「お、お前…。……お前、何てことを!」
C.C.が、真っ青な顔で言う。ギアスのことを知っている彼女なら当然気付くだろうとは思っていたが、取り乱すというのは予想にない反応である。
「お前は自分が何をしたのかわかってるのか!言っただろ!あいつは絶対に敵に回すな、と!」
そういえば、言われたことがあった。だがルルーシュにしてみれば、相手が敵に回ったのだから仕方ない。それよりなにより、今はやるべきことがある。
「この混乱に乗じて、今度こそトウキョウ租界を奪取する。それさえ成れば、失った戦力くらいあっという間に回復するさ」
藤堂たちは片瀬に説得させ、連れ帰らせる。そのために片瀬たちを送り込んだ。そして『蒼』に賛同したレジスタンスが、一斉に靡くはずだ。その戦力があれば、その後も充分に戦える。
「……………私は行かん。もう付き合いきれん」
C.C.は心底呆れたように椅子に身を投げ出した。この男は、まだトウキョウ租界などにこだわっているのか。何故『蒼』がそんなものに食指を伸ばさなかったのか、考えてないのか。
「『朧月夜』の戦力は、失っていいものではないぞ」
知ったことかとC.C.は横を向いた。そんな短絡的にしか物事を考えられないから、こんな馬鹿な真似をするんだ。そう、怒鳴りつけてやりたかった。
(……所詮、戦術屋だ)
マリーカと観客の何人かを操り、日本とブリタニアの間に決定的な亀裂を作る。ルルーシュの目的から見れば、間違ったことをしたわけではない。稚拙な手口は問題だが、それはまあ流してやるとしよう。
だが、トウキョウ租界を落とすとして、その後はどうするのか。ルルーシュの考えは、そこがすっぽり抜け落ちたままだ。
「……前回の侵攻だって、むしろ負けて良かったくらいだ。一度は何も言わず付き合ってやったが、二度目まで面倒見きれるものか」
大切な妹や生徒会の仲間も含めて、トウキョウ租界に暮らすブリタニア人を見捨てる。それができるのなら、文句はない。
だがルルーシュには、決してできないだろう。「修羅の道を進む」とか格好つけながら、親しい者には非情になりきれない。だから、無理が生じる。
(日本とブリタニアの間を修復不能にまで決裂させトウキョウ租界を制圧したら、今度は日本人によりブリタニア人がどういう目に合うか。自明の事だろうに)
仮に、それはゼロの強権で押さえつけて、何とかなったとしよう。だがその上でも問題はある。トウキョウ租界の膨大な人口を、どうやって養うのか。
トウキョウ租界は生産より消費が圧倒的に多い、他から物資を輸入することで成り立つ経済圏である。平時でも多大な負担となり、大兵力で囲まれて兵糧攻めにでもされれば、あっという間に干上がる。
ましてや占領地となれば、これまでの経済活動は崩壊する。日本の力で住民を養わねばならなくなる。ブリタニア人を養うことを、はたして日本人が了承するだろうか。
そういった悲観的な予測を、C.C.は口に出すことまではしなかった。
「……ならお前は勝手にしろ。どこだろうが、好きなところに行けばいい。俺は行く」
この熱狂が冷め切らぬうちが、勝負の機だ。すぐさま声明を出し、軍を進める。不貞腐れたC.C.の相手をしている暇はない。
バンと、荒々しくドアが閉じられた。ルルーシュが去ってなお、C.C.は無言でいた。起き上がる気にもなれない。
「…………私も、行かねばなりません」
そのC.C.に声をかけたのはジェレミアだ。彼も落胆したのではなかろうか。和議が成れば、もしかしたらルルーシュも諦めるかもしれない。内心そう期待する気があってもおかしくないだろう。
ルルーシュとは対照的に、今度は弱弱しくドアが閉められた。諫めはする、だがどんなことがあろうが見捨てることはしないというのが彼の忠義である。その彼でも、今回は内心を隠しきれないようだ。
「王様、ごめんなさい」
こんなことなら、助けを求めに行くのではなかった。『王』は無事なのだろうか。騎士団には、まだ情報が届いていない。
だが、一命をとりとめていれば、それはそれで問題だ。ルルーシュはあの『王』に上等をかましてしまったのだ。それを、『王』がわからないはずがない。
間違いなく、騎士団を滅ぼす。もう、自分がいくら頼もうが止められない。
「待機ってどういうことよ!ライが撃たれたのよ!」
カレンが、ルーミリアに食って掛かる。式典の中継は、パニックが起きた時点で途絶えた。ただ、ライが撃たれたシーンは、すべての人がはっきりと見ただろう。
東京湾、横須賀沖である。『天叢雲』の戦力を軍艦に乗せ、ここに展開していた。デモンストレーション以上のものではない。事あれば、戦も辞さず。その気概まで失ったわけではない、と。
「全軍を待機させてください。勝手に出奔するような人がいないよう、しっかりと」
動揺する隊員たちに、ルーミリアはそう指示を出した。正式には『蒼』の副官に過ぎない彼女には、皆に指示する権限などない。しかしライがいなければ彼女が指示を出すというのは、もう当たり前になっていた。
「では、カレンさんは、今回得をしたのは誰だと思いますか?」
的外れな、少なくともカレンにはそう思えた質問が、逆に頭を冷ました。得をしたのは誰か。少なくとも自分たちではない。ブリタニア?いや、あんな全世界に向けての場で謀殺なんて、得るより失う物の方が…。
「謀略は得をした者を疑え。それが基本です」
ルーミリアの言わんとすることが、ようやくカレンにも見えてきた。
「ゼロが、特区を潰そうと動いたってこと?」
ゼロの筋書きはこんな感じだ。特区反対の皇族ないし大貴族が、謀略を仕掛けた。ユフィを黒幕にするのは、いかんせん無理がある。ギアスを使ったとしても、不自然すぎるだろう。
そしてマリーカにとって『蒼』は、兄の仇である。黒幕にそそのかされた彼女がああいう行動に出たとしても、無理はない。
「あとは民衆の中に工作員を紛れ込ませておけば、パニックは作れます」
すらすらとルーミリアは語る。幹部たちも、一時の激情が冷えれば理解できる。確かにブリタニアが仕掛けたのなら、やり方が不味すぎる。こんなことでは、信望を失うだけだ。
そしてその説の正しさは、すぐ立証された。すぐさま、日本全土に向けてゼロの声明が発表されたのである。その内容は、ルーミリアの予測とほぼ一致していた。
(しかし、どういうことですかね)
ギアスの対策も、充分していたはずだ。ゼロはそれを掻い潜って仕掛けてきた。掻い潜ることができた存在だった。ということは、ゼロはすぐ近くにいるということになるのではないか。
「………まあ、どうでもいいことかもしれませんが」
即刻、ユフィに連絡を取った。ライの容態を問い合わせ、こちら側の今後の動きを伝え、そして特派からアルテミスを借用するためである。
誰であろうと、私が潰す。カレン達には普段と変わらない沈着な表情を見せていたルーミリアも、内心は沸騰していた。
「ブリタニアの不実は明らかになった!もはや、『日本』は力をもって取り返すより他はない!」
激昂した兵士たちが、声を上げる。ゼロの元に残った自分たちは正しかった。そういう声が、そこらで囁き交わされた。
「トウキョウ租界へ向けて、進め!」
黒の騎士団と解放戦線。租界攻略戦で大敗北した後多少の補充は受けたが、掌握する戦力はナイトメアで60機まで落ち込んでいた。月下に至っては藤堂機と朝比奈機の2機しかない。
だが、ブリタニアの租界防衛軍も250程度と半減している。中華連邦と北九州の特区防衛軍が万一敵対した場合に対する備えと、各地の反乱分子鎮圧のために散らせていたのだ。
まさか、ゼロが再び攻め込んでくるはずがない、あったとしても250もあれば叩き帰せる、と誰もが思っていた。
(俺を侮りすぎだぞ、誰もかも!)
まだルルーシュには切り札がある。ゲフィオンディスターバー。これを、租界の復興工事に紛れ込ませ各所に仕掛けておいた。一斉に作動させると政庁に向かう一本の道を残し、全てを止める。
「敵は、我らが友軍と合流してから攻勢に出ると考える。その隙をつく」
前回同様ブリタニア軍が租界外周部に布陣した場合、ほぼ全てのナイトメアが停止する。今度はカムフラージュも万全にした。60機でも、トウキョウ租界を充分落とせる。
計算違いが一つあった。幾分かは離脱者が出るだろうと踏んでいた『天叢雲』の主戦力が、全く靡かない。誰かが代理としてしっかり掌握している、ということだ。
「ルーミリアか…」
有能すぎて危険すぎる存在だった。仮にライがいなかったとしても、騎士団にスカウトはしなかっただろう。ひとたび見限れば、ゼロの首を手土産に寝返るくらいのことはやる女だ。
そして彼女が動かないということは、少なくともこちらの謀略だと疑っているということである。
「急げ!今は、時が勝敗を分ける!」
奴らの船にミサイルでもぶち込んでやればよかったか、と後悔しないでもない。しかし今後の戦いを考えれば、最も頼りになる戦力であるのも事実だった。可能なら首脳部を排除し、無傷で手に入れたい。
(トウキョウ租界さえ落としてしまえば、講和を推進する奴らの立場は無くなる)
そのトウキョウ租界が、見えた。まだ、『天叢雲』の船影はない。ブリタニア軍は定石通り、再び外周部に防衛線を形成していた。ルルーシュが思い描いた通りの展開である。
―ただ、一つクリアされてない条件が残っていた。『ウラノス』が、その上空に鎮座していたことである。
ウラノスと、ガウェインが向かい合う。ランスロットやベディヴィエールの姿はない。空中においては、邪魔の一切ない一対一の状況だ。
「『蒼』よ、ブリタニアを信用してはならなかった。今回のことで、それは明らかだろう」
「白々しい。全て、貴様が裏で糸を引いていたことだろう」
ルルーシュの強みは、『確証がないこと』である。実行犯がマリーカだというのは、誰がどう見ても変えようがない。いくら自分が裏で糸を引いていると言われようが、それを裏付ける証拠はない。
「ここまで来てもブリタニアに味方する、と。やはり貴様はブリタニアの血を引く者、ということだ。本当に、この日本のためを思うなら―」
『正義は我にあり』と声高に主張することで、世論を作るのがルルーシュの目的である。日本人の心情を無視して、『蒼』は行動を起こせない。世論がブリタニアとの徹底抗戦に傾けば、『蒼』は去るしかない。
しかし、『蒼』が出撃までしてきたというのは計算外の事態だった。正直言ってしまうと、怪我人相手とはいえナイトメア戦をするのは分の悪い賭けで、これ以外に策はなかったと言える。
「………」
ライは、言いたい放題にさせていた。証拠など生かしたまま捕らえれば、ギアスで何とでもなる。最後の、わずかな我が世の春を楽しむがいい。
そう思っていたところに、全世界に向けて声が響いた。
『ほう。では、貴様は違うというのか、ゼロよ』
皇帝の顔が、ありとあらゆるモニターに映し出された。
最後の最後でここまで韜晦を続けていた皇帝が登場。さあどうなる?