―ついに、天使を見つけた。
―皆勘違いしているようだが、俺はロリコンではない。少なくとも奴らが思っているように、幼女に手を出す変質者ではない。
―こういう少女は、隣にいるだけでいい。この可愛らしい存在がいるだけで、幸せになれるものなのだ。それを理解せず人を犯罪者扱いする連中の方がおかしいのである。
そう思った男は、南という。他人が聞けば確実に「変態!!!」と評するだろうが、彼の中では今日の行動は確実に善行なのである。
(この子に頼らざるを得ない俺たちも情けないが、今日ぐらい―)
隣にいるのは、真っ白な少女。十歳そこそこの少女に、一日だけでも戦いを忘れさせてやりたいという願いは綺麗な物であろう。
しかしその思いは、いきなりの鉄拳によって粉砕された。
「み、みみみみ南さん!!!!!!見損なったわ、ついに幼女に手を出すなんて!!!」
弁明の間もなく繰り出された鉄拳を受け倒れ伏す南に、カレンの罵声が浴びせかけられる。
「さ、ネージュ、私たちと行こ。…こんな危ないおじさんと一緒にいたら、何されるかわからないから」
「ご、誤解だ…。そしてせめて『お兄さん』と呼んでくれ………」
その言葉は相手に伝わることなく、そこで彼の意識は途切れた。
「はぁ…、まったく…。危うく組織から犯罪者を出すところだったわ」
「でもやり過ぎじゃないか、あれは。南さん、運ばれていく時も全く動かなかったけど…」
パトカーで連行されるよりマシよ、とカレンはにべもなく返す。どうやら彼女の中では「南=児童淫行の犯罪者」という方程式が固まってしまったらしい。
ちなみに犯罪者と言えばレジスタンスのメンバーは皆犯罪者となるはずだが、それはブリタニア基準での犯罪であるため彼女に言わせれば「同じにしないで」となる。
丁度良くここまで車で送ってもらった扇がいたので彼に南の事を任せ、ライとカレンは少女を連れてチケット売り場に向かう。
否、連れられているのは二人の方であった。ネージュは右手にライの左手を握り、左手にカレンの右手を握って引っ張っていく。
「南がいなくなっちゃったから、今日は二人が私の面倒を見るの!!!」
たどり着いたチケット売り場では、販売のおばさんから「あら、家族連れ?ずいぶん若いお父さんとお母さんみたいだけど…」と言われてライとカレンは赤面した。
クロヴィスランド。提案者の名を取って、この遊園地はそう呼ばれる。前総督クロヴィスが表裏なく「皆に楽しんでもらいたい」と思って創設したこのテーマパークは、つい先日開園したばかりだ。
開園初日こそコーネリアとユーフェミアの二人が来園したため客の入りは制限されたが、それ以降は家族連れやカップルで賑わう、トウキョウ租界近郊の新たな行楽地となっていた。
絶叫コースターに乗り、ホラーハウスに入り、巨大迷路を抜ける。「大人でも泣く」と評判の絶叫マシンでもネージュにとっては何てことないらしい。
考えてみれば普段からナイトメアフレームを駆使しているのだから、絶叫マシンくらいで泣き叫ぶような子ではない。
ただ、戦闘とは無縁に遊び回る姿は、本当に楽しそうだった。
「ほらほら、こっちこっち!!!」
はしゃぐネージュの姿は外見相応であり、何も知らない人は子供の無尽蔵なエネルギーに付いて行けず苦笑いして見守る若夫婦と見て、仲のいい家族だと思っていた。
「……娘を持った父親って、こんな感じなのかな」
ぽろっと漏らしたライの言葉に、カレンは一瞬思考が停止した。ネージュが娘、ライが父親とすれば、当然母親に擬されているのは自分である。
「あ、あのね、そういう話はまだ早いんじゃないかなー、って思うんだけど…」
「???」
カレンの意図が理解できず、ライが首をかしげる。「やはり本当の娘が欲しいよね」という意味と受け取った彼女と違って、ただ感じたまま言っただけであったのである。
「それじゃ、お昼にしましょ」
芝生が広がる広場にシートを広げて、お弁当の包みを開く。二人分にしては多いが、三人分となると食べたらない。不足分は、後で買い食いなり何なりで補えばいいだろう。
「ライのお菓子もあるの?」
好き嫌いを言わないネージュが唯一執着するのがライの菓子なのである。ときには、クラブハウスのライの部屋を訪れてくることもある。
出来上がったタイミングに計ったように来るのでライもカレンもいぶかしんだが、最近はもう諦めの境地にある。ネージュに対しては常識の物差しが通用しないという事は、経験からわかってきていた。
「おにぎりに鶏のから揚げ、玉子焼き…。定番の品ばかりだな。……ピザはないのか?」
「ピザなんてあるはず…、ってアンタは何してるのよ!!!」
団欒を楽しむ母親の肩越しに、弁当を覗き込んできたのはC.C.であった。ちなみに今日の服装はごく一般的なものである。ゴスロリ服で懲りたルルーシュが、新しく買い与えたものだ。
「別に、ここに私がいたところでおかしくはないだろう。……というのも園内限定のピザがあるというのでやって来たわけだが、まあ満足できるところか、というレベルでな」
その帰り道、三人を見つけたので話しかけてみたのだという。そう話しながら、ライの菓子だけはしっかりつまんでいるのだがら侮れない。
「そう不審な目で見るな。私個人としては、お前らとは良好な関係を築きたいと思っているのだし」
黒の騎士団の幹部、というので警戒をあらわにするカレンに対し、C.C.は宥めるように言う。そう言えば、ライは顔を隠していたのだから『蒼』と知らない筈―。
「言いふらしたりはしないよ。だからそれをしまえ」
腰の後ろに回した手で隠しナイフを展開したカレンだったが、先を越された。だが、『蒼』の正体が騎士団の関係者にばれているというのは安心できない。
「大丈夫。C.C.ならライの不利益になることはしないから」
そう言ってカレンの殺意に水を差したのはネージュである。ネージュが「大丈夫」と言った場合は、本当に大丈夫なのだ。
「ネージュがそう言うなら、まあ…。ライもそれでいいの?」
「知っていて話しかけてきたみたいだし、それならその気があればもう広まっているだろう。君個人に対しては、思うところはないし」
ライからもそう言われると、カレンとしても寛容にならざるを得ない。「どうなっても知らないわよ」と拗ねたように言い、だがナイフの刃は引っ込めた。
「それにしても、お前らはこんな大きな子持ちだったとは…」
「そんななわけないでしょ!!!知り合いの女の子よ!!!」
年を考えればわかりきったことで、C.C.とてからかう為に言ったのだ。反応を見てくっくっくと笑う姿に、ルーミリアとどっちがたちが悪いか考えてしまったカレンである。
こんな女を傍に置いているとなれば、ゼロの心労も相当な物だろう。いや、そういう点も含めて好きになったので苦労はないのだろうか。
「……ところでお前、記憶がないそうだな。取り戻したいとは思わんのか?」
C.C.の直球すぎる問いに、カレンが固まる。天叢雲でもアッシュフォード学園でも、意識的に避けてきた問いだった。それをこの女は、何の遠慮もなく切り出したのだ。
しかし、問われた当人はそれほど気に障ったという印象はない。微笑を浮かべたまま、静かに返した。
「取り戻せればいい、とは思うよ。でも…」
「でも?」
「取り戻せなくてもいい、という気持ちもある。こんな僕でも、受け入れてくれた皆がいる。それが僕には、とても嬉しい」
その答えに、カレンはほっとした。C.C.は少し残念そうな表情で黙りこみ、ネージュはいつも通り感情を表さず見守っていた。
ピザ完食後だというのに、C.C.は結構な量を食べた。「いつか礼はするよ」とは言っていたが、食べるだけ食べて帰っていったのである。しかも、明らかにライが作ったものを狙っていた。
「何か買ってくるよ。もう少し食べないと、どうにも胃が落ち着かない」
表情に現れるくらい不機嫌になったカレンに、ライは苦笑いしてなだめにかかる。ただし二人分の弁当を四人で食べることになったので、足らないのは事実である。
園内には売店もレストランも充実しているし味の方にも力を入れているので、困ることはない。当初予定になかった日本のB級グルメも出店していたりしていて、なかなか人気を博している。
「あ、私クレープ欲しい。カレンもそうでしょ?」
偶然なのか、知ってて言っているのか、カレンはつい疑ってしまった。子供のころ、母に買ってもらったクレープはおいしかった。そのことをこの少女は知っているのではないか。
(まさか、ね…)
人の記憶を覗き見でもしない限り、あり得る話ではない。常識で考えて、そんなことは不可能だ。だからこれは、偶然食べたいものが一致したというだけだろう。
ライが戻ってきたころには、カレンの機嫌も直っていた。
そこから夕方までは、ごく平穏な半日が過ぎた。ネージュはアトラクションを大いに楽しみ、ライとカレンは二人きりのデートという予定はご破算になったものの、これはこれで楽しかったと思っている。
最後の閉めとして、大観覧車に乗った時のことである。ネージュがいきなり、しんみりとした口調で言い始めた。
「………私ね、初めてだったんだ」
何を、と聞けば、こんなふうに親子連れ感覚で一日遊び歩くことだという。親も兄弟も親戚もいない。彼女はずっと独りきりだった。
「ねえネージュ、やっぱりあなたみたいな子供に戦わせることって―」
戦力として、ネージュの存在は大きい。しかし子供は、今日みたいに戦いと無縁の日々を楽しむべきではないか。
(お母さんも、こんな気持ちだったのかな)
兄がレジスタンスを組織したとき、母はカレンには距離を置かせようとした。今ならば、その気持ちがよくわかる。
「気にしないでいいわ。そう決めたのは私の意思。強制されたわけじゃないし、第一、私、あなたたちより年上だし」
「……………。はい?」
理解不能なことを言われ、間抜け面でカレンが固まる。せっかくの配慮を無にされたのはまあいいとしても、『年上』とは何なのか。
「正確な年齢なんて自分でもわからないけど、少なくとも十八歳は越えているわ。いわゆる『合法ロリ』ってやつね」
えっへんと無い胸を張って宣言するネージュに、二人の困惑は頂点に達した。ちょうど観覧車が一周し、係員に「降りてください」と言われなかったら、固まったままもう二、三周していたかもしれない。
「それじゃあね、今日は楽しかったわ。お父さんとお母さんができたみたいだったから」
去り行くネージュを見送りながら、二人はまだ先ほどの言葉を消化できずにいた。この幼女としか見えない存在が十八歳以上など、にわかに信じられるものではない。
「き、きっと冗談で言ったのよ。私たちに心配させないように、ね!?」
「う、うん。僕もそう思うけど…」
しかしながら、二人とも心の底では何となく納得している。あのネージュが、ただの幼女であるなどとは断じて思っていなかった。………それでもショックは大きすぎたが。
「………不思議なところはいっぱいあるけど、ネージュは決して悪い子じゃないし、僕たちの仲間だっていうのは変わらないよ。それで充分じゃないかな」
「そ、そうよね。あの子は味方!!!重要なのはそこよね…」
とりあえず、このくらいの結論に落ち着けておくのが無難だろう。そう思った二人は、この件はこれで終わりにすることにした。
おまけ
翌朝、ルルーシュは夢の続きかと思う光景を目にした。C.C.がキッチンに立っていたのである。
「……何をしているんだ、お前は?」
「見てわからんのか?弁当を作っているところだ」
いや、料理をしているというのはわかる。問題は、どういう風の吹き回しかということだ。気まぐれにしても、予想外すぎる。
「なに、少々あいつらに借りができたのでな。ついでにお前の分も作ってやった。感謝して食べろよ、ルルーシュ」
押し付けられるように弁当包みを渡されたルルーシュは当惑したが、といって捨てるのも誰かにくれるのもはばかられる。
仕方ない、自分で食うかと決めたルルーシュであったが、多くの人がいる学食で包みを開いたのは不用心だった。
味は極上であったが、まるで漫画にしか出てこないような愛妻弁当がリヴァルとスザクに見つかり、学食中が大騒ぎになったのである。
前々回に出たライカレ+ネージュの遊園地ネタです。ギャグ回なので外伝扱い。
実のところ、ネージュにドヤ顔で『合法ロリ』発言をさせたいだけだったりします。