コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 41 ルーミリアの日常

「私が好きな人の万分の一の魅力でいいので、身に備えてから出直してください」

懲りない人たちだ、と思う。この言葉はもう何度も使っているのに、まだ言い寄ってくる男がいることが信じられない。

そして今回の男は、これまでよりたちが悪かった。容姿については認めてもいいが、中身が最悪だ。

「男爵家の跡取りである僕を拒絶するなんて…。これは君にとっても、いい話じゃないか」

何がいい話だ、とルーミリアは思う。自分のことを「男爵家の跡取り」などと言うことからして、先祖の功績を自分の力と勘違いしているだけの穀潰しでしかない。

こんな男の恋人になるくらいなら、すげなくされても彼に尽くした方がはるかにいい。

「では一生私に関わらないというのなら、考慮してあげてもいいです」

返事は聞かず、さっさとその場を立ち去った。

 

「えー、さすがに勿体ないんじゃない…」

ルルーシュ、ライの二強を別格として、それ以外の中では有望株だと女子の間では人気だった男をぴしゃりと振ったルーミリアにカレンが非難めいた声で言う。

「ただの馬鹿でしたから。男爵などと言っても、あのままだと彼の代で潰れると思いますよ」

この予言は、のちに当たる。当然ながらルーミリアがそんな馬鹿男のことを気にかけるはずもなく、ただ無能な貴族が一つ消えたというだけと処理された。

(純愛と言うか妄執と言うか…)

恋人持ちになった男だろうと一途に慕うというのは、同じ女として理解できないこともない。同情もしたかもしれなかった。その男が自分の恋人でなければ、の話だが。

 

「…とりあえず、カレンさんの報告書に不備は見当たりません。『蒼』の元に回します」

話しながらもてきぱきと仕事をこなすルーミリアに、カレンと言えど賛嘆の思いがないわけではない。自分がやっていれば、間違いなくパンクするであろう。

もう一つ、私情を挿まない点も好感を持てた。例えば、カレンに対する嫉妬で細かい書式がどうこうとねちねち言ってくるなどということは絶対にない。

(ライが手放さないわけよね)

副官として、これ以上優秀な存在は他にいない。扇や卜部に至るまでが頼りにし、実質的な副司令と見なされているのもさもありなん、という感じである。

 

「で、そのライはどこ行ったの?」

「ライさんならナイトメア部隊の選抜と訓練です。穴は直ちに埋めねばなりませんから」

ルーミリアの言動は冷酷なようだが、組織運営という観点から見れば正しい。大量の離脱者が出たことを嘆き帰参を期待するより、現状を把握して対策を練る方が建設的なのは明らかだ。

しかし、それでも、総司令官自ら誰をナイトメアに乗せるか選抜するというのは前例がない。これまでは、部隊長任せだったのだのだから。

「………みんな言うのよね、ライが少し変わったって」

これまで、ライにはどこか人と距離を置くところがあった。孤高の司令官という感じで、兵たちと積極的に交わることなどは避けていた節がある。

それが変わったというのは、カレンにも理解できた。血筋のことがありながら認めてもらえたというのが、よほど心に響いたのだろう。

 

私も行ってくる、と出て行ったカレンを見送り、ルーミリアは再び書類に目を戻す。カレンが持ってきた書類は『緋龍』の再編成案である。特に、副隊長をどうするかが焦点だった。

(桐生さんですか…)

すぐさまパソコンから個人データを引っ張り出す。桐生奏、元は扇グループと同じようなトウキョウ租界近郊のゲットーを根拠地に活動を続けていたレジスタンスの一人である。

表面上の経歴に疑問点はなし。『暗部』の調査でも引っかかる点は無い。ネージュの面接も受けている。

「………」

カレンやライはただ信じればよい。疑ってかかるのは自分の役割だ。そのためには、神楽耶に独断で依頼を出すのも辞さなかった。極秘裏に集めたデータは、今や隊員のほぼ全てを網羅する。

必要ならば、手を汚すこともあるだろう。今のところそれがないのは、ネージュが面接の段階ではじいてしまっているためだった。

 

ただ、ルーミリアにとって一番わからないのがそのネージュなのである。目的不明、経歴不明、『暗部』を使ってなお、いまだどこに住んでいるのかすら特定できない。

そしてライに関する秘密を知っているような態度。怪しいといえば、これ以上怪しい存在はない。それが問題視されないのは実力と、いつの間にか組織のマスコット化していたからである。

(可愛らしさは認めますが…)

ライやカレンでさえ、骨抜きにされたらしい。というのも三人で遊園地に行った姿はまさしく子持ちの若夫婦で、それが二人ともまんざらではなかったようで一発で懐柔された。

「手元に置いておくのが危険だとしても、手放すのはもっと危険だ」

それがライの意見である。抹消する、という選択肢は消え失せたらしい。現状、問題がないのも事実なので、ルーミリアも静観せざるを得ない、という状況なのだ。

 

「おう、ちょっといいか?」

次にやって来たのは扇だ。話の内容は無頼と無頼改を他の組織に引き渡すため、天叢雲への配備が遅れるというものだ。

「相手は『月輪七曜』…。戦力的には、そこまでの相手とは思えませんが」

「神楽耶様のご意向でな。何でも隊長がナイトメアの適性試験で600以上、隊員の中にも500台後半を出した奴がいるらしい」

組織分裂の危機を知った時点で、神楽耶は積極的に動いていた。具体的には大量の離脱者が出ることを見越して、他組織に渡りをつけていたのだ。

その一環が、これまでキョウトとつながりのなかった小規模レジスタンスにナイトメアの適性試験を受けさせることだった。

 

「有望株なので、囲い込んでおくという事ですか」

『月輪七曜』はかつての扇グループと同規模のレジスタンスで、ナイトメアを所持していない。というより、扇グループはよくあの規模でグラスゴーを持つことを決断したと先見性を褒めるべきである。

「あれもナオトの考えだ。本当にすごい奴だったよ、あいつは…」

扇が感じた感傷は脇に置き、ルーミリアは状況を考える。ナイトメアの適性試験は、400以上で『適性あり』と診断される。ろくに経験もない人間が600以上というのは、確かに才能があるのだろう。

「わかりました。『蒼』には前向きに考えるよう、私から伝えておきます」

 

助かる、とほっとしたように言いながら扇が去ると、ほどなくして神楽耶から電話がかかってきた。

「ルーミリアさんですか!?あの本に書いてあることは真実なのでしょうか!?」

出るなり、叫ぶように問い質す声がした。その声の大きさは、つい端末を耳から離してしまったほどだ。

(まあ、気持ちはわかりますが…)

『エリスの回想録』は、劇物も同然である。『王』について、ブリタニアで語られることと全く違う姿が書かれているのだから、読んだ人が激昂するのも無理はない。

「何ということでしょう、『王』がこのような人だったなんて…。咲耶様は、皇の名に恥じぬ立派なお子を持たれていたのですわ…」

特に神楽耶は、『王』が皇家に連なる人であることを知ってからのことだからショックも大きい。『王』を罵倒する姿が許せず貸し与えたのであるが、効きすぎたかな、と後悔しないでもない。

宥めて会話を実務的なことに移行させるのに、少々骨が折れた。

 

「……『月輪七曜』のことについては感謝いたしますわ。その代り、ルーミリアさんとネージュさんの専用機および汎用型の月下については、できる限り急がせます」

ラクシャータはまた寝る暇もない日々だろうと同情する。汎用機の設計図はできていたとはいえ作成後の実働試験に加えて専用機の設計だ。神楽耶もなかなか、人使いが荒い。

「少なくとも一月は、どこも動けないでしょう。その間に」

電話を切る。一か月は余裕があるという見込みは、間違ってない筈だ。天叢雲はごたごたのせいで動けない。コーネリアはナリタの傷が癒えるまで動けない。

そして黒の騎士団は、戦力不足で動けなかった。

 

現状、黒の騎士団と解放戦線にはランスロットに対抗できる戦力がない。だから汎用型の月下が配備された時がゼロにとっての機である。ライもルーミリアも、それは読んでいる。

問題は勝てるかというのが第一であり、さらにはその戦果を維持できるかという点である。

(ゼロがトウキョウ租界奪取をもって勝利とすると考えているなら、非常に危ういところですね)

正直言って、そんな男に引きずられて戦に参加したくない。勝ったとしても防衛に戦力を割かねばならず、他に手が回らなくなるのは目に見えている。

騎士団をトウキョウ租界に封じ込めておき各地のレジスタンスを各個撃破で叩き、最後に孤立した騎士団を押しつぶせばいい。自分がブリタニア軍を指揮するなら、そうする。

そもそもトウキョウ租界を制圧したら勝ちなどと、誰が決めたものでもない。ブリタニアの日本における最大拠点であるから一見そう見えるというだけである。

 

それを考えると、ナリタでのライの行動は正解だった。当然だとは思うが、あれから共闘の申し込みはない。独自にやる、ということだろう。

(結構です。こちらとしても、足を引っ張られないで済むのですから)

ブリタニアは敵である。これは明確で、誰も異議ないであろう。しかしライやルーミリアの頭の中では、ゼロはそれ以上に厄介な敵なのである。能力ではなく、立場上の問題で。

「確証を得られればそれこそ手を汚すことも厭わないところですが…。まあ、今のところは敵を掻き乱してくれるので、放置ですか」

戦術面では、確かにライですら及ばないものを持っている男だ。だから、ブリタニアと戦力の削り合いをしてもらうには丁度良い相手だろう。

 

(さて、今日は何を作りますかね)

遅めの夕食は、いつものことだ。冷蔵庫の中身を思い浮かべながら学園への道を歩いていると、いきなり呼び止められた。

「おい、おまえ」

見知らぬ顔ではない。しかし礼儀を一切省き、『おまえ』はないだろう。そこまで親しい仲ではないのだ。

「………どうしてあなたがここにいるんですか、コスプレ趣味のゼロの恋人さん」

「C.C.だ。……何、少し聞きたいことがあっただけだ。たいした用じゃない」

呼びかけは皮肉を込めたものだったが、C.C.は意にも解さない。しかしその問いは、ルーミリアでさえも凍りつかせるに充分なものだった。

「数日前、お前らの所から解放戦線に移籍してきた奴らがいたが…。何故、そんなことになったのか、だ」

そこまでは、まだ普通の問いである。理由を知りたいという気持ちはあっていい。あなたには関係のない事と突き放したルーミリアも、ここまでは許容できた。

「…もしかして、あいつがブリタニアの皇族だった、とか?」

 

「………世迷い事を」

動揺を隠しきれなかった時点で、負けであった。わずかであっても躊躇してしまったことは、図星だと認めたも同然である。

「そうか、やはりか。…当然わかっているのだろう?『王』とまったく同じだという事に」

「……だから、何だというのですか?まさか、『蒼』が『王』その人であると?その妄想力、滑稽を通り越して呆れますね」

『王』は200年前の人間だ。生物学上、人間が200年を生きるという事はあり得ない。また仮に生き延びていたのであれば、リカルドの行いに対抗して立ち上がらないはずがない。

「いや、だからお前が惹かれるのではないか、と思っただけだ。何しろ『エリス』だからな」

わかったような、わからないような返答である。だがそれ以上に、この女はエリスのことも、『王』の真実についても知っている。重要なのはそっちの方だ。

 

「ふっ、察し通り、私は『王』についても知ってるぞ。誰よりも強く、誰よりも気高く、誰よりも優しい男だったよ……」

その言葉に、ルーミリアは違和感を感じた。『王』のことをどこで知ったかも疑問だが、懐かしそうにそう言う姿は、まるで直に見たかのようではないか。

「あなたは、一体…」

「恋人がいて、お前がいる。奴には、それで充分かもしれんな」

何が『充分』なのか、ルーミリアでもわからない。しかしこの女は、自分でも知らない何かを知っている。それは間違いない。

「……ところで、お前はどうするのだ?奴には恋人ができたらしいじゃないか。それでもなお、付き従うのか?」

「当然です。地獄の果ての、先までも」

それは奴も大変だな、という感想を残し、C.C.は去った。ルーミリアが何か口に出す間もなかった。相手に問い詰める隙を与えない切り上げの上手さは、見習うべきものであろう。

(…C.C.、ですか)

注視しておいて損はない。『暗部』に依頼を出そうと、ルーミリアは神楽耶に電話を掛けた。

 

 

「あいつは強いな。私とは大違いだ」

誰に聞かせるでもなく呟きながら、C.C.は廃墟の街を歩く。ルーミリア・フェン・シェルトという女は、確かに彼の傍にいるにふさわしい。

「それで、あなたは諦めたのかしら?」

「元から私などでは釣り合わない相手だった。………決して強がりではないぞ、ネージュ・ファン・シャレット」

やはり現れたか、というのがC.C.の心境である。相変わらずこの女の正体はわからないが、彼に関わる話題なら出てこない筈がない。

 

「一つだけ聞いておこう。あれはお前の仕業か?」

「違うわ。ルーミリアに対して、私は何もしていない。この時代に現れたのも、そして彼に出会ったのも、全て偶然。ライも記憶が戻ったらびっくりするでしょうね」

正直、侮っていた。だから人は面白い。そう続けたネージュの言葉の意味は、二人にしかわからなかったであろう。

 




今回は外伝もしくは番外扱いにしようか迷いました。
(一応、ルーミリアを通して状況分析がされているので本編扱いに)

ルーミリアとネージュの専用機は月下をベースに改造したものという感じです。

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