「………どっちだ?」
蒼です、という返答に、コーネリアの渋面がさらに渋くなる。予想できたことであったが、こうもあっさりやられると心中穏やかではいられない。
「こちらがわざと流した情報は、あっさり罠だと見破られたか」
「囮には目もくれませんでした。よほど強力な諜報網を持っているようです」
補充のグロースターが、奪われたのである。港で積み下ろしが終わった直後に現れたのだから、確信を持って目を付けていたのだろう。
とは言っても、全ての機体が奪われたわけではない。グロースターは三艘に分散させて運び込んでいたので、二艘分は無事だ。
いくら相手の諜報網が強力と言っても、さすがに全てが筒抜けというわけではない。もしそんな事態になっていたら、戦略の破綻以前の問題になってしまう。
(強奪二機、破壊されたものが一機…)
サザーランドも三機を奪われた。機体に識別信号とは別の発信機を仕込んでおいたが、その程度の小細工で本拠が突き止められる相手なら苦労はない。
「相も変わらず、嫌な動きをする。……まあ、今回は七機の補充ができただけ良しと考えよう」
それしかない、という気分である。半ば、自棄になっていた。
『蒼』と比べれば、正面から挑んでくる分ゼロの方がはるかに与し易い。『負けない』ことを目的とした相手と『勝つ』ことを目的とした相手の差なのだが、いくらコーネリアでもそこまでは読めていない。
ただ、二人の戦略に温度差があることは感じていた。
一方で、ブリタニア国内にも温度差はある。コーネリアの強硬路線とユフィの穏健路線の対立…、とは言ってもエリア11内ではなく本国での話である。
「ブリタニアの威光を示すためにはただ力あるのみだ。懐柔などという行為は反抗を叩き潰す力がないことを示すだけではないか」
二人の皇女に対する批判となるので表の声にはならないが、裏でそういう声が上がっていることは知っていた。逆にユフィに賛同する声もあることはあるが、比べればひどく小さい。
疑問なのは、それに対し皇帝が全く関与するそぶりを見せないことである。
「やらせてみるがいい」
ユフィがナンバーズの待遇改善を言い出した時、危惧する廷臣たちに下した綸言はこの一言だけだった。口には出さなかったが、やる気があるのかと思った廷臣は多かっただろう。
元々、皇帝シャルルの治世は対外的な功績こそ目覚ましいものの、内治に関しては墨守の一言に尽きる。他国を攻め取ることにしか関心がないのではないか、と思ってしまうほどだ。
とはいっても、それが廷臣たちの間で問題視されてきたわけではない。旧例、慣例からはみ出すことのない君主というのは、臣下にとっては理想像の一つであろう。
さて最初の疑問に戻れば、皇帝は何故ユフィの行動を黙認するのか。これまでのやり方が絶対だと言うのなら、ユフィの行動はそれに真っ向から対立する。反逆行為と言いだしてもおかしくない。
本当に内政に関して無関心であるなら、問題ではあるが流せる範疇である。現状を見れば決して悪政ではなく、問題と言っても最後の可能性に比べたら微々たるものでしかない。
その最後の可能性とは、「内心ではユフィの穏健路線に賛成である」というものである。
「………」
内政の無関心は韜晦のため本心を欺いていたからであり、穏健路線には内心賛成なのだから問題視するはずがない。
あり得ないとは思いながら、しかしもっとも説得力がある。皇帝だからとてすべてのことを思い通りにできるわけではない。
下手なことをすれば暗殺、謀殺の憂き目に会うのは、幼少時の経験や『血の紋章事件』で明らかだった。シャルルは時間をかけて、危険を一つずつ取り除いて行ったのだ。
「……コーネリア様?」
セラフィーナの声に、現実に戻る。皇帝の内心を忖度したところで何もならない。今はとにかく、このエリア11の事を考えねばならない。
「…ああ、それで、ゼロの方の動きは?」
「依然、沈黙を続けています」
ナリタ戦から、半月ほど。いまだ、状況は動かない。コーネリアは守勢を固め、ゼロは攻勢に打って出る機がまだ熟さずにいる。
だが、房総半島の山間部はもはやブリタニアの威令が及ぶ地ではなくなっていた。今や完全に、ゼロの支配下と言っていい。
ここが敵の勢力圏となると、ブリタニアの防衛拠点は第一にキサラヅ基地、第二にサクラ基地となる。この二つが抜かれると、あとはトウキョウ租界外周部で迎え撃つしかない。
だから本当は、両基地に信頼できる司令官を送り込みたかった。だがキサラヅは前回の襲撃の責任を問うて更迭したばかりで、サクラは大過なく運営されてきた。
そして頼りになりそうなのは尉官クラスの親衛隊員だけとなると、組織運営の観点からそこまで横車を押すことは避けたかったのである。
一応、キサラヅにはクラウディオを、サクラにはセラフィーナを軍監として送り込んである。後は司令官の器量に期待するしかなかった。
(『蒼』さえいなければ、もっと兵力を回せるのだが…)
クライディオとセラフィーナには、それぞれ親衛隊から六機を付けた。それが限界である。やはりここでもアレックス隊の壊滅が響いている。
トウキョウ租界を手薄にすれば、嬉々として『蒼』が攻め込んでくるだろう。その恐れがある以上、コーネリアは租界を離れられない。
難敵であることを考えればギルフォードを手元から離すわけにはいかず、全体の情勢を見てどの局面にも対応できるようダールトンも遊軍にしておく必要があった。
「……そう言えば、特派はどうしている?」
ふと思い出したコーネリアがつぶやく。というのも厄介事の種になりそうな事を持ち込んだ人がいて、自分の権限で何とかしてくださいと突っ放したからである。
「おおー、これが私の新しい機体か。…これから、長く頼むぞ」
新たな機体を前に、ノネットが感嘆の声を上げる。そして前のヨーヴィルにも勝る愛機となって欲しいという思いで語りかける姿は、研究者からは好ましいものに映った。
そう。
ナリタ戦でヨーヴィルを失ったノネットは、特派に機体の作成を依頼したのである。
「機体名『ベディヴィエール』。ずっと気になっていたのですが、どうして『ベディヴィエール』なんです?トリスタンとかラモラックとか、強いとされる騎士の名前はあったでしょうに…」
「何もおかしくなどないぞ。カムランの戦いで生き残ったという伝承を考えればな」
つまり、「縁起がいい」という理由である。ノネットにしてみれば、強いよりそちらの方が重要なのである。横死した騎士にあやかるなど、まったくもって気が進まない。
「…注文通りに設計しましたが、本当によろしいのですか?」
セシルが最後の念押しで問いかける。というのもベディヴィエールのコンセプトはヨーヴィルと同じであり、つまり紙装甲の高機動重視というもの。
ヨーヴィルから見て上がった出力を、装甲の強化ではなくさらなる機動力の向上に振り向けたのである。
主武装も、二本のランスという点では変わってない。ただしこのランスは特派開発の新技術であり、これまでの装備とは一線を画するものとなっていた。
装備名『ロンゴミニアト』。ブレイズルミナスを発生させながら高速回転する槍である。サザーランドの装甲ぐらいは、触れるだけで削り取る。
「ん~!!!さっそく他のラウンズと一戦交えてみたくなるな」
説明を受け、ノネットのテンションはさらに上がる。ちなみに、ベディヴィエールの性能なら他のラウンズ機も上回る。この時点ならば、間違いなくノネットが最強となるだろう。
他の装備として、短剣が二本。MVSが一本。さらに肘膝はニードルブレイザー内蔵であり、近接格闘戦となれば他の追従を許さない。
両肘のニードルブレイザーはシールドにもなるため、装甲の薄さもある程度補える。シールドを抜かれたら終わりという脆さはあるものの、ヨーヴィルから見れば格段の向上だろう。
一方で、遠隔戦は変わらず貧弱である。一応スラッシュハーケンはブースター付きになり変幻自在に動くよう改良されたのとセンサー類は強化されたが、武装自体の追加はない。
「それでいいのさ。ベディヴィエールは前衛。万能型や後衛は、他の機体に任せればいい」
搭乗者の意見は、そういうものだった。
「馴らし乗りも兼ねて、ランスロットと模擬戦をしてみたらどうでしょうか?」
そう言いだしたのは、他でもなくランスロットのデヴァイサーであるスザクである。ノネットはノリノリで受けたが、セシルの心中は穏やかではない。
(このところ、スザク君は焦ってるみたいなんだけど…)
憑りつかれたかのように訓練に打ち込む姿にロイドは欣喜するが、セシルにしてみればその心境の変化の方が気になるのである。
元々、人の死を極端に嫌うくせに自分に関することだと度外視して、歪んでいるという印象はあった。ここのところ、それが一層悪化したという気がする。
話を聞いてみようにも、「思うところがありましたので」としか答えてもらえず、どうすればいいのかわからない。
もう一人、同じような人物がいて、こちらもセシルには悩みの種だ。
「あの、私の機体も用意するとのことでしたが…、こちらでしょうか?」
こちらの方もセシルにはどうしようもない事は同じだが、理由がわかるだけまだましだ。兄が軍人の道を捨てることになった傷を負わせた相手に対する復讐心が、今のマリーカを突き動かす原動力である。
素質は、上々と言える。さすがに士官学校の秀才であっただけあり、ランスロットにも充分対応できた。ノネットという師匠が入り浸りだったのも大きく、操縦技術だけなら充分戦場に出る力がある。
ただ、自分を顧みず目的に向かって盲目的に驀進しているのは、スザクと変わらない。
「んー、これはね、君の機体じゃないんだ」
マリーカが指差したのは、月夜のような紺青の機体だった。ロイドによれば、「まだデヴァイサーが見つからない」のだという。
その言葉に、マリーカは首をかしげた。自分が乗りこなせないと言われるのはいいとして、ここには帝国最強の騎士の一角がいるではないか。どうして彼女の乗機としなかったのか。
「近接格闘戦だけならスザク君やエニアグラム卿でも充分だろうけど…。でもこの機体はそれだけじゃ乗りこなせない」
この機体は、『万能の最強機』を目指して作られたもの。『万能』というのは、ひっくり返せば何も得意がないということである。
ゆえにこの機体は『最強』でありながら、『第一人者』ではない。例えば近接戦だけで見れば、ベディヴィエールが上回る。しかし、総合力で見ればこれを上回る機体はない。
「だから、この機体はラウンズでも乗りこなせない。どんな局面にも対応できる操縦技術に、状況に対する判断力と柔軟性が必要なんだ」
「ということは、これがロイド伯爵自慢の『あれ』か」
ブリタニア国内でも、有名になっていた。ラウンズ級の実力者でも『不適格』とされた、ブリタニアの技術の粋を集めた機体を作っている、と。
「そう、機体名『ウラノス』」
ギリシア神話の天空神の名である。そのネーミングは、これまでのナイトメアとは一線を画する存在であることを語っていた。
「……予算が付いたので実際に作ったんだけど、デヴァイサーの選定はランスロットの時以上に難航しているんだ」
仮にマリーカを乗せたとしても、サザーランドやグロースターでは及びもつかない性能を発揮するだろう。だがそれが『ウラノス』の全力ではない。それでは、作った意味がないのである。
ちなみに特派の予算は基本的にエリア11の予算から独立しており、今回はナイトオブラウンズの依頼という事で臨時に付いたのであるが、ロイドは優に数機分の建造ができる額を要求した。
それに気付いて渋面な官僚を前に、帝国宰相のシュナイゼルは微笑しながら判を捺したという。
「……そういうわけで、マリーカ君の機体はこっち。機体名『ラヴェイン』」
ベディヴィエールとは対照的に、半身を覆うほどの巨大な盾を装備した機体である。主武装がガトリング機銃というのも、マリーカの実力に合わせたものだ。
つまり、「充分戦場に出る力がある」とは言ってもスザクやノネットのような機動はできないので、防御力を高めて中、遠距離戦に対応するようにした機体だ。
自分の専用機を目の前にして目を輝かせるマリーカに、セシルは嘆息する。畏れ多いことだが、この気持ちを共有してくれそうな人はこの場に一人しかいなかった。
「………」
その人であるユーフェミア皇女殿下は、冴えない表情で考え込んだままだ。
「………」
下を向き、もう一度嘆息したセシルは、がたっと勢いよく立ち上がる音に再び顔を上げる。そこには、何か意を決したユフィの表情があった。
そのユフィはつかつかと模擬戦の準備をしていたスザクに歩み寄り―
「枢木スザク准尉、あなたを、わたくしの騎士に任命します」
その宣言に、特派中が静まり返った。
説明ばかりになってしまった今回。
ついでに言っておくと、ラヴェインはVF-25を元にしています。変形はしませんが。
そしてウラノス登場。英語読みだと『ウラヌス』なんですけどこれは単に好みでこうしただけです。