コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 65 前夜の静寂

「で、どうするんだ、ルルーシュ?」

相も変わらず、C.C.がにやりと意地の悪い笑みを浮かべながら言う。状況はさらに悪化し、それと逆に比例するようにC.C.の機嫌は良い。

しかし、どうするんだと問われても、正直言ってどうしようもない。

「藤堂までもが見捨てたお前に付いて行こうなんて奇特な奴は、そうそういないぞ。だから言った通り、これ以上ぼろを出す前にこの国での活動は諦めてだな…」

C.C.が言っていることはもっともである。だがそれを、認めるのが辛い。

そもそも、自分はどこで間違えたのか。記憶をたどっていくと、シンジュク事変まで遡る。あの時、傍観するのではなく自分が主導権を握っていれば、展開は大きく違うものになったはずだ。

 

「今や、旭日隊の3人すら揺れている始末だ。口先だけでは、もうどうにもならんところまで来ているということだな」

かといって実績を示そうにも、そのための実力はすでにない。今下手に動けば、テロリスト扱いされて掃討されるだけだ。

中華連邦も、当てにはできない。帰国した曹将軍と大宦官の対立は抜き差しならぬところまで来ていた。そのうち内乱が起こる気配が濃厚である。

 

「そもそも、だ。特区政策はお前の愛する妹が主体となって進めている政策だろう。なら、兄として力になってやろうとは考えないのか?」

ユフィはともかくブリタニアの大部分の考えは、エリア11の安定化のために特区を認めたのである。『蒼』、藤堂に続き、ルルーシュが日本での抵抗を止めてしまえば、短期的には大成功と言っていいだろう。

ちなみに特区についての現状を述べると、ユフィに次いで熱心なのはコーネリアという意外な事実がある。甚だ不本意で始まった政策とはいえ、そう決まった以上全力を尽くすというのはいかにも彼女らしい。

しかもそれが、最愛の妹が肝入りで進めている政策となればなおのことだ。ブリタニア内での対立から崩れる、という展開も期待が薄い。

(だが、まだ手はある)

崩れないなら、崩せばいいのである。まだ、ルルーシュは諦めたわけではなかった。

 

 

「…………お前が護りたかったのは、日本という国だったということか」

エリア11、政庁。敵の本拠地に呼び出されたというのに、物怖じする様子はどこにもない。もっとも現状、この少年は殺すより活かす方がメリットが大きい。それが計算できる相手だと、しっかり見抜かれていた。

「……僕はハーフですから」

質問に対しては、少し違うと答えられた。ブリタニアと、日本。どちらか一つでなく、二つの祖国が共存共栄してほしい。それが望みだと言うのだ。

 

「………善処するだけはしてみよう」

コーネリアには、ハーフの考えは解らない。頭で理解することはできても、そう求める心の機微は決して体験できない。生まれ落ちた時点で決まっていることなのだから、どうしようもないことである。

とりあえず、エリア11内の反抗勢力が特区で大人しくしてくれるなら、それは認める。ここまで来てしまった以上、彼女もそこまでは譲歩していた。

 

「ただ、藤堂が司令官というのがどうにも気に入らん」

彼の軍才を恐れて、というわけではない。全力でぶつかっても勝てるかわからない相手というのは確かだが、それは戦略的条件が同じであればの話である。

今度の場合、日本は北九州という国土を得た。制限された戦力で、そこの防衛をまず考えなくてはならない。その上であれば、勝つ手段などいくらでも思いつく。

つまりコーネリアが「気に入らない」理由は、「何故お前が表舞台に立たない」ということである。

 

「日本軍を纏められるのは、彼しかいないでしょう?」

ライは少し答えをはぐらかした。200年前の亡霊に過ぎない自分は、裏方でいい。その思いを、コーネリアにも理解してもらうのは面倒だ。

と言うのも、隣の人を説得するのに散々苦労したからである。

「『蒼』はわたくしの客分として、政庁に勤めていただくことにしました。日本のことも判る人が、今後は必要となるでしょうから」

当初は、「二人目の騎士としましょう」だった。そうすれば、部下たちも親衛隊として正規の立場に組み込める。そう主張するユフィを「客分」で納得させるのに、骨を折った。

 

「……………」

コーネリアは明らかに不満げである。ただし反対だと口にすることはなかった。特区で自由にさせるより、政庁で監視できる方が安全だと思える。次は本当にフジ鉱山を爆破するかもしれない男なのだ。

しかし、そうすればそうしたで、今度は妹を取り込んで何かしでかすのではないか、という疑念がもたげてくる。もはや、遅すぎる懸念かもしれないが。

「……まあ、貴様との対立は避けよというのが陛下のご意向だ。であれば、それも認めぬわけにはいくまい」

ふう、と大きく息をついた。どうにも最近、周囲に妥協せざるを得ない羽目になる。見えない糸にからめとられている気分だ。

 

「……それと、アッシュフォードやシュタットフェルト、シェルトなどお前に関わった家は全てお咎めなしと陛下は明言された」

破格の厚遇と言っていいだろう。いくらフジ鉱山が大事とはいえ、ブリタニアに弓を引いた罪を許すというのである。皇家など、日本側も同じく一切の処罰なし。

コーネリアにすれば、ここまでするのは妥協のし過ぎだ。ご機嫌取りと言っていい。何か弱みでも握られているのではないかと勘繰りたくなってくる。

(……まさか、隠し子などということはあるまいな)

疑えないことはない。だが、さすがに邪推のし過ぎだろうとすぐに考えを捨てた。何しろ疑う相手が父親なのだ。そんな真似はしない人だと、信じたい。

それに20年位前の記録を調べても、シャルルと日本に接点はほとんどない。丁度、『血の紋章事件』の混乱でブリタニアを離れられなかった頃だ。その上、マリアンヌ皇妃がいつも一緒だった記憶がある。

では一体何がブリタニア皇帝を気後れさせているのか。それは、コーネリアには全く分からなかった。

 

 

「よう」

コーネリアの執務室を出ると、声をかけられた。相手は、わざわざ話し終わるのを待っていたらしい。そして目的の相手は、コーネリアではなく自分だった。

「ずいぶんお待たせしたようですね、エニアグラム卿」

どことなく、ユーインの面影を感じさせる。それゆえ、記憶が戻ってからはあからさまにならないように避けていた。

「……ふん。こうでもしないと、上手くスルーされるからな」

……つもりだったが、完全に見透かされていたようだ。

 

「用事は二つだ。…まずはこの間ベディヴィエールを中破させてくれた、あの龍のような機体について」

コーネリアにもとことん詰問されたことである。が、答えようがない。ネージュの仕業というのは確かとしても、詳細は教えてもらってないのだ。

「…こちらが保有する戦力は、すでに提示済みのはずですが?」

というわけで、そう答えるしかない。しかし、当たり前だが納得されるはずがない。究極の切り札として、隠していると考えるのが普通だ。……事実、まるきり外れというわけでもないのだが。

 

「……言いたくない、か。まあ当然の反応だな」

『その気になれば3日でブリタニアなど滅ぼせる』と豪語するネージュの存在は、ある意味最高の抑止力だ。どう足掻こうが勝ち目のない化物が敵にいるという恐怖は、そう簡単に越せるものではない。

「こちらも、聞けるとは思ってない。それに本命はこっちだ。さあ行くぞ」

それだけ言い、ライの腕をがっしりつかんで拉致していく。引きずられて着いた先は、鍛練場であった。

 

「………」

何をする気か、と戸惑うライに、ノネットは無造作に日本刀を渡す。もちろん真剣ではなく訓練用の模擬刀である。

「一度、立ち会ってみたかっただけさ。……本気で来いよ」

自身もすっと模擬刀を構える。その構えを見て、ライも気が乗った。ユーインが得意とした構えに、ふっと口元が緩む。

こうして、何度立ち合ったことか。『王』という立場も忘れて付き合えた、莫逆の友だった。リカルドから叙爵され新大陸に領地を与えられた際も弟に任せて、自身はずっと傍にいてくれた。

過去を思い出させるノネットの剣は、だがユーインには及ばない。彼の真似をしていた、弟の剣だ。

 

「………!」

五合もせず、ライの刀は喉元に突き立てられていた。ユーインなら、この隙はない。驚愕が一段落した後、ノネットの全身から冷汗が噴き出す。

「………では、失礼します」

刀を引き、鞘に納める。心のどこかが冷めた。都合のいい妄想としても、どこかで期待していたのだ。ルーミリアとエリスの関係と同じことが起きていないか、と。

 

 

学園に戻り表面上こそ取り繕っていたが、どこかに虚しさがある。新たに得たものも多いが、失った物も大きい。それを、改めて実感してしまった。

「………僕はもう、『王』じゃない」

自分に言い聞かせるように呟き、準備を始める。行政特区設立の調印式は明日だ。ユフィが復興させたシンジュクが、会場になる。

 

皇帝に動く気配はない。シュナイゼルは本当に無関心らしい。コーネリアは決められたことは守る人だ。ブリタニア側から、邪魔が入るという可能性は低い。

となると、問題はただ一人―。

「………。どうぞ」

思考を遮るように、ノックの音が響く。誰かと思えばルルーシュであった。そういえば、同じ建物で暮らしているというのに、私室を訪れたことも訪れられたこともない。

 

「……いや、大した話ではないんだが」

そう前置きして切り出したのは、ネージュのことである。学園から出て行くことも考えたライたちだったが、ユフィに引き留められてそのままになった。

ライたちにしてみれば嬉しいことではあるのだが、同居人が一人増えた。ネージュも住み着いてしまったのである。

「生徒会の副会長としても、しっかり把握しておきたい。………その、お前たちの子供ではないか、という噂が立っている」

 

「………」

もう諦めた方がいいのだろうか。一つは、ネージュの力による。「私がここにいても不思議に思われない」というギアスが常時展開されているらしい。人が勝手に、都合のいい解釈をしてしまうのだと。

とりあえず、実子ではないことは明言できる。孤児であって、懐かれてしまったので親代わりに保護している。このくらいなら、無難なところだろう。

「……まあそうだな。年恰好から考えても妥当な話だ。経済的な問題さえクリアされているなら、ここに住んだとて文句を言うつもりはない。あとはお前たちが、しっかり面倒を見ることだ」

それは改めて言われるまでもない。と言うより、甘やかしすぎの心配をするべきかもしれない。今もカレンと一緒に風呂に入っていた。「誰かと一緒にお風呂」というのが、すっかり気に入ったらしい。

 

「それなら都合がいい。……お前のことは、大体聞いた。何故、記憶もないのに『日本』という国のために戦うことにしたんだ?」

何故か。改めて考えてみると、成り行きでそうなったとしか言えない。カレンに誘われ、なんとなく力を貸すことにした。その結果行きついたのが、『蒼』という立場だ。

「……おそらく、この一点だけは記憶より深いところに染みついていたんだろう。僕はリカルドが嫌いだ」

しかし、ブリタニアという国自体は嫌ってない。むしろ愛着があるから、逆にろくでもない国にしたリカルドが許せない。そういう公憤は、確かにあった。

 

「それで、貴様はユフィを傀儡にしてブリタニアを思うままに変えよう、と考えていると?」

ルルーシュの声音が冷えた。しかしそれに対し、ライは失笑で返す。なぜなら、ユフィの器は、自分が及ぶものではないからだ。

「………もう少し妹を信じてやったらどうなんだ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」

「………!」

わからない、とでも思っていたのだろうか。ユフィの態度やマリアンヌ皇妃と繋がりのあるアッシュフォード家のことを考えれば、少し頭を巡らせるだけでたやすく正解にたどり着く。

 

「…まあいい。とにかく、ユフィをないがしろにするようなことがあれば許さん、それは明言しておく。それで、具体的にどうするか考えがあるのだろう?」

ブリタニアの平和(パクス・ブリタニカ)』構想を、ルルーシュは真剣に、だが懐疑的に聞いていた。ただ、否定はしなかった。指摘はしたが、難癖をつけたわけではない。

しかし、世界のためと考えれば、それが最善だと信じている。滅ぼす方が、はるかに簡単だ。だがその先の混沌を考えれば、ブリタニアの力は生かすべきなのである。

 

「……そろそろ風呂から上がってくるだろう。ありがとう、邪魔したな」

『大した話ではない』つもりが、世界の行く末になってしまった。このまま続けると長い議論になりそうな気配を感じたのか、ルルーシュが話を切り上げる。

「……………お前とは、もう少し早く話をするべきだったのかもしれない」

最後にそう呟き、去った。

 




書いているうちに詰め込みすぎのような感じになってしまった今回。

ルルーシュは「ギアスを掛けに来る」という展開も考えたんですけど、その瞬間ネージュに断罪されるので没になりました。

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