「これより解放戦線は黒の騎士団に協力し、全力でキサラヅ基地を攻略する」
片瀬の宣言に、兵士たちが歓声で答える。いい方向に向かっていることは、間違いない。
「………」
しかし藤堂は、やはり違和感を拭えなかった。
キサラヅ攻略戦において、藤堂は再び解放戦線の前線司令官に任命された。つまるところ留守居を除く全部隊の指揮権を委託されたわけだ。
主力部隊の指揮を任される。武人の本懐である。それはいい。問題は、このところ感じていた片瀬の変貌ぶりが、今回もまた、ということだ。
片瀬と解放戦線の司令部たちは、またしても要塞の留守居である。もっとも、これに対する一般兵の評価は良好であった。
「ようやく藤堂さんに全て任せて、引っ込んでいることを覚えたか」
酷い意見だとこういう陰口もあるが、実はそれが最も共感を集めている。口には出さないにせよ、藤堂とて実戦の指揮においては司令部の誰にも負けない自信はある。
しかし、その自信のために、藤堂は司令部から頼られつつも白眼視されていたのである。
(片瀬少将が抑えこんだと言うが…)
片瀬からも、決して全幅の信頼があったわけではない。あえて無視していたが、示された好意の裏に嫉妬や恐怖などの感情があったことはとうに気付いている。
当然かもしれない。何しろ藤堂がその気にさえなれば、容易く解放戦線を乗っ取られていただろうから。
「藤堂、日本のため、任せたぞ」
その片瀬が、表裏を感じさせずこう言ってくる。それが、最近の違和感の正体なのである。
「………一つお尋ねします。『蒼』との連動は、どうなっているのでしょうか?」
「『蒼』抜きで充分作戦は成し得る。それが司令部およびゼロの見解である」
「………」
できないことはないとは思う。だが彼らの戦力は遊ばせておくにはもったいなさすぎるではないか。
(どうやら『蒼』とゼロの亀裂は、相当深いようだ)
そうは思うが、司令部の意見がそう達した以上、藤堂に覆す権限はない。不安と不満を抱えつつ、一礼して立ち去る以外に無かった。
せめて部隊の状況を自分の目で確認しておこう、と考えた藤堂は、ナイトメアの格納庫へ向かった。多数の無頼と、エース格が乗る無頼改。
そして自分と四聖剣の乗機は、つい先日キョウトから届いた新型の『月下』だ。
「…どうだ、月下の調子は?」
三人からは、一様に「良好です」と返答が来る。ろくに訓練の時間も取れず実戦投入となったが、そこはさすがに四聖剣、皆、手足のように使いこなしている。
一般兵も、士気は旺盛だ。本拠地であったナリタ要塞を失ったことは残念とはいえ、その犠牲に見合う以上の損害を与えている。『厳島の戦い』以来であろう大戦果が、彼らを高揚させていた。
その中で、少し異質な部隊がある。
「真田君」
声をかけると、相手はびしっと敬礼で返す。解放戦線は旧日本軍を母体にしているだけ他組織より軍隊色が強いが、彼もそういう形式には慣れてきたようだ。
「藤堂中佐、いよいよ出陣でしょうか?」
真田たちが『天叢雲』から移籍してから、小競り合いすら鳴りを潜めていた。ここで大きな功績を上げようと彼が逸るのも当然だ。和を乱さない限り、それは認めていいと思う。
しかし、その真田とは対照的に、部下の表情はどこか暗い。解放戦線に組み込まれたとはいえ、打ち解けるにはまだ時間が必要なのだろう。
ちなみに、彼らから『蒼』の血筋について漏れることはなかった。何でも神楽耶が青筋浮かべながら笑顔で口止めしたらしく、卜部ですら藤堂に「絶対に口外しないでください」と言ってきたのである。
「藤堂中佐」
真田に確認すべきことを聞き他の部隊のチェックを進めていた藤堂は、機械的な音質の声に呼び止められた。
「何かな、『オレンジ』殿」
ゼロと似たデザインの仮面の男。通称『オレンジ』。ナリタ戦後、いきなり現れたゼロの腹心だ。正木や土岐なら旭日隊を率いていたと知っているが、この男に関する情報は一切ない。
分かっていることと言えば実力の確かさと、ゼロに対する厚い忠誠心くらいである。ちなみに『オレンジ』の通称は、本人の申告による。
「騎士団側の準備は完了している。…それと、確認するが総指揮はゼロが取る。よろしいかな」
そう片瀬とゼロの間で取り決められた以上、藤堂は従うだけである。しかしわざわざ念押ししてくるところを見ると、やはりナリタでコーネリアを取り逃がしたことを気にしているのは間違いない。
あの時は、指揮系統の統一が不可能な状況だった。そうなれば誰もが自組織の利を第一に考えるのは当然で、藤堂は残念だとは思っても不満と思うほどではない。
しかし片瀬やゼロは不満だったらしい。そこで今回は、最初から一本化しておくというわけだ。
「……解放戦線も問題ない。では、出撃と参ろう」
藤堂は、片瀬にもゼロにも伝えないで一つだけ裏で手を打っている。卜部に今回の作戦について、全て伝えておいたのだ。
(頼むぞ、卜部―)
今回の作戦は、『蒼』の方針とは完全に道を違える。たとえ成功しても、その先の展望がない事を彼は見抜いていた。積極的な協力は期待できないだろう。
だが、覆すのはもう無理だった。せめて背後から圧力をかけてくれるだけでもいい、と思いながら、藤堂は新しい愛機となる月下に乗り込んだ。
キサラヅ基地―。
トウキョウ租界と湾を挟んだ場所に位置するこの基地は、今や対黒の騎士団の最前線基地である。当然、普段から気が張っていたが、今日の空気は一段と厳しい。
「黒の騎士団、出撃―」
監視が捉えた情報に「ついに来たか」という思いはあるが、決して慌ててはいない。即刻トウキョウ租界のコーネリアに報告を届け、戦闘配備を済ませた。
「籠城が上策でしょう」
司令部の意見は一致した。援軍さえ来れば内外呼応して打ち破ればいいだけだ。当然、ゼロもそれはわかってるだろうから遮二無二押してくるだろう。
だが、防御を固めた衛星基地を潰し中枢に攻め込んでくるまで、どう考えても数時間はかかる。援軍到着までには充分な時間だ。
定法に則った防御態勢を固めたその時、彼らの敗北は決定した。
「ゼロ、もうすぐ既定の時刻だ。……が、どうする気だ?」
すでに敵は防御を固めていた。この防衛ラインを突破できるか、正木にはあまり自信がない。
海側は手薄であり、それはゼロの見込み通りだった。そちらからは土岐の部隊が奇襲をかけることになっているが、陸側が突破できなければ全滅は必至だ。
「心配ない。……それより、私が指示したルートから外れないでくれ。いいな、絶対だぞ」
それさえ守れば、条件は全てクリアされる。そしてルルーシュは、この基地一つに何時間もかけるつもりはない。
「…では行こう。このキサラヅを、二十分かからずに落とすぞ!」
「一番から四番隊まで、全ナイトメアフレームが機能停止!」
「各衛星基地のナイトメア、動力停止しました!」
何が起きた、と詮索する余裕すらない。防衛陣を形成するナイトメアの大半が動かなくなったのである。
動けないナイトメアは、歩兵の放つ大口径砲弾の格好の的でしかない。理由がわからぬままとにかく再起動を試みる兵士たちの努力を、無慈悲に爆散させていった。
「ば、馬鹿な…。そんな馬鹿な…」
司令官の口から洩れたのは、現実を認められず疑う言葉だけだった。これは悪い夢に違いない、と呟く参謀もいる。
さらにこの上、海上から敵軍襲来の報が入る。普通であれば慌てふためく必要はなく、予備兵力を当てれば追い払える敵に過ぎない。
が、今はその予備兵力すら陸側防衛線の救援に投入してしまった後なのだ。
内外からの挟撃に、あっという間に防衛線は崩壊した。敵が司令部に迫り建物内で白兵戦が開始される。
戦闘開始から八分三十七秒後、キサラヅ基地司令部は陥落した。
(桐原老め、今回は俺を勝たせたいみたいだな)
ゼロを暴れるだけ暴れさせ、ライの背をせっつき神楽耶の頭を抑えるというのが腹の内だろう。神楽耶に押し切られてばかりの現状にいい加減業を煮やした、というところか。
とはいえ、ゲフィオンディスターバーは使える。そのうち対処法が確立されるだろうが、それまでこれは最強の兵器にもなり得る。
サクラダイトを使用した電動機関は、強力な磁場による干渉が加わると正常な動作ができなくなりやがて停止する。
その特性に着目したラクシャータは研究を進め、桐原はその試作品を黒の騎士団に横流しした。ルルーシュはそれをキサラヅ基地の各所に仕掛けておいたのだ。
ナイトメアを始め、大型機械となればサクラダイト機関を利用していない物はないと言っていい。ゲフィオンディスターバーはその全てを停止させる。
籠城という選択こそルルーシュの望んだことであり、敵の行動はキサラヅ基地をそっくりプレゼントしてくれたようなものであった。
「…が、まだ粘っている敵がいるな」
ゲフィオンディスターバー対策を施したサクラダイト機関がないのはこちらも同じである。基地一つを丸ごと囲んだりしたら、ナイトメア抜きで攻めねばならなくなる。
それで効果範囲を絞った以上、取りこぼしが出るのは仕方ない。問題は、その抵抗を続ける敵の中核にいるのがグロースターだということである。
「コーネリアの親衛隊か。……仕方ない、四聖剣を投入して討ち取れ」
何が起きたのか、詮索するのは後でいい。負けた。わかることはそれだけで、それで充分だ。
この失態では姫様と義父に会わせる顔がない、と思いながらクラウディオはグロースターを駆けさせる。軍監として、何もできなかった。ゼロに翻弄されただけだ。
幸い、自分以下コーネリア親衛隊のグロースターは機能停止を免れた。それで残兵をまとめたものの、どうすればこの重囲を突破できるのか、まったく目途が立たない。
原理は不明にせよ、敵にはサクラダイト機関を停止させる兵器がある。どうやら装置で円形に囲まないと効果が無いと思われる。わかったことは、コーネリアとセラフィーナに急報しておいた。
二人なら、即刻徹底的な調査を行うだろう。装置さえ壊せば、キサラヅの二の舞は避けられる。
あとは、自分たちが生き残ることだが―。
(どうやら、ここが死に場所らしい)
目の前に立ちふさがったのは、無頼でも無頼改でもない新型である。映像で見た『紅』と『蒼』の機体に似ている。グロースター以上の性能と推定された、あれだ。
「姫様、申し訳ありません。弟たちよ、義父上を頼んだぞ―」
キサラヅ基地、完全制圧。日本の抵抗勢力がこれほど大規模な基地を落としたのは、初めての経験である。
「ここに、私は宣言しよう。一かけらに過ぎずとも、我々は間違いなく『日本』を取り返したのだと」
キサラヅさえ落ちれば、房総からブリタニアの勢力を駆逐するのは容易い。いくつか小さい基地があるが、落ち栗を拾う容易さで制圧できるだろう。
「…だが、落ち栗は落ち栗。そんなものにかまうより、我らには成さねばならぬことがある」
しかしゼロは、その方針を否定した。ここは腰を据えるべきではない。勢いに乗るべきである。
ならばサクラか、と思った人は多かったが、藤堂たち幹部は違う事を知っていた。サクラには土浦方面から傘下にあるレジスタンスを南下させる。そして本隊が向かうのは―。
「向かうべきは、トウキョウ租界である!」
騎士団とブリタニア、全面対決へ。