コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 46 崩落

キサラヅ、陥落。その報は、援軍を組織し出陣しようとしていたコーネリアの元にも届いた。

「………!」

いくらなんでも、早すぎる。先発隊を空輸する時間すらなかった。落ち延びた者は駐屯部隊の二割に満たず、残りは戦死か捕虜となった。ナイトメアに至ってはほぼ全てを失っている。

なぜ、こうなったのか。それはクラウディオが戦死の直前に伝えてくれた情報で、あらかた理解できた。

「ナイトメアの駆動系を止める、ジャミング装置か…」

ブリタニアでも理論だけなら提唱されていたことであるが、まさか実現するシステムを作り上げられるとはだれも考えていなかった。あの奇人で奇才の、ロイドさえもである。

 

「……出撃予定だったナイトメア部隊をトウキョウ租界の東外周部に布陣させろ。そして、租界一帯に怪しい機器がないか歩兵部隊で徹底的に捜索させる」

さすがに、コーネリアの立ち直りは早い。クラウディオ以下親衛隊員の死も悲しく、涙すべきことである。が、そのためやらねばならないことをおろそかにする彼女ではなかった。

キサラヅを落としたゼロが、どう動くか。房総半島の完全制圧を目指して他の基地を襲うなら、こちらが攻め込む。サクラを襲うなら背後を突けばいい。どちらの場合も、対応は容易だ。

もう一つの可能性が、このままトウキョウ租界に攻め込んでくること。まさかとは思うが、そのまさかを狙ってくるのがゼロという男だ。

 

「海軍にはトウキョウ湾の警備を命じろ。対岸からの船は一艘たりとも通すな。海中も見張れ」

東から襲うと見せかけて海を渡り、西から奇襲。いかにもゼロが考えそうなことであるが、その芽はこれで潰せるだろう。

(残るは、『蒼』か―)

正直言って、これだけはどう動くか全く予想できない。ある程度のナイトメアは『蒼』に対する備えとして残しておく必要があった。

 

ナイトメアだけに限れば、コーネリアが今回動員した兵力はナリタを上回る五百機である。当然、そこに親衛隊が加わる。さらにトウキョウ租界の防御機構を加えると、鉄壁の備えと言っていい。

ゼロに動きが見えるや、地方軍から最小限の数だけ残してありったけを動員したのだ。相当な無茶である。地方には基地と各地の租界を守ることだけに専念しろと指示を送ったが、どうなるかはわからない。

それはもう、覚悟の上だった。トウキョウ租界を守り抜きゼロと『蒼』さえ抑えこめば、基地の一つや二つ失おうがどうとでもなるはずだ。

 

「背水の陣、ですな」

ダールトンの声が内心を抉る。ブリタニアとしてではなく、彼女のである。仮にトウキョウ租界を失ってもどこかの基地に拠り本国に増援を仰げば、いくらでも挽回は可能のはずだ。

しかし、自分は敗戦の罪により総督の任を解かれ、総指揮を執るのはおそらく第二皇子のシュナイゼルになるだろう。

別にそれが不満というわけではない。兄の才覚には素直に敬意を払うし、負けた以上責任を取るのは当然のことで、死罪も覚悟の上だ。皇位継承争いだって、元々皇帝になるより将軍であり続けたいという思いがある。

ただ、敗北者という不名誉な称号のまま表舞台から消えなければならなくなるだろう。それだけは、彼女に許せることではなかった。

 

「…それと、ユフィには迎えを出せ。この非常時、副総督が政庁にいるのは当然だからな」

もはやユフィの普段の居場所は、アッシュフォード学園になってしまっている。『蒼』やゼロがそれを知ってれば、真っ先に捕らえようとするだろう。

まさか、知っているどころか一緒に居るとまでは、いくらコーネリアと言えど予想できるものではなかった。

 

 

「……ゼロが動いた?」

「ああ、藤堂中佐がそう伝えてきた。キサラヅを落とし、トウキョウ租界まで攻め込むつもりだと」

騎士団ないし解放戦線、あるいはキョウトからも援軍要請はない。ゼロや片瀬はこちらの戦力を当てにせず、それに不安を覚えた藤堂が独断で知らせを寄こしたのだとはすぐわかった。

やはり、手を組むに足る相手ではなかった。仮にトウキョウ租界を落とすことができたとしても、それがどんな結果をもたらすか考えてない。

 

確かに、全世界に衝撃が走るだろう。日本だけでなく世界中のレジスタンスが立ち上がる好機と見るに違いない。だが、そんなものは順次潰していけばいいだけだ。

騎士団と解放戦線にそれを援助する力はあるだろうか。奪還した土地は守らねばならない。戦力を二分するほど余裕があるとは、とても思えない。

そしてライが最も恐れる事態は、ブリタニアが断固とした対応に出ることである。日本人全てを対象とする皆殺し作戦(ジェノサイド)で来られたら、対処のしようがない。

 

「………とりあえず、隊員を全て集合させてください。…僕とカレンは、あと1時間は抜けられないでしょうが

それでも間に合う、とライは考えていた。キサラヅはあくまで誘いで、コーネリアを誘い出し決戦に持ち込む。それに勝利した余勢を駆り、トウキョウ租界に攻め込むのだと。

ゲフィオンディスターバーのことを知っていれば考えを改めたかもしれないが、藤堂もその瞬間まで知らなかったのだ。

「ライー、何をして―。……電話中でしたか?お邪魔しました」

背後から呼びかけられる声に、慌てて通話を切る。「あと1時間は抜けられない」原因は、今の状況にあった。

 

「いえ、丁度済んだところでしたから。それより買い物の方は……」

「はい、紙皿や名札など他のものはわかりましたけど…、この『ピコピコハンマー』というのは何でしょうか?」

学園祭で使う品の、買い出しである。何を思ったのかその役にユフィが立候補し、状況は『はじめてのおかいもの』になってしまったのだ。

当然のことながら、護衛は騎士となったスザクの役目である。ところが今日は特派の新兵器実験のため郊外まで出向いていて、不在だ。何でも、「租界の上だと危ない」テストらしい。

騎士の役目より研究を優先させるロイドも大概だが、許可を出してしまうユフィもユフィである。しかも、どうするかが「代理をライにお願いしますから」であった。

 

ライの方はというと、別に気分を害したわけでもなくそれを受けた。とは言っても探すのはユフィが「自分にやらせてください」と言ったので専ら荷物持ちである。

そしてカレンはというと、「浮気だと思われないように」ということで半ば無理矢理連れて来られた。ユフィ曰く、「ライは頼れるお兄さんで恋愛対象とは違う」とのことだ。

そこまではまあいいとしても、明らかに人選ミスだと付いて来たカレンは思う。

「……あの、それって叩くと笛が鳴るようになってるおもちゃなんですけど」

ハンマーというからには武器なのだろうかと真剣に悩む天然ボケ二人に、泣きたくなる思いをこらえながらツッコミを入れる。放っておくと、本気で軍部に在庫を問いかねない。

 

(私一人なら、とっくに終わってるわよ…!)

ゼロの奴も、何でこのタイミングで事を起こしたのか。よりにもよって、と呪いたくもなってくる。

仮病や急用で切り上げることも考えたが、「なら政庁の公用車で送ります」ぐらいのことは言ってくるに違いない。それで話がごねるより、大人しくしていた方が結果的に早く終わる。

おもちゃ売り場に移動し、ピコハンはあっさり見つかった。ようやく終わり、と息をついたカレンであったが、状況はこの時急転していた。

すでにキサラヅは陥落し、騎士団はトウキョウ租界に向けて一気呵成に軍を進めていたのである。

 

「……はい。…はい。では、今の場所は…」

学園への帰り道、ユフィの携帯に通話が入る。真剣な表情で話していることからも、内容はたやすく予想がつく。

「申し訳ありませんが、政庁に戻らねばならなくなり、迎えが来るそうです。あ、でも、一度学園に寄ってから向かうことにしますから、荷物も大丈夫です」

このくらいの荷物なら二人で充分、というライたちに、ユフィは頑強に学園に戻ることを主張した。やって来た運転手にも譲らず、コーネリアの厳命を受けていた相手も渋々諦めた。

 

何故、ユフィはここまで学園に執着したのか。

(ナナリー…)

ゼロは「ブリタニアの皇族に恨みがある」と言った。そしてゼロの正体について、ユフィには予想とも言えないレベルの、漠然とした予感がある。

それが当たっていれば、ナナリーの身だけは確実に守られるだろう。だが、その予感が外れ、かつゼロがナナリーの事を知っていた場合、妹の身は非常に危ういものとなる。

そのため、ユフィは何としても学園に戻ろうとした。コーネリアに知られることになっても、一緒に政庁に連れて行った方が安全だ。

 

さらには、自分の存在は広く知られているから、ナナリーの存在を抜きにしてもゼロが学園を狙う可能性は充分すぎるほどある。生徒も避難させた方がいい。

コーネリアはトウキョウ租界東部でけりをつける気であり、アッシュフォード学園一帯には避難指示を出していない。

トウキョウ租界の奥深くまで踏み込ませるつもりはないし、万一を考えてユフィの身は確保したからそれでいい、というのが彼女の考えなのだろう。

他の生徒のことまで考えないのはブリタニアでは批難されることではないが、ユフィには耐えられなかった。

 

もっとも、学園に寄り道したくらいなら大勢に影響はない。誰もがそう思っていた。

なのに、この些細な一事が勝敗を左右した、と、後々言われることになる。

 

 

「壮観だな。そうは思わないか?」

川を挟み、対岸はトウキョウ租界。そこには、コーネリアが大軍を持って整然と陣を敷いていた。普通に考えれば隙など一切ない、攻め入る者にとって死地である。

ルルーシュは、その対岸を眺めるに良い丘の上に仮の本営を置いた。ブリタニア軍と向かい合う形だが、対峙のまま時を過ごせば敵の増援がやってくる。そうなれば、こちらの負けは確実である。

 

「ゼロ、この膠着を破る手立てはあるのか?」

余裕綽々で対岸の相手を賛美するゼロに対し、正木に余裕はない。まさかここまで厳重とは、というのが偽らざる声だった。

「心配ない。言ったであろう。私に従えば、必ず勝つと」

この男を迎え入れたことは、決して失敗ではなかった。キサラヅの存在に怯えるだけだった自分たちが、トウキョウ租界に攻め込むところまで来たのだ。

解放戦線に合流せず、盾として利用する形で房総に逃げ込んだ。不安がる部下は多かったが、その決断が全てだったと言っていい。加わっていれば、いいところ尉官として小部隊を指揮していたくらいのはずだ。

「……では行こう。ここが日本解放の山場だ」

 

「敵軍、動きました!」

斥候の報告に、コーネリアはわずかに眉をひそめた。何故ゼロは動いたのか。自軍の布陣に、隙はない。自信を持ってそう断言できる。なのに動くという事は、ゼロにしか見えない隙があるという事なのか。

ゲフィオンディスターバーについては、すでに解除済みだ。捜索漏れがあっても、少なくともキサラヅと同じようにナイトメア部隊のほぼ全てが止まるなどという事態にはならない。

(ゼロ…、戦術を誤ったのか?)

このままだと、こちらが望むところの真っ向勝負になる。ゼロの掌握するナイトメア戦力はせいぜい百五十から百八十というところだろう。三倍の数で圧倒できる。

そんなはずはない、という思いと、そうであってほしい、という思いが交差する。

次の瞬間、ナイトメアのモニターに映る外の景色が、大きく揺れた。

 

「なっ!!!」

地震ではない。租界は地震対策のためいくつものブロックを組み合わせた、立体パズルのような構造をしている。これは、その結合を一斉にパージしたのだ。

(馬鹿な!)

ゼロに内通する人間がいたという事か。解除コードは、ごく限られた人間しか知らない。しかし、そんな人物が一体何の不満があって裏切るというのか。

 

「全軍、後退!!!政庁を最終防衛線として陣を立て直せ!」

ロックが外れた地面は傾き、空いた巨大な穴にナイトメアが吸い込まれていく。救う手立てはなかった。とにかく、政庁まで引くしかない。

政庁はトウキョウ租界の中心となる、巨大な一つのブロックで形成されている。ゆえにその周辺ならしっかりした足元の、広さも充分ある場所で戦える。

が、道は迷路と化していた。一体何機が政庁までたどり着けるかと考えると、心が寒くなる。

 

そしてコーネリアは、すでにユフィが政庁に戻っていると思っていた。

 




原作通りの足場崩壊。ルルーシュの作戦はやはり最初の一発だけは有効なんですよね。

ちなみに『ゼロの作戦は敵に容赦がないが、民間人や味方を巻き込むようなことは絶対にしない』という意見を貰ったことがあるが、これって民間人を巻き込まないはずないのだが…。

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