コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

60 / 75
Stage 56 運

困惑、というのは、初めての経験だった。命令を受け、それを実行する。V.V.との関係はそれだけだったが、ネージュはあれこれ、益体のない話を続けるだけだ。

差し出された手を、何となく握り返してしまった。それでV.V.を裏切り、ネージュに乗り換えた形になった。それについてどういう心の動きがあったのか上手く説明できないが、不思議な解放感があった。

だが、例えば好きな食べ物を聞かれても、答えようがない。食事は体を動かすためのカロリー摂取であり、それ以上の意味はない。味について考えたこともなかった。

 

「……あの、一つだけよろしいでしょうか」

策戦の疑問点を問う以外、こちらから主に問いかけたことはない。ただ、これだけはどうしても確認しておきたく、なけなしの勇気で初めての事を行った。

「ん?なーに?」

「どうして僕を『ロロ』って呼ぶんですか?」

初めて呼びかけた時から、ネージュはずっとそう呼んでいた。だが今回の任務に名前は必要なく、『ロロ』と名乗ったこともない。

 

「嫌?それなら別の名前を考えるけど?」

ネージュはわずかに首を傾げ、あっさり答えた。気を害した雰囲気はない。ほっとするような拍子抜けのような感を味わったが、別に嫌だから問うたわけではないのだ。

「そういうわけじゃなく、任務の時以外名前で呼ばれることがなかったから…」

「じゃあ決まり。ロロ…、うーん、姓はどうしようかな…」

任務の時の名前は、当然その都度用意された偽名に過ぎない。使い捨ての道具でしかなく、思い入れなど一切ない。

この少女は、『道具』ではないものを自分にくれた。それはV.V.が、これまで一度もやってくれなかったことである。

しかし、考え込みながら歩く姿には、先ほどの威厳は一切感じられなかった。

 

「そういえば、あなたのギアスなんだけど、取り上げておくわね」

「はい?」

相手の言っていることに理解が追い付かず、間抜け面で聞き返したのも初めての経験だろう。慌てて発動させてみるが、何も起きない。

ロロのギアス『絶対停止の結界』には、大きな欠陥がある。発動中、本人の心臓が停止してしまうのだ。脳に酸素が供給されない状況で意識を保てるのは、せいぜい数秒だろう。

それゆえ、V.V.からは『失敗作』と称された。発動させてしまった以上どうしようもないし、使い道がないわけではないということで暗殺者として育てられることになったのだ。

 

だが、そんな力でも数少ない自分だけの持ち物であった。存在意義であり拠り所であった。それを、あっさりと、ただの一言で無にされたのだ。

「ななななな、何ていうことをしてくれたんですか!!!!!」

頭の中は大パニックだ。だがそんなロロの様子を見て、ネージュは楽しそうだった。ようやく感情をあらわにした、と言われて、ロロも自分の狂態に気付いた。

「………」

無意識に顔が赤くなる。恥ずかしい、と思ったのも最初のことではないか。ネージュの手を取ってから10分あまりしか経ってない。それなのに、初めての事ばかりである。

 

「あなたは『人』なの。人だから、いろいろ感じることもできるのよ」

そう言われて、心の中で何かが込み上げてきた。だがそれに影を落としたのは、自分と同じ境遇にある者たちのことである。ネージュなら、助け出すのは簡単なことではないか。

「……うーん、シャルル次第かな」

『まだ』嚮団を潰すのは早い、とネージュは言った。潰す気ならすぐにでも潰せる、と確定事項を言うような軽い口調が、かえって怖い。

しかし、その理由がV.V.ではなく皇帝のシャルル次第、というのは、ロロにはわからない話である。

 

基本的に、この世界で『ラグナレクの接続』は行わせない。今回、ネージュはそう決めた。よってV.V.が出しゃばらなくても、彼が計画を進める限り叩き潰すのは必然だったのだ。

であればV.V.を消滅させコードを回収しても良いのだが、それをしないのはV.V.の可能性も残すためである。V.V.が自分の思いもよらない手段で出し抜いてくれるなら、それはそれで満足いく結果となる。

しかし、事態は少々ネージュの想定から外れた展開を見せ始めた。

 

というのも、ここにきてV.V.と皇帝シャルルの間の齟齬が目に見えるほど大きいものとなった。その理由は簡単だ。ライと、ネージュというイレギュラーが現れたからである。

(人というものは、どうつながるのかわからないものね)

ネージュであっても、人の縁は読めない。きっかけを意図的に作り出すことはできるが、どういう展開を見せるかはわからない。もっとも、だからこそ自分が存在し続ける楽しみがあるのだが。

 

今回のことで言えば、種を撒いたのはC.C.だ。『王』の真実を知っていた彼女が、それをシャルルに語った。その本人が目の前に現れたとなれば、興味が湧くのは当然だろう。

対して、V.V.は『王』の真実にさほど感銘を受けなかったようである。もっとも、彼は兄弟の誓いのために人であることを捨てたのだ。それをただ頑迷と批難するのは、酷であろう。

ちなみに、C.C.が残したものに『王』の肖像画もあった。シャルルはそれを見ながら、少しだけ『王』の真実を語ったことがある。その相手が、少年時代のクロヴィスだった。

 

その上、ネージュが表舞台に出てきたのが決定打となった。シャルルは理解したのである。自分たちの計画など、この少女からすれば指先一つで弾き飛ばせるものだと。

ネージュを敵にするのは危険すぎる。おそらく、V.V.もそれはわかっているだろう。だがそこで迷うことのできるシャルルともう止まれないV.V.の差が、ここにきて表面化し出しているのだ。

「元々、家族思いの優しい人なのよ、シャルルって」

不器用で臆病なのに加えて少年時代を政争の嵐の中で過ごしたトラウマのため、それを素直に表現出来ないだけである。今の強面の征服主義者というのは、皇帝としての仮面に過ぎない。

 

ネージュのシャルル評を、ロロは呆然として聞いていた。そんな裏事情、考えたこともなかったからだ。

「つまり、今回のあなたの派遣は、V.V.の自棄ってところね。ライを消せば私も諦め、シャルルも元に戻ると考えた。私の介入は予想できても、他に手が思いつかなかったというわけ」

それを暴かれると、何ともやりきれない気持ちになってくる。兄弟喧嘩のとばっちりを押し付けられたようなものだ。しかも、そのため危うくネージュに殺されかけた。

「……で、まだ諦めてないようね。本当に、私を怒らせたいのかしら」

不意に真顔になったネージュの髪が、光り始めた。「すぐ戻るから」とだけ言い残し、ネージュの姿は光の粒子となって消えた。

 

 

「…はあ、考古学は専門じゃないんだけど」

この扉のような遺跡が何なのか、シュナイゼルの興味はそれだという。確かに考古学的には大発見かもしれない。明らかに自然に出来た物でない以上、未知の文明があったという証拠となるからだ。

しかし、それなら考古学者に担当させるべきだろう。その上戦時中のエリア11でこんな悠長なこと、やっている場合ではない。

「クロヴィスの遺品の中に、気になる記述があってね。この遺跡で、重大な発見をしたそうだ」

それが何なのか、シュナイゼルはあえて言わなかった。秘匿すべき情報であり、荒唐無稽としか言いようのない事だったからだ。

 

(『王』を見つけ、それを意のままに操ろうなど、何を考えていたのか)

クロヴィスの統治が上手く行ってなかったのは明らかであった。それの解決策として、従来のナイトメアフレームとは根本から違う、新たな戦闘兵器の開発を極秘裏に進めていた。

それはまあいい。兄弟とはいえ、隠し事の一つや二つ当たり前だ。しかし、それに続く内容が『王』の復活であったり不老不死の研究であったりと、オカルトめいたことになるのである。

そしてその端緒が、考古学的興味からここ神根島の遺跡を訪れたことであった。

 

ウラノスに機器を繋ぎ、解析の準備を整える。しかしその時、予期しないことが起こった。

「……なんだ?」

いきなり、扉が光り始めた。シュナイゼルはざわめく一同を制し、後ろに下がらせた。何が起きてるかわからない以上、むやみに近づくのは危険である。

そして、扉の中から出てきた物に皆目を疑った。なんとナイトメアフレームが、放り投げられたように飛んできたのだ。それはウラノスの隣に立っていたサザーランドを直撃し、大破させた。

 

「……ヴィ、ヴィンセント?」

これが何でここにあるのか、さすがのロイドもこの状況が理解できず、呆然とつぶやく。本国でようやく生産が始まって、試験運用中のはずのものなのだ。

ヴィンセントとは、簡単に言えば量産型ランスロットである。サザーランドに替わる次世代機として開発されたものだが、見通しはあまり明るくない。

というのも、ランスロットから見ればだいぶ落としたものの、一般兵が扱うにはそれでもスペックが高すぎたのである。

生産コストの問題もあり、エース機としては良いが全軍に配備するような量産機としては計画を見直さざるを得ない、と評価された機体だった。

 

それは余談として、エリア11に存在しない機体であることは間違いない。それがいきなり飛び出てきたとなれば、混乱しないほうがおかしい。

さらに、続いて2機のヴィンセントが現れた。しかしこの2機はシュナイゼルたち一同には目もくれず、扉に向かって武器を構える。

その理由はすぐわかった。スザクは血の気が凍る思いをした。竜のような機体、あのアンノウンが続けて現れたのだ。

 

「これは…、撤収かな」

シュナイゼルはここでも冷静だった。ナイトメア同士が激突する周りでうろちょろするなど自殺行為であるくらい、誰でもわかる。が、正気を疑う事態の連続に、言われるまで頭が回らずにいた。

「う、ウラノスは回収しませんと…」

セシルの声にはっと気づいてウラノスを見やる。あれを失ったら損失は甚大なものとなる。その視線の先では、ウラノスのコクピットハッチが閉まったところだった。

 

 

「目標奪取。玉城、撤退だ」

ウラノスに乗り込んでさえしまえば、あとはこちらのものである。この騒ぎがどういう経緯で起きたのかわからないが、運はこちらに味方したと断言していい。

『なぁ!?おい、俺たちまだ何もしてねーぞ!?』

それに対し「何でもいいから撤退だ」とライに言われ、玉城は素直に従った。誰もが意外に思うのだが、玉城は自分が認めた相手の言うことなら聞くのである。

 

解析中が最大のチャンスだった。玉城に洞窟の外で騒ぎを起こさせ注目を引き、洞窟内に残ったライが機を見て奪取する。そう説明したが、多少の嘘が混じっている。

ライがいたのは洞窟内ではなく、遺跡から繋がる『黄昏の間』と呼ばれる空間であった。そこで様子を見ていたところヴィンセントに襲われ、そしてそれを邪魔するようにヤルダバオトが現れた。

あとの混乱ぶりは、先の通りである。その混乱の中、ライは一直線にウラノスへ向けて走った。

 

戦闘モードに移行。全火器管制のロックが外れ、フロートユニット起動。それに気付いたヴィンセントが銃口を向けるが、それより速くイグニスの一撃がその頭部を吹き飛ばした。

もう一機のヴィンセントは、ヤルダバオトによって壁に叩き付けられて機能停止。この間に、シュナイゼルたちは出口に向かって走っていた。

「………」

二機だけが残った。ライは、ヤルダバオトについて何も知らない。ウラノスのドルイドシステムも「正体不明」と返すだけである。

敵か味方か判別できない相手を前に躊躇していると、その相手は光の粒となって掻き消えた。

 

 

ロロが裏切り、ヴィンセント三機喪失。そして戦果は無し。一部始終を、V.V.は歯噛みしながら見ていた。

「………」

改めて、ネージュの怪物振りを認識させられる形になった。だがそれを倒さない限り、自分の夢は叶わない。

実は、ここにV.V.の勘違いがある。V.V.は、ネージュが邪魔をするのは『ラグナレクの接続』が彼女の存在を脅かすからだと思っていた。

だから、ネージュと共存は不可能。倒す以外道はないと固く信じていたのである。彼女が邪魔をするのは「つまらなそうだから」という唖然とする理由であるなど、予想できるはずもなかった。

 

それはともかく、大失態だ。今回のことがシャルルに知れたら、どうなるか。何とかして取り繕わねばならないが、妙案は全く浮かばない。

「………」

結局、V.V.は何も言わずとぼけ通すことにした。以前も使った手である。その時だって気付いていただろうが変わらずここまで来たのだから、今回もそれで済むと考えたのである。

(シャルルも喧嘩別れしたいわけじゃないから、きっと最後は許してくれる。何といっても僕たちは兄弟なんだ。それに第一、今回のことはシャルルにも悪い点がある)

そう思い、V.V.は自分の行動を正当化した。

 

このとき、破滅への階段を一段上がったことに、彼は気付かなかった。

 




ネージュの大暴れとなった神根島。おかげでV.V.が窮地に…。

ちなみにウラノスがライ君の乗機となるのは私の考えた全ての構想で起こる事象で、世界の約束事のようなものです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。