コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

62 / 75
Stage 58 過去

「どういう…事…?」

呆然とカレンがつぶやく。「200年前の人間だ」と名乗る人がいたら、まず正気だとは思わない。それが普通の反応だ。

「私が200年前から連れてきたの。この世界を、変えるために。……信じられないなら1000年後に連れて行ってあげてもいいわよ」

何気なくネージュが言う。自分たちの隣にいた少女がとんでもない化け物だったということが、ようやくカレンにも呑み込めてきた。

 

「……それでネージュ、僕をこの時代に連れてきて、何が望みだ?」

「別に何も?あなたがやりたいことをやりたいようにしてくれれば、それでいいわ。……そもそも、クロヴィスたちのせいで私の予定とはだいぶ変わっちゃったし」

発端は、ネージュがこの世界を変えてほしいと思ったこと。そして変えられそうな存在として、以前の契約者であるライに目を付けた。

そして200年前から連れてきたライを、この世界の誰と組ませるか。この時、ネージュは自分で選ぶのではなく運命を試すことにした。

「私が重要だって思う…、まあここは私の主観が入ってるけど、順番に誰がライと出会うか試してみたの」

すなわち、その相手の近くにライを配置して放置したのである。その結果、出会ったのがカレンだった。7年前の、戦争が始まる少し前のことだ。

 

「……え?」

しかし、当人はすっかり忘れているようだ。まあ無理もない、とネージュは一人頷く。実を言えば、数年で忘れるようにギアスを使ったのである。

「思い出させてあげる」

ネージュの目が、異様な光を発した。そう思ったとき、カレンの脳内ではある光景がフラッシュバックしていた。

(あれ?私―)

戦争が始まる前の日本。駆け回る子供の自分。ふと目をやった先には、森の中に入っていく白い少女の姿。それを追って、自分も森の中へ。

その先にいたのは先ほど見かけた少女ではなく、ブリタニアの貴族のような格好をした少年。その人から貰った短刀こそ、『小菊』。

『売ろうが捨てようがかまわない。……私には、もう持つ資格などないのだから』

この言葉だけは、今もはっきり覚えている。それを言ったのは、今と変わらぬ姿の、自分の恋人―。

 

『小菊』を持つ手が震えている。常識を超えた展開の連続に、理解が追い付かない。

「思い出した?……あ、勘違いしないでね。私はあなたたちが出会うきっかけは作ったけど、それだけよ。恋人になったのはあなたたちの意思だから」

そして7年前、目的を果たしたネージュは再びライを眠らせたのである。この時ギアスによって、ライの記憶をすべて忘れさせた。自暴自棄になっていた心の傷を癒すための、荒療治である。

 

「…感謝すべきなのかな。頭を冷やすには、充分な時間だったよ」

しかし、ライには腑に落ちないことがある。『絶対遵守』のギアスで忘れさせた記憶が、なぜ戻ったのか。

「簡単な話よ?『忘れろ』と言ったのなら、『忘れた』時点でそのギアスは終わり。何かきっかけさえあれば『思い出す』わよ」

ライとしては苦笑いせざるを得ない。おそらく、これもネージュの計算の内だ。いつか、自暴自棄を乗り越えた自分が、記憶を取り戻してなお『生きたい』と思える日が来る、と。

 

「それで、本当はもう少し先でカレンと会わせる予定だったの。ところが、クロヴィスたちが記憶を失ったままのライを連れて行っちゃって…」

ここで、ネージュの予定は崩れたはずだった。しかし、運び込まれた研究所をとあるレジスタンスが襲撃したことにより、意図せずに軌道修正が成ったのである。

「それ、もしかして……」

「そ。あなたたちが『毒ガス』の研究所だって襲った、あそこよ」

あまりの事実に、カレンは愕然とした。あの命からがら逃げだした襲撃失敗が、今に繋がる起点だった。

 

記憶のない人間というのは、人形と大差ない。言いつけに素直に従う『人形』に、当初は、バトレーたちも研究が順調に進むと満足していただろう。

しかし、その『人形』がふとしたきっかけで『自我』に目覚めてしまった。『王』のことは知っていてもギアスユーザー、しかも『絶対遵守』の持ち主であることを知らなかったのが、『CODE-G』を破滅させた。

「正直、何が僕を目覚めさせたのかわからない。ただ、こいつらは許せないと思った。僕をいいように操ろうなどとした奴には、相応の報いをくれてやった」

ギアスで近くの研究者を抹殺。その上でサザーランドを奪い脱出。途中、赤いグラスゴーを助け、その後、ギアスの副作用で倒れそうになり、近くのトレーラーの空き箱に逃げ込んだ。

 

「え?」

またしても、カレンは聞き捨てならないことを聞いた。そんなところに止まっているトレーラーとなれば、扇グループで使っていたものだろう。しかも、『空き箱』とは…。

(あの時、ライと背中合わせだった!?)

素直になれず、トレーラーに逃げ込んで泣いていた自分。そこから板一枚挟んだ裏側に、彼はいたのである。

「ほーんと、呆れるほど強い絆があるんだから。そして、そこからはカレンも知っての通り。シンジュク事変へ繋がり、今に至るわけね」

 

「……『ギアス』とは何ですか?確か、ライさんがその名を呟いたことがあったと思いますが…」

「簡単に言うと『超能力』ね。人の精神に関わることで、その人の潜在的な願望を具現化したもの」

ネージュは本当に洗いざらいぶちまけるつもりらしい。『ギアス』についても、あっさりと答えた。

「私がライに与えたギアスは『絶対遵守』。一度だけ、どんな命令でも従わせるというもの」

そう言われ、カレンはつい探るような目でライを見てしまった。目の前の人は、人を操る力を持っている。では、今の自分の思考が捻じ曲げられたものではないと断言できるはずないではないか。

「大丈夫だ、そう疑えるということが、お前らに使ってない何よりの証拠だ。……『絶対遵守』で『愛せ』とか『従え』なんて命令したら、そんな風に疑うことだってできなくなる」

ギアスは、生ぬるいものではない。そう言うC.C.の言葉には、カレンも納得させる重みがあった。

 

「さすがに経験者の言葉は違うわね。C.C.はギアスユーザーより一段上のコードマスター。私は、さらにその上の存在と考えればいいわ」

ギアスを使い続け、ある一定の段階に達するとコードを得ることができる。C.C.のギアスは『愛される』力。誰彼構わず使って本当の愛情がわからなくなった過去も、ネージュはちゃんと知っているらしい。

そして、コードマスターは他人にギアスを与えることができる。それを聞いて、ルーミリアはカレンがぎょっとするような策を平然と言ってのけた。

「……であれば、『天叢雲』の幹部たちに皆ギアスを持たせる、というのも策ですね」

一人や二人、有用なギアスが発現してもおかしくない。そうすれば大幅な戦力アップが見込める。確かにその通りではあるが、ギアスの恐ろしさを知らないから言えることである。

 

『王』が家督を継いだのは、皇暦1812年。ギアスを得たのも、丁度この時だ。

「隣国との戦争で、父上が負傷。……僕の初陣で、見事な大敗だったよ。そして継母と次兄はその責任を全て僕たちに負い被せようとした」

父の傷は深く、傷口から細菌が入り感染症を併発したのが死因となった。死が避けられないとなるや、継母たちは敗戦の理由をライたちの内通によるものとして邪魔者を消そうとしたのである。

「牢に閉じ込められた僕の目の前に現れたのがネージュで、ギアスをもらった。……その力で、僕は兄二人を殺したんだ。相打ちに見せかけて、ね」

 

継母が呆然自失する中、宰相格のカトラル卿がライ擁立を唱えたため形勢は大きく変わった。フランスに付いても冷遇されるだけだし、醜態が本国に知れて誰か送り込まれて来たら、自分たちは権勢を失うかもしれない。

「それより、側室腹とはいえれっきとした子がいるのであるから、その子を立てるのが筋と考える」

新君はまだ12歳の子供。他の重臣たちも与しやすいと考えたのか、ひとまず宰相に従うべきだと考えたのか。その宰相の目に異様な赤い光が宿っていることに、気付いた者はいなかった。

 

賛成した者の計算違いは、擁立された少年があっという間に権力を掌握してしまったことである。カトラル卿は身を引き、ほかの重臣たちは断罪されるか閑職に追いやられ、それまでの既得権益層は壊滅した。

その流れに拍車をかけたのが継母による毒殺未遂であり、

唯一残ったのが、先々代からの重臣でありながら父の良き協力者であったリルバーン卿だけである。そして代わって抜擢された者の中からユーインやエリス、『三傑』が名を残すことになる。

「無論、それらもすべてギアスあってのこと。……と言っても、僕はそれに対して罪悪感など感じていない。彼らは、僕にとって敵に等しい存在だった」

婿養子で家に入った父も重臣たちに気兼ねしなくてはならず、思うことなど何もできなかったと言っていい。ライがそれに気付いたのは、父の死の枕辺であった。

 

「父上が僕に最後に言い残したことは、『すまなかった』と『咲耶とマリーを頼む』。だから、僕は戦うと決めた。二人が、フランスの脅威に怯えずに済むように」

この間も、ギアスを使わなかったわけではない。特に必要としたのはナポレオン自ら率いてきた第二次イングランド遠征軍を撃破した時である。

フランス軍が上陸した時、イングランド南東部は焦土と化していた。その地に誘い込まれたところで海軍がドーヴァー海峡を封鎖。さらにその上で手持ちの兵糧を失えば、もう戦どころではない。

ちなみに、このとき海軍の指揮を執ったのがアイザック将軍である。彼は二度の海戦に完勝し、フランス北西部に至るまで襲来して軍船を沈めまくった。

ナポレオンにとって不幸なことに、兵糧が焼き討ちされた直後から長雨となった。フランス軍は飢えと泥濘に苦しみ、雨による冷えで疫病が多発した。

 

そして、苦戦を見たプロイセンとオーストリアがナポレオン陣営から離反。本国が危うくなった以上、イングランドに留まり続けることはできなかった。

しかし、制海権はアイザック将軍の手にある。軍船はなく、非武装船でドーヴァーを通るなど、鮫の目の前を泳ぐに等しい状況だったのだ。

案の定、フランス軍はドーヴァーの藻屑と消えた。『王』の完勝であり、ナポレオンへと流れていた歴史の潮流が一転した戦いとなった。

これらの作戦の裏には、当然ギアスの存在があった。ギアスがなければ素早く住民を避難させるなどできなかったし、フランス軍の正確な情報もギアスによってもたらされた。

さらに言えばアイザック将軍の指揮した軍船もギアスで徴用したものだったから、ギアス無しでは成り立たない作戦だったのだ。

だが、それが、あの悲劇へとつながっていく。

 

「……フランスを退けてから、時折頭痛に悩まされるようになった。今にして思えば前兆だったが、気付かなかった。そしてあの時、ギアスが暴走した」

『王』の最後の戦いとなった、大虐殺の真相である。その暴走に巻き込まれ、護りたかった二人を失った。親友だったユーインも失った。国が必要だったのではない。彼らと一緒の日々が欲しかったのだ。

 

王の力は人を孤独にする―。

ギアスの恐ろしさを知らず、力に驕った者の末路だった。

 




裏事情と過去の暴露。7年前の出会いについては後で外伝として投稿しようかと思っています。

ネージュはルルーシュ→スザク→C.C.→カレンの順に試したという設定。
さらに言うと、ブラックリベリオン時の神根島でゼロの正体を知って逃げ出したカレンの前に現れる、というのが当初の予定という設定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。