「来ました」
遠くの空に見えた点は、やがてジェット旅客機などとは比較にならない大きさとなった。飛行戦艦『アヴァロン』。フロートユニットで飛翔する、空の要塞だ。
式根島にはブリタニア軍の駐屯基地があるが、普通の大型航空機では滑走路が足りず着陸できない。しかし滑走路を必要としないアヴァロンは海上に着水し、小さな島にも無事降り立った。
「お久しぶりです、宰相閣下」
「……おや、ユフィ。コーネリアには迎えは不要だと言っておいたのだが…。そんなに畏まらずともいい。今回私がここを訪れたのは、ごく私的なことでね」
では、とユフィも相好を崩す。呼び方も『宰相閣下』から『お兄様』に変わった。
「最近の活躍は聞いているよ。コーネリアは政戦両略に優れた為政者だが、思考が武断に傾きすぎるきらいがある。そこを、君がうまく埋め合わせているとね」
これを世辞だと受け取らないユフィは、素直に感激して礼を言った。だが、世辞でも何でも、帝国宰相がユフィの寛容路線を褒めたという事実は大きい。
「そして君が枢木スザク君だね。ロイドたちから聞いていたが、君の操縦技術は実に見事なものだ。先日の戦いではナイトオブナインにも勝る活躍をした、とね」
「お褒めに与り、光栄であります」
スザクは幹部候補生の試験を通過し少尉になった。先の戦功により、次の機会では中尉昇進が内定している。ゆっくりでも、今はまだ着実に地歩を固める段階だった。
ちなみにスザクは、実を言うとペーパーテストは無難に越せたのだが、戦術指揮シミュレータでの対人戦は危うかった。
(ライには感謝しないと…)
自分の天分が部隊指揮に無い、という自覚はあった。だからウラノスの試験で特派を訪れるようになった彼に特訓を頼み、結局一度も勝てず、嫌になるくらい負け続けた。
しかし、その数えきれない負けは無駄ではなかった。彼の動きを模倣し、本番では何とか勝てた。負けていたら自分だけでなく、騎士に任命してくれたユフィの面目も丸つぶれだったところだ。
それはさておき、シュナイゼルの温顔にスザクはかえって不気味なものを覚えた。
(この人が、帝国宰相―)
何か、巨大な洞の中を覗いたような気分になる。自分に向けられた表情にはよくある日本人に対する蔑視も、ユフィのような温かさもない。
生気のない、作り物のような表情だった。褒められたにもかかわらず、何となく背筋が寒くなる。
「それで…。ロイド、準備はできているね」
スザクの内心は洞察されなかったようで、シュナイゼルは式根島基地の隊長に一声かけた後ロイドに向き直った。
式根島に来たのは、単にここが最も目的地に近い基地だったからにすぎない。この島での目的は荷の積み込みだけであって、特派が荷を運び込むのにここが便利だったというだけである。
「はい~。……でもガウェインが奪われてしまったおかげで、ウラノスだけになっちゃいましたけど」
ガウェインは、ここで使うために先日送られてきたのである。二機のドルイドシステムを併用し、シュナイゼルが目的とする物の解析を行う予定だった。
「奪われたものは仕方あるまいよ。一機だけでも、実施するとしよう」
しかし、シュナイゼルは執着せず目的地へと向かった。その地はアヴァロンであれば指呼の距離にある、神根島という小島だった。
「本当にこんな人っ気のない小島にやってくるのかよ?それよか、トウキョウ租界に乗り込んで奪っちまえば手っ取り早いだろうに」
愚痴る玉城を横目に、ライは足を進める。とはいえ彼も半信半疑のため、前半分については返しようがない。
『ウラノス奪取』
特派出張の連絡を受けたライは、ただそれだけを目的として神根島に上陸した。ただし決行の場をここにしたのは彼の意志ではない。
伊豆諸島周辺での、報道機関の活動をしばらく禁止する。コーネリアからそういう通達が発せられたという情報を掴んだため、ある程度の範囲は絞りこめた。
実はこの情報をリークしたのはディートハルトであった。騎士団以外にも繋ぎを付けておこうということだろうが、彼とてピンポイントでどの島か掴んでいたわけではない。
「シュナイゼルの目的地なら、神根島よ」
ネージュが、そう断言したのだ。最終的に、彼女を信じるという事で神根島にやって来た。
学園周辺はユフィの護衛部隊が展開しており、力技での奪取は間違いなく全面対決に発展する。ギアスさえ使えれば一人で特派に乗り込めばいいのだが、次に使えばどうなるか知れたものではなく、これは廃案。
かといって特派の試験中に乗り逃げなんてすれば、テロリストを匿っていたとしてアッシュフォード家が取り潰されるだろう。
理性の声は「そんな面倒ならウラノスを諦めればいいのではないか」と言うが、欲しいものは欲しいのである。戦力的にどうこう言う前に、あれを思いきり駆けさせたい。
というわけでわざわざ神根島までやって来たのであるが、今回の作戦にはカレンもルーミリアも参加していない。上陸にも潜水艦を使った、少人数の密行だった。
ちなみにこの作戦、玉城が選抜隊の隊長を務めている。玉城を抜擢することを不安がる者もいたが、きわどいところで生き抜いてきた幸運としぶとさを評価しての人事であった。
なお、その中にネージュもいたのだが、彼女は「私は私でやりたいことがあるから」と言ってどこかへ行ってしまった。完全に命令無視なのだが、いつも通りわけもなく全員認めてしまったのである。
「…で、これがあいつの言っていた遺跡とやらか?」
神根島の遺跡。目的はそこしかないとネージュは言い、結局他に当てもないので第一候補として捜索にやって来た。
ただ、ネージュはライに対して不思議なことを言っていた。
「ねえ、今、世界の色はどう見える?あなたは今、幸せ?」
いきなり色、と言われても、よくわからない。ただ、幸せかどうかという問いにははっきりと頷いた。そうしたら、神根島のことを教えてくれたのだ。
「わけわかんねーな。何だここ?」
この遺跡は何かの祭壇なのだろうか。扉のような壁画があるだけで、他に何があるわけでもない。戦闘行動でない以上ウラノスの使い道はドルイドシステムによる解析だろうが、この扉を解析するのだろうか。
「おい、どうしたよ」
「………いえ。ここだけでなく、他に良いポイントがないか探索しましょう」
何気なく扉に触れ、呆然と立ち尽くすライに玉城が声をかける。何でもないように答えたが、この時彼はネージュの問いにどういう意味があったのか理解した。
「…ところで、一度ちゃんと聞きたいことがあったんだよ。お前さ、次の作戦に成算あるんだろ?」
玉城の言う『次の作戦』とは講和締結へ向けた作戦のことである。成算はあることはあるが、どう転ぶかはわからない。
もっとも、成らねば成らぬでよいのである。次の作戦を考えるだけのことで、ゼロのように一度の決戦に全てを賭けるような真似はせいぜい一将軍の心構えと言うべきだろう。
「それはいいんだよ。……俺が聞きたいのはな、成功すればこの戦争は終わるだろ、その後、お前はどうするんだ、ってことだ」
そう問われて、ふと思った。どうするかと聞かれても、特にない。そう答えると、玉城は呆れたようだった。
「……まあ、好きにすりゃあいいけどな。だが、一つだけ言っておくぞ。カレンに対してだけは、ちゃんと責任取れ。それだけは絶対に守れよ」
捨てるようなことあれば、昔なじみ全員で処刑しに行く。そう合意が成り立っているらしい。
「手っ取り早く言うと、だ。さっさと決心して身を固めてしまえ。お前の過去がどうあれ、あいつは付いて行くだろうからな」
いまだ行方不明者の捜索願などで、ライの身元に関わる情報はない。となれば記憶を失う前に恋人はいなかったと見ていいだろう。なら、今の関係を大事にしろというのが玉城の意見である。
それにカレンは奥手だ。そういう女は男の方がしっかりリードしてやらねば駄目なのに、こちらも奥手でいつになっても進展しない。ずっと歯がゆく思ってたのだ。
「………そうなればいいですけどね」
玉城としては、苦笑いを浮かべるか真剣に考え込むかと予想していた。異様に寂しそうな表情で呟く姿は、予想の外にあった。
一方、ライたち天叢雲にもシュナイゼルの一行にも属さない、森の中を進む人影があった。
「………」
駒に、思考は必要ない。主の命令は絶対であり、それがどういう意図によるもので、どういう結果をもたらすかを考える必要はないのだ。
必要なのは、それを実現する力のみ。幸いなことに自分には適した力があるのだから、手慣れた仕事としていつものように終わらせればいいだけのことである。
「はじめまして、ロロ。V.V.は元気かしら?」
不意に、頭上から声がした。全神経が一瞬で緊張状態になり、大きく後ろに飛び退る。と同時にナイフを構えるが、相手は悠然と木から飛び降りた。
「ネージュ・ファン・シャレットよ。V.V.から聞いてないかしら?」
聞いていないわけではない。ヤルダバオトのことも知っている。だが今のネージュは何の武装もしていない。丸腰の少女一人を片付けるくらいわけない事だ。
「………っ!」
『絶対停止の結界』を展開。範囲内の人間の体感時間を止め、行動、思考の一切を停止させる。例え正面から心臓にナイフを突き立てられようとも、このギアスを解除するまで気付かれることはない。
ネージュに対して効果があるか不明だが、それでも周囲に潜んでいる敵の動きは封じられる。その間に、ネージュを抑えればいい。
……そのはずなのだが、ネージュに対してでは相手が悪すぎた。
「私に効くわけないじゃない。ギアスなんて、私の力の欠片一つに過ぎないんだから」
あっさりと腕を取られ、そのまま投げ飛ばされて木に叩きつけられた。背中の衝撃で、呼吸が止まる。
小柄であるが、人ひとりがより体の小さな少女の細腕で数メートルは投げ飛ばされたのである。物理法則上では考えられない力だった。
「………あなたを暗殺に差し向けるなんて、V.V.も焦りだしたようね。でも、ここまで面白くなったのにそれをぶち壊しにしてくれるような行動、見過ごすわけにはいかないわ」
立ち上がれず這いつくばりながら喘ぐ頭上から、声が落ちてくる。次に待つ運命は、首を切られるか頭を潰されるか。何にせよ、『死』以外ないと思った。
恐怖はない。むしろ安息があった。『失敗作』は、ここが限界だったという事だ。
「ロロ、V.V.を捨てて私についてきなさい。あなたが『人』として生きられるところへ、連れて行ってあげるから」
しかし、それだけは少女の物としか思えない、小さな手が差し伸べられた。
ウラノスを奪いに神根島へ。その裏でネージュとV.V.の暗闘が。
一方、玉城は臆面なく切り込みにくいところにも突っ込んでくれました。