コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 07 学園生活

「う…、く…」

「目、覚めた?」

あの後、カレンは意識を失った少年を近くの廃ビルに運び込み、介抱していた。

目立つ外傷は頭の切り傷程度で、命になんらかかわるのもではない。あれだけ叩きつけられたにもかかわらず骨折の一つもしていないというのは、この少年の体が頑丈なうえに幸運だったのだろう。

「…君…は?」

「残念だけど、あなたが何者かわからない以上、答えることはできないわ」

銀色の髪に深い青の目。明らかに『日本人』と思えない容貌がカレンを慎重にさせていた。

 

「この声…、グラスゴーのパイロットか。無事なよう…、だな」

「おかげさまでね。…質問なんだけど、あなた、何者?どうして私たちに味方したの?」

「別に…、たいした理由ではないさ。虐殺というのが気に入らなかった、ただそれだけだ」

確かに、たいした理由ではなかった。そして敵ではないというのも明らかだ。ただ、それであれだけのことをするというのは異常だった。

「それだけ?」

「それだけだ…、…と、のんきに話している場合ではなくなったようだな」

カレンも気づいた。ブリタニアの憲兵だろうか、10人以上の集団がこの辺りを詮索していた。

 

どうするか。10人相手に立ち回る自信は、カレンにもない。もう一人は武器も持ってない。彼を連れては、逃げ延びることも難しい。

(死ぬほど嫌だけど―)

自分の中に流れるブリタニアの血。それを使えば何とかなるかもしれない。服装は少々難があるが、顔立ちは二人ともブリタニア人に見えるはずだ。

自分一人なら絶対に使わない手段。その思いがカレンを躊躇させ、そして油断に繋がった。

「…すまない」

首筋に当身をくらい、カレンは意識を失った。

 

 

「ん、ん…」

携帯のコール音に、カレンは目を覚ました。周囲は静まり返っていた。外も、爆音も何もしない。

(戦闘は!?それに彼は!?)

状況は把握できないが、とりあえず携帯に手を伸ばした。

『カレン、無事だったか!?何回鳴らしてもつながらなくて、心配したぞ』

相手は扇だった。とりあえず一言謝ったカレンは、簡単に気絶していたことを説明し、今の状況を聞くことにした。

 

扇によると、あの白いナイトメアも撤収し、その後理由は分からないがクロヴィスの名で停戦命令が出されたのだという。

カレンにはよくわからない話だったが、扇も他メンバーもわからない話なのだから仕方ない。

あの白いナイトメアが撤収した、というのは理解できる。銃を破壊され左腕を損傷しグロースターの自爆攻撃を受けたのだ。誰がどう考えても、一度整備が必要だろう。

だが、だからと言ってそれが停戦につながったとも考えにくい。残った戦力でも戦闘を続けるくらい不可能ではない。

 

『なんにせよ、戦闘は終わりだ。お前も合流しろ』

作戦は、今回も失敗に終わった。結局『毒ガス』は地下で拡散してしまったらしい。ガスによる人的被害がないのが、せめてもの救いと言える。

物資のほうはグラスゴーを失ったものの、釣りは十二分に手に入れた。撃破されなかったサザーランドが五機に大量のエナジーフィラーや武器弾薬。しばらく困ることはないだろう。

だが、トレーラーを運転していた永田の生存は絶望的だった。トレーラーの反応が消えた場所に向かったメンバーが見たのは、瓦礫の山だった。自決用の爆弾を起動したとしか思えない。

 

(永田さん…、ごめんなさい)

彼には奥さんとまだ幼い子供がいた。自分がもっとうまくやっていたら、あのサザーランドを倒すことができていたら、残されたものは泣かずに済んだだろう。

後悔するばかりの作戦になった、と沈み込む気持ちで携帯電話をポケットに入れようとしたカレンは、覚えのない紙が入っていることに気付いた。

広げてみると、ポイント座標とこの場所に行けという指示がブリタニア語で書かれている。

「……彼の仕業よね、これ」

気を失う前にこんな物があった覚えはない。もしかしたらもう一度彼に会えるかもしれないと、カレンの心は少し上向いた。

 

 

指示されたポイント。そこに隠されていたものに、カレンも扇グループのメンバーも息をのんだ。

「お、おい…。これって…」

故障しているとはいえ、二機のグロースターが佇んでいた。

「うん…。この程度なら簡単なパーツ換装でいけるわね」

あの銀髪の少年は、三機ものグロースターを奪取していたのだ。しかも、機体に大した損害を与えることなく、である。

「と、とにかく運び出そう。これは、今後の俺たちにとって大きな力になるはずだ」

興奮して声が上ずっている扇であったが、言っていることは間違ってない。グロースターを持っているレジスタンスなど、世界中を探してもないだろう。

 

ただ、そこに彼の姿はなかった。

「ねえ、カレン。彼は…」

目を覚ました時、憲兵の姿もなかった。ということは、彼は囮になったのだろうか。とにかく消息は、一切わからない。

「銀色の髪に青い目のブリタニア人みたいな少年ね…。とりあえず知り合いのグループにもいないっていうのは断言できるけど」

「そうだ!井上さん、これを分析してください」

カレンが出したのは血の付いたハンカチ。彼の血を拭うのに使ったものだ。

「……なるほど。キョウトに問い合わせてみるわね」

彼ほどの実力者でレジスタンスに所属しているのなら、キョウトとつながりがあっても何らおかしくない。ブリタニア人としても、キョウトならブリタニアのデータベースと照合するくらいは可能だ。

何にせよ、彼の素性を知る手掛かりにはなるだろう。

 

一方でレジスタンス活動のほうであるが、しばらくは身を潜めるべきだという意見が大勢だった。あれだけの大騒ぎをしたのだから、ブリタニアの締め付けは一層強化されるだろう。

カレンもそのことについては異存がない。このグロースターを扱う訓練でもしようと思っていたのであるが、リーダー命令でそれは一転した。

「カレン、お前、明日からしばらく学校に行け」

のちのことを思えば、この一言も歴史を変えた運命の言葉と言えるだろう。

 

 

「はあ…」

結局ここに来ることになるのかという思いを、ため息一つにとどめたカレンであった。

私立アッシュフォード学園に通う名門貴族シュタットフェルト家のお嬢様。それが、カレンのもう一つの顔である。

勉強自体は嫌いではない。休むことが多いとはいえ、その分努力しているので成績も優秀だ。だが、ここにいると自分が壊れていくような気がして、それがカレンは嫌だった。

昨日と同じ今日があり、今日と同じ明日が続くと思われている平穏な世界。それはこの租界の外の現実には目をくれることがないため認識されることがない、ブリタニアのための世界。

昨日の新宿での戦闘がネット上に流れたらしいが、それをまるで遠い国、いや、フィクション作品のように閲覧している生徒がいる。

そんな連中と同じ世界で自分を偽り、病弱なお嬢様という仮面をつけて生活する、というのがたまらなく嫌なのだ。

 

適当に授業を受け、適当に話を合わせ、時間が来たらさっさと下校…、あるいは調子が悪くなったと言って早退しようかと考えていたカレンであったが、その思案は少々狂うことになる。

「シンジュクのことは誰にも言うな」

とある男子生徒から、こう言われたからだ。

親しい仲ではない。もっとも、表面上の付き合いしかしないカレンと親しい生徒などいないのだが、それでも会話をしたかどうかの記憶もあやふやな相手である。

そんな相手に、何故そんなことを言われなくてはならないのか。それを突き止めようと、放課後まで残ることにしたのだ。

黒髪に紫の目。生徒会副会長のルルーシュ・ランペルージという生徒だった。

 

しかし、その予定すらも狂った。

(え……!?)

話がある、とルルーシュから誘われて生徒会室のあるクラブハウスに向かう途中、信じられないものを見てしまったのだ。

「何してるの!手伝いなさい!!!」

病弱なお嬢様、という設定も忘れて駆け寄り、ルルーシュに向かっては叫んでいた。

銀色の髪の少年、間違いなくあのグロースターの少年が、クラブハウスの壁にもたれかかるようにして崩れ落ちる、その瞬間を見てしまったのだから。

 


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