「グラウベ卿、通信途絶!」
「ガレリア卿、撃破されました。本人は脱出したとのことです」
「テロリストはわが軍のナイトメアを使用している模様」
ジェレミア小隊壊滅から、入ってくる報告は敗報ばかりになった。
(な、なんだ、これは…)
少なくとも表面上は余裕綽々だったクロヴィスの額に、汗が流れ落ちる。『魔女』のことを除けば、相手はたかの知れたテロリストではなかったのか。万が一にもこんなことが起きるはずはなかった。
「このままでは北側の包囲網が突破されます。殿下、ご指示を!」
参謀の声が、クロヴィスを現実に引き戻した。北が突破されるとなればその先はイケブクロであり、その東にはトウキョウ租界が広がっている。
「に、西の包囲網から戦力を回せ。大至急だ!」
この作戦は大事にしたくない、というのが裏目に出た。もっとも手近な親衛隊と租界の防衛部隊を動員している。留守部隊でははなはだ心もとなく、他の部隊は出撃準備もされていない。
この状況で、十機程度とはいえナイトメアが租界に乱入したらどうなるか。まるで無人の野を進む如しであろうし、民衆がパニックを起こすのも間違いない。
だから最も近い西から戦力を回すことにしたわけである。東はクロヴィスの本陣で、こちらから兵力を割くわけにもいかない。
そして、それが敵の狙いだということに、クロヴィスは気付いていなかった。
「さあ早く!こっちよ!」
井上を隊長とした別働隊が取り残された民衆を先導して、西へと向かう。クロヴィスが戦力を移動させたおかげで、包囲網はとぎれとぎれになっている。
「やああっ!」
そして残る敵ナイトメアは、小笠原率いるサザーランド部隊が倒していた。
「小笠原、無理しないでね。あなたは傷が何とかふさがった、ってぐらいなんだから」
「大丈夫、この程度の相手なら負けるはずないって。カレンにはちょっと勝てないけど、あたしだってナイトメアには自信があるんだからね」
あっはっは、と豪快に笑う小笠原だが、先の研究所襲撃で重傷を負ったにもかかわらず、「もう治った」と言い張り参加していたのだ。
扇グループのエースがカレンなら、小笠原は準エースといえた。実はこの二人と井上の存在のおかげで扇グループでは女性陣の発言力が相当大きく、男たちは少々肩身が狭い思いをしている。
包囲網を突破。あとは散り散りに逃げてもらうしかない。
「…これで少しは償えたかしら」
その言葉が偽善でしかないとわかっていながら、井上は言った。それまでに死んだ人たちのことを考えれば罵倒されてしかるべきだろう。
だが、それでも口から出てしまった。口にして、自分でそう思わなければやってられる気分ではなかった。
「…それにしても、あのグロースターの子って何者なのかしら」
彼がいなかったら、逃げ延びることなど不可能だったろう。命の恩人、というべきだった。当然ながら感謝している。
(でも、なんかカレンがおかしいのよね…)
最愛の兄を失ってから、カレンは誰にも心を開かなくなった。扇グループのメンバーとて信頼はしているだろうが、心の底にある思いをぶちまけることは決してない。
それが、あのグロースターの少年にだけは違う。
(もしかしたら、面白いことになるかも…)
この状況下で不謹慎極まる想像だが、井上はそう思った。
グロースターの行くところ、次々に敵がLOSTしていく。
もちろん、グロースターの機体性能が優れている、という点はある。だがそれを差し引いても操縦技術が並みの物ではないというのは明白だった。
また一機、グロースターのランスに敵サザーランドが貫かれる。
(これで七機目…)
カレンが誘い出した敵を、彼が殲滅する。あるいは逆に、彼を狙った敵をカレンが撃破する。その繰り返しでしかないのに、七機撃破した今でもろくに損害を受けてない。
タイミングが、絶妙なのだ。カレンが望むときに彼の攻撃があり、カレンが攻撃するときには敵を絶好の位置に追い込んでいる。
そして、このグロースターの少年はそれだけではない。
扇たちにも指示を出し、敵を分断し局地的にこちらが有利になる状況を作り出し撃破する。それに気づいた敵がまとまれば、そこにケイオス爆雷を打ち込んで一気に殲滅した。
ブリタニア軍全体では、すでに三十機以上が倒されているだろう。
『別働隊から作戦成功と報告が入った。撤収に移る』
「おいおい、このまま行けば全滅させられるぜ。ここで引くってのはねえだろ」
レジスタンス結成以来初めての大戦果に浮かれた玉城がかみつくが、彼は動じない。
『なら残りたい奴だけ残れ。私は去る』
こう言われては、玉城も苦虫をかみつぶしたような表情でありながらも従わざるをえない。彼なしでは勝てる見込みなど皆無というくらい、子供でもわかる。
『ブリタニアにとっては局地戦に過ぎず、全滅させてもかすり傷一つつけたぐらいだ』
これが、彼の主張だった。
確かに、国家レベルで見れば何の意味もない戦いである。
どんな損害を与えても、ブリタニアの国力なら1週間もせずに回復するだろう。
仮にクロヴィスを殺すなり、この失敗が失脚につながったとしても、次はもっと優秀な総督が来るだけでしかない。将来的にはむしろクロヴィスの首をつなげたほうが有利なのである。
(戦略…、むしろ政略かしら…)
この少年は、明らかに自分たちとは違う視点で物事を見ている、とカレンは思った。
(ま、まさか、『王』では…)
このシンジュクゲットーに乗り込んだ時とは一転し、顔面蒼白でクロヴィスはそのことに思い至った。
損害は、死傷者合わせて数百名というところだろうか。だが、ナイトメアに限れば半数近い。そして戦果はとても人に言えるものではない。
「親衛隊は何をやっている」
小声で、隣にいるバトレーに話しかける。
戦場での失態は、ごまかせばなんとでもなる。局地戦の勝ち星一つくらいくれてやってもいい。『魔女』の回収さえ成功すれば、自分にとっては満足なのだ。
だが、そう相手に叫ぶわけにもいかなかった。
そして、『王』が相手なら狙いは自分の首だろう。思い当たる節が多すぎたので、そう恐怖に駆られたのも無理はない。
まさか、敵がこれ以上の戦闘を無意味と考えてるなど、クロヴィスに悟れるはずもなかった。
「通信が途絶えました。状況は不明です」
役立たずどもめ、と心の中で罵った。
(……どうする、……どうすればいい)
本当に『王』が相手なら勝てるはずもない。誰かいないか、とこの作戦に参加している部隊の名簿を見返す。
その眼が、ある行で止まった。
「…そうだ。兄上に借りを作ることになるのは望まぬことだが、この際仕方ない」
「殿下?」
「特別派遣嚮導技術部に連絡をとれ!大至急だ!」
「は~い、特別派遣嚮導技術部でございま~す」
特別派遣嚮導技術部、略して特派。その主任である白衣と眼鏡が特徴的なこの男は、ロイド・アスプルンドという。
階級は少佐、爵位は伯爵なのであるが、この態度は到底皇族でありこのエリアの総督に対するものではない。
「きっさま、なんだその態度は!!!」
当然ながらバトレーなどは憤慨したが、それはクロヴィスが押しとどめた。
「ロイド、勝てるか?お前のオモチャなら」
「殿下、ランスロットとお呼びください」
ランスロット。『アーサー王伝説』に登場する、最強とされた騎士の名前。だが主君であるアーサー王の妻と密通し、円卓の騎士を崩壊させた一因となった男でもある。
「それで、勝てるのか?」
「さあ?それはやってみなくちゃわけりませんけどね~。あ、でもついにデヴァイサーが見つかりましたよ。軍属なので異動を許可してもらいたいんですけど」
ランスロットの運用で、最大の問題になっていたのがデヴァイサー、つまり乗り手の問題である。
機体自体は実戦も可能なレベルまで完成している。だが、それも乗りこなす人間がいないのではどうしようもなかった。
簡単に言えば、サザーランドの倍の性能を持つ機体であったとしても、50%しか性能を発揮できない乗り手しかいないのではサザーランドと変わらないことになる。
「誰でもいい、そいつをそのランスロットとやらに乗せて出撃させろ」
「え?じゃあ許可いただけたってことで。やったー!!!」
通信を切る。これ以上相手のあのペースに付き合う気になれなかったのだ。
「…なんという不謹慎な。殿下、あのような者を、本当に信用なさるつもりですか」
「少なくとも、時間稼ぎにはなるだろう。私は政庁に戻る」
「準備はいいかしら、枢木スザク一等兵」
まさか、ロイドの見つけたデヴァイサーが名誉ブリタニア人で、しかも自分が先ほど使い捨てにしようとした中の一人、などということをクロヴィスが知るはずもなかった。
「ざぁ~んねんでした。天国に行きそびれたね、枢木一等兵」
医務室で目を覚ましたスザクが見たものは、大ぶりの縁なし眼鏡をかけた、奇妙な発音で話す白衣の男であった。当然、ロイドである。
名誉ブリタニア人とは被征服国の住民で、ブリタニア人として生きることを選択した人間たちだ。
だが内実はナンバーズと変わらない。そのため正規部隊が嫌がるような任務を押し付けられるのが常で、今回スザクは『毒ガス』の捜索に駆り出された。
そして、スザクは見事目標を発見した。ただし、これは幸運ではなく不運というべきだったろう。『魔女』の秘密に関わってしまった彼は、親衛隊に撃たれたのである。
ちょうどその場に民間人が居合せ、それをかばい上官命令を拒否したのは事実だ。だがそれで射殺というのは過剰すぎ、口封じであるのは明らかだった。
地下鉄で撃たれたスザクは親衛隊から放っておかれたので、その場所で発見された。トレーラーの爆発に動転していて生死を確かめることも忘れられたらしい。
それに、至近距離での銃撃だったので助かるはずはないという思い込みがあったのだろう。
「これが君を守ったのよ」
助かるはずはない、というのはスザク自身すらそう思っていた。それなのに今こうして生きている。その答えは、女性士官がかざした、弾痕のある古い懐中時計。彼の父親の、形見だった。
「正確には防護スーツの中での跳弾を防いだだけだけどね。ま、それはそれとして…。枢木一等兵、君、ナイトメアの実戦経験は?」
「は?」
予期せぬ質問に、スザクの思考が停止する。そんな経験など、あるはずなかった。名誉ブリタニア人にナイトメアパイロットになる資格などないのだから。
冗談だろうと思いそう指摘するが、ロイドはさらに切り込んできた。
「なれるとしたら?おめぇでとぉう~、世界でただ一つのナイトメアが君を待っている。乗れば変わるよ、君も、君の世界も」
「望もうと、望むまいとね…」
世界が変わる、その表現はスザクにとって抽象的でありすぎたのだろう。それより彼は、目の前で行われている戦闘を止めたかった。
だからランスロットに乗ることを決意した。一回シミュレータに乗っただけで実戦に出るなど無謀というほかないが、彼は本気だった。
「ランスロット、発進します」
フルスロットルで、白の騎士が戦場に向かう。
ちなみにナイトメアの操縦技術をライ、カレン、スザクを100として点数化した場合、
ラウンズ100前後、モブのエース級75~80強、ルルーシュ65、一般兵50~60(扇グループメンバーもこの辺)で考えてます。
今回活躍した小笠原さんは70強というところです。
(あくまで1対1で真っ向勝負をさせた場合。実戦なら65のルルーシュが頭を使ってエース級に勝機を見出すこともあります)