「皇帝…!」
何故、今、奴がここに。そう思ったのはルルーシュだけではない。その衝撃は、ここまで猛進してきた日本軍の足を止めるに充分だった。
『ゼロ、いや、神聖ブリタニア帝国第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。我が息子よ』
「!!!!!!」
続けられた言葉に、ルルーシュは呼吸が止まるほどの衝撃を受けた。何が何でも否定すべきなのだが、声が出ない。
『愚か者よ。貴様が小細工で死を偽装したことくらい、わからぬとでも思うたのか。もっとも、わしに向かって弓を引く気概があるとは思わなかったが、どうやら思っていた以上に馬鹿だったということか』
日本の枢木家に人質をして送られていた皇子ルルーシュと、皇女ナナリー。その二人は7年前の戦争に巻き込まれて死亡したという『正規の』報告は、確かにブリタニア皇帝の元まで届いた。
しかし、影目付の一人も置かずに放置していたなどということはない。二人は生き延び、その後アッシュフォード家に匿われたという報告もまた届いていたのだ。
(馬鹿な!馬鹿な!!馬鹿な!!!)
皇帝の言っていることが、どこまで真実なのかはわからない。ただ、筋は通っている。頷く者は多いはずだ。
しかし、そこからどうやってゼロの正体にまでたどり着いたのか。皇帝はそこを全く説明していないのだが、そんなことまで考えをめぐらす冷静さを保っている者など、誰もいなかった。
そして次の行動が、さらに見る者の冷静さを失わせた。目を疑う光景としか思えなかったからだ。ブリタニア皇帝が片膝をつき、礼譲を示したのである。
『蒼よ、我が愚息たちが失礼を致しました。どうか、お許しいただきたい』
トウキョウ租界中、いや、全世界が静まり返った。
「………では、どうすると言うのか」
ウラノスのシステムを使い、放送に割り込む。皇帝の真意は全く解らない。が、『王』の真相を知っていることは疑いようがない。そうでなければ、こんな態度はとらないからだ。
『第98代ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアとして宣言いたします。日本との講和、特区の成立は、我も望むことであります』
そして皇帝は続ける。謝罪の証として、北九州だけであった特区を拡張し、九州、四国の全域、中国地方の西半分も範囲に含める、と。
「……………」
完全に流れが変わったことを、ルルーシュは認めざるを得なかった。ゼロの正体、皇帝の宣言といった衝撃の事態の連続に、日本人の怒りなどどこかに吹き飛んでしまった。
「……………」
逆に向けられるのは、ゼロに対する不信の視線である。ブリタニアの皇子。自分のことはひた隠し、『蒼』の血筋を口撃するというやり方が特にまずかった。
ここで、口先で否定するのは容易い。だが、言われていることは事実なのだ。どう言い繕うが、ゼロの素性を明らかにする動きを止めることはできない。
それに皇帝がこれほどの礼譲を示す『蒼』と、自分。聞いた者の心の秤がどちらに傾いたかは、聞くまでもない。
『ルルーシュよ、日本に貴様の居場所はない。去るがいい。それでもわしに逆うという気概を残すのであれば、それもよかろう』
「ご苦労さま。なかなかの役者ぶりね」
『黄昏の間』に戻ると、ネージュが労ってくれた。もはや戦える状況ではないということは、ルルーシュも認めるほかなかっただろう。残された道は、ガウェインで逃走することだけだった。
「……じゃあ、こっちも片付けようかしら」
頷いたシャルルを見て、ネージュが手を挙げる。現れたヤルダバオトが、再び虹色の槍を放つ。「やめろぉーーーー!!!!!」というV.V.の絶叫を尻目に、『アーカーシャの剣』は砕け散った。
「……兄さん、私は考えを改めました。これからは、兄さんとは別の道を歩もうと思います」
決別を宣告するシャルルに、V.V.は憎悪の眼差しを向ける。V.V.は解っている。ネージュに勝てないとか、そんな理由は嘘だ。本心は、『王』に対する憧れであろう。
「君は、君はずっと僕に嘘をついてきた!とっくに諦めていたくせに!僕の事なんて、もう何とも思ってなかったくせに!!!」
「……おや、兄さんとて嘘をついていたじゃないですか。マリアンヌの事、知らぬとでも?兄さんこそ、自分の事しか考えてなかったのではないですか?」
この世界から嘘を無くす。そう誓ったはずの兄弟が、お互いを騙し合っていたという皮肉。最も憎んだものによって、ここまで破綻を回避してきた関係。傍で聞いていたネージュは、小さく笑った。
「僕は、僕は諦めない!!!たとえ僕一人でも、『ラグナレクの接続』は完遂させる!!!」
踵を返し、V.V.は『黄昏の間』から立ち去った。しかし、まだわからないのだろうか。ネージュがその気になれば、そんなものは即座に潰えるということを。
「私を怒らせる覚悟までして、せっかく助けたのに。わからずやのお兄さんを持って大変ね、あなたも」
わからずやなら、もう一人いる。ルルーシュだ。そして二人とも気付くことはないだろう。これが、シャルルの愛情表現だということに。
「私もライも、本気で殺す気だった。あなたが出しゃばらなければ、そうなるしかなかったはずよ」
全く持って、不器用な男である。もっと素直に言えばいいのだ。V.V.もルルーシュも、何とかして命だけは助けてやりたい。そう思った末の行動なのだと。
その思いに免じて、今回だけは勘弁してやることにしよう。
「………私はこれから、どうしたらいいのでしょう」
消し飛んだ『アーカーシャの剣』のあった場所を見ながら、シャルルが呟く。彼とてこれまでの人生を、兄との誓いのために費やしてきたのだ。兄を救うためとはいえ、それを捨ててしまった。
「……もう、どうして誰も彼も、私に答えを求めるのかしら。私は、そういう存在じゃないのに」
答えを授けるのではない。答えを見出そうと足掻くところに人の価値を見出すのがネージュである。だから、これから彼が何をしようと、それ自体についてを否定することはない。
「やっぱり『ラグナレクの接続』を続けたいというのなら、その意思は尊重するわ。いくらでも相手になってあげるから」
冗談とも警告とも取れる発言に、皇帝は苦く笑う。相手にもならず一方的に叩きのめされるだけということは、今回で良くわかった。
「それと、もう一つ言っておくなら、あんまり彼に阿らないことね。あなたが自分で考えて、駄目と思ったらしっかり主張すること。時には喧嘩もした方が、相手を理解できるものよ」
せっかくV.V.から自立できたのだ。ここでライに依存してしまったら、人としての成長はない。前の世界のナナリーがまさにそうだった。誰かの意思に依存し続け、気付かぬまま破滅への道を転がり落ちた。
「そうそう、ルルーシュはC.C.に任せておけば何とかしてくれるわよ。結局、見捨てられないみたいだし」
ふっ、と今度は小さく笑う。それは母性なのか異性への思いなのか。ルルーシュは物心つく前だったから覚えているはずもないことだ。C.C.が、幼児の自分の世話をしてくれたことなど。
「ところで、あなたはこれからどうするのです?」
愚問ね、と今度はネージュが笑う。決まりきったことだ。
「帰るわよ。
「……………」
怒る気力すら出なかった。一体何がどうしてこうなったのか、誰かに説明してほしい。わかっていることは、自分は全てを失ったということだ。
「ナナリー…」
もう、アッシュフォード学園にも戻れない。妹の身が心配だが、どうすることもできない。ユフィが護ってくれることを期待するしかなかった。
伊豆の、とある廃神社。当てもなくガウェインを飛ばし、ルルーシュがたどり着いた場所がここだった。自分たちが人質として送られ、7年前の戦争で無人となった、スザクの実家の枢木神社である。
そこで、一体どのくらいの時間佇んでいたのだろう。太陽がいつの間にか移ろい、正面から日が射すようになった。移動する気も起きずにいたところ、その光が急に遮られた。
「やはり、ここだったな。いつまで腑抜けている気だ?」
逆光の中でも、緑色の髪ははっきり見えた。
「C.C.…。どうして…」
あの時、決別したはずではなかったのか。少なくともルルーシュはそのつもりで言ったのだ。そして、当然ながらライのところに奔ったのだろうと思っていた。
「…ふん、お前が言ったのではないか。『好きなところに行けばいい』と。だから、もう少しお前と一緒に行くことにした」
お前はまだ、誰かのお守りが必要な餓鬼に過ぎない。放っておくと、また今回みたいなろくでもないことをしでかすだろう。私が側で目を光らせておくのが、世のため人のためだ。
「そもそも、お前は自分の小さな世界に閉じこもり、その中で物事を考えるから失敗した。『自分は世界で一番可哀想なんだ』とでも思ってるのか?お前より悲惨な奴など、この世界にはごまんと居るぞ」
延々と続くC.C.の毒舌を、ルルーシュは茫然としながら聞いていた。普段なら間違いなく激昂するはずの言葉が、何故か今はすんなりと心に届く。
「……とはいえ、一つだけお前はあいつに勝った。それゆえ、見込みはまだあると思ったのだ」
一体何をだろうか。ルルーシュには、全く思い当たる節がない。しかしC.C.は「それがわからないから負けるんだ」と教えてくれなかった。
「それに、もう一人いる。場所は教えておいてやったから、もう着く頃だろう」
C.C.の声で階段の方に目を向けると、ほどなくして一人の男が上がってきた。ジェレミアだ。彼もまた、ルルーシュを見限れなかったらしい。
「私まで去ったらルルーシュ様は一人きりだと思ったのですが、いらぬ気遣いでしたかな」
わからない。C.C.にしろジェレミアにしろ、何故ここにいるのだろうか。それは、ルルーシュの価値観を叩き潰すようなことだった。
「ルルーシュ、お前の反逆は大失敗だったが、無駄ではなかったぞ。始めた時、お前は一人きりだった。今は、こんなになっても付いて行こうとする者が、二人もいる」
しばらく顔を伏せた後、すくっとルルーシュが立ち上がった。その表情は、先ほどまでの生気の抜けたような物ではない。
「中華連邦に行く。俺は最後まで反逆者で在り続ける。それに、奴らが変え損ねた時、ブリタニアを叩き潰すのは俺しかいない」
ひとまず手を組むのは、大宦官か曹将軍か。どちらも強い手駒を欲している。ガウェインと朧月夜を手土産にすれば、亡命くらい許されるだろう。最新のナイトメア技術は、喉から手が出るほど魅力的なはずだ。
無論、技術だけ頂いて捨てられるという可能性はある。だが、そうなれば相応の対処をしてやればいい。
「……………それと、ありがとう」
最後は呟くような小声であったが、二人ともはっきり聞いた。ふ、とC.C.が笑う。ルルーシュが礼を言ったことなど、初めてではなかったか。
わずかであっても人として成長したのであれば、それこそこの反逆でルルーシュが得た至上の物であろう。
(まったく、苦労する。ここまでいびつに育ったのはお前らのせいだぞ。なあ、シャルル、マリアンヌ―)
心の中で、かつての同志に語り掛けた。
ルルーシュの、反逆の結末。
言っておきますと私はルルーシュというキャラ自体を嫌いなのではなく、「あんな馬鹿なやり方を続けて何で認められるんだよ」という不満を持っているだけです。
そこからたどり着いた結末が、これになります。
もう一人、皇帝の方。
ネージュを登場させた最大の理由は、皇帝の『ラグナレクの接続』を完遂させる意思を叩き潰すこと。まずV.V.から彼を自立させることが、優しい世界への道ではないか、と。
そのネージュも予定以上の甘えん坊ロリに成長してしまい、ついには最後の一言に…。