コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 63 キュウシュウ戦役

「援軍第一陣が『天叢雲』以下35機、第二陣が総督率いる150機、となっております」

憮然とした表情で、ダールトンは報告を聞いていた。ナイトメアの数だけなら、現状と合わせて500機ほど。北九州に展開する中華連邦軍を叩き帰すには、充分な戦力と言っていい。

(しかし、『蒼』を先鋒として使えという命令とは…)

政治的な配慮であり必要性も理解できる。ただ、軍務に持ち込んでほしくないのだ。おそらくコーネリアも同じ思いだろうから、命令元はシュナイゼルか。

さらには、ユフィからも「使い捨てにしたりすればブリタニアの沽券に関わる」と言われていた。助けないわけにもいかなくなった。

 

それにしても、と挨拶に来た人物を見て思う。本当に目の前のこの少年が、自分たちを翻弄していたのだろうか。ついそう思ってしまうほど、外見は戦場に似つかわしくない。

「……ふーん。君が『蒼』だったんだ。只者じゃないとは思ってたけど」

マーガレットは納得するところがあるらしい。その理由を聞いてみて、ダールトンも思い出した。ホテルジャックの際、解放戦線の兵士を斬り殺した少年。あの男か。

 

「できれば、第二陣の到着前に片を付けたい」

平然と、そう言われた。先鋒で使われることは解っているだろう。800機と推定される敵の中に突っ込むのだ。包囲されれば、袋叩きである。

(…『ウラノス』で、100機も倒せばいいと思ってるのか)

ハコネ基地を陥落させた時の戦闘データを見れば、そのくらいはできるだろう。数十機のサザーランド部隊が、あっという間に壊滅した。ほぼ、『ウラノス』一機に負けたような戦いだったのだ。

しかし、そんな馬鹿な自信で作戦を考えられてはたまったものではない。

 

ただ、早いうちに片づけたいというのは、ダールトンも同じである。嫌な報告が上がってきていた。江南軍管区の軍が、独断で動こうとしているのだ。洛陽のやり方に、愛想が尽きたらしい。

「中華連邦とは、まだ本格的に事を構えたくない」

ブリタニア内での共通認識である。今回の講和でエリア11が落ち着けば、その時こそ正面対決となるだろう。いや、EUを片づけてからか。

大宦官はその程度のことが読めず、ただ現状の安楽を求めているだけだ。奴らのことであるから、不利になれば国の代表である天子にすべての責任をおっ被せ、自分たちは降伏すればいいとでも考えているのだろうか。

まあ、それもその時になってからの話だ。今の情勢とは、関係がない。

 

 

「大丈夫ですよ。ライが負けるなんて、想像できませんから」

本当にこの人は何なんだ、とロロは思う。その根拠のない自信は、一体どこから生まれてくるのか。このふわふわした感覚を受け入れられる日は、果たしてくるのだろうか。

つい先日まで戦争をしていたブリタニアと日本が、手を組んで作戦などできるはずがない。ロロの懸念はそこにある。ユフィの訓戒も、どこまで効き目があるか疑わしいものだ。

「特派所有の戦力をキュウシュウに向けるよう、コーネリア総督なりシュナイゼル殿下に要請してみてはいかがでしょうか?」

ラヴェインのフロートユニットも修復された。租界にランスロット、ベディヴィエール、ラヴェインを配置するのは、騎士団に対する防衛としては過剰だろう。

そう思って提案してみたのだが、ユフィは何の不安も感じてないとしか思えない。

 

「………」

軽い目眩を感じ、席に着く。改めて、今の境遇を考えてみた。ギアスを失い、暗殺はライとネージュに禁止された。ここでは明確な命令をくれる人もいない。以前の自分が持っていたものを、すべて失った。

(でも、僕は生きている―)

ロロにとって、驚きなのはまずそれなのである。生体機能を持つだけの、人殺しの道具に過ぎなかった自分にも、他にできることがあったのだ。

 

「……大丈夫ですか、ロロさん」

騎士である、スザクもユフィと似たようなものだ。唯一、話が通じるのはこの少女だけだと言っていい。

「とにかく、二人で殿下を支えよう」

話し合った結果、ロロとマリーカの間で達した結論である。上の二人が頼りない以上、自分たちで何とかするしかない。

そうなると、ロロの心境にまた違った変化が生まれてきた。自分で考え、自分から行動する。命令を待っていたら、何もやることがない。今までは全てトップダウン式だったが、ここではボトムアップ式だ。

そして、マリーカの存在も大きかった。初めて、横の繋がりというものを意識したのである。

 

一方で、マリーカの方も大変だっただろう。

「今後は『蒼』と協力し、事に当たる」

そう言われて、彼女が大反対したのは言うまでもない。納得させる方法はただ一つ、『蒼』の正体を教える以外になかった。

『王』やギアスのことは省いたが、それを抜きにしても衝撃だったことは間違いない。一晩部屋に籠り、翌日の昼近くになって泣き腫らした目で出てきた。

「申し訳ありませんでした。兄のことは戦場で起きたことですから……」

戦争であれば、仕方のないこと。一晩かけて、自分自身にそう言い聞かせたのだろう。それからは、以前と変わった様子はなかった。ただ、隠していた写真立ては、空になっていた。

 

救いだったのは、兄のキューエルが生きていたということだ。そうでなければ、彼女の葛藤はもっと大きいものになったはずだ。

(………しかし、割り切ろうとして無理をしてなければよいのですが)

肉親を傷つけられて、そんな簡単に割り切れるはずないのである。コーネリアに何かあった場合に置き換えてみれば、容易に想像はつく。

とは言っても、想像は想像である。共感はできても、実感したわけではない。今ユフィたちが何か言っても、彼女の心までは届かない。機を見て、何かしてやれることを探すしかない。

ユフィが懸念するのは、その点だけだ。キュウシュウ戦線など、不安は微塵もない。

 

 

35機の突進。その先頭に立つのは、当然のごとく『紅蓮』である。

「敵の防衛線を一点突破し、フクオカ基地まで一瀉千里で走る」

それで勝てる、とライは宣言した。仮にダールトンが全く動かなくても、である。

「35対800、と見るから隙が見えなくなる。35機で、フクオカ基地の150程度を打ち破ればいい」

戦力の質は圧倒的にこちらが上なのだ。ウラノス、紅蓮、雪花らワンオフ機は言うに及ばず、量産型も月下はもちろん無頼改でも鋼髏より上回る性能を持っている。

鋼髏の売りは保有火力に対する生産性の高さ、つまりコストパフォーマンスが良いということであって、大量配備は『質より量』という考えの現れなのだ。

それゆえ、35対150というのは、決して無謀な数字ではない。

 

「邪魔しないで!」

カレンの操縦は、いつもの鋭さと変わりない。ブリタニアに味方すると言っても、今回は制圧した北九州の地が日本領となるのだ。国土を取り返す戦いとなれば、彼女にも納得できる。

……ただ、そう思っている時点で「気負いすぎ」なのである。カレンが「いつもの鋭さ」で紅蓮を駆れば、当然部下が追い付けない。

「!?」

警告音が鳴り響く。誘導ミサイルだ。わずかに突出したところを、狙われた。

だがそのミサイルと発射した敵は、はるか遠くからの砲撃によって爆散した。

 

『………まったく、割り切ろうとして無理しすぎなのですよ』

プライベートチャンネルで通信が入る。2秒ほど躊躇った後、カレンはその相手に礼を言った。どういたしましてとそっけなく返されたが、いい加減長い付き合いになってきたカレンには彼女の機嫌の良さがわかる。

「……気に入ってるようね、その『アルテミス』」

遠隔狙撃特化型。ルーミリア専用機として作られたのが『アルテミス』である。租界戦で乗機を失い、専用機のはずだった『朧月夜』を奪われた彼女にしてみれば、ようやく念願叶ったというところだろう。

しかし、問題は名前で解る通り、これは特派製作の機体なのである。ウラノス関係で入り浸っていたライに付いて行きながら、ちゃっかり自分用の機体を作成してもらっていた。

 

その射撃の正確性は、驚嘆するしかない。指揮官級の敵から、誤らず撃ち抜いていく。35機の突進が遮られない大きな理由の一つは、戦う前から敵の指揮系統が破壊されていることにある。

(本当に、ルーミリア向きの機体だわ)

敵の射程外から、一方的に撃ち抜く。それだけでもえげつないが、それ以上なのは彼女の行動予測の正確性なのである。

弾丸というのは、どんなに正確に狙っても真っ直ぐ飛ばない。風、重力など、人にはどうすることもできないさまざまな影響を受ける。

それらは機械が補正してくれるものの、一つだけどうやっても機械にはできないことがある。目標が、着弾までにどう動くか、だ。

その予測について、ルーミリアに勝るものがいるとすればライだけだろう。

 

アルテミスが崩し、紅蓮が抉り、ウラノスが粉砕した敵を、部下のナイトメアが掃討する。中華連邦の防衛線は、あっという間に崩壊した。あとは、フクオカ基地まで奔るだけである。

「何がどうなっている!?」

何故、たった35機の部隊に窮地に追い込まれているのか。澤崎には、全く理解できない。しかもその指揮を執っているのが『蒼』だという。

黒の騎士団が大敗し、ただでさえ澤崎の立場は微妙なことになっている。慌ててキョウトと連絡を取ろうとしたが、通信は途絶していた。

「………騙された」

中華連邦軍を動かし、ゼロとともに日本を解放せよ。キョウトからそう指示を受け、勇躍したものだ。だが、その目論見は潰え、キョウトは『蒼』と手を組んだ。そして自分は邪魔者として、見捨てられたのだ。

こうなれば、戦うしかないだろう。一縷の望みを託し隣にいる曹将軍を見やるが、悲痛な表情を発見しただけだった。

 

「……………」

やられた、という思いがある。35機という少数が、判断を遅らせた。後にダールトンの300機が控えている。追えば、本隊に背中を見せることになる。そこに追撃を受ければ、全軍が崩壊する。

部下たちは、まさにその罠にかかった。迷う間に、敵の姿は消えていた。35機を相手にしているようで、実際は335機を相手にしているのである。

「……占領地を放棄する」

曹将軍の言葉に参謀たちは戸惑い、澤崎は血の気を失った。まだ、負けたわけではない。いや、数の上では圧倒的なのだ。質で劣るとはいえ、勝ち目が無いわけではないだろう。

 

「負けてからでは遅い。今なら、遼東に戻り再起できる」

再起、というのは、再び日本に攻め込むという意味ではない。ここで敗北した場合、命運は二つしかない。戦で敗死するか、洛陽の命で刑死するかである。

大宦官は、間違いなく自分を犠牲の羊に立てるだろう。そんな命令に従う気など、あるはずない。拒むとなれば、軍事力を背景に脅すしかない。であれば、ここで戦力を失うわけにはいかないのである。

そもそも、曹将軍に自分の命運を賭けて日本のために戦わねばならぬ義務など、どこにあるか。今回、よしんば勝ったところで傷が深ければ、その後を勝ち抜くことなどできないだろう。

 

慌ただしく、撤退の準備が始まった。積めるだけの荷物を積み、溢れたものは処分する。

(得たものは、ブリタニアでも名将の名が高いダールトン将軍を苦しめたという名誉だけか)

損失に対し、あまりにも小さい。もう少し早く撤退を決めていればよかった。『蒼』やコーネリアにも一泡吹かせてやると気負ったところが、無いわけではなかった。それがまずかった。

「一つ、やっておかねばならぬことがある」

澤崎はもはや置物と化していた。茫然自失とは、このような状態を言うのだろう。銃口を向けられて、ようやく反応を見せた。曹将軍の一歩ごとに、澤崎が一歩後ずさる。

 

「貴様との好誼も、ここまでだ。貴様の口車に乗った愚かな将軍という不名誉は、甘受するしかあるまい」

大宦官が澤崎と自分に全ての責任をかぶせるつもりなら、自分は澤崎と大宦官に全ての責任を押し付けるだけである。

「ままままま、待ってくれ。……死にたくない。私はまだ、死にたくない。……そうだ、『蒼』をこちらに引き込めばいい。その説得ができるのは、私しかいないだろう?」

蒼白な顔で命乞いする澤崎を、曹将軍は無慈悲に撃ち殺した。怒りや怨みというより、馬鹿馬鹿しいという思いの方が先に立つ。

「『蒼』に通信を繋げ。我らは撤退する。賠償は、洛陽に請求するように」

 




何故か考えていくうちに曹将軍が有能化してしまった今回。彼は彼で生き残るにはどうしたらいいかを考えたというだけなのですが…。

そしてルーミリア機『アルテミス』登場。もう少し活躍させたかった気がするもののそうするには相手が持ちこたえられない。
なお、現状はレンタルです。

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