コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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 外伝 7年前、伊豆

『行政特区日本』設立の決定―。この先どうなるかは不明なままだが、一つの区切りができたことは間違いない。

シュナイゼルとの会談を終え、北陸戦線でコーネリアが撤退する様子を見届けたライは、ある場所へと足を運んだ。

もっとも、今日は彼の方がおまけである。主役はカレンや扇、それに玉城や井上たち旧扇グループのメンバーの方だ。

 

「ナオト…、ようやく報告することができた。ほんの一部とはいえ、俺たちは日本を取り戻したぞ」

カレンの兄、紅月ナオトの墓である。実のところ遺骨も納められてない墓だが、弔う人にとっては象徴足り得る場所なのだ。

「………」

一人一人が思い思いのことを長く語り掛ける姿を、ライとネージュは無言で見つめていた。

 

問題は、まだまだ多い。

シュナイゼルは約束通り皇帝の内諾を取ったらしい。混乱が起きぬよう準備を整え、数日中には公式発表に至ると言う。ただ、不満を内包する者は多いだろう。

日本側とて、全員が全員諸手を挙げて賛成するわけではない。とはいえ、一時的にせよ全土のレジスタンス活動は停止している。今後をどうするかの議論で、それどころではないというところか。

次いで、国家の立て直し。まず領土として中華連邦に占拠されている北九州を、奪い取らねばならない。が、これはいい。成算は十二分にある。急ぐべきはその後の統治機構と産業の立て直しの方だ。

 

フジ鉱山は今後厳重な管理下に置かれるだろう。それにブリタニアと手を組むとなれば、もう密売で稼ぐことはできない。

「ブリタニアには秘匿していたのだが、実は北九州にもサクラダイト鉱脈がありそうなのだ」

そう教えてくれたのは桐原である。それに7年間NACとして保護してきた技術者たちを、皆移す。それで工業再生の端緒はつく。あとは、時間が発展させてくれるのを待つしかない。

「………」

その中で、自分は何をすべきなのだろう。神根島で玉城に言われたことだが、その予定が全くない。強いて言えばユフィの手助けをすることであろうか。…許してくれるならば、だが。

 

「……あれ、ネージュは?」

物思いに耽っているうちに、墓参りは終わったらしい。そして隣にいたはずのネージュの姿も消えていた。どこに行ったのかと思って辺りを見回すと、桃を抱えて戻ってきた。

「直売所があって買ったらいっぱいおまけしてもらっちゃった。みんなで食べよー」

そして、自分でできるにも関わらずカレンに「剥いてー」とねだる。こういうところは、どこまでも子供である。それが演技なのか素なのか、いまいち判別できない。

そしてカレンの方も「仕方ないわね」と苦笑いしつつ、穏やかな表情で受け入れていた。井上などから言わせると、「ずいぶん丸くなった」となるらしい。

 

(桃、か…)

手元から立ち上る芳香に、記憶野が刺激された。あの日の思い出にも、この香りがあったのだ。

 

 

―7年前、戦争が始まる直前のことである。

 

「それじゃあ、お母さん、お兄ちゃん、行ってきます」

引越しの片づけが終わり、桃を片手にカレンは走り出した。前にいた町を出発する直前、見知らぬ少年からもらったものだ。

「遅くならないうちに帰ってくるんだぞ」

その背に向かって兄が呼びかける。が、その姿はあっという間に小さくなった。

「やれやれ、わが妹ながら呆れるな…」

10歳の少女とは思えない脚力に、兄は苦笑いで見送った。あのお転婆で、嫁の貰い手は見つかるのだろうか。今は自分に懐いているからで、好きな男ができれば変わるのだろうか。

 

カレンの行き先は、電車から見えた高台だった。町が一望できそうな場所だ。桃はそこで食べるつもりなのだろう。

「着いたっ!」

高台の上は公園になっている。が、カレンの家のある方向はちょうど木々に遮られて見ることができない。それが不満で見渡せそうな場所を探していると、森の中に進む人影を見た。

「………あれ、何?」

真っ白な少女だった。何か、この世の物ではないものを見たような気がした。恐怖と、好奇心。後者が勝ったカレンはどんどん森の中に入っていった。

 

視界が開ける。崖になっているのだ。そこからなら自分の家もよく見えるだろう。

もしかすると、あの少女はそのことを教えてくれたのではないか。そんな思いにとらわれたカレンだが、少女の姿はどこにも見当たらない。

「………」

もしかしたら、その木の陰にいるかもしれない。そう思ったカレンは、崖近くまで足を進めた。

 

その場所に、その人はいた。

銀色の髪、深い海のような色の瞳、表情に哀愁が漂い、身に纏う服は昔のブリタニア貴族のようで、まるで絵に描いたような光景にカレンは数瞬見とれていた。

「………」

男は無言でカレンのほうを見た。まだ20歳にもなってないだろう、『少年』と形容するべき年齢だった。

 

「あなた、誰?ここで何してるの?」

言ってから気づく。相手は明らかにブリタニア人なのだから、日本語で話しかけても分からないだろう。

そう思い、勉強中のつたないブリタニア語で話しかけようとするが、それより早く相手が口を開いた。

「誰、と聞かれてもな…。何をしているかなら答えられる。風景を見ていた」

日本語、だった。それも日本人と変わらないほど流暢な。そのことにびっくりしたカレンは桃を取り落としてしまった。

「おっと」

崖から落ちそうになる桃を、少年が拾い上げる。気をつけるんだな、と言い、それをカレンに手渡した。

 

「あなたのしてることって、それだけ?」

「そう、それだけだな。僕は何をしているんだか…」

変な人だ、とカレンは思った。しかし危ない人ではない、とも思った。理由は無い。ただの直感である。

「桃、食べる?」

これも直感だ。手渡す瞬間に垣間見た表情から、なんとなくそう思ったのだ。

「いいのか?」

「いいよ。お兄ちゃんが拾わなかったら、崖から落ちちゃってたもん。半分あげる」

それなら、とカレンの手から桃を受け取り、なんと日本刀を使って皮を剥きはじめた。長さからして短刀だろうが、日本刀を使うブリタニア人というのにカレンは再び驚いた。

「……手で剥けるよ?」

カレンが言葉にできたのはそれだけだった。どこから突っ込んだらいいのかわからず、言葉が出なかったのだ。

「桃は切り分けて食べるものだろ?」

そう言って削いだ果肉の一片をカレンに渡す。確かにかぶりつかれるよりこっちのほうが気分がいいので、カレンは何も言わないことにした。

桃はよく熟れていて、甘かった。

 

「カレン!」

森の中に兄の姿が見えた。家を出てから結構な時間が経ったので、探しに来たのだ。

桃を食べ終わってからは特に話すことも無かった。謎の少年はただ風景を見ていただけで、カレンはただそれを見ていただけだった。

「駄目だろう、こんな危ないところに、知らない人と来るなんて」

「一言言っておく。私のほうが先客だ。私がいたところに勝手にやってきたのだから、勘違いされては困る」

この少年の口調が、二人だけのときとまったく違うことにカレンは気づいた。優しそうな感じが一切消え失せ、冷徹な、鋭い刃物を思わせる感じになった。

「…あ、それは申し訳ない。だけど、一人で来るのも駄目だ。崖から落っこちたらどうするんだ」

「……ごめんなさい」

「反省したのならもういいよ。さあ、家に帰ろう」

そう言って兄はカレンの手を引く。カレンに多少の後ろ髪を惹かれる思いはあったが、手を振りほどくことはしなかった。

 

「ちょっと待て」

二人を引きとめ、少年は短刀を外した。

「桃の礼だ。亡くなった妹の守り刀として打たれた物で、そこそこ価値はあるはずだ」

「いいの?大事なものなんでしょう?」

鞘や柄の細工も見事なもので、邪気や災厄を払うお守りとして作られたものなのだろう。そして亡くなった妹の形見でもあるものをもらっていいとは思えなかったのだ。

「売ろうが捨てようがかまわない。……私にはもう、持つ資格などないのだから」

哀しく、寂しい声だった。その声に受け取らなければ悪い気がして、カレンは短刀を受け取った。そしてそれを、兄に渡した。

「お兄ちゃんが持ってて。この刀が、お兄ちゃんを守ってくれるように。私のことはお兄ちゃんが守ってくれるから」

元々の持ち主だった少年は驚いたようではあったが、怒った様子はなく兄に言った。

「信頼されているのだな。妹を大切にしてやれ」

その言葉も哀しく、寂しいものだとカレンは思った。

 

 

―その後のことについて、カレンは知らない。

 

「……まさか妹の形見を渡すなんてね。あの子にそんなに感じるものがあったのかしら」

7年後の世界で、誰とライを組ませるか。ネージュにしてみれば遊びみたいなものである。面白くなれば、それでいい。

だから誰であれ、最初に出会った相手と組ませようという考えは変わってない。少々予想外なことが起きたが、許容範囲内であろう。

 

「おやすみなさい、ライ。目覚めた世界が、あなたにとって色鮮やかな世界であればいいんだけど」

ネージュは再びライを眠りにつかせた。その際に、彼の記憶をすべて忘れさせた。

荒治療である。過去をなくし、真っ白な状態でこの世界を体験させる。その隣に、彼女にいてもらうことになるだろう。

「そして、私も出るわ。一度あなたを壊してしまった責任の埋め合わせとして、少し手伝うから」

すべてを投げうってでも守りたかった母と妹を自らの力で殺してしまった。今、この人が生きているのは、『契約』という一事があるからでしかない。

ネージュはわざと、そこに追い込んだ。そうしないと、自分の望む世界にならないからだ。神聖ブリタニア帝国、EU、中華連邦の三つ巴の世界は、彼の国を崩壊させないと訪れない。

 

憎まれて当然だろう、とネージュは思う。ただ、世界の行く末を変えてほしい。そんな自分のわがままに付き合わされているだけなのだから。

「……でも、この絆がどうなるかは、存分に楽しませてもらうわよ」

ネージュも、この先にある展開は予想していなかった。この時点では、期待が持てる結果で終わったことに満足しただけである。

 

皇暦2010年8月10日―

神聖ブリタニア帝国は日本に宣戦布告した。

 




『小菊』の由来と7年前のネージュの暗躍。今回投稿しないと機が無くなりそうだったので急いで書く羽目に。
元々は『白銀』様の掲示板に書いたものを、手直ししたものです。

……書いてみて思ったのですけどネージュの変わりっぷりが半端ない。

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