Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.17 Favorite Flavor

 「テスト始めっ」

 教師の合図により、裏に置いていたテスト用紙を一斉に表に返す生徒たち。先に決めたそれぞれの席順に座ったあたしたちも、用紙を表に返した。それはテストではない。あたしたちにとっては、作戦開始の意味だった。

 天使の後ろの席を獲得したあたしの目の前には、今回の作戦の標的である天使がいる。天使は他の一般生徒と同様に、黙々と真面目にテストを受けている。

 あたしの役目は、竹山くんのフォローだった。天使の前の席に座る竹山くんは、天使の答案用紙を偽物にすり替える大きな役目を持っている。もし、何らかの事故によって竹山くんの所業がバレそうになったら、天使の後ろにいるあたしがフォローする。

 たとえば、天使が竹山くんの方を不審に思いでもする仕草を見せれば、即座にあたしが適当に天使に話しかける。そんな感じだ。

 でも、その場合だとあたしの出番は無さそうだ。あたしはあくまで万が一のフォロー役だから。

 「(それにしても……)」

 あたしは自分の答案用紙を見下ろした。

 学校のテストを受けるのは生まれて初めてだ。日本に帰ってきて、あたしが学校に行くことが決まった時、お父さんから学校では受験というものがあると聞いたことがあった。それを聞いたあたしは、勉強や受験がちゃんと出来るのかなとか、心配していた記憶がある。

 まぁ、その学校にも行けずに死んじゃったんだけど……

 でも、実際にこうして体験してみると、複雑な気持ちが浮かぶ。生前は想像でしかなかった学校のテストというのが、今目の前にある。それだけで、あたしの内にある“興味”というものがふつふつと沸いてくる。

 

 ―――問題を真面目に答えたら駄目よ。消える要因になりかねない―――

 

 ハッと、あたしはゆりっぺさんの忠告を思い出す。

 危ない危ない。思わず、普通に受けようとしていた。

 あたしは答案用紙に書いた答えを消しゴムでごしごしと消した。経験したことがなかったものに思わず惹かれてしまった。こんなことでは、これからも同じことを仕出かしかねない。今後は注意した方が良さそうだ。

 ペンを置いたあたしは、ふと目の前に流れる綺麗な天使の長髪を見詰めた。

 艶があって、女の子らしいとても綺麗な髪だった。

 「……………」

 あたしは黙って、天使の後ろ姿をジッと見据えていた。

 

 

 終了のチャイムが鳴り、教師が答案用紙を集めるように声をあげる。それと同時に、教室は生徒たちの様々な声で沸いた。

 答案用紙が後ろから配られ、あたしも自分の答案用紙を入れ、前の席に居る天使に渡す。

 天使の答案用紙も含んだ答案用紙が竹山くんに渡される間際、いきなり真ん中の席に座っていた日向くんが立ち上がった。

 「な、なんじゃありゃぁぁぁっ!? 超巨大な竹の子がにょきにょきとぉぉ……ッ!」

 意味不明な声をあげ、窓の外を指さす日向くんだったが、残酷にも反応は全く無かった。まるで日向くんだけが別世界に切り離されたかのような、見事な空気化だった。

 音無くんが「アホ日向……」とぼやいているうちに、日向くんは悔しげに自分の席に座った。

 「(な、なんだったのあれ……)」

 あたしが呆れて声も出ない時、それは起こった。

 突然、日向くんの椅子がジェット噴射し、打ち上げられたロケットの如く、勢い良く天井へと舞いあがった。席に座ったまま離陸した日向くんは天井に頭を強打させ、断末魔の声を漏らしながら、自分の席へと落下した。

 「……………」

 あまりの衝撃的シーンに、さすがに教室が奇妙な静寂に包まれた。

 教室にいるほとんど全員が、朽ち果てた日向くんに注目している間に、竹山くんは既に任務を完遂していた。

 

 休み時間、あたしたち戦線メンバーはゆりっぺさんの席の周りに集まっていた。怒りを露にし、頭に大きなタンコブを作った日向くんを含めて。

 「あなたがミスした時のために、椅子の下に推進エンジンを積んでおいたのよ」

 ゆりっぺさんがニッコリとした笑顔で、そう説明した。

 「どうだった? ちょっとした宇宙飛行士気分は」

 「いきなり天井に衝突して一瞬で落下したよッ! っつか、推進エンジンなんてよく作れたなぁッ!」

 「フォローしたんだから感謝しなさいよ」

 「……………」

 涼しく言い放つゆりっぺさんを前にして、日向くんは最早何も言い返す言葉も見つからなくなったらしい。

 「じゃ、次は高松くん。 ちなみにこの役目を負う者の席は全部、さっきのと同じことになるから、そのつもりで」

 なんという脅迫。

 一瞬にして、あたしたちの空気がざわっとどよめくと、重い空気に包まれた。次の犠牲者に選ばれた高松くんは、本当に思い詰めた表情をして頭を抱えていた。

 「あの、次の回答はどのようにすれば良いのでしょう」

 「お前はいいよな。 小細工するだけだから」

 ついさっき天井に衝突させられた日向くんが言う。竹山くんは真っ向から日向くんの言葉を否定した。

 「何言ってるんですか。 こっちも相当のリスクを負っているんですよ」

 「では変わってください」

 「嫌ですよッ!」

 高松くんの言葉にも、竹山くんは即座に拒否する。

 「なんだよ。 やっぱりそっちの方がいいじゃねーか! くじ運が良くて良かったなぁッ?!」

 「これは僕にしか出来ない神経がいる作業なんだ!  そっちは飛ぶだけで頭使わないで良いじゃないですか!」

 「俺だって頭使ってるよッ! こう、天井にドカーンとなッ!」

 「文字通りの意味じゃないですか、それッ!」

 「んだとぉッ!? こっちが馬鹿だって言いたいのか!」

 日向くんと竹山くんが言い争いを始めた。あたしは呆れてその光景を見守るしかない。だが、ゆりっぺさんはすぅっと息を吸うと、次の瞬間、大きく口を開いて喧嘩する二人に怒鳴り声をあげた。

 「こらぁぁぁぁッッ!! 喧嘩するなぁぁぁぁぁ………ッッ!!」

 それは教室にいる全員が注目するような、見事な怒鳴り声だった。

 遠くで、天使が静かに席から立ち上がるのがわかった。ゆりっぺさんは思わず自分の口に手を当てて閉じるが、時すでに遅しだった。

 と思った時には、既にあたしの隣から音無くんが消えていた。

 「悪いッ! 今、答え合わせでもめていただけなんだ。 日向が0点であることはわかった! もう大丈夫だ。 騒がしくして悪かったな!」 

 「……そう」

 いつの間にか、音無くんは立ち上がった天使の前で、必死に弁解をしていた。音無くんの言うことに納得したのか、あっさりと天使は自分の席に座った。

 ほっとするあたしたち。

 なんだかんだで、元々短い休み時間は教師が教室に入ってくると同時に終わり、次の教科のテストが始まった。

 

 

 テストの間はどこまでも静寂が続いている。唯一答案用紙に書かれるペンの音だけが小刻みに聞こえる。あたしはと言うと、何も書かないというのも暇なので、ふざけた答えを適当に書いていた。

 

 問い:仏陀の本名は何というか。

 

 答え:斉藤

 

 問い:九品中正は何王朝の時代に始まったか。

 

 答え:8時からの半額セール

 

 問い:魏の時代の土地制度で、国家財政の確立を目的として、流民を集めて荒廃地を耕作させたものをなんというか。

 

 答え:あたしの中のエクスタシーが火を吹くぜ

 

 それも飽きた頃、あたしはふと目の前で真面目にテストを受けている天使の背を見詰める。いや、立華奏……それが、彼女の名前。音無くんが聞いてきた、天使の本名。

 自分でもこれを言うのは変なことだってわかっているつもりだけど、天使にも名前はちゃんとあるんだ。勝手にあたしたちが彼女を“天使”と呼んでいただけ。立華奏、それが彼女の本当の名前。でも、名前を知っただけで、ただそれだけなのに、彼女を見る目が、あたしの中で少なからずの心境の変化を表していた。

 名前を知っただけで、彼女があたしたちとどこも変わらないような人間に見えてしまう。以前は天使と呼んでいただから、無意識に神に近い存在、すなわち人間より高みの存在として認識し、身近に感じることはできなかった。

 だけど、名前を知った。ただそれだけで、それは崩れ、まるであたしたちと変わらない人間のように見えてしまうのだ。こんなに近くにいると、尚更彼女が身近に感じられる。

 本当に彼女は天使なのだろうか。

 果たして、彼女はあたしたちとは違う存在なのだろうか。

 まぁ、それを知るためにも、今回の作戦が実行されているわけだけど。

 もし、彼女のテストを妨害して名誉を失墜させることが出来れば……それがわかる。

 でも―――

 彼女が天使などではなく、普通の人間だったとしたら?

 あたしたちは、どうするのだろうか。

 彼女に対して。

 そして、この世界に対して。

 もし彼女が人間だったとしたら。

 あたしたちの彼女に対する仕打ちは、正しいことなのだろうか。

 

 そんなことを考えているうちに、終了のチャイムが鳴り、あたしはハッと我に返った。

 

 教師が答案用紙を前に集めるよう指示を出し、生徒たちはそれぞれの列の前へと用紙を集めていく。

 あたしもふざけた答えを書いた答案用紙を、後ろから配られた他の用紙と一緒にして、前の席に座る彼女に渡す。彼女はそれを受け取り、ごく普通に彼女自身もまた自分の用紙を含めて、最前列にいる竹山くんに皆の用紙を手渡した。

 そんな時、集めた用紙を生徒から受け取っていた教師が何かに気付く仕草を見せた。どうやら第二の作戦が始まったようだ。

 「そこの君、どうしたの?」

 「先生。 実は私……」

 急に席を立った高松くんが、ガバッと上着を脱ぎ、鍛え抜かれた筋肉質の身体を解放した。

 「―――着痩せするタイプなんです!」

 果てしなくどうでも良かった。

 「どうですか」

 「いいから席に座りなさい」

 「はい」

 速攻で席に座らせた高松くん。周りの反応も冷ややかだった。

 しかし高松くんに休む暇は与えない。席に座った高松くんは途端に、ぐるぐると高速回転しながら見事に天井に激突した。頭まで筋肉というわけではなかった高松くんのアホ頭が天井を砕き、地上に降りた頃には、死に絶える高松くんの姿があった。

 「……真正の馬鹿ね」

 つい、あたしが蔑むような口調でぼそっと漏らした時。

 「……凄いね、高松くん」

 「ッ!?」

 その小さくともはっきりと通った声があたしの耳に届いた時、あたしは思わずその声の主の方へ振り返っていた。

 今の一部始終を目撃していた彼女はちょっとだけ感心するように、口を小さく開いていた。

 「さっきの日向くんも凄かったけど、高松くんは回転までしていた」

 「……………」

 それは独り言か、誰かに呟いたのか、よくわからないほどの小さな声で、彼女はそう呟いていた。

 その時、高松くんの方に気が逸れていた彼女のそばで、竹山くんがささっと彼女の答案用紙と偽の答案用紙を一瞬で入れ替えていたのを、あたしは目撃していた。

 

 「…ったく。 よくもまぁあんな浅はかな案を自信を持って遂行できたものね」

 休み時間、またあたしたちはゆりっぺさんの周りに集まっていた。日向くんに続いて、天井に激突することになった高松くんに対して、ゆりっぺさんは呆れていた。当の高松くんは何故か上半身裸のままだった。

 「自信はあったのですが……意外性があると言いますか、見かけによらないと言いますか……影で鍛えているので」

 「いいから上着ろよ」

 落ち込む高松くんに、日向くんが言うそばで、ゆりっぺさんは竹山くんの方に振り返る。

 「今回も首尾はばっちしね、竹山くん」

 「抜かりありません。 あと、そろそろクラ」

 「じゃ、次は大山くん」

 「やっぱり来たかぁぁぁ……ッッ!」

 大山くんは最悪の予想が的中したのか、頭を抱えてショックを受ける。

 「僕、持ちネタなんてないよッ!?」

 「大山くんの席は天使の斜め後ろで近いじゃない」

 「そ、そうだね……それじゃあ僕はネタやらなくていい?」

 「うん。 天使に告白してくれれば」

 「うんッ! ……ん? なんだって?」

 大山くんは今聞いた言葉が理解できないみたいだった。

 ゆりっぺさんは簡単に言うように、そして容赦なく、その現実を大山くんに叩きつけた。

 「天使に告白するのよ。 『こんな時に場所も選ばずにごめんなさい。あなたのことがずっと好きでした、付き合ってください』って」

 「え、えええぇぇッッ!!?」

 さすがに衝撃を受けたようだった。大山くんの顔が真っ青になる。

 だが、ゆりっぺさんは容赦なく続ける。

 「そうすれば、飛ばないで済むわよ」

 果たして、公の場で告白をしてフラれるか、飛んで天井にぶつかるか。どっちを選んでも死亡フラグな気がしてならないのは気のせいかしら。

 「ちっ、なんだよ。 コクるだけでいいのかよ。 なんかずるいぜ」

 「そんなッ! 僕の身にもなってよ…ッ!」

 日向くんの抗議にも、大山くんは即座に否定する。

 「そっちは肉体的ダメージで済むだけだけど、僕はメンタルのダメージが凄いよッ!? 僕、女の子に告白するなんて初めてなんだよッ?! しかもフラれるのがわかってるんだよぉぉ……」

 「はっ、ウブな奴め。 練習には丁度良いじゃねえか」

 「僕は日向くんのように練習なんかしないッ! 本気の恋しかしないんだよぉッ!」

 「なんだとぉッ!? 俺が偽りに過ぎないうす汚い恋でもしてるってのかよッ!」

 今度は日向くんと大山くんが大きな声で言い争いを始める。ああ、さっきと同じ展開。これはもしかしてまた―――

 「こらぁぁぁぁぁッッ!! 喧嘩するなぁぁぁぁ………ッッ!!!」

 案の定、ゆりっぺさんの咆哮。

 そして先と同じように天使が席を立ち、音無くんが弁解に行くという変わらない流れとなるのだった。

 こうして怒涛の休み時間が終わり、次のテストが始まる。

 あたしは席に座りつつ、考える。

 もしかして、次は天使の後ろの席にいるあたしに順番が来るんじゃないだろうか。

 段々順番が、近い席順に従って近付いてきているような……

 あたしは自分の席にも推進ロケットが付いているのではないかと、辺りをさりげなく探っていた。

 

 

 「はい、後ろから集めて」

 テストも終わり、教師がその言葉を告げる。

 次の瞬間、大山くんが突然席を立った。

 「立華さんッ!」

 顔を真っ赤にして、大山くんは彼女の名前を必死になって叫んだ。

 「こんな時に場所も選ばずにごめんなさいッ! ずっとあなたのことが好きでした! 付き合ってください…ッ!!」

 大山くんの渾身の告白絶叫。

 さぁ、天使の答えは――――?

 

 「じゃあ、時と場所を選んで」

 

 教室に下りる寂しい静寂。

 大山くんの告白は、見事に一刀両断された。

 「そこ、座れ」

 「……はい」

 フラれた大山くんは素直に席に座った。

 やっちゃったと思いながら、あたしは大山くんの方を気の毒そうに見詰める。大山くんは見事に撃沈していた。あれは相当のダメージが大山くんに与えられただろう。

 「あーあ、やっちまった。と……」

 その瞬間、またしても日向くんが華麗に飛んだ。

 「ぬはぁぁッッ!!?」

 そして天井に頭をめり込ませながら激突。

 本日二度目に飛び上がった日向くんは、突き刺さった天井からぶらんと身体を投げていた。

 

 

 「こらこら待てぇぇぇッッ!!」

 「何よ、寄ってこないでよ」

 ゆりっぺさん、やっぱり何かと酷いわね。

 「なんで大山じゃなくて俺が飛ばされるんだよッ!」

 そう、何故か大山くんではなく日向くんがまた飛ばされたのだ。ちなみに、嗚咽を漏らしている大山くんは音無くんに肩に手を置かれて慰められている。

 「大山くんは既に精神的に大きなダメージを負ってるじゃない」

 「だからって何で俺がまた飛ぶことになるんだよッ!」

 頭をぼろぼろにした日向くんが抗議を繰り返すが、ゆりっぺさんは意にも返さずに。

 「それより皆、おっ昼にしましょ♪」

 可愛く言ってのけた。

 おかげで周囲は呆然と黙り込むしかなかった。

 

  ―――学習練A練 屋上

 あたしたちは屋上の蒼い空の下で、お昼を広げていた。そしてお昼と同時に、午後の作戦会議が行われた。

 「はぁ。 飛ばされて天井に衝突して、あと何回こんなのが続くんだ」

 「テスト期間中、ずっとよ」

 「またかよ! 明日はメンバー変えようぜッ!?」

 「駄目よ。 だって松下くんやTKって重そうだもの」

 「軽いからって俺たちを選んだのかよッ!?」

 「……明日も告白させられるのかな」

 「今度は下も脱ぐか……」

 日向くんやゆりっぺさんたちがお昼を食べながら何かと言い合っている近くで、あたしと音無くんは今回の作戦について、協議していた。

 「ねえ、音無くんはどう思う?」

 「何をだ?」

 グラウンドの方の柵に背後を寄せながら、あたしはゆりっぺさんたちのやり取りを見ながら問いかけた。音無くんはグラウンドの方に顔を向けたまま、言葉を返してくる。

 「今回の作戦」

 「……そうだな」

 音無くんは何かを考えているような横顔を見せていた。あたしの勘通り、音無くんも今回の作戦について、色々と考えていたようだった。

 「作戦自体は完璧だ。 けど……」

 「けど?」

 「―――これで、何かが変わるのだろうかってことは、思う」

 「確かに……ね」

 はっきりと言ってしまえば、今あたしたちがしていることは、いつもと変わらないどたばた騒ぎ。

 「結局、いつものように俺たちが一方的にどたばたと騒ぎ立てて、そして、いつものように落ち着きを取り戻していく。 そんな気がするんだ」

 「……………」

 あたしは、今もこうして騒いでいる彼らを見詰める。

 いつもと変わらない光景。

 でも、あたしたちが今していることは、果たしてどんな結果を生むのだろうか。

 結局大して変わらない。

 そんな結果とも言えなさそうで、むしろそれらしい結果になるのか。

 何かが、変わることを、あたしたちは望んでいるのだろうか。

 そんな気が、あたしには感じた。

 「午後もあるんだっけか」

 「あるわよ」

 「もう俺が飛ぶのはごめんだぜッ!? これじゃあ俺が一日中飛ぶ羽目になっちまうッ!」

 「……って言っても、後残ってるのは音無くんと沙耶ちゃんぐらいだし。 さすがに女の子にあんな真似はさせられないから……音無くん、いいかしら?」

 「……ま、そうなるか」

 音無くんは事前に想像していたのか、溜息を吐きながらもあっさりと了承していた。

 でも―――

 「いいえ、待って」

 皆の視線が、一斉にあたしの方に向かれる。

 「今度はあたしが、やるわ」

 あたしのはっきりと言い放った言葉に、ゆりっぺさんをはじめ、その場にいた全員が驚きを隠さなかった。

 あたしは天井に向かって飛ばされるようなリスクを背負った任務に、自ら志願したのだった。

 

 

 「ゆりっぺ……本当にいいのか?」

 「し、仕方ないじゃない。 沙耶ちゃんがやりたいって言うんだから」

 「もし失敗したら、俺たちのように飛ばされるのか?」

 「……………」

 既に席に付いている沙耶を、俺たちは遠くから見ていた。

 今度は俺がやる番だったはずなのだが、何故か沙耶が自ら立候補して、今に至る。残りの午後のテスト、沙耶はどんなことをして見せるのだろうか。

 「(何をする気なんだ、あいつ……)」

 俺は沙耶の考えていることがさっぱりわからなかった。

 やっぱり俺が代わろうかとさっきも言ってきたが、沙耶は頑としてそれを受け止めることはなかった。

 「よし、席に座れー」

 教師がチャイムの音と共に教室に入り、教壇に向かう。俺たちは仕方なく、沙耶に任せることにして各々の席へと戻った。

 沙耶が何を仕出かすのか、俺はこの時、まさかあんなことになろうとは、まったく想像していなかったのだった。


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