「弾けろぉっ!!!」
久しぶりの実戦だ。紅蓮は変わらず、敵サザーランドを圧倒する。
動かしたのは、カレンの『緋龍』と小笠原隊を中心とした部隊である。ニイガタ基地に紅蓮に対抗できるような駒はない。一時間もあれば、制圧できる。
「小笠原さん、そっちはー?」
「厄介な奴がいたけどネジュちゃんとロロ君が倒しちゃったわー。問題なしー」
別動隊を指揮していた小笠原からの報告も、暢気なものだ。言われた通り、問題なしと見ていいだろう。
抵抗の消えた基地内を突き進み、中央部で純白のナイトメアと行き会った。ネージュのナイトメア『雪花』である。
『紅蓮』や『月下』をベースに、左手を輻射波動機構、さらに右背面に大型ライフルを懸架させることによって遠火力の不足を補った機体である。丁度『朧月夜』と『紅蓮』の中間と言える。
ちなみにこの『雪花』、コクピットがネージュ用の寸法のものしかなかったので、「乗れる人がいない」という理由で騎士団に引き渡されずに済んだ。
「あなたたちを人外の力で勝たせることはしないわよ。……私が使いたくなったら別だけど」
そう言い、ネージュは留まった。結局、ネージュも変わらなかった。契約者であるライの行く末を見届ける、その幾分かの手伝いはするというものだ。
カレンもネージュの正体を知って驚愕したことはしたのだが、この関係も変わらなかった。中身は甘えん坊の子供ということを知りすぎていたため、どうにも畏れる気が起きなかったのである。
………ただ、傍目からすると「ライやカレンに対する甘えっぷりが5割増しになった」と言われている。当事者たちは変わってないと思っているらしいが。
なお、ブリタニアを3日で滅ぼして見せるというのは、さすがに冗談だったという。カレンやルーミリアの前ではそう宣言している。
しかし、ライだけは笑わなかった。神根島の正体不明機。あんな化け物を使うことができるのは、この少女しかいないからだ。
とは言っても、追及してもどうにもならない。はぐらかされるだけだろう。
もう一人のロロは、陰のある子だった。連れてきたネージュによると「ちょっと重い過去のある子」らしい。ナイトメアの操縦技術や格闘など、軍人としての技能は優秀だ。
しかし、人付き合いはてんで駄目で、最初の頃はネージュが間に入ってやらないと会話も成り立たないような状態だった。受け答えはしてくれるのだが、ごく表層的なことしか言わず会話が続かないのである。
カレンとしては、あまり好きになれなかった。だが小笠原などはそれにも関わらずずけずけと踏み込み、それを受けてロロの方も少しずつ慣れ始めてきてるようだ。
それはともかくとして、ニイガタ基地奪取。緒戦は、『天叢雲』が物にしたということだ。
「……でも、やけに簡単に行ったと言うか、手薄すぎじゃない?」
小笠原の疑問はもっともだ。敵の司令官は死守するつもりなどさらさらないようで、ナイトメア戦で守り切れないと見るや基地を捨てた。
ライやルーミリアなら確信に満ちた答えをすぐ出すだろう。しかし今は、二人ともここにはいない。それどころか受けていた指示は、「重要部を破壊して放棄しろ」であった。
「ニイガタが落ちた?」
予想より少し早い、とは思いながらも、それ以外は予想の範囲内である。コーネリアは、『蒼』が動くのはこちらがゼロ討伐に乗り出してからだと予測していたのだ。
(食いついた)
やはり、北陸道。その観測は見事に当たった。そしてニイガタ基地は奪われても仕方ない、と考えていた。無理に抵抗して損害を増すだけなら、いっそ放棄しろ、とも。
その後、相手がそこに拠るつもりなら、大兵力で圧殺すればいい。むしろ、そうなってくれればいいと思う。楽な戦で終わる。
ただ、今ニイガタに向かうかどうかは、少々悩みどころではある。
(どちらを優先すべきか…)
ゼロの息の根を止めて、安心して北陸に向かいたいところだった。逆にゼロとて必死の抵抗をするだろうから、無傷のうちに『蒼』との決戦に臨むべきだという思いもある。
悩んだ末に、コーネリアは後者を取った。ダールトンを九州戦線で使ってしまっている現状、『蒼』を抑えられる司令官はごく限られる。
自分もギルフォードも北陸に向かいたい。敵のナイトメア戦力を考えれば、ノネットとベディヴィエールも連れて行きたいところだ。
しかし、となると留守を任せる将軍たちはどうにも頼りないのしか残らない。だが今回に限っては、特別不安視する必要はないと考えている。
「そこは、兄上がいれば問題ないだろう」
シュナイゼルはエリア11に留まったままだが、前面に出るつもりはないという。まあ、トウキョウ租界の危機ともなればさすがに指揮を執ってくれるはずだ。
兄がいれば安心してトウキョウ租界を留守にできる、というのが、コーネリアがホクリク討伐を優先させた大きな要因であった。
しかし、彼女の目論見はすべて、北陸道に入った瞬間に潰えることとなる。
「………」
敵軍、消息不明と聞いて、コーネリアは眉を顰めた。敵がニイガタ基地に拠らなかったのは、まあいい。そんなへまをする相手なら、とっくに潰している。
「これは、やはり私が釣り出されたようだな」
自分の影を見せれば、コーネリアが食いついてくる。『蒼』がそう考え、罠を仕掛けてくるというのは予想の範囲内である。
仮にここで遠征失敗、ブリタニア軍敗退などという事態に陥れば、ゼロの敗北でブリタニアに移った流れがまた変わる。
「ひとまず、ニイガタ基地に拠るべきではないでしょうか?」
参謀の提案は平凡と言うしかないものだが、反対する理由はなかった。使えそうなら、本陣を置く場所として適当ではある。
向かってみると中枢部が破壊されていたため、修理するまで要塞としては期待できない。それでも更地に陣を構えるよりは安全だろう。つまり、宿舎としてなら使える。
「情報を集めろ。全てはそれからだ」
振り回されている、という印象しかない。
コーネリアが入った途端、北陸道の各地で一斉に蜂起が起きた。それはいい。しかし各個撃破を狙おうとすると、敵は消えるのである。奪った敵の基地は、とりあえず雨風を防げればいいというレベルのものしかない。
そして消えた敵は、ブリタニア軍が去るとまた現れる。
「魚沼丘陵で敵を発見したと報告が入りました」
すでに二度、同じ報告を受けている。しかし今回は、黒の騎士団も使っていた新型の姿を確認したという。ならばこれまでとは違うかもしれないと向かってみれば、やはり敵の姿は消えていた。
敵の基地を破壊したところで、穴を掘って崩れないように壁を固めただけのものである。作る気になれば簡単にいくらでも作れるだろう。炸薬を無駄にするだけと思えるが、と言ってやらないわけにもいかない。
部隊を分割する、という選択肢は、出来るだけ避けたかった。こちらが各個撃破の餌食になる。
「必ず、どこかに本拠があるはずだ。探せ」
ゲリラ戦に徹し、じりじりと消耗を誘う。さらにゼロが戦力を回復したり九州の雲行きが怪しくなれば、コーネリアは撤退せざるを得ない。それで相手は『勝利』と謳うことができる。
(だが、本当に、それが『蒼』の狙いなのだろうか?)
何か、腑に落ちない。というのも発見された敵の中に、『蒼』の直轄部隊と思しき姿が見えないのである。具体的には奪われた『ウラノス』とシンボル機とも言うべき『紅蓮』、それにニイガタ攻略で見せた白い機体だ。
「………」
ナリタ戦を思い出す。あの時、誰もがコーネリアしか見ていなかった中で、『蒼』だけは違った。今回も何か、あの男だけ全く別なものを見ている、という可能性は高い。
「……何か見落としている。そんな気がしてならないのだ、ギルフォード」
最も信頼する、自分が誇る騎士に問う。しかし問われたギルフォードとて、明確な答えはない。
中華連邦と対峙する、キュウシュウ戦線。ゼロと向かい合う房総およびトウキョウ租界防衛。そしてこのホクリク討伐戦。今、エリア11で抱えている戦線はこの3つだ。
ブリタニアとしてもこれ以上の戦線拡大は辛いが、敵にその余裕はない。全力を傾けねば、できるのは時間稼ぎだけだろう。
では、敵は時間稼ぎをしているとして、その間にできることは何であろうか。
(隙はない、はずだ)
自分の周りは、そう簡単に崩されるものではない。トウキョウ租界には充分な戦力とシュナイゼルがおり、ランスロットとフロートユニットを失ったままとはいえラヴェインがいる。
北陸にコーネリアを引き付けておいてキュウシュウ戦線に参戦、という可能性も低い。キュウシュウ戦線が動くなら、中華連邦に何か動きがあっていいはずだ。
同様に、EUにも動く気配がない。となると、『蒼』は単独でできる作戦を考えている、と見るべきだろう。
「なんとなく、『王』の戦に似てますな」
ノネットが言う。コーネリアとしては、そうだろうかと思うところだ。強いて言えば、ナポレオンの第二次イングランド遠征。『王』の完勝で終わった、あの戦いだが…。
「今回、補給路が途切れることはないでしょう」
ナポレオンは、補給を断たれて立ち枯れた。対し今回は、魚沼丘陵に敵が出現するのは目障りだが補給を断つほどのものではない。回り道をすれば回避できるし、ニイガタ基地には海路もある。
「確かにそうですが、何か、理屈じゃないところで感じるのですよ。我々は、絶対に敵にしてはならない相手を敵にしているんじゃないか、と」
頷けないが、笑い飛ばすこともできない話である。敵にしなくてよかったなら、という思いならコーネリアにもあるからだ。
「ミョウコウ山系にある基地が、これまでとは違う規模のものと思われます」
諜報員が、ようやく敵の本拠らしき基地を発見したらしい。たとえ本拠でなかったとしても、出入りからして有力な拠点であることは間違いない。
「よし、全力でそこを叩く。そうすれば、さすがに戦局も動くだろう」
『蒼』とて、今回ばかりは姿を隠しているわけにはいくまい。結果がどうなろうと、構想の一端は間違いなく見えるはずだ。
全軍を挙げ、コーネリアは妙高山に向かった。しかしこの時点で、彼女は後れを取っていたのである。
その途中、敗報が飛び込んできた。
北陸は「一時的にコーネリアを引き付けておけば充分」でした。
そして彼女が見落としていた存在とは…。