「先生、彼の容体は…」
あの後カレンは、ルルーシュを叱咤してクラブハウスの一室にこの少年を運び込ませたのである。
…叱咤するだけの理由はあった。なにしろルルーシュは非力なのだ。これなら絶対自分で運んだ方が速いと思ったカレンであるが、さすがにそこまで病弱なお嬢様という仮面を外すことはしなかった。
意識のない人間を運ぶというのは確かに重労働ではあるが、階段でぜいぜい息を切らせながら必死で運ぶルルーシュの姿は、正直言って情けない。
シンジュクのことなどと思わせぶりなことを言われて、もしかしたら自分の正体を知っているのではないかと疑ったカレンだったが、この情けなさを見て疑うのが馬鹿らしくなった。
こんなひ弱な人間、軍だろうが憲兵隊だろうが機密情報部だろうが在籍しているはずがない。
(…まったく、彼を見習いなさいよ)
ルルーシュが必死で運び込んだこの少年は一見するとルルーシュと変わらない細身だが、内実は贅肉など全くない、鍛え上げられた体をしている。
やがて連絡を受けた生徒会長も駆けつけ、学園かかりつけの医師も呼ばれた。
「まあ、心配はない。ただ、かなり衰弱しているな」
医師の診察によれば病気や怪我とも思えず、結局のところ極度の疲労と栄養不足による衰弱と思われる。とりあえずは栄養剤を注射したので、あとは休めば意識を取り戻すだろう。
そう説明を受け、心底ほっとしたカレンであった。
「さて一安心したところで、あなたに話があるんだけど」
この学園の理事長の孫娘にして生徒会長であるミレイ・アッシュフォードに改まって切り出され、内心身構えたカレンだったが言われたことは大したことではなかった。
「生徒会に入ってほしいのよ」
アッシュフォード学園では、生徒は何かしらのクラブ活動に加入しなくてはならない。カレンはこれまで休みがちで、何より本人が面倒だからと延ばし延ばしにしていたのだが、さすがに問題になってきたらしい。
「ルルも手回しいいじゃない。カレンって休み時間はどこかに行っちゃうし早退は多いし放課後までいてもすぐ帰っちゃうから捕まえるの難しいって思ってたんだよ」
「…ん?ああ、シャーリー。まあ…、そうだ…」
やけに歯切れの悪い返答のルルーシュだったが、カレンは気にしなかった。このとき彼女の頭の中を占めていたのは銀髪の少年の容体と、どうやったらこの場を切り上げられるかということだけだった。
「…なんだ。ルルーシュ君の用ってそんなことだったの?あまり力になれないと思いますけど、それでもいいなら…」
名目上だけと考えてもいいからと言われたこともあるが、断る理由もなかった。断ればより面倒になるだけだからだ。
「よっし!それなら歓迎会ね。実はしっかり用意…」
「でも今日は駄目です。ちょっと用事があるので…。あ、これ私の連絡先です。彼が目を覚ましたら、連絡お願いします!」
ミレイの言葉を遮り、カレンが言う。歓迎会などたまったものではなかった。普段なら別にかまわないが、今はそんなことをしている暇などない。
それでは、と一礼して部屋を出ていったカレンは速足で学園を抜け、周りの生徒が消えると駆けだした。
「扇さん、彼を見つけました!!!」
租界内の拠点の一つで着替え、尾行に注意してシンジュクゲットーにある扇グループのアジトに駆けこんだカレンは開口一番に叫んだ。
「う、うわ!……ど、どうした、カレン。そんなにあわてて…」
さすがに今日は顔を見せることもないだろうと思っていたカレンが現れ、扇は飲みかけのコーヒーをこぼしそうになった。
「だから、あのグロースターの少年を見つけたんです!!!」
興奮のままカレンは告げる。しかし、昨日の今日で見つかるなど誰も思ってなかったので、扇たちまでその興奮は伝わらなかった。
「あー、とりあえず、順を追って話してくれないか?」
扇が苦労してカレンを落ち着かせながら聞き出した情報は、大したことではない。偶然あの少年がカレンの行っている学校に迷い込んできた、というだけだ。
事前に連絡を取らなかったのは言うまでもなく、盗聴の危険があったからである。インフラの破壊されたゲットー内では一般回線は使えず、それ以外の通信手段はブリタニアが目を光らせている。
ガードのしっかりした通信網を確立すればいいのだが、貧乏所帯ではそうもいかない。だから安全性の高い手段となると、尾行に注意して直に会うか租界内で一般通信に紛れて連絡を取るかになる。
さすがに一般回線の全てを監視して、しかもその内容が符丁かどうか精査するなど、ブリタニアといえども不可能だ。
「…しっかし、カレンと縁のある子よね。別れたと思ったら翌日にはばったりって…」
井上の呆れながらの冗談に、周囲も苦笑いを浮かべる。確かに拍子抜けもいいところだった。せっかく彼の血液サンプルをキョウトに送ったし、これからいろいろ探してみようと思っていたのだから。
「だが見つかってくれたのはありがたいな。これで俺たちの仲間になってくれたら…」
それはメンバー全員に共通する思いだっただろう。昨日の一件はそれほど衝撃的だったのだ。犯行声明は出していないが、レジスタンス仲間ではもう噂となって拡散していた。
「カ・レ・ン。そこは任せたわよ」
もちろんですとカレンが意気込む。言われるまでもなく、彼が目を覚ましたら話してみるつもりだった。
しかし、井上の考えは少々違ったようだ。
「やはりここは泣き落としと色仕掛けかしら…。カレンが涙を浮かべて『私たちを助けて、代わりに私をあげるから』とか口説けばどんな男でもいちころで…」
「馬鹿なことは言わないでください!!!!!」
どうやらカレンをからかいたいだけだったらしい。しかし、メンバーの表情は明るかった。
あの銀髪の少年が運び込まれてから、二日たつ。彼は目を覚まさず、眠りつづけたままだ。
(こうして見ていると、お姫様みたいなのにね…)
元々色白なのだろうが、今の血色は病気じみて青白い。だがそれを除けば、穏やかな呼吸で深い眠りにつく彼は物語の眠り姫のようだった。
顔立ちは中性的で、女性と名乗っても通用しそうな美貌といえる。髪がもう少し長ければ女性と勘違いする人間のほうが多くなるのではないか。
この少年が、グロースターを乗り回しブリタニア軍に土をつけたなどと言っても、誰も信じないであろう。
コンコン、とノックの音が静寂を破り、反射的にカレンが身構える。だが入ってきたのはシャーリーだった。
「あ、カレン、また来てたんだ」
と言うが、やけににやにやしているシャーリーであった。
それはそうかもしれない。何故ならカレンは、暇さえあればこの部屋を訪れていたのだ。
(変な勘違いしてないでしょうね…)
私は彼の力が必要なので様子が気になるのだ、とカレンは思っていたが、傍から見ればその行動は思い人に尽くす乙女の行動に見えていてもおかしくない。
しかも、理由を言えないので否定できないのが辛いところだった。
「眠りつづけたまま、か。まさか、凶悪犯なんてことはないよね」
「まさか」
カレンはそう返したが、まさか、テロリストが目の前にいるなど、シャーリーは微塵も思ってないだろう。
「うーん、それはなさそうなんだけど…」
会長であるミレイもやってきた。表情は、困惑している、という感じだ。
「まったく身元が分からなくて…。行方不明者のリストにもないどころか、DNAで検索してもなーんにもヒットしないのよ。詳しく調べれば何かわかるかもしれないから、とりあえず専門の機関に送ってみたけど…」
彼の持ち物には、身元を特定できそうなものは何もなかった。ブリタニア人ならだれもが持っているIDカードさえもない。そこでDNAパターンで検索してみたのだが、これでも駄目だという。
アッシュフォード家は元貴族で、今でもそれなりにつてを持っている。そのつてを使っても身元が分からないということは、彼はブリタニア人ではない可能性が高い、ということであった。
「それはそうなんだけど、この顔でねぇ…」
そう、問題なのはこの顔だ。誰がどう見ても東洋人には見えない。EUの出身という可能性もあるが、だとすれば入国記録がない。スパイにしては特徴的すぎて目立ちすぎだ。
「でも、悪い人じゃないのは間違いないですから」
何気なく、カレンがぽろっとこぼした言葉にミレイとシャーリーの表情が固まり、次いで顔を見合わせてにやりと笑う。
その表情に、しまったと思ったカレンだったが遅かった。
「……ふっふっふ。カ・レ・ン、どういう心境から出た言葉なのか、お姉さん興味あるなー」
「あ、私も私も」
彼のことを知っているという点は気付かれなかったが、それはさらなる不幸へとつながったようだ。
「え?ちょ…、ちょっと…」
「はっきり言いなさい!!!足繁くここに通うなと思ってたんだけど、やっぱり一目惚れね!」
「カ、カレン、私応援するするからね」
恋話を目の前にした時の女子パワーに、カレンは圧倒される。あの白いナイトメアと対峙した時でもこれほど恐怖を覚えなかったと、のち彼女は述懐する。
「会長会長ー!!!大ニュース!!!」
何やらあわてた様子で、生徒会仲間のリヴァルが駆け込んできた。この男に対してカレンは好悪どちらの感情も持ってない。世間一般よりナンバーズに寛容という点を除けば、ごくごく普通のブリタニア人だ。
だが、今だけは心の底から感謝した。彼のおかげで、話の腰が折れたのだから。
「なによぉー、せっかく面白い話をしてたのに」
「とにかくテレビ、テレビ」
電源ONから映像が映し出されるまでの時間も惜しいようで、「早くしろー」とリヴァルが叫ぶ。
ようやく映し出された映像を見て、カレンも息をのんだ。
臨時ニュースは、エリア11総督クロヴィスの死去と、その暗殺実行犯として名誉ブリタニア人である枢木スザクが捕らえられたと伝えていた。
「ルルーシュの扱いが酷い」と言っていたことがこのあたりから表面化。
しかしばっさりカットしたシャワールームは温情。
何故かって?残しておいたらルルーシュにDEAD END以外の道はなくなります。