に入ってしまうことになるだろうな。

 「というか、私たちにはそもそもルックスなんてものは必要ないと思うけどな」

 「えぇ? そうですか?」

 「私たちは確かにガールズバンドだが、ガールズと言ってもバンドに女の子らしさが一番大切ってわけじゃない。 私たちはルックスより、“実力”が一番必要な立場なんだ。 街中で化粧してアピールしている女とは違うよ、私たちは」

 「まぁ、それもそうだけど……」

 「でも私たちだって女の子ですよっ?」

 「そりゃそうだ。 私たちはバンドをする前に一人の女だ。 でも、バンドとなるとそんなのあまり関係ないよ。 それに私たちはちょっと荒っぽいロックバンドをやっているしね」

 「見かけより実力、か……」

 でも、だからといってルックスやそういう見かけがまったく必要ないというわけではない。私たちは別にアイドルユニットでもないから、女の子として綺麗で居なきゃいけない理由はない。顔も売りの一つにしているアイドルとは違う。だが、最低限のルックスは必要であるのは否定しない。やっぱり腐ってもガールズバンドだから、それなりの容姿がないと人気も得られないからね。

 ただ、私たちは容姿より実力を前面に押し出しているだけさ。

 特に、岩沢はそうだったんだろう。

 あいつは、音楽馬鹿だからな―――

 「まぁしかし、その話が本当だったとしても――――今や、そのキャッチフレームは岩沢が抜けたことによって消滅しちまってると思うけどな」

 「へ? どういうことですか?」

 「自分の胸に聞いてみな」

 「胸?」

 そう言うと、ユイは自分のすとーんとした胸を見下ろした。そしてぺたぺたと触ると、核心に気付いたのか、顔をカーッとトマトのように真っ赤にして、「ななな……」と震えた声を出し始めた。

 「“全員美人でルックスが良い”所は無くなっちゃったな」

 「ユ、ユイにゃんは可愛いし、ルックスだって――――胸がちょっと無いだけだもんッ!!」

 「そうか? 明らかに私らと違って、つるぺたみたいだけどな?」

 少し酷いかもしれないが、さっきの仕返しだ。

 ユイは、恥ずかしさなのか怒りなのかわからないが、頭から湯気が立つのではないかと思うほど顔を真っ赤にすると、遂に私の目の前でブチ切れる様を披露した。

 「なんだとごるぁぁぁぁぁッッッ!! ちっとばかしおっぱいが大きいからって調子に乗ってんじゃねえぞワレェェェッッ!!」

 「わあああ! 遂にユイがひさ子さんにキレたぁッ!」

 「胸なんて所詮脂肪の塊じゃッ! それこそバンドに必要ないもんなんじゃおんどれぇぇぇッッ!!」

 「!?」

 そう言うや否や、ユイがいきなりピックで私の胸を突っついてきた。私の双丘がピックに突かれて、ぷるんと揺れた瞬間、私の中の何かが火に付いた。

 「ユイ……もう一度その身体に教えてあげようか。 私たち、ガールズ・デッド・モンスターの『デッド』の部分を」

 「え……あ、ひさ子さ……ちょっと待っ」

 本日二度目の、制裁がユイの身に叩きこんだのは言うまでもなかった。

 

 

 「時間を無駄にしちまったな。 ほら、休憩終わり。 再開するよあんたら」

 時計を見ると、すっかり日も暮れる時間帯だった。日は傾き、オレンジ色の夕日が窓から教室に射しかかっている。結局、長時間もの間、私たちはくだらないやり取りをしていた。ユイとやり合ったのも今日で何回目か。すっかりこんなことが日常になってしまっている。岩沢の時とは大違い、演奏とは別にある意味騒がしくなってしまった気がする。

 「う~……」

 何度も私の制裁を浴びたユイが、ふらふらとポジションに戻る。岩沢から受け継いだ、愛用の赤いギターを持って、楽譜を広げていた。ふと、私はそのユイの書いた歌詞で刻まれた楽譜を一瞥して、そろそろ教えてやろうかと、ユイに言葉を投げかけた。

 「ユイ、再開する前に一つ教えてやるよ」

 「ほえ? 何ですか、ひさ子さん」

 楽譜を手にしたユイが、私の方に振り向く。

 私はユイが持っているその曲の秘密を、教えてやった。

 「その曲、岩沢が残していった最後の曲なんだ」

 「ふええッ!? そ、そんな曲に私が歌詞付けちゃって良かったんですかッ?!」

 ユイは驚愕した表情で、私に言った。

 対する私はクスリと微笑んで、岩沢のことを思い出しつつ、答える。

 「…そうだな。 その曲、『Thousand Enemies』と第二期ガルデモに皆が反応してくれるかどうか、それ次第だな」

 「……………」

 岩沢が最後に残していった曲。

 そして、その曲に、岩沢に代わるボーカルのユイが歌詞を付けることは、新しく生まれ変わった私たちガルデモにとっては特別な意味がある。

 岩沢が残していった歌詞無しの曲に、ユイが歌詞を付けることによって、初めてユイは正式に岩沢から受け継がれることが認められるんだ。

 そして、ユイは岩沢の残した曲に、しっかりと歌詞を付けてみせた。

 この新曲は、岩沢とユイが二人で完成させた曲だ。

 そんな曲を第二期ガルデモの初ライブでデビューして、その先も私たちがガルデモとして居られるのは、その反響次第というわけだった。

 「さ、練習を始めようか。 ライブまで、もう日はないんだからな」

 私は愛用のギターを肩にかけて、ユイの前を通り過ぎて、自分にポジションに立った。

 弦を確かめ、準備万端という時に、ユイの声があがった。

 「あの…ッ!」

 私はゆっくりと、ユイの方に振り返る。

 そして、私は見た。

 「私、ライブ頑張りますからッ! 岩沢さんのようにとはいかなくても、私なりに精一杯、皆さんの足を引っ張らないように頑張りますからッ!!」

 「……ああ、期待してるよ」

 そう言って、私はニカッと笑った。

 私の思惑通り、ユイの瞳には岩沢と同じ炎が宿っていた。演奏の時に身体を熱くさせる情熱。そんな炎が、ユイの瞳に燃え盛っていた。

 

 この娘が岩沢の代わり―――いや、岩沢に次ぐ新たなガルデモの新ボーカルとして、私たちと共に歌える時間が、これからもずっと続いていく。

 岩沢とは途中で一緒に出来なくなってしまったけど、この娘なら、途中でいなくならないことを信じて―――

 岩沢。お前の残した曲を、あいつが歌詞を付けたんだ。

 その歌声、お前の所まで届いてるかな。

 お前が残していった曲で、私たちはまたやるよ。大勢の観客の前で、お前の分まで精一杯バンドをやるよ。

 岩沢―――

 

 私たちの曲が、これからもお前の所に届くことを願って―――


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