コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 64 帰趨

「成程、曹将軍は良器だ」

発端は澤崎であり、最終的な決定は大宦官によるもの。無論、これが曹将軍の言い訳にすぎないことなのは百も承知ながら、ライは部隊を停止させた。衛星基地の一つを奪い、そこに拠る。

「ねえ、これが嘘ってことはないの?」

カレンの疑念に、「それはない」とあっさり答えた。前線の部隊が戻るまでの時間稼ぎなら、フクオカ基地を捨てることはない。ところが、そこから撤退が開始されているのだ。

つまり、曹将軍は次の敵を見据えている。その敵とは日本でもブリタニアでもなく、大宦官である。

 

(大宦官の器量では、使いこなせまい)

大宦官が曹将軍を全力で庇うという可能性は、億万に一つだろう。であれば彼の生き残る道は、内乱を起こすしかなくなった。大宦官が簡単に折れればいいが、そうでなければ大乱になる。

遼東軍管区を独立国とし、大宦官と戦う。結末がどうなるにしろ、終結までにはかなりの時間がかかる。そしてそれは、日本の講和派とブリタニアにとって悪いことではない。

それが、曹将軍の計算である。ここで自分を討ち果たすより、見逃しておく方が得になるぞ。言外に、そう言ってきているのだ。

 

悠然と、去りゆく中華連邦軍を見守る。空いたところは、即座にダールトンの部隊が埋めていく。とはいえ苦虫を噛み潰したような表情をしていることだろう。上手く利用されたという思いは、消えないはずだ。

詰まるところを言えば、今回はワンオフ機の性能に任せた力攻めに過ぎない。戦術などあって無いようなものだ。異端のやり方であり、軍人として優秀であるほど『考えたくない』方法となる。

そこに、曹将軍もダールトンも引っかかった。

 

ともあれ、これで日本は拠って立つ土地を手に入れたことになる。フクオカ基地も、このまま軍事要塞として使える。ブリタニアの目算も狂わせる、完勝と言っていいだろう。

「……これで、『蒼』の役割も終わりか」

予定より、はるかに短い道となった。その一因がゼロであることは間違いない。あの男が場をかき回してくれたおかげで、ブリタニアも譲歩せざる状況まで追い込まれたのだ。

ただ、これから先は、逆に彼の存在が邪魔になる。しかしいきなり討ち果たすわけにもいかない相手だ。故に、まずは足元を切り崩すところから始めるべきだろう。

すでにその手は、神楽耶が打っている。

 

 

「………『蒼』が、フクオカ基地を奪取したそうだ」

藤堂は腕を組み、目を閉じながら朝比奈、仙波、千葉にそう告げ、黙り込んだ。まるで、瞑想しているかのようである。

そうこうしているうちに、エリア11全土に向けて副総督ユーフェミアからの公式発表が行われた。

特区構想とその場所が北九州となることは、すでに公表されている。それに賛同した『蒼』がブリタニア軍と共同で中華連邦軍に当たったということが、今回発表された。

そしてその布告の最後はこう結ばれていた。「『蒼』に続く者が、現れてほしい」と。

 

「藤堂には、日本軍の総司令官職に就いてもらいたいのです」

ユーフェミアとの間で、話はついていたのだろう。神楽耶の意向が伝えられた時、藤堂はまずそう思った。

『蒼』ではないのか、と思ったが、彼には日本に留まるつもりがないらしい。となれば、能力で考えてまず自分の名が挙がるのは納得できる話である。

「いい話だと思いますけどねえ」

朝比奈などは、冗談めいた口調でそう言う。評価されたのは嬉しいことだが、この誘いには裏の意図が隠されている。

 

「片瀬少将はいまだゼロとの協調関係を崩していない。キョウトは、その片瀬少将を見限ったということだ。それは、解放戦線と黒の騎士団を見限ったということでもある」

そうでなければ藤堂に名指しで話が来るわけがない。新生日本軍は規模に制限がかけられる以上、指揮官も兵も質を高めるのは当然の方針だ。

つまりキョウトは藤堂を引き抜くと同時に、解放戦線内の優良分子にも誘いをかけている。心が揺れる者は多いだろう。

 

「…それで、どうします?」

キョウトの援助はなくなり、残るのは説得に応じない強硬派か悪質な部隊のみとなったりしたら、もはや戦争をする以前の問題だ。千葉としては、そんなところで藤堂に腐ってほしくない。

と同時に、それでも片瀬を見捨てられない藤堂の義理堅さに魅かれていた。

「……………」

案の定、藤堂は無言を通している。それを見た仙波が、話を変えた。取り出したのは日本酒の一升瓶である。

「秘蔵の一本がありましてな。まあ、祝いにしても気晴らしにしても、今日くらいは」

 

 

「……で、どうするんだ、ルルーシュ?」

C.C.がにやりと笑う。相変わらずこの女は、ライの活躍と自分の苦難を楽しんでいるように思える。しかし、そのくせ裏切るそぶりは見せない。

「もう日本での活動は諦めたらどうだ?元々、お前にはこの国に執着する理由は薄いだろう。となると、次は中華連邦かEUか…」

まるで、自分も付いて行くのが当たり前のような口調である。何故この女は自分を見捨ててあの男の元に行かないのか。いくら頭を悩ましても、答えが出たことはない。

 

(…まあいい。問題は、他だ)

C.C.については、もう放っておこう。それより考えねばならぬのは、放っておけば離反者が大量に出るであろうということである。防ぐには、どうしたらよいか。

「藤堂さえ抑えておけば、良い」

藤堂が残るなら、出て行くことを躊躇う者も増える。そして彼を説得するのはそう難しいことではない。基本的に軍人なのだ。上官の主張が、理の通ったものであれば納得する。

特区政策がこの先どう転ぶかは未知数だ。ブリタニアの譲歩も限度があるだろう。再び戦争になる可能性は大いにある。特区不参加、戦力の現状維持は必須だと頷かせるには、充分な説得力となるはずだ。

あとは新たな糧道をしっかり確保すれば、当座はしのげる。その間に情勢が変化すれば、回天の機はある。

「よし、片瀬に連絡だ。今後のことを話し合わねばならないのも、当然だしな」

ところが、いつまで経っても藤堂と四聖剣は姿を見せなかった。

 

 

「…………む?」

状況を整理してみよう。確か、皆と話し合っていたはずだ。そのうち仙波が酒を持ち出してきた。一杯くらいはいいかと思って飲み干したところ、耐え難い睡魔に襲われた。

そして今は、移動するヘリの中である。

「……………」

仙波を見据える。黙って頭を下げられた。千葉は視線を逸らし、朝比奈は「あ…、お目覚めですか」とひきつった声で言う。それで、大体理解できた。

 

体勢を整え、どっかりとシートに腰を下ろす。無言、腕組み、目を閉じた不機嫌な表情ながら、そうすることでほっと一息ついた音が聞こえた。

「………」

嵌められた、というのは快いものではない。しかも誰よりも信頼していたこの3人に、である。しかしそれが、誰よりも自分のためを考えての行動だというのは理解できる。それゆえ、無言で通した。

ヘリの向かった先は富士山。キョウトの本部である。

 

「……皆を恨まないでください。発案は、私なのですから」

藤堂は依然として無言。あたふたしながら、神楽耶が弁明を続ける。説得が不調の場合、とりあえず一服盛って攫ってしまえという、馬鹿馬鹿しいほど単純な手であった。

これがもう少し込み入った手で片瀬やゼロとの離間を図るというのなら対処もできたが、ここまでシンプルにやられるとどうしようもない。嵌められた本人でなければ、笑い話にしかできないところだ。

 

さて、問題は、これからどうするか、である。

解放戦線に戻るというのは、最後まで筋を通したい藤堂にとってはまあいいだろう。だが四聖剣ですらこの状況では、一般兵の感情は推して知るべしである。

「少し、考えさせてもらってよいでしょうか」

そう言って、外に出た。一つ確かなことは、とりあえず道場でも開いて静かに暮らしたいという夢はまだまだお預け、ということである。他が、放っておいてくれない。

 

「藤堂さん」

かけられた声は、四聖剣のものではなかった。解放戦線の兵士たちが10人ばかり、後ろに並んでいたのである。三人が藤堂を運び出す姿に気づき、止めるどころか「俺も」「なら俺も」と我先に逃げ出してきたという。

「片瀬少将たちのことを考えるばかりでなく、俺たちのことも考えてください」

解放戦線は、日本のために戦う組織だったはずだ。ゼロのために戦う組織では、決してない。片瀬がゼロに追従するのを、快く思わなかった者は多い。

 

無論、誰もが思っている。自分たちの手で敵を駆逐し、日本の全てを取り戻したい、と。そのためならゼロと手を組むことだって良しとした。

だがそれは、現状を見ればもはやかなわぬ夢である。

「……解放戦線はもう終わりです。このままだと討伐されるのを待つだけか外国に逃亡するか…」

しかも、討伐となれば特区の日本軍も動員されるだろう。敵からテロリストと呼ばれ、敵を裏切り者と呼んで、日本人相手に殺し合う。少し良識があれば、そんな救いようのない戦争を行いたい奴などいない。

 

「もう俺たちは、『蒼』の構想に乗るしかなくなったんですよ。藤堂さんが乗るとなれば、解放戦線の奴らはみんな付いて行きます」

「あの藤堂が見捨てた」となれば、気後れすることなく出奔してくるであろう。皆を救うために、どうか節を曲げてほしい。そう言われて、藤堂は内心で自嘲した。

(……どうやら自分は、大きくなりすぎたようだ)

奇跡と言われた『厳島の戦い』の勝利。それは軍人としては大成功だったが、藤堂鏡志朗という個人としては大失敗だったのかもしれない。

もはやこの身は、自分の責任だけを背負えばいいものではなくなっていた。

 

―藤堂鏡志朗、特区日本に参加。それをユーフェミアは、盛大に歓迎した。

 




藤堂離反。ゼロ包囲網がまた狭まりました。

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