「今回の首謀者は澤崎敦という、かつて枢木政権で官房長官を務めていた男ですわ。敗戦後は、中華連邦に亡命していました」
それが中華連邦遼東軍管区の曹将軍と共にフクオカ基地を奪取し、勢力を北九州一円に広げていた。中華連邦が介入する名目は「人道的支援」というが、傀儡政権を作るのが狙いだろう。
「……片瀬ともつながりのある人物ですから、十中九までゼロが一枚かんでいる物と」
自身はトウキョウ租界を奪取し、中華連邦に西から攻め込ませる。戦略的に間違いではない。ブリタニアと徹底的に戦うのであれば、中華連邦との同盟は必須と言っていい。
「……おそらく、中華連邦を手玉に取る自信があったのでしょう。自信過剰な男ですから」
神楽耶の集めてきた情報に、ルーミリアが推測を加える。ただ、彼女の言葉には棘があった。
激戦から、一夜明けた。ライとカレンは「ルーミリアを迎えに行く」と称して外に出た。戦闘後、ルーミリアは一晩を避難所で明かしたと報告している。
なお、学園の方は当然ではあるが学業に励めるような状況ではなく、無期限の休校となった。仮の避難場所であることが終わるまでは、再開の目途は付きそうもない。
そしてメンバーを集めた軍議の席で、まず話題となるのは当然中華連邦に対する対応である。
「彼らは、『日本』と称しているが…」
「看板だけ、です。やってることは九州をブリタニアと中華連邦の戦場にしただけですね」
味方するべき相手ではない。そうルーミリアは言い切った。仮に今回日本からブリタニア軍を駆逐できたとしても、ブリタニアの再反抗は必至だ。
日本全土が戦場となり、その被害は計り知れないものとなるだろう。
「……まあ、悪い事ばかりとも言えないだろう」
劣勢になった扇に味方したのは朝倉である。ブリタニアは騎士団と中華連邦の対応で手一杯のはずだ。こちらが動くには、好機と見ていい。
その意見にはルーミリアも賛同した。数年は先だと思っていた機が、今やって来た。
「『月輪七曜』の長野、『小鷹』の秋月など、すぐに北陸道に移し『鎌鼬』の中条に合流させましょう」
折衝した神楽耶が説明する。急ではあるが、作戦の概要は通してある。
とはいえ、しばらくの時間は必要だった。彼らの準備にも、自分たちの準備にも。
「お義兄様の新たな機体は全力で用意させますが、朧月夜まで取られてしまいまして…」
朧月夜は、元々ルーミリア機となる予定だった。それを桐原達が無断でC.C.に引き渡してしまったのだ。『暗部』の知らせを受けた時には、すでに遅かった。
「桐原達には、きつーーーーーーーーく灸を据えることにしましょう」
藤堂達の月下やゲフィオンディスターバーも、神楽耶に無断で引き渡されたものである。勝てば神楽耶も認めざるを得ないと思ったのだろうが、完全に裏目に出た。
「というわけで、残っている第7世代相当のナイトメアはカレンさんの紅蓮と、ネージュさん用に開発していた『雪花』の2機のみとなります」
それと、半月ほどあれば汎用型の月下を何機か輸送できるという。フロートユニットが搭載されたブリタニアの第7世代ナイトメアと戦うには、少々心許ない。
それとは別に、『ネージュ』の名前が出た時、期せずして皆の視線が玉城に集まった。
「……い、いや、言いたいことはわかる。わかるけどよ…、お前ら、あいつに全部任せて逃げ出すだけでよかったのかよ?」
玉城の言い分はつまり、「あんな子供に強敵押し付けて逃げたんじゃ男が廃る」というものである。改めて言われると、それは皆に共通する思いであった。
「それに、お前ら、あいつが死んだら絶対悲しむだろうと…」
その言葉はライとカレンに向かって言われたものである。「まるで親子」という認識は、もう組織の中では鉄板となっていた。
「……でも、玉城が何もしなければ無事帰ってこれたんじゃない?」
そう、結果から見るとそうなる。皆、「私たちでは手出ししたところで邪魔になるだけ」と考えて撤退したのだ。玉城はその冷厳な判断ができず、まさにその通りになったのだから。
ぐっ、と言葉に詰まって黙り込んだ玉城だったが、その背後でいきなりドアが開いた。
「勝手に人を殺さないでくれるかしら?」
入ってきたのは、真っ白な少女。その姿を見て誰よりも速く動いたのはカレンだった。
「……もう、本当に心配したんだから」
力一杯、抱きしめる。その姿を見た井上から「お母さんぶりが板に付いて来たわねー」とツッコまれ慌てて身を離したが、ネージュの身は自分とライの間に座らせた。
そのネージュは、十人ほどの客人も連れて帰ってきていた。
「解放戦線の仙波崚河と申します。ご息女のおかげで助かりました」
その一同を代表した男が四聖剣の一人であることは、皆知っている。他に女性の姿もあり、それが千葉凪沙であることもすぐわかった。
戦闘は終了したとはいえ、残党狩りは続いていた。逃げ遅れた者は、そこをうまくすり抜けねば命はない。ネージュは逃げ惑う解放戦線の団員を集めて、ここまで案内してきたのである。
「不思議な子だな。何故か、自分の勘よりあの子を信じてみたくなった」
千葉の中では、今になってみると腑に落ちない。これまで危地に陥っても自分の才覚で生き延びてきたのだ。なのに、今回ばかりはあの少女にすべてを任せてしまったのである。
それは仙波も、他の人も同じだった。ネージュに誘われるまま、ここまで来てしまった。その選択は確かに正しかったのだが、冷静になると「何故?」という疑問が消えてくれない。
「………」
ライとしても、返しように困る。ネージュの不思議さは自分たちにとっても理解の範疇を越えているのだ。なんかもう、「考えたら負け」みたいに諦めているのだが。
ただし、修正すべきところは修正せねばならない。ネージュは娘ではない。のだが…。
「ねえカレン、私たち、昨日から非常食しか食べてないの。お腹すいたー」
その本人が子供のように甘え、しかもカレンの方も急いでおにぎりを作って来て食べさせているとなると、何とも説得力に欠ける。
仙波は微笑ましいものを見たと笑い、千葉は理解に困るという表情をしていた。
「……そうか、仙波も千葉も無事だったか」
不幸中の幸いだ、と藤堂は思った。朝比奈も、戦友が生きていて嬉しくないはずがない。ブリタニアの警備状況を見極めてから帰還するとしても、数日中には戻ってくるだろう。
今回の大敗で、解放戦線と黒の騎士団の戦力は激減した。せっかく取ったキサラヅ基地すら守れそうもなく、残存戦力をかき集めて本拠の要塞に籠るしかない。
暗澹たる状況に陥った中で、二人の帰還は朗報と言えた。
租界制圧後の一斉蜂起を約していたレジスタンスは、大方が蜂起を見送った。フライング気味で起ってしまったところがいくつかあるが、今頃頭を抱えているだろう。
中華連邦を参戦させたのは片瀬が主導したという。裏で沢崎と示し合せ、租界を攻略した日本軍は東から、中華連邦の力を借りた沢崎は西からブリタニアを駆逐する予定であった。
藤堂は与り知らぬことだった。自分は実戦部隊の指揮を任されただけなので、それはまあいい。
「中華連邦の力を借りることは反対だったが、現状、贅沢は言ってられん」
しかし、その中華連邦が、どこまで本気であるかははなはだ疑問だ。形勢不利となれば、「曹将軍とその軍が勝手にやった」とトカゲのしっぽ切りで終わりにするだろう。
外部ばかりではなく、内部にも亀裂が走っている。今回の敗因は、何と言ってもゼロが指揮を誤ったことである。ユーフェミアの政治的価値を重視するあまり、戦術的目標を見失った。
「このまま、ゼロに従っていていいのだろうか」
解放戦線内では公然と、騎士団内ではひっそりとささやかれている。藤堂はゼロに対する不満こそ口にしなかったが、敗北後の軍議の席で一点だけ批判した。
「そもそも、『蒼』との協調を欠いたまま事を進めたのが間違いであったと考えます」
その言葉は片瀬に容れられることなく、ゼロ追従の関係は続いたままだ。
「………片瀬少将の考えは、とにかく、今は分裂だけは避けようということだろう」
自分自身を納得させるように言う。ここで騎士団と袂を分かつとしても、解放戦線には行き先の当てもない。留まるならば、喧嘩をしている場合ではないというのは道理である。
それに、あと少しまで行ったのは確かにゼロの力だ。それ故ゼロを見限るのはまだ早い、と片瀬は言うのだ。
「……自分の保身のため、とも考えられますけどね」
『蒼』ではなくゼロを選んだ。その判断が間違いだった、と認めたくないから粘っている。そう受け止められても、仕方ない点はある。
「その上、『こんなことになったのはナリタでコーネリアを討たなかった『蒼』のせいだ』と言い、神楽耶様を大激怒させたって言うじゃないですか」
それに対し、藤堂は何も答えなかった。答えられない、と言う方が正しい。なんでも、神楽耶は解放戦線を割ることも考えたという。分裂の火種を自分で蒔いている片瀬を、擁護しようがない。
「オレンジ殿がお見えになりました」
片瀬への愚痴が止められなくなりそうな流れが、取次の士官の声で断ち切られた。要件は大体わかる。
「次の防衛戦は、藤堂殿に実戦部隊の総指揮を執ってもらうことになりましょう」
貧乏籤を押し付けられたという感がしないでもないが、妥当な提案ではある。少なくとも解放戦線には、今ゼロに指揮権を託そうなどと言われて納得する者はいないだろう。
「…ブリタニアが我らと中華連邦の二面作戦を強いられている限り、この要塞を守り抜く自信はある。が、その後は力及ぶところではない、とゼロに伝えてもらいたい」
もはや独力での挽回は不可能、中華連邦の存在で支えられている。残る、頼りになる戦力を持っているのは『蒼』しかいない。
故に、含むところがあっても『蒼』との関係を改善しろ。言外に、そう言ったつもりである。
さすがにジェレミアは馬鹿ではない。藤堂の言いたいことは、すぐ理解した。
(が、しかし―)
容れられることはないと思う。二人の関係は、大きく捻じれている。方針がまったく相容れない上、個人的にも嫌い合っていた。
学園では生徒会長のミレイを始め他メンバーが橋渡し役となり、ルルーシュの猫かぶりもあってそれなりに付き合っているらしいが、ゼロと『蒼』の関係ではそういう人もいない。
「……お、戻って来たか」
ゼロの執務室で待っていたのはC.C.だった。朧月夜の存在と合わせて、今回の戦いで大きく株を上げた。その割に騎士団内で何らかの肩書を欲しがるわけでもなく、客分として気ままに過ごしている。
「お前からも言ってほしいことがある。いくら切羽詰ったとはいえ、私のピザ予算を削減するとは何事だ?」
いくら気ままと言っても、こんなことを言えるのは彼女だけであろう。片瀬と会談中のルルーシュはまだ戻っていなかった。それをいいことに、C.C.は言いたい放題だ。
それが何か、照れ隠しのように聞こえるのは気のせいだろうか。
「……ところで、お前はブリタニアに戻るつもりはないのか?」
不意に、きわどい話題に切りこんできた。戻れないことはない。今のこのこと姿を現したら冷笑で迎えられるのは確実だが、言いつくろえば死罪ということはないだろう。
事実、ヴィレッタとは連絡を付けている。マリアンヌ事件の、それもコーネリア総督やユーフェミア副総督が持っているデータを入手できないか頼んでいた。犯人を見つけ、その功で復帰を認めてもらうと言って。
「…敗北は補佐である私の力量不足によるもの。ナナリー様やユーフェミア様の御身は大事だが、あの場はもっと強く諌めるべきであった」
どれほどルルーシュが二人のことを気遣っていたか知っていたジェレミアは、反対したものの最後は妥協してしまった。それが敗因である、と彼は言う。
「……お前は本当にマリアンヌのことが好きなのだな」
やれやれ、とC.C.は息をついた。
日本陣営、それぞれの一夜後。藤堂やジェレミアの苦悩は深いです。
ルーミリア機は名称を『紫影』あたりにしようかと考えていたのですけど、『朧月夜』の登場をスマートにするため没になりました。
……後で出す物の兼ね合いもありますし。
原作であった北陸道の蜂起がなかったのはライたちが手を回して抑えていたからになります。