食えない奴だ、とコーネリアは思う。黎星刻という男、ブリタニアが中華連邦と全面対決に踏み切ることを望んでないことを、しっかり見抜いている。
「曹将軍の独断による暴走、あくまでその線で押し通そうという気だな」
エリア11中華連邦領事館に向けて抗議したものの、返答は芳しくない。「洛陽も困惑している」と被害者面される始末だ。
応対したのが、領事代理と名乗った黎星刻だった。本来の領事は大宦官の高亥という男だが、急遽本国に帰って不在だという。直接状況を確認しに行ったというが、実のところ逃げ出したのだろう。
会談は不調に終わったが、状況はコーネリアにとって不利というばかりではない。最悪の状況は、ここで中華連邦が総力を挙げてエリア11に攻め込んでくることである。
それは避けられた。少なくとも、現状の均衡を維持する限り、中華連邦軍が大挙して押し寄せてくる恐れはないことは明らかになった。
(大宦官も、愚かな連中だ)
宮中での権謀には長けていても、国家の行く末を決めるような政略など持ち合わせていない。奴らにできることは、自分たちの権力を脅かしそうな人間を陥れて葬り去ることだけだろう。
黎星刻はそこまで理解した上での鉄面皮だったとコーネリアは見ている。大宦官の主導でブリタニアと全面戦争など危うすぎる以上、曹将軍を犠牲の羊とするのもやむなし、というところか。
「…だが、ああいった男がいつまで大宦官の下風に甘んじているか」
それまでにエリア11の諸問題を片付けておきたい。エリア11が安定すれば、中華連邦に対して取れる戦略の幅は大きく広がる。
その諸問題のうち、難敵だったゼロは追い詰めた。キュウシュウ戦線はダールトンを張り付けておけば心配しなくていい。となると残る最大の障害は、韜晦を続ける『蒼』の出方である。
ゼロと『蒼』が組んでいる、という可能性は低い。故に、『蒼』は独自の戦略で動いていると考えるべきである。そして厄介なことに、その戦略が全く読めない。
「トウキョウ租界ではないなら…、何を狙っている?」
静かすぎるホクリクがかえって怪しい、とコーネリアは睨んでいる。ゼロとこちらの抗争中に、一地方を取る気なのか。しかしそれは平凡すぎる回答で、『蒼』にはいかにもそぐわない。
だがこれも、ひっくり返せばブリタニアがゼロ討伐に動いても『蒼』が全力で救援する可能性は低い、ということである。
「……ならば、やはりゼロか」
早急にゼロを叩き潰し、『蒼』に備える。それがこの場の、最上の判断であろう。
シュナイゼルが率いてきた増援は五百機である。よってコーネリアには余裕が出来た。ダールトンに幾分か回しかつトウキョウ租界の防備を充分なものとした上で、討伐に出ることができる。
ゼロの命運も、これで尽きる。戦局が見える者なら、誰もがそう思った。
「君は……」
同刻、ライは私室に珍しい客を迎えていた。ノックの音にドアを開けると、そこにいたのはC.C.であった。
「は、話があるのだ。…聞くだけでも、聞いてくれ」
かちこちに緊張しているらしく、声がぎこちない。しかもライの方もついつい探るように見てしまったから、C.C.も緊張を解くどころではない。
「いや、失礼。実は昔の知り合いに、そっくりだったもので…」
「思い出したのか!!!!!!?」
ひとしきり眺めた後の言い訳に、C.C.が絶叫で答える。その声に、今度はライの方がびっくりした。
「例えば…。あくまで例えば…、だぞ。ワ、ワーテルローに向かう途中に拾って侍女にした少女のことなどだな……」
「もしかして、本人か…?」
「あの時、私はすでにコード持ちだったからな。……死にたくても、死ねなかった」
ふう、とライは大きく息をついた。この時代に過去の自分を知っている人物と出会うとは、思ってもなかったことである。
「……ネージュ、聞いてるんだろ?直に話したい」
部屋の中に入ったライは、誰もいない空間へ話しかけた。何も知らない人からすれば狂人の行動だろう。しかし、その言葉に反応するように光の粒が集まり、少女の形になった。
「……私のことも思い出しちゃったのね。それは少し計算外だったわ」
まあいいかと言い残し、ネージュは部屋の外に向かう。「関係者を集めてくる」と言ったから、カレンとルーミリアを連れてくるのだろう。
「まず君の用事から片付けようか。…救援要請だろう?」
藤堂も、五百機の増援は読み違えた。本国配備の部隊がこんなに早くやってくるとは思っていなかったのだ。百程度の補充なら耐えられるという計算も、完全に崩れた。
いまや、ゼロを救うには『天叢雲』を動かす以外にない。子供でも分かることである。ただ、C.C.はゼロから命じられて来たのではなく、独断で来たという。
「頭を下げるくらいなら華々しく散ってやる、というつもりなのかな。……いくらなんでも、そこまで小さい奴とは思いたくないが」
呆れたような口調でありながら、それでも見捨てるつもりがないからここに来たのだろう。それは、C.C.にとって彼が大切な存在であるからではないか。そう言われると、C.C.は恥ずかしそうに答えた。
「あいつは人の心にはとことん疎い。………だが、何故か私の心だけは理解してくれる」
彼はこう言ったのだという。「俺の願いもお前の願いも、まとめてかなえてやる」と。
「……正直、嬉しかった。私に対し『契約だ』などと言ってきたのは、奴が初めてだ」
それがあったから、C.C.はルルーシュの元を離れなかった。その点だけは、彼は世界中の誰よりも勝っていた、と言える。
「………僕は僕の戦略で動く。ゼロを助けるためには動かない。……ただ、それで結果的にゼロが助かる、という場合もあるだろう」
C.C.は深く頭を下げた。ライの目的は講和締結による終戦である。騎士団が潰される前に講和に持ち込むように考える、というのが言外にある意だろう。
そしてそれは、明らかにC.C.のためである。C.C.は、それがとても嬉しかった。
カレンとルーミリアがネージュに呼ばれてライの部屋までやってくると、珍しい匂いが漂っていた。
「……チーズが焦げる匂いですね」
そうね、とカレンも頷く。そういえば、一時期ルルーシュの部屋から同じ匂いが漂っていた。しょっちゅう宅配ピザを頼んでいたらしいが、ここ最近は消えている。
「飽きた。……………少なくとも三年は食べたくないし見たくもない」
というのが本人談なのだが、その一件もあって「この匂い=ピザ」と頭に染み込んでしまった。しかしライは「ピザはあまり好きではない」とのことである。
「邪魔しているぞ」
だから珍しいことだと思ったのだが、その理由は挨拶もそこそこにピザを掻き込んでいた。
「………何であなたがここにいるのよ」
黒の騎士団がらみ、となれば援軍要請しかない。それはいい。そこまでは、カレンにも理解できる。しかし、客が我が物顔で主にピザを作らせている、という状況は何なのか。
「菓子だけではない。こいつのピザは絶品だぞ。それを知らないとは、お前らもまだまだだな」
そもそも、私のピザ予算が削減された一因はお前らだ、その責任をとれ。それがC.C.の言い分である。滅茶苦茶な話だが、ライは気分を害した様子もなく二枚目をオーブンから取り出したところだった。
「……自分で作ったらどうなのよ」
呆れ気味に言い放ち、しかしピザは一切れ頂いた。確かに美味い。そしてC.C.の答えはと言うと、「自分で作ってもこの味は出ない」という。
「……援軍要請ですか?でしたら、私としてはお断りしますが」
機先を制するようにルーミリアが言う。実はC.C.はルーミリアが大の苦手である。冷徹な頭脳も怖いが、それ以上に過去の記憶がよみがえるのである。
しかし、今回は先んじたという自信があるので、態度に余裕がある。
「残念だったな。その話なら、もう終わった」
ぴく、とルーミリアの眉が吊り上がる。この睨みつける目がC.C.にとって恐怖の対象だった。
「何ですか?私の顔に、何か?」
「いや、つくづく『エリス』そのものだと思ってな……」
エリス嬢は『王』の妻だと明言したことはなかったが、最後に選ばれるのは自分だと思っていた。故に彼女でさえ割って入ることのできない母君や妹君は除き、他の女性には恐れられていたのである。
「私から説明してあげるわ。あなたの魂って、ほとんど『エリス』そのものなのよ」
割って入ったのは、C.C.と争うようにピザを食べていたネージュである。
虫の知らせ、という言葉がある。わけもなく不安に駆られたら、同じ時間に家族に不幸があった、というあれだ。それは人の意識が、根本のところで繋がっているから起こるのである。
ネージュやC.C.はそれを『集合無意識』あるいは『Cの世界』と呼んでいる。人が死ぬとその意識はCの世界に拡散し、いつかまた再構成されて新たな人となる。
「あなたたちが輪廻転生とか前世とか言ってるのはこのことよ。………まあ、イレギュラーが起きてね。普通なら拡散するはずの『エリス』の意識がほとんど集まったままあなたとなり、そしてこの時代に現れた」
『王』に対する思いがそれほど強かったのだろうか。ネージュもこんなケースは初めてらしい。「正直言って呆れたわ」という言葉には、実感がこもっていた。
「……私とエリス嬢が同一の存在、ですか。……それはまあいいとして、そんなことを言い出すあなたたちの正体の方が気になるのですが?」
「いいの!!!!?」
叫んだのはカレンである。自分なら、取り乱していただろう。それをこの女は、「だとしても何なんですか?」とあっさり乗り切ったのである。
「……『Cの世界』で拡散しないほどだから、このくらいタフなのは予想していたけど」
ネージュが「呆れた」と言う理由は、この場の全員に伝わったらしい。
「順を追って、全部話そうかしら。まず私の素性からね。………わかりやすい例を見せてあげる」
どこに持っていたのか、ネージュがいきなり拳銃を取り出した。それを自分のこめかみに当てて発砲。止める間もなく、頭の一部が吹き飛んだ。
「………」
皆があっけにとられる中、ネージュの体は光る粒子となり、再びいつもの少女の姿に戻る。傷はきれいに消えていた。
「わかった?私、人間じゃないの。……あなたたち人間の願望が生み出した、意識の塊」
説明を続ける少女に、理解が追い付かないカレンは青ざめていた。一方でルーミリアは大きく息をつき、諦めたように言った。
「……まさか、自分がオカルトの世界に踏み込むことになるとは思ってませんでしたが」
認めたくないが見せつけられた以上、認めざるを得ない、ということなのだろう。つくづくタフな精神の持ち主だと感嘆するしかない。
「オカルトなら、神話とかおとぎ話で私の存在が語り継がれたものもあるでしょうね。私、時折歴史に介入してきたから」
そして重大な転機があったのは、200年前。ここでネージュはある一人の少年に目を付けた。ここで死ぬ運命にあるその少年を、生き延ばしてみよう、と。
柄にもなく可哀想だと同情したのかもしれない。何であれ、気まぐれの行動に過ぎないはずだった。
「それが、まさか今に至るまで続くなんてね…。それどころか、こんな楽しい流れになったのは初めてよ」
そして視線をライに向ける。それを受け、彼も意を決したらしい。躊躇を切り捨てるように、一気に言った。
「……全部思い出したよ。僕の本名は、ライ・リオネス・ブリタニア。200年前の、『王』本人だ」
その告白をC.C.とネージュは静かに聞いていたが、残る二人は狐につままれたような表情で聞いていた。
ようやく暴露回に。ただし、何から話そうか悩みに悩みました。
ルーミリアのことについてはStage 15のネージュ参照。彼女はあの時点で気付いてました。