コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

51 / 75
Stage 47 綻び

急ブレーキと急ハンドルで、全員が大型リムジンのシートから投げ出される。頭をぶつけそうになり目をつぶったカレンは、いきなり引き寄せられて抱きしめられた。

痛みはない。目を開けると、視界は黒い布でふさがれていた。それがアッシュフォード学園の男子制服だと気付くと、今の状況を理解した。

「……………」

自分のことを身を挺して護ってくれるような恋人だと思うと、つい顔がほころんでしまう。もう少しこのまま、と思って顔を寄せるが、この場にもう一人いたことはすっかり頭から抜け落ちていた。

 

「な、何が起きたのでしょうか…?」

ユフィの声に、慌てて身を起こす。緊急事態だし恋人同士なのだから問題ないという思いはあっても、やはり気恥ずかしい。

ひとまず外に出てみると、租界の状況は一転していた。あちこち陥没し、目の前の道路は倒壊したビルでふさがっている。

横数十メートルの先は、何もない。陥没に巻き込まれなかったのは幸運だった。落ちていたら、まず命はなかっただろう。

「租界外縁部のパージか…。成程な」

『蒼』としての表情になったライが呟く。何に納得したのか不明だが、ゼロの作戦を賛美したのではないことは厳しい表情から明らかだった。

 

学園までは、それほどの距離はない。しかし瓦礫とパージによって道が途切れたため、車は使えない。その状況に対して、お姫様はあっさり答えを出した。

「走りましょう」

ブリタニアの皇女が「走る」などと言いだすとは思っておらず、ライもカレンも内心面食らった。

「…………」

塵煙が収まってから調べてみると、隙間を潜り抜ければ向こう側に出るのも何とかなりそうだ。ただし、ここでさらに崩れたらまず命はない。

それにも拘わらず、何としても学園に戻ろうとするユフィの執着は度が過ぎている。しかし、詮索するライに対し「今は何も言えません」とだけ言い、ユフィは走り出した。

 

 

「おい、カメラは回しているな」

テレビ局本社ビルの最上階に、ディートハルトはいた。黒の騎士団の侵攻と聞いて、この場所から様子を撮影していたのである。ここからなら、崩落の現場も遠目に見えた。

顔面蒼白ながらも仕事はきっちりこなしていたカメラマンに満足して頷くと、内心でにやりと笑う。やはり、こういう派手なことをやってくれるゼロは撮り甲斐のある男だった。

 

(ほどなく、騎士団の奴らが占拠に来るはずだが―)

それほど待つ必要はなかった。下で混乱が起こり、上まで達する。元々、TV局なのだから、武装など全くしていない。占拠は容易いことだ。

「ここは我々日本軍が占拠した。我々の指示に従うなら、絶対に危害を加えないことを約束しよう」

トウキョウ租界陥落後に、日本が解放されたと全世界に向けて発信する。その特別番組の用意をしろ。それが日本側の要求である。

「……わかりました。わかりましたから、銃は下ろしていただきたい」

上司を差し置きディートハルトが答える。筋書通りに事が進みほくそ笑む相手に、ディートハルトは内心冷笑を返した。

 

ディレクターとして、やはり物語には見せ場が欲しい。そう考えてディートハルトはゼロに接触することにした。『蒼』もまた上等の素材ではあるが、華に欠けると思ったのだ。

関東一帯のレジスタンスに接触すれば、どちらかには行き着くだろう。そうして何件かレジスタンスに情報を流すうち、その動きがキョウトの目に留まったのである。

さすがのキョウトの諜報網も、ことブリタニアに関しては総督府の幹部と直接の付き合いがあるディートハルトには敵わない。

『蒼』の対抗馬としてゼロを担ぎ上げたいキョウトとしては、大いに魅力のある存在だった。ゼロにとっても、ブリタニアの正確な内情は計り知れない価値がある。三者の利害は一致した。

とは言っても、ディートハルトはブリタニアにおける地位を捨てたわけではない。プロデューサーの立場は、しっかり保持していた。

 

ディートハルトのゼロに対する献身は嘘ではない。自分にできる限りのことをして、彼に勝たせたいと思っている。ただ、負けた時まで彼に付き合い、心中するつもりはさらさらないというだけだ。

ゼロが勝てば、諜報、広報の担当者として重職に取り立てられるだろう。それはそれでいい。逆に、負ければ騎士団との関係をすっぱり絶ち、次の素材に取り入ることも考えねばならないだろう。

(『蒼』あるいは、ユーフェミアあたりが面白そうだが…)

そのため、ディートハルトは決して裏の顔を出さない。この場はあくまでも「巻き込まれたブリタニア人」という立場を装っていた。

その程度の事にも気付かず自分を仲間だと信じている日本人の人の好さに、ディートハルトは呆れている。

せいぜい、上手く踊って欲しいものだ。自分はその裏でいい画を取らせてもらう。自分の力が及ばぬところの結末まで、責任を取るつもりはなかった。

(悲劇なら、悲劇として仕立てるだけのこと…。それを肥料に、次は大輪の花を咲かせるのみ…)

 

 

あらかた、想定通りと言っていい。周囲を崩落させた租界に、地上から増援は入れない。騎士団の航空戦力では制空は不可能だが、細工をしておいたので空からの援軍もまず無視していい。

事実、緊急発進したブリタニア空軍の戦闘機は全て租界手前でUターンせざるを得なかった。というのも、租界の対空防衛システムが味方のはずの自分たちを狙っていたからである。

目標制圧の報告が次々入る。コーネリアは政庁を最終防衛線とするつもりで、ずるずると下がるだけだ。

 

「が、ユフィの身をこちらが握ってしまえば、どうするかな?」

コーネリアはユフィの身柄を政庁に移そうとする。それは当然のことだが、彼女の計算にはナナリーという要素が入ってない。ユフィなら、絶対にナナリーも連れて行こうとするだろう。

そしてナナリーは、自分を見捨てるような妹ではない。キサラヅを落とした時に「あと1時間くらいで帰る」と伝えてあるから、きっと待ってくれる。ナナリーが動かねば、ユフィも動けない。

その間に、学園を抑え政庁と結ぶ道を封鎖してしまう。これで二人の安全は確保されるし、コーネリアの戦意も鈍る。さらにはライやカレンも抑えれば、邪魔されることもない。

特派は郊外に出向いて不在だし、あとは政庁を制圧するだけだ。

 

「問題は全てクリア。俺の勝ちだ、コーネリア」

……しかし、ルルーシュにも知らないことがあった。ユフィの買い物が異様に長引き、この時点でまだ学園に戻っていなかったことである。

 

 

ゼロの命令通り、学園に向かった部隊は容易くそこを制圧した。ユフィたちが戻ってきたのは、そのすぐ後だった。

遠目から見えたナイトメアの姿に学園に入ることを諦め、近くのビルから様子を窺う。どうやら虐殺などの事態は起きてないようで、無抵抗のまま占拠されたらしい。

「ゼロめ…、この学園に手を出すとは、いい度胸だ」

「お母さん、大丈夫かな…」

とはいえ、不愉快な事実には変わらない。ライやカレンにとってアッシュフォード学園は家そのもので、生徒会の仲間たちを始め失ってはならない物が数多くある。

 

また、学園を占拠したのはユフィを狙ったものと考えるのが妥当だ。さらにC.C.が自分たちの存在を知っていたから、ゼロも知っていたとしてもおかしくない。

(ユフィを殺し、どさくさに紛れて僕たちも討つ気か)

河口湖で、ゼロはクロヴィスを殺した理由を「ブリタニアの皇族だから」と言った。であれば、ユフィも躊躇なく殺すだろう。

「………であれば、敵だ。学園を奪還する」

容赦をする理由はない。相手の行動が日本のためになるのであれば一考の余地はあるが、租界制圧などという愚行の生贄にされるのでは話にならない。

 

「待ってください。お姉様に事情を話せば、すぐ軍を派遣してくれるはずですから…」

そう言いユフィは携帯電話を操作するが、コーネリアとも政庁ともつながらない。破壊されたかシステムを落とされたか、とにかく通信設備が使えない状況にあるらしい。

どの道、騎士団との戦闘で手一杯だろうから、軍の増援は期待できないだろう。そう指摘されると、ユフィも折れた。

「仕方ありません。………ですが、戦えるのはライ一人です。申し訳ありませんが、あなたの力に頼るほかありません」

ナナリーの身を思い、ユフィも焦っていた。でなければ、ここは待つ選択をしただろう。

 

ただし、ナイトメアが問題になる。無頼でもいいから、とにかく一機欲しい。学園の倉庫にガニメデがあることはあるが、さすがにあれでは戦えない。

ちなみにガニメデは、今度の学園祭で使おうということでニーナがメンテナンスをしていた。その実働試験で操縦を担当したのがライだったため、ユフィもライの操縦技術は知っていた。

携帯は駄目でも、天叢雲で使う無線なら使える。しかし学園奪還に『蒼』の姿を晒すわけにもいかず、第一、ナイトメアを運び込むための道がない。

どうするか思い悩むライに、ユフィが何気なく言った。

「ナイトメアなら、特派に一機余っていたはずです」

 

 

特派。正式名称、特別派遣嚮導技術部。スザクの務める技術部である、という事は聞いていた。

(それがランスロットの開発部署で、真向かいの大学部にあったとは…)

探る気さえあれば、簡単に探れただろう。完全に盲点に入っていた場所だったと、自分たちの間抜けぶりに呆れるほかない。

大学部に忍び込むと、銃を構えた騎士団兵がちらほら見える。キョウトが掴んでいなかった情報をどうやって知ったのか不明だが、ゼロは知っていたようだ。

 

「何者だ!」

「しばらく、気を失っていろ」

特派の研修室を占拠していた兵士は、その言葉で崩れ落ちた。極力人目を避けて進み、倒せる敵は倒したものの、今回ばかりは『ギアス』も使わざるを得なかった。

手鏡を取出し、離れた場所に潜んでいるカレンとユフィに合図を出す。古風だが、電子機器に頼らない方法も取り決めておくと、こういう場合に役に立つ。

「あ、あなたは一体…」

怯えながら誰何する特派の研究員も、遅れてやって来たユフィの姿を見て安堵する。その研究員に対し、ユフィはエリア11副総督の名で命令を下した。

「この者を『ウラノス』に乗せて、出撃させなさい」

 




正月休みで気が抜けた後にインフルエンザで38℃以上の熱を出してさらに気が抜けていたこの頃。

内容ではディートハルトが原作以上の黒さに。ゼロ以外にも賭けの選択肢があれば、彼ならこのくらいやってのけると思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。