Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
学校中に貼られたガルデモのライブの告知ポスター。それは教師や生徒会の生徒たちをうんざりさせてしまうほど、それは目一杯貼り巡らされていた。誰もが処理すら面倒くさく思えてしまうポスターを、ただ一人、淡々と剥がしていく人物がいた。
「それくらい見逃してやれよ、生徒会長ッ!」
「そうよッ! 許してあげてッ!」
「俺たちの楽しみなんだよッ!」
「それを奪うなッ!」
周囲から浴びせられる批判の言葉。しかし、彼女は無表情に、大量に貼らされたポスターを剥がしていく。
批判を並べる一般生徒たちの目をさりげなく盗み、その場から立ち去る彼女はこの学校の生徒会長。
教師さえ未だ手を出していなかったポスターを剥がす作業に一人先手を切るほど、真面目な少女。
だが、真面目過ぎるからこそ、孤独であることもまた事実。
人通りが少ない寂しい廊下を、一枚のポスターを手に持った彼女は、ぽつりと呟いた。
「まるで悪役ね……」
一つ、蚊ほどの小さな溜息をつく。
そんな彼女の向かう先には、また大量に貼られたガルデモの告知ポスター。
しかし、処理する方も大変だが、貼った方もよくここまで貼ったものだと、逆に感心してしまう。
それほど、そのポスターの貼り様は異常だった。
それでも、彼女は生徒を代表する一人の生徒会長として、やるべきことは淡々と行っていた。
「……あ」
小さく、彼女は声を漏らしながら立ち止まる。
掲示板に貼られた告知ポスターは、既にその大半が剥がされていた。そして少しだけ丸くした彼女の瞳が見詰める先にいるのは、見慣れた副生徒会長であった。
「おや、生徒会長。 お勤めご苦労様です」
彼は彼女を見つけると、業務上の態度で言葉を投げた。
「……直井君、なにしてるの?」
彼女の呆けた質問に、彼はガクリと肩を傾ける。
「……見てわからないのですか。 ご覧の通り、このふざけたポスターの数々を毟り取っている所ですよ」
直井と呼ばれた副生徒会長は、呆れながら物を言いつつ、また一枚、ポスターを剥がしていった。
「生徒会長が学校中に貼られたポスターを廻って剥がしていると伺いましてね。 生徒会長が動いているのに、副生徒会長の僕が動かなくてどうするのですか」
「……………」
「だからこれだけは決して勘違いしないでください。 別に、これはあなたのためにやっているわけではないので」
直井は、少しだけ不機嫌そうに、淡々と言い放った。
最後の一枚を剥がし終え、直井が振り返っても、彼女はジッと直井の方を見詰めていた。
「……なんですか」
さすがに、ジッと見詰められては、直井も気になって仕方がなかった。
「なんでもない……」
表情を変えず、ただ頭を小さく振っただけで、彼女はその白い髪を靡かせた。通り過ぎていく彼女の背中を見て、何なんだ…と思う直井だった。
「なにしてるの? 次、行くわよ……」
ここからは生徒会長と副生徒会長の共同作業ということらしい。
まぁ、出会ってしまえばそういう流れになるのは自然なことだが。
溜息を吐いた直井は、歩き始めた彼女の小さな背を追いかけた。
「しかしふざけたポスターだ。 何が体育館での告知ライブだ。 奴らは低俗にも程がある」
生徒を代表する二人、生徒会長と副生徒会長が並んで歩いている。
小さい生徒会長の隣を、直井はポスターを見ては、ふんっと鼻を鳴らした。
「こんなことをして、何の意味があるのか」
「……………」
そして、また次の目的地にたどり着く。
普段は部活の勧誘や委員会活動、行事等のプリントが貼られる掲示板には、びっしりと埋め尽くすように、やはり例のポスターが貼られていた。そしてそのポスターが貼られた掲示板の前には、大勢の一般生徒が群がっていた。
「……愚民どもが」
群がる一般生徒たちを目にして、舌打ちした直井は彼女より先に、ツカツカと掲示板の前に早足で向かう。
「生徒会だ。 一般生徒諸君は今すぐここから立ち去れ」
掲示板の前に集った群衆を掻き分け、直井は掲示板の前に踏み出した。
そして真っ先に、ポスターを剥がし始めた直井に、ブーイングの嵐が巻き起こる。
しかし生徒たちの批判も物ともせず、直井はまるで自分以外の存在を認めていないように、黙々とポスターを剥がしていた。
あまりの群衆に、彼女は入り込む隙間がなかったが、中の様子が気になっていたのは確かだった。
「ガルデモのライブは俺たちの唯一の楽しみなんだぞッ!」
「生徒を代表するくせに、俺たち生徒の癒しを奪うのかッ!」
「私たち生徒からのお願いよッ! 見逃してあげて!」
度重なる一般生徒の批判。だが、どれだけの批判を浴びようが、直井は表情一つ変えず、ポスターを次々と剥がしていった。
まるで本当に、自分以外の人間がここにいないかのように、周りの批判に耳を貸さなかった。
どれだけ批判を浴びせても、反応一つ返さず淡々とポスターを剥がしていく姿は、やがて生徒たちをエスカレートさせた。中には、過激な行動に出る生徒も少なからずいたのだ。
「おい、無視するなッ!」
また一枚、ポスターに手を伸ばした直井の肩を、一般生徒の一人が掴んだ。
その瞬間、振り返った直井の瞳が、肩を掴んだ一般生徒の目を貫いた。
「ひ…ッ!?」
まるで、真紅の光が宿っているような、不気味な瞳だった。
「僕に触るな」
そして恐ろしいほどに下がった声色に、肩を掴んだ一般生徒はその表情に恐怖の色を浮かべ、後ずさるしかなかった。
「ふん」
直井は鼻を鳴らすと、また作業を再開した。
だが、それだけでは終わらなかった。
「この野郎ッ!」
大きな身体をした一人の一般生徒が、強引に直井に押し掛けてきた。一般生徒の手が直井の胸倉を掴み、強引に引っ張った。その一般生徒は体格的にも直井より一回り大きく、勝負となれば直井の方が不利であった。
「……………」
直井は仕方ない、と言わんばかりに目を閉じて溜息を吐く。
胸倉を強引に掴む一般生徒を前に、直井はゆっくりと目を開いた。その瞳には、不気味に真紅の光がゆらゆらと煌めいていて――――
「……やめなさい」
「―――?!」
ふっと、直井の瞳から真紅の光が失せる。
何故なら、直井の視線は目の前の一般生徒でなく、その背後にいる彼女に向けられたからだった。
人ごみを掻き分け、やっとの思いで辿り着いた彼女は、ふぅ…と一息つくようにしながら、袖を払っていた。
「校内での暴力は校則違反よ……」
「生徒会長……」
「それ以上続けるのなら、こちらとしても厳正な処罰を検討しなければいけないわ……だから、もうやめなさい……」
低く、しかし冷静に通った彼女の声が、はっきりと静まった空気の中に通り過ぎていく。やがて、直井の胸倉を掴んでいた一般生徒は言われた通りに手を離し、逃げるように人ごみの中へと消えていった。
それを発端に、他の一般生徒もぞろぞろとその場をあとにする。
「……ふん、NPCの分際で僕に楯突くとは」
「……直井君、大丈夫?」
「これくらい心配ありませんよ。 まったく、ネクタイがよれよれだ……」
あれだけ強引に引っ張られては、ネクタイが崩れるのも仕方がなかった。
「待って……」
「?」
ネクタイのことを言った直後、突然、目の前の生徒会長が小さくもはっきりと通る声で、直井の動きを、一瞬でも止めた。それだけで、事は足りた。
踵を上げ、背を伸ばした生徒会長は、直井の崩れたネクタイにそっと手を触れることができた。
「―――ッ!?」
必死に背を伸ばし、彼女は表情一つ変えず、黙々と直井の崩れたネクタイをなおしていた。
「……なッ!」
「あ……」
驚いたように後方に離れた直井。一人残された彼女は、手を虚空に残したまま、直井の方を見詰めていた。
「……ぼ、僕に触るな! 子供じゃあるまいし、これくらい自分で……」
と言いながら首元に手を伸ばすが、既にネクタイは綺麗に結ばれていた。
「……馬鹿な」
ガクリと項垂れる直井。
何故、直井が項垂れているのか、彼女は理解が出来ず首を傾げる。
「?」
「……まったく、僕が神になった時は容赦しないぞ(ボソッ)」
「何か言った……?」
「なんでもない……」
帽子を深く被り、表情を見せないように、直井はさっさと背を向けてしまう。
「勝手なことを……」
「直井君」
「なんですか、生徒会……」
「……無事で良かった」
「うぐッ!」
直井は危うく彼女の方に振り返りそうになったが、直前で踏みとどまった。
駄目だ、こんな顔を奴に見せてはいけない。奴は、天使……いずれ、僕の排除すべき敵になるのだから。
だけど、そんな優しい言葉を投げられると、何故か胸が痛くなる。
「やめろ。僕に優しくするな……」
「?」
「~~~~ッッ」
「あ……」
直井は彼女を一人置いて、さっさとその場から早足で立ち去ってしまった。
そこには、立ち尽くす彼女と、そして直井が落としていった一枚のガルデモのポスターがそこにあるだけだった。
ポスターを拾い上げ、彼女は直井が立ち去った方に視線を上げる。
「……変な人」
ただ、ポツリとそれだけを呟いた。
表情は一つも変えずに。