コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 59 始動

「……さて、私たちの過去についてはこんな所かしら。大体理解できた?」

理解できたかと言われても、正直、何を言えばいいのかわからない。そう思ったカレンは助けを求めるようにちらりとルーミリアを窺い、その視線に気づいた彼女は口を開いた。

「…ギアスの危険性は理解できました。暴走の危険があるとなると、作戦の根幹に据えるのは難しいですね」

「それにね、ライだから『絶対順守』で五年ももったのよ。誰彼構わず与えたら、すぐ暴走して発狂する人が続出しちゃうから」

ギアスに呑み込まれないためには、よほど強い意志がなくてはならない。そういう人が何をするか、をネージュは見たいのである。発狂するような弱い精神の持ち主に与えるつもりはない。

 

「そしてまず間違いなく、ゼロもギアスユーザー。しかも僕と同じ『絶対遵守』か」

オレンジ事件や租界構造のパージなどで、ライは確信に至った。その指摘にC.C.は横を向く。肯定も否定もしたくないということなのだが、その態度は図星だと言ったに等しい。

しかし、それ以上の爆弾を投下したのがネージュである。

「ふーん、昔のご主人様の言うことに答えないんだー。そんなにゼロのことが好きなんだー」

カレンとルーミリアの視線が揃ってC.C.に向き、それに対しC.C.は真っ赤になりしどろもどろの言い訳を繰り返す。ネージュはひとしきり笑った後、まとめに入った。

「ま、C.C.で遊ぶのはこのくらいにして…。次は、あなたたちがどうするか、よ」

 

どうするか、と問われても、答えの出ないカレンは再びルーミリアを見る。むしろ喜んでライに付いて行くと言うだろう。そう予想したカレンだったが、彼女が言ったのは思いがけないことだった。

「………とりあえず、カレンさんはライさんと別れるのですね」

「何でよ!!!」

思わず叫んでしまったカレンだが、ルーミリアは全く動じない。

「確か、『王』のことを『世界史上で最も嫌いな男』と言った記憶がありますが…」

「違うわよ!!!私が嫌いなのはリカルドによって作られた『王』の姿であって―」

考えなしに叫んでしまった後で、はっとした。ライが『王』本人としても、何も変わらないではないか。くすくす笑うルーミリアに、そう気付かせるためにわざと言ったなという思いはあるが、感謝はすべきであろう。

 

「ではカレンさんはこれまで通り、ということで。私の方は、シェルト家の没落も含めて責任を取ってもらいたいので…」

「ずっと、お傍に置いてください」と続けたのでカレンは危うく叫びそうになった。この女は、こんなシリアスなことまで色ボケのネタに使うのか。

咽喉まで出かかった叫びが押しとどめられたのは、ライがあっさり了承してしまったためである。

「ちょっと!!!!浮気するつもり!?」

怒りの矛先は彼氏の方に向いた。恋人の目の前でこの女に言質を与えるとは、何を考えているのか。しかしその相手は、心底何のことかわからないという表情で続けた。

「いや、僕としてはルーミリア以上の副官はいないと思ったから……」

 

「……………」

「……………」

「……………」

「……………。くすっ」

何とも言えない空気が場を支配する。呆然とするカレンに、やれやれという表情のネージュと落ち込むC.C.。その中で、ルーミリアだけが楽しそうだ。

「では、さっそく今晩…」

「何考えてるのよこの野獣!!!!」

言わぬことではない。隙を見せれば、即貞操を窺ってくるのがこの女だ。そして、「カレンをからかう」という逃げ道を用意しておくのもこの女である。

「まあいやらしい。私はただ、ゼロの援軍要請に応えるとなると計画をさらに早める必要があるからお話を、と考えただけですけど…」

ぐぬぬと歯ぎしりしながらカレンが黙る。そう言われると、反論できない。そして自分にはその話し合いに参加する戦略眼がない。

が、この女のことだ。前のように酔いつぶして襲うくらいのことは、簡単にやる。

 

「何だ、結局、みんな変わらないのね。よかったわね、ライ。もう、あなたは孤独じゃないわ」

ネージュがおもむろに立ち上がる。それを見て、ライは引き止めるようにその手をつかんだ。

「ネージュ、君こそどうするつもりだ?」

「どうするって…」

ネージュの予定は、これで終わった。ライが記憶を取り戻し、その上でこの世界に生きることを決心した時。手助けするのは、そこまでのつもりだった。

 

「『天叢雲』のことなら安心して。ロロが、私の代わりを務めてくれるだろうから」

その点も考えて、ネージュはある程度の実力しか出さなかったのである。しかし、ライが聞きたいのはそんな答えではない。

「僕はただ、今まで通り君と居たい。それだけだ」

司令官として、ネージュの力は当てにしない。やる気がないなら戦ってくれなくても構わない。ただ、ネージュと共に過ごした日々は楽しかった。それを続けたいだけなのだ。

 

「………………………怒って、ないの?」

長い沈黙の末、ネージュが小声で呟いた。何であれ、ネージュはライを利用した。あの虐殺だって防ぐ気になれば簡単に防げたのである。あえて、そうしなかった。

ライも、重々わかっている。それでもあの虐殺は、ネージュに非があるものではない。ギアスを甘く見すぎていた、自分の責任だ。

「それに、この時代でまた、護りたいと思える大切な人たちに出会えた」

過去を忘れたわけではない。生涯、忘れられないだろう。ただ、過去に囚われてこの時代を捨てることは、もう出来そうもない。どちらも、同じくらい尊いものとなってしまった。

そしてその世界には、当然ネージュも含まれる。

 

「ライ、大好きー!!!」

沈み込んでいたネージュの表情がぱっと明るくなり、ライの胸に飛び込んだ。実に子供っぽいその表情と行動は、カレンを苦笑いさせるには充分だった。

だが、彼女にしてみれば、『普通の女の子としての幸せ』というものは決して手に入らないものだったのである。だから、ライやカレンと過ごした日々は彼女にとっては『特別』なものだったのだ。

ライの記憶が戻れば、その『特別』は捨てざるをえないと思っていた。すべてを思い出せば、憎まれるに違いないと思っていた。

ネージュに計算違いがあったとすれば、この点だっただろう。

 

「今、すっごく機嫌いいから、望むならブリタニアを3日で滅ぼしてきてあげてもいいわよ!!!」

えっへんと宣言する姿には、人智を超越した存在たる威厳も何もない。ただの、甘えん坊の子供である。しかし言っていることは恐怖だ。そしてそれを実現してしまいそうなのが、何より怖い。

「やめてくれ。ブリタニアだって、僕にとっては祖国だ」

慌てて、ライがネージュを引き止める。リカルドによって捻じ曲げられ望まぬ形となったとはいえ、生まれた国であることは変えようのない事実である。

「だから、僕が止める。父上の国と母上の国が殺しあう事態を止めるのは、僕の役目だ。この世界を形作る一因となったことも含めてね」

 

「………?どうかしましたか、カレンさん?」

ルーミリアの声に、固まっていたカレンが現実に戻る。何でもないと答えたが、表情は暗い。ただしそれもすぐ消えた。ネージュが、今度はカレンに抱き着いてきたからである。

「……賑やかだな、お前のところは。援護はしてもらえるもの、と考える。……聞き届けていただき、感謝いたします」

一礼したC.C.は、そのまま立ち去った。その後姿を、ライは引き止めなかった。彼女は彼女で、新たな幸せを見つけられたのだろう。

ならば、もう自分が邪魔をするべきではない。そして、少しくらいの応援はしてやりたい。

「甘いですね」

ルーミリアの指摘を、ライは否定しなかった。

 

 

「いよいよ、か」

ついに『天叢雲』が動くと聞いて、扇には感慨深いものがある。何の勝算もなく小さな抵抗を続けるしかなかった弱小レジスタンスが、この戦争の行く末を左右するところまで来たのだ。

「いよいよ、ですわね」

神楽耶にも感慨深いものがある。この作戦が成功すれば、ブリタニアのエリア制度に大きな風穴を開けることになる。

それで取り戻せる日本は、無論一部でしかない。ブリタニアの従属国という立場にも立たされるだろう。それでいいとは、神楽耶も思わない。

しかし、『今』の状況から変化が生まれる。例外というものは一つ認めると、どんどん拡大するという宿命を持つ。その先に、真の独立への道を見据えるべきだろう。

第一、日本全土からブリタニア軍を駆逐したとしても、産業や統治機構を整備し直すには恐ろしい時間がかかる。戦争を続けながら、そんなことをできるはずもないのだ。

 

「目的は目先の戦闘の勝利ではなく、ブリタニアを講和のテーブルに引っ張り出すこと。第一目標は、コーネリア」

シュナイゼルが来日したものの、エリア11総督府の人事に変わりはない。コーネリアが失脚したわけではないらしい。であれば、まず相手にするのは彼女であろう。

「その際に、彼女でさえ話を聞かざるを得ない状況に追い込む」

コーネリアの思想に『融和』という考えはない。ただ、彼女は政治家としても一流の存在だ。国家の威信などでは取り返しのつかない事態に追い込まれれば、それを判断する能力はある。

 

そこから先が、ユーフェミアの出番となる。ライはすでに、彼女が進めている構想を知っていた。だがそれは武装解除が前提となる。ブリタニアも、そこは譲らないだろう。

それを、何としても譲ってもらう。武装解除など馬鹿正直に応じてしまえば、あとは煮るも焼くもブリタニアの自由である。ユフィにそんな気は毛頭ないだろうが、他はわからない。

生存権の確保のために、軍事力の保持は必須なのだ。

 

「一つだけ確認しておきたいことがある」

そう切り出したのは、『月輪七曜』のリーダー・長野である。作戦開始前の最後の会議として、協力関係にあるレジスタンスの代表にも集まってもらっていたのだ。

「『蒼』、あなたがブリタニアの皇族という噂がささやかれているが、本当なのか?」

場が、水を打ったように静まった。神楽耶が前に出ようとしたが、それはライが押しとどめる。

「本当だ」

きっぱりと認めたことで、場の重圧がさらに増したように思えた。

 

「ここにいる皆には、終わったらすべてを話します。…ただ一つ言っておくなら、僕はハーフだ。日本もブリタニアも、僕にとっては滅んでほしくない『祖国』だと」

ただ、今のブリタニアは護るに値しない。リカルドの思想を叩き潰し、新たな国として『新生』させることに痛痒は感じない。

「日本と新生ブリタニアの共存共栄。それが今の僕が考えていることです」

そのために戦う。認められないなら、去ってもらっても構わない。ただ、今回の作戦が終わるまでは従って欲しいというのが本音ではある。今回は、絶好の機なのだ。

 

「………『蒼』、それは、ハーフであるあんたの感傷だろう」

それは否定しようがない。ただ、ブリタニアを思う故日本を蔑ろにしている、と思われるのは不愉快だ。どちらの国に対する思いも、胸の中にある。

「日本は母上の国です。僕は母上から、日本のことを学んだ。日本という国が常世に栄えて欲しいという思いなら、あなたたちに劣るものではない」

その言葉に、長野は『今』は従うと言った。元々、「日本に勝ち目はない」という現実を認めているからこそ、長野たちもここにいるのである。

であれば、将来はともかくとして、今はライの思想に乗るしかない。そしてライも、将来をどうするかまで押し付けるつもりはない。未来のことを決めるのは、その時を生きる人達だ。

 

「……さて、『王』の戦を見せてやるとするか」

その呟きを、ネージュだけは聞き取った。




自分で書いていて「真ヒロインはネージュだったのでは?」と思ってしまいました。
何気なく遊園地のネタが浮かんだことからネジュちゃん大勝利の展開に…。

そしてカレンはここから「彼女が本当に幸せになれる道」へとつながります。

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