コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 44 救済

ブリタニアの皇族は、選任の騎士を持つ。いつから始まったのか定かではないが、大帝リカルドの時代にはすでに当然の慣例として定着していた。

大帝リカルドの騎士リシャール・エクトル卿、『王』の騎士ユーイン・エニアグラム卿を始め、騎士として選ばれる人はその皇族にとって代え難い存在であった、とされる。

当然ながら、その全てはブリタニア人。名誉ブリタニア人を騎士とした事例など、これまでに一件もない。

「ですが、『名誉ブリタニア人を騎士にしてはならない』という法はありません」

 

「……………」

そう言われると、コーネリアとしても返す言葉がない。騎士の選択は皇族の特権であり、他の皇族と言えど関与する権限はない。

ただ、姉として意見することならできる。そのため「名誉ブリタニア人を騎士に」などと血迷い事を言いだした妹を諭そうと思ったが、逆に言い負かされたのだ。

確かに、騎士の出自を規制した法は存在しない。それ以前に『選任騎士』という存在を明確に規定した法がないのである。

慣習法の、誰も考えなかった穴を突かれた。『蒼』の考えも読めないが、それに負けず劣らずで妹の考えも読めない。

唯一、法的根拠がなくともこれを覆せる権力を持った皇帝は、やはり「好きにせよ」と言っただけであった。

 

「………………わかった、お前の好きにするがいい」

法に違反しておらず皇帝も問題視していない以上、コーネリアは認めることしかできない。長い沈黙の末渋々認める、というのがせめてもの抵抗であった。

「同時に、枢木スザク准尉を少尉に昇進させるよう手配しよう。……これでいいな、ユフィ」

皇族の騎士が准士官では、あまりにも立場が軽すぎる。最下級とはいえ正式な士官にする必要があるだろう。無論、正式な士官として幹部候補生の養成訓練を受けてもらい、試験をパスしてもらうことになる。

本当であれば佐官くらいの立場は欲しいところだが、彼にはランスロットのデヴァイサーに選ばれて以来、万人が認めざるを得ないような功績がない。

あの『蒼』では相手が悪い、というのは理解できるが、これではあまり大きく昇進させるわけにはいかなかった。

 

「スザクなら大丈夫です。ああ見えて、彼は結構頭がいいんですよ」

試験で駄目ならば、それを理由にもう一度反対できる。そういう考えもあったコーネリアに対し、ユフィは太鼓判を押す。

実際、編入当初こそ苦労したものの、学園でのスザクの成績は悪くない。どれほどいい点でも出席日数が足らないので追試確定、というのが悲しいが。

指揮官としての素質は未知数だが、性格から考えると正攻法で圧倒するタイプであろう。応変の才は欠けるかもしれないが、下手に小細工を弄する指揮官よりは好感を持てる。

問題はやはり、『名誉』という一点に集約される。

 

「……………」

一礼したユフィが立ち去り、閉まったドアをコーネリアは無言で見つめていた。

今回のことでよくわかったが、ユフィは本気なのだ。本気でブリタニアの国是と激突することも辞さないでいる。

これまでの無茶は、結果的にブリタニアの役にも立っている。例えば待遇改善以降、エリア11の経済短観は上向いた。

給料が上がり生活が楽になったナンバーズや名誉ブリタニア人の消費が活発になれば、これは当然と言える。それは税収増や企業の増益として帰ってくるため、ブリタニア人の理解も得やすかった。

 

しかし今回の騎士の件は、極論すればユフィのわがままだ。これは、当事者を除く誰も益さない。強いて言えば日本人の好感を買うことが利と言えるが、それはこれまでの業績で充分得ている。

法に違反していないとはいえ、ブリタニア内の反発は必至である。それでもやるという事は、その反発を受けて立つ覚悟がなければできない。

(騎士さえ決まれば安心できると思っていたのだが―)

どうやら、妹を見損なっていたらしい。これが単なる大うつけなのか類稀なる大器なのか、この時のコーネリアには判別がつかなかった。

 

 

「ただ今戻りました」

アッシュフォード学園、生徒会室。ユフィは何気なく『戻る』という言葉を使ったが、もう彼女の居場所はここになっているらしい。

その生徒会室では、当然スザクが質問攻めにあっていた。しかし、彼にも答えられることは少ない。何しろ突然のことだったので、相手の意図が全く解らなかったのである。

「どうしてこんなことをしたか、ですか?……スザクには、もっと自分のことを大切にしてほしいと思ったからです」

好奇心で目をぎらつかせた生徒会長の質問に、ユフィはあっさり答えた。

 

元々、スザクは自己犠牲の精神が強かった。それは何に起因するものかわからないが、他人が気安く手を突っ込んでいい問題ではないくらいはわかる。

「ですが、ここ最近のスザクは明らかにおかしいです。登校もせず、軍務に打ち込んでばかりで…」

と言っても、いきなり騎士任命はないだろう。特派を大混乱の渦に巻き込んだユフィは生徒会も困惑の淵に沈め、本人は「お姉様を説得してきます」と軽く腰を上げ、今戻ってきたところなのだ。

スザクとしてはコーネリアの反対で立ち消えになるかもと半ば期待していたが、ユフィはあっさり乗り越えてきたのである。

 

「…ユフィ、やはり騎士はブリタニア人から選ぶべきだと思う」

身近で気心の知れた人がいいとしても、候補はいる。そう思ってスザクが視線を向けたのはライであり、マリーカだった。

軍人ではないが、ライの実力は確かである。個人的な武勇に加えて政戦両略に長けた彼なら、自分よりはるかに立派に騎士としての役割を務めてくれるだろう。

一方、マリーカは名門貴族出身かつ士官学校の優等生で、無用の軋轢を生む要素はほとんどない。実戦経験なしというのも、彼女の実力なら挽回は難しくない。

ちなみにマリーカが特派に入り忙しくなったが、ユフィは他の従卒を持とうとはしなかった。ルルーシュとナナリーの事で他に人を入れたくないというのもあるが、本人も特派に入り浸りであまり困ってないのである。

 

「……僕を逃げ道に使うな。第一、ユフィの騎士は君の方がふさわしいのだから」

助けを求めるようにちらりと見た視線を受け、ライが言う。しかし、何故自分の方が騎士にふさわしいのか。スザクには、とてもそうとは思えなかった。

「簡単なことだよ。ユフィがそれを望んでいる」

それだけ?、とスザクはあっけにとられた。逆にユフィは、我が意を得たりと目を輝かせる。

それでも踏ん切りがつかずにいるスザクに、次に声をかけたのはナナリーだった。

 

「……スザクさん、あの、私も受けた方がいいと思います。せっかく、ユーフェミア様がこうおっしゃってくれたのですし…」

「ナナリー?」

歯切れの悪い言葉だったが、ナナリーの心中を察するとスザクにも納得がいった。皇帝が問題視しないからいいものの、最近違反すれすれの無茶ばかりする姉を支えてほしいということだろう。

「………」

そう言えば、ナナリーに対しては「できる限りのことはする」と言ったのだった。騎士という立場は夢にも思わなかったにせよ、その言葉は守るべきではないか。

「………わかったよ、ユフィ。…でも、本当に僕でいいんだよね?」

「大丈夫です。足りないところがあっても、それがあなたなのですから。あなたはもっと、自分を好きになるべきだと思いますよ」

 

 

(自分を好きになる、か―)

ユフィはどういう考えでこの言葉を言ったのだろう。考えてみれば、この7年間自分は自分自身に対してどういう感情を持っていたか。

少なくとも、『好き』とは思っていなかった。自分は許されざる存在だと思っていた。その強迫観念にずっとつき動かれて続けてきた。

だから、自分を捨てた。私情を捨て、規則を絶対視する機械となる。それでようやく、自分自身に「生きていてもいい」と思うことができたのだ。

ユフィは、それでは駄目だと言う。

「スザク、あなたは『自分は幸せになってはいけない』と思っていませんか?だとしたら、それは大きな間違いです。幸せになる権利は、どんな人にだってあるのですから」

 

 

(負けた、な…)

屋上の手すりに身を預け漫然と景色を眺めながら、ライは思う。ユフィの器量は、もしかすると自分の想像以上だったのかもしれない。

少なくとも、スザクに対しては完全に負けた。あの後、スザクは憑き物が落ちたように表情から険が消え、大粒の涙をこぼした。

彼に必要だったのは、ユフィのように『許してくれる人』だったのかもしれない。それは、個人的には喜んでいいことである。

 

一方、政治的に見れば、スザクの騎士就任は喜んでばかりいられない。「イレヴンにうつつをぬかす」としてユフィが葬られれば、元の木阿弥になる。

ライの目的はあくまでも日本の立場を強化し、それをブリタニアに認めさせることにある。ユフィにせよゼロにせよ、あまり過激なことをされるのは困る。

(難しいところだ)

とりあえず、これは神楽耶に伝えねばならない。スザクに関わるからというわけではなく、暗殺などという過激な手段に訴えぬようキョウトを通じて釘を刺しておく必要があった。

 

 

「…スザクがユフィの騎士だと!?くっ!!!」

生徒会室では終始無言だったルルーシュは、自分の部屋に戻ると壁に拳を叩きつけた。その態度を見て、C.C.がからかうようにたしなめる。

「……物に当たるな。親友が出世したんだ。喜ぶべきことじゃないのか?」

喜べるか、と叫びたくなった。まったくもって、スザクに対しては全てが裏目に出る。

ジェレミアから得た情報で、スザクがあのランスロットの操縦者だと知った。これだけでも運命を呪いたくなったものだが、今度のことはもっと悪い。

「……ふん、甘ちゃんな坊やだ」

C.C.の言いたいことは理解できる。相手がスザクでさえなければためらうことなく特派を壊滅させたし、騎士になる者の暗殺を狙う事も考えた。

 

「お前の優しさは悪徳だ。偏りすぎているんだよ。他の人間にならできることを、そのために判断を狂わす。片瀬と同じように、ギアスを使えばいいじゃないか」

「ふ・ざ・け・る・な!!!!!!」

スザクなら、きっとわかってくれる。ゼロの進む道こそが正しいと証明すれば分かり合える。そう信じているから、彼には自分の意思で味方して欲しいから、ギアスは使わない。

それはC.C.に言わせると、「そう考えてずるずる先延ばしにした結果がこれだろう。いい加減諦めろ」となるのだが…。

その言い方にも激昂したルルーシュは、ついベッド上のC.C.を押し倒してしまった。

 

「……………」

かっとなってやってしまったが、その一瞬の激情が冷めた先の展開を何も考えてなかった。このまま襲うなど論外だし、すぐさま離れるのも体裁が悪い。

「……まあ、その優しさだけを見れば美徳に見えないこともないんだがな」

躊躇した一瞬に、するっと首の後ろに手を回される。その感触に慌てて身を起こし、ベッドから立ち上がる。

「なんだ、そういう事を期待していたのではないのか?」

「当たり前だ、この魔女め!」

真っ赤になって否定する。この女は、自分をからかって遊ぶのが趣味なのだ。その点に関しては、重々警戒しなくてはならない。

「ふん、とことんまで甘ちゃんな坊やだ。襲う覚悟もないのに女を押し倒すとは、な」

もうかまってられるかと、ふいと後ろを向いた。とにかく、スザクとランスロットについては何か策を考えよう。それは、できるだけ早い方がいい。

 

(戦力は、これで整った)

キョウトの桐原から、月下量産型の配備について連絡が入る。神楽耶にも秘密で、天叢雲より先に騎士団に引き渡すという。

機は、熟していた。

 




ユフィの違反すれすれの荒業でした。

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