コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 42 在り方

―これは夢だ、と夢の中で思う。

―軍人を志し、一兵卒とはいえ憧れの御方の近くに配属されたあの日の喜び。

―「この子たちをよろしく、ジェレミア・ゴッドバルト」

―そしてその御方に、初めてかけられた声。身が震えるほどの感動を、今も忘れることはない。

―「わが身に代えましても―」

―それが、私にとっての聖誓となったのだから。

 

「マリアンヌ…様…。こ、ここは…?」

動けない。見知らぬ部屋で目を覚ましたジェレミアが状況を把握しようと視線を向けると、体ががっちり拘束されていた。

意識が途切れる前のことを思い出す。そう、自分はナリタで『蒼』と戦い、再度負けたのだ。一矢報いるどころか、何もさせてもらえなかった。

そしてあの左腕。原理はわからないがとにかくあの異形の兵器により、自分のサザーランドは爆散した。死を覚悟したが、どうやら生き延びたらしい。

 

だが、今の状況は?拘束されているのはわかる。となると捕虜となったのであろうか。なら、むしろ生き延びたことは不運であったといえる。

「マリアンヌ様、お許しを―」

テロリストの捕虜となった以上、結末は決まりきったことだ。命乞いをする気などないし、身代金と引き換えに解放されても恥をさらすだけ…。

(いや―)

どれほど恥にまみれようが、自分は生きねばならない。あの方の遺児を守り抜くためであれば、自分の名誉など汚物にまみれようが惜しくないのではなかったか。

瞳に生気を取り戻したジェレミアは、そこで初めて隣に座っている人がいるのに気が付いた。

 

「寝ても覚めてもマリアンヌか。相当入れ込んでいるようだな、貴様は」

見知らぬ女から、呆れたという感情が濃厚にこめられた言葉が降ってくる。恥など考慮外だと思ったばかりであるが、うわ言を聞かれていたというのは恥ずかしい。

「な、何者だ、貴様は?それにその言、マリアンヌ皇妃を侮辱する気か!!!」

一拍おいて動揺が収まると、ジェレミアはおかしい点に気が付いた。この女は、ブリタニアの皇妃であるマリアンヌを知っているような口をきく。

「私はC.C.。黒の騎士団の一員だ。マリアンヌの奴なら、まんざら知らぬ仲ではない」

 

 

「なんだ、早かったな。デートだというから、今日は来ないものだと思っていた」

ホテルに連れ込むくらいの度胸もないのか、と続けられて、女として少しは恥じらいを持てと思ったルルーシュである。

「コンサートに行ってきただけだ。……無論、お前が期待するような話は何もない」

相手はシャーリーである。一緒に行こうと誘われ、向こうの勢いに呑まれ頷いてしまったが、承知した以上行くしかなかった。しかし彼女には感謝している。

(息抜きも、たまにはいい―)

久しぶりに殺伐とした世界から解放され、音楽と夕食を堪能したわけである。ちなみに夕食代はコンサートの返礼としてルルーシュが出している。男として、当然の行動であろう。

 

「で、お前の方はどういう風の吹き回しだ?」

意外なことに、C.C.は溜まっているであろうと思っていたデスクワークを片づけてくれていたのである。ゼロでしか判断できない重要な件を除き、確認して決済すればいいだけになっている。

「別に?気が向いたというだけだ。毎日期待されては困るぞ」

この女は、相変わらずよくわからない。先日、以前ギアスを与えたという男と一戦やらかしたが、その償いかと思わないでもない。

 

ところで、優秀な副官が欲しい、とは最近感じることである。今のところその役には誰も付けてないが、これはふさわしい人物がいないためだった。

騎士団内から誰かを抜擢するにしても、能力だけなら見どころのある人材は見つかるだろう。が、日本のことを第一に考える相手ではすぐ齟齬が生まれるに決まっていた。

(C.C.がやる気になってくれれば、簡単なのだが…)

ライにとってのルーミリアのように、C.C.が有能かつ従順であればどれほどよかったか。生徒会の仕事ぶりを見ていると、つくづくそう思う。

ちなみに、おかげでルルーシュがサボってもあまり文句を言われなくなり、その点では助かっていた。

 

さてC.C.に対して、有能さは合格点を与えてもいいと認めている。だが、言う事を聞かせるために何枚のピザが必要になるか真面目に考えねばならない状況に、ルルーシュは大きく息をつく。

一応、奥の手がないこともない。この女が捨てられない、何か大きな思い入れがある本名を知っているのだ。だが下手に使うと、照れ隠しのとんでもない反撃に合う。

それは全くの幸運で、昼寝中の寝言で偶然知ったのである。寝ながらにやつくその表情はなかなか可愛らしく、それもからかうネタとして使えた。

それを教えた時のC.C.の反応は、当事者でなければ傑作だったであろう。後ろ向きだったのが油の切れた機械のようにぎこちなく振り向き、だがその後の反応は過激に過ぎた。

危うくビルの上から落とされるところだったのをなんとか宥めて、とりあえず命を繋ぎ止めたのである。

 

とまあ、いろいろな理由を総合してみて、C.C.を副官として頼ることは諦めた方がよさそうだった。

だから奴を生かしたのか、とC.C.に問い詰められたとき、ルルーシュは返事をしなかった。無論そういう打算はあった。

だがそれ以上に、母に対する彼の気持ちを知ってしまった以上、単純に殺したくなかったのである。

(ジェレミア・ゴッドバルト…)

その男が昏睡状態から目覚めたとC.C.から言われ、ルルーシュは追い込まれた。

 

「ゼロ!?おのれ貴様…」

「………」

憎悪の視線に対し、仮面は何も答えない。彼が憎んでも余りある仮面の下で、ルルーシュはまだ迷っていた。

(生かすか、殺すか―)

ナリタでジェレミアを捕縛して以後、この二択の選択はずっと先送りしてきた。が、もはや限界であろう。ゼロとしての裁断は、ここで下さねばならない。

個人的には、殺したくない。例えばナナリーのことを託せば、彼なら喜んで引き受けてくれるだろう。アッシュフォード家にどんな企みがあろうが、ゴッドバルト家も後ろ盾となれば迂闊なことはできない。

だが、それらは全て私情である。騎士団と解放戦線を納得させる理由にはならない。無条件で解き放ちでもすれば、ゼロの立場が危うくなる。

殺すしかない。ここは私情を振り払わねば、先がない。そう決意したルルーシュは、首の後ろあたりに回された手に気付いていなかった。

 

「ん?」

仮面のロックが外れる。壊れたのかと疑ったが、次の瞬間には仮面越しに見ていた世界が本来の色を取り戻す。それが何を意味するかルルーシュが理解したのは、ジェレミアの様子によってだった。

「……………。………ル、……ルルル、ルルーシュ、様……!?」

がば、と背後を振り向く。そこにはゼロの仮面を玩ぶC.C.の姿があった。疑うまでもなく、C.C.がゼロの仮面を取り上げたのである。

「C.C.----!!!!!!!!!」

彼の人生の中でこれ以上の大声を出したことはなかったし、おそらくこれからもないであろう。

 

「お前たちではグダグダになるだろうから、ちょっと手伝ってやっただけだ。……で、どうする?」

ルルーシュに視線を合わせたまま固まったジェレミアとあまりに予想外の展開で次の手が浮かばないルルーシュの様子を、C.C.は明らかに楽しんでいた。

「どうすると言われても…。俺にはゼロとしての立場があり…。だから…」

しどろもどろのルルーシュの言い訳を、C.C.はにやつきながら見守る。その表情は「殺したくないくせに」と言葉にするよりはっきりと語っていた。

「こ、この件に関しては保留だ!!!処分は追って知らせる!!!」

何だ、逃げ出すのかと追い討ちをかけられたルルーシュは、ゼロの仮面をひったくるようにして部屋を出て行った。

 

「……それで、本当にどうするのだ?」

一事の茫然自失からは何とか回復したものの、ジェレミアの悩みも深い。憎悪の対象だったゼロの正体が忠義の対象だったルルーシュと知って、混乱しない筈がない。

問題は、ゼロが反ブリタニアのテロリストだということである。祖国に銃を向けることなどできないと言えばルルーシュを見捨てることになり、ルルーシュに従うと言えば祖国を裏切ることになる。

「ああ、言い忘れていたがあいつの目的は母親の死の真相と父親への反抗、あと妹が政治利用されないように、らしい。マザコンとファザコンとシスコンの塊だな」

言った本人は大笑いしたが、ジェレミアはつられて笑うこともできない。

 

「……………」

これまで所属していた組織の事であるから、ジェレミアはブリタニアの軍事力がどれほどのものか把握している。勝つことができるとすれば、奇跡と僥倖に恵まれた場合だけだろう。

そして、ジェレミアとしてはどうすればいいか。ここで自裁すればルルーシュにも祖国にも弓引かないですむが、ゼロの反逆は続く。

結論を言ってしまえば、ルルーシュが生き延びる可能性を少しでも上げるためには、祖国を裏切ってでも自分が護る以外に道はないのである。

(マリアンヌ様の死の真相、皇帝陛下への反抗心、ナナリー様の安全―)

その三点でルルーシュが満足すれば、ゼロの仮面は捨てられるだろう。あとは部下としている騎士団員への見返りが必要というくらいか。

 

厄介なのは皇帝に対する反抗心であるが、これが落ち着いてくれればルルーシュはナナリーとともに穏やかな生活に戻ってくれるかもしれない。

ジェレミアも知っている。マリアンヌ皇妃暗殺事件のすぐ後、ルルーシュは父である皇帝を詰ったのだ。どうして母を護ってくれなかったのかと問い詰める息子に、皇帝は冷厳に返した。

C.C.に言わせると、「ここで優しく言葉をかけてもらっていたら今頃ゼロなどやってない」らしい。……表現は置いておくとして、その観測が正しければ和解の見込みはありそうだ。

 

(クロヴィス殿下のことは、取り返しがつかないが―)

それでも、この親子の関係を修復できればこれ以上の骨肉の争いは回避できる。マリアンヌもきっと喜んでくれるだろう。

その時まで、自分がお守りしよう。裏切者と罵られようと、卑怯者と蔑まれようと、これがジェレミア・ゴッドバルトの忠義なのである。

 

翌日、黒の騎士団員に捕虜の死が伝えられた。尋問のため生かしておいたのが、隙を見て自死したという。

それを聞いて騎士団員は残念とは思っても、そこまで疑問に思う者はいなかった。純血派が国を裏切るなど、ありえないことだと思っていたからだ。

だから、ゼロと似た仮面をつけた謎の男がこれから副官だと言われても、正体に関する疑念はあったが受け入れられたのである。

 




ジェレミア卿、騎士団合流。
原作だとただルルーシュ大事で祖国を裏切ったようだったので「親子喧嘩の仲裁」という目的を加えました。

ちなみにビルの上でのルルーシュとC.C.。
「ところでお前、よくあんなハッタリをかませたな。私の本名などと言って、もし相手が知っていたらどうするつもりだったのだ?」
「ああ、そのことか。ハッタリではなく、把握していたからな。―――」
「……………ちょっと待て。……お、お前、その名前をどうやって知った!?」
「不用心な奴だ。この前、昼寝していたお前がにやつきながらぽろっと―」
「き、ききき貴様、女の寝言を盗み聞くなど!!!ここで死ねー!!!」

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