「ふーん、ルルーシュが、ね…」
先ほどルルーシュが訪れて来たという話をすると、ネージュの眼光が超越者の鋭いものに変わった。が、それも一瞬のこと。すぐに気持ちよさそうな、柔和なものに変わる。
ドライヤーで、ライに髪を乾かしてもらっていた。長いから、かなりの手間である。が、粗雑に扱われたことはない。ライの方も、この表情を見ているとその手間も悪いことではないと思えるようだ。
ちなみに、ルルーシュとの話で経済的なことについて言われたが、ネージュという子は手間はかかるが金はかからない。彼女が飢えているのは『愛情』であって『物品』ではないからだ。
ライに髪を乾かしてもらい、カレンが淹れてきたココアを飲む。「ちゃんと歯を磨くのよ」という言いつけを遵守し、ベッドに潜り込む。
事あるごとに『再構築』で済ませていた手間を、ネージュも無駄だと思わなくなっていた。
しかし、布団にくるまって眠りに落ちるというのは、まだ慣れない。ネージュにしてみれば睡眠は暇つぶしだった。機能を停止し、時間の経過を待つだけのものだ。
これも、再構築をしないことによって生じる手間だった。それについては、構わない。不満があるとすれば、一人で寝ることになってしまったことだ。
「弟や妹のためと思えば仕方ないんだけど…、あの調子じゃ、一体いつになるのかしら?」
いい加減、ベッドを共にするくらいのことはしたらどうなのだろうか。三人でならすんなり行きそうだが、そうすると真ん中に自分が入る。それはそれで嬉しいが、意図とは違う。
(ちゃんと結婚まで漕ぎ着ければ、違うのかな?)
とりあえず、そこまで漕ぎ着けてもらうためには、明日を何としても乗り越えてもらわねばならない。
「………」
前の世界を決定づける分岐となった舞台である。今度もまた、ルルーシュは何かするつもりだろう。その目論見を叩き潰すのであれば、今してきてもいいのだが…。
「……まあいいわ。私には、やりたいことがあるし。…そのくらい、乗り越えてもらわないと面白くないし、ね」
世界を俯瞰してみれば、この時期、ブリタニアの軍事行動は停滞していた。
「エリア11の情勢は未知数であり、しばらく他地域での大規模な作戦行動は控えるべきである」
そう皇帝の意向が伝えられ、植民エリアの数はコーネリアがエリア11着任前に制覇した18で停止した。各地の軍はその18の植民エリアを保持するための、守勢に入っている。
同時に、EU戦線も停止した。ユーロ・ブリタニアも、渋々呑んだ。呑まざるを得なかった。寄って立つ地のない、占領地を確保しているに過ぎない彼らは、ブリタニアからの補給無くしては戦えない。
特に、ナイトメアの補充が滞っているのが大きな要因だった。エリア11での損害が、こんなところにも出ていたのである。
EUとしても、停戦は望むところだ。押されっぱなしだったのが一息つける。体勢を立て直し、可能なら反攻作戦まで持って行きたい。その準備に忙殺されていた。
中華連邦は中央の大宦官と曹将軍の対立が抜き差しならぬところであり、とても他国に手を出す余裕はない。
つまり、エリア11・日本を除いて、この時丁度嵐の谷間に入ったように戦火が止まっていたのである。
その小康状態を望む者がいれば、望まぬ者も当然いる。
「…………」
がん、と拳を机に叩きつけた。もっとも子供の筋力では、大した威力ではない。そういう八つ当たりをしなければやってられないほど、V.V.は苛立っていた。
その原因は、弟シャルルの変節である。彼にしてみればそうなのだ。一見もっともらしくエリア11のことがどうとか言っているが、そんなものは言い訳だとV.V.は見ている。
(神根島さえ抑えておけば、計画に何の支障もないのだから―)
エリア11など、極論すれば神根島以外はくれてやってもいいのである。もちろんそう言ったが、皇帝としての表の立場もあり、それは無理だと退けられた。
「…あと少し。あと少しだっていうのに…」
EU戦線を推し進め、拠点をすべて確保。あとはC.C.のコードを奪えば達成…のはずだった。『王』にかまけたりネージュを恐れて足を止めているより、無茶をしてでも成してしまえばいい。
「…でも、あなただって本当は解ってるんでしょ。無理だって」
ぽん、と肩に手を置かれた。驚愕で、椅子から転げ落ちるように跳び退る。いつの間にか、ネージュがそこにいた。
「久しぶりね。もうこの世界であなたは邪魔者だから、決着を付けに来たの」
ネージュが、ついに牙を剥いた。その酷薄な笑みに、V.V.は冷汗が止まらない。不老不死なんて、この少女にしたら何の障害でもないのだ。
「……まあ、私だって反省が無いわけじゃないのよ。正直、今回は関わりすぎたわ。こんな面白い世界、初めてだったの。…お詫びとして、気が向いたらどこかの世界であなたに味方してあげるから―」
『この世界では』消滅しなさい、と続けたネージュの体が、光の粒子となって消えた。その瞬間、遠くの方で爆発音。入ってきた報告は、龍のような異形の機体の襲撃を受けた、というものだった。
「さーて、あなたの全てを叩き潰してあげるわ。どこまで足掻けるか、見せてもらおうかしら」
別に、V.V.を倒すだけなら、ヤルダバオトを召喚する必要などない。彼だけでなく、このギアス嚮団ももう邪魔だ。跡形もなく、消し飛ばしてやるとしよう。
「全力で暴れるなんて久しぶりだから、やりすぎちゃうかもね!」
立ち塞がったヴィンセントの頭部が、拳の一撃で粉微塵に砕け散る。遠目から発砲する相手は、光の刃で両手両足を斬り落とした。
ヤルダバオトの主武装は、光子。ネージュの思うまま、剣にもなれば砲にもなる。その威力は、人の科学力で作られたもので太刀打ちできるようなものではない。
しかし、ネージュは乗り手を殺さないように戦っていた。わかっていたからだ。相対したヴィンセントを操縦しているのが、ロロと同じ境遇の子たちであることを。
(バトレーも、ろくでもないことをしてくれるじゃない)
ライの卓越したナイトメア操縦技術は、バトレーの改造によるものだ。それを、嚮団の子たちにも施した。V.V.やバトレーはともかく、その子たちまで皆殺しにする必要はない。
「隔壁閉鎖、急げ!!!」
分厚い三層の壁がヤルダバオトの行く手を阻む。ハドロン砲の威力を基準に、充分な防御力を持たせた隔壁が閉じ、作業員たちはほっと一息ついた。さすがに多少の足止めにはなるはずだ。
―が、次の瞬間。
「退避、退避ー!!!!」
何か熱いぞ、と思ったら、扉が熱で赤く発光している。次の瞬間にはバターのように溶けだした。そこから悠然と、ヤルダバオトが現れた。
「……………」
戦意など、この光景で霧散した。皆、腰が抜けて動けない。中には失禁した者もいる。その目の前をこの異形の機体が何もせず過ぎ去ったとき、彼らはこれまで信じたことなど無かった神に感謝した。
相手は、ただの一機。なのに状況は絶望的だった。戦闘力が桁違いどころか、次元が違う。
そして展開は、思ってもない局面を見せ始めた。嚮団のナイトメアが、同士討ちを始めたのだ。
「一部パイロットが叛乱!」
V.V.の元に矢継ぎ早に届く報告は、どれもこれも情勢の悪化を告げるものでしかない。ちなみにこの叛乱はネージュの仕込みではなかった。嚮団の中に、V.V.の支配から抜け出そうと考える者がいたのである。
「ジークフリートを出せ!!!僕が出る!!!」
V.V.に残された手段は、それだけだった。
「リディナ、あなたは、皆を護ってなさい」
ネージュにそう言われた叛乱の首謀者は当初きょとんとし、ようやく自分に言われたのかと理解した。『リディナ』というのが、ネージュがこの少女に付けた名前である。
首謀者が年端もいかない少女だった、というのはネージュも少々意外…と思ったが、すぐにそうでもないかと思い直した。
(何でだか、女の子が寄ってくるのよね)
どういう星の巡りか、ライのところには美女が集まる。カレンも大変だとは思うが、積極的にどうこうしようとは思わない。あの二人の絆は、そんなに脆いものではないはずだ。
リディナたちを黄昏の門に押し込み、光子砲で壁を破壊して外に出る。そこに大型のハーケンが撃ち込まれるがヤルダバオトはたやすく受け止め、力任せに引きちぎった。
「へえ…」
KGF、ナイトギガフォートレス・ジークフリート。バトレーの研究を基に嚮団で開発した、機動兵器である。
ナイトメアフレームが人型であるのは、パイロットとのシンクロ性を重視したためであるとされる。やはり人間は両手両足を持つ人型の方が、直感的に理解しやすいのである。
ただし、それが同時に欠点になる。人型という枠に填めねばならぬ故、どうしても限界ができてしまう。例えば人型である以上、腕は2本というのは絶対の条件だ。その上で兵装を考えねばならない。
KGFは、その枠を取っ払った。人型を捨てることで、第7世代ナイトメアさえ圧倒する戦闘力を持つ兵器を実現したのだ。
その上、ネージュに対抗する手段として、V.V.は能う限りの兵装を積み込んだ。基本の円錐型スラッシュハーケンにはブレイズルミナスの刃を、遠距離砲撃能力としてハドロン砲を、という具合である。
しかし、それすらヤルダバオトの前では玩具に過ぎない。いや、戦いにすらなっていない。打ち破るどころか、傷一つ付けられないのだ。
「何だよ!何なんだよ、これ!!!」
こんな理不尽なことがあっていいのだろうか。自分という存在全てを賭け、人としての生を捨ててまで成し遂げようとしたことが、指先で虫を弾くより無造作に蹂躙されていく。
それでもV.V.は、戦いをやめようとしない。もう自分が何をしているのかすらわからなくなっていた。それを、ヤルダバオトは無慈悲に粉砕していく。
気が付いた時、ジークフリートは戦闘不能になっていた。浮かんでいるだけ、という状態である。
「―原子の塵にまで還元してあげる。光子槍『イリス』!!!」
ヤルダバオトの手から、虹のように輝く槍が投げられた。それはジークフリートを貫き、爆発。後になってわかったことだが、その衝撃波はブリタニアの観測機に捉えられ、未知の超兵器として驚愕を与えたという。
世界を揺るがすような大爆発の中、ジークフリートは消滅した。
「ブリタニアなど3日で滅ぼせる」と豪語するネージュの面目躍如回。
ただの人にとっては「可愛い女の子」であり
仲間にとっては「多才多芸な頼りになる存在」であり
正体を知っている者にとっては「人知を超越した化物」であり
内面まで踏み込んだ者にとっては「わがままな超絶甘えん坊」であるのがネージュです。
ちなみにリディナは嚮団とライが関わる展開を考えた際にルーミリアの立ち位置になるべく考えられていたキャラです。
活躍の機会はないけど嚮団内にもこんな人がいていいのではないか、というので出しちゃいました。